星が瞬き、満月が優しく辺りを照らす晩から、物語は始まる。
(クソったれ!)
一向に血の止まらない脇腹を必死で手でおさえ、“不可視の力”で空をかけながら少女は1人毒づく。
油断していなかったと言えば嘘になる。
少女たちと奴らの長い長い戦いに終止符が打たれて、6年。
あれからは大きな戦いらしい戦いもなく、少女はあてもなく放浪の旅を続けていた。
今回のことを知ったのは偶然だった。
たまたま日本に立ち寄ったときに聞いた、風の噂。
少女の“家族”が住むこの街で、化け物が現れたと言う噂。
ほんの軽い気持ちだった。
どうせ何かの間違いだろうし、もしそれが“同族”だったとしても自分ならばどうとでもなる。
そう判断して、ここ2~3日夜の食事ついでに見回りをしていたのだが…
(ドクターアラキ…なんであいつが生きてんのよ!?)
出会ったのは“同族”の中でも最強最悪の力を持ち…かつて少女たちが倒したはずの男だった。
(あ、もう…だめ…)
少女の高度が緩やかに落ち、地面に墜落する。血を失ったことで、少女の力も衰えているのだ。
(なんでこの程度の傷が治んないのよ…)
うずくまり、痛みにうめき声をあげながら、少女は考える。
本来ならば、少女にとってこの程度、傷のうちにも入らない。
かつて、マシンガンの弾丸を数百発受けて、それを3秒で癒したという彼女ならば。
だが、運悪く再会したドクターアラキから受けた傷
…手から唐突に表れた漆黒の球体から受けた傷は、彼女の基準からすると異常に治りが悪かった。
(マジでやばいわ…)
少女には本能で悟る。このままだと、本気であの世いきの片道バスに途中下車不可で乗ってしまう。
それを防ぐには…十分な“食事”が必要だ。
少女は辺りを見渡す。だが、いかんせん深夜の住宅街、彼女の“食事”の姿は見えない。
(この際贅沢は言ってらんないわね…)
残業帰りのサラリーマンかOL。そのあたりで妥協するしかないだろう。
そもそも普通に探しても少女の“食事”が見つかることは珍しいのだ。
少女の好みにぴったりの“食事”がそうそうこんなところを歩いているはずが…
「君、怪我をしているじゃないか!?大丈夫かい!?」
一向に血の止まらない脇腹を必死で手でおさえ、“不可視の力”で空をかけながら少女は1人毒づく。
油断していなかったと言えば嘘になる。
少女たちと奴らの長い長い戦いに終止符が打たれて、6年。
あれからは大きな戦いらしい戦いもなく、少女はあてもなく放浪の旅を続けていた。
今回のことを知ったのは偶然だった。
たまたま日本に立ち寄ったときに聞いた、風の噂。
少女の“家族”が住むこの街で、化け物が現れたと言う噂。
ほんの軽い気持ちだった。
どうせ何かの間違いだろうし、もしそれが“同族”だったとしても自分ならばどうとでもなる。
そう判断して、ここ2~3日夜の食事ついでに見回りをしていたのだが…
(ドクターアラキ…なんであいつが生きてんのよ!?)
出会ったのは“同族”の中でも最強最悪の力を持ち…かつて少女たちが倒したはずの男だった。
(あ、もう…だめ…)
少女の高度が緩やかに落ち、地面に墜落する。血を失ったことで、少女の力も衰えているのだ。
(なんでこの程度の傷が治んないのよ…)
うずくまり、痛みにうめき声をあげながら、少女は考える。
本来ならば、少女にとってこの程度、傷のうちにも入らない。
かつて、マシンガンの弾丸を数百発受けて、それを3秒で癒したという彼女ならば。
だが、運悪く再会したドクターアラキから受けた傷
…手から唐突に表れた漆黒の球体から受けた傷は、彼女の基準からすると異常に治りが悪かった。
(マジでやばいわ…)
少女には本能で悟る。このままだと、本気であの世いきの片道バスに途中下車不可で乗ってしまう。
それを防ぐには…十分な“食事”が必要だ。
少女は辺りを見渡す。だが、いかんせん深夜の住宅街、彼女の“食事”の姿は見えない。
(この際贅沢は言ってらんないわね…)
残業帰りのサラリーマンかOL。そのあたりで妥協するしかないだろう。
そもそも普通に探しても少女の“食事”が見つかることは珍しいのだ。
少女の好みにぴったりの“食事”がそうそうこんなところを歩いているはずが…
「君、怪我をしているじゃないか!?大丈夫かい!?」
あった。
少女は0.1秒で決定した。今夜のディナーのメニューを。
もちろん内容は目の前の、眼鏡をかけた“美少年”だ。
もちろん内容は目の前の、眼鏡をかけた“美少年”だ。
*
一方の少年は驚きながらも彼女へと近づく。
手分けして夜の見回りを初めた初日でいきなり出くわした、怪我をした少女。
“事件”の手がかりになるかもしれないし、何よりどう見ても危険な状態の彼女を見捨てるわけにはいかない。
「た、たすけてほしいでしゅ…」
少女が年相応の舌ったらずの声で少年に懇願する。
「もう、大丈夫だよ。僕が来たからには、ね」
安心させるように少女に声をかけながら、少年は少女にゆっくりと近づいて行く。
見た限りだと、腹の傷からの失血が酷い。すぐに傷をふさぐ必要がある。
仲間への連絡はとりあえず後回しだ。
そして、少年はその少女を抱き起こす。
「い、いたいでしゅ…もっとやさしく…」
「ああ、ごめん…」
痛みに抗議の声を上げる少女に謝りながら、少年は少女を改めて見る。
黄色いリボンで持って2つに結われた赤い髪。
少し釣り上った目も、髪と同じく赤みがかっている。
つくりからすると、少年と同じ北欧系の出身なのか、よく整った青白い顔はまるで天使のよう。
ピンク色のスカートとあわせられた、胸元に赤いリボンをあしらったクリーム色の上着は、今は少女自身の血でどす黒く汚れている。
そして、彼女の格好を少し奇妙なものにしている、髪と同じ色の大きい赤いマント。
普通の人間ならばこんな時間に1人でいることも含めて、不思議に思うところだが、あいにくと少年はこの手の服は見慣れており、疑問には思わない。
「ちょっとだけ、我慢して」
そう、少年は声をかけて、ゆっくりと詠唱を開始する。
「…《キュアウォーター》」
少年の手から水があふれ、少女の傷に降りかかる。
その水が少女の体に吸い込まれる。そして、それと同時に少女の傷が驚くべきスピードで塞がっていく。
「よし…これでとりあえずは大じょう…ぶっ!?」
治療魔法が無事発動し、にこやかに少女に笑いかけようとした瞬間、少年は押し倒された。
ついさっきまで抱きかかえていた、少女に。
「ごめんなさい。今、アタシが生き残るには、どうしても必要なのよ」
先ほどまでの舌ったらずの言葉とは違った、大人びた口調で少女は少年に語りかけ、笑みを浮かべる。
その可憐な唇からのぞくのは…白く、尖った犬歯。
「なっ…君は、吸血鬼なのか!?」
圧倒的な力で抑えつけられながらも少年は少女の正体に気づく。
「正解。だったらアタシが何をしたいかも、分かるでしょ?」
そう言うと少女は少年の白い首筋に牙を突き立てる。
喉を鳴らして、血液を嚥下する。
(何これ…すっごくおいしい!)
少年の血は今まで飲んだ中でも最高の味だった。
普通の血とは違う、強力な“何か”が込められているのを感じる。
若く、生命力に満ちたその血を取り込んだ身体に力と“何か”がみなぎって行く。
その感覚に、少女は震えた。
「…ぷはっ!」
いつもの倍は吸ったところで、少女は牙を抜き、食事を終える。
(おいしかったわ。しばらくは彼から血を貰おうかし…ら…)
完全に傷が塞がった安堵と満腹したせいか、眠気が襲ってくる。
少女は目の前の少年を見定める。普通の人間に見える。
少なくとも少女をどうこうできるような存在では無い。
少女はそう判断し、少年に言う。
「ごめんなさい…悪いんだけど、少し眠るわ。適当に太陽に当たらないようにしてくれれば、それでいいから。
…変なことしたら、そのきれいな顔が無くなっちゃいましゅから、気をつけるんでしゅよ?」
少年にそう伝えると、少女は満足げに眠りにつく。可愛らしい寝息が聞こえてくる。
手分けして夜の見回りを初めた初日でいきなり出くわした、怪我をした少女。
“事件”の手がかりになるかもしれないし、何よりどう見ても危険な状態の彼女を見捨てるわけにはいかない。
「た、たすけてほしいでしゅ…」
少女が年相応の舌ったらずの声で少年に懇願する。
「もう、大丈夫だよ。僕が来たからには、ね」
安心させるように少女に声をかけながら、少年は少女にゆっくりと近づいて行く。
見た限りだと、腹の傷からの失血が酷い。すぐに傷をふさぐ必要がある。
仲間への連絡はとりあえず後回しだ。
そして、少年はその少女を抱き起こす。
「い、いたいでしゅ…もっとやさしく…」
「ああ、ごめん…」
痛みに抗議の声を上げる少女に謝りながら、少年は少女を改めて見る。
黄色いリボンで持って2つに結われた赤い髪。
少し釣り上った目も、髪と同じく赤みがかっている。
つくりからすると、少年と同じ北欧系の出身なのか、よく整った青白い顔はまるで天使のよう。
ピンク色のスカートとあわせられた、胸元に赤いリボンをあしらったクリーム色の上着は、今は少女自身の血でどす黒く汚れている。
そして、彼女の格好を少し奇妙なものにしている、髪と同じ色の大きい赤いマント。
普通の人間ならばこんな時間に1人でいることも含めて、不思議に思うところだが、あいにくと少年はこの手の服は見慣れており、疑問には思わない。
「ちょっとだけ、我慢して」
そう、少年は声をかけて、ゆっくりと詠唱を開始する。
「…《キュアウォーター》」
少年の手から水があふれ、少女の傷に降りかかる。
その水が少女の体に吸い込まれる。そして、それと同時に少女の傷が驚くべきスピードで塞がっていく。
「よし…これでとりあえずは大じょう…ぶっ!?」
治療魔法が無事発動し、にこやかに少女に笑いかけようとした瞬間、少年は押し倒された。
ついさっきまで抱きかかえていた、少女に。
「ごめんなさい。今、アタシが生き残るには、どうしても必要なのよ」
先ほどまでの舌ったらずの言葉とは違った、大人びた口調で少女は少年に語りかけ、笑みを浮かべる。
その可憐な唇からのぞくのは…白く、尖った犬歯。
「なっ…君は、吸血鬼なのか!?」
圧倒的な力で抑えつけられながらも少年は少女の正体に気づく。
「正解。だったらアタシが何をしたいかも、分かるでしょ?」
そう言うと少女は少年の白い首筋に牙を突き立てる。
喉を鳴らして、血液を嚥下する。
(何これ…すっごくおいしい!)
少年の血は今まで飲んだ中でも最高の味だった。
普通の血とは違う、強力な“何か”が込められているのを感じる。
若く、生命力に満ちたその血を取り込んだ身体に力と“何か”がみなぎって行く。
その感覚に、少女は震えた。
「…ぷはっ!」
いつもの倍は吸ったところで、少女は牙を抜き、食事を終える。
(おいしかったわ。しばらくは彼から血を貰おうかし…ら…)
完全に傷が塞がった安堵と満腹したせいか、眠気が襲ってくる。
少女は目の前の少年を見定める。普通の人間に見える。
少なくとも少女をどうこうできるような存在では無い。
少女はそう判断し、少年に言う。
「ごめんなさい…悪いんだけど、少し眠るわ。適当に太陽に当たらないようにしてくれれば、それでいいから。
…変なことしたら、そのきれいな顔が無くなっちゃいましゅから、気をつけるんでしゅよ?」
少年にそう伝えると、少女は満足げに眠りにつく。可愛らしい寝息が聞こえてくる。
「まいったな…」
1人残された少年は、そう呟くと立ち上がる。急激に血を失ったためか足もとが少しふらつく。
それを振り払うように頭を振ると、懐から携帯電話を取り出す。仲間に連絡を取るために。
「…ああ、いのり君。僕だ。静だ。実はちょっと困った事になったんで、すぐ来てくれないか?」
今回の事件のパートナーである魔物使いの少女に要件を伝える。
「…うん。実はね、吸血鬼に会ったんだ。いや、僕にも理由は分からないんだけどね。
とりあえず、アパートまで運んで、事情を聴こうと思う。
運ぶのを手伝ってくれないか?…僕一人じゃ無理だよ。ああ、じゃあ頼んだよ」
そして電話を切り、溜息をつく。
「やれやれ…この“世界”には“ウィザード”はいないって話だったはずなんだけどね…」
そう、少年が呟いた。
1人残された少年は、そう呟くと立ち上がる。急激に血を失ったためか足もとが少しふらつく。
それを振り払うように頭を振ると、懐から携帯電話を取り出す。仲間に連絡を取るために。
「…ああ、いのり君。僕だ。静だ。実はちょっと困った事になったんで、すぐ来てくれないか?」
今回の事件のパートナーである魔物使いの少女に要件を伝える。
「…うん。実はね、吸血鬼に会ったんだ。いや、僕にも理由は分からないんだけどね。
とりあえず、アパートまで運んで、事情を聴こうと思う。
運ぶのを手伝ってくれないか?…僕一人じゃ無理だよ。ああ、じゃあ頼んだよ」
そして電話を切り、溜息をつく。
「やれやれ…この“世界”には“ウィザード”はいないって話だったはずなんだけどね…」
そう、少年が呟いた。
かくして、満月の照り輝くその晩、魔術師の少年と吸血鬼の少女は、初めての邂逅を果たした。
*
―――話は3時間ほどさかのぼる
トンネルを抜けると、異世界だった。
「異世界…ねえ」
窓の外に広がる田園風景を眺めながら、要いのりは呟く。
「どう見ても日本にしか見えないんだけど、気のせい?」
「ははは。もっとファンタジーな場所でも想像してたのかい?」
いのりの言葉に笑って返す少年の名は静=ヴァンスタイン。
魔術師の名門、ヴァンスタイン一族の1人にして歴戦のウィザードである。
「いやまあ、それは聞いてたとおりだけど…あんまり異世界っぽくないって言うか…」
辺りを見回す。電車の中には学校帰りの高校生、中学生がちらほらと乗っている。
彼ら全てが実は異世界人ですと言われても、正直、困る。
「それは、僕もだ。だが、確かにここは異世界さ。魔力の差で分かる」
異世界と行っても、そこはある一点を除いてファー・ジ・アースとほとんど変わらない。
地理、言語、文化…そのほとんどが共通した、平行世界。
この世界の存在を、ファー・ジ・アース側が認識したのはごく最近だった。
「異世界…ねえ」
窓の外に広がる田園風景を眺めながら、要いのりは呟く。
「どう見ても日本にしか見えないんだけど、気のせい?」
「ははは。もっとファンタジーな場所でも想像してたのかい?」
いのりの言葉に笑って返す少年の名は静=ヴァンスタイン。
魔術師の名門、ヴァンスタイン一族の1人にして歴戦のウィザードである。
「いやまあ、それは聞いてたとおりだけど…あんまり異世界っぽくないって言うか…」
辺りを見回す。電車の中には学校帰りの高校生、中学生がちらほらと乗っている。
彼ら全てが実は異世界人ですと言われても、正直、困る。
「それは、僕もだ。だが、確かにここは異世界さ。魔力の差で分かる」
異世界と行っても、そこはある一点を除いてファー・ジ・アースとほとんど変わらない。
地理、言語、文化…そのほとんどが共通した、平行世界。
この世界の存在を、ファー・ジ・アース側が認識したのはごく最近だった。
JR長野駅に、毎月4のつく日、午後4:44分ジャストにアナウンス無しで下り電車がやってくる。
それに乗ると異世界に連れて行かれる。
それに乗ると異世界に連れて行かれる。
全国各地で聞かれるような、他愛もない都市伝説。問題は、それが事実だと言うこと。
ここ半年の世界結界の弱体は、そんな都市伝説をも許容してしまう。噂が本当になってしまったのだ。
そんな風にポンポン開いた、異世界へ至る扉。それの調査が行われるようになって、大分経つ。
「んでこの先の…」
「JR飯波駅。僕らの世界には存在しない駅だけど、そこで、降りることになる」
「でも、本当なの?この世界が、エミュレイターの侵略を受けてるって」
窓の外は相も変わらずのどか~な風景が延々と続いている。平和そのものだ。
どう見ても、物騒な事件その他が起こっているようには見えない。
「う~ん。詳しいことは分からないけど、この世界に向かった調査隊が、この街で消息を絶ったのは確かだ。
消息を立つ直前、月匣の発生の報告を残してね」
いのりの疑問に、静は答える。
「だからこそ、更なる調査及び原因の究明のためにマユリさんから僕に依頼が来たってわけさ」
「でも、だからってあたしたち2人じゃちょっときつくない?この世界って確か…」
「ああ、ウィザードはいない。世界結界そのものが無い世界だからね」
それが、この世界とファー・ジ・アースの唯一にして、最大の違いだった。
この世界では、“常識”によって“非常識”をはじき出す世界結界が存在しない。
そのため、イノセントが非常識を目にしても“壊れない”代わりに、非常識の存在の力が弱まることも無い。
もし、この世界にエミュレイターがいると言うのなら、それは普段戦うそれより強いものになるだろう。
「まあ、ウィザードも人手不足だからねえ」
ファー・ジ・アースの世界結界の弱体から半年、世界はまだまだ混乱に包まれている。
「色々申請してはみたんだけど、任務用に魔法と魔術師一人じゃなんかあったら死ぬからって言って前衛1人分の手配してもらうのが精一杯だったよ」
「そう、問題はそれよ!」
静の言葉に、いのりはビシッと指を突き付けて、言う。思い出すのは昨日のこと。
静に頼まれて出かけることになった。1ヶ月くらい帰ってこないと言った時の、双子の姉の表情。それは、一言で言えば…
ここ半年の世界結界の弱体は、そんな都市伝説をも許容してしまう。噂が本当になってしまったのだ。
そんな風にポンポン開いた、異世界へ至る扉。それの調査が行われるようになって、大分経つ。
「んでこの先の…」
「JR飯波駅。僕らの世界には存在しない駅だけど、そこで、降りることになる」
「でも、本当なの?この世界が、エミュレイターの侵略を受けてるって」
窓の外は相も変わらずのどか~な風景が延々と続いている。平和そのものだ。
どう見ても、物騒な事件その他が起こっているようには見えない。
「う~ん。詳しいことは分からないけど、この世界に向かった調査隊が、この街で消息を絶ったのは確かだ。
消息を立つ直前、月匣の発生の報告を残してね」
いのりの疑問に、静は答える。
「だからこそ、更なる調査及び原因の究明のためにマユリさんから僕に依頼が来たってわけさ」
「でも、だからってあたしたち2人じゃちょっときつくない?この世界って確か…」
「ああ、ウィザードはいない。世界結界そのものが無い世界だからね」
それが、この世界とファー・ジ・アースの唯一にして、最大の違いだった。
この世界では、“常識”によって“非常識”をはじき出す世界結界が存在しない。
そのため、イノセントが非常識を目にしても“壊れない”代わりに、非常識の存在の力が弱まることも無い。
もし、この世界にエミュレイターがいると言うのなら、それは普段戦うそれより強いものになるだろう。
「まあ、ウィザードも人手不足だからねえ」
ファー・ジ・アースの世界結界の弱体から半年、世界はまだまだ混乱に包まれている。
「色々申請してはみたんだけど、任務用に魔法と魔術師一人じゃなんかあったら死ぬからって言って前衛1人分の手配してもらうのが精一杯だったよ」
「そう、問題はそれよ!」
静の言葉に、いのりはビシッと指を突き付けて、言う。思い出すのは昨日のこと。
静に頼まれて出かけることになった。1ヶ月くらい帰ってこないと言った時の、双子の姉の表情。それは、一言で言えば…
邪魔者が、いなくなった
今頃、あの姉は口うるさい妹がいなくなったと、喜んでネットゲーム三昧だろう。
一応様子を時々見に行ってくれるように京介に頼んでは来たが…
「ってか前衛なら京介でもいいじゃん!」
あのダメ姉を1人で放置。いのりにとってあまりに危険な選択だった。いろんな意味で。
「う~ん。最初は京介君に頼もうかなと思ったんだけどね、この世界だと難しいみたいなんだ」
いのりの言葉に、静は困ったように言う。その言葉にいのりは不思議そうに聞き返した。
「どゆこと?」
「ほら、京介君は、勇者だろ?」
「それがどーしたのよ?」
静は彼女に説明する。
「勇者と言うのは、元々はエミュレイターに対抗するべく、世界結界が生み出したものだ。
だから、その力の源である世界結界のないこの世界ではその力が大きく制限されてしまうらしい。
一応ウィザードとしての力はつかえるけど、プラーナは普通のウィザード並にしか使えないだろうね」
静の言葉にいのりは一応納得する。莫大なプラーナのない勇者など、ただの壁にしかなるまい。あげの入って無いきつねうどんのようなものだ。
「…だったら、別のウィザードのつてをたどるとか、できなかったの?」
だが、それでも心が納得しない。いのりはさらに食い下がった。
「…」
「…」
「……」
「……」
しばしの沈黙。静は眼をそらし、外を見ながら、言う。
「せ…先生ハ、日本ニキテ、日ガ浅イデェス!ダカラ、任務ニツキアッテクレルヨーナ友ダチ、イマセェン……」
静の目元がきらりと光る。肩も震えているようだ。
「…だ、大丈夫。友達なんてすぐできるよ。だから、ファイト!」
いのりがポンと肩を叩く。うっかり地雷を踏んだことに気づいたのか、笑顔が引きつっていた。
一応様子を時々見に行ってくれるように京介に頼んでは来たが…
「ってか前衛なら京介でもいいじゃん!」
あのダメ姉を1人で放置。いのりにとってあまりに危険な選択だった。いろんな意味で。
「う~ん。最初は京介君に頼もうかなと思ったんだけどね、この世界だと難しいみたいなんだ」
いのりの言葉に、静は困ったように言う。その言葉にいのりは不思議そうに聞き返した。
「どゆこと?」
「ほら、京介君は、勇者だろ?」
「それがどーしたのよ?」
静は彼女に説明する。
「勇者と言うのは、元々はエミュレイターに対抗するべく、世界結界が生み出したものだ。
だから、その力の源である世界結界のないこの世界ではその力が大きく制限されてしまうらしい。
一応ウィザードとしての力はつかえるけど、プラーナは普通のウィザード並にしか使えないだろうね」
静の言葉にいのりは一応納得する。莫大なプラーナのない勇者など、ただの壁にしかなるまい。あげの入って無いきつねうどんのようなものだ。
「…だったら、別のウィザードのつてをたどるとか、できなかったの?」
だが、それでも心が納得しない。いのりはさらに食い下がった。
「…」
「…」
「……」
「……」
しばしの沈黙。静は眼をそらし、外を見ながら、言う。
「せ…先生ハ、日本ニキテ、日ガ浅イデェス!ダカラ、任務ニツキアッテクレルヨーナ友ダチ、イマセェン……」
静の目元がきらりと光る。肩も震えているようだ。
「…だ、大丈夫。友達なんてすぐできるよ。だから、ファイト!」
いのりがポンと肩を叩く。うっかり地雷を踏んだことに気づいたのか、笑顔が引きつっていた。
静=ヴァンスタインが来日してはや1年と半年、彼には、いまだに友達がいなかった。