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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第12話

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だれでも歓迎! 編集
【神話時代 エル=ネイシア 惑星間宇宙】

 虚空に浮かび、瞬かぬ星々の光に照らされた石造りの巨大神殿。その入り口前の階段に、巡回任務から帰還した星精霊たちの報告を
受ける美貌の青年神― 第三世界エル=ネイシアの世界の守護者・星王神エルンシャの姿があった。

「星王神さま。惑星規模の瘴気塊を見つけたでスター」
「星王神さま。風星周辺で精霊獣を見かけたでエステル」
「星王神さま。皇王星付近に冥界門が開いたでシュテルン」
「よくぞ知らせてくれた、我が愛しき星精霊たちよ」

 エルンシャは整った貌を引き締めて頷き、右手に持った星の錫杖を星精霊の一人が指差す方向へ― 瘴気の吹き溜まりへと向けた。

「滅せよ」

 一言呟くや、星の錫杖から一筋の光条が放たれる。地上からは彗星のようにも見えるそれは、冥界から立ち上り蟠った瘴気を包み込
み、瞬く間に浄化し尽くしていき― その光景を見つめながら、エルンシャは誰にともなく呟いた。

「キリが無いな。アンゼとイクスは二人でこれを遣りながら、同時に地上の管理もしていたのか。それでは、過労で倒れるのも当然だ」
「ええ。だからこそ、エルンシャ様に来ていただいて、わたくしもイクスも大変感謝しているのですわ」

 突然声をかけられ、驚いて振り向いたエルンシャに、アンゼロットは花が綻ぶような笑顔を向けてケーキとティーセットを入れたバ
スケットを軽く持ち上げて見せた。

「お疲れ様です、エルンシャ様。今日はシフォンケーキを焼いてみました。召し上がって戴けませんか?
 それと、風星の精霊獣はここに来る途中でわたくしがぺちっとへち倒してきましたから安心してくださいな」
「おお、ありがとう、アンゼ。今、冥界門を閉じてしまうから少し待ってくれないか」

 エルンシャは錫杖の飾りを変形させて内部に一つの銀河を収めた宝玉を顕わした。そして、地上からは超新星にも見える、だが決し
てアンゼロットの左目を晦ませることのない柔らかく暖かい輝きを放つ巨大な光球を作り出し、エル=ネイシアを隅々まで照らし出す。

「我が錫杖に込められしは・・・・・銀河」

 エルンシャは遥か皇王星の衛星軌道上に開いた冥界門に向けて錫杖を一振りし、数天文単位の距離を数秒で横断した浄化を齎す光球
は、狙い過たず冥界門を撃ち抜き、一瞬にして消滅させた。

「これでしばらくは冥魔が迷い込むこともないだろう。では、アンゼ。遠慮なくケーキをいただくよ」

 成果に満足したエルンシャはケーキを一切れ掴み取ってはぐはぐと頬張り、アンゼロットに微笑んだ。

「うん、おいしいよ、アンゼ。もう一切れもらおうかな」
「ええ、どうぞ。全部食べてくださいな。さ、星精霊たち。あなたたちもお食べなさい」
「ありがとうでスター!」
「いただきますでエステル!」
「とってもうれしいでシュテルン!」

 背中に小さな翼を備え、頭上に光の輪を浮かべた、金色の巻き毛も愛らしい仔猫ほどの大きさの糸目の赤子の姿をした星精霊たちは
歓声を挙げてケーキに群がり、その光景をエルンシャは、穏やかな表情で微笑ましく見守り。
 そして、アンゼロットは、その青年の姿をした神の美しい横顔に、目を奪われて陶然とした。

 エルンシャはとても美しい。

 慈愛に満ちた眼差し
 包容力を感じさせる声
 逞しい胸

 文字通り神の手で創られた、男性美の結晶だ。

 父親とエルンシャ以外の男性を見た事がないアンゼロットには、彼よりも美しい男がいるとはとても思えなかった。それに、美しい
のは外見だけではない。その心もまた、美しかった。優しく、寛大で、思い遣りに満ちていた。

 最初に差し入れを持って来たとき、アンゼロットは緊張のあまり、熱いお茶を零して彼にかけてしまったが、彼は一言も彼女を責め
はなかった。
 寧ろ、アンゼロットが火傷をしていないかどうか、そちらの方を気にしていたのだ。
 そして、何度も会いに来るうちに気の大きくなったアンゼロットは次第に彼に甘えたり我儘を言うようになったが、彼は何時でも何
でも言う事を聞いてくれたのだ。

「エルンシャ様ー、だっこー」
「おう、よしよし」
「んー、ちゅーしてー、むちゅー」
「ああ、分かったよ、アンゼ」

(ああ、アンゼ様、すっかり幼児退行してるでスター)
(なんちゅーか、らぶらぶバカップルっちゅーよりも、甘えん坊な幼女とだだ甘な叔父さんって感じでヤンスなぁ)
(アンゼ様は、こないだ過労で倒れたばかりで病み上がりなんで、プラーナが足りてないでエステル)
(赤ん坊とゆーのは、愛と安らぎに満ちたプラーナを最も効率よく吸収できる形態なんでシュテルン)

 アンゼロットは目を閉じて軽く顎を上げて唇を突き出し。
 エルンシャは、アンゼロットの前髪をかき上げて優しく額に口付けた。

「逃げたー! ギリギリで逃げたでスター!」
「てゆーか、ナニをDoすりゃいーのか、まったく分かってないでエステル」
「エルンシャ様のアンゼ様への愛は、混じりっ気なしに純粋な神の愛なんでシュテルン」
「そこ、うるさいですわよ」

 囁き交わす星精霊たちに気付いたアンゼロットは居住まいを正し、バスケットからティーセットを取り出した。慣れた手付きでお茶
を淹れ、石造りの階段に並んで腰掛けたエルンシャに勧める。

「はい、どうぞ。今日のお茶はミルクティですわ」
「ありがとう、アンゼ」

 エルンシャは礼を言って受け取ったミルクティを一口飲んで微笑み。
 その笑みがあまりにも眩しくて。
 アンゼロットは朱に染まった頬に手を当てて目を逸らした。

「エルンシャ様も大変ですわね。ずっと虚空を漂って、瘴気の浄化を続けているのですもの」
「君とイクスが交代で差し入れをしてくれるお陰で、随分と助かっているよ。それに、これも至高神様たちが幻夢界を完成させるまで
のことだ。闇界・冥界を封じる蓋が出来れば、私も地上の管理を手伝いにいけるだろう」
「ええ。その日を楽しみにしていますわ」

 アンゼロットは応え・・・・・・星精霊の頭を優しく撫でるエルンシャの手に、目を留めた。

 綺麗な、手だった。

 一度も、剣を握ったことのない、手。
 一度も、血に濡れたことのない、手。
 一度も、誰かを殴ったことのない、手。

 冥魔を殺すためではなく、皆を慈しむためにある、手。

 アンゼロットはエルンシャから目を離し、肘までを覆う、黒く長い手袋をはめた自分の両手を見下ろした。

 長年に渡って武器を振るい続け、硬くなった手。
 幾度となく、血に濡れた手。
 何千体もの冥魔の臓腑を抉り、頭蓋を握り潰してきた手。

 人の子らを慈しむためではなく、敵を殺すために鍛えられた、手。

(手だけでは・・・・・・・・・・・ありませんわね)

 そっと、前髪を撫で付け、右目を ― 冥界の魔力を導く金色の邪眼を ― 隠す。
 星の錫杖が放つ、浄化の光を遮るために。エルンシャの視線を、避けるために。

「どうしたのだ、アンゼロット?」

 その仕草を見咎め、エルンシャがティーカップを口元に運ぶ手を止めた。

「いえ、その・・・・・・ご存知のとおり、わたくしの右目は邪眼です。もしもエルンシャ様のお目に触れて何かありましては・・・・・・・・・」
「恥じることないよ、アンゼロット」

 慌てて右目を押さえるアンゼロットに、エルンシャは暖かく力強い手を伸ばし、優しく頬を撫で、右目を覆う前髪を除けると銀の双
眸でアンゼロットの金色の右目を覗き込んだ。

「君の瞳は美しい。人々の安息を願う、君の優しい心を映し出している。それに、この手も」

 逞しく、包容力を感じさせる手がアンゼロットの手を取って手袋を外し、エルンシャは自らの頬にアンゼロットの手を当てた。

「この手は、皆を守ってくれた手だ。人の子らを慈しむためにあるものだ。私やイクスや、星精霊たちや至上神様のためにケーキをつ
くってくれる手だ。君は、世界の守護者だ。死を与える戦女神ではなく、安らぎを与える女神なのだ」
「エルンシャ様・・・・・・・・・・」

 アンゼロットは潤んだ瞳でエルンシャを見つめてゆっくりと身を寄せていき、エルンシャは彼女を優しく抱き締めた。

(エルンシャ様、全力全開でアンゼロット様を口説いてるでスター)
(いやいやいや、アレだけやって本人は口説いてる自覚ないでエステル)
(てゆーか、エルンシャ様は慈愛の神だから、なんかよく分からないけどアンゼ様が急に落ち込んだんで慰めてるだけでシュテルン)

 傍でケーキを貪る星精霊たちの交わす言葉を気にも留めず、エルンシャはアンゼロットに囁いた。

「アンゼロット。私はね、まだ、人の子らを見た事がないのだよ。ずっと、ここで瘴気の浄化をしているからね。それでも。私は、自
分が何を守っているのかを決して忘れはしない。それは、君と“イクスが”会いに来てくれるからだ」

「ソレは湿原でスター!」
「ココで他の女の名前出しちゃダメでエステル!」
「今のでアンゼ様は大変ご機嫌を害されたでシュテルン!」

「ん? 何か気に障る事を言ったかな、アンゼロット?」
「いいえ。何も」

 急に騒ぎ出した星精霊たちに困惑したエルンシャから身を放し、アンゼロットはすっと表情を引き締めた。

「お邪魔して申し訳ありませんでした、エルンシャ様。もう行かなくてはなりませんわ」
「そうだな。お互い、そろそろ仕事に戻らねば。もう少し、ゆっくりと話せる時間が取れれば良いのだが」
「お父様が戻ってくれば、きっとそうなりますわ。では失礼いたします」

 エルンシャの前を辞したアンゼロットは光速で自分の神殿に舞い戻ると、真っ直ぐに厨房に飛び込んだ。材料をチェックし、新たな
ケーキのアイデアを練り、闇の精霊たちに命じて足りない材料を取ってこさせ、猛然と調理に取り掛かる。

「負けませんわよ、イクスィム! 絶対に、エルンシャ様は譲れませんわ!」

 その頃、地上で。封印された古代神が復活しつつある事など、露とも知らずに。










【現代 忘却世界 ラグシア城跡 100階ダンジョン最下層 元・エンディヴィエ封印の間 入り口付近】

(あの後・・・・・・・・帰ってきたお父様は地上の荒廃に激怒し、エルンシャ様を引き裂いて聖姫たちに作り変えたのでしたわね・・・・・・・・・)

 更にその後、紆余曲折を経て彼は蘇ったが、再度復活した強大な古代神を一人で相手取れる筈もなく、古女王に倒され、今に至る。

(あの女は・・・・・・・・・・わたくしの手で倒さなければなりません)

 通路の奥。曲がり角の向こうから新たな冥魔の一団が現れたのを認め、アンゼロットはやや脚色された回想から眼の前の現実へと意
識を戻した。まずは冥魔たちを倒さなければならない。戦姫に指揮された下僕は、本来の力を遥かに超える脅威となるのだ。
 柊に戦姫の相手を任せはしたが、今日の柊に運命の加護はない。実力とおりに闘い、実力とおりに負けるだろう。だが、エルンシャ
が共にいるのだ。死ぬことだけはありえない。自分が行くまで、足止めさえしてくれればそれでいい。

「コイズミ!」
「ロンギヌス・ビーム!」

 ロンギヌス・コイズミの放った光は、カバーリングに入ったトータスの鏡のような甲羅に跳ね返され、コイズミ自身の胸を打つ。

「くっ!」「よくやりました、コイズミ!」

 ディフェンダーが囮にひっかかった隙を突き、月女王の繰り出した範囲攻撃魔法が冥魔の群れを薙ぎ払う― かと思われた、瞬間。
冥界の銀で作られたゴーレムが空間を歪めて攻撃を収束させ、総ての威力をその身に集め、ただ一人、灰燼と化し、そこに捻れた樹
怪が蘇生の光を浴びせて復活させた。

「くっ! やはり範囲攻撃は効果が低いですわね・・・・・・・・・黒き刃よ、敵を切り裂けい! 『ダーク=エッジ』!」

 アンゼロットは呻き、闇の刃を生み出して。
 手近にいた冥魔ヘドロンガーに斬りつけ、一太刀で首を刎ねた。

「どうやら、一体づつ仕留めていくしか― っ!」

 頭部を失った冥魔の身体はヘドロの山と成り果て、崩れ落ちるも、床に落ちた頭部は切断面から手を生やし、アンゼロットの足首に
爪を立てていた。

「アンゼロット様! 今行きま― しまった!」「ガッデム!」

 慌ててかけよろうとしたコイズミの脚を樹怪の根が絡めとって動きを封じ、黒い火トカゲが炎を吹き付ける。
アンゼロットはコイズミに防御魔法を飛ばしながら刃を振るって冥魔に止めを刺し、コイズミも樹怪の根をビームで焼き切って後退
し、額に冷や汗を浮かべて問いかけた。

「アンゼロット様! 冥魔とは斯様に士気高く、連携を取って襲ってくるものなのですか?!」
「いいえ! この冥魔たちは古代神が思念を送って指揮しているのですわ。下僕の覚悟と連携と、冥魔の力を兼ね備えた強敵です。
コイズミ、くれぐれも気を抜いてはなりません!」
「はっ! 承知致しました!」

 広間に通じる通路で迫り来る冥魔の群れを向かえ討つ。広い場所で戦えば数で劣るこちら側はたちまち取り囲まれてしまう。なんと
しても、この狭い通路で倒さなければならないのだ。

「我が鞭を受けられるか!」

 アンゼロットの振るう魔力の鞭がダーク・サラマンダーの背骨を打ち砕く。しかし、冥魔は最期の力を振り絞り、炎の魔力を込めた
視線で彼女を“視”た。

「効きませんわ!」

 片手を振り、パァンと魔力を弾き飛ばし。その一瞬を突いて殴りかかった冥界の銀で作られたゴーレムの一撃をカバーに入ったコイ
ズミが受け止めて。程無く、アンゼロットの攻撃が冥魔たちに止めを刺した。

「はぁ、はぁ、はぁ。や、やっと、片付きましたな、アンゼロット様」
「え、ええ・・・・・・・思ったより梃子摺りましたわね」

 呼吸を整える二人の身体には、無数の小さな傷があった。その殆どが、倒したと思った瞬間に最期の力で反撃されて受けた傷だった。

「これが・・・・・・・かつて、エルヴィデンス自身が不覚をとったという最強の下僕技、“一人1hp削り”。自分がされる側になってみると
凄まじくうっとおしいですわね」
「柊様と戦いながら、知性が無い筈の冥魔の群れをここまで統率するとは・・・・・・・・・以前、戦姫の最大の能力は数を力に変えるところだ
と聖華姫が言っていましたが、我が身で実感致しました」

 個々の冥魔の能力はアンゼロットの敵ではなかったが、連携し、出し惜しみせずに力を絞り尽くすことで無視できないだけの被害を
与えていたのだ。だが、それももう、終ったようだ。アンゼロットは通路の奥の様子を伺ったが、最早、冥魔の気配は絶えていた。

「どうやら、今の一団で最後だったようですわね」
「はい。では、いよいよ柊様たちの援護に向かいましょう!」

 二人は広間の方へと視線を向け― 悲鳴を上げた。
 戦姫の手に握られた神殺しの魔剣が、本来の持ち主の胸を貫いていた。あれでは、その身に宿った星王神も・・・・・・・・・

「そんな・・・・・エルンシャ様・・・・・・・・」

 胸の中を、冷たい風が吹き抜ける。眩暈がする。眼の前が暗くなる。床がせりあがってきて―

『リザレクションソウル』
「えっ?」

 暖かく落ち着いた、包容力を感じさせる力強い男の声が耳を打ち、柊の命の灯が再び燃え上がり、その手の魔剣が跳ね上がり、戦姫
の脇腹へと突きたてられた。



「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
「――――――――――――――――――――――――!」

 柊は雄叫びを上げ、戦姫の脇腹へと強引に魔剣を捻じ込み、ありったけの命とプラーナを注ぎ込み。
 エルンシャもまた、魔剣を通じて瘴気を消し去る浄化の光を戦姫の体内に流し込む。
 戦姫の全身が内側から白く淡く輝き、其の身を包む瘴気が薄れゆくのを認め、柊は更に刃を押し込んだ。

 戦姫の左手が魔剣の刃を掴んで固定し。
 戦姫の右手がウィッチブレードを振り上げ、柊の左手がその手首を掴んで押し止め。
 二人の視線が、ぶつかりあった。

「はっ、私に一刺しくれた事は褒めてやる。今の一撃、中々のものだったぞ」
「へっ、ありがてぇこった。じゃ、ご褒美に俺の魔剣返してくれよ」
「そうはいかんな。たった今から、貴様の事は道具ではなく障害物として認識するぞ」

 エルヴィデンスは掴んだ魔剣を力ずくで傷口から引き抜き、裂けるような笑みを湛えて柊を見た。

「しかし驚いたぞ。レベルや学年がひとつふたつ下がった程度で身も世もなく泣き喚く腑抜けが、如何にエルンシャの治癒力を当てに
したとて一旦死んで見せるとはな」
『まあ、本来の力を99%以上封じられた状態で、単身、世界を相手取って勝ったお前にとっては柊君の苦難も苦労の内に入らないのか
もしれないが、人の子にとってはとても大きな痛手なのだと思うよ。それを乗り越えた柊君の意思力を甘く見たな、エルヴィデンス』
「ああ、そのようだな」

 古女王はエルンシャの言に同意し、柊の目を見つめて問いかける。

「何故、其処までする、柊蓮司? 貴様は別に、アンゼロットに忠誠を誓っているのでも、惚れ込んでいるのでもないのだろう?」
「俺は仲間を見捨てねぇ! 俺の仲間に手を出す奴は、絶対に許さねぇ! それが、総てだ!」

 柊は叫び、今一度魔剣を押し込み、生命を注ぐ。全身の毛細血管が破裂し、柊の姿が真紅の霧に包まれる。一瞬後、その血煙は魔剣
へと吸い込まれ、晶の魔剣は歓喜の声を上げて刀身に刻まれた魔術文字をより強く光らせた。

「おっ、おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
「ぐっ・・・・がっ・・・・・・・・・ッッ! このッ!」

 戦姫の黒翼が左右から柊の脇下を打ち据え、肋骨を砕く。
 折れた骨が突き刺さり、破れた肺から血が溢れ出る。熱いモノが喉をせりあがる。
 ゴボリ、っと柊の吐いた血塊が晶の魔剣の宝玉を濡らし、更に、より一層輝きを増し、戦姫の手を灼いた魔剣を
 柊はより深く、力任せに捻じ込んだ。

「やれ、エルンシャ!!」
『おおッ!』

 一際眩い閃光が迸り、広間を白く染め上げて。
 そして、その光が消えたとき。
 そこに、黒翼の戦姫の姿は、なかった。



「結構、苦戦してるわねぇ、セルヴィ。わらわも手伝おうかしら?」
「いや、要らぬよ。エルンシャが復活した時点でこの計画は捨てている。後は遊びだ。こうしている間にも、第三世界では私の下僕達
がアンゼロットを迎え撃つ準備を進めている。丸一日、時間を稼げただけでも収穫はあったのだ。アンゼロットとの決着は向こうで着
ける。今日のところは十年前に遣り損ねた遊びを楽しむだけよ。アンゼロットの自害によって味わい損ねた、奴との闘争をな」

 空間転移で上の階に逃れ、癒しの風に身を包んだエルヴィデンスは喉の奥でクククッと愉しげに嗤い、脇腹の傷を撫で回した。

「其れにしても、生命力を攻撃力に変換する柊蓮司と無限の治癒力を持つエルンシャか。あの二人、片方だけならどうという事も無い
が、組み合わさると中々楽しませてくれるわ。ところでプリギュラ」
「なぁに?」

 ぐったりとした闇海姫を両手に抱えて寄ってきたプリギュラに、一転して疑わしげな視線を向け。

「奴等の仲間の攻撃によって、このダンジョンは1階から最下層まで吹き抜けになっているが、私の呼び寄せた冥魔達がこの穴を利用
しないのはどうした事だ? 飛行能力を持つ者もいた筈だが?」
「わらわじゃないわよぅ。アイツがなんかやったんじゃないのぉ?」

 言外にお前の仕業かと問う古女王に冥魔王は笑って返し。
 その視線を追った先には、熊の縫いぐるみを抱えた黒髪の幼女が立っていた。

「そうか、貴様か、寝ボスケ。運命の名の下に魔王と人間達を弄び、七つの人間界と天界の同胞達を見捨てて惰眠を貪る下種めが」
「・・・・・・・・・ひどい言われようだね。それはともかく、貴女がどんなに強くても、柊のお兄ちゃんは絶対に負けないよ、エルヴィデンス」

 侮蔑も露に睨みつけ、忌々しげに吐き捨てるエルヴィデンスに、一旦、肩を竦めてからTISは微笑みを浮かべて宣言した。

「アレが貴様の理想とする人間の姿か、幻夢神」
「そうだよ」

 幼女は誇らしげに胸を張り

「何処まで見下げ果てた輩だ。私は貴様を軽蔑するぞ」

 面罵され戸惑った顔になった。

 慈愛の念に満ち、強い意志を持ち、決して諦めず、常に信念を貫き通す。それを理想と言って、何故軽蔑されるのか?

「あれ程まで神に、為政者に都合の悪い者など初めて見たわ。あんな者が理想だと? 貴様には神としての、世界の管理者としての意
識は全く無いのだな」
「人は、自分の足で歩いていける。わたしたちは必要ないんだよ」
「ふざけるな。人間が自立出来ん事は第一、第三、第五世界の現状が証明している。神の加護無くして、人間が冥界から身を守るのは
不可能だ。尤もらしい事を言っているがな、結局のところ、貴様は仕事をサボりたいだけだろうが。そうやって人間を放置したが為に
信仰心が薄れ、幻夢界を維持するプラーナを確保出来なくなったのだろう? 主八界の現状は総て、貴様の怠慢が原因だ。
 貴様が真面目に働いておれば、私とてイマイチ信用ならん冥界と手を組む必要もなかったのだ」
「もしもぉし」

 何か言いたそうな冥魔王を黙殺し、古女王は更にTISを罵倒する。

「そもそも、神の為に人が居るのだ。神を崇めぬ人間こそ、主八界には不要な存在なのだ」
「その神が、貴女である必然もないよ、エルヴィデンス」
「ふんっ、人間には自らが崇める神を選ぶ権利がある。それくらいの自由は認めるさ。そして、私が選ばれないなら、選ばれるように
策を練る。が、神そのものを必要としない人間だと? そんな者は人間の存在意義に反するわ。天界の者達とて、其の存在を認めはせ
んよ。永年に渡り、幻夢界で闇界から立ち上る瘴気を浴び続けて狂ったか、幻夢神」
「貴女には理解出来ないんだね・・・・・・・・」
「あらぁ、わらわは分かるわよぉ」

 悲しげに呟いたTISに、意外にもプリギュラが賛意を示し、満面に亀裂めいた笑みを浮かべて惜しみない賛辞を送る。

「人間に転生した魔王たちを因果律で守って世界を守る為に手を汚す覚悟を決めた者達を舞台から締め出して無力感を味あわせ、闘う
覚悟のない者に世界の命運を押し付けて大事な家族を殺させる。アンタのシナリオ、とっても残酷で卑劣で鬼畜で非道で素晴らしいわ
ぁ。第八世界は怒りと憎しみと悲しみと自己嫌悪の念に満ちた負の感情で味付けされたプラーナで一杯よぉ。ホント、いい趣味してる
じゃないのぉ。ねぇ、わらわ達と手を組まない? 一緒に地獄を造りましょうよぉ」
「違うよ。あたしはそんなつもりじゃ―」
「違わんよ。貴様が遣っている事はな、裏界のポンコツどもなどより遥かに多くの苦痛と悲嘆を世界に押し付けているのだ、幻夢神」

 古女王に反論を封殺されたTISは目を伏せると、呆れ果てた、と言った風情で首を振った。

「古女王陛下お得意の精神破壊攻撃って奴だね。でも、あたしには効かないよ」

 聖姫と闇姫の能力は、ほぼ同じ。故に、千日戦争に陥った彼女らは勝利を得るべく様々な手段を模索した。
 下僕を集め、戦術を磨き、多彩なプリンセス・モンスターを製造し、数多の魔道具を造り。
 そして出来上がった基本戦術とは。

 まずは舌鋒で敵の胸を抉り、冷静な判断力を奪い
 次に下僕を嗾けて敵の下僕を一掃し、出来るならば手傷を与え
 心身共に僅かなりとも弱体化させたところで踊りかかる・・・・・・・・・というものだった。

 つまり、戦姫同士の戦いは、横で聞いている者が耳を塞ぎたくなる凄まじい罵詈雑言の応酬から始まるのだ。
 呪言や思念波を組み合わせ、脆弱な自我しか持ち合わせぬ者ならば其れだけで正気を失いかねない精神攻撃を繰り出し合うのだ。
 油断と慢心が裸で歩いているポンコツがデカイ面出来る程度のヌルい世界の住人には全く想像の及ばない、苛烈な戦場が現れるのだ。

「どこぞの軍曹の罵りがインフルエンザの予防注射なら、戦姫の舌鋒はクラーレ毒を塗ったパイルバンカーのようなもの」
「そんだけ威力あったら毒関係なくない?」
「でもね、どんなに鋭い刺突でも、どんなに強力な猛毒でも、当たらなければ効果はないよ。
 そして、あたしやお兄ちゃんの心がどこにあるか、貴女には絶対に分からない。
 人間は神の家畜だと、信じて疑わない貴女には」

「人間は神の家畜だ。超至高神の命により、其の様に創ったのだ、我等108の古代神がな。
 其を否定する貴様は最早、超至高神の臣下では無いぞ。
 そして、私の様に人の子らを下僕として面倒を見て遣る事もなく、気が向いた時だけ干渉し、人の子らの生涯に悲劇を齎す貴様は裏
界のポンコツどもと変わらんよ。
 己と対等以上の存在から目を背け、圧倒的弱者を虐げて己を全能と信じたがる負け犬だ」
「あー、はいはい、ヘイト乙っと。貴女と話す事は何もないよ、エルヴィデンス」

 TISは溜息をついて空間転移で姿を消し。
 古代神は麗しい貌を嫌悪に歪め、冥魔王は愛らしい顔に嘲笑を浮かべてそれを見送った。

「あーあ、逃げちゃった。にしてもぉ、セルヴィと柊蓮司って、結構、面白い組み合わせよねぇ」

 絶大な力を持ちながらもその大半を封じられ、敵から奪った力で戦い、無理がたたって敗れ続けるエルヴィデンスと。
 何の力も無いにも拘らず、更に味方から色々下げられて、それでも勝ち続ける柊蓮司。

 何度も敗れても、そのたびに、それ以前よりも状況を好転させ、遂には世界を奪ったエルヴィデンスと。
 何度勝利しても、決して世界を平和に出来ない柊蓮司。

 なんと皮肉な対比だろうか。

 思いを巡らす冥魔王の腕の中で、ぐったりとした幼姫がうわ言を呟いた。

「・・・・・・・ぱぱぁ・・・・ぱぱぁ・・・・・」
「うーん。闇海姫ちゃんは大分具合が悪いみたいねぇ」
「プリギュラ。お前は闇海姫を連れて先に帰れ。私は、もう少しアンゼロットと遊んでから戻るとしよう」



「お待たせしました、エルンシャ様、柊さん! 冥魔の方は片付きましたわ!」
「ご無事でしたか、お二方!」
「遅せえじゃねぇか、二人とも。こっちも、もう片付いたぜ、って魔剣! 俺の魔剣はッ?!」

 柊は、全身を蝕む激痛を物ともせず、駆け寄ってきたアンゼロットとコイズミに軽口を返し。
 次の瞬間、戦姫の消えた場所に奪われた魔剣が落ちていないのに気付き、顔を青ざめてうろたえた。

『落ち着き給え、柊君。すぐ上の階から強いプラーナを感じる。どうやら、空間転移で一時撤退したようだな。
 だが、アンゼロットが八大神から切り離されている今はエルヴィデンスにとって千載一遇の好機。
 傷を癒して、すぐに再戦を挑んでくるだろう』
「ですが、先の一撃で、あの女の瘴気は殆ど浄化されていました。もう、さっきまでのような力はないのではありませんか?」
「それでも、魔王たる者、そう簡単には自分の優位を疑いはしないでしょう。まだ、心のどこかで柊様を侮っている筈です。
 きっと戻ってきますよ」
「そ、そうか? ならいいんだ」

 安堵した柊の体内でエルンシャの治癒力が渦巻き、砕けた肋骨が再生し、破れた肺が直り、破裂した毛細血管が修復され、失った血
液が増産されていく。

 今回は、実にいい仲間に恵まれた。

 改めて、その幸せを噛み締める。能力だけの事じゃない。エルンシャもコイズミも、たまにちょっとボケたところを見せるときもあ
るが、とても真面目で誠実で、一緒にいて気持ちのいい漢たちだ。

(コイズミが俺を見る目は、正直、くすぐったくてしょうがねぇけどよ。コイツら、いつもの連中と違って俺をおちょくらねぇし、ど
んなにピンチになっても絶対に諦めねぇ。安心して命を預けられる、素晴らしい仲間たちだぜ)

 その分、敵が半端なかった気がするが。例えるなら、ベルと安藤のおっさんを足して、嫌味にしたような感じだろうか?

「しかし、柊様はよく古代神の神気と精神干渉に耐えられましたなぁ」

 感慨に耽る柊に、仮面越しでもソレと分かるほどに崇拝の念を露にしたコイズミが手放しで賛辞の言葉を投げかけた。

「私も、向こうで戦っている間中、ずっと頭の中で“諦めろ、諦めろ”と囁く声が聞こえてきて、何度も何度も挫けそうになりました
が、柊様はもっと強烈な呪詛を浴び続けていたのですよね?」
『うむ。柊君の意思の強さには私も驚いた。幾らかは私が緩和させたが、常人なら0.05秒で精神崩壊を起こすだろう威力の思念波を浴
び続け、幾度となく致命傷を受けながらも此処まで戦い抜いたのだからな。今迄、どれ程の苦難を乗り越えてきたのかが偲ばれるよ』
「・・・・・・・・・俺はそんなモンを受けてたのか」

 今更ながら、ひどく無謀な真似をしたものだと背筋を震わせていると、アンゼロットが勝ち誇った表情で口を挟んだ。

「エルンシャ様、柊さんはわたくしが手塩にかけて育てあげたのですよ。わたくしの薫陶があればこそ、今の柊さんがあるのです」
「嘘つけ! お前はただ遊んでただけじゃねぇか! おい、エルンシャさんよ。コイツが俺に何をしたか、俺の記憶を“観て”くれよ」
『ふむ、どれどれ?』
「あ! やめて、やめてください、エルンシャ様!」
『おお! なんと!』

 アンゼロットの制止も僅かに遅く、柊の記憶を覗いたエルンシャはショックを受けた様子で呻いた。

『あの優しいアンゼロットが・・・・・世界を守るためとはいえ、こんなにも残酷な仕打ちを・・・・さぞや、辛かっただろうな、アンゼロット』
「分かってくださいますか、エルンシャ様!」
「おら、ちょっと待て!」

『柊君。君も色々大変だっただろうが、アンゼロットの苦しみも分かってやってくれ。アンゼロットは、運命に選ばれる事の多い君が
 その重圧に潰されないように君の心を紛らわせたり、鍛えたりしなければならなかったのだ。その為に、アンゼロットは涙を飲んで君
を逆境に追い込んでいたのだよ』
「ああ、エルンシャ様! 貴方は本当にわたくしのコトをよく分かってくださいますわ!」

「いくら何でも好意的解釈が過ぎるだろッ! アンタがそうやって甘やかすからコイツはッ!」
『いや、柊君。どうか、アンゼの苦しみも分かってやってくれないか?』

「柊様とエルンシャ様がアンゼロット様を巡って対立するのではないかと案じておりましたが、まるで姪御さんの教育方針を巡って争
う叔父さんのようですね」
「俺がこのオバハンの叔父みたいだって? よしてくれよ!」「ちょ、柊さまッ! エルンシャ様が―」
『ふむ。今のアンゼロットの容姿をそのように評するとは、些か上限が低すぎはしないかな、柊君?』
「妙な誤解すんじゃねぇよ!」「落ち着いてください、柊様」

 憤慨する柊をコイズミが通夜のような鎮痛な表情で宥めにかかった、そのとき。
 突如、柊がビクンッと身体を仰け反らせた。

「ッぐぁッッ?! こ・・・・・これは・・・・・・・・」「柊様!」「どうしました、柊さん!」

 冷たい手が柊を掴み、頭の中を掻き回す。柊蓮司は識っていた。これが“何”なんのか。初めて世界の危機に対峙した、あのとき。
 あの赤い小惑星と対峙したときに受けた、あの感覚。“アイツ”と一緒にひっかかった精神的トラップに、とてもよく似たものだった。

『これはエルヴィデンスの精神干渉! よもや、上の階から仕掛けてこようとはッ!』
「あ゛・・・・・・・・が・・・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・ああああぁぁぁあぁぁぁぁッ!」

―――先ほどは的を外したが、此度はそうはいかん。貴様の持つ、最大の心の傷を見せて貰おうか―――

 心が読まれる。記憶を“観”られる。魂が裸にされ、邪神の知覚に晒される。

「や・・・・・やめ・・・・・・・・やめ・・・・・・・・やが・・・・・・・・・れ・・・・・・・・・・・・」

 目が霞む。一人の少年の姿が、脳裏に浮かぶ。

“そこの柊さん。天文部に入って、お友達を作ってみませんか?”
“シバくぞこの野郎ッ!”

「・・・・・・よ・・・・せ・・・・・・・・・ヤ・・・・・メ・・・・ロ・・・・・・・・」

―――クックック。そうか、コレか。コレが貴様の原点にして、決して己を許せぬ大罪か―――

“でね、コイツったら、迷子の男の子のお母さんを探し回ってるうちに、今度は自分が迷子になっちゃって”
“小学生の頃の話じゃないかぁ”
“おめーいい奴だな。携帯の番号教えろよ”

 思い出す。思い出す。思い出す。彼と交わした、数々の会話を。

“いったい、どうしたんですか、柊さん、赤羽先輩?!”
“おめーの力を貸して欲しいんだ。今、俺たちはギリギリの崖っぷちでさ”
“あの、もしかして、駆け落ちですか?”
“馬鹿っ! そんなんじゃねぇよ!”

―――さあ、柊蓮司。今こそ自らの咎、しかと見据えるのだ―――

 邪神の嘲笑が響き、気付けば、目の前に彼が立っていた。眼鏡をかけた、小柄な、大人しそうな少年が。
 柊は彼を知っていた。もう一度会いたいと日夜望み、そして、その願いが適わぬ事に、心のどこかで安堵していた相手。
 悔やんでも悔やみ切れぬ悪行の犠牲者。なかったことになった、柊蓮司が、犠牲にした戦友だった。


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