ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第25話

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side 駒犬銀之介

「や、やっとついた…」
ぜぇはぁと肩で息をしながら銀之介はその扉の前に立っていた。スーパーの袋を抱えながら。
「た、大変だったね…」
けなげにも最後まで付き合った唐子が今までの道のりを思い出して遠い目をする。
「倉地先生…もしかして知ってたのかな?」
だったら教えてくれてもよかったのに。

『花丸家、東に300m』

駅の看板に書かれた、ひじょ~に分かりやすい指示を見つけたときには、まさかこうなるとは思っていなかった。
「父さんから、ちょっぴり変わってる人だとは聞いてたけど…」
そこは飯波市前原町マンション矢吹8階の一室。
これから、銀之介が居候としてお世話になる家だ。

「なんだお前飯波にいたのか。だったらちょうどいい。父さんの友達んとこで世話んなってこい。
お前ももう18だからな。そろそろ独り立ちしてもいい頃だ」
最初に銀一郎から話を聞いた時には驚いた。一人立ちできるようになるまでホームステイ。
父さんの友達って人もほぼ即断即決だったって言うから驚きだ。
「どんな人なんだろう…」
銀之介は初耳だった。飯波に父親の友達がいるなんて。もしかしたら最近知り合ったのかもしれないけど。
銀一郎の話ではかなり破天荒な人物らしい。会えば分かるって言って詳しくは教えてくれなかった。
「とにかく、ようやく辿り着いたんだから、会ってみようよ!」
唐子がこれまでのことを思い出して、言う。
大変だった2時間の道のりを。さんざん駆けずり回った揚句に駅に戻って来た時の脱力感を。
「そうだね…」
銀之介も気持ちは同じだ。このまま帰る気にもなれない。銀之介が頷き、呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン
「はぁい。どなた?」
中からえらい美人が出てきたことに2人は驚いた。
年のころは20代後半くらい。しかもどう見ても日本人じゃない。
「あら?それ…」
ぼ~ぜんと見ている2人の手に握られているものに女が気付いて考えこむ。
スーパーの袋。中身は…ネギに豆腐にシラタキ卵そして肉。
「それってまさか…ちょっと待っててね」
ちょっぴり同情した顔で奥へと戻る。
「辰太郎に言われてるの。こういうときは…」

花丸家には不文律の掟がある。
キリスト教徒っぽい人が来たら「うちは仏教なんです」と言い、
仏教徒っぽい人が来たら「うちはキリスト教なんです」と言う。
両方いっぺんにきたら「うちは神道なんです」と返す。
3ついっぺんだったら「うちはイスラム教なんです」と答え、
良く分からない宗教の人が来たら対抗して「うちはハナモモンガ教なんです」とよく分からない答えで追い返す。
…そして、すき焼きの材料を買ってやってきた相手には。

「これ使えって」
奥から取ってきた年季の入った小さなくす玉を割る。昔作ってはみたが、使うことなく封印されてきたそれを。

『ゴールインおめでとう!!!』

紙吹雪と共に出てきた垂れ幕が下がる。
飯波市前原町名物の久しぶりの達成者の2人は、それを見てうつろな目をして笑った。

 *

「ところで、一応確認しておきたいんだけど、あなたが今日からここに住むって言う…」
お茶を出しながら、女性は2人に確認をとる。
「はい。駒犬銀之介です。んでこっちが…」
「となりの飯波商店街に住んでる、七味唐子です。銀之介君のこと、よろしくお願いします」
「そう。あなたがやっぱり銀之介君なのね。はじめまして。私はクラレンス。辰太郎の妻です。よろしくお願いするわね」
そう言って女性…クラレンスはにっこりと微笑む。余裕と艶っぽさを含んだ、大人の女性の顔。
色っぽさと言う点では倉地にすら負けていない。
(…奇麗な人だな~)
(ザ・大人の女!って感じだよね。何食べたらこんな風になるんだろ?)
なんてなを考えながら出されたお茶を2人してすする。
「ところで…」
クラレンスが艶然と微笑みながら2人に尋ねた。
「もしかしてそちらの唐子さんは銀之介君のいいひとなのかしら?」

2人して同時にお茶を噴いた。

「えっといやその…」
「ああいえそれはその…」
2人してしどろもどろになったあと、こくんと頷く。
「…はい。唐子は…僕の大切な人です」
「銀之介君!?」
真っ赤な顔で、照れながらもはっきりと断言した銀之介に唐子は顔を真っ赤にして俯く。
今までだったら即否定していたかも知れない。
けれどもう否定はしない。昨日、あの戦いの前に決めたから。
これからは、唐子と一緒に歩んで行くんだって。

その様子を見てクラレンスは笑みの種類を変える。
「あなたたち、本当に仲がいいのね。ちょっとやけちゃう」
1人の大人の女性から、我が子を見る母親のような笑顔に。
クラレンスも辰太郎も知り合ったのは二人ともいい大人になってからの話だ。
そのせいか、息子夫婦のような若い男女の甘酸っぱい思い出みたいなものってのは無い。
どっちかってえと酸いも甘いも噛分けた、18歳未満お断りな大人の関係なのだ。
「でも…そういう風に言ってくれる男の子がいるのは、嬉しいわよね」
だけど、クラレンスは思い出した。800年の人生で一番うれしかった思い出。
「これからも、お幸せにね」
吸血鬼でも関係ないと言ってくれた男が現れたときの思い出を。

 *

今日の花丸家の晩御飯は、すき焼きだった。どうやら今日銀之介が来るため、準備していたらしい。
唐子も一緒だ。メシはみんなで食った方がうまいからとは家の主の弁である。
「そうか!お前が銀一郎の息子の銀之介か!本当に銀一郎にそっくりなんだな!ま、飲め飲め。ほら唐子さんもどうだ…いてっ!?」
「こらこら。そう言うのはあと1年待ちなさい。この子たちはまだ未成年なのよ?」
その名は花丸辰太郎。この家の主であり、銀一郎の友人であり、魔王を倒した男の1人である(最後のは秘密だけど)
「なんだよ~いいじゃんか少し位。アイツは全然酒飲めなくなっててつまんないんだよ」
「ダ~メ。よそ様から預かってる子供なのよ?」
その魔王を倒した男の手綱を絶妙の力加減で取るクラレンスも手慣れたものだ。
伊達に6年もこの男の妻をやってない。
(なんて言うか…どこも一緒だなあ)
銀之介がその様子に父親と母親を思い出しながら見ていると。
「ねえねえ」
服の袖を引っ張られる。そこには、1人の小さな女の子。この家の長女、花丸花ちゃん(4歳)である。
「これ…見て」
「へえ~なんだい?」
銀之介は反射的にそちらを見る。
「それは…銀之介君!見ちゃダメ!」
一足先にそれを見た唐子の制止は、間に合わなかった。
花ちゃんは偉業を成し遂げた。
若干4歳にしてすき焼きには欠かせない卵を1人できれいに割ることに成功したのだ。
花ちゃんはその成果を誰かに見せたかった。そこで今日からここに住むって言う銀お兄ちゃんとそのお嫁さんならきっとほめてくれる。
(花ちゃんにとっては“お兄ちゃん”と一緒のお姉さんはみんなお嫁さんだ)
「…え”!?」
目の前につきだされた黄色いまんまるに濁音付きで銀之介は驚愕し、全身をぞわぞわが襲う。
満月は克服したし、好きな時に変身できるようにはなった。
だけど、卵は別だ。これだけはいまだにどうしようもなかった。
そんなわけで。
銀之介は花丸家初日にして銀色の狼へと変身した。

突如目の前で狼人間に変身した銀之介。だが、それを見ても花丸家の人々は驚かなかった。
「わあ。銀お兄ちゃんすご~い!」
花ちゃんがパチパチと手を叩く。びっくりしたりはしない。
“お兄ちゃん”が花ちゃんには出来ないようなすごいことができるのは当たり前だから。
「お~お~。変身した後の姿も銀一郎そっくりなんだな!流石は親子!」
辰太郎も毛ほども気にしていない。って言うか知ってた。銀一郎がそうじゃなかったら多分今頃生きてなかった。
共に戦った戦友の息子なのだ。どの道そんなちっちゃいことは気にする必要も無い。
「その姿…ああ、あなたが銀之介君だったのね!」
クラレンスが何かに気づいてポンと手をうつ。名前を聞いた時から気にはなっていた。どっかで聞いた名前だと。
どこで聞いたのかは思い出せなかったが、つい最近その名前が出て来たのは覚えていたのだ。
「サファイアが言ってた子よね?あの子とは会った?」

「「えっ!?」」
何気ないクラレンスの言葉に2人して驚く。
「クラレンスさん…サフィーちゃんのこと知ってるんですか!?」
「あら?あの子から聞いて無いの?知ってるも何も」
唐子の問いにクラレンスはむしろ意外そうに答えようとする。そのときだった。
ガラッ
誰もいないはずの部屋の窓が開く音がする。
「「ただいまー」」
同時に聞こえてくる、若い男女の声。
「あ!森お兄ちゃんとジルお姉ちゃんだ!」
その声に花ちゃんが嬉しそうに言う。
「おう。タイミングいいな。いつ帰ってくるか分かんねえからそのうち紹介しようと思ってたんだ」
ベストなタイミングに辰太郎もご満悦だ。
「うちの愚息と、その嫁さん。普段はあっちこっち旅してて帰ってこねえんだが」
ガチャッと。
扉が開いて2人の男女が入って来て…見慣れない狼人間に固まった。

後に、銀之介は語る。
「世間って、意外にせまい」と。

side 倉地香+1

「要いのりさん…はもういないのよね」
いつもの習慣で名前を呼んでから気づいた。要いのりが既に帰ったことを。
「今日は教室が妙に静かだと思ったら…」
ちょっぴりさびしく感じる。
この1ヶ月、やたらとうるさかった少女がいなくなったためか、教室は静かだ。
「あれ…?」
と、そこで倉地は違和感を感じた。いのりがいない分静かなのは分かる。
だけど、他にも誰か足りないような…そんな気がする。
「一体、誰だったかしら…」
そう、考え込んでいると。
「すいませ~ん!」
ガラッと。
ドアが開いてその少女がやってくる。
「ちょっと作りなおしに手間が…じゃなくて、寝坊しました!」
「ああ…」
教室に飛び込んできた少女を見て、倉地は思い出した。
1年2組には、もう1人小うるさいのがいたってことを。
「珍しいわね。ミニ三石ちゃんが遅刻ギリギリなんて」
色々と取材だのなんだのであちこちを駆けまわってはいるものの、彼女は基本的には真面目に学校に来ている。
それだけに、遅刻寸前で現れるのは珍しかった。
「ま、いいわ。今日はまだあなたの名前を呼んでないから多めに見てあげる。さ、席につきなさい」

(いや~今回は危なかったわ。もう少しで裏界から出られんようになるところやった)
席に座り、再び再開されたホームルームをぼんやり見ながら少女は考える。
滅ぼされてしまった以上、今までの身体はもう使えない。
1からの作り直しには結構な手間と労力、そして膨大なプラーナが必要だ。
今回の計画で落し子を量産したり世界を繋げようとしたりしたお陰でそれだけのプラーナは残っていなかった。
にも関わらず少女が舞い戻ってこれたのは…
(アニー様々やな)
自らにプラーナを提供してくれた、裏界の公爵の1人を思い出す。
何かと情報を集めることの多い彼女は少女にとっての“お得意様”である。
今迄にも様々な情報の対価としてプラーナをよこしてきたことが何回かあった。
(にしても…最近アニーはんにプラーナ貰えるような情報あたえたやろか?それも写し身作り直せるほどの奴)
少女は考え込む。新しいことを教える代わりに教えたらすっぱり忘れる主義の少女はすっかり忘れていた。
使い終わっていらなくなった異世界の魔術書を、一番欲しがりそうな奴に渡していたことなど。
(ま、ええわ。うちは取材さえできればええし。ちゅうてもこの身体じゃ無理はでけんけどな)
流石にどこぞの蠅の女王のように前と同じと言うわけにはいかない。
世界結界が無いこの世界でなら駆け出しのウィザードと同程度には戦えるくらい。
それが今の少女のまごうことなき実力だ。
(ま、とりあえずはまた色々この世界の取材しながら…)
東京近郊の忍者一族。神奈川県の宇宙人集団。遊園地で突如消えた中学生のカップル。面白いネタはまだまだある。
どこから取材しようか。なんてなことを考えながら…
(また、世界狙ってみんのもわるないかも知れんな…)
三石春美の姿をした魔王、ファルファルロウは薄く笑った。

side 要いのり

「やっとついた~」
特別快速ノンストップでも3時間。静といのりの2人はようやく戻ってきた。
静はこれから魔術協会に行って事件の報告書を提出すると言ってそのまま姿を消し、いのりだけ先に帰ることになった。
「うわあ…すっごく久し振り」
チラシを配るメイドさん、あちこちを歩き回る“いかにも”な男たち。ヘリで拉致られている柊蓮司。
それらを見ながら、要いのりは改めて実感する。帰って来たのだと。
そんな風に妙に懐かしく感じながら見て回っていると、声をかけられる。
「お~い、いのり~」
「あ、京介!?どうしてここに!?」
突然の再会にいのりは驚いた。
とりあえず家を片付けたら会いに行こうとは思ってたが、まさかいきなり会うとは思っていなかったのだ。
「ああ、せんせいが連絡くれたんだよ。いのりが帰ってくるから迎えに行って欲しいって」
「そっかあ…」
静の心使いに感謝。
「そういえば、お姉ちゃんは?」
何気なく聞いただけだったが、何故か京介は目をそらし、言った。
「いや、あのな…」
ものすご~く言いにくい。
静はもちろんねがいにも同じ内容の電話をしてはいた。だが、ねがいは。
「ジニ―さんらとダンジョン潜ってくるって。なんか時間制限付きでレアモンスがどうとか言ってたぞ」
ネットゲームを優先させた。
「…まったく、お姉ちゃんは」
相変わらずすぎる姉に苦笑しながらも、いのりはちょこっと感謝する。
「とにかく、お帰り。いのり」
「うん!ただいま!」
久しぶりの再会を2人だけで迎えられたことに。

ところで。
「…あれ?」
京介にただいまを言った後、いのりはふと違和感を覚えた。
京介の首筋に、絆創膏が張ってあった。
「それ、どうしたの?」
「え?ああ、これか?」
ちょっとだけバツが悪そうに、京介が答える。
「実はついさっき、吸血鬼に襲われたんだ」
いきなりだったのと姿に惑わされ、抵抗らしい抵抗もできなかったと、ちょっとだけ悔しそうに言う。
幸い吸われた量も大したことはなく、傷もすぐに治ると言われたので、そのまま来たのだ。
「いのりも気をつけろよ」
「え!?ああ、うんそうだね!」
いのりはたら~りと汗を流しながら、それを誤魔化すように笑う。
そ~ゆ~ことをやりそうな人物に心当たりがあるとか言えない。
っていうか彼女がこの街にいるわけが無いじゃないか。異世界出身なんだし。
そう結論し、いのりは忘れることにした。多分、ぐ~ぜんだって。

…彼女はまだ知らない。それが後に多くの“女性”ウィザードにとっての大事件の幕開けとであったことを。

その事件の解決は、1週間後。ある男と犯人の出会いまでかかることになる。
その男の名は…


飯波市から秋葉原へと舞い戻りはや1週間。
様々な処理も終わり、輝明学園の教師としての平穏な暮らしが戻って来た。
慌ただしくも充実した、いつもの日々。
今日もいつもの授業を終えた夜、静は輝明学園で用意された教員用アパートで物思いにふけっていた。
考えることはただひとつ。
(サフィーちゃんは、元気にしてるかな…)
共に戦った、吸血鬼の少女のこと。
「…あんなに急いでいなくならなくてもいいのに」
静がため息をつく。
結局お別れの言葉もろくに言えなかった。
「簡単に行き来できる場所じゃあ無いのになあ…」
何しろ異世界である。
任務を受けて、ならともかくちょっと観光で行くってわけにも行かない場所なのだ。
ついでに、そうそう任務が回ってくるとも思えない。静の引き受ける任務の量はそんなに多くは無い。
どこぞの下がる男じゃあないのだ。
そんなわけで向うの世界の心残りに静がため息をついたそのときだった。

「…ん?なんだろ、あれ?」
静がふと気づく。何かが、こちらに向かっている。
「鳥ってわけじゃあ…なさそうだな」
そう呟くと、静の身体が自然と動く。
ガラスが割れないように窓を開け、窓から離れる。
同時に魔法を準備。これから突入してくるであろう侵入者に備える。
「さて、一体何者なのか…」
魔装を起動させ、準備。いつでも撃てるようにしておく。
そして…

ドッカァァァァン

「いったああああああああい」
それが壁に激突したのを確認し、魔法を放とうとして、静は気づいた。
飛び込んで来たのは、1人の少女だった。紅い髪が印象的な小さな少女。
それは間違いなく…
「サフィーちゃん!?」
「その声は…シズク!?」
侵入者の方も気づいた。それが、自分の見知った少年であることに。
「それで、なんだってサフィーちゃんがファー・ジ・アースにいるんだい?」
「あら言ったじゃない。旅に出るって。アタシは、その場所がどことか言った覚えはないけど?」
いけしゃあしゃあとサフィーは言い切る。
「しばらくはこの街で過ごそうかと思って、放浪してたんだけど…面倒くさいことになってね」
「面倒くさいこと?一体、何があったんだい」
サフィーの顔がマジになったのを見て、静も真面目な顔で問い返す。
サフィーは頷いて、ただ一言、答えた。
「追われてんのよ」
追われてる。穏やかじゃない表現に真剣な顔で静は聞き返す。
「一体…何に?」
だが、次のサフィーの言葉で静は思いっきりずっこけた。
「腕が変形する女と、メイド服着た魔術師と、なんか変な弓持った神社にいそうな娘…あたり」
シリアスな空気が台無しだ。
痛み出した頭を抱えながら、静がたずねる。
静の割と優秀な頭は事情を大体察したけど、聞かずにはいられなかった。
「…一応聞きたいんだけど…サフィー、何やったんだい?」
返答は無し。2人の間になんとも痛い沈黙が訪れる。
「…」
「…」
ず~っと黙ってても話が進まない。仕方なしにサフィーが口にする。
「…献血程度に?」
「なんだってそんな物騒な奴の男にばっかり手を出してるんだ君は!?」
今日も今日とて、静の突っ込みは冴えわたっていた。
「しょ~がないでしょ。ウィザードの血の方がおいしいんだもの」
実のところご本人たちはそんなに気にしていない。基本お人好しばっかりだし、大した量でもなかったから。
だが、その相方たちは恋人たちの血を吸われて、黙ってられるほど、人間できちゃいなかったのだ。
「だからってウィザードばっかり」
揉めるに決まってんだろとばかりに静が抗議をしようとした、そのときだった。

ドンッ!

サフィーがとっさに動いたその瞬間、さっきまでサフィーの立っていた場所に穴が開く。
なにやらどっかで見たような穴だ。具体的には…何かを撃ちこまれたような穴。
「…ところで今は?」
いや~な予感を感じて尋ねた静に、サフィーが頷いて答える。
「ああ、あいつが一番ヤバいわね」
世界って広い。自分をあそこまで追いつめられる人間が存在するってのには驚いた。
流石はあの魔王みたいな連中とガチで戦ってきた連中じゃないってことだろうか。
「見た目は普通の人間の癖になんなのあの強さは。大体空を飛べる銃って何なのよ」
サフィーの言葉に色々と、心当たりのあった静が恐る恐る尋ねた。
「まさか…それって紅い髪の女の子だったりする?」
「あれ?知ってんの?」
大当たりだった。
「よりによって一番危険な奴じゃないか!強化人間だから冗談とか通じないんだよ!?」
静の声が思わず裏返る。彼は知っていた。
それが世界を数多くの救ったウィザードの中でもトップクラスの実力を誇る、絶滅社の最終兵器だってことを。

「とりあえず、マユリさんに連絡を取って」
100%自業自得ではあるが見捨てるわけにもいかない。
確か知り合いの魔術師が友人だったはずなどと思いながら0-Phoneを取り出す。
「あー、それなんだけど…」
もう1発、弾丸が部屋に叩き込まれるのをぎりぎりでかわす。
後衛職だと即死してもおかしくない勢いの一撃である。
「…とりあえず、ここにいたらやばいと思うわよ?」
「…分かった。とりあえず、連絡が取れるまで、逃げ回ってくれ」
どうやら選択肢は無いようだった。

ちょっと離れたその場所に、その紅い髪の少女は立っていた。
…手に、巨大な箒を持って。
どうやら“ターゲット”は仲間と合流したらしい。ウィザードらしき男を抱えて飛び出してきた。
多分、いや絶対そいつも敵。
いつもの冷静さを欠いた少女はそう、結論づけた。
「待ってて、命…」
少女の脳裏に浮かぶのは、ただ一つ。
痛々しい傷を負った、最愛の少年の姿。
「…仇は、必ず取るから…」
死んでない死んでないって突っ込みは野暮ってもんである。

黄色い月が煌々と照らす夜の空の下を少年を抱いた少女が駆ける。
「やっぱりアタシにはこういうのの方があってるわね!」
時折飛んでくる弾丸をスレスレでかわしながら、サフィーは笑う。
やっぱりこの方が自分にはあってる。
殺される心配のない平和な世界は楽だけど…1人では退屈なのだ。
「…本気ですか?マユリさん。僕に面倒見ろって…」
サフィーに抱かれた静がマユリに連絡を取り、その話を告げられる。
異世界からの侵入者。普通ならば即刻排除か強制送還だが、今回は話が違う。
なにしろ偶然とは言えウィザード化した吸血鬼なのだ。
下手に向うの世界に返して同じような事件を起こされては困る。
そのためしばらくはウィザードの1人としてこちらで暮らしてもらう。
…なお、その際には保護者兼監督役として、彼女と関わりの深いウィザードをつける。
それが魔術協会の結論だった。
「…ああもう分りました。分かりましたよ。でないと灯ちゃんを止められないとか立派な脅迫ですよそれ」
溜息と共にその話にOKを出す。
「と、言うわけでサフィーちゃん…」
「聞こえてたわよ。やっぱりそうなったわね」
「やっぱりって…まさか」
サフィーのセリフに、静は気づく。サフィーの本当の狙いに。
「ま、アタシがこっちでなんかすればこうなるかなってね」
「計算ずくってわけか…」
どうやら自分は目の前の吸血鬼にはめられたらしい。
そう、確信した静が渋い顔をする。
だが、やられっぱなしじゃあ面白くない。そう考えた静がサフィーに告げる。
「分かった。だけど僕と暮らすのならば、約束してくれ」
「約束?」
サフィーが不思議そうに問い返す。

「ああ、そうだ。約束してくれ」
静が真面目な顔で言う。

「僕と暮らしている間は、僕の血は、吸わないって」

その言葉を聞いた瞬間、サフィーの心臓が跳ね上がる。
酷く懐かしい気持ちと酷く新鮮な気持ちが入り混じった、不思議な感覚。
「…いいわ!しばらくアンタの血は吸わないどいてあげる!」
それを隠すように努めて冷静に、だがいつもより力を込めてサフィーは即答した。

(僕の血を吸わないで、か…)
静の言葉に、サフィーはひそやかに決心を固める。
やっぱりこの子がいい。改めて、そう感じた。
(いいわ。アンタの血をアタシは吸わない)
サフィーたちの世界の吸血鬼の吸血には食事以外にもう1つの意味がある。
(ただし…)
それは10分間以上続く愛の証。
(…それはアンタがアタシの恋人になりたいって言うまでの話よ)
吸血鬼にとっては求愛行動とも言えるもの。
(絶対に振り向かせるから、覚悟しときなさいよ)
強い決意と共に力強く、生命力にあふれた笑みを浮かべた少女を。

明るい月が照らしていた。


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