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ずっと夢を見て

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ずっと夢を見て



    *    *    *



それは、この悪夢のようなイベントが始まるより前の出来事。


深夜の街中、並び立つ建物の一つ。
その中は店として繁盛していて、とても騒がしく。
室内の一角にある席には、六人の男女が酒を交わしていた。

一見、女の子にしか見えないような女性はすでにかなりできあがっていて、それに付き合う色気のある女性も顔が赤い。
壮年の男性がそんな光景を微笑ましく見ていて、その隣に座る女性もまた、笑顔が絶えない。
どこにでもある、よくある光景。何の変哲もない、平和な日常。

「はぁ……」

その席の中で、一人の男性が小さくため息をついた。

「……どうかしたんですか、プロデューサーさん」

その声を聞いて、隣にいた女性が声をかける。
小さな物音は、他の周りにいる人には聞こえていないようだった。

「あずささん……いえ、なんでもありませんよ」

彼女の言葉に、男は取り繕う。
とはいえ、その表情は暗く、陰りが見える。
男が何かを取り繕っている事は明白であった。

「何かあったなら、いつでも相談にのりますからね」

そんな男の反応に対して、女性はにこりと微笑む。
何かあるのは分かっている。ただ、そこに無下につけこみはしない。
無理に聞く必要なんて、ない。必要とされているなら、きっと自ずと話してくれるだろうから。

「いつも、お世話になってますから」

ここにいる二人、そしてこの席を囲む六人は、一つの事務所に所属するアイドルと、その事務員、そして社長である。
彼女達――この場所にいない、他の皆も含めた彼女達は、最早仕事の幅を超え『仲間』としての信頼を築いていた。
困っているなら助け合い、共に大きな夢へ向かっていく。
傍から見れば綺麗事のように思われるかもしれない事でも、彼女達はしっかりとそれを実現していた。

だからこそ、これは純粋な気遣いと日頃の感謝の気持ちを込めた彼女の善意からの言葉。
その言葉に男は俯き、戸惑いながら。

「……俺は、彼女達の期待に応えられない」

ぽつりと、そう呟いた。

「……そんな事、ないですよ?
 プロデューサーさんは、皆をしっかりと導いてるじゃないですか」

その言葉に、女性は疑問を抱く。
女性の知る限り、男は『プロデューサー』としての最近の仕事に不備はない。
むしろ、男の働きによりこの事務所は大きく成長していったのだ。感謝こそあれど、不満なんて微塵もない。
だから決して慰めなんかではなく、本心から女性は言葉を投げかけていた。

「……そういう事じゃ、ないんです」
「……?」

そんな彼女に対して、男は首を振る。
その表情を伺う事はできない。
ならば、一体何なのだろうと。そう問うようり早く、男は誤魔化すように笑顔を向けた。

「変な事、言っちゃいましたね」
「……いえ、大丈夫ですよ」

男は、それ以上語ろうとはしなかった。
だから、彼女はそれ以上聞く事をしない。
その言葉が気にならなかったわけではないが、彼女は人が止めた言葉を追及するほど積極的ではない。
きっと、今はその時ではないのだろう。彼一人でどうしようもならなくなったら、また頼ってくれればいい。
その時、女性はただそう思っていた。




そうして夜は更けていき、運命の日へと向かっていく―――



     *    *    *




時と場所が移り変わり、随分と華やかな店内の一角。
そこでイベントの開始からずっと、一人の女性が飲みつぶれていた。
華やかとはいえ、彼女以外には誰もおらず、閑散としている。
ここが具体的に何処かは分からないが、こういう建物がある以上は誰か住人がいたはず。
しかしそれを感じさせない、この異常とも思える空間で、それでも彼女は飲み続けている。

「……ほんっと、不思議よねぇ。ま、どーでもいいけどっ」

その事を彼女――百瀬莉緒は疑問に思わなかったわけではないが、それ以上に深く考えなかった。
彼女にとってそんな事、それ以上にもう全てがどうでもよかったのだ。
ただ、思考を放棄して一心不乱に酒を呷る。それだけが、今の彼女にできる唯一の行動だった。


そんな中響いた、足音と。

「……あら?」

間の抜けた、おっとりした声。


「あら、あずさちゃんじゃなーい! ねぇねぇ、 一杯どう?」

訪れた人物の事を、莉緒は知っていた。
落ち着きのある、柔らかな雰囲気に包まれた女性。
個性豊かな765プロの中でも、母性と包容力に関しては一二を争うであろう彼女の名前は、三浦あずさと言った。

「折角ですけど……ごめんなさい。遠慮しておきますね」

彼女は、莉緒の誘いをやんわりと断る。
それも当然と言えた。この場所は、いつもの日常なんかじゃない。
普通に考えれば、こんな場所でお酒なんて飲んでいる暇なんてないだろう。
その言葉を聞いて、莉緒はその場にふさぎ込んだ。

「……ま、そうよねぇ。こんな状況で飲むなんて、どうかしてるわよねぇ」

彼女だって何も、この現状をわかっていないわけじゃない。
百瀬莉緒は、もう大人なのだ。言われた事も、今何が起きているかも十分理解できる。
ただ、逃げていた。酒という誘惑に逆らえず、目をそらしていた。

「隣、いいですか?」
「どうぞぉ」

すぐ横に、あずさが座る。
その間にも莉緒は慣れた手つきで蓋を開け、目の前のグラスに注ぐ。
彼女達の間には、沈黙が広がっていた。
話題も見つからず、特に世間話をするような雰囲気でもなく。
それでもここは、殺し合いという異常な場においてなお、穏やかな間が流れている。

「……私、分かっていたのかもしれません」

その沈黙を先に破ったのは、三浦あずさの方。
俯いていた彼女は、普段からは考えづらいような神妙な面持ちをしていた。

「何が?」
「このイベントが、始まってしまう事を」

その言葉は、彼女の懺悔であった。

「あの時、もっとあの人の話を聞いていたなら……。
 もっとあの人を分かっていたなら、こんな事にはならなかったかも。そう思うと……」

あの時――プロデューサーが心を見せかけたあの時に、あずさは何も言うことができなかった。
プロデューサーの苦悩の鱗片を垣間見て、それでも何もできなかった。
もしあの時、少しでも彼を支える事ができたのなら、こんな事は起こらなかったかもしれない。
この罪は、見て見ぬ振りをした三浦あずさに非があるのではないか。彼女は、そう思い込んでいた。

「……今更もしもの話なんて、しても意味ないわよ?」
「でも……何もしなかったのは事実ですから。
 こうなってしまったのは、私のせいでもあるんです」

莉緒の言ったことにも、一理ある。
その時に言えたからといって何かが変わったとも限らないし、今更どうこう言ったところで、何も変わりはしない。
それでも、あずさの中に渦巻いた後悔の念は少しも晴れる事はなかった。
彼女は、優し過ぎた。
自分のせいで、皆が苦しみ、プロデューサーに間違いを犯すきっかけを作ってしまったと考えて、止まらない。

「じゃあ、どうするのよ」

目の前で懺悔する彼女に、莉緒は問う。
それに、特に深い意図はなかった。ただなんとなく、気になった程度のもの。
だが、その言葉を聞いたあずさは俯き、険しい顔をしている。
その姿は悩んでいるというわけでなく、ただ悔やんでいるというもので。


「―――私もその『罪』を、背負おうと思います」


その間違った道を、共に歩みたいと願う。
心の内はもう、決まっていた。


「………おぉ」

立ち上がり、彼女が手に持っていた物に気付いた時、莉緒は感嘆の声を上げた。
三浦あずさがその手に『剣』を持っていた事に、今まで気づいていなかった。
まるで、マンガやアニメで主人公が持つような両刃の剣。
普通ならこの店に入った時にすぐ目に入る筈だったが、泥酔していた彼女はそれを見逃していた。
散漫な注意力が、彼女の明暗を分けた。

「それ、本物?」
「はい。先ほど触ってみたら、指が切れちゃいました」
「へ~……実感わかないなぁ」

自らの身に、危険が迫っている。
莉緒はやんわりとそれを理解して、それでも抵抗することはしなかった。

「私を、殺すんだ」
「…………」
「……あーあ」

返答はない。そんな事は分かり切っていたかのように、莉緒は声をあげる。
結局、彼女は最後までただ流される事を選んだのだ。
ここで死ぬなら、そういう運命だったと言うこと。
納得はできないが、抗いもしない。もう、さっさと楽になってしまいたい。
酒に呑まれた思考と、信頼する人に裏切られた絶望は、もう真面目に考える事を放棄していた。

「もっと色々したかった事、あったのになぁ」

その代わりに口から発せられたのは、今までの後悔。

「こんな事になるなら、あの時フンパツしとけばよかったし、美味しいものも食べておけばよかった。
 アイドルだって、もっともっと上を目指せた筈よねぇ? あぁ、悔しいな……」

彼女が思い浮かべたのは、かつての日常と、その少し上に広がる世界。
折角酒で忘れようとしていたのに、いざ死が近づけば走馬灯のように駆け巡る。
彼女が当然と思っていた欲も、もう二度と叶う事はない。そんな後悔にうなされて、彼女は俯く。

「色々、迷惑もかけたわよね……このみ姉さんに、ちゃんとお礼ぐらい言っとけばよかったかしら。
お母さんやお父さんにも、まだ何にも恩返してないのよ? ホント私ってば、親不孝者ねぇ」

言葉尻に自身を卑下する彼女の眼は、どこか遠いところを見ているようだった。
何を信じて、何を想って、何が好きで、何が見たかったか。
それを思い返しても、もうどうにもならない。ここで全てが、終わるんだから。


「それに…………結局、想いを伝えられなかった」

それでも口惜しく最期に思い浮かべるのは、一番信頼していた男性の姿。


「あずさちゃんも、そうなんじゃない?」
「……そう、かもしれませんね」

その返答は歯切れの悪いものだったが、莉緒は半ば確信していた。
大人だからこそ、その男性への想いはただの『プロデューサー』への感謝では終わらない。
明確なものとして、彼女達の中に存在している。今更になって、それに気付いた。

「ま、今となっては関係ない話だけど……他の子達はどう思うのかしら。あの人、結構慕われてたから相当でしょうねぇ」

ただそれさえも、諦観の感情に塗りつぶされる。
その脳裏に浮かぶのは、同じ場所で同じ夢を目指した、48人のアイドル達の姿。
プロデューサーに突き放されて、彼女達はどう想うのだろう。
今ここにいる二人よりも、より深い絶望の底に沈んでいるのかもしれない。
そんな見当もつかない思考は、早々に打ち切られた。

「ねぇ……あと一杯だけ、飲んでもいい?」

その答えも、また帰ってこない。それを気にせず、彼女はグラスになみなみと注ぐ。
彼女が最期に選んだのは、何の変哲もない缶入りのお酒だった。
とても『銘酒』とは呼べない、どこにでもある、莉緒自身もよく飲んでいたもの。
それでも彼女は、まだ多く並んでいる酒の中からそれを選ぶ。

「…っはぁ、おいしっ」

人生最期の一杯を、ぐいっと飲み干す。
それはまた、格別に美味しく感じられた。
心の奥底に沈殿する鬱憤とした想い、それらとは遠く離れた、ひどく現実的で喉に痛む甘さ。
最期に飲むものとしては悪くないかな、と。そう思った。

「あぁ、つらいわね……ほんっと、こんな事なら」

思考が澱み、意識がぼやけて。
ここで意識を手放せば、もう二度と目覚めないのだと認識して。
哀しみも、後悔だって数えきれない程あるけど、それらを全て諦観が上回り。
彼女は、最期の言葉を絞り出す。



「好きにならなきゃ、よかったな」



その瞳から、大粒の涙が零れた。



    *    *    *




「………最低ですよね、私」

静かな――『静かになった』場所で、彼女は誰に語るでもなく呟く。
虚ろな目は、血に染まった自分の両手を映していた。
勢いよく突き刺した剣は、正確に莉緒の体を貫き、破壊した。
――百瀬莉緒は死んだ。他でもない三浦あずさの手によって。
それはもう、誰が見ても明らかだった。

「今更、皆より一人の事を選んで」

あんな事を宣告されても、彼女の中の想いは揺るがない。
ただ、こうなってしまった責任は自分にあると思い込んで。彼女は、一人の男性に尽くす事を選んだ。

「こんな、過ぎた物を持つ資格なんてないのに……」

彼女が血で染めたのその武器の名は、『明日を拓く剣』。支給品と共に入っていたメモに、そう書かれていた。
春日未来という少女がとある仕事で勇者を演じていた時に、手にしていた物。
ここにあるのは、それを模した本物の剣。あの時とはよく似た別物であっても、意図されてるのは同じであって。
なんて、皮肉なのだろう。
この剣にはもう、明日を拓くような使われ方はしない。それどころか、この剣は他人の明日を奪ったのだ。
無数に広がっていたであろう未来を、この剣で。
最早、この剣にその名は相応しくない。それでも、彼女は剣を持つ。

自己嫌悪の闇に沈んだ彼女に、生き残る意思はない。
それでも殺し合いに乗る理由はただ一つ、あの人の意思だから。
全てを裏切り、許されない道を選んでしまったプロデューサー。
その人に対し自分は、せめてもの罪滅ぼしとしてこの身尽きるまで捧げたい。

世界全てが彼を責めても、自分一人だけは味方でいようと決めたのだ。

「……もう一度、会いたい」

哀しく狂った決意を胸に秘めて、あずさはその場を後にする。
最期に莉緒が同意を求めたあの言葉は、厳密には当てはまってはいない。
想いが伝わらなくたっていい。過ぎた事は望まない。

「ただもう一度だけ、その姿が見られれば――」


――きっと、それで満足だから。



【百瀬莉緒 死亡】


【一日目/朝/D-8 カジノ・バー】

【三浦あずさ】
[状態]健康、
[装備]明日を拓く剣
[所持品]支給品一式、不明支給品0~1
[思考・行動]
1:殺し合いに乗る。



【明日を拓く剣】
三浦あずさに支給。
『大冒険!アイドルファンタジーRPGガシャ』で出演した春日未来が持っていた剣……を模したもの。
これも今までの支給品の例に漏れず、殺傷能力を持っている。
武器の名前は『伝説の勇者 春日未来』のスキル名から。

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