月と星と柊と
“僕は正々堂々と世界の危機に向き合います。誰かを犠牲にして楽をしたいとは思いません”
眼鏡をかけた、小柄な、大人しそうな少年が。
その瞳に決意を漲らせ、誓いを込めて宣言する。
その瞳に決意を漲らせ、誓いを込めて宣言する。
「・・・・・・・・よ・せ・・・・・・・やめ・・ろ・・・・・・・・おめーが・・・・・・・全部・背負うこたぁ・・・・・ねぇ・・・・・・・・・・・」
小柄な少年は全身から蒼い輝きを放ち、身の丈ほどもあるウィッチブレードを振りかぶり。
その前に立つ、赤い輝きに包まれた小柄な少女が、両手を広げて進み出た。
柊蓮司は知っている。これから何が起きるのか。
その前に立つ、赤い輝きに包まれた小柄な少女が、両手を広げて進み出た。
柊蓮司は知っている。これから何が起きるのか。
「やめ・・・ろ・・・・・・・・やめ・・・る・・ん・だ・・・・」
打ち倒され、地面に這い蹲ったまま呻く柊の目の前で。
少年は剣を振り下ろし。
少女を。
切り伏せた。
少女を。
切り伏せた。
「―――――――――――――――――――――――ッッ!!!」
声にならない悲嘆の叫びをあげる柊に。
少年が、振り返る。
優しい笑みを、浮かべていた。
総てを受け入れた、ひどく透明な、儚い笑みを。
少年が、振り返る。
優しい笑みを、浮かべていた。
総てを受け入れた、ひどく透明な、儚い笑みを。
その身体が、より強い蒼い輝きに包まれて。
少しづつ、少しづつ薄れていき・・・・・・
少しづつ、少しづつ薄れていき・・・・・・
消えた。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッォォォォォォォォオォォォオォォォォォォォォォォオォォォォォォォ!
魂の奥底から込み上げてきた慟哭を喉から解き放った、その時。
一陣の風が吹き抜けて。
一陣の風が吹き抜けて。
カコンッと。
柊は自分の胸の中で、歯車の外れる音を聞いたような、気がした。
「如何なされたのですか、柊様!」
突如、大声を上げ、力なく両膝で床を打った柊の肩を掴み、ロンギヌス・コイズミは自らの崇拝する英雄を叱咤した。乱暴に肩を揺
すり、顔を覗き込む。彼のこんな姿など見たくはない。彼は常に勇敢で物怖じせず、決して折れず曲がらず挫けない、最強無敵の存在
の筈だった。そうであって欲しい、相手だったのに。
それなのに。
果たして、神殺しの魔剣使いの顔には覇気の欠片もなく、その瞳は何も映してはいなかった。
すり、顔を覗き込む。彼のこんな姿など見たくはない。彼は常に勇敢で物怖じせず、決して折れず曲がらず挫けない、最強無敵の存在
の筈だった。そうであって欲しい、相手だったのに。
それなのに。
果たして、神殺しの魔剣使いの顔には覇気の欠片もなく、その瞳は何も映してはいなかった。
「邪神の呪詛如きに負ける貴方ではないでしょう! 貴方は何時だって堂々としていて、世界全部を相手にしてでも御自分の信念を貫
いてきたではありませんか!」
「そんな目で・・・・・・・俺を見んなよ・・・・・・・・」
いてきたではありませんか!」
「そんな目で・・・・・・・俺を見んなよ・・・・・・・・」
襟首を掴んで揺さぶるコイズミから顔を背け、彼の英雄は力無く呟いた。
「みんな・・・・俺を・・・・誤解してる。俺の事を、馬鹿だの、お人好しだの、英雄だの、聖人だの・・・・俺は・・・・仲間を、犠牲に・・・したん
だ・・・・・・・・・何度、世界を救ったって・・・・何度、くれはの同類を助けたって・・・・アイツは、帰ってこねぇんだ・・・・・・・・
毎日学校に行ったって・・・・アイツは、其処にいねぇんだ・・・・・・」
「何を言っているのですか、柊様!」
「よしなさい、コイズミ!」
「ですが!」
『コイズミ君。柊君は不意打ちでエルヴィデンスに心の傷を抉られ、精神に致命的なダメージを受けている。励ましは逆効果だ』
「ではどうしろというのですか!」
だ・・・・・・・・・何度、世界を救ったって・・・・何度、くれはの同類を助けたって・・・・アイツは、帰ってこねぇんだ・・・・・・・・
毎日学校に行ったって・・・・アイツは、其処にいねぇんだ・・・・・・」
「何を言っているのですか、柊様!」
「よしなさい、コイズミ!」
「ですが!」
『コイズミ君。柊君は不意打ちでエルヴィデンスに心の傷を抉られ、精神に致命的なダメージを受けている。励ましは逆効果だ』
「ではどうしろというのですか!」
見かねたアンゼロットがコイズミを引き剥がし、エルンシャが穏やかに声をかけるも、取り乱したロンギヌスは――普段の彼からは
到底考えられない事に――語気荒く守護者達に食って掛かった。
到底考えられない事に――語気荒く守護者達に食って掛かった。
『神の力による直接の影響は、私が相殺できる。だが、再発した心的外傷は―』
「そんな・・・」
「そんな・・・」
柊の手にした晶の魔剣に宿った、異世界の守護者が言いよどみ、コイズミは呆然と自分の英雄に、幾度となく世界を救ってきた神殺
しの魔剣使いに、邪神に心を砕かれた生身の人間に目を向けた。
しの魔剣使いに、邪神に心を砕かれた生身の人間に目を向けた。
「柊様・・・」
コイズミの口から呆然とした声が漏れ、彼の中でもまた、何かが、崩れ始めた。まるで空が落ちてくるような、立っている地面が揺
らぐような、今まで信じてきた、心の支えがポッキリと折れてしまいそうな感覚に襲われて、ロンギヌスは頭を打たれたかのように身
を傾がせた。
らぐような、今まで信じてきた、心の支えがポッキリと折れてしまいそうな感覚に襲われて、ロンギヌスは頭を打たれたかのように身
を傾がせた。
―――クックック。まったく、手間をかけさせてくれるわ―――
突如割って入った、声。
「ッッ!」
鈴を転がすかのように可憐な、それでいて邪に満ちた、声。
思わず息を飲み、天井に開いた大穴を振り仰いだアンゼロットとコイズミの前に、黒髪の戦姫が、黒翼を広げて舞い降りて。
その姿から発せられる膨大な神気に、アンゼロットの額に汗が浮き、コイズミは床に片膝をついた。
思わず息を飲み、天井に開いた大穴を振り仰いだアンゼロットとコイズミの前に、黒髪の戦姫が、黒翼を広げて舞い降りて。
その姿から発せられる膨大な神気に、アンゼロットの額に汗が浮き、コイズミは床に片膝をついた。
「クッ・・・・・なんという・・・・・神々しさ・・だ・・・・・・・この神気・・・・・・・・・先程よりも・・・・・・・・・・・・・」
「この身を包む瘴気を払ったが故に、遮るものの無くなった我が神気が其の威を強めているのだ。如何に守護者の加護があろうと、卑
小なる人の子がそう長く耐えられるものではないぞ」
「ですが、手負いの身でわたくしに挑もうとは、随分と侮られたものですわね」
「この身を包む瘴気を払ったが故に、遮るものの無くなった我が神気が其の威を強めているのだ。如何に守護者の加護があろうと、卑
小なる人の子がそう長く耐えられるものではないぞ」
「ですが、手負いの身でわたくしに挑もうとは、随分と侮られたものですわね」
表情を強張らせつつも、アンゼロットが細く美しい指先で戦姫の脇腹を指し示した。柊に刺されエルンシャに浄化の力を注がれた傷
は塞がる事なく周辺の肉が蝿の死骸へと変わり、ポロポロと崩れだしている。戦姫の瘴気は身体の周辺を覆うだけではなく、肉体を構
成するプラーナと入り混じり内側から身体を補強していたが、それが失われた今、大幅に強度の下がった寄り代が古代神の力に耐え切
れずに崩壊を始めているのだ。
しかし、それを見抜かれて尚、戦姫は余裕の表情を保ったまま片手で傷口を撫で、うっすらと笑みを浮かべて見せた。
は塞がる事なく周辺の肉が蝿の死骸へと変わり、ポロポロと崩れだしている。戦姫の瘴気は身体の周辺を覆うだけではなく、肉体を構
成するプラーナと入り混じり内側から身体を補強していたが、それが失われた今、大幅に強度の下がった寄り代が古代神の力に耐え切
れずに崩壊を始めているのだ。
しかし、それを見抜かれて尚、戦姫は余裕の表情を保ったまま片手で傷口を撫で、うっすらと笑みを浮かべて見せた。
「この傷か? ああ、別に大した事ではないな。お前を倒し、我が本体を開放するまで持てば充分だ。
それよりも。
お前のペットはもう立てんぞ、アンゼロット。其奴の最も辛い記憶を掘り返してやったからな。前回、その痛みに耐えさせた其奴の
伴侶は此処にはおらん。お前の声では其奴の心に届くまい。其奴はもう、戦えぬ」
それよりも。
お前のペットはもう立てんぞ、アンゼロット。其奴の最も辛い記憶を掘り返してやったからな。前回、その痛みに耐えさせた其奴の
伴侶は此処にはおらん。お前の声では其奴の心に届くまい。其奴はもう、戦えぬ」
「エルヴィデンス! 人の心を弄ぶなど、神であろうと許されるものではありませんわ!」
「神に刃を向けたのだ。魂を砕かれようが、生きたまま冥界に突き落とされようが覚悟の上であるべきだろう?
それにしても、人の仔一匹の心を砕くに此れ程の手間を掛けねばならぬとは我ながら情けない話よ。それもこれも、地神めに力の大
半を封じられた所為だが・・・・・・この苦しみも、間もなく終る」
「神に刃を向けたのだ。魂を砕かれようが、生きたまま冥界に突き落とされようが覚悟の上であるべきだろう?
それにしても、人の仔一匹の心を砕くに此れ程の手間を掛けねばならぬとは我ながら情けない話よ。それもこれも、地神めに力の大
半を封じられた所為だが・・・・・・この苦しみも、間もなく終る」
麗しき少女の姿をとった太古の邪神は世界の守護者の抗議を軽くいなして愚かな神殺しへと目を遣ると、唇の端を吊り上げ自嘲気味
に呟いて。
それきり柊から興味を無くしたエルヴィデンスはアンゼロットへと視線を戻し、数万年の時を経て溜め込んだ憎悪と屈辱と妄執と渇
望を込め、その貌を冥い喜びで満たして告げた。
に呟いて。
それきり柊から興味を無くしたエルヴィデンスはアンゼロットへと視線を戻し、数万年の時を経て溜め込んだ憎悪と屈辱と妄執と渇
望を込め、その貌を冥い喜びで満たして告げた。
「さぁ、踊ろうか、アンゼロット。お前の父に敗れてより幾星霜、この日が来るのをどれほど夢に見た事か」
「・・・・・・・・・いいでしょう。月女王アンゼロットの戦いぶり、とくとその目に焼き付けなさい!」
「アンゼロット様?!」
「・・・・・・・・・いいでしょう。月女王アンゼロットの戦いぶり、とくとその目に焼き付けなさい!」
「アンゼロット様?!」
アンゼロットは大声で宣言し、戸惑うコイズミを残して一人、戦場へと歩み出た。
「コイズミ。柊さんと一緒に下がっていなさい。エルンシャ様、二人を頼みます」
『分かった。任せてくれ、アンゼロット』
「アンゼロット様・・・・・・」
『分かった。任せてくれ、アンゼロット』
「アンゼロット様・・・・・・」
深遠なる迷宮の最下層。
広大な広間の中央にて対峙した二柱の女神。
二人の女王。
広大な広間の中央にて対峙した二柱の女神。
二人の女王。
戦女神・月女王アンゼロットと。
古代神・古女王エルヴィデンス。
古代神・古女王エルヴィデンス。
月衣を使い、今までの戦いで襤褸切れと成り果てたドレスを真紅のロンギヌス制服へと取替え、銀髪を風になびかせたアンゼロットの姿は威厳に満ち。
豊満な体躯を闇色の鎧で包み込み、漆黒の翼を広げ、瘴気を孕んだ狂風を纏う黒髪の戦姫の美貌は見る者に畏怖の念を覚えさせる。
それは正に、一幅の宗教画そのものの光景だった。
豊満な体躯を闇色の鎧で包み込み、漆黒の翼を広げ、瘴気を孕んだ狂風を纏う黒髪の戦姫の美貌は見る者に畏怖の念を覚えさせる。
それは正に、一幅の宗教画そのものの光景だった。
「アンゼロット様・・・・・・御武運を・・・・・・」
ともすれば気を失いかねない程の膨大な神気に耐えながら、柊を引きずって戦場を離れるコイズミの前で、女神達は自身の周囲に無
数の魔法陣を展開し―
数の魔法陣を展開し―
「「下僕召喚! 超女王様伝説!!」」
月と古の女王は、己の眷属を、闇と古の精霊の大群を呼び出した。
子猫ほどの大きさの、極端に頭の大きな姿。大きな、だがどこか意地悪そうな吊目。背中には小さな羽根。尖った爪や尻尾と、何と
なく偽物や悪役めいた雰囲気。両女王の守護聖獣はよく似ていたが、古精霊の方には角があり、全体的に、より一層邪悪そうに見えた。
月と古の女王は、その美しい手を伸ばし、近くに来た精霊の頭を撫で、その首を掴み―
なく偽物や悪役めいた雰囲気。両女王の守護聖獣はよく似ていたが、古精霊の方には角があり、全体的に、より一層邪悪そうに見えた。
月と古の女王は、その美しい手を伸ばし、近くに来た精霊の頭を撫で、その首を掴み―
古女王が、古精霊を投げつけた。
投げ飛ばされた古精霊は注ぎ込まれた古代神の力によって大幅にその攻撃力を高め、音速を超えて敵の女王へと迫り。
闇の精霊を盾にして、アンゼロットがそれを防ぐ。月女王の力を注がれ、防御力を高めた闇の精霊は、古精霊の突撃をその身でしかと受け止める。
二人の女王は手近な下僕を盾にしながら互いに向けて精霊達を投げつけあい、魔力を込めた月光と瘴気を孕んだ闇風を飛ばしあう。
闇の精霊を盾にして、アンゼロットがそれを防ぐ。月女王の力を注がれ、防御力を高めた闇の精霊は、古精霊の突撃をその身でしかと受け止める。
二人の女王は手近な下僕を盾にしながら互いに向けて精霊達を投げつけあい、魔力を込めた月光と瘴気を孕んだ闇風を飛ばしあう。
「はっはっはっはっはっ !愉しい、愉しいぞ、アンゼロット! この日が来るのを何度夢に見た事か!
お前の父に封印され、お前とイクスが争う様を眺めるだけを楽しみにして過ごした数千年! お前達の間に割って入り、共に遊べたならばと、どれ程強く望んだ事か!」
「ええ! たっぷりと遊んで差し上げますとも! だから、満足して眠りなさい!」
お前の父に封印され、お前とイクスが争う様を眺めるだけを楽しみにして過ごした数千年! お前達の間に割って入り、共に遊べたならばと、どれ程強く望んだ事か!」
「ええ! たっぷりと遊んで差し上げますとも! だから、満足して眠りなさい!」
胸の奥から湧き上がる歓喜に身を任せ、古女王が哄笑を放ち。
憎悪を込めて、月女王が三日月形の魔力の刃を投げつける。
古代神は下僕に指示を出し、守護者の攻撃魔法に大量の魔力弾を打ち込ませて相殺し、鎌鼬を生み出し投げ返し、慌てて回避した怨
敵の娘に愉悦を示す。
憎悪を込めて、月女王が三日月形の魔力の刃を投げつける。
古代神は下僕に指示を出し、守護者の攻撃魔法に大量の魔力弾を打ち込ませて相殺し、鎌鼬を生み出し投げ返し、慌てて回避した怨
敵の娘に愉悦を示す。
「あっはっはっはっはっ! 思い出す! 思い出すぞ! 封印される前の事を! お前の父に封じられた記憶が蘇るわ!」
「お父様は、わざわざ記憶まで封じてはいませんわ! 思い出せない事があるのなら、単にボケただけでしょう!」
「ああ! そうかもしれんな! では、もう少し私のリハビリに付き合って貰おうか!」
「お父様は、わざわざ記憶まで封じてはいませんわ! 思い出せない事があるのなら、単にボケただけでしょう!」
「ああ! そうかもしれんな! では、もう少し私のリハビリに付き合って貰おうか!」
「そんな?! あの挑発が通じない!? ベルなら一発でブチキレるところでしょうに!」
『エルヴィデンスは怒りを蓄える事が出来るのだよ。そして、怒らせた相手がその事を忘れた頃に報復するのだ』
「なんと陰険な!」
『エルヴィデンスは怒りを蓄える事が出来るのだよ。そして、怒らせた相手がその事を忘れた頃に報復するのだ』
「なんと陰険な!」
為す術も無く見守り続けるコイズミの前で闇と古の精霊が入り乱れ、銀光と旋風が交差した。
アンゼロットが右手に黒き刃を生み出し。
戦姫もまた、柊から奪った神殺しの魔剣を振るう。
並みのウィザードの動体視力を遥かに超えた速度で鋭く踏み込み、激しく切り結ぶ。
横から見ていてさえも、コイズミの目は両女王の動きを捉えられはしなかった。
戦姫もまた、柊から奪った神殺しの魔剣を振るう。
並みのウィザードの動体視力を遥かに超えた速度で鋭く踏み込み、激しく切り結ぶ。
横から見ていてさえも、コイズミの目は両女王の動きを捉えられはしなかった。
「どうだ、アンゼロット! 久しぶりに自ら刃を振るった気分は! 無力な下僕を死地に送るより余程愉しかろう!」
「ぅ、くぅッ!」
「ぅ、くぅッ!」
魔剣が、銀髪の少女の肩へと鋭く突き込まれる。
月女王は黒刃で其れを捌き、黒翼の戦姫が体勢を崩し。
好機と見たアンゼロットが一撃打ち込もうとして― 微かな、ほんの微かな気配の揺らぎを知覚した。
月女王は黒刃で其れを捌き、黒翼の戦姫が体勢を崩し。
好機と見たアンゼロットが一撃打ち込もうとして― 微かな、ほんの微かな気配の揺らぎを知覚した。
(―あれは、誘い?)
月女王の踏み込みが止まる。戦姫が体勢を整える。
「かかったか。大分、勘が鈍っているようだな!」
「くっ!」
「くっ!」
アンゼロットは呻きながらも刺突を避け、左手にも刃を生み出し突き返し、捌かれる。
身を沈めた戦姫が下から肩を打ち上げ、アンゼロットの胸を突き上げて。
溜まらず、仰向けに倒れた銀髪の少女へと戦姫がウィッチブレードを振り下ろし、カバーリングに入った闇の精霊を一刀のもとに切
り捨てる。
身を沈めた戦姫が下から肩を打ち上げ、アンゼロットの胸を突き上げて。
溜まらず、仰向けに倒れた銀髪の少女へと戦姫がウィッチブレードを振り下ろし、カバーリングに入った闇の精霊を一刀のもとに切
り捨てる。
アンゼロットは戦姫の次の一撃を転がって交わしつつ黒刃を振り、光翼を広げて空中に避け。
直後、突風が吹き、床に叩きつけられ斬りつけられ。
邪神の手に握られた神殺しの魔剣を再び床を転がって避け、素早く起き上がり、物も言わずに再び激しく刃を交わす。
直後、突風が吹き、床に叩きつけられ斬りつけられ。
邪神の手に握られた神殺しの魔剣を再び床を転がって避け、素早く起き上がり、物も言わずに再び激しく刃を交わす。
「エルンシャ様! アンゼロット様が不利です! 何とか、柊様を立ち直らせられないでしょうか?!」
『古代神による直接の影響は取り除けるが、一旦開いた心の傷まで神の力でどうにかしてしまうのは洗脳になってしまうな・・・・・・
会ったばかりの私の言葉がどの程度届くのか、心許ないが出来る限りの事はしてみよう』
『古代神による直接の影響は取り除けるが、一旦開いた心の傷まで神の力でどうにかしてしまうのは洗脳になってしまうな・・・・・・
会ったばかりの私の言葉がどの程度届くのか、心許ないが出来る限りの事はしてみよう』
二人の女王の激戦から柊へと目を移したコイズミに異世界の守護者は暫し躊躇いを見せたが、すぐに、穏やかに柊へと語りかけた。
静かに、優しく。迷子に、話しかけるように。
静かに、優しく。迷子に、話しかけるように。
『聞いてくれ、柊君。アンゼロットは至高神様が私を引き裂いて聖姫達に造り変えた件を気にしているようだが、私は彼女に笑顔でいて欲しい。苦しんで欲しくはないのだ。
本当は、どんな過去があったのかも知らない部外者の私が、こんな事を言うべきではないのだろう。だが、それでも言わせてくれ。
君の友人は、君がこのように苦しむ事を望んではいないだろう、と』
本当は、どんな過去があったのかも知らない部外者の私が、こんな事を言うべきではないのだろう。だが、それでも言わせてくれ。
君の友人は、君がこのように苦しむ事を望んではいないだろう、と』
「俺は・・・・・・・アイツに、取り返しのつかねぇ真似をしたんだ・・・・・・・何をどうしたって、許されはしねぇ・・・・・」
『私が赦す。神たる私が、人の子たる君に赦しを与える・・・・と言っても、神の権威を認めない君には何の意味もない、か』
「そんなのは・・・・逃げだ。カミサマに全部任せて、何もなかったフリをするなんて・・・・・・・・できねぇよ・・・・・・・・・」
「今はそんな事を言っている場合ではありません! このままでは、アンゼロット様が!」
『私が赦す。神たる私が、人の子たる君に赦しを与える・・・・と言っても、神の権威を認めない君には何の意味もない、か』
「そんなのは・・・・逃げだ。カミサマに全部任せて、何もなかったフリをするなんて・・・・・・・・できねぇよ・・・・・・・・・」
「今はそんな事を言っている場合ではありません! このままでは、アンゼロット様が!」
コイズミに耳元で怒鳴られ、柊はノロノロと顔を上げて二人の女王の戦いを視界に入れた。
「はっはぁ! 動きが鈍いぞ、アンゼロット! ネトゲばかりしていないで、もう少し身体を動かしたらどうだ?
少しは腹も引っ込むだろう!」
「なっ!」
少しは腹も引っ込むだろう!」
「なっ!」
激昂したアンゼロットの動きが乱れ、その隙をついた戦姫の刃が頬の産毛を剃り上げる。
「こぉんのぉ!」
屈辱のあまり叫び声を上げた銀髪の少女の振るった刃は易々と捌かれ、カウンターで突き込まれた切っ先を転びそうになりながら辛
うじて受け流す。
うじて受け流す。
『エルヴィデンスめ・・・・アンゼロットの動きや性格を完全に見切っているようだな』
「当然だ! 此奴とイクスがお前を巡って争っている間、もしも私が参戦できたとしたならば、ああもしよう、こうもしようと、其れ
ばかり考えて居たのだからな! 其れだけが、其れだけが私の慰みだったのだ!」
「当然だ! 此奴とイクスがお前を巡って争っている間、もしも私が参戦できたとしたならば、ああもしよう、こうもしようと、其れ
ばかり考えて居たのだからな! 其れだけが、其れだけが私の慰みだったのだ!」
思わず洩らしたエルンシャの呟きが届いたらしく、古ぶるしき邪神は歓喜に満ちた表情で言葉を放ち、より速く、より激しく、より
狂おしく、怨敵の娘との剣舞を演じてみせた。
狂おしく、怨敵の娘との剣舞を演じてみせた。
「ああ・・・やっべえなぁ。アンゼロットの奴、完全に掌の上だ」
「くっ! 何か、何か打つ手は・・・・」
「くっ! 何か、何か打つ手は・・・・」
目の前ではアンゼロットが苦戦し、横ではコイズミが自らの無力さに歯噛みしている。
だが、何故だろう? 何もする気が起きてこない。胸の中で、外れた歯車が空回りする。目の前の現実が、ひどく遠いものに感じる。
だが、何故だろう? 何もする気が起きてこない。胸の中で、外れた歯車が空回りする。目の前の現実が、ひどく遠いものに感じる。
(俺は、アイツを犠牲にしたんだ・・・)
頭では分かっている。今は、過ぎた事を悔やんでいる場合ではないのだと。
それでも。
(俺は、アイツを犠牲にしたんだ・・・)
それだけが、意識の大半を占めていた。
右手の魔剣から、慈愛の念に満ちたプラーナが腕を這い登ってくるのを感じるも、胸中を吹き荒ぶ冷たい風が、その温もりが心に届くのを妨げて。
柊の胸の中の歯車は、虚しく空回りし続けた。
右手の魔剣から、慈愛の念に満ちたプラーナが腕を這い登ってくるのを感じるも、胸中を吹き荒ぶ冷たい風が、その温もりが心に届くのを妨げて。
柊の胸の中の歯車は、虚しく空回りし続けた。
(これが・・・・・・精神を破壊されるって事なんかなぁ?)
ぼんやりと見つめる柊の前で、二人の女王の激戦は続く。
「ロスト・ノア!」
古女王が叫び、その手を魔剣に沈み込ませ、もう一振りの剣を引き抜いた。
「―! ヒルコをッ、分離したのですか!?」
『ロスト・ノアだと? それは闇皇姫の技だろう!』
「闇姫の力の半分は、この私に由来する。私が使えて何かおかしいか?」
『ロスト・ノアだと? それは闇皇姫の技だろう!』
「闇姫の力の半分は、この私に由来する。私が使えて何かおかしいか?」
対象の魂を抜き取り、吸収する闇皇姫の技で魔剣との融合を解除した魔王の剣を一振りし、バランスを確かめる。放たれた斬撃が空
間を越え、アンゼロットの背後に控える闇の精霊の一体の首がコロリと落ちた。
間を越え、アンゼロットの背後に控える闇の精霊の一体の首がコロリと落ちた。
「斬れ味は申し分ないな」
「嘘、でしょう・・・・?」
「嘘、でしょう・・・・?」
度重なる在り得ない事象にアンゼロットの動きが止まり、喉から驚愕の呻きが漏れた。
「魔剣に、遺産・・・。どちらも、本来の持ち主にしか使えない筈・・・」
「私が使っているのではないさ。我が神威に打たれた此奴等が、私に“仕えて”いるのだよ」
「言葉遊びをッ!」
「それよりも、だ」
「私が使っているのではないさ。我が神威に打たれた此奴等が、私に“仕えて”いるのだよ」
「言葉遊びをッ!」
「それよりも、だ」
アンゼロットの台詞を意に介した風もなく、邪神は実に愉しげに頬を歪めて見せた。
「この剣はあらゆる結界を切り裂くらしいではないか。此れで、お前の防御魔法は無効化出来るな」
「避ければ済むだけの話ですわッッ!!」
「では、そうするがいい。出来るなら、な!」
「避ければ済むだけの話ですわッッ!!」
「では、そうするがいい。出来るなら、な!」
魔剣と妖剣が舞い踊り、アンゼロットの防御を突き崩す。神殺しの魔剣が闇の刃を跳ね飛ばし、ヒルコが防御結界を切り裂いて、守
護者の肌に紅い線を引く。
護者の肌に紅い線を引く。
「アスモデートめ。使い手としては落第だが、創り手としては及第点をやっても良いな。此れを量産出来るなら、だが」
妖剣の切れ味に満足した古女王は勢いに乗ってアンゼロットを攻め立て、防戦一方に追い込まれた銀髪の少女の美貌が瞬く間に焦り
の色に染め上がる。
の色に染め上がる。
「我が本体の開封には魂だけあれば事足りる。其の貧相な肉体を切り刻み、自由への扉を開く鍵を抉り出させて貰おうか」
「貧相! ちょっと大艦巨砲だからってイイ気になって・・・・・・たかが結界を切り裂く程度の能力、対抗手段は幾らでもありますわ!」
「確かに対処法は複数存在するが、さて、お前は其れに気付けるのかな?」
「貧相! ちょっと大艦巨砲だからってイイ気になって・・・・・・たかが結界を切り裂く程度の能力、対抗手段は幾らでもありますわ!」
「確かに対処法は複数存在するが、さて、お前は其れに気付けるのかな?」
余裕尺尺で振り下ろされた妖剣を、アンゼロットは敢えて肩に受け。
「光剣!」
アンゼロットの神気がヒルコに絡みつき、斬撃の威力を魔力に変換し。
「白天使の鎧(クライアム)!」
守護天使の加護が、剣の魔力を吸収し、癒しの力に組み替える。
「よくぞ気付いた、アンゼロット! そう、それで良い、それで良いぞ!」
「なんですかっ! 娘が初めて自転車に乗ったのを見た母親みたいな顔をして!」
「ああ、確かにそんな気分だな。百を超える魔法の中から即座に最適なものを選び、組み合わせて行使する。大したものだぞ、我が怨
敵の愛娘よ」
「わたくしを子供扱いするんじゃありません!」
「なんですかっ! 娘が初めて自転車に乗ったのを見た母親みたいな顔をして!」
「ああ、確かにそんな気分だな。百を超える魔法の中から即座に最適なものを選び、組み合わせて行使する。大したものだぞ、我が怨
敵の愛娘よ」
「わたくしを子供扱いするんじゃありません!」
対策を取られて悔しがるどころか、目を細めて褒め称える“父の”宿敵に激昂し、乱暴に斬りつけ、捌かれ、体勢を崩され、前につ
んのめったところで顔面に豊かな双丘を覆う胸甲をぶち当てられ。
んのめったところで顔面に豊かな双丘を覆う胸甲をぶち当てられ。
「うぷっ!」
打たれた鼻を押さえ、間合いを外して敵を睨むアンゼロットに。
戦姫は込み上げる愉悦を隠す事なく満面に浮かべ、再度妖剣を振り上げた。
戦姫は込み上げる愉悦を隠す事なく満面に浮かべ、再度妖剣を振り上げた。
「アンゼロット。道具の有益性はな、使い手に依るのだ。成る程、この剣はお前の身体を斬れんだろう・・・・・・が、心ならば斬れるぞ」
「?! させませんッ!」
「?! させませんッ!」
戦姫の視線がアンゼロットの背後――両女王の剣戟を見守る男達――に向いたのに気付き、少女は慌てて猛攻を加えた。
ヒルコの力ならば、この距離でも柊達を切り裂ける。エルンシャの加護があれば命だけは助かるだろうが、為すすべも無く致命傷を
与えられ続ける肉体的精神的苦痛を受けては、人間の脆い心など容易く砕けてしまうだろう。
例えエルヴィデンスを倒せたとして。生ける屍となった柊とコイズミを連れ帰って、どんな顔でくれはやエリスに会えると言うのか。
ヒルコの力ならば、この距離でも柊達を切り裂ける。エルンシャの加護があれば命だけは助かるだろうが、為すすべも無く致命傷を
与えられ続ける肉体的精神的苦痛を受けては、人間の脆い心など容易く砕けてしまうだろう。
例えエルヴィデンスを倒せたとして。生ける屍となった柊とコイズミを連れ帰って、どんな顔でくれはやエリスに会えると言うのか。
「もう二度とっ! わたくしの前でっ! わたくしの身内に手出しはさせませんわ!」
「哂わせる。お前は一度たりとて家族を守れた事などないではないか。七人の姉妹達も、娘同然の聖姫達も、大恩あるゲイザーも、大
事な下僕のロンギヌス達も」
「だからこそ!」
「哂わせる。お前は一度たりとて家族を守れた事などないではないか。七人の姉妹達も、娘同然の聖姫達も、大恩あるゲイザーも、大
事な下僕のロンギヌス達も」
「だからこそ!」
両手に生み出した闇の刃で、嘲笑を浮かべる邪神に左右同時に切りかかる。右の剣は袈裟切りに振り下ろし、左の剣は逆袈裟に斬り
上げる。
同時、戦姫の両の黒翼が翻り。
アンゼロットの両肘の内側に潜り込み両腕を打ち払い、無防備となった首筋にⅩの字に組んだ魔剣と妖剣が押し当てられ。動きを止
めた主を気遣い、周囲で攻防を繰り返していた闇の精霊達も間合いを外して不安げに経過を見守った。
上げる。
同時、戦姫の両の黒翼が翻り。
アンゼロットの両肘の内側に潜り込み両腕を打ち払い、無防備となった首筋にⅩの字に組んだ魔剣と妖剣が押し当てられ。動きを止
めた主を気遣い、周囲で攻防を繰り返していた闇の精霊達も間合いを外して不安げに経過を見守った。
「チェックメイト。ちと、物足りんなぁ、アンゼロット。もう一戦交えるか?」
「・・・・・・余裕ですわね、エルヴィデンス。なんて詰めの甘い事」
「何、予めお前のプライドを砕いておけば、後でお前の精神を支配し易くなるのでな」
「・・・・・・余裕ですわね、エルヴィデンス。なんて詰めの甘い事」
「何、予めお前のプライドを砕いておけば、後でお前の精神を支配し易くなるのでな」
余裕綽々で剣を引くエルヴィデンスをアンゼロットは悔しげに見つめて数歩後退し・・・・・・前触れもなく飛び掛り、剣舞を再開させた。
「はぁっはっはっ! 愉しい! 愉しいぞ、アンゼロット! 漸く、漸く、長年の夢が一つ適ったわ!」
2mはあろうかという巨剣を二刀、軽々と振るい続けつつ、戦姫は歓喜の哄笑を挙げた。
「ああ、そうだ、アンゼロット。お前は知っているか? お前の父が私に何をしたのか」
「知りませんわ!」
「知りませんわ!」
アンゼロットの刃を易々と捌きながら、エルヴィデンスがからかいの言葉をかける。
「お前の父は私を打ち倒し―」
「聞きたくありませんわ!」
「聞きたくありませんわ!」
口上を遮るべく放たれた強引な一撃は掠りもせず、回避と同時に足を引っ掛けられ、顔から床に倒れこむ。
「痛ぅ・・・」
「これで2本目。もう少し遊ぼうか、アンゼロット」
「これで2本目。もう少し遊ぼうか、アンゼロット」
床に伏せたアンゼロットの首筋に神殺しの剣を押し当て、勝利を宣言したエルヴィデンスが再び刃を引くや、アンゼロットは屈辱に
顔を朱に染めて跳ね起き、無言で猛攻を加えたが、最早、その動きは隙だらけだった。
顔を朱に染めて跳ね起き、無言で猛攻を加えたが、最早、その動きは隙だらけだった。
「ダメだな。アンゼロットは、勝てねぇ」
感情の麻痺した頭の片隅で、冷静に戦局を分析する。二人の剣技と身体能力には、実は、さして大きな差がある訳ではない。
だが、精神状態が違いすぎる。予備知識の差も大きい。アンゼロットの動きの癖や心理的弱点を完全に把握して的確に狙ってくる戦
姫と、総てが初見のアンゼロットには致命的なハンデがあった。
その差は精霊達への指揮にも響いているらしく、闇の精霊達もまた、古精霊達に押されていた。
だが、精神状態が違いすぎる。予備知識の差も大きい。アンゼロットの動きの癖や心理的弱点を完全に把握して的確に狙ってくる戦
姫と、総てが初見のアンゼロットには致命的なハンデがあった。
その差は精霊達への指揮にも響いているらしく、闇の精霊達もまた、古精霊達に押されていた。
「勝てない、どころではありませんよ、柊様」
他人事に様に呟いた柊の口調が気に障ったのか、コイズミは語気荒く柊に訴えた。
「肉体へのダメージはクライアムで防げますが、精神攻撃は自前の意志力で耐えるしかありません。あれはもう、戦闘ではありません
よ。調教です。あの邪神はアンゼロット様の頸を刎ねる為ではなく、心をへし折る為に剣を振るっているのです。徹底的に無力感を味
あわせ、絶望させてから黒の魂で傀儡にするつもりなのでしょう」
「ああ・・・だろうな」
よ。調教です。あの邪神はアンゼロット様の頸を刎ねる為ではなく、心をへし折る為に剣を振るっているのです。徹底的に無力感を味
あわせ、絶望させてから黒の魂で傀儡にするつもりなのでしょう」
「ああ・・・だろうな」
頭では分かっている。今、何もしなければ、大変な事になるのだと。
それでも。
それでも、何もする気が起きてこない。
意志が。理性が。感情が。義務感が。精神の働きが麻痺して、虚しい風の吹き抜ける胸の中で外れた歯車が空回りを続けていた。
それでも。
それでも、何もする気が起きてこない。
意志が。理性が。感情が。義務感が。精神の働きが麻痺して、虚しい風の吹き抜ける胸の中で外れた歯車が空回りを続けていた。
『柊君。アンゼロットがエルヴィデンスの軍門に下り、古代神達の封印を解いて回り始めたら、いや、一つでも解いてしまったなら。
天界と冥界の戦力バランスは大きく崩れ、主八界は総て冥界に飲まれてしまうだろう。そうさせない為には、今、最善を尽くさなけ
ればならないのだ』
「そう・・・なんだろうな、きっと。でもダメなんだ。やる気が・・・起きやしねぇ」
「ならば仕方ありませんな」
天界と冥界の戦力バランスは大きく崩れ、主八界は総て冥界に飲まれてしまうだろう。そうさせない為には、今、最善を尽くさなけ
ればならないのだ』
「そう・・・なんだろうな、きっと。でもダメなんだ。やる気が・・・起きやしねぇ」
「ならば仕方ありませんな」
コイズミは覚悟を決めた顔で立ち上がり、一人戦場へと踏み出した。
「アンゼロット様! 助太刀いたします!」
『待ちたまえ、コイズミ君!』
「?! 下がりなさい、コイズミ! 貴方に何かが出来る相手ではありませんわ!」
『待ちたまえ、コイズミ君!』
「?! 下がりなさい、コイズミ! 貴方に何かが出来る相手ではありませんわ!」
守護者達の制止も聞かず、コイズミは攻守入り乱れて争う精霊達の隙間を強引に突っ切り、アンゼロットとエルヴィデンスの戦場へ
と割って入った。驚いた古精霊達の攻撃が集中するも一切構わず、己が主と刃を交える戦姫へと、全身全霊を込め、ロンギヌス・グレ
イブを突き込んだ。
と割って入った。驚いた古精霊達の攻撃が集中するも一切構わず、己が主と刃を交える戦姫へと、全身全霊を込め、ロンギヌス・グレ
イブを突き込んだ。
「覚悟!」
「邪魔立てするでないわ、下僕め」
「邪魔立てするでないわ、下僕め」
戦姫はロンギヌスの槍を容易く捌くや、コイズミの胸に神殺しの刃を突き立て一振りし、仮面の男の身体を跳ね飛ばした。
「コイズミ!」
「コイ・ズ・・ミ・・・?」
「コイ・ズ・・ミ・・・?」
アンゼロットの叫びが耳朶を打ち。
血の帯を引いて宙を舞ったコイズミが受身も取らずに床に落ちるのを、ボンヤリとした表情のまま見つめていた柊の中で、何かが、
大きな音を立てた。
血の帯を引いて宙を舞ったコイズミが受身も取らずに床に落ちるのを、ボンヤリとした表情のまま見つめていた柊の中で、何かが、
大きな音を立てた。
「コイズミィィィィ!」
弾かれたように、駆け出す。倒れ伏したロンギヌスに止めを刺すべく群がった一群の古精霊達を魔剣の一振りで薙ぎ払い、仮面の男
を抱き起こす。追い散らされた古精霊は柊達を遠巻きに囲み、一斉に魔力弾を撃ち込んだが、突如、床から生えた石柱が、その悉くを
吸い寄せ吸収し。遅ればせながら闇の精霊達が古精霊達に飛び掛り、再び精霊達の戦舞が始まった。
を抱き起こす。追い散らされた古精霊は柊達を遠巻きに囲み、一斉に魔力弾を撃ち込んだが、突如、床から生えた石柱が、その悉くを
吸い寄せ吸収し。遅ればせながら闇の精霊達が古精霊達に飛び掛り、再び精霊達の戦舞が始まった。
『シーリングモニュメント。この石碑がある限り、コイズミ君を攻撃魔法の対象には出来ないよ』
「ありがてぇ。おい、コイズミ。生きてるか?!」
「か、仮面がなければ即死でした・・・」
「仮面はカンケーねーだろ? 思いっきし胸刺されてんじゃねーか」
「い、いえ、この仮面は魔道具なので」
「ありがてぇ。おい、コイズミ。生きてるか?!」
「か、仮面がなければ即死でした・・・」
「仮面はカンケーねーだろ? 思いっきし胸刺されてんじゃねーか」
「い、いえ、この仮面は魔道具なので」
いつもの台詞に脱力しつつ、傷の具合を確かめる。刺されたのは右胸だ。常人ならばいざ知らず、ウィザードなら命に別状はないだ
ろう。安堵の思いが胸を満たし、もう、胸を吹き抜ける冷たい風は、少しも感じられはしなかった。
ろう。安堵の思いが胸を満たし、もう、胸を吹き抜ける冷たい風は、少しも感じられはしなかった。
「しっかりしろよ、コイズミ。今、ヒーリング・ポーションを―」
「柊様。私などよりも、早くアンゼロット様を。やはり私では何ともならないようです。どうか、お力を貸していただけませんか」
「俺は・・・アイツを、犠牲にしたんだ・・・そればっかし、そればっかし気になって、何もできねぇんだよ・・・」
「らしくもない。いくら邪神の精神攻撃を受けたとて、らしくありませんぞ、柊様。貴方は何時だって、何も悩まずに全力で走り続け
てきたではないですか」
「おいおい、お前まで俺のコト、頭わりぃと思ってんのか? 俺だって結構悩んでんだぜ?」
「柊様。私などよりも、早くアンゼロット様を。やはり私では何ともならないようです。どうか、お力を貸していただけませんか」
「俺は・・・アイツを、犠牲にしたんだ・・・そればっかし、そればっかし気になって、何もできねぇんだよ・・・」
「らしくもない。いくら邪神の精神攻撃を受けたとて、らしくありませんぞ、柊様。貴方は何時だって、何も悩まずに全力で走り続け
てきたではないですか」
「おいおい、お前まで俺のコト、頭わりぃと思ってんのか? 俺だって結構悩んでんだぜ?」
苦笑しつつ、泣き笑いのような表情で、小さく、呟く。
・・・ありがとよ。生きてて、くれて。
その呟きはあまりにもあまりにも小さくて。
「え? 柊様、今なんと?」
「何でもねぇよ。ほら、ヒーリング・ポーションだ。さっさと飲め」
「何でもねぇよ。ほら、ヒーリング・ポーションだ。さっさと飲め」
思わず聞き返したコイズミの口に月衣から取り出したポーションの瓶を押し付け、黙らせた柊の心にエルンシャの思念が響いた。
『柊君。どうしたら、君が自分を赦せるようになるのか、それは私には分からない。だが、君にはまだ救える者がいる。
私もまた、己の愚かさ故に12人の娘の内の5人とイクスを亡くしたが、それを嘆くばかりでは残る7人とイクスの娘とアンゼをも失ってしまうだろう。救えなかった者の事を忘れろとは言わない。これから救える者の事を、忘れないでくれ』
私もまた、己の愚かさ故に12人の娘の内の5人とイクスを亡くしたが、それを嘆くばかりでは残る7人とイクスの娘とアンゼをも失ってしまうだろう。救えなかった者の事を忘れろとは言わない。これから救える者の事を、忘れないでくれ』
柊の心を、力強く、逞しく、暖かいプラーナが抱き締める。
幼き日に抱き上げられた、父の温もりを思い出させる慈愛の念に満ちたプラーナが。
幼き日に抱き上げられた、父の温もりを思い出させる慈愛の念に満ちたプラーナが。
『落ち着いたかい? 柊君』
「・・・・・・・・・・・ああ。もう大丈夫だ。みっともねぇトコ見せちまったな」
『私ほどではなかったさ。さあ、一緒にアンゼロットを助けよう』
「いや、ちょっと待ってくれ、エルンシャさんよ」
「・・・・・・・・・・・ああ。もう大丈夫だ。みっともねぇトコ見せちまったな」
『私ほどではなかったさ。さあ、一緒にアンゼロットを助けよう』
「いや、ちょっと待ってくれ、エルンシャさんよ」
勢い込む異世界の“世界の守護者”を制し、柊は戦場をしかと見据え、傍に横たわるもう一人の戦友に問うた。
「正直に言ってくれ、コイズミ。俺とアンゼロットが二人で掛かれば、アイツを倒せると思うか?」
「無理ですね」
「無理ですね」
何の感情も交えず、コイズミはただ、事実を告げた。
「柊様達が殺されずにすんでいるのは、向こうに殺す気がなかったからに過ぎません。心を砕いて連れ帰って、向こうでゆっくりと洗
脳するつもりのようですが、戦力差が縮まって余裕がなくなれば、たちまち殺されてしまうでしょう」
「ああ。俺もそう思う」
『なら、どうすればいいんだい、柊君?』
「アンタ、ココがドコだか忘れてねぇか?」
脳するつもりのようですが、戦力差が縮まって余裕がなくなれば、たちまち殺されてしまうでしょう」
「ああ。俺もそう思う」
『なら、どうすればいいんだい、柊君?』
「アンタ、ココがドコだか忘れてねぇか?」
柊の手が、床の魔法陣を撫で回す。
「俺達には勝機が三つある」
「ひとつは、戦場がこの場所だってコトですね」
「おう。んで、もう一つは奴の依り代がベルの写し身だってこった」
『では、後一つは?』
「決まってんだろ」
「ひとつは、戦場がこの場所だってコトですね」
「おう。んで、もう一つは奴の依り代がベルの写し身だってこった」
『では、後一つは?』
「決まってんだろ」
エルンシャの問いに、柊は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「俺とアンタとコイズミと、ついでにアンゼロットが揃ってんだ。勝てねぇ相手なんかいやしねぇ!」
「なかなか愉しめたぞ、アンゼロット。だが、そろそろ幕を引こうか」
「くぅぅぅぅぅぅッッッッ!!!!」
「くぅぅぅぅぅぅッッッッ!!!!」
もう何度目になるのか。またしても喉に剣を突き付けられたアンゼロットには、痛快極まりないと言いたげな父の宿敵に返す言葉は
なかった。本来ならば八大神と同等以上の力を持つ高位の古代神とはいえ、今はまだ、極めて不完全な状態だ。恐らく、この写し身の
魔力と身体能力は守護天使と同程度でしかないだろう。
なかった。本来ならば八大神と同等以上の力を持つ高位の古代神とはいえ、今はまだ、極めて不完全な状態だ。恐らく、この写し身の
魔力と身体能力は守護天使と同程度でしかないだろう。
それでも。
精神を蝕み冷静な思考を妨げる古代神の呪いが。
純粋な技術として身につけた駆け引きの巧みさが。
純粋な技術として身につけた駆け引きの巧みさが。
アンゼロットの攻撃の悉くを防ぎ、逸らし、かわし。
アンゼロットの防御を突き崩し、下僕達を切り裂いて。
アンゼロットの無力さを突きつけ、屈辱を味あわせ。
ゆっくりと、ゆっくりと。少女の心を、絶望に染めていく。
アンゼロットの防御を突き崩し、下僕達を切り裂いて。
アンゼロットの無力さを突きつけ、屈辱を味あわせ。
ゆっくりと、ゆっくりと。少女の心を、絶望に染めていく。
胸中を、冷たい風が吹き抜けて。
闘志の萎えかけたアンゼロットの視界の端にソレが映り、途端、胸の中の風が止んだ。
闘志の萎えかけたアンゼロットの視界の端にソレが映り、途端、胸の中の風が止んだ。
「ふふっ。もう、勝ったつもりなのですか、エルヴィデンス?」
「ん?」
「ん?」
アンゼロットは花が綻ぶような笑顔で父の仇敵へと微笑みかけ、晴々とした顔で高らかに勝利を宣言した。
「確かに、わたくしは剣では貴女に勝てませんし、クライアムも無制限に使えるものではありません。それでも。それでも、この闘い
はわたくし“たち”の勝ちですわ!」
「おやおや。その自信は何処から湧いてくるのやら」
はわたくし“たち”の勝ちですわ!」
「おやおや。その自信は何処から湧いてくるのやら」
呆れたように呟いた闇姫が、アンゼロットの両脇に黒翼を押し当て、大量の瘴気を流し込む。途端、少女の喉から苦痛に満ちた呻き
声が漏れ出して、月光を束ねたかのような銀髪が星々の狭間の深遠の如き闇色に染まりゆく。
声が漏れ出して、月光を束ねたかのような銀髪が星々の狭間の深遠の如き闇色に染まりゆく。
「うっ・・・っく・・・あ・・・・・・」
「我が闇姫となれ、アンゼロット。そして、共に世界を制するのだ!」
「我が闇姫となれ、アンゼロット。そして、共に世界を制するのだ!」
大きく見開かれた右目の邪眼が妖しい光を放ち、なだらかな胸が大きく膨らんで――アンゼロットの唇が、会心の笑みを象った。冥
界の瘴気に侵された者の亀裂めいた邪笑ではない、朗らかな笑みを。
その意味に、エルヴィデンスが気付いた、その時。
界の瘴気に侵された者の亀裂めいた邪笑ではない、朗らかな笑みを。
その意味に、エルヴィデンスが気付いた、その時。
足元の魔法陣が。
壁の魔術文字が。
眩い光を解き放ち、大広間を隅々まで照らし出し。
壁の魔術文字が。
眩い光を解き放ち、大広間を隅々まで照らし出し。
嘗て冥界最強の魔王の欠片を封じていた結界が本来の機能を取り戻し、古代神と冥界の接続を断ち切った。