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要いのりのクリスマス

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だれでも歓迎! 編集
作者 13-571◆1IXdmMAgHc
まほうせんせいと赤毛の悪魔も参照してください。

要いのりのクリスマス


12月24日 3:00PM


「はぁ~」
その日、要いのりは特に何をするでもなく、秋葉原の街をさまよっていた。
辺りの浮かれ具合とは対照的などんよりとした空気が辺りに漂っている。

「こうして3人で出かけるのも久しぶりね」
「最近仕事が立て込んでいてな…すまん。家のことは俺も手伝うと言う約束だったのにな」
「ううん。いいのよ。あなたが頑張っている姿、私、大好きだもの」
「…だけど、今日くらいは、一緒にいて欲しいな。3人で迎える、初めてのクリスマスなんだもの」
「ああ。もちろんだとも。例え世界が危機に瀕していたとしても今日はずっと一緒だ。どりぃ~む」
「もう、ちょっと大げさじゃない?でも、そうね。今日はずっと一緒よ。あ・な・た」

「ずいぶん買い込んだね。でも良かったのかい?ずっと貯めてた箒の拡張用資金、使っちゃって」
「え~のえ~の。こういうお祭りんときくらいぱ~っと使わんと。
 それにな、クリスマスってうちじゃやらんかったから、ちょっと憧れてたんよ」
「そっか。じゃあ、今日は盛大にお祝いしないとね」
「うん!どうせ明日から冬休みやし、お姉ちゃんも友達連れて来る言うとったからパ~ッとさわご!」

「…え~っとここで良いかな?すいませ~ん。クリスマス用ケーキ1つ下さい」
「は~い。3000円です…はい。確かに。ありがとうございました~」
「ふぅ、ケーキも買ったし、天明さんの所に行こうか…ん?どうしたんだ姫宮?」
「…ごめんね。昨日、ケーキは私が作るって言ってたのに」
「…い、いやほら、ケーキって初心者には難しいって言うから、失敗だってよくあることさ」
「…調理室ごと爆発するのも?」
「う…いや…それはその」
「ちゃんとレシピも灯さんに教わって、その通り作ったのに…何がダメだったのかな」
「まあほら、たまたま運が悪かったとか材料に問題が…ってちょっと待って。誰から教わったって?」
「灯さん。お料理、得意だって聞いたから。丁寧に教えてくれたんだよ。命さんって人に作っていくために、調べたって」
「…ごめん。多分原因それだ」

「ふぅ…さっきので8個目。ノルマ達成でバイト代アップまであと12個!頑張ろう!おー!」
「うむ。頑張るのは構わんが…なんでこんなバイトなぞやってるんだ?昔ならいざ知らず、今はウィザードの仕事で金もあるだろうに」
「いやいや冬休みと言う稼ぎ時をのんべんだらりと遊んで暮らすなんて、私にはもったいなくて出来ないよ!」
「そう言うものか」
「うん!だから、時雨も一緒に頑張ろ。店長さんがバイト終わったら売れ残ったケーキくれるって言ってたから、今年のクリスマスはちょっぴり豪華に送れるよ」
「豪華なクリスマスが売れ残りのケーキか…いや、お前と一緒に過ごせると言うだけでもこの上なく豪華なクリスマスだな」

街のあちこちから聞こえてくるカップルの甘い会話がいのりの心に冷たい隙間風になって吹きこむ。
「…ったく、そんなに浮かれてんじゃないわよ!クリスマスってのはもっとこう、殺伐としてるべきなの!
 いつ異世界からやってきたマスクメンに殴りかかられてもしょうがない!ってくらいに!」
勢いに任せて適当なことを1人で言ってみて、余計に空しくなって落ち込む。
「…はぁ~」
思いっきり溜息。

『…ごめん。今日はちょっと用事があるの…京介君と一緒に』
『えっと、その、まあ、クリスマスだしな…っつーわけですまん』

終業式のあと、遊びに行こうと誘って言われた言葉が頭から離れない。
「ど~せ出かけたりしないと思って予定を確認しとかなかったあたしも悪いんだけどさ…」
きっと今頃、あの2人もこの街にあふれているカップルみたいに甘い一時を過ごしているんだろう。
「結局今年も1人かぁ…」
去年のクリスマスは最悪だった。3ヶ月前に死んだ(と思っていた)姉のこともあって祝う気にはなれず、死んだように過ごした。
その時のことまで思い出してしまい、思わず身震いして、それを誤魔化すようにいのりは不満をぶちまけた。

「大体お姉ちゃんは勝手過ぎるのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。いっつもパソコンばっかりやってて外でないし、家事は手伝わないし、そのくせご飯の注文は人一倍うるさいし…」
「なるほど~」
「あたしはお姉ちゃんのお母さんじゃないの。せめて自分のことくらいは自分でやって欲しいわ」
「あれ?でも9月にはお姉さんは1人で暮らしてたんじゃないんですか?」
「それがさ~1人にしたら少しはマシになるかと思ったけど、ダメダメだったわ。ご飯は全部コンビニのお弁当かインスタント。
 お掃除と洗濯はまったくしない。下着なんてサイズ同じだからって私のタンスに入ってるとっておきまで
 全部引っ張り出して着てたのよ?そこまでするならちゃんと洗濯しろっての」
「へえ…いのりさんもお姉ちゃんには苦労させられているんですね」
「そうそう。って“も”ってことは…ってあ~そう言えば部長かあ。お姉ちゃんって」
「はい。それともう1人、TV局で働いてるお姉ちゃんがいるんですけどこれがまた濃い人で。
 この前なんて『吸血鬼と狼男のダブルボケコンビなんて面白そうじゃないですか?』って言って駒犬先輩のところに勧誘に行ったんですよ」
「…うわあ。目に浮かぶわ。やっぱりそっちのお姉ちゃんもそっくりなの?」
「はい。普段はコンタクトでメガネかけてない分はあかぬけてますけど、そっくりですよ。たま~に三つ子に間違われたりしますし」
「そっくりだもんね~…ん?」
つらつらと世間話をしていてふと、いのりは気づいた。何かが、おかしい。
っていうか…ヤバい。
そんな直感を感じながら錆びついたドアの様にゆっくりと首を動かし、さっきまで話をしていた相手を確認する。
「どうしましたいのりさん?」
そこに立っていたのは予想通りの人物。明るい茶髪のおかっぱに、牛乳瓶の底のようなぐるぐるメガネ。
この辺じゃあ見ないデザインの緑色の制服を着た、その少女は…
「…春美ちゃん?」
「はい♪」
にっこりと笑顔で答える少女、三石春美を見て。
いのりは瞬間的にずざっと飛びすさる。
「ふぁ、ファイアーワーク…!」
「ストップストップ。大丈夫ですよ~」
反射的に自分の相棒である魔物を召喚しようとしたいのりに春美はひらひらと手を振って答える。
「…大丈夫?」
あくまでも余裕の態度を崩さない春美に、冷汗をかきながらいのりは問い返す。
三石春美。人間界に潜入する仮の姿として作り出しされた、かりそめの存在。
その真の姿は…

「今日は“告発者”ファルファルロウのお仕事はお休みですから」
裏界でも名の知れた、魔王の一柱である。
「…それで、なんでそのお休みしてる魔王が秋葉原にいるのよ?」
緊張感を保ったまま、いのりが春美に問う。
「ああ、今日は取材のために来たんです」
「取材?」
「はい。実はですね。今日、このあたりに魔王候補見習いの子が来てるらしいんですよ」
「魔王はともかく、候補見習いって…何それ?」
あまり聞きなれない言葉に思わず聞き返したいのりに、春美は懐から手帳を取り出して読み上げる。
「え~っと、なんでも異世界の出身で異世界の征服を狙ってるらしいんです。まあ今は色々あって封印されてるんですけどね。
 それで、裏界のとある公爵様がその子にその世界を征服したら裏界の魔王って公認するって言ってたって聞いたんで、
 折角だから色々聞こうかなって。いのりさん、知りませんか?ベアトリーチェって言う、黒い服着た小学生くらいの女の子なんですけど」
「いや、知らないけど」
「そうですか。う~ん何処に行ったのかなあ?」
いまだにいつでもファイアーワークスを呼び出せる体勢を保ったままのいのりの前でも、春美の態度は変わらない。
「まあいっか。見かけたら教えてくださいね。ケータイの番号は、変えてないんで」
少しだけ考えたあと、にこやかにいのりにそう言うと、春美は小走りで魔王候補見習いを探しに行ってしまう。
「…びっくりした~」
春美がいなくなったのを確認し、いのりは緊張から解き放たれて大きく息を吐く。
「最近はこの辺りも物騒だって聞いてたけど…」
まさか街中で普通に魔王と出会うとは思っていなかったし、彼女の話が本当なら今この街には他にも魔王(候補見習い)がいるらしいのだ。
ただでさえ最近は冥魔だのなんだのが暴れまわっていると言うのに。
「こう、身近でああいう事が起こると、実感するわマジで」
うんうんと頷きながら歩く。

ドンッ

「きゃ!?」
「っと、ごめんなさい!」
考え事をしながら歩いていたせいで、うっかり人にぶつかってしまい、いのりは反射的に謝る。
「ああ、大丈夫よ。気にしないで…あら?」
ぶつかったのはいのりとは一回り年の離れた大人の女性だった。白いコートと青い髪、目もとの泣きボクロが印象的な美女。
その女性はいのりの方を見て、不思議そうな顔をする。
「…あの、どうしました?あたしの顔に何かついてます?」
「う~ん。いえねよく似た知り合いがいるんだけど…あ、もしかしてあなたが要いのりさんかしら?」
「へ!?何で知ってるんですか!?」
見知らぬ女の人に、名前を言い当てられ、いのりは思わず問い返す。
「ああ、やっぱり。ねがいちゃんにそっくりだったから、すぐに分かったわ」
その問いにその女性は朗らかに笑って答えた。


04:00PM


「はじめまして。ジニー・マックスです。ジニーって呼んでね」
近くにあった喫茶店に入り、女性は気さくに自己紹介をする。
「あ、はい。こちらこそはじめまして。要いのりです」
それに答えるように自己紹介を返したいのりに、女性…ジニーは笑って答える。
「そんなにかしこまらなくてもいいわ。敬語もなし。じゃないと私も落ち着かないし」
「あ、はい分りました、じゃなくて分かった…えっと、それで何でジニーはお姉ちゃんのことを知ってるの?」
いのりの当然と言えば当然の疑問に、ジニーは相変わらずの笑顔で答える。
「ああ、私はねがいちゃんとパーティー組んでるギルメンなの。一応ギルマスなんだけど、正直知識じゃベアちゃんには敵わないし、
 レアアイテム収集じゃあアン様に勝てないから、そんなにえばれたものでもないんだけどね」
「…え~っと、ごめんなさい。さっぱり分かりません」
「え?あ、そう言えばいのりちゃんはやらないんだっけ。お姉さん、失敗しちゃった」
てへっとばかりに自分の頭を小突く。普通の大人の女性がやったら非常に痛々しいのだが、
ジニーから漂うほんわかした雰囲気のお陰か可愛らしい印象を与えていた。
「え~っと、分かりやすく言うと…ねがいちゃんがネットでやってるゲームの友達ってところかしら?」
いのりにも分かるように言いかえる。
「ネットでの…あ、そう言えばお姉ちゃんが『今日はジニーさんとネームド狩り行くからご飯のとき呼ばないで』とか
 言ってたのを聞いたことがあるような…あれってゲームの話だったんだ」
「そうそう。でまあ、それで前にねがいちゃんが双子の妹がいるって話してたのを思い出して、ああこの子だなって」
分かってもらえてよかったわ~と微笑みを浮かべたままジニーが言う。
「ま、そんなわけで改めてよろしくね。いのりちゃん」
「うん。よろしく」
つられていのりも笑顔で、答えた。

それから小一時間、いのりとジニーは楽しくおしゃべりをする。
「それでね。私もクリスマスにお祝いするって言うのは初めてだからせっかくだし盛大にしようかなって思ってベアちゃんと2人で来たんだけどはぐれちゃって困ってたのよ」
「ベアちゃん?」
「うん。お姉さんのコンビの突っ込みの方。多分この街のどこかにいるとは思うんだけど、
 お姉さんここには1回しか来たこと無いから、地理とかさっぱりでね。2人ともケータイ持ってないから連絡も取れないし。
 いのりちゃんは知らないかしら?黒い服を着た、小学生くらいの女の子なんだけど」
「う~ん。あたしもそんなに詳しいわけじゃないから、ちょっと分かんないな」
ジニーの説明にちょっぴりデジャヴを感じながらもいのりは首を横に振る。
「そっか~」
ちょっぴり残念そうに肩を落とすジニー。
「ごめん…あ、そうだ知り合いのウィザ…友達に電話して聞いてみよっか?」
「いいの、そんなに気にしないで。夕方に待ち合わせしてるから、その時までには会えるだろ~から」
「そう?」
「とはいえドンキでの買出し用のメモはベアちゃんが持ってるのよね~」
困ったな~とばかりにジニーが腕を組んでいたその時だった。
隣の席からの会話が聞こえてくる。座っているのはいかにも…な感じの男が2人。

「いや~凄かったな。まさかあの“赤毛のロリっ子”が負けるとは思わなかったよ」
「ああ、しかも勝った方もロリっ子だったもんな。アキバの美少女ゲーマー史に燦然と輝けるくらいの」
「2D(内容)でも3D(見た目)でも名勝負だった。俺ももう(ピー)年はアキバに生息してるけど、5本の指に入る名勝負だね」
「個人的には“銀髪の双璧(胸的な意味で)頂上決戦”を超えたね。ロリ度が違う」
「小学生同士の対決…しかも赤毛の方はどうみても低学年。それでガチゲーマー顔負けのバトルだもんな」
「野生動物並みの反射速度で迫る赤毛にシステムを知りつくした先読みで反撃する黒髪とか、死ぬほど熱かったな」
「ああ、俺も思わず手に汗握っちまったよ。2本目は先読みすら超えた入力速度で赤毛が取って、
 3本目も小パン1発差くらいのところで絶妙なタイミングで超必殺発動で終わりだったもんな」
「あんな才能が埋もれてたなんて、世界は本当に広いな」
「そういやさ、さっきの黒髪の子、噂じゃあ“くまっこ”だってさ」
「くまっこって…“あがとらの孔明”かよ!?」
「ああ、あくまで噂だが…あれを見せられたら、信じるしかなくね?」
「だな…」

「…ジニーさん?」
いのりにはさっぱり分からぬ会話を繰り広げる男たちの話を、興味しんしんで聞いているジニーに、いのりが声をかける。
「う~ん。ほぼ間違いないわね」
一言そう呟くと、ジニーはテーブルに代金を置いて立ち上がる。
「ごめんなさい。多分ベアちゃんがどこにいるか分かったから、ちょっと行ってくるわね」
「え?そうなんですか」
「ええ。さっきの人たちが話してたのが、ベアちゃんだと思うわ」
「ええ!?」
そう言うとジニーはさっさと隣の席へと行ってしまう。
「すいませ~ん。さっきの話、詳しく聴かせてもらえませんか?」

「ああ、やっぱり」
さっきの男たちに教えてもらったゲーセンの対戦筺体には、黒山の人だかりが出来ていた。
筺体の上の部分には3桁を軽く超える勝ち抜き数を表すカウンターが輝いている。
筺体の影と人だかりに隠れて本人は見えないが、それでもジニーは確信したらしい。
「ベアちゃんだわあれ。と言うわけで、私はこれからベアちゃんと合流するから、ここで失礼するわね」
そう言うとジニーは黒山の人だかりのほうに向かっていく。
「と、そうだったわ。その前に…」
途中で振り返り、ジニーがいのりに言う。
「日が暮れる頃に帰ってきてね。みんな待ってるから」
「は?それってどういう…」
それだけ言うといのりの返事は聞かずにジニーは人ゴミの中へと入っていってしまい、見えなくなった。
「ど~ゆう意味なんだろ?日が暮れる頃って…それにみんなって」
去り際、ジニーの残した言葉に、いのりは首をかしげていると声をかけられる。
「あれ?いのりじゃない。なんでこんなところにいるの?」
幼い少女の声。
いのりには、聞きなれた、知り合いの声。
「サフィーちゃん?サフィーちゃんこそなんで?」
赤毛の小さな少女の名を、いのりは呼ぶ。
「なんでって…この店はアタシの行きつけだもの」
そこにいるのが当然だって顔をして少女…サファイアは答えた。


05:00 PM


「へぇ…姉貴がいのりの片思いの幼馴染とラブラブで、それで傷心してあてもなく、ねえ…
 ぶっちゃけ、いのりのキャラじゃあ無いわね」
いのりから事情を聴き、サフィーはケラケラと笑いながら言う。
「も~、笑わないでよ。これでも結構傷ついてんだから」
そう言いながらも憮然として言い返すいのりに、さっきまでの暗い影はもう無い。
「ごめんごめん。いのりってどっちかって言うと悩む前に突っ込む子かと思ってたんだけど、恋が絡むとえらく奥手なのね」
「…だって、京介が選んだのはお姉ちゃんなんだもん」
昔のこと、と言っても9か月前のことを思い出し、いのりは唇を噛む。
あのとき、自分が後押ししたとはいえ、最後の最後で京介が選んだのはいのりではなくねがいの方だった。
そしてそれからずっと、2人は恋人のままだ。
「う~ん。アタシは何があったか知らないし、聞かないけど」
いのりのそんな様子を見て、サフィーは腕を組んで答える。
「アンタの姉貴とそのキョースケってのはもうやっちゃってんの?」
直球ど真ん中。しかも剛速球。
「なななななやややややっちゃってるってなななななにを!?」
そんなサフィーの言葉にいのりは顔を真っ赤にして答える。
「なにってそりゃあもう自然の摂理って言うか男と女が好き合ってたら行きつく先って言うか…まあ、具体的に言うと」
「具体的に言っちゃ駄目!まだ高校生なんだよ!?そんなの早すぎでしょ~が!」
ぶんぶんと手を振りながら全力で否定する。
「だいたいなんでそ~ゆう話になんのよ!?」
その様子を見て、サフィーは目を細め、にやりと笑った。
「そりゃあ…まだなら逆転のチャンスはいくらでもあるってことだからよ」
「へ!?」
「ま、いのりがもう少し大人だったらやることやってても関係ないんだけどね?」
「ななななな!?」
真っ赤な顔のまま、壊れた人形のように叫び続けるいのりを見て、サフィーは溜息をつく。
「つってもそんな反応してるようじゃあ、しばらくは無理ね。だったら、2人が既成事実を積み上げる前に…」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
手をつきだし、サフィーの話を遮って、きっぱりと言う。
「京介は好きだけど。お姉ちゃんも同じくらい好き。だから、2人を悲しませるような真似、あたしにはできないし、したくない」
「…そう」
いのりの目にきっぱりはっきりと見えてる決意って奴を見て、サフィーはふぅ…とアンニュイな溜息をつく。
「それならアタシは良いんだけど…いのりは、それで本当にいいの?好きな人を他の奴に取られて、黙って見てるのって辛くない?」
「…そりゃあ。でも、いいの。あたしが我慢すれば済むんだし、しょうがないよ…」
サフィーの質問にどきっとして、それから消沈して答える。
いのりの心にまた、どんよりとした暗い影が落ちる。
「あちゃ~、やりすぎたわね…よし」
その様子を見てサフィーはちょっと考えたあと、ぐいっといのりの腕をつかむ。
「サフィーちゃん?」
「ちょっと付き合って欲しいところがあるの」
そう言うとサフィーは月匣を展開し、ついでふわりと浮きあがる。
「付き合うって、どこに?」
困惑した表情でいのりがサフィーに尋ねる。
「ちょっとした気分転換ってところね。あと、ついでに落ち着いて話せる場所。飛ばすからしっかりつかまってて」
そう、いのりに声をかけると同時に。
サフィーは全力で空を駆けた。


05:30 PM


「うわあ…キレイ…」
サフィーに連れてこられた場所で、いのりは感嘆の声を上げる。
日が沈む直前の黄昏時。オレンジ色に染まった街と薄い紫色に染まった空のコントラストが美しい。
東京に無数にある高層ビルのうちの1つの屋上。
そこに2人はいた。
「でしょ?前に偶然見つけたの」
ちょっと得意げに胸をはったサフィーが落下防止用の柵に腰かけて遠くの方を見る。
「落ち込んだ時にはこうして高いところから下を見下ろすと心が晴れる。そう、妹が良く言ってたわ」
遠くの風景と一緒に遠い昔の記憶を掘り出しながら、サフィーが呟く。
「妹?サフィーちゃん、妹がいるの?」
「ああ、そう言えばいのりには話して無かったっけ?そうよ。アタシには妹が1人いるの。300歳年下の、ね。
 …一応言っとくけど、見た目だけはアタシより10歳くらい年上よ?」
多分いのりは自分より一回り小さいガキを思い浮かべてるんだろうな~と思い、サフィーはすかさず釘をさす。
「へ!?え、あ、そうなの?」
先回りして図星って奴を撃墜されたいのりが狼狽する。
「え~と、じゃあサフィーちゃん、妹さん置いてこっちに来て良かったの?」
そしてふと、気になったことをサフィーに尋ねる。
「大丈夫でしょ。ここ最近は半年に1回顔あわせるかどうかってくらいだったし…今はあの子の隣にはあいつがいるもの」
「あいつ?」
「そ、あいつ。妹の旦那。超がつくほどのお人好しですっごい馬鹿でいっつも能天気な…アタシの初恋の相手」
そう答えるサフィーの声には、たっぷりの懐かしさと…ほんのちょっぴりの苦味が混じっていた。
「初恋?」
サフィーの言葉にピクンと反応していのりが問い返す。
「そ。昔…って言ってもまだ7年しか経ってないのよね。うわーほんっと最近だわ」
吸血鬼の感覚だとホンの数か月前くらいな出来事であることを再確認し、自分の言葉に驚く。
「人間と暮らしてるからかしら?ま、いいわ。とにかく、アタシにはシズクの前に好きな男がいたの」
口に出すと蘇ってくるのは、7年前の記憶。
「出会ったのがちょうど今頃。で、好きになったのは…ああ、そういや今日だったわね。クリスマスイブ」
そうだった、落ちていく自分を見て、考えも無く飛び出し、抱きかかえて一緒に落ちた馬鹿がいなかったら…
「…命の恩人ってことにもなるかしら?ま、そ~ゆ~奴よ」
「そうなんだ…でも、先生と一緒にいるってことは…実らなかったの?」
いのりのおずおずとした問いに苦笑して答える。
「そうなるわね」
「どうして?」
「まあ色々要因はあるわね。アタシの禁断の果実的な魅力がさっぱり分からない朴念仁だったとか、色々ね。
 けれど、一番の要因は…アタシが出会った時点で、もう好きな子がいたことかしら」
「好きな子?」
「言ったでしょ。あいつは妹の旦那だって。そう、あいつは…アタシが出会った頃にはもう、妹と出来てたの」
そう言うサフィーの言葉は…ちょっとだけ、寂しげだった。
「妹…?」
「そう、妹。アタシが出会うちょっと前から、ちょっと命がけの色々があって2人でそれを乗り越えた、そう言ってたわ」
不思議そうに尋ねるいのりにサフィーは笑いながら答える。
「じゃあ、あたしと同じ…なの?」
「アタシは妹でいのりは姉って差はあるけど、そ~ゆうことになるのかしら。家族の彼氏寝取る気になれなかったってのも同じだし…時々思うわ。本当に良かったのかってね」
「後悔してるってこと?」
「さあ?よく分からないわ。家族がいて、好きな奴も出来て、ここで面白おかしく暮らしてる今も、悪くないもの」
真面目な顔になっていのりに言う。
「どっちを選ぶかってとき、選ばなかった方を選んだらどうなってたか、なんて知りようがない。 だったら、悩めるうちは思いっきり悩んどきなさい。
あんだけ悩んで決めたんだから間違ってるはずがない。後で思い返した時、そう思えるようにね」
ぴょんと柵から飛び降り、宙に浮いたままいのりに顔を寄せる。
「けどま、あいつらならどう転んでもそんなに悪くはならないとは思うけどね」
にっこりと、今度は天使のように無邪気な笑顔で伝える。
「え?ど~ゆ~こと?」
いのりの問いには答えず、再び手をつかむ。
「さ、行きましょ。日も暮れたし、そろそろ良い頃合いだわ」
「え?ちょっと?行くってどこへ?」
「ちょっと遅くなったから、飛ばすわよ。しっかり捕まってなさい!」
そしてそのまま弾丸のように加速した。


06:00 PM


「あれ?ここって…」
「そうよ。アンタのうち。さっさと行きましょ。待たせっぱなしにするのも悪いし」
「え、待たせるってど~いう」
「い~から。入れば分かる」
そう言ってサフィーはずかずかと要家の敷地へはいって行く。そして、玄関のドアを開けた瞬間…

パンッ!パンッ!

「「「「「メリークリスマス!」」」」」
「おー。しっかり準備終わってるわね。そっちがねがいが言ってたお友達?…なんか微妙にいや~なのが混ざってるけど」
「え?あれ?ど~ゆ~こと?」
家に入った瞬間に鳴らされたクラッカーに呆然としながら、いのりがそこにいるみんな…ねがい、京介、静に尋ねる。
「私が、頼んだの…」
それにねがいが答える。
「いのりのためにクリスマスパーティーをやりたいってな」
「そう、それで3人とサフィーちゃん、それにねがいくんの友達だって言う2人に来てもらって準備してたのさ、今までね」
京介と静が後の言葉を引き継ぐ。
「他ならぬねがいちゃんの頼みだから、お姉さんも頑張っちゃったわ♪」
「…後半はアンタ迷子になってただけでしょうが」
柔らかな笑みの白い服の美女と彼女に突っ込みを入れるちょっぴり不機嫌そうな黒い服の美少女。
その2人の1人にいのりは見覚えがあった。それは先ほど会った…
「…ジニーさん?」
「そう。改めてよろしくね。あ、そうそう、それとこっちがさっき話したベアちゃん」
「だからその名前で呼ぶなって…いや、今日はいいわ。あのメガネの話もあるし。とにかく、よろしくお願いするわ」
「うん。よろしくね。ベアちゃん」
握手を交わす。
「さ~て、お互い自己紹介も終わったところで始めましょっか」
パンと手を打ち鳴らしてジニーが提案する。

そしてパーティーが始まった。


10:00 PM


「今日は本当に楽しかったな…ありがと、お姉ちゃん」
パーティーも終わり、後片付けも済んですっかりいつもの静けさを取り戻した要家で、いのりがねがいに話しかける。
…疲れて眠ってしまったねがいを起こさないよう、静かに髪の毛をなでながら。
「まさかお姉ちゃんがこういうことしてくれると思ってなかったから、余計にうれしかったよ」
聞けば今日、学校から帰ってきてすぐからずっとねがいはパーティーの準備をしていたと言う。
京介が物置から引っ張り出してきたツリーに飾り付けをしたり、静の指導でクイーンズイングリッシュのクリスマスソングの練習をしたり、
ジニーから教わってケーキを焼いたり(ちょっぴりデコレーションが不格好だったけど、味は良かった)…
いつもの引きこもりっぷりからは想像もつかないほどの頑張りっぷりだったと言う。
「う~んいのりぃ…」
「うん。なぁに?」
むにゃむにゃと寝ぼけながらいのりの名前を呼ぶねがいに、いのりが微笑んで答える。
「いつも、ごめんね。お手伝いとか、しないといけないのに。おうちのことまかせっきりで…それと、ありがと。駄目なお姉ちゃんを見捨てないでくれて」
それは、普段だったら照れくさくて言えないような、ねがいの本音。
「う~ん。いいよ。あたし、結構家事するの、好きだし、お姉ちゃんの世話してないと落ち着かないから。それに…」
いのりもまた、相手が寝ぼけてなければ照れくさくて言えないような、本音で返す。
「お姉ちゃんがこうしてあたしのことを考えてくれるようになったってだけでもすごくうれしいもん」
「…そっかあ…よかったぁ…すぅ~」
いのりの答えを聞いて満足したのか、ねがいは再び夢の世界へと旅立つ。
「…ファイアーワークス。お姉ちゃんをベッドまで運んで上げて。起こさないようにね」
主の命令を受け、ファイアーワークスが静かにねがいを運んで行く。
「前は、あんなに我がままな引きこもりだったのに…」
だれもいなくなった部屋で、いのりはこの1年…帰って来てから徐々に変わっていった姉のことを思う。
「いつの間に、あんなにやさしくなったんだろ?」
苦笑する。そうだ、ホンの少し前まで、わがままで、ぬいぐるみの熊しか友達がいなくて、周りのことなんて考えない子だったんだなんてなことを考えながら。
「でも、うれしいな」
心を満たすのは温かい感情。これが家族がいるってこと。
いのりはしみじみとそれを噛みしめる。
「…なんだかちょっとだけ、寂しい気もするけどね」
そして、要いのりの聖なる夜は穏やかに過ぎていくのだった。


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