水閘は、国ではなかった。
巨大な水門を囲む、
利権と暴力の吹き溜まり。
商人。
軍閥。
海賊。
警察。
政治家。
皆が武器を持ち、
皆が他人を食い物にしていた。
だから、
子供は簡単に死ぬ。
学校など、
もっと簡単に燃える。
そんな土地に、
三人の教師が来た。
「粛々と」足利 直々。
岩松 門坐。
渋川 賢治。
学校を作るためだった。
文字を教え、
歴史を教え、
計算を教えるために。
「学べば奪われにくくなる」
「知っていれば騙されにくくなる」
直々は、
本気でそう信じていた。
岩松も、
渋川も、
笑いながら付き合っていた。
だから子供達は、
三人が好きだった。
だが、
水閘はそういう場所だった。
授業中、
武装集団が学校へ入ってきた。
銃口が、
子供達へ向く。
「動くな」
三人は止まった。
本気で戦えば強かった。
岩松も。
渋川も。
直々も。
だが、
一秒で子供が死ぬ。
だから、
誰も動かなかった。
最初に岩松が撃たれた。
笑ったまま、
頭を撃ち抜かれた。
渋川は、
最後まで子供を庇うように立っていた。
何発も撃たれ、
倒れても、
なお前へ出ようとしていた。
直々だけが残された。
見せしめだった。
男達は、
ゆっくり壊した。
耳を切り、
鼻を削ぎ、
歯を抜き、
舌を引き抜き、
眼を潰し、
顔の皮を剥いだ。
四肢を真ん中で切断されても、
直々は暴れなかった。
ただ、
子供達を見ていた。
だから、
子供達は知ってしまった。
先生達は弱かったんじゃない。
自分達を守るために、
抵抗しなかったのだと。
数日後。
下野国。
箱が届いた。
蓋が開く。
そこにいたのは、
もはや人の形をした何かだった。
沈黙。
長い沈黙。
直々は、
血を吐きながら喉を震わせた。
潰れた声だった。
「……こ……ど……も……」
高 師が跪く。
「助かっています」
直々は、
ゆっくり目を閉じた。
高 師の肩が震えていた。
次の瞬間、
床が砕けた。
高 師が踏み抜いていた。
「殺します」
執事の声ではなかった。
「皆殺しにします」
足利 氏々は、
静かに笑っていた。
目だけが笑っていない。
「そっかぁ」
立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
数日後。
旭皇国から、
一機のプライベートジェットが飛んだ。
積まれていたのは、
現金と武器。
搭乗者は二人。
足利 氏々。
高 師。
その後のことは、
ほとんど記録に残っていない。
ただ、
噂だけが残った。
軍閥が消えた。
警察署長が、
顔を剥がされた状態で吊るされていた。
汚職議員が、
手足を切断された状態で発見された。
数百人規模の武装組織が、
一夜で壊滅した。
死体は細切れで、
誰が誰かも分からなかった。
足利 氏々は笑っていたという。
高 師は、
最後まで無言だったという。
その報復により、
二人は多くの国から入国禁止となった。
王守への道も閉ざされた。
だが、
二人とも後悔はしなかった。
数年後。
直々は、
再び水閘へ戻ってきた。
義手。
義足。
潰れた喉。
それでも、
学校を作るために戻ってきた。
かつての教え子達は、
もう大人になっていた。
銃を持つ者。
工具を持つ者。
本を抱える者。
皆、
先生の前に立った。
「今度は俺達が守ります」
直々は、
潰れた喉で、
それでも笑った。
そこから、
街は少しずつ変わっていった。
軍閥の土地ではなく。
人が暮らす場所へ。
後に、
その地はこう呼ばれる。
そして今でも、
その辺りでは、
夜に泣く子供へこう言う。
「悪いことをすると、足利のお姫様が来るよ」
「笑いながら殺しに来るよ」
最終更新:2026年05月27日 19:24