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輝きの向こう側

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輝きの向こう側


夢を初めて願って、今日までどの位経っただろう?



    *     *    *



殺し合いの会場となった島の南に位置する、閑散とした住宅街。

「はぁ……はぁっ……!」

その中で、1人の少女が息を切らして走っていた。

その足はふらつき、表情にかつての笑顔はない。
走る度に襲われる激痛に耐えながら、必死に前に進んでいる。
その肩はぱっくりと割れていて、そこはおびただしい程の血で濡れていた。

少女――天海春香は、不幸にもこのイベントが開始してすぐに襲われたのだ。
殺し合いをしろと言われて、いきなりどこかも分からない場所で目覚めて。
理解が追い付かず混乱した頭では、突如現れた襲撃者に対応する事など到底無理な話だった。
振り下ろされた凶器は彼女の肩に深く食い込み、傷付けたのだ。
激痛と恐怖に思考が支配されて、今走っている場所さえも分からず。
それでもただ、未だ彼女に襲い掛からんとする恐怖から逃げ続けていた。

血を失いすぎた体は眩暈を起こし、助けを呼ぶ体力もなく。その姿は今にでも、倒れてしまいそうなほどで。
それでも、止まるわけにはいかない。未だ後ろから感じる存在から、逃げなくてはならないから。

「あ……っ!」

どれだけ逃げたか、というところで。彼女は躓き、前のめりに倒れる。
何もないところで、転ぶ。それは、春香が日常でよくやっていた癖のようなものだった。
今がただの日常なら問題はなかったかもしれない。
しかし、今は異常な殺し合いの場。ましてや、今まさに命の危機にさらされているような状況では、その隙は致命的で。

「っ……げほっ、ゴホッ……!」

体を起こそうとして、しかしがくがくと震える体は言うことをきかなかった。
限界を超え、血を失いすぎた身体では、満足に立ち上がる事さえできない。
滴り落ちる血とぼやける視界が、自身の終わりを暗に示しているようで。
それがより、彼女の中の絶望を濃くしていた。

そして、動けない彼女に近づく一つの影。


「春香さん」

後ろから、ぞっとするほど冷やかな声を掛けられる。
立ち上がろうとしていた春香の背後に、その気配が迫ろうとしていた。

「……っ」

恐る恐る、彼女は振り返る。
誰もいなかったはずの道の真ん中に、1人の少女が立っていた。
髪を二つ結びにして黒縁の眼鏡をかけた、まだあどけない雰囲気を残す少女。
彼女の名前は、高山紗代子といった。春香と同じプロダクションに所属し、シアターで共に励んできた仲間の1人。
その手に持っていたのは、柄の長い薙刀のような、それよりも刃に派手な装飾を施していた武器。
その切っ先から滴る赤色が、春香を襲った人物そのものであることを証明していた。

「紗代子、ちゃん………どう、して…っ」
「………」

その問いかけに、答えはない。
逃げ切れない。春香の頭によぎったのは、ただの現状確認だった。
どんな手を考えても、手負いの自身より相手の方が早いに決まっている。
追い詰められたがゆえにたどり着いた冷静な判断が、この状況を残酷なほどに理解してしまっていた。

静かな空間の中で、その言葉と足音だけが響く。
2人の距離が、だんだんと詰められている。春香にとって、それは終わりへのカウントダウンに他ならなかった。
ただ動けず、止まらない血と痛む体に身を震わせる。
その他にできることはなく、ただその時を待ち続けるだけ。
彼女に定められた『死』の運命は、刻一刻と迫り続けていた。

――死にたくない。
どうして、こんな目に合わなくてはならないのか。
突きつけられた理不尽を、春香は受け入れられそうになかった。
ただ、憧れていた夢を目指し続けていただけなのに。それが、そんなにいけないことだったのだろうか。

そう思って、でも、何もできなくて。


「……ごめんなさい」


そんな彼女の耳に響いた、謝罪の言葉。


「でも……私はまだ、終わりたくないから……!」

その雰囲気に、少しだけ弱さが混じる。
少しだけ震えていたその声に、春香はふと思い出す。
それは、『彼女』がどうしようもなく不安で、今にも泣きだしてしまいそうな時のもので。

それを聞いて、理解してしまう。
彼女もまた、元を辿れば巻き込まれた被害者の筈で、『そうしないといけない』と強制されているという事に。
同じの場所で、一緒の夢を目指し続けていた彼女と、なんら変わりはない。
それなのに、踏みにじられていく。ここで、終わってしまいそうになっている。

(そんなの……嫌)

生きる事さえままならず、元の日常に帰りたいと願う事を贅沢だと扱われて。
ついさっき諦めかけた時に感じた理不尽が、皆に降りかかっている事を知って。
それがただ歯がゆくて、悔しくて。
疲弊していた心に、炎が燃え上がる。
終わりたくない……こんなところで、諦めたくなんか、ない。

「私だって……こんなところで、終わりたくない……!」

今出せる全力で、その想いを吐き出した。
一つ声を出すたびに、耐え難い激痛が身体を襲う。それでも、彼女はやめなかった。
こんな理不尽な世界で、この想いを踏みにじられるのなんて、嫌だ。
生きる事を、それだけじゃない。それ以上に、彼女がずっと望みつづけていた事を。

「私だけじゃない……皆で……皆でまた、一緒に………一緒に、帰りたいから……」
「一緒に……?」

春香の呟いた言葉に、足音がぴたりと止まる。
殺し合いをしろなんて言われて、社長が殺されて、プロデューサーが彼女達を見放して。
仲間に襲われて、重傷を負って、今まさに殺されかけてて。
きっとこの傷は痕になり、彼女をずっと蝕み続けていくのだろう。
春香だけじゃない。もう傷ついて、手遅れになってしまう仲間が他にも出ているかもしれない。
そんな状態で、また元の日常に戻りたいと願っても、きっと難しい。

それでも、春香は望む事をやめられない。
もう一度、あのステージに立ちたい。みんなで生きて帰って、きらめくステージへ。
そう願う事だけは、どうしても諦められないでいた。

「そんなの、無理ですよ」

そんな想いを遮るように、紗代子は呟く。
冷え切った声は、かつて共に頑張っていた姿からは想像もつかない。

「生き残れるのは1人だけって、言ってたじゃないですか」

夢を阻む壁は、いくらだってある。
それを、彼女達はあの場所で嫌というほど思い知らされた。
ここがどこなのかすら分からないし、誰かが探し出してくれることも期待できない。
首輪には爆弾が仕組まれていて、逆らう事もできない。
それだけじゃなく、思いつく限りいくらでも問題点はある。皆で生き残る方法なんて、何も分からない。
願っている事が夢物語だと、そう言われる事は、否定できない。

でも、そんな事はきっと、大して重要ではないのだろう。
少女がもうその道を歩めない1番の理由。それはもう、すでに少女の手に握られているのだから。

「もう、私は決めたんです。やってやる、って」

彼女に未だ向けられていた刃の先は、既に血で赤く染まっていた。
人を傷つけて、今なお危害を加えんとしている凶刃。
夢を与えるはずのアイドルとして、決定的に矛盾している行為。
その事実こそが、もう自身がアイドルに戻れない事を実感する、最大の理由だった。

「春香さんだって、傷つけて……私は、皆を殺して戻るんだから………………今更、戻れないよ……」

そう言って紗代子は目を下ろし、掴んでいた柄を強く握る。その言葉尻は小さく、震えていた。
ただ生き残る為に、人を殺そうとする少女。
そんな彼女に、もうアイドルとして輝ける資格はない――と。


「私は、そうは思わないよ」

投げかけられた言葉に、紗代子は俯いていた顔を上げる。


「やり直せるはず、だよ………紗代子ちゃんは、強いから」

向けられた凶刃の切っ先に怯える事なく、春香は力強く否定する。
整わない息は、言葉を紡ぐ事さえままならない。それでも春香は、力を振り絞って想いを伝える。
春香は、紗代子が今まで培ってきた努力と、その胸に秘める気持ちを知っている。
真面目で、でも人一倍熱い心を持っていて、努力を惜しまず、自分にも他人にも厳しく頑張ろうとする子。
だからこそ、わかる。彼女はここで止まっていい子なんかじゃない。
ただその気持ちが、春香を動かしていた。

「……どうして」


その姿が、その信念が。
異常に映る事を、彼女は知らずに。

「どうして、そんなに強くいられるんですか……!?
 私、春香さんを傷つけて、殺そうとまでしているのに、そんなに気にかけて………どうして……っ」

今にも倒れそうなほどふらついていて、息も絶え絶えで。その原因が、すぐ目の前にいるのに。
それでも、その目は優しくて。そんな言葉を出せる理由が、わからない。
襲った少女のの事を気にして、あまつさえ許そうとさえしている。
そんな事が、どうしてできるのか。


「そんな、哀しそうな顔をしてたら……放っておけないよ」

その答えは、最初から決まっていた。


「………っ!」

彼女の『弱さ』を、その中にある本当の想いに気づいてしまったから。
真面目な少女が自分を縛り付けて、間違った道を進もうとしている。
自分だけが生き残ったって、何の意味もない。
皆で帰って、また皆で頑張ることに、意味がある。
たった1人でも欠けてほしくないーーそう、彼女は思っていた。

「私ね、難しい事は分からないし……どうすればいいか、何をすればいいかも、全然分からないけど……」

乗り越えなければならないものは、たくさんあるだろう。
辛い事も、嫌な事も、きっとたくさんある。
定められた『ルール』通りに動けば、まだ生き残れる可能性があるのかもしれない。
それでも春香は、迷わずにその道を選ぶ。
殺したくないからとか、傷つけたくないからとか。それもあるけど。

そんな道を進むための一番の原動力は、きっと、単純なものなのだろう。

「紗代子ちゃんが『どうしたいか』……それだけで、きっと、十分だよ」

彼女が、そうしたいから。
理屈をどれだけ並べたって、それに勝るものは何もない。
諦めずに目指し続ければ、夢は叶えられていく。

どれだけのモノを失ったって、どれだけのモノを投げ出したって。
夢を願う事、目指す事だけは誰にも否定させることはできない。

夢は自分を叶える為に、生まれた証だから。

だから、一途に『アイドル』を目指し続けていく。


「だから――ね? 一緒に、頑張ろう……!」


その差し伸べられた手に、紗代子は手を伸ばして―――



    *    *    *




誰か1人でも欠けちゃったら、次のステージには行けない。




    *    *    *



(………あれ?)


気付いた時には、『私』は倒れていました。
またこけちゃったのかな、ほんと、大事な時に決められないなって。
そう思って起き上がろうとしたんですけど、全く力が入らないんです。
胸が熱くて、身体が動かなくて……とっても、眠くて。


「――目……駄目なんです……っ!」


おぼろげな意識の中で、紗代子ちゃんの声が聞こえました。
あぁ、また辛そうな顔をしてる。
助けなきゃ、って思ったんですけど。どうしても立ち上がれませんでした。


「私も、頑張りたい! 諦めたくないよ……でもっ!」


顔が、涙でくしゃくしゃになってる。
紗代子ちゃんって、いつも皆に隠れて泣いてるんですよね。
真面目に考えすぎちゃって、何でも背負いすぎちゃって。
だから、私も少しでも肩代わりしたいって思ったんだけど……あはは、間違えちゃったかな。


「でも、『あの人』が……支えてくれないの!示してくれないっ!」

あの人。その言葉を聞いて、やっと自分の間違いに気づけました。
大切な人への気持ち。頑張れてこれた、理由。
私と……同じだったのにね。


――ごめんね、紗代子ちゃん。


そう思って、手を、差し伸べようとして。




「私、もう……嫌、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」






それが、最後に見たあの子の姿でした。






【天海春香 死亡】




【一日目/朝/G-4】

【高山紗代子】
[状態]健康、錯乱
[装備]冷艶鋸
[所持品]基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本:生き残る為に、殺し合いに乗る
 1:???


【冷艶鋸(れいえんきょ)】
高山紗代子に支給。
三国志演義において、関羽が愛用したとされたもの……を模した武器。
「アイドルマスターミリオンライブ!」内では、「大戦乱!アイドル三国志」に置いて関羽に扮した高坂海美が使用。
イベント内で使われたのは(おそらく)レプリカだが、今回支給されたものは本物の刃を使用しており、殺傷能力を持つ。


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