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先輩!紙芝居です!

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先輩!紙芝居です!



 「先輩!紙芝居ですよ!見てください!まずは、飴ちゃん買ってからですけどね」
 「お前に付き合ってる暇は無いんだ。飴を買う時間があったら自分に費やすね」
 「他人に費やしても後悔はさせませんよ。はいっ!閑花ちゃんの楽しい紙芝居の始まり始まりー」
 「オレの話を聞けって。でも、……よく作ってくるなぁ。その根性だけは認める」
 「おっと!そこのお兄さん!見掛け倒しではあーりませんっ。昔々あるところに先輩さんが山奥に住んでました」

 後輩こと後鬼閑花はダンボールで出来た紙芝居のフレームを抑えながら『かぐや姫』と書かれた表紙を捲った。
 画用紙に描かれていたのは、紛れもなく翁の姿をした先輩こと先崎俊輔の絵であった。特徴を捉えており、非常に上手い。
腰を曲げて竹やぶを歩く姿は先崎のはるか遠い行く末を見るようでもあった。先崎も苦笑いを浮かべて見守ることしかできない。

 「先輩さんは竹を切ろうとすると、一節光り輝く竹を見つけました。不思議に思った先輩さん、近づくとなんとなんと!」
 「はいはい。テンプレ通りのストーリー、ありがとう」
 「可愛らしい女の子が……ちょこんと、座ってるじゃありませんか!閑花ちゃんみたいにね!言わせんな、恥ずかしいです!」

 突っ込みたいのをぐっと我慢して先崎は後輩の紙芝居に付き合い続けた。

   #

 「よっしゃあ。完成です!かわいく描けたぞっ」

 静かで落ち着いた雰囲気漂う喫茶・茶々森堂にようちえんせいのような無邪気な声が響く。
 レースのクロスがかかるイタリア製のテーブルに、メイドインジャパンの画用紙が広がる。
 赤・青・黄・緑・白・黒・水色……と、色あふれるクレパスが並び、真っ白だった画用紙が閑花の手によって染められる。

 街に溶け込んだレンガ造りの小さな喫茶店。オーナーの趣味なのか、あっさりこざっぱりとした小物が空間を演出。たった一人の
ウエイトレスも、そんなオーナーの趣味を反映していた。袴姿にエプロンドレス、編み上げブーツという出で立ちは、
どこか懐かしいと感じさせるロマンを体験したことも無いのに見る者へ喚起させていた。そういえば、和と洋のブレンドが心地よい。
 彼女の黒髪のツインテールのシルエットが入口の擦りガラスから伺える。

 先崎が常連客として通っていたこの店は、すっかり閑花も常連になってしまった。
 一通りのメニューは口にした。時間が空いたときはここで過ごすのが一番。なにより、先崎が通っているのだから。
 お勧めはアップルパイ。きょうは絵を描きに来たんだと閑花はアップルパイを我慢して、芳しいコーヒーを飲んでいた。
じかに豆から挽いたコーヒーはサイフォンを通じて濃厚な味わいと香りを提供してくれる。本物を味わうにはまだ早すぎる歳の
閑花だが「このお店で飲みたいんです!」と言えば、上手い言い訳となるではないか。マスターもウエイトレスも閑花がお気に入りだし。
 クレパスでお絵かきをするのは、初等部での図工の時間以来だ。なのに、腕は劣っていないことに閑花は胸を張った。両手で画用紙を
持って全体を見渡す。これ以上の文句は付けようの無い出来栄えだ。

 「こちら、お下げします」

 ウエイトレスの『あまもと』は、閑花の側からすっとコーヒーカップを引き上げた。
 慣れた手つきで盆にカップを乗せて、閑花に一礼するとツインテールもともにお辞儀をしていた。 

 「一仕事したらご不浄行きたくなっちゃった!」

 ギギギと椅子の脚を鳴らす木目を尻目に、閑花はテーブルクロスを揺らしてお手洗いへと駆けてゆく。
その拍子に画用紙がひらりと舞い落ちてしまった。
 気付いたあまもとは「いけない」と、画用紙を拾い上げようと屈む。
 片手に持つ盆を傾ける。すーっと盆の上をコーヒーカップが滑走し、ふちに当たると床をめがけて落下した。

 「!!!」

 南無三。閑花が描きあげた絵の上にコーヒーを一滴垂らしてしまった。僅かカップに残っていたコーヒー。
 無残にも茶色い液体は握りこぶし大の『点』というには大きすぎるしみを作り、あまもとの後悔を残した。

 「ど、どうしましょう。マスター」
 「……どうにもならんねえ」
 「ですか」

 お手洗いの扉が開く音がすると、迷わずにあまもとは汚れた画用紙をカウンターに隠す。
 下唇をぐっとかみ締め、おかっぱの黒髪少女が目の前を駆け抜けると冷や汗が一筋。

 「あの……おきゃ」
 「さあ!これから帰って駄菓子を調達するぞー!マスターお勘定です!」

 席に着くや否や閑花はテーブルの上の画用紙とお絵かきセットをまとめて帰り支度を始めた。
 あまもとが口を挟む余裕すらない。マスターの方から声をかけようとしても、恋する乙女はまっしぐら。
先輩と後輩が描かれた紙芝居を抱えて、後鬼閑花は茶々森堂を後にした。一枚足りないことに気づかずに。

   #

 「先輩は女の子を『後輩ちゃん』と名づけて大切に育てました。後輩ちゃんは素直でとてもよい子でした」
 「素直なところだけは認める、よい子かどうかは知らんがな」
 「月のように美しく、物静かな後輩ちゃんは、誰からも好かれる美しい娘になりました」

 先崎は飴玉を口の中で転がして、奥歯でガリっと割った。

 「ただ、後輩ちゃんは夜を迎えると物悲しそうに月を眺めているのでした。……せつないです」
 「ちょっと待て。無駄にクオリティ高い!」
 「そして、満月の夜。後輩ちゃんは先輩さんにこう告げました」
 「嫌な予感」
 「本当はわたしは月に住んでいた者です。ある罪で地上に暮らすことになりまして、先輩さんと過ごすことになったのです。
  とても感謝しています。でも、帰らなければなりません。罪が許されたからです……」

 急にシリアスな語りに入った閑花に気を許していると、後輩ワールドに飲み込まれそうになる。
 細かく飴玉を砕きながら、先崎は突っ込まずに紙芝居の続きを待った。

 「しかし、後輩ちゃんは……月を捨てる覚悟でした。咎人であったわたしを守ってくれた。そして、わたしの幸せを願ってくれた。
  月なんてどうでもいい。先輩さんとずっとずっと……この地上で暮らしてゆきたい……。間違ってますか、わたし」

 先崎は飴玉の欠片がのどに詰まりそうになり、咳き込んだ。

 「そして、後輩ちゃんと先輩さんは末永くいっしょにくら……し。あれ?」
 「ん?どうした」
 「ないないないないないないない!!!」
 「ないないって?どうしたんだ?説明してくれよ」
 「ラストの一枚がないっ」

 ラストの一枚は茶々森堂にある。

 はらりと落とした画用紙こそ、あまもとが汚した一枚こそがラストシーンだった。

 「しかし、よく描けてるなあ。先崎くんだよね、この老人は」

 ラストの一枚を手にしているのは茶々森堂のマスターだ。感心した顔で一枚の絵に陶酔する。
 出来るだけしみを落とした画用紙をカウンターに置いて乾かし、オーナーとあまもとはにまにまと眺めていた。
 幸せそうに寄り添う先崎と閑花の絵が茶色く染まっていた。


    おしまい。



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