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眠り姫

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眠り姫



――――ずっと眠っていられたら この悲しみを忘れられる


島の最南端に位置する、一本の橋のみでつながれている小島。
そこにそびえたつ塔の周りで、透き通る歌声が響き渡っていた。


――――そう願い 眠りについた夜もある


見渡す限り閑散とした平原の中心に建っている、見上げる程の高さを誇る塔。
それは、かつて少女達が出演したイベントで使用された建造物であった。
ラプンツェルを演じるアイドルが、自身の殻に閉じこもっていた場所。
それを模した建造物の中に、1人の少女がいた。


――――ふたり過ごした遠い日々 記憶の中の光と影


その名前は、如月千早という。765プロの中でも歌の技術力は高く、ファンからは『歌姫』とも称されている。
彼女は、このイベントが開始された時点からここに配置されていた。
現状を確認し、塔の上から見下ろして。そこで彼女が選択したのは、『歌う』事であった。


――――今もまだ心の迷路 彷徨う


その真意を問えるものは、誰もいない。
周囲を全く気にすることなく、自分だけの世界を形成している。
彼女を包むその雰囲気は、易々と触れる事もできない神聖さを持っていて。


「……やっほ。やっぱり千早だったんだ」

そんな彼女に、遠慮なく声を掛ける人影が一つ。

「所、さん」
「もー、別に恵美って呼び捨てにしてくれてもいいのに。
 ま、そんな事よりさ……歌、下に丸聞こえだよ?ここにいますって、言ってるようなもんじゃん」

千早に声をかけたのは、着崩しているラフな格好をした、軽いノリで話す少女。
彼女――所恵美は、外にまで響いていた歌を聴いて、この塔を上ってきた。
塔は外見だけを見れば上る手段がないように思えるが、撮影の際にアイドルやスタッフが登るための隠し階段が用意されている。
だからこの頂上まで上る事は決して不可能ではなく、また下りる事だってたやすい。

「……そうでしょうね。これだけ響き渡っていたら……」

千早も、その事を知らないわけではない。
いつでも降りられる事を知って、それでもなおここに残る事を選択していた。
そんな彼女の返答に、恵美は首を傾げる。
分かっているのなら、やめればいいのに。見世物でもないだろうし、何かメリットがあるわけでもない。

「大体、何で歌なんてうたってんのさ」

その疑問を、率直に聞き出す。
結局、なんでこんな場所で歌っているのだろう。彼女だって、現状を理解してないわけではない筈なのだが。
そんな問いに対し、彼女はうつむいて、呟く。

「……生きた証を、残したくて」
「へっ?」

その返答に、恵美はあっけにとられた。
小さくて、でもはっきりと聞こえた言葉。
生きた証を残す―――それは、つまり。


「私には、皆を殺すことなんて、できそうにないから……」


彼女がもう、生きる事を放棄した事を表していて。

「裏切れないんです。皆の事も、プロデューサーの事も」

プロデューサー。この殺し合いの開催を宣言した、かつて彼女達を支えていた人。
あの時見た姿に、もうその面影はなく。
それでも、千早はその人の事を見限る事ができなかった。
自身が自覚していた以上に、千早は依存していたのだ。

でも、それだけだった。
そこから、何か実行に移せるわけでもなく。
プロデューサーの言葉の通りに、人を殺せるわけじゃない。
かといって、反抗する術も、気力もない。
だから、最後に1つ残った選択肢……ここで終わる事を、彼女は選ぶ。

「それに、私より生き残るべき子がいると思いますし」

そう言った千早は、塔の外を見下ろす。
下に広がる、見渡す限りの島。彼女の目が、何を、誰を見ているかは分からない。
今、この島にはここにいる2人を含めた50人のアイドル達がちりぢりになっている。
その中で生き残れるのは、たった1人。他の49人の人生は、ここで終わってしまう。
千早は、その『たった1人』になろうと、しなかった。
他の49人の仲間を蹴落としてまで、生きようと思えなかった。
自分の人生と天秤で量っても引けをとらない程に、それほどまでに仲間の存在も大きくなっていたのだ。

「だから、いいんです、ここで終わっても。私は、あの子の元へいったって」

あの子。その言葉が、彼女の影をより暗くする。
恵美は詳しい事を聞いたわけではないが、それでも多少は知っている。
彼女にはかつて弟がおり、幼い頃に事故で亡くしていた事。
そして、それが原因で家族の絆が崩壊寸前にまで来ていた事を。

「ただ一つ残ってくれれば、それで。この歌が、私の生きた証になってくれるはずだから……」

そういって、千早は窓際に置かれた小さな機械に手を置く。
手のひらサイズの無骨な見た目をしたそれは、録音機だった。
その中には、少女がここにきてから今まで、紡いできた歌が録音されているのだろう。
それを残すためだけに、いつか訪れる『その時』まで、彼女は歌い続けていたのだ。
自分の命を、危険に晒してまで。

「………千早」
「一つだけ、お願いを聞いてほしいのですけど」

そして彼女は、その手に取っていた録音機を、恵美の目の前に差し出して。

「これを……預かってほしいんです。欲張りかもしれないけど、できるだけ多くの人に届いてほしいから」

その証を、彼女に渡した。
如月千早が、確かにここで生きていた証。
ここで終わる彼女が、生きていく仲間達へ託す、想い。

「私が話したいのは、それだけです。今まで、迷惑をかけてすみませんでした」

返答を待たずに、千早は頭を下げる。
その言葉には、今生の別れの意味も含まれていて。
彼女の中で、もう『これから』が紡がれていく事はない、と。
その決意が垣間見えた。


「……はぁ。あのさ、千早……」

そこからしばらくの間が流れて、恵美は大きくため息をつく。
それは、呆れのような、蔑視のようなものが含まれていて。
いつもの彼女からは想像もつかない程、冷たいもので。


「大体、アタシがそれをちゃんと届けるって保証はどこにもないわけだよね」

彼女がその手に持っていたものが、怪しく光っていた。


「……所さんも、『乗る』んですか」
「………」

光を反射していたのは、なんてことはない。ただの『灰皿』だった。
特筆すべき事もない、ガラス製のもの。それ以外の、なにものでもない。
それでも、鈍器として使えば十分人を殺められる力は持つ。刑事ドラマでもよく使われていたのを、彼女は覚えている。
なにより、この場で参加者に支給されたという事は、つまりはそういう使われ方を望まれていたという事で。
それを確認して、千早は問う。返答は、なかった。

「抵抗するつもりはありません。せめて、一思いにお願いします」

それに対して千早は、背を向け、窓から吹く風に当たる。
美しい長髪が風になびいて、やがてふわりと元の場所へ戻る。
表情は、うかがえなかった。

「ふーん……怖くないの?」
「私は、別に」

そう答える彼女の体は、震えていた。
背後にあるものは、千早の全てをここで終わらせてしまうものだと分かっているから。
分かってしまうからこそ、震える。分かるからこそ、覚悟を決められる。


「あっ、そ」

そんな彼女に、恵美は心底興味なさそうな口ぶりで。
もう聞くことはない、と。話す事をやめた。


静かな部屋の中で、足音だけが響く。

2人の距離が、手に届く程まで近づいて。



少女の手が、振り上げられて。








がしゃん。







「――――っ」


何かが、破壊された。
でも、それは人の体ではなく。


「悪いね、千早」

叩き付けられた、録音機だった。


無残に砕けたそれは、素人目から見ても完全に壊れている事がわかる。
勿論、中に録音された歌も聴く事はできないだろう。
彼女が残したものは、何もなくなってしまった。

口には出さないものの、彼女は憂いの表情を浮かべる。
生きる事を諦めた彼女にとって、この場所でただ一つ残るはずだったもの。
それは、無残にも消えてしまった。それはつまり、彼女の想いは残らないという事で。
でも、それも仕方ない事なのか、と。
諦めた表情で、それを見つめていて。


「これで、千早が『生きた証』を残すには……生き続けるしか、なくなったよね」


そんな千早に対して、恵美はニッと笑った。


「……!」

千早は、彼女の意図に気づく。
その機械を壊した、恵美の意思。その心中にあった、本当の想い。


「仮に、首尾よく『生き残るべき子』が生き残ったとしてさ……。
 その子は………千早の代わりに、自分が生き残れた事を喜ぶの?」

恵美には、千早が思い浮かべたその人物が誰なのかは、具体的には分からない。
ただ、誰だったとしても関係ない。それが同じシアターの仲間なら、答えは同じなのだから。

「断言してもいいよ。そんな子は、うちにはいない」

茫然としていた千早を見つめて、恵美は宣言する。
殺し合いを強制されて、それに乗ってしまう子はいるかもしれない。
しかし、それを戸惑わずに、悩まずに決意できる子はいるだろうか。
いない。それだけは、はっきりと言い切れる。仲間を殺す事に躊躇のない子は、この765プロにはいない。
50人の仲間達は、確かな絆で繋がれているから。恵美は、そう思っていた。

「千早がその子を想ってるのと同じようにさ、その子だって千早に死んでほしくないって思ってる。アタシは、そう思うよ」

誰かが死ねば、誰かが悲しむ。そんなの、当たり前だ。
ましてや、この場所にいるのは皆、同じ仲間で。
仲間が死ねば悲しいし、それを聞いて悲しむ仲間も見たくない。
それはとても単純で、当たり前の事。
そうならない為に、生きなくてはならない。

「じゃあ……」

なら、どうすればいい。その当たり前を、どう実現すればいいのか。
彼女だって、一緒に帰る方法があるならこんな場所で終わりを選ばなかった筈だ。
多くの壁があって、乗り越える方法がないから、彼女はその決意を固めていたのだ。
どうしても、思考は絶望的な方向へと進んでいく。

「……アタシは、諦めないから」

そんな彼女の言葉を待たずに、恵美は決意を露わにする。

「どうしようもなくたって、限界まで足掻くから……!」

何をすればいいのか、見当もつかない。
できることはないのかもしれない。ただ、死にゆくだけなのかもしれない。
それでも、何もしないまま諦めるなんて事はできない。

「プロデューサーだって、きっと何か理由がある筈だよ……!
 絶対、最後まで信じるから………アタシは、皆で一緒に帰るからっ! だから……」

心の底にある気持ちは、段々と叫びとなっていく。
あの場所で見た、大切な人の姿。
それがどれだけ否定しようのない現実だとしても、
彼女の知っているその姿もまた、否定できるものじゃないから。

「……だから、終わってもいい、なんて……言わないでよぉ………!」

見つめていたその瞳が、にじむ。
過ごしてきたいつもの日常が、一緒に過ごしてきた皆が、大好きだったから。
だから、ここで終わりになんてしたくない。理不尽な世界で、つぶされたくなんかない。
最後まで、抵抗してみせる。その想いが、涙となってあふれ出る。

「……ごめんなさい、所さん」
「ぁ……っ……」

言葉が出ない程、泣きじゃくる恵美を見て。
千早は、ぎゅっと抱きしめる。
彼女が心優しい子だと言う事を、千早はすっかり失念していた。
一見いい加減なように見えて、その実周りへの気配りがしっかりとできている子。
そんな彼女が、殺し合いに乗るなんてありえない。
目の前で涙を流す少女は、確かにそれを証明していた。

夢から覚めた少女は、それでもまた眠りにつく事をせずに。
彼女に、勇気づけられた。その道を往く、決意ができた。
だから、千早もそれを言葉にする。

「確かに、やる前から諦めたら……何も始まりませんよね」
「千早……ちはやぁ………っ」
「私も、頑張ってみます。皆と一緒に、帰る為に」

ルールに縛られない、新しい選択肢。
勿論、その中には『プロデューサー』だって入っている。
記憶の中に居た彼を否定する事ができないのは、千早も同じだった。
家族と絆を奪われ、歌しかなくなった少女に、大切な事を教えてくれた人。
あの場所で見た姿も真実なら、その奥に隠れた真相を探し出すしか、ない。
例えどれだけ無理難題だとしても、限界まで足掻いてみせる。

それが、塔の上の彼女達の、新しい決意だった。



「ひぐっ、えぐっ……うわぁぁぁぁぁぁ……!」
「……そういえば、貴方は一度泣き始めたら暫くは収まらない子だったわね……」




とはいえ、決意を固めた少女達も暫くは動けないようで。
それから少しの間、彼女達は塔の上の部屋で抱きあっていた。


    *    *    *





あれから、ちょっとだけ時間が経って。
泣き止んだ恵美の照れ笑いと、千早の改めての謝罪が入って。
少々の現状確認を終わらした後、これからの事を少しだけ話した。
まずは、他の仲間と出会わない事には始まらない、と。その方針で、2人は一致していた。

(『私より生きるべき子がいる』、か……)

塔を下りるその途中で、恵美は千早が言った言葉を思い返す。
自分の命より、優先する命がある。
客観的な視点の、ある種究極に達していた思考。
それを恵美は、精一杯に否定していたが。

(まさか、そんな事を他の人から言われるなんて思わなかったよ)

その思考は、最初に恵美が考えていた事と同じであった。
どこかも分からない場所で目を覚まし、おぼろげな思考で現状を理解し。
歌に導かれ歩む間に、ぼんやりと、しかし確実にたどり着いてしまった思考。

『アタシなんかが生き残ったって、意味ないよね』

彼女は、人のいいところを沢山見つけてきた。
同じシアターを目指す仲間は、皆魅力的な部分を持っていて、とても心優しい子達ばかりで。
何より、情熱を持っていた。夢に向かって、一生懸命に走れる『力』を持っていた。
だから、どうしても自分という存在が見劣りしてしまう。
自分なんかより、皆を優先すべきなのではないか。そんな思考に、たどり着いてしまう。

(アタシも、人の事言えないよね……)

ついさっき千早に発した言葉全てが、自分へと帰ってくる。
自身の言葉に、決定的に矛盾した存在。
自分が死んだ時に、悲しんでくれる人がいるのは知っている。だから、そう考えるのは絶対にいけない事で。
だからこそ、そんな自分にだけは確かな嫌悪感を感じていた。


皆で帰る。その気持ちに、決して嘘なんてない。
ただ、もしも。もしもどうしようもなくて、たった1人しか生き残れないとして。

その時、所恵美が下す決断は。




対照的な程、違っていて。でもどうしようもなく、似ている2人。


彼女達の歩む道の先にあるのは、破滅か。それとも――――






【一日目/朝/H-4 塔】

【如月千早】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(0~1)
[思考・行動]
基本:最後まで諦めない。皆で脱出する。
1:仲間と合流するため、恵美と共に行動。

※彼女の支給品の1つだった「録音機」は壊れ、塔の屋上の部屋に放置されています。

【所恵美】
[状態]健康
[装備]灰皿
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(0~1)
[思考・行動]
基本:最後まで諦めない。皆で脱出する。
1:仲間と合流するため、千早と共に行動。
2:自身に疑問と、嫌悪。

【灰皿】
所恵美に支給。
何の変哲もない、ガラス製の灰皿。
結構な重量を持つ為、鈍器にするとかなりの威力を持つ。
喫煙するアイドルはいない為、本来の使い方をされる事はないと思われる……多分。


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