プユ・モイツは、SFアクション『蒼穹のクロノゲート』に登場する主要人物の一人である。 初登場は第3話「重力の枷」。当初は主人公ジン・ミカミと敵対する組織「アルカナ・ヘリテージ」のエージェントとして登場したが、物語中盤で組織を離反し、ジンたちの協力者となる。 専用の「グラビティ・ギア」を用いて重力を自在に操る「グラビティ・シフト」の使い手であり、作中屈指の能力者として知られる。
彼の行動理念や背景には、物語の根幹に関わる「大崩落」や旧時代のロスト・テクノロジーが深く関わっており、もう一人の主人公とも呼べる立ち位置を確立している。
代表的なセリフは「重力は万物の理だ。それに逆らう者は、理に逆らう者だ」「俺は力を制御する。感情に振り回される貴様らとは違う」。
概要 旧時代の物理学者集団の末裔である「モイツ家」の現当主。 モイツ家は、「大崩落」以前に重力制御技術を確立していたが、その力を危険視され、歴史の裏側で技術を秘匿・継承してきた一族である。プユはその技術を現代において唯一、実戦レベルで発動できる存在とされる。
物語開始時は「アルカナ・ヘリテージ」の最強戦力として、ジンたちが保護する「クロノゲート」のコアを狙い、幾度となく対峙した。 彼は自らの能力を「制御すべきもの」と厳格に律しており、感情のままに能力を振るうジン・ミカミを「危険因子」として強く敵視していた。
しかし、組織の非人道的な作戦や、世界の真実を知るにつれて組織に疑念を抱き、最終的には自らの意志で離反。 以降は、ジンとは付かず離れずの距離を保ちながらも、共通の敵を打倒するために共闘する。クールな言動とは裏腹に、一度守ると決めた対象への執着は強く、その過程で彼自身の精神的な成長も描かれる。
生い立ち モイツ家の出自 プユの祖先は、「大崩落」以前の時代に、当時の先端物理学を応用した局所的な重力制御理論を完成させていた。しかし、この技術は星の環境そのものを改変しかねない危険性を孕んでおり、当時の統一政府によって厳格な管理下に置かれた。 「大崩落」による文明の崩壊時、モイツ家の先祖たちは、この技術が悪用されることを恐れ、すべての研究データと共に歴史から姿を消した。
以後、モイツ家は「重力技術の完全なる制御と封印」を使命とする一族として、その技術を極秘裏に継承してきた。彼らにとって重力技術は誇りであると同時に、決して解放してはならない「呪い」でもあった。
幼少期とトラウマ プユ・モイツは、この一族の嫡男として生を受けた。幼少期から厳格な英才教育を施され、歴代の誰よりも早く重力制御の才能を開花させた。 父親である当時の当主は、プユの才能に過度な期待を寄せ、「一族の悲願である『完全制御』を達成できる存在」として、彼に苛烈な訓練を課した。
プユが12歳の時、悲劇が起こる。 父親が主導した新型「グラビティ・ギア」の制御実験中、ギアが暴走。プユの目の前で研究施設が局所的な高重力場に包まれ、両親を含む研究員全員が圧死するという凄惨な事故が発生した。 唯一の生存者となったプユは、この一件で深い精神的トラウマを負う。 彼は「自分の才能が周囲の期待を煽り、結果的に両親を死なせた」「力が暴走すれば、すべてを破壊する」という強迫観念に取り憑かれることとなった。
アルカナ・ヘリテージへの加入 事故により一族の技術継承者のほとんどを失い、天涯孤独となったプユを保護したのが、「アルカナ・ヘリテージ」の首領アウグストゥスであった。 アウグストゥスはモイツ家の技術の存在を掴んでおり、事故を好機と見てプユに接触した。 プユは、アウグストゥスの「君の力を正しく導き、制御する方法を教えよう」という言葉を信じ、組織に加入する。 以後、彼は組織の戦闘員として訓練を受け、自身のトラウマを克服するため、感情を排して「理」と「制御」のみを追求するようになる。彼にとって組織の命令に従うことは、自らの力が暴走しないための「枷」でもあった。
作中での活躍 第1部「起動編」 物語序盤、ジン・ミカミが「クロノゲート」のコアと接触した直後に襲撃者として登場。 ジンが初めて対峙した「本物の能力者」であり、重力を自在に操るプユの戦闘スタイルは、ジンに一切の反撃を許さなかった。重力増加による拘束、重力遮断による高速機動、斥力による防御と、多彩な技術でジンを圧倒する。 この初戦では、ジンの無意識下の能力発動（局所的な時間遅延）によって妨害され、撤退を余儀なくされる。
その後も、ジンたちの前に幾度となく立ちはだかる。 彼はジンの「時間操作」能力を、「世界の理（物理法則）を歪める許されざる力」と断じ、強い敵意を向ける。
しかし、物語中盤、幹部ヴェラの指揮する「セクター7重力崩壊作戦」において転機が訪れる。 これは、都市部（セクター7）の地下に埋設された旧時代の重力制御装置を意図的に暴走させ、都市ごと壊滅させるという非人道的な作戦であった。 プユは作戦の陽動として投入されるが、民間人を巻き込むことを厭わない組織のやり方に強い疑念を抱く。 「力の制御」を信条とする彼にとって、無秩序な破壊は許容できるものではなかった。 この時、ジンから「お前の力は何のためにあるんだ！」と問われ、初めて自身の行動に迷いが生じる。
第1部終盤、アウグストゥスが「クロノゲート」を暴走させ、世界を「大崩落」以前の状態へ強制的に巻き戻そうとしている真実を知る。 これはプユが信じていた「制御」とは対極にある「破壊」であり、彼は組織との完全な決別を決意。 ジンたちと共闘し、追手として差し向けられた幹部ヴェラを撃破。ヴェラの執拗な攻撃に対し、プユは自身のトラウマを刺激されながらも、ジンとの連携（ジンの時間停止中に、プユが重力攻撃の座標を精密に設定する）によって勝利する。
第2部「深淵編」 組織を離反した後は、ジンたちの拠点に身を寄せつつも、独立した立場で行動する。 目的は、両親の事故の真相と、アウグストゥスの真の目的の調査であった。
調査の過程で、彼はモイツ家の地下書庫に残された記録を発見する。 そこには、12歳の時の事故が単なる暴走ではなく、アウグストゥスによって意図的に引き起こされたものであること、そしてアウグストゥス自身がモイツ家の分家の出身であり、本家（プユの家系）の「封印」思想を裏切りとみなし、技術の「解放」を目論んでいたことが記されていた。
すべての真相を知ったプユは、両親の仇を討つため、そして暴走するアウグストゥスを止めるため、ジンたちと共にアルカナ・ヘリテージの本拠地「バベル・タワー」への突入作戦に参加する。
この決戦において、彼は自身の能力を飛躍的に進化させる。 仲間を守るという「感情」が、彼のトラウマ（制御への強迫観念）を上書きし、新たな力を解放する。 周囲一帯を無重力空間化する「ゼロG・フィールド」や、極小の特異点を生成して対象を空間ごと圧縮する「ブラックホール・トリガー」といった新技術を習得。 最終決戦では、アウグストゥスが起動させた旧時代の最終兵器（巨大重力砲）に対し、ジンとの連携で内部に突入。アウグストゥスと一対一の死闘を繰り広げ、激闘の末に勝利を収めた。
対戦や因縁関係 ジン・ミカミ 本作の主人公。プユにとっては最大のライバルであり、後に最も信頼する戦友となる。 当初、プユはジンの「感情のままに力を振るう」姿勢を、かつての自分や事故の原因と重ね合わせ、強く否定していた。 しかし、ジンが持つ「理屈を超えてでも他者を守ろうとする意志」に触れるうち、自身が失っていたもの（あるいは、意図的に捨てていたもの）に気づかされる。 プユが「制御と理屈」の象徴であるのに対し、ジンは「解放と感情」の象徴であり、二人は対立と共闘を通じて互いの欠点を補い合い、成長していく関係にある。
アウグストゥス アルカナ・ヘリテージの首領。プユにとっての育ての親であり、両親の仇という、最も複雑な因縁の相手。 プユの才能に目をつけ、彼を「旧時代を取り戻すための道具」として利用するために引き取った。プユに「力の制御」を説いたのも、彼を意のままに操るための洗脳の一環であった。 プユは物語の最後までアウグストゥスを許すことはなかったが、彼を打倒することで、過去のトラウマと「制御」への強迫観念から解放されることとなった。
ヴェラ アルカナ・ヘリテージの女性幹部。プユの元上官であり、彼を組織に縛り付けていた人物。 プユに対して歪んだ執着心を持っており、彼の能力の「美しさ」に魅了されている。 プユの離反後は、彼を取り戻す（あるいは破壊する）ために執拗に追跡した。プユが初めて組織の人間に対して明確な敵意を持って戦った相手であり、彼女を倒したことが、プユの精神的な自立の第一歩となった。
性格や思想 基本性格 常に冷静沈着で、感情を表に出すことはほとんどない。必要最低限のことしか話さず、皮肉屋な物言いが多い。 潔癖症な側面があり、自室は常に完璧に整頓されている。好物はブラックコーヒーとビターチョコレート。
力の制御という強迫観念 彼の行動理念の根幹には、12歳の時のトラウマがある。 「力は暴走するものであり、厳格に制御されなければならない」という思想は、彼のアイデンティティそのものとなっていた。 そのため、当初は感情の起伏こそが力の暴走を招く最大の要因と考え、他者との交流を極力避け、自らの感情さえも制御対象として抑圧していた。
精神的弱点 トラウマの影響は根深く、戦闘中であっても、特定の金属音（事故の際に響いたアラーム音）や、ギアの暴走時と似たエネルギー周波数を感知すると、フラッシュバックを起こして能力が不安定になる弱点があった。 第1部でジンに敗北（撤退）した一因も、これにある。
思想の変化 ジン・ミカミという、自分とは正反対の存在と出会ったことで、彼の硬直した思想は大きく揺らぐ。 ジンは、感情（怒りや仲間を守る意志）をトリガーにして力を増大させ、制御してみせた。 プユは、「理（物理法則）」だけが力を制御する「錨」ではなく、「守るべき対象への意志」という感情もまた、強大な力を制御する「錨」になり得ることを学ぶ。 第2部以降、彼が仲間（特にジン）を庇って負傷するシーンが増えるのは、この内面の変化の表れである。 最終的に彼は、「制御された力で、守りたいものを守る」という、彼自身の答えを見つけ出す。
物語への影響 プユ・モイツは、『蒼穹のクロノゲート』という物語の奥行きを決定づけた重要なキャラクターである。 彼の存在は、主人公ジン・ミカミが「なぜ力を使うのか」という問いに向き合うきっかけを与えた。もしプユという「制御」を体現するライバルがいなければ、ジンは力の使い方を学ぶことなく暴走していた可能性が高い。
また、彼の生い立ちを通じて、物語の背景設定である「大崩落」の真実や、旧時代のロスト・テクノロジーといったSF要素が具体的に明かされていく。 プユは、ジンが「現在」を象徴する主人公であるならば、「過去」を背負い、それを清算する役割を担ったキャラクターと言える。 科学技術（理）と人間の感情（意志）の対立と融和という、作品の根幹テーマを体現した存在である。
