紳士の昼食会
――ああ、あの頃は良かったなぁ。
◆ ◆ ◆
日差しが心地よい昼下がり。
とある民家の厨房に二人の少女が立っている。
彼女たちは正に今、料理を始めようとしていた。
とある民家の厨房に二人の少女が立っている。
彼女たちは正に今、料理を始めようとしていた。
「よーし、たくさん作るぞー!」
台所には肉や野菜、パックの白飯などが散乱している。
その中でも特に目を引くのが、隅に置かれた小さな箱。
パッケージには、『とろとろカレー甘口』と記載されていた。
その中でも特に目を引くのが、隅に置かれた小さな箱。
パッケージには、『とろとろカレー甘口』と記載されていた。
「これって、確かこのみさんが宣伝してたカレーですよね?」
「そうそう! うわぁ、懐かしいなぁ……」
「そうそう! うわぁ、懐かしいなぁ……」
かつての楽しかった日々に思いを馳せてしまう。
レッスンに励み、仕事に取り組み、共に笑いあった日々を。
そして、それはもう決して戻ることのない日々――
レッスンに励み、仕事に取り組み、共に笑いあった日々を。
そして、それはもう決して戻ることのない日々――
「っと、いけないいけない。みんなの為にも早く作っちゃわないと!」
過去を懐かしむだけならいくらでも出来る。
けれど、それは今じゃない。
けれど、それは今じゃない。
(私が……しっかりしなきゃ……)
今、少女たちはあまりにも疲弊しすぎている。
傷心を癒す為には休息が必要だ。
美味しいものを食べれば必ず元気になれる。
いつもと変わらぬ信条を掲げ、美奈子は調理場に立つ。
傷心を癒す為には休息が必要だ。
美味しいものを食べれば必ず元気になれる。
いつもと変わらぬ信条を掲げ、美奈子は調理場に立つ。
「それにしても、なんでこんなところに食べ物があったんだろ? しかもこんなにたくさん……」
「…………殺し合い以外で死なれたら困るから……?」
「ん? やよいちゃん、今何か言った?」
「え? あー、な、何でもありませんよー!」
「…………殺し合い以外で死なれたら困るから……?」
「ん? やよいちゃん、今何か言った?」
「え? あー、な、何でもありませんよー!」
――厨房に潜む悪意はただ静かに牙を研ぐ。
◆ ◆ ◆
「優……春香ぁ……っ」
どのくらいの時が流れただろう。
千早は遠くへ旅立ってしまった者たちを悼み、尚も涙を流し続けていた。
ずっと抑え込んでいた想いは決壊し、止め処なく溢れ出る。
千早は遠くへ旅立ってしまった者たちを悼み、尚も涙を流し続けていた。
ずっと抑え込んでいた想いは決壊し、止め処なく溢れ出る。
(千早……)
恵美もまた動き出せずにいた。
普段の彼女なら、友人が泣いていれば迷わず手を差し伸べ、助けになろうとしただろう。
だが、今回ばかりは事情が違う。迂闊に踏み込んでいい領域ではない。
子供のように泣きじゃくる千早を、ただ手を拱いて見ていることしか出来なかった。
普段の彼女なら、友人が泣いていれば迷わず手を差し伸べ、助けになろうとしただろう。
だが、今回ばかりは事情が違う。迂闊に踏み込んでいい領域ではない。
子供のように泣きじゃくる千早を、ただ手を拱いて見ていることしか出来なかった。
(……戻ろう)
今の千早には心を整理する時間が必要だ。
下手に刺激して拗らせてしまうよりも、彼女自身に立ち直ってもらうべきだろう。
そう自分に言い訳をし、恵美は踵を返す。
下手に刺激して拗らせてしまうよりも、彼女自身に立ち直ってもらうべきだろう。
そう自分に言い訳をし、恵美は踵を返す。
からんからん。
「あ」
無慈悲な音が辺りに木霊した。
不覚にも恵美は、道に落ちていた石を蹴飛ばしてしまったのだ。
不覚にも恵美は、道に落ちていた石を蹴飛ばしてしまったのだ。
「所……さん……?」
当然、千早も異変に気付く。
音の方へと向き直った彼女は、背後に恵美が立っていることを認めた。
音の方へと向き直った彼女は、背後に恵美が立っていることを認めた。
「や、やぁー、千早……」
自身のミスを猛省しつつ、恵美は返事を返す。
その表情はぎこちなく、あからさまに動揺した笑みを浮かべている。
その表情はぎこちなく、あからさまに動揺した笑みを浮かべている。
「隣、いい?」
千早は小さく頷く。
見つかってしまった以上、もう後には引けない。
恵美は力の限り千早と向き合うことを決めた。
彼女の横に並び、腰を下ろす。
見つかってしまった以上、もう後には引けない。
恵美は力の限り千早と向き合うことを決めた。
彼女の横に並び、腰を下ろす。
(とはいったものの……)
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……」
「…………」
「…………」
(き、気まずい……!)
隣に座ったはいいが、何を話すか全く考えていなかった。
どんな言葉なら彼女を傷つけないだろうか。
どんな言葉なら彼女を励ますことが出来るだろうか。
全力で思考を巡らせるも、特に解決策は浮かばず。
時間は無情に過ぎ去っていく。
どんな言葉なら彼女を傷つけないだろうか。
どんな言葉なら彼女を励ますことが出来るだろうか。
全力で思考を巡らせるも、特に解決策は浮かばず。
時間は無情に過ぎ去っていく。
「所さん……」
「うぇっ!? な、何!?」
「うぇっ!? な、何!?」
変な声が出た。
千早の方から話しかけてくるとは考えもしなかった恵美は慌てて応じる。
千早の方から話しかけてくるとは考えもしなかった恵美は慌てて応じる。
「どうして……私なんかが生き残ってしまったのでしょう……」
「……」
「……」
その問いには答えられなかった。
「なんで……あの子たちが死んで……私が……!
どうして……どうして……私なの……!」
どうして……どうして……私なの……!」
千早の目には再び涙が溢れていた。
両の手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。
両の手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。
「……千早はさ」
無言だった恵美が、ゆっくりと口を開く。
「まだ……ここで終わってもいいって、思ってる?」
「……わかり……ません」
「……わかり……ません」
最後まで諦めないと胸に誓ったはずだった。
だが、春香たちの死が、その決心を揺るがせている。
だが、春香たちの死が、その決心を揺るがせている。
「だよ、ね……」
申し訳なさそうに、恵美は俯く。
「……でもさ」
しかし、すぐに顔を上げると、再び千早へと向き直った。
「アタシは千早が生きててくれて、ホントに嬉しいと思ってるよ」
気の利いた言葉など何も思い浮かばない。
だからせめて、思いの丈をそのまま伝える。
だからせめて、思いの丈をそのまま伝える。
「アタシだけじゃない。亜利沙も、美奈子も、やよいもそう。
……きっと、あの子たちもそうなんじゃないかな」
……きっと、あの子たちもそうなんじゃないかな」
そう言って、恵美は天を仰ぐ。
もう二度と手の届かない友を想って――
もう二度と手の届かない友を想って――
「……ホントはアタシも悔しいんだ。こんな状況なのになんも出来ないなんてさ」
もしかしたら、まだ皆を助けられる可能性があったのかもしれない。
そう思うと、歯痒さが込み上げてくる。
そう思うと、歯痒さが込み上げてくる。
「それでも……こんな情けないアタシだけど……やっぱ、諦めたくないんだよね」
新たな決意を示すように、恵美は拳を握る。
「アタシはみんなを助けて、プロデューサーと話がしたい。
……もちろん千早もその一人。アタシは、千早にずっと生きてて欲しい」
……もちろん千早もその一人。アタシは、千早にずっと生きてて欲しい」
千早は俯いたまま動かない。
時折、微かに啜り泣く声も聞こえる。
けれど、恵美の話にそっと耳を傾けていた。
時折、微かに啜り泣く声も聞こえる。
けれど、恵美の話にそっと耳を傾けていた。
「千早にはさ、生きててよかった、生まれてきてよかったって、いつか思ってもらいたいんだ」
こんなことを言っても、恐らく何の解決にもなりはしないのだろう。
なんと無責任で無遠慮なんだと我ながら思う。
だが、この気持ちに偽りはない。
なんと無責任で無遠慮なんだと我ながら思う。
だが、この気持ちに偽りはない。
「辛くて、苦しくて、ぜーんぶ投げ出したくなる気持ちもわかるし、止めもしない。
でもさ、千早がいてくれるだけで嬉しいって思ってるヤツがいるのも、覚えててよ」
でもさ、千早がいてくれるだけで嬉しいって思ってるヤツがいるのも、覚えててよ」
それだけ言うと、もう恵美はそれ以上言葉を続けなかった。
ただじっと、千早の側に寄り添う。
ただじっと、千早の側に寄り添う。
沈黙が支配する中、二人は静かに、静かに支え合っていた。
◆ ◆ ◆
「うわぁ、美味しそう!」
厨房にはスパイシーな香りが漂っていた。
良い具合に煮込まれたカレーが鍋いっぱいに入っている。
良い具合に煮込まれたカレーが鍋いっぱいに入っている。
「流石やよいちゃん! こんな美味しそうなカレーを食べれば疲れなんて吹っ飛んじゃうよ!」
美奈子も食材の下ごしらえ等を手伝ったが、主な調理はやよいが担当した。
流石は一家を束ねる長女なだけあり、料理の腕は一級品だ。
流石は一家を束ねる長女なだけあり、料理の腕は一級品だ。
「そんな、美奈子さんのより美味しくないかもですけど……」
「そんなことないよぉ。こんなに美味しそうで……あぁ、早く食べたいなぁ……」
「そんなことないよぉ。こんなに美味しそうで……あぁ、早く食べたいなぁ……」
美奈子も思いの外空腹だったようだ。
考えてもみれば二人は朝から何も食べていない。
その上、気疲れする出来事にばかり遭遇してきたのだから無理もないだろう。
考えてもみれば二人は朝から何も食べていない。
その上、気疲れする出来事にばかり遭遇してきたのだから無理もないだろう。
「じゃあやよいちゃん、悪いけど千早ちゃんと恵美ちゃんを呼んできてくれないかな。
その間に私が盛り付けしておくから」
「え……」
その間に私が盛り付けしておくから」
「え……」
やよいは何故か困惑したような表情をしている。
何か千早たちが来たらまずい理由でもあるのだろうか。
何か千早たちが来たらまずい理由でもあるのだろうか。
「あ、もしかして疲れちゃった? だったら私が……」
「あ、いえ、大丈夫です! 私が戻ってくるまで待っててくださいね!」
「あ、いえ、大丈夫です! 私が戻ってくるまで待っててくださいね!」
そう言うと、やよいは大急ぎで飛び出して行ってしまった。
何か様子がおかしいようにも見えたが、特に気に留めることはしなかった。
きっとやよいも疲れが溜まっているのだろうと、一人納得している。
それよりも、美奈子の注意を惹きつけて離さないのは、黄金に輝く鍋の中身。
何か様子がおかしいようにも見えたが、特に気に留めることはしなかった。
きっとやよいも疲れが溜まっているのだろうと、一人納得している。
それよりも、美奈子の注意を惹きつけて離さないのは、黄金に輝く鍋の中身。
「やよいちゃん家のカレーってどんな味なんだろう。気になるなぁ……」
やよいに味付けを一任していた為、美奈子はカレーの味の具合を知らない。
料理人の端くれとして、彼女の作る料理が気になって仕方がなかった。
料理人の端くれとして、彼女の作る料理が気になって仕方がなかった。
「ちょっとだけ……食べちゃおうかな……」
この年になってつまみ食いなど、少々気が引けてしまう。
それでも、美奈子は味見をしたくて堪らなかった。
空腹の中、料理を前にお預けを食らうのはあまりにも酷というもの。
芳醇な香りに導かれ、カレーを一掬いすると――
それでも、美奈子は味見をしたくて堪らなかった。
空腹の中、料理を前にお預けを食らうのはあまりにも酷というもの。
芳醇な香りに導かれ、カレーを一掬いすると――
「……ん? カレーってこんな味だったっけ?」
思わず口に含んでいた。
しかし、何かがおかしい。
外見や香りは食欲をそそる上質なカレーだったはずなのに、いざ食べてみると奇妙な味がする。
あまりの疲労感で味覚までおかしくなってしまったのだろうか。
確認の為、もう一掬い口に運ぶ。
しかし、何かがおかしい。
外見や香りは食欲をそそる上質なカレーだったはずなのに、いざ食べてみると奇妙な味がする。
あまりの疲労感で味覚までおかしくなってしまったのだろうか。
確認の為、もう一掬い口に運ぶ。
「んー、やっぱり変な味が……ッ!? ごふっごほっ……」
気管支に入ったのか、美奈子は大きく咳き込む。
自身の不注意を反省した。
自身の不注意を反省した。
「げほっ……あれ?」
少しだけ咳が治まってきたところで、美奈子は何かに気付く。
「なに……これ……?」
――彼女の手のひらには、赤く濁った鮮血が付着していた。
◆ ◆ ◆
「美奈子とやよいが作った料理かぁ……楽しみだなー。アタシお腹ペコペコ」
「きっと美味しいと思いますよ! いっぱい食べて元気出してください!」
「きっと美味しいと思いますよ! いっぱい食べて元気出してください!」
二人はやよいに呼ばれ、民家へと続く道を戻っていた。
どうやら料理が完成したらしい。
どうやら料理が完成したらしい。
恵美とやよいは話しながら歩き、少し遅れて千早が続く。
あまり元気はないが、食事を取る気にはなってくれたようだ。
あまり元気はないが、食事を取る気にはなってくれたようだ。
そうこうしている内に、彼女たちは美奈子と亜利沙が待つ家へと辿り着く。
「たっだいまー! いやー悪いねー待たせちゃって」
恵美が一番に戸を開ける。
だが、返事はない。
だが、返事はない。
「あれ、いないのかな?」
三人はリビングへと向かう。
室内に入っても、何も聞こえてこない。
室内に入っても、何も聞こえてこない。
「おーい、美奈子ー? 亜利沙ー?」
そして、厨房の中へと足を踏み入れると――
「な……なんだよ……これ……」
――辺り一面、真っ赤に染まっていた。
真紅の中には二人の少女。
一人は横たわり、もう一人は茫然と座り込んでいる。
真紅の中には二人の少女。
一人は横たわり、もう一人は茫然と座り込んでいる。
「亜利沙! いったい何が……」
「美奈子ちゃんが……美奈子ちゃんが……」
「美奈子ちゃんが……美奈子ちゃんが……」
亜利沙は虚空を見つめながら、何かを呟いている。
「ちくしょう! どうしてこんなことに……!」
美奈子は苦しそうな表情のまま微動だにしない。
その口元は血で塗れていた。
何故このような惨劇が起きてしまったのかがわからない。
苛立ちを隠そうともせず、恵美は毒づく。
その口元は血で塗れていた。
何故このような惨劇が起きてしまったのかがわからない。
苛立ちを隠そうともせず、恵美は毒づく。
「ッ……!」
「やよい!? どこ行くの!?」
「やよい!? どこ行くの!?」
ふと、やよいが走り出した。
恵美が呼び止めても立ち止まることはなく、部屋を出て行ってしまう。
恵美が呼び止めても立ち止まることはなく、部屋を出て行ってしまう。
「ん? 何これ?」
やよいの懐から何かが落ちた。
恵美がそれに気付き、拾い上げる。
恵美がそれに気付き、拾い上げる。
「ッ!? ……そういう……ことかよ……!」
何かを察したのか、恵美の表情が歪む。
恐れ故か怒り故か、その肩は僅かに震えている。
彼女は手に持った物体を壁に叩き付けると、やよいの後を追うように駆け出して行った。
恐れ故か怒り故か、その肩は僅かに震えている。
彼女は手に持った物体を壁に叩き付けると、やよいの後を追うように駆け出して行った。
「いったい……何が起きているの……?」
千早はただ困惑する。
美奈子が倒れ、亜利沙が怯え、やよいと恵美はどこかへ行ってしまう。
状況が呑み込めず、不安と焦燥に駆られるばかり。
美奈子が倒れ、亜利沙が怯え、やよいと恵美はどこかへ行ってしまう。
状況が呑み込めず、不安と焦燥に駆られるばかり。
ふと、足元に何かが転がっているのが目に留まった。
やよいが落とし、恵美が捨てた謎の小瓶。
千早もまたそれを拾い、観察する。
やよいが落とし、恵美が捨てた謎の小瓶。
千早もまたそれを拾い、観察する。
「……!? こ、これって……」
瓶に書かれた文字を読み、千早は戦慄する。
全てが繋がった。
同時に、今起きている惨状を信じることが出来ない。
美奈子はやよいに毒殺されたのだ。
全てが繋がった。
同時に、今起きている惨状を信じることが出来ない。
美奈子はやよいに毒殺されたのだ。
「高槻さん……どうして……」
千早の顔からも、血の気が引いていく。
ただ恐怖することしか出来ない。
美奈子が殺された。
やよいに殺された。
人を殺そうとするようには全く見えなかったやよいが殺し合いに乗っている。
それらの事実は、彼女を絶望させるのに十分すぎる威力を持っていた。
ただ恐怖することしか出来ない。
美奈子が殺された。
やよいに殺された。
人を殺そうとするようには全く見えなかったやよいが殺し合いに乗っている。
それらの事実は、彼女を絶望させるのに十分すぎる威力を持っていた。
「…………行ってあげてください」
「松田、さん……?」
「松田、さん……?」
不意に、亜利沙が沈黙を破る。
「恵美ちゃん……すごく、怖い顔をしていました……
このままじゃ……何か取り返しのつかないことが……」
このままじゃ……何か取り返しのつかないことが……」
虚ろな眼で、淡々と言葉を紡ぐ。
「松田さんは……?」
「ありさは……」
「ありさは……」
「ありさは……ちょっと、だめそうです……」
もう亜利沙に気力は残されていなかった。
千早に全てを託し、美奈子の側に残るつもりらしい。
千早もそれに気付いたのか、何も言わず、二人の後に続いた。
千早に全てを託し、美奈子の側に残るつもりらしい。
千早もそれに気付いたのか、何も言わず、二人の後に続いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
二人だけが残された静かな空間。
体中を血に染め、亜利沙は自分を責め続けた。
不甲斐ない自分を。
誰も守れない無力な自分を。
やよいの殺意に気付けず、仲間を見殺しにしてしまった自分を。
ずっと側についていながら、何故気付いてやれなかったのか、と。
体中を血に染め、亜利沙は自分を責め続けた。
不甲斐ない自分を。
誰も守れない無力な自分を。
やよいの殺意に気付けず、仲間を見殺しにしてしまった自分を。
ずっと側についていながら、何故気付いてやれなかったのか、と。
「ありさは……本当に……ダメな子です……」
もう涙も枯れ果てていた。
悔しくて、悲しくて、今にも張り裂けてしまいそうなのに。
死んでしまった友の為に涙を流すことすらも許されないというのか。
悔しくて、悲しくて、今にも張り裂けてしまいそうなのに。
死んでしまった友の為に涙を流すことすらも許されないというのか。
――いや、きっとそうなのだろう。
今の自分に、友を悼む権利などないのだ。
誰一人助けることもできない、ちっぽけな自分に――
今の自分に、友を悼む権利などないのだ。
誰一人助けることもできない、ちっぽけな自分に――
食を愛し、食で繋がれる人の絆を愛した少女がいた。
だが、食は彼女を愛さなかった。
食によって絆を壊され、食によって命を奪われた。
彼女は今も食を愛することが出来るだろうか。
だが、食は彼女を愛さなかった。
食によって絆を壊され、食によって命を奪われた。
彼女は今も食を愛することが出来るだろうか。
アイドルを愛し、自身もまたアイドルとなった少女がいた。
けれど、アイドルは彼女を愛さなかった。
裏切られ、傷つけられ、嘲られた。
彼女は今もアイドルを信じることが出来るだろうか。
けれど、アイドルは彼女を愛さなかった。
裏切られ、傷つけられ、嘲られた。
彼女は今もアイドルを信じることが出来るだろうか。
亜利沙の信じる『アイドルちゃん』は、アイドル自身の手によって破壊し尽された。
【一日目/午後/G-4 民家】
【佐竹美奈子 死亡】
◆ ◆ ◆
「やよいィィィッ!!」
逃走を続けていたやよいも、遂に恵美に見つかってしまった。
呼び止められ、思わず足を止める。
呼び止められ、思わず足を止める。
「――アンタがなんでこんなことしたのか、聞く気はないよ。
アンタにも背負ってるものがあるんだろうしさ」
アンタにも背負ってるものがあるんだろうしさ」
恵美は静かに語り掛ける。
その言葉には、隠しきれない程の怒気が込められていた。
その言葉には、隠しきれない程の怒気が込められていた。
「でも……それでも……アタシはアンタを、絶対に許さない……!」
語気が徐々に強まる。
もう怒りが抑えきれない。
もう怒りが抑えきれない。
「千早が……亜利沙が……美奈子が……
あの子たちがどんな気持ちでいたかアンタにわかる?」
あの子たちがどんな気持ちでいたかアンタにわかる?」
「いきなりこんな所に放り込まれて……みんな死んで……ずっと不安で……
それでも、諦めきれなくて……生きたくて……精一杯、足掻いて……」
それでも、諦めきれなくて……生きたくて……精一杯、足掻いて……」
「なのにアンタは! そんな気持ちを踏み躙った!
仲間のフリして近づいて! 最初から裏切るつもりで!」
仲間のフリして近づいて! 最初から裏切るつもりで!」
恵美は、これまでに見せたことがないほどに激しい怒りを露にする。
劇場の誰よりも仲間を、友達を重んじる少女。
仲間を裏切ることを何よりも恥ずべき行為だと確信している。
そんな彼女にとって、やよいの行動は断じて許されるものではなかった。
劇場の誰よりも仲間を、友達を重んじる少女。
仲間を裏切ることを何よりも恥ずべき行為だと確信している。
そんな彼女にとって、やよいの行動は断じて許されるものではなかった。
「……」
何も言い返せないのか。何も言い返さないのか。
やよいはただ無言で、恵美の喝破を聞き続ける。
やよいはただ無言で、恵美の喝破を聞き続ける。
「だんまりかよ……! 何か言ったらどうなんだよぉっ!」
こちらに顔を向けることなく無視を決め込むやよいに、とうとう痺れを切らした。
恵美は地を踏み鳴らし、やよいの元へと近づいていく。
恵美は地を踏み鳴らし、やよいの元へと近づいていく。
「――え?」
恵美がやよいの元へ辿り着くことはなかった。
不意に走った胸の痛み。
体が激しく熱を帯びている。
不意に走った胸の痛み。
体が激しく熱を帯びている。
「知った風なことを言わないでください」
いつの間にかやよいがこちらへと向き直っていた。
その手には、日に照らされ煌めく細剣が握られている。
その手には、日に照らされ煌めく細剣が握られている。
「私だって、死ぬわけにはいかないんです。生きなきゃならない理由があるんです」
そう言い残し、やよいは再び走り去る。
力を失い、崩れ落ちる恵美には目もくれず、ただ真っ直ぐに駆けていく。
力を失い、崩れ落ちる恵美には目もくれず、ただ真っ直ぐに駆けていく。
もう勝つ見込みはないと思っていた。
美奈子の目を盗み、料理に毒を盛ったまでは順調だったはずなのに。
詰めが甘かった。
彼女が皆よりも先に毒の餌食となってしまい、計画が破綻してしまった。
一網打尽の機会を逃したときは死すらも覚悟したものだ。
美奈子の目を盗み、料理に毒を盛ったまでは順調だったはずなのに。
詰めが甘かった。
彼女が皆よりも先に毒の餌食となってしまい、計画が破綻してしまった。
一網打尽の機会を逃したときは死すらも覚悟したものだ。
しかし、運命はやよいに味方した。
逃走の際、無我夢中で掴んだ鞄は美奈子のものであり、その中には一振りの剣が収められていた。
喉から手が出る程求めていた、力。
百点満点とは言い難いが、それでも十分な成果を得ることが出来たといえる。
逃走の際、無我夢中で掴んだ鞄は美奈子のものであり、その中には一振りの剣が収められていた。
喉から手が出る程求めていた、力。
百点満点とは言い難いが、それでも十分な成果を得ることが出来たといえる。
「負けられないんです……誰にも……」
生きる為に、禁忌を犯した。
美奈子が毒に倒れた時。
恵美を斬り捨てた時。
罪悪感を感じなかったといえば嘘になる。
美奈子が毒に倒れた時。
恵美を斬り捨てた時。
罪悪感を感じなかったといえば嘘になる。
けれど、立ち止まってなどいられない。
罪を認めている余裕など残されていないのだ。
全ては家族の為。
家族の幸せの為に、仲間の幸せを奪う。
皆の笑顔を守る為ならば、いくらでも鬼となろう。
罪を認めている余裕など残されていないのだ。
全ては家族の為。
家族の幸せの為に、仲間の幸せを奪う。
皆の笑顔を守る為ならば、いくらでも鬼となろう。
もう後に引くことなんて、出来ない。
【一日目/午後/G-4】
【高槻やよい】
[状態]健康
[装備]きらめく細剣
[所持品]支給品一式(二人分)、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
基本:最後の一人になる。
1:焦燥。絶対に死ねない。
2:後悔なんて、していません……
[状態]健康
[装備]きらめく細剣
[所持品]支給品一式(二人分)、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
基本:最後の一人になる。
1:焦燥。絶対に死ねない。
2:後悔なんて、していません……
◆ ◆ ◆
心のどこかで思っていた。
彼女だけはずっと側にいてくれると。
何があっても、恵美だけはずっと味方でいてくれる、と。
彼女だけはずっと側にいてくれると。
何があっても、恵美だけはずっと味方でいてくれる、と。
甘えていたのだ。
だから――
だから――
「所……さん…………?」
こんな終焉が待っているなんて、考えもしなかったのだ。
嘘だと思いたかった。
信じたくなかった。
けれど、目の前の光景は、現実から逃げることを決して許さない。
信じたくなかった。
けれど、目の前の光景は、現実から逃げることを決して許さない。
「ち……はや……」
恵美の体は大きく切り裂かれ、夥しい量の血液が流れ出ている。
これが致命傷であることは、誰が見ても明らかであった。
これが致命傷であることは、誰が見ても明らかであった。
「嘘……こんなの……嘘よ……」
「へへ……ドジ、踏んじゃった……」
「へへ……ドジ、踏んじゃった……」
息を切らし、恵美は答える。
その呼吸は弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。
その呼吸は弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。
「なんで……こんな……ことが……」
恵美が死んでしまう。
なのに、何も打つ手がない。
ただこのまま彼女が死にゆくのを見届けることしか出来ないのか。
自身の無力さを、ただひたすらに呪う。
なのに、何も打つ手がない。
ただこのまま彼女が死にゆくのを見届けることしか出来ないのか。
自身の無力さを、ただひたすらに呪う。
「嫌……死なないで……お願い、だからぁ……」
「泣く……なよ……美人が……台無し、だよ……?」
「泣く……なよ……美人が……台無し、だよ……?」
自分の命など、どうなってもいい。
だから、どうか恵美だけは――
だから、どうか恵美だけは――
「死んじゃ……だめ……だからね……」
「え……?」
千早の心を見透かすように、恵美は言葉を投げかける。
「生きてれば……必ず……いいこと……ある、から……絶対……諦めないで……」
死んでしまいたいとは言えなかった。
恵美に何度も救われた命。
これを捨てることは、彼女の魂を侮辱することに等しいから。
辛い気持ちを堪え、千早は頷く。
恵美に何度も救われた命。
これを捨てることは、彼女の魂を侮辱することに等しいから。
辛い気持ちを堪え、千早は頷く。
「あと……亜利沙を……助けてあげて……あの子も……苦しんでる、はずだから……」
千早はまた、小さく頷く。
「やば……もう、時間……ない……かも……」
恵美の呼吸はどんどん弱まっていた。
命の灯火が燃え尽きようとしている。
遠くへ行ってしまう――
命の灯火が燃え尽きようとしている。
遠くへ行ってしまう――
「所さん……所さん……っ!」
「……最後に……ひとつ、いい……?」
命が消えゆく中、恵美は問いかける。
言葉の続きを、張り裂けそうな想いで待つ。
言葉の続きを、張り裂けそうな想いで待つ。
「アタシのこと……名前で……呼んで……」
名前で呼んで欲しい。
恵美はずっと前からそう言っていた。
未だに名字で呼ばれるのは距離を感じるから、と。
恵美はずっと前からそう言っていた。
未だに名字で呼ばれるのは距離を感じるから、と。
「ずっと……羨まし、かったんだ……春香や……志保、が……」
それは、千早にとって心を許した証。
「アタシを……アンタの……特別に……してよ……」
だがそれは、彼女にとってあまりにも残酷すぎる願い。
千早は――
千早は――
「めぐ……み……!」
――その枷を受け入れた。
「へへ……うれしい……なぁ……」
痛みに耐えながらも、屈託のない笑顔で、彼女に応える。
自分を受け入れてくれた親友に。
自分の為に涙を流してくれる親友に。
最大限の感謝を込めて――
自分を受け入れてくれた親友に。
自分の為に涙を流してくれる親友に。
最大限の感謝を込めて――
「ちは……や……」
「ずっと……みまも……って……………」
そして、彼女は静かに目を閉じた。
「恵美……?」
親友の名を呼ぶ。
されど、返事はない。
されど、返事はない。
「恵美……めぐみぃ……っ!」
何度も、何度も、その名を呼ぶ。
しかし、もう終わってしまった。
手遅れだった。何もかも。
千早はまた、大切な人を喪った。
しかし、もう終わってしまった。
手遅れだった。何もかも。
千早はまた、大切な人を喪った。
恵美を想う哀哭が、鎮魂歌のように響き渡る。
哀しい歌は風に乗って、どこまでも、どこまでも。
全てを無くした歌姫の元には、未完成な言葉だけが残されていた。
哀しい歌は風に乗って、どこまでも、どこまでも。
全てを無くした歌姫の元には、未完成な言葉だけが残されていた。
【所恵美 死亡】
【一日目/午後/G-4】
※民家には千早、亜利沙、恵美の支給品が残されています。
【きらめく細剣】
佐竹美奈子に支給。出典は『大冒険!アイドルファンタジーRPGガシャ』
騎士に扮した千早が小道具として使用したもの。
今回支給されたものは本物の刃を用いており、確かな殺傷力を持つ。
細身で扱いやすく、非力な女性でも相手を切り伏せることが可能。
佐竹美奈子に支給。出典は『大冒険!アイドルファンタジーRPGガシャ』
騎士に扮した千早が小道具として使用したもの。
今回支給されたものは本物の刃を用いており、確かな殺傷力を持つ。
細身で扱いやすく、非力な女性でも相手を切り伏せることが可能。
| ひなた | 時系列順に読む | 諦めず、進むだけ |
|---|---|---|
| ひなた | 投下順に読む | Follow my heart beat |
| すれ違う理想と友情 | 如月千早 | "のろい" |
| 松田亜利沙 | ||
| 佐竹美奈子 | 死亡 | |
| 高槻やよい | LIAR LIFE | |
| 所恵美 | 死亡 |