第7話
アグス王国の首都から少しだけ離れたところにある教会。
その教会に祀られているのは『血啜りの龍リュカ』を討伐した『天照の龍』
その『天照の龍』のことを、人々は大天使と呼ぶ。あるいは…神と。
「教会って嫌い」
礼拝堂の長いすに寝転がる葉奏。参拝客は数人。この無礼な女のことなど誰も気にしてはいなかった。
「私もです」
葉奏に枕代わりに膝を使われている尚徳。悪い気はしない。場所が教会でさえなければ。
二人はミラクルに闇商会ブラックナイツの情報を提供した後、
「仕事の時間だから」
とミラクルに追い出された。その上
「適当に抜け出すから教会に居てね &heart 」
最悪の待ち合わせ場所を指定された。
「だいたいね、ここに祀られてる龍、あたしのご先祖様をぶっとばした奴よ」
だから葉奏は教会が嫌いだった。
「『魔王リュカ』この世に破壊と殺戮をもたらした邪悪な龍…か」
尚徳は自分の膝の上の葉奏の顔を見つめる。とても魔王の子孫とは思えなかった。
「ジロジロ見ないでよ」
葉奏は少し怒ったような口調でそう言った。実は照れていたなど知らない尚徳は
「すまない」
短く謝って視線を葉奏からはずす。
「そんなことより、シャナンの名前言った時さ、ミラさん動揺してなかった?」
「ミラさん?」
「ミラクル王だから略してミラさん」
「ああ…確かに動揺していたな」
尚徳が見落としているはずがなかった。闇商会ブラックナイツのNO.1の名を教えたとき、確かにミラクルは動揺していた。しかしその理由までは分からないが。
「怪し…」
葉奏の言葉をさえぎり
「姫」
尚徳が小声で葉奏を呼んだ。
「尚君まで姫とか…」
言いながら葉奏は起き上がり、尚徳の視線の先に目を向ける。そこで絶句。
二人の視界に入ったのは、金髪の女僧侶。その女僧侶のことを、葉奏も尚徳もよく知っていた。闇商会ブラックナイツNO.2のソラ。昼は教会で仕事をしているらしい。
葉奏のソラに対する認識…色香でシャナンに取り入った伝言係り。実力はたぶん一般的な僧侶のそれだろう。殺れる…葉奏は細く微笑んだ。
「気付かれる前に出たほうがいいな」
尚徳の言葉。葉奏はそれを無視して、駆けた。そのまま勢いで椅子を蹴って跳躍。速攻でソラの前に舞い降りる。
「ここで死ぬ?それとも外がいい?」
葉奏の問いかけに、ソラは少しだけ困ったような顔をした。
「…もちろん外です。神聖な教会を裏切り者の血液で汚したくありませんから」
「上等ぉ」
葉奏とソラが、並んで教会から出て行く。その光景を見て、尚徳は頭を抱えた。
「どうしてそんな無茶をするんだ…」
口の中で呟く。
「ソラはただの伝言係りではないんだぞ…」
苛立ちながら、尚徳は二人の後を追って教会を出た。
今日のミラクル王はどこかおかしい…ソレンセンは心ここにあらずといった感じの、ミラクルを見つめ、口の中で呟いた。
ソレンセンはミラクル専属の秘書。黒髪に黒い瞳の女。最初は王宮に仕えるメイドだったが、ミラクルに気に入られたため、今の地位に付くのにそれほど時間はかからなかった。
「ミラクル王」
呼びかけにすら、ミラクルは反応しなかった。いつものミラクルならば
「なんだいソレンちゃん♪今からうちの寝室で愛を確かめ合うかい &heart 」
などと変態ちっくな言葉を返してくるはず。やはり今日のミラクルはどこかいつもと違っていた。
ソレンセンはいつものように、隠し持っていたハリセンでミラクルの頭を叩いた。小気味良い音が響く。いつもなら笑顔で
「痛いよママン〜」
とか反応するが…今日は違った。
「…ソレンちゃん…1人にしてくれないか」
その声はあまりにも弱々しかった。なにか大切な物を失くしたような…そんな雰囲気の声。
「しかしミラクル王…」
「2回は言わない」
こんな有無を言わせないミラクルは初めてだった。ソレンセンはどこか寂しかった。毎日のように一緒にいるのに、自分には何も教えてはくれない。思い返してみると、ミラクルに本気で何かを相談されたことすらなかった。泣き出しそうな自分を抑え、執務室から出ようとドアに手をかける。
「ソレンちゃん…うちは…」
少しの間。
「弟を殺すかもしれない…」
ミラクルは泣いていた。ソレンセンは振り向かないようにして、執務室から立ち去った。大好きな王が泣いている…でも、かける言葉はどこにも見つからなかった。無力すぎる自分。自室に帰ってから、ソレンセンも泣いた。近くに居るのに、ミラクルの心は果てしなく遠い場所にあると気づいていしまったから。
to be continued