夏も終わりに近付いた頃。
「
建御雷神」劔朝陽は、山奥へ向かう古びた路線バスに揺られていた。
バスの乗客は、運転手を除けば彼一人だけ。
少しピンクがかった肩出しのキャミソール。
白い肩。
ふわりと揺れる茶髪。
切れ長の赤い瞳。
誰がどう見ても、美人だった。
窓の外を流れる山々を眺めながら、朝陽は欠伸をする。
「秘湯かぁ……楽しみ。」
今回の目的は山奥にある村・■■村。
知る人ぞ知る秘湯があるらしい。
バスを降りてからさらに一時間。
舗装された道はすぐに途切れ、獣道のような山道を歩く。
「遠いなぁ……。」
汗をかきながら山を越えると、小さな集落が姿を現した。
……
村には旅館など無かった。
村長の家へ案内されると、村長は穏やかな笑顔で言う。
「今日は、おさの家へ泊まってくだされ。」
案内された家では夕食が用意されていた。
囲炉裏を囲み、男達だけが座る。
女性達は誰一人席に着かず、配膳や後片付けをしている。
「……。」
(男尊女卑っぽい村だなぁ。)
少しだけ違和感を覚えたが、旅人が口を挟む話でもない。
朝陽は黙って夕食をいただいた。
食後。
目的だった秘湯へ向かう。
岩に囲まれた天然温泉。
男女は木製の仕切り一枚だけで区切られていた。
「いい湯だぁ……。」
服を脱ぎ、湯へ身体を沈める。
思わず声が漏れる。
その時だった。
ドンッ!!
ガンッ!!
ガタン!!
「……?」
向こう側から妙に騒々しい音が聞こえる。
「……うるさいなぁ。」
再び、
ガンッ!!
ガタン!!
朝陽はため息をついた。
「もう。」
木製の仕切りへ歩み寄る。
そのまま片手で持ち上げると、
「よいしょ。」
メリメリメリッ!!
豪快に引き倒した。
向こう側にいた数人の仮面の村人が固まる。
包丁。
鉈。
鎌。
完全武装だった。
朝陽も自然と構えを取る。
数秒の沈黙。
やがて村人の一人が震える声で言った。
「お、お前……。」
「?」
「男だったのか!!」
「男だけど?」
「ち、違う!女湯にいるはずじゃ!」
朝陽は首を傾げる。
「男湯だけど?」
「え?」
「え?」
数秒。
「しまったぁぁぁぁ!!」
村人達は自棄になって襲い掛かってきた。
ガキィン!!
「……え?」
包丁が止まっていた。
朝陽が素手で刃を摘まんでいた。
「危ないよ。」
ボグッ!!
腹へ拳がめり込む。
ゴキッ!!
メキャッ!!
ドサドサドサッ。
次々と急所を打ち抜かれ、村人達は失神していった。
……
「ふぅ。」
朝陽は何事もなかったように湯へ戻る。
「温泉はゆっくり入りたいよね。」
十分ほど浸かり直し、
身体を拭き、
ゆっくり服を着る。
「さて帰ろ。」
外へ出る。
ザッ!!
また仮面。
「まだやるの?」
返事の代わりに鉈が飛ぶ。
バキッ。
メキャッ。
ゴキッ。
「はい、おしまい。」
村人達の手足が次々折れていく。
誰も立てなくなった頃には、朝陽は何事もなかったように村長宅へ戻っていた。
……
「よく来たな。」
村長が散弾銃を構えていた。
ズドォン!!
至近距離。
煙が晴れる。
「……。」
朝陽は無傷だった。
「効かないけど。」
村長は青ざめる。
「ば、化け物……。」
「それ、こっちの台詞かな。」
一瞬で村長は地面へ沈んだ。
「どうして襲ったの?」
観念した村長は呟く。
「忌子の生贄だ……。」
「……忌子?」
「神社の奥に封じてある……。」
……
山の神社。
奥へ進むと、古い座敷牢があった。
錠前を壊す。
中には、不定形の肉塊がいた。
「けりて……。」
「けりてて……。」
「けりてけりて……。」
「何言ってるの?」
返事はない。
「とりあえず外へ出よう。」
すると肉塊は蠢き始めた。
「人型になれる?」
肉塊は首を傾げる。
朝陽は軽く拳を握る。
ゴッ!!
一発殴った。
防衛本能が働いたのか、
肉塊は急激に姿を変える。
筋肉。
髷。
巨体。
立派な相撲取りだった。
「……。」
朝陽は座敷牢を見回す。
テレビ。
新聞。
相撲番組の記事。
「ずっと国営放送でも見てたんだね。」
納得した。
朝陽は地面へ指で大きな円を描く。
「じゃあ、一番。」
異名は建御雷神。
雷神であると同時に、相撲の祖とも伝わる神の名だ。
「楽しもう。」
立ち合い。
ドン!!
一瞬だった。
忌子は空中で一回転し、
頭から土俵の外へ落ちる。
ゴキン。
首が明後日の方向を向いた。
「勝負あり。」
……
翌朝。
朝陽は警察へ通報した。
村人達は全員、手足を折られて逃げられない。
長年、生贄として人を殺してきた因習村は、その日で終わりを迎えた。
……
数か月後。
皇都。
街を歩いていた朝陽へ、大柄な青年が駆け寄ってきた。
「待ってください!」
振り返る。
「誰?」
「覚えてませんか!」
青年は笑う。
「秘湯の村で会った……忌子です。」
「……あっ。」
朝陽は思い出した。
「首折れてたよね?」
「元々軟体生物なんで。」
「なるほど。」
青年は照れ臭そうに笑う。
「あの後、無罪になりました。何も悪いことしてませんでしたから。」
「今は?」
「相撲部屋で住み込みの内弟子やってます。」
「へぇ。」
「名前も無かったので、新しくもらいました。」
青年は嬉しそうに頭を下げた。
「名賀瀬心太(ながせ しんた)です。」
「心太?」
「はい。」
「いい名前じゃん。」
「ありがとうございます。」
少し照れながら頭を掻く心太。
朝陽は微笑む。
「頑張ってね。」
そう言って投げキッスを一つ。
「えっ……。」
美人そのものの笑顔を残し、
朝陽は人混みへ消えていく。
心太はしばらくその場で固まったままだった。
「……やっぱり。」
小さく笑う。
「あの人、すごく綺麗だな。」
皇都の雑踏の中。
美人のような後ろ姿だけが、ゆっくりと遠ざかっていった。
最終更新:2026年07月03日 22:36