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伝説のはじまり

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伝説のはじまり

「わぁ~、大きな街!池袋みたい!」

太陽が次第に真上へと向かって昇り始めた頃、コンサートホールを出発した未来は市街地に到着していた。
未来の言うとおり、家やビルが立ち並ぶなかなか立派な街だ。

「やっぱり迷ったら北に向かうのが鉄則だよね!私ってば冴えてるー!」

なぜ北を目指したのに南部に位置する街に着いてしまったのか。
彼女は北と南をあべこべに記憶していたのだ。
タブレット端末の地図データを発見した未来は喜び勇んで、独自の理論に基づいて北――もとい南へ進行していた。
もう少し注意深く荷物を確認すれば、方角が用意に判断できる磁石を見つけることができたのだが……。
それでも、一人でも多くの人に会いたい未来にとっては街に向かうことができたのはかえって幸運だったといえるだろう。

「さてさて、皆はどこかな~……あっ、あれってもしかして!」

街を探索していると、前方から誰かが向かって来た。
セーラー服を身に纏い、おさげを振り乱す眼鏡の少女が息を切らしている。
これらの特徴を併せ持つ友人を未来は一人しか知らない。

「おーい、紗代子さーん!」

高山紗代子。どんな困難も努力と根性で乗り越える熱血アイドルだ。
曲がった事が許せない彼女なら、きっと殺し合いを打破する力となってくれるに違いない。

しかし、どうも様子がおかしい。
鬼気迫る表情で向かって来る紗代子は、走っているというより、何かから逃げているかのようだ。
誠実な彼女に相応しい純白の制服は所々赤く染まっている。
そして何よりも異様なのは、その手に握られている血塗られた凶器。
――何か嫌な予感がする。

「紗代子さん!大丈夫ですか!?紗代子さん!」
「未来ちゃん……?え、あれ……?」


「春香……さん……?」


春香さん。紗代子は確かに春香さんと言った。
だがこの場所に天海春香はいない。未来と紗代子の二人のみである。

「春香さん?私は春香さんじゃなくて春日みら……」
「嫌ぁ!来ないで!」

紗代子は急に取り乱し、長い柄を持つ刃物を振り回し始めた。
出鱈目な攻撃なのでかわすのは容易だが、これでは近づくことが出来ない。

「わわっ!いきなりどうしたんですか!?」
「なんであなたがここにいるの!?あなたは私が殺したはずなのに!」

おかしなことを言う。彼女とはたった今再会したばかりだ。
それなのに、紗代子は既に自分を殺したことがあると述べている。
いったい彼女の身に何が起こったのか。

「何のことですか……?私、殺されてなんて……」
「嘘!春香さんが生きてるはずない!
 春香さんは私が……私が、殺して……あ、あ……ああぁぁっっ!」

何かを思い出したのか、紗代子は突然膝から崩れ落ち、絶叫した。
頭を抱え、声を嗄らし、悲鳴を上げ続ける。

「だ、大丈夫ですか!?」

どう見てもただごとではない。
こんなにも混乱している紗代子を未来は見たことがなかった。
紗代子の身を案じ、彼女に触れようとする。

「ッ!?来ないで!来ないでよぉっ!」

未来の手は無情にも振り払われる。

「そうだ……もう一度殺せばいいんだ……そうすれば、もう化けて出てこないよね……?」

ゆらりと立ち上がり、彼女は再び武器を手に取った。
全身に狂気を纏う紗代子の姿に思わず背筋が凍る。
このまま放っておくわけにはいかない。ここで食い止めなくては。

だが未来の意志に反し、彼女の足は紗代子からどんどん遠ざかっていく。
殺意を真正面から受け止めて立ち向かえるほど、未来は強い少女ではなかった。


未来には知る由もないことだが、紗代子の不可思議な言動の数々は、彼女が極度の恐慌状態に陥っていたことに起因する。
春香を斬殺してしまったことへの罪の意識。友を殺さねば生き残れないという重圧。
これらが紗代子へと圧し掛かり、彼女の心は疲弊し切っていた。

そんなところに現れた春日未来
どことなく似ている彼女の容姿、仕草、そしてオーラに春香を重ね合わせてしまったのだ。
正常な状態ならば、未来を正しく認識することが出来ていただろう。
だが今の紗代子には死んだはずの天海春香が蘇ったようにしか見えていなかった。


(ど、どうしよぉ……!なんとか紗代子さんを止める方法を考えないと……!)


   ◆   ◆   ◆


見失ってしまった。
逃げ出した春香を倒すべく後を追うも、入り組んだ路地でまかれてしまったようだ。

「どうして……どうして春香さんが……」

春香は一度この手で殺めたはずだ。なのに再び舞い戻ってきた。
最初は春日未来の姿をしていた気がするのだが、気がついたときには目の前にいたのは天海春香だった。
また説得をしに来たのか。あるいは切り殺されたことへの復讐か。
理由はどうであれ、もう二度と蘇らないよう止めを刺してやらねばならない。

改めて春香を殺す決意を固めたその時、紗代子の頭上に一つの影が差し掛かる。

「っ!……え、翼ちゃん!?」

それは春香ではなかった。
先程までいなかったはずの伊吹翼が飛び掛ってきたのだ。
途中で春香と合流し、手を組んだのか。それとも彼女もまた殺し合いに乗っているのか。

不意を突かれたが、この速度なら十分に対応できる。
紗代子は冷艶鋸を構え直し、翼に向けて斬りかかった。
彼女の体は裂け、斬られた箇所からは鮮血が噴出……しなかった。

「に、人形!?」

刃は翼らしき物体の表面を少し裂いただけだった。
彼女が斬り捨てたのは翼ではなく、その翼を模して作られた人形だったのだ。
――嵌められた。

「春香さんは……春香さんはどこに……があぁっ!」

再び何者かの襲撃。今度こそは春香による攻撃だ。
翼の人形に注意を向けている間に春香自身が迫り、隙を突くという算段だったようだ。
だが気付くのが少し遅かった。紗代子は春香の突撃により押し倒される。
起き上がり反撃を試みるも手元に武器がない。

「っ!取られた……っ!」

冷艶鋸は春香の手にあった。怯んだ隙に奪い取られたようだ。
万事休すか。

死を覚悟したが、春香は襲って来る気配を見せない。
彼女は遥か後方に向けて武器を投げ捨てていた。
あくまで交戦の意志はないと言い張るつもりか。

「紗代子さん!こんなこと今すぐやめてください!こんなときこそ皆で協力しないと!」


――ああ、やっぱり同じことを言う。
何度言われても私の気持ちは変えようがないのに――


春香は再び現れ、何を言い出すのかと思えばやはり同じような言葉で紗代子を諌める。
その為だけに戻ってきたのかと思うと滑稽で仕方なかった。
同時に、春香への恐れは怒りへと変わっていた。

「紗代子さん!」
「うるさい!何度も言わせないで!」

紗代子の拳が春香の顔を打ち抜く。

「私だって!殺したくて!殺してるんじゃ!ない!」

右に、左に、殴打する。

「でも駄目なの!私には!あの人がいてくれないと駄目なの!」

殴る。顔を、アイドルを、信念を砕く。

「もう出てこないでよ……早く消えてよぉッ!」

自身の感情を全て乗せた渾身の一撃を叩き込む。
紗代子の拳を受け、とうとう春香は地に倒れ伏した。
気丈に立ち続けていた彼女にも限界が訪れたのか、最早起き上がる気力もないようだ。


「はぁっ、はぁっ……あれ……未来、ちゃん……?」


春香はいつの間にかいなくなっていた。
彼女の代わりに、目の前には春日未来が転がっていた。
何故春香は急に姿を消したのか。そして何故不意に未来が出現したのか。
頭が痛い。

とにかく天海春香は消滅した。今度こそ死んだ。もう二度と現れることはないだろう。
そう自分に言い聞かせ、紗代子は冷艶鋸を回収するべく歩を進める。


だが足が動かない。
最初の何歩かは踏み出せたのに、いつの間にか動けなくなっていた。
まるで何かの力に引っ張られているように……。


「……せ……ない……」


『いるように』ではなかった。引っ張られて『いた』。
何者かが足を掴んでいる。

「行かせ……ない……」

天海春香――いや、春日未来だったか。
あれだけ打ちのめされたのに、まだ動ける力が残っているとは。

「紗代子さんは……間違ってる……何があっても、人殺しなんて、絶対ダメだよ……」

体にしがみつき、彼女は再び立ち上がろうとする。
なおも偽善を吐きながら。


「仲間を殺すなんて……ぜったい!ぜーったい!ダメなんだから!」


――見間違いではなかった。
目の前にいるのは正真正銘、本物の天海春香だった。
彼女は死んでなどいなかったのだ。


天海春香は殺せない。


確信してしまった。
何度命を塗り潰しても、彼女の輝きは絶対に消せないということを。

自らの力では到底及ばないことを悟った紗代子は春香を蹴り飛ばし、拘束から逃れる。
もう彼女を殺すことなど頭になかった。
冷艶鋸を拾うと一目散に駆け出し、ビル群へと消えていった。


   ◆   ◆   ◆


恐怖に顔を歪ませ、狂ったように走り続ける。
眼には春香の姿が焼きついている。
耳には春香の声がこびりついている。
春香の血を喰らった青龍の刃は何も語らない。
どれだけ遠く離れても、彼女の呪縛から解き放たれることはなかった。


【一日目/午前/F-3】

【高山紗代子】
[状態]健康、錯乱
[装備]冷艶鋸
[所持品]基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本:生き残る為に、殺し合いに乗る
 1:春香が怖い


   ◆   ◆   ◆


「痛い……痛いよ……」

殴られた痕が痛い。
仲間に傷つけられることがこんなにも苦しいことだったなんて。

棘の刺さった心が痛い。
紗代子から向けられた敵意が、彼女の心に深く突き刺さる。

大切な人を喪い、空っぽになった胸が痛い。
春香が死んだ。
仲間の手によって殺された。
紗代子を止めることが出来なかった。
どれだけ無力を嘆いても、喪ったものはもう戻って来ない。

「春香さん……紗代子さん……私、また間違えちゃったのかな……」

また皆と一緒にアイドルに戻れると思っていた。
手を取り合い、再び劇場に立てる日が来ると思っていた。
だが、それは甘い絵空事だったのだろうか。

今や仲間同士の殺し合いという最悪の方向へと収束しようとしている。
それは純粋な未来にとってあまりにも残酷すぎる事実だった。


【一日目/午前/F-3】

【春日未来】
[状態]健康、深い悲しみ
[装備]なし
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(0~1)
[思考・行動]
1:皆でまた、楽しくアイドルがしたい
2:皆を探してプロデューサーさんを止める

※屍人形(半壊状態)はF-3に放置されています。


【屍人形】
春日未来に支給。
伊吹翼の死体をイメージして作られた、彼女に瓜二つの等身大人形。
『戦慄!アイドル肝だめし病棟』にて伊吹翼が驚かせる為の仕掛けとして用意した。


   ◇   ◇   ◇


――私の意志を継ぐものが必ずあなたを倒す。

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