茂木 他佐次郎 - 架空アニメキャラ用語辞典

茂木 他佐次郎（もぎ たさじろう）**は、アニメーションシリーズ『Arcane』に登場する人物である。

進歩の都市ピルトーヴァーと、その地下に広がる抑圧された都市ゾウン。光と闇、二つの都市の運命が交錯する物語において、彼はそのどちらにも属さず、独自の思想と技術をもって歴史の転換点に深く関与していくことになる、極めて重要な人物である。

概要
イオニアからの移民を祖先に持つ、ピルトーヴァーの名門「茂木家」の現当主。茂木家はヘクステック技術が生まれる以前から、精密な時計仕掛けやオートマタ（自動人形）の製造で財を成した一族であり、その技術力はピルトーヴァーの発展の礎の一つとなった。他佐次郎自身も優れた技術者であると同時に、イオニアの伝統的な哲学とピルトーヴァーの合理主義を融合させた独自の思想を持つ思想家でもある。
物語序盤ではその名はほとんど表に出ることはないが、ピルトーヴァーとゾウンの双方に張り巡らされた彼の影響力は、水面下で静かに、しかし確実に物語の歯車を動かしている。彼はヘクステック技術がもたらす光の側面だけでなく、その影に潜む危険性、そしてそれが二つの都市の溝を決定的に深めてしまう可能性を誰よりも早く見抜いていた。

生い立ち
茂木家の長男として、ピルトーヴァーの裕福な環境で生を受ける。幼少期より英才教育を受け、名門アカデミーに進学。そこでは若き日のジェイス・タリスや、評議員メルの後援を受けるヴィクターとも交流があったとされる。しかし、アカデミーのエリート主義と、進歩の名の下に切り捨てられていくものへの違和感から、次第に主流派とは距離を置くようになる。
彼の人生の転機となったのは、青年期に身分を隠してゾウンへと下った経験である。そこで彼は、ピルトーヴァーの繁栄の影で人々がいかに過酷な環境を生き抜いているかを目の当たりにし、強い衝撃を受ける。汚染された空気、蔓延する貧困と病、そしてトップサイド（ピルトーヴァーの俗称）への深い憎悪。この経験は、彼の思想の根幹を形成し、二つの都市の「調和」という生涯をかけたテーマを彼に与えることになった。
彼は父の跡を継いで当主となった後、家業である精密機械工業の経営に携わる傍ら、ゾウンへの人道支援や技術提供を秘密裏に開始。しかし、その活動はピルトーヴァーの支配体制を揺るがしかねない危険なものであり、またゾウンの支配者であるシルコのような過激派からは、ピルトーヴァー人の偽善と見なされ、双方から敵意の目を向けられることになる。

作中での活躍
Act 1
この時点では、彼の直接的な登場はない。しかし、ジェイスが研究室で爆発事故を起こした際に、ヴァイたちが盗み出したアイテムの中に、茂木家製の精密部品が含まれていたことが後の調査で示唆されている。これは、他佐次郎がジェイスの危険な研究を初期段階から監視していた可能性を示す伏線となっている。また、ゾウンの裏路地でヴァイやパウダーを助けたヴァンダーが経営する酒場「ラストドロップ」の常連客の中に、他佐次郎の腹心の者がいたとも言われている。

Act 2
ヘクステック技術が公開され、ピルトーヴァーが熱狂に包まれる中、彼は初めて評議会の議場にオブザーバーとして姿を現す。彼はヘクステックの軍事利用を進めようとするジェイスに対し、冷静かつ論理的にその危険性を説き、警鐘を鳴らす。彼の言葉は、イオニアとの交流で得たであろう、魔法の暴走がもたらした悲劇の歴史に基づいていた。
一方、ゾウンではケイトリンがエンフォーサー（執行官）としての捜査で行き詰まる中、匿名の手紙によって重要な情報を提供する。その情報源こそが他佐次郎であり、彼はピルトーヴァーの法が及ばないゾウンの闇を、独自のネットワークで把握していた。彼はケイトリンの正義感を試すかのように、シルコの帝国に関する核心的な情報を与え、彼女を物語の中心へと導いていく。

Act 3
物語がクライマックスに近づくにつれ、彼の行動はより積極的になる。彼はヴィクターが「ヘクスコア」との融合によって人間性を失いつつあることを見抜き、彼を救うために個人的に接触を試みる。その際、彼はヘクステックとは異なる、生命と機械の調和を目指す自らの研究の一端をヴィクターに見せる。それは、イオニアの自然哲学と茂木家伝来のからくり技術を融合させた、新たな可能性であった。
そして、ジンクスがピルトーヴァー評議会を襲撃する直前、彼はジンクスの精神的な不安定さの根源が、幼少期のトラウマとシルコの歪んだ愛情にあることを見抜き、彼女を保護しようと動く。しかし、あと一歩のところでシルコの妨害にあい、彼の計画は失敗に終わる。この失敗が、あの悲劇的な結末へと繋がる一因となったことは否定できない。彼は評議会の爆破を生き延びるが、その表情には深い絶望と、新たな決意が浮かんでいた。

対人関係・因縁

ジェイス・タリス
アカデミー時代の旧知。他佐次郎はジェイスの才能を高く評価しているが、彼の理想主義と、力を過信する危うさを常に案じている。「進歩の英雄」として祭り上げられていくジェイスに対し、彼は常に「その光が濃い影を生む」と忠告を続ける、対照的な存在として描かれる。

ヴィクター
ヴィクターの純粋な探究心と、生命を救いたいという願いに共感と理解を示す数少ない人物。しかし、ヴィクターが手段を選ばずにヘクスコアへと傾倒していく姿に、深い悲しみと危機感を抱いている。彼を「歪んだ救済者」ではなく、真の「調和の探求者」へと導こうと試みる。

シルコ
ゾウンの独立という目的は共有しているものの、その手段において決定的に対立する。シマーによる支配と恐怖政治を、他佐次郎は「ピルトーヴァーの圧政を別の圧政に置き換えるだけの愚行」と断じている。シルコにとって他佐次郎は、ゾウンの革命精神を蝕むピルトーヴァーの甘言を弄する偽善者であり、最大の障害の一つであった。

ジンクス（パウダー）
彼はジンクスの破壊的な才能の奥に、見捨てられた少女の悲痛な叫びを聞き取っていた。彼女をシルコの呪縛から解き放ち、その力を建設的な方向へ導くことが、二つの都市の未来を救う鍵になると考えていた節がある。彼女の存在は、他佐次郎の計画における最大の変数であり、彼の心を最も揺さぶった存在でもあった。

性格・思想
常に物静かで、感情を表に出すことは少ない。しかし、その内には二つの都市の現状に対する深い憂いと、人々への慈愛を秘めている。彼の行動原理は、祖先の地イオニアの教えである「調和」にある。彼は、技術そのものに善悪はなく、それを使う人間の心次第で世界を豊かにもすれば、破滅にも導くと考えている。
ヘクステック技術がもたらす急進的な「進歩」に対して、彼は懐疑的である。彼が目指すのは、自然と技術、精神と物質、そしてピルトーヴァーとゾウンといった、対立する二つのものが互いを尊重し、共存する道を探すことである。その思想は、あまりに理想主義的であり、混沌とした現実の中では無力に見えることもあるが、物語を通じて彼の言葉と行動は、登場人物たちの心に少しずつ、しかし確かな影響を与えていく。

物語への影響
茂木他佐次郎は、ピルトーヴァーの「光」とゾウンの「闇」という単純な二元論では語れない、物語の複雑性と奥行きを象徴するキャラクターである。彼は、どちらか一方の正義に加担するのではなく、両者の対立構造そのものを乗り越えようとする「第三の道」を提示する。
彼の存在は、シーズン1の悲劇的な結末を経て、来るべきシーズン2において、物語がどこへ向かうのかを示す重要な道標となるだろう。ヘクステックが戦争の道具と化した世界で、彼が提唱する「調和の技術」が、新たな希望となるのか、あるいはさらなる混沌を招くのか。茂木他佐次郎の動向から、今後も目が離せない。