「腐乱」節沢 研児。
そして――狂気の傭兵の一番。
死体を操り、自らの身体すら死体の継ぎ接ぎで維持する男である。
もっとも。
本人は至って真面目だった。
狂気の傭兵の連中から、
「お前が一番まともだな」
と言われるたびに、節沢は複雑な顔になる。
まともな人間なら傭兵なんてやらない。
その自覚くらいはあった。
だが最近、疲れていた。
人を人とも思わない依頼主。
使い潰される傭兵たち。
死んでも代わりがいるという空気。
味方も敵も死体になる。
自分自身もまた、死体の継ぎ接ぎだ。
だから感覚が麻痺しているのだろう。
酒場を何軒か回り、適当に酒を流し込む。
珍しく酔っていた。
路地裏の壁にもたれながら煙を吐く。
その時だった。
ギィ、と扉が開く。
近くのBARの裏口だった。
一人の女性がふらふらと出てくる。
数歩歩き。
壁に手をつき。
「うぇぇぇ……」
盛大に吐いた。
節沢は視線を逸らした。
見なかったことにしよう。
だが女性は涙目で振り返る。
「見た?」
「見てない」
「絶対見たでしょ」
「見た」
「正直だなあ……」
女性はへらへら笑った。
鼻の下に酒がついている。
酔っ払いだった。
「君、飲んでる?」
「飲んでる」
「じゃあ付き合って」
「嫌だ」
「そんなこと言わないでさ」
そう言うと女性は節沢の腕を掴んだ。
「私は小鳥澤蕾」
「……」
「ほら、名乗ったよ?」
「節沢」
「よし」
何がよしなのか。
節沢が理解する前に、蕾は彼をBARへ引きずり込んだ。
⸻
それから数時間。
節沢は後悔していた。
戦場の方が楽だった。
「だからその二人は絶対付き合ってるんだって!」
「そうか」
「絶対に付き合ってる!」
「そうか」
「聞いてる?」
「聞いてる」
「興味ないでしょ」
「ない」
「正直だなあ……」
蕾は笑う。
そしてまた語り始める。
アイドル。
漫画。
恋愛。
妄想。
推し。
知らない話ばかりだった。
だが不思議と嫌ではなかった。
狂気の傭兵の仲間と飲めば、話題は死体や戦争や殺しばかりだ。
こんな他愛のない話を聞くのは久しぶりだった。
気付けば空が白み始めていた。
⸻
朝。
蕾は机に突っ伏していた。
「会社行かなきゃ……」
「行けばいい」
「無理……」
「そうか」
「動けない……」
当然だった。
朝まで飲んでいたのだから。
節沢は溜息をつく。
会計を済ませる。
そして。
「立て」
「むり」
「じゃあ運ぶ」
「やったあ……」
⸻
雑居ビル三階。
小さな看板がぶら下がっている。
アイドルプロダクション。
節沢は蕾を背負ったまま事務所へ入った。
中にいたのは社長だけだった。
書類の山に埋もれている。
社長は蕾を見るなり叫んだ。
「小鳥澤ァ!」
「ひっ」
「また飲み過ぎたのか!」
「今回はちょっとだけ……」
「朝まで飲んでただろ!」
「はい……」
即答だった。
社長は額を押さえる。
そして節沢へ目を向けた。
「君」
「なんだ」
「その子を運んでくれたのか」
「ああ」
「ありがとう」
まともな人だった。
だからだろう。
節沢も少しだけ警戒を解いた。
社長はしばらく節沢を見つめる。
その後。
何か思いついたように手を叩いた。
「君、仕事変える気ない?」
「は?」
「うちで働かない?」
⸻
それからの展開は早かった。
節沢は傭兵を完全には辞めなかった。
昔からの付き合いがある短期仕事だけは受ける。
だが本業は変わった。
アイドルプロダクションのプロデューサー。
狂気の傭兵の一番が。
アイドルを育てる側になった。
誰も予想しなかった。
本人すら予想していなかった。
だが向いていた。
揉め事を止める。
危険人物を追い払う。
契約を守らせる。
裏社会との交渉を行う。
全部、傭兵時代にやっていたことの延長だった。
アイドルたちからも慕われた。
怖い見た目なのに面倒見が良い。
相談すると意外と真面目に聞いてくれる。
そんな評判が広がっていく。
中には枕営業を要求する馬鹿もいた。
節沢は笑顔で話を聞き。
笑顔のまま外へ連れ出した。
数分後。
男は泣きながら謝罪していた。
何があったのかは誰も知らない。
節沢も語らない。
ただその後、同じ要求をする人間はいなくなった。
⸻
仕事終わり。
事務所のソファで蕾が笑う。
「人生って分かんないね」
「そうだな」
「戦場にいた人がアイドルのプロデューサーだよ?」
「俺もそう思う」
蕾はけらけら笑った。
節沢も少しだけ口元を緩める。
死体と戦争に囲まれて生きるはずだった。
こんな明るい場所に居場所ができるとは思わなかった。
「ねえ節沢」
「なんだ」
「幸せ?」
しばらく考える。
そして答えた。
「ああ」
それだけだった。
窓の外では夕日が沈んでいた。
小夜啼鳥は今日もよく喋る。
きっと今夜も朝まで鳴き続けるのだろう。
だが。
それも悪くないと、節沢は思っていた。
最終更新:2026年05月29日 22:57