巨大アリーナを埋め尽くす観客が歓声を上げる。
中央のリング上に掲げられた看板には大きく書かれていた。
――無制限プロレスマッチ。
制限時間一時間。
反則なし。
決着が付くまで終わらない。
そして今夜、その舞台に立つのは二人の親友だった。
「
無法者」佐原愛梨。
MMA女子軽量級チャンピオン。
「
観客達へ」井之頭真由美。
旭プロレスの人気レスラー。
二人は幼い頃から柳葉道場で共に柔術を学び、同じ大学へ進学した親友である。
だが、いつか決着を付けなければならないと思っていた。
総合格闘技の頂点に立った女。
プロレスのリングで頂点を見た女。
どちらが強いのか。
その答えを求める日が来た。
実況席の声が響く。
「さあ入場です! まずはMMA王者、佐原愛梨!」
照明の中を歩いてくる愛梨は、いつもの試合着だった。
白と黒、水色の差し色。
余計な装飾はない。
まるで道場へ向かうような気軽さでリングへ上がる。
続いて会場の照明が赤く染まった。
「続いて井之頭真由美!」
爆発する歓声。
真由美は黒を基調としたプロレス衣装に身を包み、長いマントを翻して現れる。
リングへ上がると観客へ大きく両手を広げた。
歓声がさらに大きくなる。
真由美はにやりと笑い、マントを勢いよく放り投げた。
「行こうか、愛梨」
「うん」
二人は向かい合う。
ゴングが鳴った。
カーン――!!
開始直後。
両者は距離を詰める。
そして。
手と手を組んだ。
会場がどよめく。
「おおっと!? いきなり力比べだ!」
肩が震える。
筋肉が軋む。
数十秒に及ぶ純粋な力の勝負。
徐々に愛梨の足が後退する。
「ぐっ……」
「っ!」
最後は真由美が押し切った。
観客が沸く。
「井之頭選手が押し勝った!」
しかし愛梨は笑っていた。
「やっぱ力は負けるか」
そのまま腕を引き込み、体重移動。
柔術の崩し。
真由美の体勢が浮く。
さらに足払い。
普通ならそのまま寝技へ移行する場面だった。
だが真由美は力任せに踏みとどまる。
「まだまだ!」
肘。
拳。
ローキック。
打撃が飛ぶ。
愛梨も応じる。
鋭いジャブ。
前蹴り。
膝。
MMA王者の技術がリングを支配する。
しかし真由美は倒れない。
歓声が響くたびに彼女の動きが鋭くなっていく。
「真由美ー!!」
「行けー!!」
能力《歓声》。
観客の熱狂が彼女を押し上げる。
真由美は笑っていた。
観客の声を浴びるたびに強くなる。
まるでこのリングそのものが彼女の庭だった。
一方で愛梨は冷静だった。
一度見た動き。
一度受けた技。
その全てを観察し、分析する。
天才。
その一言で片付けられる才能。
真由美のラリアットを避けながら、その軌道を読み。
投げを受けながら、その重心を理解する。
試合時間は三十分を超える。
四十分。
五十分。
実況も驚きを隠せない。
「佐原選手のスタミナが持っている!」
体力不足。
それは愛梨の弱点だった。
短時間決着型。
それが彼女のスタイル。
だが今夜は違う。
真由美が巧みに試合を作っていた。
観客が盛り上がるように。
親友が最後まで戦えるように。
絶妙な速度で。
絶妙な熱量で。
二人は一時間近く殴り合った。
そして最後。
残り数秒。
二人は同時に踏み込む。
「行くよ!」
「来い!」
愛梨の右拳。
真由美のラリアット。
同時に命中した。
鈍い衝撃音。
そして。
ドサリ。
ドサリ。
二人同時に倒れた。
静寂。
レフェリーが数える。
「ワン!」
「ツー!」
誰も立たない。
「スリー!」
観客全員が立ち上がる。
「テン!!」
ゴング。
試合終了。
結果。
ダブルノックアウト。
一瞬の静寂の後。
会場を揺らすような拍手が巻き起こった。
勝者はいない。
敗者もいない。
ただ最高の試合だけがそこにあった。
◇
花道。
二人は肩を組んで歩いていた。
観客は総立ちだった。
万雷の拍手。
歓声。
笑顔。
二人は手を振りながら退場していく。
やがて通路に入り、誰もいなくなる。
その瞬間。
「いやー、あそこの投げ甘かったな」
愛梨がけろりと言った。
「思った。もうちょい飛べたでしょ」
「飛べた飛べた」
「あと最後の音がいまいち」
「分かる。もっと派手な音欲しかった」
二人は笑う。
さっきまで死闘を繰り広げていたとは思えない。
「でも一時間持ったね」
愛梨が言う。
「そこは頑張った。愛梨すぐ終わらせるからさ」
「合わせてくれた?」
「当たり前でしょ」
真由美が肩を叩く。
「親友なんだから」
愛梨は少し照れくさそうに笑った。
「ありがと」
「どういたしまして」
二人は並んで歩く。
出口の光が近づいてくる。
「またやりたいね」
真由美が言った。
「うん」
「次は?」
愛梨は少し考えた後。
にやりと笑った。
「MMAかな」
一瞬だけ真由美の顔が固まる。
「……それ私が不利じゃない?」
「知らない」
「ひどいなあ」
笑い声が響く。
親友同士の勝負は終わった。
だが二人の戦いは、きっとまだ終わらない。
最終更新:2026年06月22日 21:09