第10話
幼い頃から、忌み嫌われてきた。迫害に遭ってきた。嫌悪を浴びせられた。
魔王と恐れられし『血啜の龍リュカ』の末裔ゆえに。吸血鬼であるという、生まれ出でたその時より決して変えることのできない運命ゆえに。誰もが迫害した。『血啜の血族』と。
だから許せなかった。自分が人間であるというだけで、見下してきた者たちを。
だから自由になりたかった。殺し屋でも冒険者でも、『血啜の血族』ではなく、葉奏自身を見てくれる職を求めた。そして、自由になったと思っていた。思い込んでいた。
「何をぼーっとしてるっ!」
隣からの叱咤に、思考を現実に戻す。
葉奏はかぶりを振って、改めて周囲を見た。そうだ――考えなんかに浸っている場合じゃない。周りには、昔戦った相手であるアルバート試作型とよく似た、しかし一回り小さい鎧武者に囲まれている。
そしてその中で唯一の、まともに話ができそうな者が一歩、歩み出た。
「お初にお目にかかります。『朱の魔道師』エース、『双剣・紅』エリタカご両名。お会いしたく思っておりました。共におられるはずの『流星矢』ディスレイファン、『双剣・蒼』ラーズご両名のお顔を拝見できないのは悲しく思いますが、それが運命とありましたら仕方ありませんわ」
とても上品な女だった。銀髪をショートカットに揃え、透き通るような銀色の眼をした、黒マントの女。病的なまでに白い肌と、その口元から見え隠れする犬歯が印象的な女。
「わたくし、『科学の妖怪』ベロ様が従僕にして血啜の血族、志摩子と申します。お見知りおきを。こうして出会えましたのも、『血啜』の導きあってですわ」
それは、ヴァンパイア。大陸でも数少ない、吸血鬼の一族。
「あらあら、挨拶の一つ程度を返す知性もありませんか? それともわたくしを無視されておられますの?」
「後者だ」
エースがぞんざいに、その問いに答える。
「こうして出会うことが出来たというのに、貴方がたはわたくし達を無視し、先へ進もうと仰られるのですか。それはわたくし達に恐れをなしてのことで? それとも、わたくし達など眼中にないと?」
ふふっ――と志摩子は嗤う。
「……ったく、面倒くせえな」
ぼりぼりと頭をかいて、エースが杖の先端に力を込める。
「葉奏さん、俺とエースで鎧を倒すから、君はあの吸血鬼を押さえておいてくれるかな?」
「え……あ、はい」
「あと、気にしないでね。エースは好きなタイプの娘をいじめる奴だから」
それだけ言って、エリタカは地を蹴る。『覇位』たる者に見合うスピードで。
葉奏も、駆け出した。エリタカの速さに比べれば僅かに劣るも、近い速度で。
「殺し尽くしなさいな、わたくしの可愛い量産型アルバート、『肉壁』シリーズの仔等」
幾多の『肉壁』が、吠える。そして手に手にそれぞれの得物を持ち、一斉に馬車へと襲い掛かった。
「渦巻け熱炎、炎衝波撃<ファイア・ブラスト>」
エースの呟きと共に、杖の先端から炎が迸る。
レベルの低い魔法とはいえ――詠唱が、あまりに速い。葉奏は戦慄すら覚えながら、志摩子の前に立つ。
「……あら、わたくしと戦うつもりですか? お嬢ちゃん」
「その、さ。ムカつく口調やめなよ」
葉奏が構える。アルバート、リックスと戦った時の傷は、既に癒えた。
「あたし、そういうのすっごい嫌いなの」
「貴方が好きであれ嫌いであれ、そのようなことは比較的どうでもよい些事と思いましてよ」
志摩子もまた身構えて――
次瞬、拳が激突した。
『肉壁』シリーズに向けて、エリタカは剣を振るう。それは鎧を打ち砕き、回路を断ち、行動を停止させるために。
普段は温厚な彼が、歓喜に顔を歪ませて。
普段は無口な彼が、哄笑に唇を歪ませて。
「ひゃぁーっはっはっはっはっはっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇっ!」
それは剣技としてはまるでデタラメで。しかし一撃一撃が確実に『肉壁』を一体ずつ蹴散らしてゆく。
『双剣・紅』たりえる理由。
殺戮し、殺戮し、殺戮した者を殺戮し、殺戮した者を殺戮した者をまた殺戮し。
戦場の鬼。返り血に染まる紅の刃。ゆえに――『紅』。
「あー……ああなったらもうダメだな」
エースは溜息混じりに呟く。エリタカを戦場で止められる者など、それこそ龍ですらないと不可能であろう。
「せめて、援護する余地くらいは残しとけよな、エリタカ」
再び、杖へと力を込める。
「『雷鳴の龍リオ』が力の片鱗」
そういえばリオって雷鳴の龍と同じ名前だよなぁ。なんか関係でもあるのかな――などと心中で呟いて。
「乱れよ雷。弾けよ稲妻。溢れよ稲光。舞え雷電。轟け、雷流嵐獄<サンダーストーム>」
杖の先から走る、雷の奔流。それは『肉壁』を捉え、数対を行動不能に陥れた。
更に次の呪文を編む。これならば――エリタカとエースの二人でならば、どれだけの『肉壁』が揃ったところで問題はあるまい。
そう、エースが安心した瞬間に。
「ぐあぁっ!」
エリタカの悲鳴。絶叫。まるでそれは、あの戦場の鬼が、凶悪な一撃を喰らったかのような。
まるで、信じられないものがそこに存在するかのような。
エースは目を疑った。そこに、何かが、立っていた。
「ま……まさか……?」
『肉壁』の数倍はあるであろう、巨大な鎧武者。
常人よりも巨大な『肉壁』が、まるで子供のような姿。
「これが……アルバート、だってのか……?」
「いいえ、違いましてよ」
それは葉奏の声ではなく。
ましてや『月河』メンバーの声などでは決してなく。
それは、右手にまるで荷物でも持つかのように。
葉奏を抱えた、志摩子だった。
「命じますわ、『肉壁一号』!」
凛とした声音で、志摩子がそう叫ぶと共に。
「殺し尽くしなさいな!」
巨大にして強大たる、『肉壁一号』が、動いた。
to be continued
コメント・感想
- やっべえ 志摩子さんつえー! 肉が何号まで出るのかも気になるところだw -- りお
- 私、即死ですか?w 志摩子さんは純血種か!? -- 葉奏
- 肉壁さんきたあああwwwwwwいけいけwwwwwwww -- ハジャ
- そろそろ・・11話・・ (T-T -- 通りすがりの朱。
- 久しぶりに見た・・・俺の出番はきっと、奇声を上げて、肉損夫人に突撃する石の役だ!間違いない!(´д`)y-~~ -- 赤居庵光
- うほ、みっちゃんおひさだな、IRCにもいないしw -- ハジャ