小噺-山師-02
「そのままで」
干された後だった。
仕事はある。
書類も椅子も机もある。
ただ、意味のある仕事が来ないだけだ。
孤児院には、時々顔を出していた。
理由は特にない。
強いて言えば、静かだからだ。
「来ると思ってました」
小室さんは、いつもそう言う。
責めるでもなく、喜ぶでもなく、
事実をそのまま置くみたいに。
「そうか」
それ以上、会話は続かないことも多い。
俺は子供の頭数を数えて、
壁のひびを見て、
帰る。
ある日、小室さんが言った。
「干されたんでしょう」
否定はしなかった。
肯定もしなかった。
「そういう顔してます」
それで、少しだけ笑った。
「ここは、どうですか」
孤児院の話だと思った。
違った。
「私の隣」
間があった。
夢の話も、
事件の話も、
正義や世界の話も、
一切なかった。
「……後悔はさせるぞ」
俺は、正直なことだけを言った。
「それは困ります」
小室さんは、少し考えてから言った。
「でも、後悔しない人と一緒にいるよりは、
ずっといいと思います」
それで決まった。
派手な指輪も、
誓いの言葉もない。
ただ、
俺がここにいて、
小室さんが隣にいた。
それだけだ。
後で、子供が聞いてきた。
「おじさん、先生のお嫁さん?」
「違う」
「じゃあ、何?」
少し考えて、答えた。
「同じ場所に立つ人間だ」
子供は分からない顔をしていたが、
小室さんは頷いた。
それで十分だった。
最終更新:2026年05月01日 19:46