第1章 憂鬱男子と着ぐるみ少女
<紀田>
眠い・・・果てしなく眠い・・・
この一か月、ずっとこんな感じだ
とりあえず、温かい味噌汁をロクに冷まさずにかき込み、
ほうれん草のおひたしをご飯にのせて、一気に食らう
時間は7:40、ちょっと早いけど、まぁいいだろう
ー5分くらい早くても、どうせ居るだろうしな・・・-
そう思いながら、いつも通り、学校に行く準備を進める
一通りの準備を終え、何時もの様に玄関に向かう
かれこれ2年以上続けていることだけれど、この1か月とそれ以前では、大分違っていた
思わずため息がでる
ホント、どうしてこうなったのか、今でも良く分からない
「忘れ物は無いかにゃ?」
何時もの様に声がかかる
声の主は、猫風 ウチの飼い猫で、親友みたいなやつ
「あぁ、何時もありがとうな」
「にゃはは、どういたしまして、にゃ」
この会話もいつも通り
ホント、毎回こんなことに協力してくれるコイツには頭が下がる
「にゃはは、それじゃ、いってらっしゃいにゃ!」
「うん、留守番よろしく頼むよ」
そういって家を出る
ここから学校はそう遠くはない そのうえ、脇道などが特にない
だから、必然と通る道は限られてるわけで・・・
「やっほー、少年! 今日も元気かーい?」
必然的にこいつと遭遇することになる・・・
「暑苦しいから近寄るな」
「えーっ、いいじゃんいいじゃん♪」
そういって近寄ってくるクマ・・・の着ぐるみを着た少女 俺はこいつが凄く苦手だ
どういうわけか、クマの着ぐるみを着て、いっつもここで俺を待ち伏せている
そして、校門まで付いてくる・・・そして、滅茶苦茶目立つ
以前は周りからの目線が痛かったが、今はもう皆も慣れてしまったらしく、
特段奇異の目で見られることもなくなった
ーだからといって、止めてほしいという思いには変わりないけどー
「なぁ、いつまでコレ続けるつもりなんだ?」
「・・・さぁ?」
「・・・おい」
自分で分からないってどういうことだよ全く・・・
「あー、でも・・・」
「ん? 何か条件でもあるのか?」
「紀田君がアタシと付き合ってくれるなら、止めてもいいかなーー」
「!!??」
思わず、バランスを崩してしまう
・・・コイツは何を言ってるんだ・・・
言葉の意図を探ろうと思い、顔を見る・・・が、顔まで隠れる着ぐるみのせいで、表情が分からない
「あーっ、顔赤くなってるーー」
「お、お前が変なこと言うからだろ!」
テンパってるせいで、思わず大きな声が出る
周りの人は一瞬ビクッと体を震わせたが、彼女は動じる様子もない
ー少しはビックリしてくれたら、可愛げがあるのに…-
そんな考えがふと頭に過ってしまう
って俺は何を考えてるんだ…
変な思考を吹き飛ばすために、首のストレッチをするふりをしながら、頭を頭をグルグル動かす
肩が凝っていたのもあるのか、首を回すたびにゴキゴキっと音が鳴る
折角なので、肩を揉みながらストレッチを続ける
「うっひゃー、凄いゴリゴリいうねぇ」
「色々疲れがたまってるんだよ…」
「ふむ、それはいけないなぁ。それじゃ、ふきりおねーさんが肩を揉んで差し上げよう」
「いらねえよ! てか、その着ぐるみ着たままで、どうやって揉むつもりなんだ」
クマの着ぐるみを着ているふきり(という名前らしい)の手には肉球付きの手袋が付いていて、
どう考えてもマッサージできそうにない
「うーーん、気合でなんとか?」
「出来るか!」
…気合でどうにかなるはずがないだろう
昨日、落し物を拾おうとして悪戦苦闘したのをもう忘れたのだろうか
半ば呆れながらふと顔を上げると、見慣れた光景が目に入ってくる
この先の行き止まりを左折したら、すぐそこが学校だ
そして、その行き止まりでコイツと別れる
…俺はもっと手前で分かれてほしいと思っているんだが、コイツは決して譲ろうとしなかった
「えへへー 今日も楽しかったよねー」
楽しかったのはお前だけじゃねぇか…という言葉を飲み込む
以前そう言った時、すごく悲しそうな声で泣き出したからだ
後から考えると、表情のないクマの着ぐるみが膝をついて泣き声を上げている…
というシュールな光景だったんだけど
その時は普通に俺が女の子を泣かしている気がして、
凄く申し訳ない気がした
ーあの後、神山に説教されたっけ…-
『女の子を泣かせるなんて、男として恥ずかしいぞ!』とか言われたっけ…
そんなわけで、コイツの機嫌取りも兼ねて、仕方なくここまで一緒に歩いている
「それじゃ、少年! 今日も元気にいってらっしゃい!」
「…はいはい、じゃぁな」
大仰に敬礼をしているクマの着ぐるみに背を向け、門に向かう
とりあえず、これで面倒事の三分の一は終了
ーせめて神原と時津風がおとなしかったらなぁ…ー
…まぁ、無茶な願いだろうけど
とりあえず、教室へ向かおう
何でもいいから、早く椅子に座って、脱力したい
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