アットウィキロゴ

小噺-『目玉二つ』

「……だから言っただろ」

 薄暗い長屋で、土師 凉は低く呟いた。

 椋は畳に寝転がったまま、酒瓶を抱えて笑う。

「はは、まあ生きてるしええやん」

「売られるところだった」

「せやなぁ」

「笑い事じゃない」

 凉は不機嫌そうに煙管を咥えた。

 凉の目はなくなっていて、伽藍堂になっていた

 両目とも。

 椋は天井を見ながら、ぼそりと言う。

「……でも、うちはびっくりしたで」

「何が」

「ほんまに目ぇ捧げる奴おるんやなって」

 凉は答えない。

 悪魔契約。

 代償は両目。

 その結果、凉は「獅子頭王」の悪魔を得て、椋は「略奪公」の悪魔を得た。

 あの時の凉は迷いがなかった。

 まるで、財布から小銭でも出すみたいに、自分の目を差し出した。

 椋は笑う。

「普通、“腕にしとこかな”とか、“寿命半分にしとこかな”とか悩まへん?」

「悩む必要がなかった」

「即答やったもんなぁ。“両目で足りるか?”とか言うて」

「足りないなら命だった」

「重いねん」

 椋はげらげら笑った。

 凉は不機嫌そうに顔を背ける。

 昔からそうだった。

 椋は誰にでも笑う。

 誰でも好きになる。

 誰でも信じる。

 そして騙される。

 凉には、それが理解できなかった。

 人間なんて、腹を割れば泥しか入っていない。

 けれど椋は、泥まみれの人間を見ても、

「まあ、ええ人もおるやろ」

 と言って笑う。

 だから嫌いだった。

 人間が。

 そしてもっと嫌だった。

 そんな連中に、椋が傷付けられることが。

「……なあ、凉」

「なんだ」

「後悔してる?」

 少しだけ静かに、椋は聞いた。

 凉は鼻で笑う。

「している」

「お?」

「目なんかじゃ足りなかった」

「は?」

「耳も舌も腕も脚も、全部持っていけばよかった」

「怖っ」

「お前が泣くくらいなら安い」

 椋はしばらく黙って、それから腹を抱えて笑った。

「あー、やっぱ好きやわお前」

「……そうか」

「うん。そこまで馬鹿やと、逆に安心する」

 凉は煙を吐いた。

「お前はもう少し疑え」

「疑ってるで、今は」

「誰を」

 椋は酒を呷る。

 それから、にやりと笑った。

「世界全部」

 凉はそこで初めて、少しだけ笑った。

タグ:

第二世界 小噺
最終更新:2026年05月27日 19:24