第6話
馬が、荒野を突っ切るように駆けていた。
背中には、二人の人間が乗っている。矢筒を肩にかけ、手綱を握るディスレイファン。その後ろで、腰に手を回して落ちないようにしがみついているリオ。二人を乗せた馬は、その重みを感じていないかのように軽やかに走る。
「相変わらず、やんばるくいなは速いな」
ディスが微笑み混じりに呟き、やんばるくいなの頭を撫でた。いつもならばくすぐったそうに鳴くやんばるくいなも、今だけは真剣に前を向いている。
目指すは、北。『科学の妖怪』ベロの根城。そこに、愛弟子がいる。最強の敵が待っている。
ゼロエッジの言葉によれば、北へ歩いて半日の距離。やんばるくいなの足ならば、二時間とかかるまい。邪魔さえ――出なければ。
「待ちなぁっ!」
嫌な予感ほど、よく当たる。こうなったらキツいな、と思うほどそうなる。出なければいいな、と思うほど出る。
やんばるくいなの手綱を引き、止める。進路上に、女が立っていた。
小柄な、子供と見まがうばかりの矮躯。そのくせ、ひどく達観したように生き疲れた眼をした少女。嘲笑とも冷笑ともとれぬ笑みを浮かべて、威風堂々とそこに立っている。
「……何か用か?」
ディスは嫌な予感をかき消して、告げた。
「物取りなら、死ぬ前に消えてくれ」
「こんな可愛いオンナノコつかまえて、物取りたぁひどい言い草だね。ディスレイファン」
ひゃはは、と笑いながら肩をすくめる少女。気分は最悪だった。ディスの名前を知っている。それだけで、十分に敵と見なせる。
物取りの方が、どれだけ有難かっただろう。来る前に、ゼロエッジから預かった紙を握り締める。何度も何度も見返して、言葉の一つ一つを全て覚えた紙。
『切り裂きリックス』。危険度・高。小柄な少女だが、それを生かしたスピードと剣技は『覇位』の剣士に並ぶほどの腕前。『科学の妖怪』ベロの下僕……。覚えた内容に、嘆息。
「……お前が、『切り裂きリックス』か」
「おやおや、わしの名前を知ってんだね。自己紹介の手間が省けて助かるよ」
にやぁ、とリックスが笑う。ディスは馬から降りて、リオに預けていた愛用の大弓を構えた。狙いを定めて、引き絞り、固定。やろうと思えば、いつでも撃てる姿勢に入る。
「やだねぇ、大人ってのは汚いね。こんな丸腰のオンナノコ相手に鏃(やじり)向けるなんてねぇ」
「……ほざけ」
「でもねぇ、よく考えな。わしが、この『切り裂きリックス』が、あんたみたいに高名な『流星矢』ディスレイファンを相手にしてねぇ」
くくくっ、と悪役じみた笑みを浮かべる。
「たった一人で立ち向かうと思うかい?」
――次瞬、怒号と咆哮。
「うおおおおおおっ!」
すぐ隣にあった大岩。それを驚くべきことに、内側から砕いて人間が現れた。大柄な、狂気に包まれた、右腕が鉄塊でできた――過去にやりあった盗賊団の片割れ、アッサーラ。
「なっ!?」
ディスは驚きと共に、反射的に剣を抜く。アッサーラは武器らしいものは何も持っていない。ただ、鉄塊の右腕を振り上げた。それをディス目がけて振り下ろす。右腕と剣が干渉しあうと共に、押し負けた剣が乾いた音を立てて割れた。共にディスの鼻先をかすめて、大地をえぐる。
人の領分を超えた力。人の領域を超えた怪力。常軌を逸したパワー。
「うおおおおおおおおっ!」
腕を引き抜いて、再度来る。やばい――そう感じて距離を取ると共に、ちらりとリオを見た。
リオは少し離れた場所で、盗賊団のもう一人――ハジャと対峙していた。
助力を求めることはできない。リオがかすかに笑みを浮かべて、ディスと眼を合わせる。それは普段の彼女からは想像もつかないような、冷たい眼差し。
――ディス、その程度?
にやりと、ディスも微笑を返す。
――そんなわけ、ねえだろ
唸るアッサーラの右拳を、跳躍してかわす。そしてアッサーラと距離をとり、素早く――しかし確実に、弓へと矢をつがえた。
「俺を誰だと思っている」
答えは返ってこない。アッサーラの眼は、既に狂人のそれだ。右腕を落とされたディスへの復讐。そして憎悪。それだけで塗りつぶされているような眼差し。
「――俺は、『流星矢』ディスレイファンだ」
鏃を、アッサーラへ向ける。アッサーラは怒号をあげて、ディスへと突進する。ディスは上体を一切動かさず、アッサーラとの距離を測る。もう五歩。四歩。
「百花繚乱」
三歩。二歩。
「春の曲」
一歩。そして射程距離。
引き絞った弦を、離した。
宿舎『MOON☆RIVER』では、相変わらず会議が続いていた。
「だーかーらーっ! ディスがどこにいったのかまず調べねえといけねえだろうがっ!」
中央でエースが叫ぶ。しかしそこにいる『月河』のメンバーは、誰一人として口を開かない。
「ケンゴにも分からない、『愛染』の尚徳にも分からない、『七魔団』のコンジも情報を持ってない、これ以上の情報屋なんざ、あの『道化』ゼロエッジくらいだ! 誰かあいつの居場所を知らねえのかよ!」
沈黙が流れる。ケンゴはバツが悪そうに頬を掻き、ピノモカはそわそわとディスの現状を心配し、エクリプスは顔を歪ませてこめかみを押さえ、バールゼフォンは顎に手をやって足りない頭を使い、ジェスタルは黙して動かず、ベリルは不機嫌そうに煙草をふかし、ラーズは命の危機にうんうんと唸る。その横では無邪気な「くるっぽー」「にゃー」「くるっぽっぽー」「にゃんにゃー」という声が響く。
情報が一切ない、どうしようもない問題。
「ただいまー」
重苦しい空気の中で、一際大きな明るい声が響いた。
「みんな、今日はバナナが特売だったよ。三束買ってきたから、一人二本ずつね。あー、もう、クリさんにもちゃんとあげるからそんなに足元じゃれつかないで」
緊張感のない声音。これが『覇位』たる『双剣・紅』エリタカなのだというのだから、尚更のこと。エースは頭を抱えた。
「……エリタカ、お前、買い物行ってたのか」
「うん。本当は二十分前に帰ってこれたはずなんだけどね。入り口でやんばるくいなに乗ったディスとすれ違って、プッチンプリン買ってくるように頼まれてさ」
「ああ、そうかよ――……は?」
エリタカの言葉にある、聞き逃せない言葉。
「だからディスに頼まれたんだって。多分しょーにあげるんだろうけどさ」
「ディスがどこに行ったか聞いてるか!?」
エースがエリタカに詰め寄る。子供なら泣き出してしまうような形相にも顔色一つ変えず、エリタカは首を傾げた。
「うん。北に歩いて半日くらいの所だって」
「早くそれを言えええええええええっ!」
to be continued
コメント・感想
- 新しいボケ&ツッコミ コンビの登場!!懐かしいキャラがいっぱいw (^-^ -- Kengo
- 長い充電期間がおわってついにキターwあいかわらず、小説の中だけはうちかっこええw -- ディス
- うはwwwwwwおkwwwwwwwww俺様大活躍?!wwwww -- ハジャ
- 俺の出番マダー(五月蠅い)?ティンちゃん乙様w -- ねこ@それん