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諦めず、進むだけ

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諦めず、進むだけ

決意を新たにして、一歩踏み出した"普通の少女"望月杏奈
そんな彼女に対する試練は、すぐにやってきた。


「……エミリー

日差しの差し込む街中で、二人の少女は邂逅する。
その瞬間に、杏奈は身構えた。
出会った少女は日本刀を手に持ち、その先は赤く濡れている。
それが、彼女が志保と同じ事をしていたのだと判断するには十分すぎた。

「杏奈さん……どうやら、今までで一番の強敵になりそうですね」

対するエミリーの方も、警戒を怠らない。
杏奈の方もまた、その手に握られたナイフに血が付着している。
手段がどうであれ、今がどうであれ。彼女が人を刺したということに変わりはない。
エミリーが今まで出会い、勝負した者達には、全てそんな事をしていなかった。そんな決意が、なかった。
その凶刃に、自らの命を絶たれる可能性だってある。
そんな、今までとは違う勝負になることを予感し、エミリーもまた、息を飲んだ。

「今、まで……」
「ええ。杏奈さんで、四人目になります」

淡々と、距離が詰められる。
エミリーが歩を進め、杏奈が少しばかり後ずさる。
杏奈で、四人目。その言葉の真意を察し、声に出さずとも驚愕する。
その言葉をそのまま受け取るなら、三人も殺している。ならばもう、土壇場の躊躇なんて期待できないだろう。
武器も、ナイフと日本刀では大きく差が出る。
精神的にも物理的にも、杏奈が不利だと言わざるを得ない。

「覚悟は、いいですか?」

エミリーの問いかけに、杏奈は言葉を詰まらせる。

――逃げ出したい。
"アイドル"でもなんでもない弱い心は、目の前の脅威に、向けられる殺意に怯えている。
ここで、死んでしまうかもしれない。
一目散に逃げ出せば、もしかしたら助かるかもしれない。

「………っ」

けれど。
ざり、と後ろに下げかけた足を止める。
ここで逃げ切ってしまえば、エミリーは他の誰かを探しにいくだろう。
そして、また襲っていって、殺していく。

あの時、奈緒に向かって決意した事はなんだ。
もう、みんなを傷つけない。
それは、ただ杏奈が傷つけないというだけの決意だったのか。
だから、目の前で仲間を傷つけようとする彼女から逃げるのか。
自分の身体可愛さに、またあの人の想いを、裏切るのか。


「……いい、よ」

気付けば、無意識のうちにその小さなナイフを向けていた。

あまりにも頼りない、びくびくとした姿。
けれど、その瞳はまっすぐと相手を見据える。
対峙するエミリーは、その言葉を聞いて、顔を引き締めた。

「では、尋常に……」

そして、刀を向け構える。
矛先の向けられた杏奈は、ごくりと喉を鳴らした。
命を賭けた、果し合い。
負けられない、戦い。


「………勝負っ!!」

その火蓋が、切って落とされた。


「はっ!」

瞬間、エミリーは足を踏み込み、一気に距離を詰められる。
そのまま躊躇なく、刀が振り下ろされた。
縦に、一線。脳天を、分断する勢いの一撃。

「……っ!」

それを、すんでのところで杏奈は避ける。
戸惑いなく放たれた、命を絶たんとする一撃に、ぞっとする、暇もなく。
第二撃、今度は横に薙ぎ、攻めこまれる。

「やっ…!」

後ろにステップして、それも避ける。
杏奈も、多少は身のこなしには自信があった。
相手がその道のプロならいざ知らず、相手は日本刀なんて扱い慣れていない13歳の少女。
その大振りの攻撃には、まだ避ける余地はある。

ぶんぶんと、続け様に攻撃が放たれる。
それを後ろに下がりつつ、引き付けるように避けていく。
杏奈の持つ得物では、日本刀の攻撃を掻い潜って攻撃できるほどの長さはなく、技術もない。
今は機会を、隙を待つしかない。そうして彼女は、次の攻撃を――――




だが、そう身構えていた杏奈に想定外の事が起きる。

「………」

刀を向けていたエミリーが、突如その攻め手を止めたのだ。


「え……?」

構えは崩さずとも、目の前で斬りつける事を突然やめた。
続け様に攻めてくると思っていた杏奈は、その想定外の行動に戸惑う。
一体、何故。まさか躊躇してくれたのか。
そんな、さっき否定したばかりの淡い期待が、脳裏をふと過る。

面食らい、何をしているのかと。
それに彼女の防御が、少しだけおろそかとなり。


「――えいやっ!」

その隙を、エミリーは見逃さない。
杏奈のナイフが下がり、見えた顔を狙い。エミリーは、日本刀を真っ直ぐに突いた。


「っ!?」

ほんの少しだけ、気が抜けたその不意を突き。
そして、一点へ素早く放った、奇襲じみた一撃。
全てが噛みあい、杏奈はそれに反応しきれず、眼前にまで刃先が迫る。

そしてエミリーは、腕を伸ばし切り。


―――ばさり。
数十本単位の、鮮やかな髪の束が、地面に落ちる。
結果から言えば、その攻撃は杏奈に当たらなかった。
反射的に、半ば偶然に。杏奈は頭を動かして、避ける事ができていた。
常人には認識しがたい程の、一瞬の出来事。

「……………」

放った突きが、杏奈の体を貫通していない事を理解すると、エミリーはすぐに次の行動を開始した。
日本刀を捻り、刃のある方を杏奈の体に、すぐ横に存在する頭へ向ける。
しかし杏奈も追撃が来る事を予感して、エミリーが斬りつけるよりも前に距離を取った。

二人の間に、距離が空き。
勝負はまた、ふりだしへ戻る。



しかし、その精神状態には大きな差が生まれた。
まだ、大して体力を消耗していない筈の杏奈の息が、荒い。
エミリーの一撃は、確かに避ける事はできた。だが、当たってもおかしくはなかった。
ただ、運が良かっただけでしかない。下手すれば、あの時点で杏奈は何も為す事なく死んでいた。
そんな事実を改めて認識し、彼女はぞっとする。心臓が、ばくばくとうるさく鳴っている。

(よし……!)

対するエミリーは、結果こそ実らなかったものの、自身の行動に確かな手ごたえを感じていた。
今までの経験から学んだ事を、生かした動きに。

彼女はここまで、三人と戦い、勝利してきた。だが、その中で、苦戦が全くなかったとは言えない。
そのうちの一つ、野々原茜との戦いで、後れを取った。
結果的には勝敗を決しえなかったが、それでも、致命的な隙を晒したのだ。

ただがむしゃらに攻めるだけでは、思った以上に当たらない。
こちらの疲労が、いたずらに増えるだけで、大きな隙を晒す危険も、ある。
自らの実力不足は、否定しようのない事だ。その上で、できる限り同じ失敗はしないように心掛ける。

そして今回、避けられている中で、二の舞になる予感が、エミリーの脳裏を過った。
だからこそ一度下がり、冷静に見つめなおした。
結果、見えた付け入る隙。それを狙う、刀は振るものというエミリーのイメージに囚われない攻撃。
目の前の杏奈の反応を見れば、その成果は明らかだ。学んだ事を生かした一撃は、確かに大きな影響を与えた。

傷つける事はなくとも、この一撃は杏奈に恐怖を、エミリーに自信を与えていた。


「やあぁっ!」

距離を詰め、もう一度エミリーは斬り付け、攻撃を再開する。
先程の再現のような、つたない攻め。
しかしそんな中、杏奈はさっきのように冷静に避ける事などできなかった。
一度、眼前にまで迫った死の恐怖。
それはもう意識しない事などできず、呪いのように彼女の精神を蝕む。
必要以上に、彼女は大きく避けてしまう。

「はぁ、っ、はぁ……!」

その結果が、だんだんと目に見える形で表れる。
緩急をつけ攻めるエミリーより、精神的余裕をなくした杏奈の方が多く体力を消耗し始めていた。
息の切れ始めた杏奈と、つたなくとも冷静に刀を振るうエミリー。その差は、歴然となる。
確実に、流れが変わっていた。

「ふ、っ……!」

その中で放たれた、なんでもないエミリーの一撃。
しかし、それに対して疲労の溜まった杏奈の反応が、遅れた。
動きの鈍くなった彼女は、その攻撃範囲から逃れきれない。

横に薙いだ刃から、赤い液体が飛んでいった。

「っ!?」

身体に痛みが走り、杏奈は目を見開く。
自身の腕がぱっくりと割れ、鮮血が流れ出ている。
冷静に見れば、深い傷ではない。少し刃が触れただけに過ぎない。

「ゃ……ぁ……!!」

だが、今の彼女に体を傷つけられた衝撃は大きすぎた。
このままでは、殺される。冷静に判断できない心は、錯乱し始める。
死にたくない。そう思い、とにかく距離を取ろうと後ずさろうとする。

「うぁっ!」

その瞬間、彼女の足がもつれた。
肉体的にも精神的にも追い詰められ、足がうまく動かなかった。
立て直す事も出来ず、地面へと倒れ込む。
固いアスファルトの上に、身を投げ出され、襲う痛みに顔をゆがめる。
が、今はそんな事さえしてる暇はない、と。顔を上げて。


「決着、ですね」

その眼前に、刃を突きつけられた。


「……ぇ」

突然終わりを、一方的に告げられた。
そんな状況で、杏奈はただ茫然としていた。
一体、何が起こったのか。それを、理解していないといった風に。
ただ、少しだけ斬り付けられただけなのに。その一瞬からなし崩し的に、もう全ては終わってしまった。

どちらが勝者かは、残酷な程にはっきりとしていた。
最早、杏奈に行動は許されず、全てはエミリーにゆだねられる。
そして、彼女の意志は決まっている。杏奈がこれからどうなるかも、また察せられた。

「……っ!」

しかし、それでも。
杏奈は手に持つナイフを強く握りしめ、睨みつける。
例えどうしようもなくとも、このまま殺されるのを待つだけでしかなくとも。
諦める事なんて、できない。

彼女一人だけの、意志ではないのだから。
今の彼女の意思は、"あの人"に守ってもらったもの、だから。
それがある限り、勝手に諦めるわけにはいかない。
あの人に、合わせる顔がない。

「……杏奈さんにも、譲れないものがあるのですね」

さっきまでの怯えた姿から一転し、気丈な瞳を向ける杏奈の姿を見て。
エミリーは、問いかけるように呟く。
返答は、ない。それでも、彼女はそうだと確信した上で、話を進める。

「そして、それは他のみなさまも同じ……気付くのが、遅れてしまいました」

それは、自分に言い聞かせるような言葉。
6時間もの時が経って、気付いた事実。その上で、自身の行動に意味を持たせる為の、思考。

「ただ闇雲に殺めるだけでは、何の成長にも繋がらない……。
 みなさまとの決闘の経験と、その意思を、糧にして生きていく。それが、私がこの場所で大和撫子として成長する為の手段だったのです」

この中で結論付けられたのは、傍から見れば異常とも思えるものだった。
杏奈も、その言葉を聞いて顔をしかめる。

「きっと仕掛け人様も、そのようなご意思で、この試練を与えたのだと思います」

それを肯定する者は、ここには誰もいない。
杏奈から向けられる瞳も、否定のもの。
けれど、エミリーはその決意を、信念を曲げない。もう、曲げられない。


「仕掛け人様の期待に応える為に、そして真の大和撫子に至る為に。
 その為に……ごめんなさい。私は、あなたを殺します」


向けられた刀が、決意を表すように輝いた。


「………」

一転し、しんとした空気が流れ。その中で息を呑む音が響く。
もう、彼女は語り終わってしまった。
後はもう、いつこの凶刃が杏奈の体に降りかかってもおかしくはない。
その間に少しでも動けば、少しでも何かをすれば、その瞬間に殺されるだろう。


それでも、諦めない。
最悪の状況であっても、その中で足掻いてみせる。
斬り付ける、一瞬の隙か。それ以外でも、どこか付け入る何かを。
ギリギリまで、探る。




そしてエミリーは、刀を振り上げ――――



『――――待てッ!!!』


状況を一変させる一声が、響いた。






何が起きたかを説明する為には、少し時を遡り、場面も変える必要がある。

「はぁ………」

杏奈とエミリーが邂逅した南の街より西。
遊園地を出て、少しした場所で、彼女達――抱えられている馬場このみと、それを抱える舞浜歩は歩いていた。

(畜生、どこにいったもんかなぁ…)

歩きだしてから、そう時間が経ったというわけではない。
まだ背後には、去ったばかりの遊園地が大きく見えている。
せめてそこから離れるように、と歩いてはいたが、その目的地も、やるべき事も決まってない。
危険を避けるように、南の街を避けて北上している。それぐらいだった。

お姫様抱っこしながら歩く、という事に体力を使わないわけではないが、その少女は小さく、そこまで苦にならない。
そして何より、こうして動いていないと、思考がどんどん悪い方へと行ってしまいそうで。
そんな自分を情けないと、そう思いながらも歩き続けていた。


「………ん?」

そんな彼女が、ふと何かに気付いて足を止める。


あたりは、静かな空間が広がっている。
そして見渡してみても、少なくとも人影は見えない。
だからこそ、何もない――筈なのだが。


「何だ……?」

彼女の耳には、何か人の声のようなものが。
ぼそぼそと、聞こえていた。


「んー……このみさん、ちょっとごめん」

抱っこしていた女性をおろし、耳をすます。
微々たるものだが、意識すると確かに聞こえる。
そう遠くは離れていない……しかし、一体どこから?
何も分かっていないまま、ただ音のする方を探る。


「……あっ」

そして、歩は気づいた。
人の声のようなものは、目の前の女性――馬場このみの、持っているものから聞こえていたという事に。

「……マジかよ」

――トランシーバー。さっきまで、うんともすんとも言わなかったのに。
今、そこから微かながら声が聞こえていた。
つまり、あっちからここに連絡が来ていたのだ。
想像だにしていなかった事に、歩は戸惑う。

『――とのけ――の――と、そのい――かてにしてい―――』
「…………?」

だが、そこから流れるノイズ混じりの音には、違和感があった。
その向こうの声は、こちらと会話をしようとしているものには感じない。
それ以前に、トランシーバーの音質の悪さを考慮しても声が聞こえづらい。
まるで、声の主とトランシーバーの間にも、何かに遮られているかのような。

誰かも分からず、その意図も分からない。
もしかすれば、偶然スイッチか何かが入っただけなのかもしれない。
というより、そうとしか思えなかった。向こうの方も、下手すればこうして繋がってる事自体気づいてなさそうだったから。

「くそっ……」

なら、気づかなかったふりをしてしまえば良いのかもしれない。
今喋っているこの人物は誰なのか。今、何をしているのか。
それを知るのが、怖い。知ってなお、何もできないのが怖い。
逃げてしまえば、今、目の前の事だけを気にしていれば良かった。筈なのに。


『――ごめんなさい。私は、あなたを殺します』

その言葉だけが、トランシーバーの向こう側からはっきりと聞こえてしまった。

「…ッ!」

はっきりと、分かった。理解してしまった。
向こうのトランシーバーの持ち主――茜と千鶴とジュリアを殺した奴は、今また別の奴も手に掛けようとしている。
同じ仲間であるはずの、別の誰かを、だ。

「やばい、このままじゃ……っ、でも……」

手が届かない場所で、また誰かが殺されようとしている。
そんな理不尽に、歩は苦々しい声を上げる。
焦る心が、生まれる。このままじゃ、また誰かがいなくなってしまう。そんなのは、嫌だ。

「くそ……クソッ! なんでだよ……!」

目の前には、変わらず顔を上げない人の姿があった。
歩は、何もできなかったならできなかったなりに、せめて茜が守ろうとした彼女の事は守ろうとした。
けれど、だからと言って他の仲間を見捨てる事を、良しとするわけじゃない。
助けられるなら、助けたい。

「……ヂュッ!」

肩に乗るハム蔵が、力強く鳴いた。
背中を、押してくれているのかもしれない。その声を聴いて、歩、はごくりと喉を鳴らす。


もう、何にもならないのかもしれない。
手遅れかもしれない。意味もないのかもしれない。

それでも、もう気付いてしまった以上は、何もしないなんて―――


「………待てッ!!!」


できなかった。




『おい、聞こえてんだろ!
 何するつもりだ!もうこんな事やめろっ!』

突如、響いた音声に二人の動きは止まった。
エミリーは驚き、乱入者かとあたりを見渡すも、他に人の姿は見えない。
当然だ。その声は、ここから離れた場所から、通信で届いたものなのだから。
けれど、それを知る由もないエミリーには、分からない第三者の言葉に平常心を失う。

「……ッ!」

対する杏奈も、これがどういう状況なのか判断する術はない。
ただ、一つ理解したのは、今がチャンスだという事。
どうせ、殺されるだけだ。何が何だか分からなくとも、隙が生まれた今しか、逃れるすべはない。
杏奈は立ち上がり、その勢いのまま。


「―――このっ!」

隙を見せたエミリーに、体当たりをかました。


「――! あぐぅっ!」

その勢いのまま、倒されてしまうエミリー。
だがこのままではまずい、と。咄嗟に立ち上がろうとする。

「させない……!」

しかし、それは叶わなかった。
エミリーが立ち上がるよりも先に、杏奈が馬乗りになって上に立ちふさがったのだ。
全体重をかけられ、日本刀を持つ腕を杏奈の足で抑えられる。
痛みに表情を歪ませる間もなく、エミリーの眼前にバタフライナイフが突きつけられる。
このまま前へ突き出せば、痛みを感じる間もなく死ぬだろう。


「………」

全ては、一瞬の事だった。
たった一つの偶然がきっかけとなり、形勢はあっという間に逆転した。
エミリーの命は、杏奈の手の上へと乗せられる事となった。

「……決着、だね」

突きつけたナイフは、震える事もなくまっすぐエミリーへと向けられている。
一切の行動を許さない、そんな気概が見えた。
それに対し、エミリーは睨みつけるも、やがて。


「どうやら、そのようです……」

諦観と共に、彼女は小さく言葉を発した。


「……ふぅ」

ひとまず、終わった。
危うく死にかけたが、今はこうして生きている。
小さく息を吐いて、改めて杏奈は実感していた。

『お、おい、どうしたんだよ!何があったんだ!?』

ひとまずの決着がついた中で、混乱している声が響く。
それを聞いて、杏奈は我に返ったようにあたりを見渡した。
結局、この声はなんなのだろう。エミリーも、心当たりがないように戸惑っていたが。

その声は、すぐ近くで聞こえていた。
と言っても、当人の声ではなく、何かを介したようにノイズがかかっていたが。
それは、エミリーの方――正確には、その後ろ、背負っていたデイパックの中から聞こえていた。

「………」

エミリーに刃を向けたまま、その背後、荷物へと手を伸ばし、中から手さぐりで取り出す。
目的のモノは、すぐに見つかった。
ゲームや漫画でよく見るような、トランシーバーと呼ばれるもの。
別の誰かに、これと対になるものが配られたのだろう。

「……もしもし。誰、ですか……?」

相手が誰だか分からないが、その必至さから、悪い相手ではなさそうだと感じていた。
だから、警戒は怠らぬままにコンタクトをとろうと試みる。
下のエミリーは、観念したように動かない。

『……!? その声……杏奈、なのか…!?』
「……歩、さん…?」

デイパックから取り出され、間近で聞いたその声は、聞き覚えのあるものだった。
というよりも、この島の中で既に聞いた事のあった声。
その狼狽えていた声は、すぐに検討がついた。
相手も、こちらが誰かと気づいたらしい。

――はっきり言えば、あまり良くない相手だ。
彼女、舞浜歩むは、杏奈がした罪の場を、見られている。
そしてその上で、逃げ出してしまった。彼女の印象は、相当良くない筈だ。

「歩さん……杏奈、その……」

それでも。これは、むしろ良い機会なのだと、杏奈は感じていた。
罪には、いずれ向き合わなければならない。
奈緒と向き合い、謝った以上、杏奈は自分の罪を背負い続けて、生きていかなくちゃいけない。
その上で、歩に――他の皆に、事情を説明するというのは避けては通れない事だろう。


『……嘘、だろ…?』

だが、それを差し引いても尚、向こうの様子がおかしいように感じた。
何か、過剰に驚いている気がする。杏奈が、応答に出たことに、だろうか。
偶然の事とはいえ、そこまで驚く事でもないと思う、のだけど。

妙な違和感を、感じ始める。
それと同時に、何か嫌な予感が、脳裏を過り。



『杏奈、お前……奈緒だけじゃなくて……!!』

向こうの声は、どこか恐怖しているようにも聞こえて。


「………ッ!?」

その瞬間、杏奈の嫌な予感が、確信へと変わった。



「ち、違うの歩さん!聞いて――」


エミリーは、言っていた。"4人目"だと。
そして、このトランシーバーは、3人もの仲間を殺めた人物が所持していたもの。
もしも相手が、その事"だけ"を知っていたのだとしたら。
――その誤解は、事態は。最悪の方向に向かってしまう。

それだけは避けなければ、と。
身を乗り出して、弁解をしようとした。その時。


「……な」


”天地がひっくり返った”――とでも、表現しようか。
突然、望月杏奈の体は宙を舞った。
そのまま、離れた場所まで飛ばされ、体が地面に叩き付けられる。

突き飛ばされた。そう理解するのに、多少の時間差があった。

痛みに顔を歪めながら起き上がると、そこには先ほどまで諦めていた筈のエミリーが立ち上がっていた。
刀を、下に突き刺す。それと同時に、何かがぐしゃりと破壊された音が響く。

「……もう、乱されはしません」

そこにあったのは、突き飛ばされた際に杏奈の手から離れた、トランシーバーだった。
貫かれたそれは、もう本来の機能を使う事など期待できやしないだろう。
動揺で、拘束がおろそかになってしまったのか。それを悔やんでも、もう遅い。

改めて、また振り出しに戻ってしまった。
しかし、その全てが同じになったわけじゃない。
何もかも、まずい状況になってしまった。
その焦り含めて、杏奈の精神は追い詰められる。

だがそんな事、エミリーには関係ない。
ただ、もう油断なく、他事に気を取られる事なく、目の前の決闘を完遂するのみ。
はっきりとした意識の差が、二人の間に生まれる。

そうして、対峙し、また戦いの火ぶたが切って落とされようとした、時。


「………っ!」

先に動いたのは、杏奈。

背を向け、その場から逃げ出した。


「待っ………!」

突然、逃げ出すという手段に出た杏奈を、エミリーは咄嗟に追おうとする。
が、その足が動かなかった。
どうしたのか、と。足元を見ても、そこには何もない。
何もない――が、その足は決して正常とも言えず。


踏み出そうとした、膝が震えていた。


「な、なんで……どうして……!」

無理矢理に動かそうとしても、言う事を効かない。
何が起きているのか自身でも分からず、エミリーは震えた声でただ戸惑う。
彼女は、気付いていなかった。
あの時、血濡れのナイフと共に突きつけられた、死の恐怖を。
自身を正当化する事で目を逸らしていた、13歳の少女が受け入れるには酷な、事実を。

そうこうしているうちに、はっと顔を上げると、杏奈の姿はもう見えなくなっていた。

「……これでは、いけませんよね……」

もう追いつくことは難しいだろう、と。一度息を吐いて冷静になろうと試みる。
それでも、心臓は未だバクバクとうるさく鳴っている。
一度終わりかけた。その恐怖は、自身の想像以上に深く根付いているらしい。
首を振って、気合を入れなおす。

ともかく、この決闘で自分は経験を得た。
エミリーは、そう回想する。
良いものもあり、悪いものもあるだろう。
その上で、両方を受け止めて、大和撫子として成長し、生かす。
それ自体は、間違っていなかったのだ、と。今までを思い返す。

「………ふぅ」

ちゃきん、と。日本刀を収める。
経験は得たものの、今回は、成果自体はなし。認めざるを得ない。
逃げ出された杏奈から、自身の悪評も広められるだろう。
そうでなくとも、この果し合いに乗り気な者も少なくない筈だ。
今まで以上に熾烈になっていく事は、容易に予想できる。

(一度、後れを取った経験、刀を、突きつけられた経験……きっと、無駄ではない筈)

その上で、エミリー・スチュアートも確かに成長している。
大和撫子として、きっと。

「…………」

一度、真上まで昇っていた太陽は、段々と下がり始めていた。
既に結構な時間が経ったらしい。エミリーは、考える。
改めて、望月杏奈の逃げた方向へと向かうか。
それとも、また別の誰かを探し、決闘をなすか。

「……次へ、参りましょう」

深く息を吐き、往く道を見定めた少女は、もう震えていなかった。







「はぁっ、はぁっ、はぁ………!」

街中を、息を切らしながら走る。
その道中で、杏奈は、何かを探すようにあたりを見渡していた。
この辺りには、人っ子一人いない。

「……っ!」

咄嗟に腕を抑え、血が滴る腕を抑える。
深い傷ではない。それはついさっきも判断した事だ。
それでも、血が止まらないというのは幼い心に焦りと恐怖を生む。
けれど、彼女は止まらない。止まれなかった。

杏奈が逃げ出したのは、ただ恐怖に駆られたから、というわけじゃない。
そんな理由がなかったとは言い切れないが、それが一番ではない。

(歩、さん……!)

ただ、この致命的な誤解だけは早く解かなければまずい。そう感じたのが一番だった。

奈緒を殺したと、思われる事は仕方がない。差異が違うとはいえ、実質そのようなものだったから。
だから、その罪は認めたうえで、向き合っていかなくちゃいけない。
けれど、今思われている事は、完全に冤罪だ。
あまりにも多くの人数を殺した。そう思われれば、弁解は難しくなる。
広まってしまえば、その誤解を完全に解くことは困難になるだろう。
下手すれば、こちらが何か言う前に危険人物と断定され、殺されてしまうかもしれない。

(……いや、そんなの、嫌……!)

そんなのは、嫌だ。
生きていたい。アイドルも、まだあきらめたくない。
だからこそ、一刻も早く探し出して、その誤解を解かなくては。
彼女とは、この場所で一回会っている。
きっと、まだ近くにいる筈だ。そう思い、こうしてエミリーを止める事より優先し、走っていた。

――弁解して、もし誤解を解いたとして。そこから、何ができるのだろう。
アイドルとして、この場所で何を為し、何を遺せるのだろう。
そんな疑問が、頭に浮かばなかったわけじゃない。
けれど、今の彼女にその答えが出そうになく。何より。

ただ、何もせずに終わってしまえば。

あの人に、合わせる顔がない、と。そう思ったから。


「はっ、はぁ……歩さん……どこ……!?」

焦る心を抑え、せわしなく見渡しながら走り抜ける。
言葉だけの弁解では、どれだけ信じてもらえるか分からない。
けれど、こんな状況に陥って、何もしないわけにもいかない。

翻弄される少女は、何かに捕らわれたように、足掻くことをやめない。やめられない。







「―――くそっ!」

一向に繋がらなくなってしまったトランシーバーを下ろし、歩は苦々しい顔を浮かべた。
会話はこれからだ、というところで、一方的に切れてしまった。
単純に相手が切ったのか、何か不慮の事故でも起きたのか。それさえも分からない。

「なんだよ……何が、どうなってんだ……!」

意を決してみても、結局得た情報は少なく、混乱するばかり。
ただ一つだけ言えるのは、このトランシーバーに応答したのが、望月杏奈だという事。
茜、千鶴、ジュリアを殺した奴が、持っていったであろうトランシーバーを。
あの、奈緒が死んでいた場所に、血濡れのナイフを持っていて、逃げ出した杏奈が持っていた、という事だけだ。

「まさか……本当に……」

奈緒を殺した、あの三人を殺した。全部、状況証拠でしかない。
しかし、感情論で否定するには、状況は揃ってきている。
望月杏奈は、既に4人を殺し、この応答の間にも、また一人殺めようとしていた。
そう考えてしまった事を、否定できない。
途中で遮られたのは、その殺されようとしていた子が抵抗をしたのか。
憶測でしかないが、否定する材料が、今のところない。


「……もう」

歩は、杏奈の事を助けたいと思っていた。
もし、本当に手を汚していたって、分かり合えるって、どこかで信じていた。
けれど、歩が探し出せなかった間に、あるいは、歩が見つけるよりも前に。
こんなにも、殺していただなんて。思いもしなかった。

「もう、戻れないのか……?」

――本当に、救う事なんてできるのか?
弱々しい考えが脳裏を過り、そしてそれも否定できない。
もう、救いようがない程に落ちているのかもしれない。それだけ、重い罪を重ねてしまったのかもしれない。

「ヂュッ」
「…………」

ハム蔵の声にも、反応が返せない。それぐらい、気落ちしている。
どうして、こうもうまくいかないのだろう。
素直に手を取り合って、頑張ろうっていうんじゃダメなのか。
現実的じゃ、ないのか。それでも、そんなに躊躇なく殺せるものなのか。
もう、分からない。今まで積み重ねたものさえ、よく分からなくなってきた。

「どうすりゃいいんだよ、アタシは……」

これから、仮に杏奈を探し出したとして。
自分の言葉が、何か伝わるのだろうか。
何も言う暇もなく、襲われるんじゃないのか。
もしそうなった時、自分はこのみの事をかばいながら、話ができるのだろうか。

全部、自信がない。
見限ってしまえば、いくらか楽になるのだろう。
けれど、今の歩にはそんな事ができる強ささえ、ない。
つくづく、情けない。自己嫌悪が酷くなるが、そう思って変われれば苦労はしない。

「……あの時は、楽しかったのにな」

ふと、弱音が漏れた。
それを言った瞬間、肩に乗っていたハム蔵が激しく鳴き始めた。
禁句、だったのだろう。こんな感情を抱いてしまえば、折れてしまうだろうから。

「分かってるよ。こんなとこで立ち止まってても、何にもなりゃしないんだ」

たった一人なら、ここで立ち止まっていたかもしれない。
けれど、歩は今、一人じゃない。
茜が守ろうとした、女性が近くにいるのだ。
せめて、彼女ぐらいは守れなきゃ立つ瀬がない。

「このみさん……」

とりあえず、進もうとして、一度下ろした彼女の体をもう一度、お姫様抱っこで持ち上げる。
相変わらず、不安になるほど軽い。いつもなら、こんなに小さくても頼りがいのある大人である筈なのに。

(……このみさんは、今、何を思ってるんだろう)

うんともすんとも言わず、死んだような表情を浮かべる彼女の心中は、伺えない。
ただ、それでも今までの事は全部理解しているはずだ。
放送の事だって、今回の事だって。
――殺し合いに乗っている、子がいる事だって。

いつものこのみさんなら、なんて言っただろう。
どういって、励ましてくれただろう。
何もかもが不安な今、何でもいいから言葉がほしい。
そう思うのは、我儘なんだろうか。

(……ううん、弱気になっちゃいけないよな。
 アタシは……ただ、もう後悔しない道を行く。このみさんの事だけは、守らなきゃな)

首を振って、弱気な考えを振り払う。
未だに分からない事だらけだし、不安な要素もむしろ増えるばかりだ。
杏奈に出会って、どうするかすら今は決まってない。
それでも、立ち止まれば死ぬだけなら。ただ、死なないように今を足掻くしかないのだ。




そうして、ひとつの邂逅で、3人の少女達の心に大きな影響を遺した。

皆に、少なからず、黒い影を心に残して。


それでも、少女達はこの凄惨な世界で進むことをやめない。



それしか、できないのだから。



【一日目/午後/G-3】

【エミリー・スチュアート】
[状態]健康、多少の動揺
[装備] 日本刀
[所持品]支給品一式×4、水鉄砲、ティーセット、ランダム支給品(1~3)
[思考・行動]
基本:果し合いで仲間を倒し、経験を得た上で至高の大和撫子になる。
 1:杏奈を追うか、別の誰かを探すか……?
 2:Pに対する若干の不信感と、それでも揺らがない信頼。
 3:降参した相手は斬らないよう申し付けられましたが……。


※トランシーバーは破壊され、その場に放置されています


【望月杏奈】
[状態]精神的疲労(大) 、腕に切り傷
[装備]バタフライナイフ(血液付着)
[所持品]基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本:アイドル、やめるのは……嫌
 1:歩を探し、誤解を解く
 2:エミリーは危険

【一日目/午後/H-1】

【舞浜歩】
[状態]健康、このみをお姫様抱っこしている
[装備]突っ張り棒、砕石、雑誌(腹部、背部に一冊ずつ) 、トランシーバー
[所持品]基本支給品一式、ショッピングセンターで調達してきた商品(わさび含む)
[思考・行動]
基本:死にたくない。でも、殺し合いにも乗れない。どうするかなぁ
1:このみさんを連れて誰かを探す
2:杏奈を……どうすれば、いいんだろう

※杏奈に対し、奈緒、茜、千鶴、ジュリアを殺したものと誤解しています

【馬場このみ】
[状態]健康、歩に抱えられている
[装備]
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
1:???

【ハム蔵】
[状態]健康
[装備]なし
[思考・行動]
基本: ???


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