皇都に大空襲はなかった。
列車を降りたとき、最初に思ったのはそれだった。
焼け野原を覚悟していた。瓦礫の匂いと、煤けた空を想像していた。だが、駅舎は少し古びただけで立っている。商店の看板も、家々の瓦も、そのままだ。
戦争は終わった。
だが、敗戦ではない。
無条件降伏でもない。
敵兵の靴音も、異国語の看板もない。
ただ、静かだった。
人々は歩いている。市場も開いている。
けれど声が低い。笑い声が、ない。
彼は家へ向かった。
門柱は無事だった。庭の柿の木も残っている。戸を叩くと、母が出てきた。
「……生きていたのね」
それだけだった。
抱きつきも、泣き崩れもない。
戦争は終わったが、何が終わったのか、誰も分からないのだ。
町を歩くと、張り紙が目に入った。
――皇、崩御。
それだけが広がっている。
詳細はない。病か、戦か、暗殺か。
誰も語らない。語れない。
皇都は焼けなかった。
だが、中心は消えた。
彼は気づく。
敵はいない。進駐軍もいない。占領もない。
けれど、何かが抜け落ちている。
戦っていたはずの理由が、消えている。
夜になると、遠くで誰かが小さく歌っていた。
戦時歌ではない。子守唄のような旋律。
彼は縁側に座り、空を見上げる。
砲煙はない。星が見える。
静かすぎる。
まるで、世界が息を止めているようだった。
翌朝、近所の男が言った。
「これからどうなるんだろうな」
誰も答えなかった。
皇都は無事だった。
家も残っている。
国も、まだある。
だが、頭がない。
戦争は終わった。
しかし秩序はまだ、目を覚ましていなかった。
最終更新:2026年05月03日 00:27