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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第08話

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だれでも歓迎! 編集
 ロンギヌス・コイズミは、冥魔王プリギュラの放った閃光に灼かれて霞む目を押して壁伝いに通路を進み、極めて幸運な事に罠にも
冥魔にも会うことなく、ベルと柊に打ち倒された冥魔の残骸に躓きながらもエンディヴィエ封印の間まで無事に辿りついた。
 そこは、壁と言わず、床と言わず、天井と言わず、びっしりと魔術文字が刻まれ、床一面に巨大な魔法陣が描かれた大広間だった。
 魔術文字が放つ仄かな光に照らされて、部屋の中央付近に立っている3人の人影がぼんやりと見えた。

「・・・・・・・柊様・・・・・・アンゼロット様・・・・・・・・」

 コイズミがそちらに駆け寄ろうとした、そのとき。
 突然、巨大な瘴気とプラーナが吹き上がり、あまりの圧迫感に耐え切れず、コイズミはその場に倒れ伏した。



 我は歓喜し、祝福しよう! おぞましき産声を上げる、新たなる冥魔王の生誕を!

 我は喝采し、謳い上げん! 我が大望の成就へと続く、大いなる一歩の踏み出されし喜びを!



 八大神に封印されてから今日に至るまで、此れ程の慶事が在っただろうか?

 我が本体の封印を解く鍵は、エルオースだけでは無い。
 エルンシャでも・・・・・・アンゼロットでも良いのだ!

 此れでアンゼロットを味方に付け、自分の封印を、自分の封印だけを解かせれば・・・・・・・・
 冥界の古代神達を出し抜き、私が全世界を支配出来る! 私が! 私が、主八界総てを!
 世界の総てを! 総ての世界を支配する事が出来る、出来るのだ!

 何と言う幸運! 何と言う僥倖!
 確かに、この展開も計算に入れては居た。だがしかし、此処までの高望みはしていなかった!
 一年間、アンゼロットを足止め出来れば充分であったのだ。それが、此れ程までに事態が好転するなどとは!

 ああ、しかし、そう浮かれてばかりも居られはせぬ。此処から先は、より一層気を引き締めて慎重に事を運ばねば。

 冥魔王となったとて、アンゼロットの力は僅か守護天使12人分。八大神の10分の1でしかない。

 八大神は、例え総ての人間界を犠牲にしてでも、全戦力をもって「堕ちたる守護者」を滅ぼそうとするだろう。
 かつてエルオースが堕ちた際、単独でエルオースの十倍の力を持つ八大神全員が一斉に飛びかかり、大慌てで八つ裂きにした様に。

 108の古代神の中でも上位の十六柱神の力は八大神に匹敵し、最上位の八柱神は白神黒神と同格。
 彼らの封印が解かれたならば、エルオースの8分の1たる冥魔七王と同程度と言われる悪徳の七王7680体分の戦力が復活する。
 天界は、今でも冥界に苦戦しているのだ。八柱神と十六柱神の誰か一人でも封印を破れば、主八界総てが冥界と成る。
 八大神は、あらゆる犠牲を払ってでも其れを防ごうとする筈だ。

 故に、我が本体の封印を解かせるまで、アンゼロットの身柄は厳重に保護しなければならぬ。
 だが、本体の封印さえ解いてしまえば後は何とでも成るのだ。

 まず、天界にエル=ネイシアの支配権を認めさせる代わりに中立を宣言し、堂々と第二次古代神戦争の表舞台を降りる。
 そして充分な戦力を蓄えながら天界と冥界が共倒れになるように計らい、戦争終結後、残党を一掃して総ての世界を征服するのだ。

 アンゼロットよ。総ての憎しみを吐き出すがいい。
 其の男を嬲れ。其の心をへし折れ。其の信念を傷付け、其の魂を砕け。
 お前と世界とを繋ぐ、最後の絆を断ち切るのだ。
 そして、お前の心は空(から)に成る。其の虚ろを、この私が満たして遣ろう。

 そういえば、エレナが気にしていたな。アンゼロットが、私の、娘なのではないか、と。

 アンゼロットを口説くとき、そう言ってみるのも悪くはないやもしれぬな。



 柊蓮司の目の前に、一人の美女が立っていた。

 長身で、成熟した肢体を漆黒の鎧で包み込み、全身から凄まじい瘴気を立ち上らせて
 永き時の流れに鍛えられた、古ぶるしき支配者の威厳を纏いて
 麗しさと凛々しさと力強さを兼ね備えし暗黒の女王が其処に居た。

 波打つ髪は、夜闇の如き黒
 冥界の瘴気を導く右目は、金色の闇
 邪気に濁った左目は、深い湖の蒼

 大きな胸が、瘴気を凝り固めて作り上げた鎧の胸当てを押し上げて、その存在を誇示しているのが目を引いた。

 姿カタチは美しい。
 まさに、神の手になる芸術品。この世に権限せし美の化身。
 されど、その美が恋情を齎す事は無い。その美に慕情を感じる事は無い。その美が劣情を誘う事は無い。その美に肉欲を抱く事は無い。
 その身を包みし、膨大なる瘴気の故に。

 色の違う双眸が、憤怒と憎悪と妬みの篭った鋭い視線で柊を射抜く。

 それだけで。ただ、それだけで。

 魂の根底から、ただひとつの感情が吹き上がる。

 それは、畏怖ではなかった。
 それは、嫌悪ではなかった。
 それは・・・・・・恐怖。

 胸が締め付けられる。息が出来ない。目を逸らせない。瞬きも出来ない。意識が保てない。
 全身の産毛が逆立つ。身体の震えが止まらない。冷たい手が心臓を握り締める。背筋が凍る。
 魔剣を手から落としそうになる。膝を床に突きそうになる。頭が下がりそうになる。

 ソレは何もしていない。ただ、柊を睨んでいるだけだ。
 ソレは其処にいるだけだ。

 それだけで。ただ、それだけで。

 かつて感じた事のない強烈な気配が伝わってくる。

 それは、神気ではなかった。
 それは、鬼気ではなかった。
 それは・・・・・・・・・・殺気。

 ソレは神ではなかった。
 ソレは冥魔。その在り方がではなく、その力が人を超えたる者

 ソレは驚異ではなかった。
 ソレは脅威。その在り方がではなく、その力がこの世ならざる者。

 恐怖せよ! 悲嘆せよ! 哀願せよ! 絶望せよ!
 卑小なる、愚劣なる、愚昧なる、定命なる人間よ!!

 かの者が、かの者こそが冥魔王。
 この界を、この界のみならず主八界総ての滅びを渇望せし、冥魔の王の一柱なれば。

 ソレは無慈悲な夜の女王

 かの者こそが、“冥魔王”アンゼロット。主八界総てを滅ぼす冥魔の王の1柱たる、戦女神の成れの果てなり。



「そ、そんな・・・・・アンゼロットが・・・」

 全身に瘴気を纏った、成熟した肢体を持つ外見年齢27歳の黒髪の美女を見上げ、柊は驚愕のあまり呻きを漏らした。

「・・・・・アンゼロットが・・・・・・・・・巨乳に!」
「驚くところは其処なのか?」

 漸く言葉を搾り出した柊に、エルヴィデンスがツッコミを入れた。

「はっ! んなコトよりも、だ。しっかりしろ、アンゼロット!
 世界を滅ぼしちまったら、それこそ、今まで払ってきた犠牲がみんな無駄になっちまうんだぞ!」
「貴様が! 貴様の行いが! 私の支払った代償を無駄にしたのだ! 世界を救うのに犠牲などいらぬと、宣伝した貴様が!」

 新たな冥魔王は柊を一喝し、憎悪を込めて睨み付けた。それだけで。たったそれだけで柊の心臓が止まりかけた。

「がッッ! あ・・・。はっぁぁ・・・・・・ぁあ・・・・・・」

 柊は必死に自分の胸を叩き、止まりかけた心臓を叱咤した。だが、冥魔王の凝視の前にはそれも虚しく、その鼓動は止ま―
る寸前、瘴気を孕んだ闇風が横から吹きつけ、不可避の死を齎す凝視を遮った。

「そんなに簡単に死なせてしまって良いのか、アンゼロット? この者には、色々と言いたい事も在るのだろう?」
「・・・・・・ああ、そうだ。こんな楽な死に方などさせては気が済まん」

 一度は邪魔立てした闇姫を疑わし気に見たものの、冥界の瘴気に理性を削り落とされた“世界の守護者”は、すぐに興味を失くして
柊へと向き直り・・・・・・エルヴィデンスは、その様子を満足そうに眺め、その顔に亀裂めいた笑みを浮かべた。

「憎い・・・・・・憎いぞ、柊蓮司。運命に贔屓され倒しながら、不幸面している貴様が・・・・・・」

 黒髪の冥魔王は、柊の心臓を止めぬように加減しながらも、溜め込んだ妬みを搾り出し、叩きつける。

「エルンシャ様に比べれば、貴様のどこが不幸なものか」
「・・・・・・ソコには同意するけどよ。だからって俺を恨むのはおかしいだろ! 思いっきり八つ当たりの逆恨みじゃねーか!!」
「まあ、冥魔王というのはそういうものだ」

 柊の抗議は、横から闇姫に一蹴された。
 他の冥魔王にしても、報復の対象は天界である筈なのに人間を襲う事の方が多いのだ。
 いや、直接天界に攻め込んでいる者もいるが。

 エルヴィデンスが余所事に思いを馳せている間にも、新たな冥魔王は柊を睨みつけ、瘴気で生み出した星の錫杖のレプリカ・・・闇の錫
杖を振るって、その肩を打ち、床に叩きつけ、苦鳴を上げる柊を踏みつけて無情に告げた。

「痛むか、苦しいか、柊蓮司! だが、この程度では済まさん! 貴様もエルンシャ様と同じ目に遭わせてやる!
腕をもいでやる! 脚を切り落としてやる! 体を砕いて、世界中にばら撒いてやる!
 だが、その前に! 愛する者達が、殺しあう様を見せ付けてやる!」
「・・・・・・アンゼロットよ。エルンシャの不幸の元凶は私達だという事は覚えているか?」

 闇姫と柊が見守る前で、冥魔王は更なる瘴気を呼び込み、形を与えた。人の姿を。少女の姿を。柊がよく知る二人の姿を。

『ひーらぎは渡さない!』『柊先輩は譲れません!』

 巫女装束の少女が破魔弓を構え。丸い白い帽子を被って白いブレザーを着た少女が、ブレスレットを巨大な剣状の形態に変形させた。

「おい、止せよ、何言ってんだよ、くれは! エリス!」
『ヴォーテックス・ランス!!』『総てを貫く、私の光』

 そして柊の目の前で。漆黒の槍と巨大な剣状の箒が、少女達の胸を貫いた。

「やめろ・・・・やめろよ、アンゼロット・・・・・なんだって・・・・なんだって、こんなもの見せんだよ!」
「この程度では済まさん! 貴様が自害するまで地獄を見せ続けてやる!」

 冥魔王の宣言に応じて瘴気が渦巻き、人の姿を再現する。それらはいずれも、柊がよく知る人々の姿。
 彼等彼女らは口々に、或いは大義を、或いは柊への思いを叫びながら、互いに傷付け、殺し合う。

「やめろ・・・・やめろよ、やめてくれよ・・・・」
「苦しいか! 悲しいか! そうだ! 苦しめ! もっと悲しめ! もっと、もっとだ! もっと苦しめ、柊蓮司!」
「なんで、なんで、こんな事になってんだよ・・・・」

 柊は床に転がったまま、黒髪の冥魔王の顔を見上げた。その右目の邪眼が、妖しく金色に輝いていた。

   あれか? あれが原因なのか? あれが瘴気を呼び込むから、おかしくなっちまったのか? だったら・・・

 柊の右手が、魔剣を握り締める。神殺しの魔剣を。運命を絶つ魔剣を。進むべき道を、切り開く魔剣を!

「アンッ、ゼッ、ロットォォォォ!!」

 鋭い刺突が、完全な不意打ちで繰り出される。
 その一撃は狙い過たずアンゼロットの右目に突き込まれ・・・・その1cm手前で止められた。
 邪眼から噴き出す、瘴気に押されて。

「そん・・・な・・・・・・」

 神の世界における、自らの無力さを思い知らされて。呆然と呟く柊に、黒髪の冥魔王は酷く傷付いたような顔をして見せた。

「『そんなっ! 柊さんがわたくしを殺そうとするなんて!
 いつもいつも、馬鹿のひとつ覚えで全部守るって言ってたのは嘘だったんですか?!』」
「そこで元の口調に戻るんじゃねぇ! ざぁとらしいんだよ!」

 いつものノリでツッコミを入れて話を逸らす柊に、横で見ていた闇姫が呆れたように口を挟んだ。

「話の内容を無視して枝葉にツッコみ、論点を摩り替えて誤魔化す、か。お前は何時もそうして来たのだな、柊蓮司。
 そうやって、自分に都合の悪い事実からは目を背けて来たのだな」
「―んだと?」

 柊が闇姫に何か言い返そうとするより早く、黒髪の冥魔王が割り込んだ。

「柊蓮司。貴様はいつも言っていたな。誰も犠牲にしないと。その割には、随分と簡単に私を切り捨てるのだな」
「い、いや違う・・・俺は、邪眼だけを狙って・・・・・」
「どうだか―! ・・・・ああ! そうか!!」

 何かに思い当たった黒髪の冥魔王は大声を上げ、今度は侮蔑に満ちた目で柊を見下した。

「貴様は! 本当は! 世界も仲間もどうでも良いのだ!!
 貴様が本当に守りたいのは『仲間も世界も、どちらも見捨てない自分』という虚像だ!
 その虚像さえ守れれば、実際にはどれ程の犠牲が出ていようと構わぬのだ!
 貴様は、後輩を見殺しにした罪の意識から逃げ出したいだけなのだ!!」
「違う! 俺は! 俺はっ、もう誰も―」

「そう思い込みたいだけだろう! そのために貴様は、他の誰かが世界を守るのを何度も何度も邪魔して来たのだ!
 貴様はいつだって、不都合な事実から目を逸らし、自分勝手な願望を振り翳して何の代償も払わずに世界を救おうとし、悪戯に被害
を増やして自分が守りたいものだけを守って、貴様の所為で払わなくても良い犠牲を払わされた者達を一切省みないのだ!

 貴様が赤羽くれはを殺さなかった所為で、フレイスにあった街がひとつ、クレーターになった!
 貴様が緋室灯と真壁翠のどちらかを殺す代わりにルー=サイファーを倒した所為で、裏界は統制を失って無秩序に戦線が拡大し、人
手不足が加速したウィザード社会は小学生まで前線に投入しなければならなくなった!
 貴様が志宝エリスを殺さずにゲイザーを倒した事で冥界の封印が解け、自由になった冥魔が主八界中で大勢の人々を殺している!

 何が『俺は誰も犠牲にしない』だ! ふざけるな!!
 貴様が自分の守りたいもの“だけ”を守ろうとした所為で、とてもとても大勢の人々が殺されたのだ!
 貴様は、とてもとても大勢の人々を犠牲にして来たのだ! 貴様は屍の上に立ちながら、其処から目を逸らしているのだ!」

「そこまで俺の所為かよ! つか、それ全部、お前も認めてたじゃねぇか!」
「そうは言うがな、柊蓮司。アンゼロットは自分が誰を犠牲にしたか自覚しているし、事後処理もしてきた。
 しかし、お前は実に大勢の人々を殺しておきながら、俺は誰も犠牲にしなかった、アンゼロットが誰かを犠牲にするのを止めたと吹
聴してきたのだろう?
 そして、アンゼロットが世界を守る為にロンギヌスや魔王の転生体を死なせている間、猫を抱いて昼寝をしていたのだろう?
 其れは腹に据えかねようさ」

 闇姫の言葉がまた柊の胸を抉り、更に、黒髪の冥魔王が追い討ちをかける。
 瘴気が蟠り、新たな人形を作り出す。輝明学園秋葉原分校高等部の女子制服を纏い、射撃型箒を構えた赤髪の少女の姿を作り出す。

「灯・・・・?」
「このッ、聖人面した大罪人めッッ!! 今日という今日こそは、思い知らせてくれる! さあ、やれ! “緋室灯”!」

 戸惑う柊に、緋室灯は ―その姿を模した瘴気の塊は― 武器を突きつけ、冷たく告げた。

「柊蓮司。貴方を、“世界滅亡の鍵”として・・・・抹殺する」
「待てよ、灯! なんで、なんで俺が世界滅亡の鍵なんだよ?!」

 それが偽物と分かっていても、尚、柊は反射的にそう叫んでいた。

「貴方は・・・・・犠牲を認めないから」
「それが・・・・・・それがなんで、世界の危機に繋がるんだよ?!」
「世界を守る為には・・・・時には、犠牲が必要。貴方はそれを認めず、犠牲を払わずに世界を救おうとする」
「それのどこが悪いってんだよ!」
「皆が・・・真似をするから。世界を救うのに、犠牲なんかいらないって、思い込んでしまうから。
 貴方が何もしなければ、たった一人の命で世界が救えたのに・・・・・・貴方の所為でロンギヌスが大勢、犠牲になったのに。
 実際には、大勢、大勢、犠牲が出ているのに、貴方の活躍に目が眩んで、犠牲者の存在を忘れるから。
 誰もが犠牲を出さそうとしなくなったら・・・もっと、もっと犠牲が増える。このままじゃ、世界を、守れなくなる。
 だから、柊蓮司。
 世界を守る為に・・・・犠牲に、なって」
「灯・・・・」

 床に横たわる柊にゆっくりと近付き、柊を踏みつけていた黒髪の冥魔王と位置を入れ替え、柊の胸に箒を押し当てる。
 ガンナーズブルームの砲口に魔法陣が生まれ・・・・砲弾が打ち出されるよりも早く、柊の魔剣が跳ね上がり、砲身を下から打ち払った。

「俺は! 間違った事はしていねぇ!」

 柊は力強く叫び、灯が箒を構えなおすより先に魔剣を振って、ガンナーズブルームを両断した。

「・・・・エンジェル・シード」

 柊の宣言を意に介さず、灯は左手に新たな箒を呼びだして―

「させねぇ!」

 柊に突きつけるより早く、柊の刺突が灯の左腕に刺さる― 直前、灯が足を滑らせ、魔剣の切っ先が左胸を刺し貫いた。
 肉を貫く、嫌な感触が腕に伝わる。緋室灯から ―その姿を模した瘴気の塊から― 熱い血が流れて手を濡らす。

「灯ぃっっ!」
「・・・・・・・気に・・しないで、柊・・・蓮・・司。どうせ、私の・・余命は・・・残り、半年だったから」
「ッッ?!」
「・・・・ただ・・・・み・・こ・と・に・・・・わ・・たし・のマド・・・レーヌ・・・食べ・て・・欲し・・・かった・・・・」

 最期にそう言って、一粒の涙を流し、緋室灯は ―その姿を模した瘴気の塊は― 倒れ伏し、崩れ去った。

「・・・・・・・・なんで・・・なんでこんなもの、こんなもの見せるんだよ・・・アンゼロットォォォォ!!」
「今のは偽物だが、ここから戻れば貴様を待っている現実でもある」

 友人の姿をしたモノを殺させられて叫ぶ柊に、冥魔王は冷たく応じた。

「・・・・どういう事だよ?」
「絶滅社は緋室灯に、貴様の暗殺指令を出した。理由は、さっき偽物が言ったとおりだ。
 緋室灯の余命が半年というのは確実な話ではないが、可能性がない訳でもない。
 強化人間は18歳を過ぎた頃から、薬の副作用で心身が崩壊し始めるケースが珍しくないのだ。
 緋室灯もそうなるとは限らないが、そうならないとも言い切れない。
 柊蓮司。貴様は、知っていた筈だ。緋室灯が、数日おきに調整処置を受けている事を。
 当然、どこか身体の異常が見つかる可能性がある事ぐらい分かるだろう。
 だが、お前はそんな事よりも、自分が卒業できるかどうかの方が重要だったな。
 なんと身勝手で無慈悲な男だ。貴様を聖人呼ばわりしている者達の気が知れんわ」
「俺は・・・・俺は、そんな・・・・・・・・」

 衝撃のあまり言葉の出ない柊を、黒髪の冥魔王は亀裂めいた笑みを浮かべて見下した。
 その笑みは、その様子を離れて見守る闇姫の頬に浮かぶ笑みと同じ、他者の苦しみを悦ぶものだった。

「絶滅社は、随分前から貴様を殺したがっていたよ。
 星の巫女抹殺を妨害し、異世界人を呼び込み、ベルの息子を未来に逃がした貴様を。
 魔王と馴れ合い、何度も、何度も、世界の危機を起こす貴様を。
 最初に打診があったのは、貴様がシャノンの護衛をしていた時だったか。
 貴様の抹殺を決定したので、護衛を誰か別の者に替えてくれとの事だった。
 だが当時の私は、ルーの部下になったイクスィムとの再戦に備えて極秘にレベルダウン薬を開発していた。
 そして、柊蓮司。貴様は最高の被検体だった。ベルを誘き出す餌としての価値もあった。
 だから私は絶滅社に言ってやったよ。こっちで適当に使い潰すから心配するな、とな」

「! それじゃあ、何度も色んなものを下げたり、休みなく任務に狩り出したのは・・・・・・」

「実験と、処刑のためだ。今度こそ死ぬだろうと、そう思って何度も過酷な任務に送り込んだ。
 だが、貴様はありえないほどの幸運に味方され、いつも何事もなく帰って来た。
 絶滅社からは、月一ペースで催促されたよ。あの危険な裏切り者を、世界の敵を、何時まで生かしておくのか、とな
 決定的だったのは、貴様がシャイマールの殺害を妨害した件が漏れた事だ。
 絶滅社は、最早、貴様を一分でも生かしておきたくはないらしい」

「世界の・・・・・・敵・・・だって・・・・? 俺が? ・・・・・・なんでッ、なんでだよ!
 俺はただ、目の前で殺されそうになってた奴を助けてきただけじゃねぇか!」
「それがいかんのだ、柊蓮司。『小善は大悪に通じ、大善は非情に似たり』、というやつだ。
 不良品学生だった貴様は知るまいが、貴様と同じ愚行は大昔から繰り返され、そして批判されて来たのだ」
「不良品っていうな! 大体、俺を学校に行かせなかったのはお前だろうが!
 つか、なんで俺だけ任務で休んだ分が欠席扱いになるんだよ! 危うく卒業し損ねるとこだったんだぞ!」
「まだ、アンゼロットを信じて― 否、アンゼロットに甘えているのか、柊蓮司」

 いつものノリで叫び返す柊に、闇姫が冷たい言葉を放つ。舌の上にたっぷりと毒を載せ、この愚かな若者の耳に注ぎ込む。

「成る程、絶滅社なら自分を殺そうとしても不思議は無い。色々下げられたのが、対魔王用の毒薬の実験だったというのも納得できる。
 実用化できるなら、それはそれで有益なものだろうからな。
 だがしかし。アンゼロットが、本当に、本気で自分を殺そうとしていた筈がない。きっと、絶滅社へのポーズでしかないに違いない。
 まだ、そう信じたがっているのだな、柊蓮司。全く、何と身勝手で尊大な男だ。世界は、自分の為に在るとでも思っているようだな。
 で、欠席扱いにしたのは何故なのだ、アンゼロット」
「ああ、それか」

 闇姫の問いを受けた冥魔王は、踵で柊を踏みつけ苦鳴を上げさせた。

 普段、恋愛フラグをへし折るときと同じように
 いつもどおりに不都合な事実から無意識に目を逸らし
 いつもどおりに物事を自分に都合よく解釈し
 いつもどおりに振舞う柊を眺めて

 世界の守護者だった冥魔王は
 いつもと違う亀裂めいた禍々しい笑みを浮かべ
 いつもと違う大人びた口調で
 いつもと違う残酷な台詞を口にした。

「その件については、な。わざわざ学園と交渉をしなかったのだよ。どうせ、卒業までには殺すつもりだったから、な」
「!?」

 衝撃を受けた柊は危うく気を失いかけ・・・・・・呆然と、目の前に立つ黒髪の美女を見上げた。

   この・・・・女は・・・・・誰・・・だ? いくら・・・・アンゼロットが・・・根性のひん曲がった・・・厭らしい・・おばはんでも・・・・・・
   こんな・・・・・・事を・・・言う・・筈が・・・・・・・・

 視界の端に、黒い羽根が映る。そちらに顔を向ける。
 邪に満ちた瞳でこちらを観て、愉しそうに、亀裂めいた邪笑を浮かべる闇姫の姿が、見えた。

   アイツか? アイツに操られてんのか? そういやぁ、あの物好きな莫迦にも取り憑いて唆してたっけ。
   あの物好きな莫迦は、瘴気の浄化が得意だったそうだから・・・・
   トチ狂っても、まだ、アンゼ可愛いよアンゼで済んだが・・・・アンゼロットは・・・・そういうわけには・・・・
   瘴気を・・・・浄化すれば・・・きっと・・・・アンゼロットを・・・・正気・に・・・・戻せ・・・・・でも・・・・どうやって・・・・

 思考が、空転する。どうしたらいいのか、分からない。何も思いつかない。だが何か出来る事がある筈だ。
 何か。何か。何か。何か何か何か。なにかなにかなにかナニカナニカナニカ・・・・・・・・・



 床に転がったまま此方を向いて、その実、何も見ていない柊の瞳を見つめ返し、エルヴィデンスは心の中で語りかけた。

 苦しんでいるな、柊蓮司。だが、これは必然なのだ。お前の在り方とアンゼロットの在り方の違いが導く、当然の帰結なのだ。
 今迄、お前が世界を救って来れたのは、ただ単に運命がそう成っていたからに過ぎん。
 そして、第八世界における運命とは、即ち幻夢神の意思なのだ。

 幻夢神の夢の産物たる第八世界人は全員が幻夢神の端末であり、本体が特に注意を払った其の瞬間には八大神の力を、つまりは悪徳
七王の80倍の力を奮う事が出来る。これは、第八世界内ではほぼ万能と言って良い。
 お前は運命に選ばれていた。幻夢神に注目され、気に入られていた。だからこそ、総ての事象がお前に都合良く推移して来たのだ。
 笑える程度の不幸をスパイスにしながら、な。
 まあ、それも分からなくはない。傍で見ていて、此れほど愉快な奴はそうは居らんからな。

 しかし、今回はそうはいかん。この私の力は、本来ならば八大神に匹敵する。
 力の大半は未だ封じられたままとはいえ、幻夢神もまた、裏界の封印に力の大半を割いている。
 そして此処は狭界だ。世界結界の外側だ。此処でなら、幻夢神の影響も充分相殺出来る。

 柊蓮司よ。今日のお前に運命の加護は無い。お前は今回、世界を救う運命に無い。

 其れだけでは無い。
 お前の活躍は、アンゼロットを貶める。お前の存在は、アンゼロットを傷付ける。
 故に、お前はアンゼロットを冥魔王化させる為の最後の引き金に成りうるのだ。
 お前がこの件に関わったばかりに、世界は滅ぶのだ。

 今回は、お前こそが世界滅亡の鍵なのだ。

 礼を言うぞ、柊蓮司。お前の増長が、お前の傲慢が、私に総てを齎すのだ!



 黒髪の冥魔王は、打つべき手を思いつかない柊の顔を覗き込んで歪んだ喜悦を覚え、その美しい顔に裂けるような笑みを浮かべた。

「大分堪えたようだな、柊蓮司。さて、そろそろ腕の一本ぐらい落とすか」

 アンゼロットは柊の手から魔剣を?ぎ取り、その切っ先を柊の肩に当て・・・・・・思い直して柊の服の胸元を切り裂いて跳ね除け、九天玄女の血の暴走で女性となった、その豊かな胸を剥き出しにすると忌々しげに睨みながら自らの大きな胸を揺すった。

「ふん。やはり、まずはココから切り落とすとしよう」

 冥魔王の手に握られた柊の魔剣が、混濁した意識のまま横たわる柊の胸に突きつけられた。


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