ウイズ・ドルギズ (Wiz Dolgiz) は、ツィルニトラ共和国連邦(以下、共和国)と熾烈な宇宙開発競争を繰り広げるアーナック連合王国(以下、連合王国)の技術者であり、情報将校。
連合王国の宇宙開発計画、通称「アーナック・ワン計画」において、設計局の中核を担うと同時に、対共和国諜報活動の技術部門責任者として暗躍する。
物語(特に連合王国編)における共和国側の主要なライバルの一人であり、レフ・レプスやスラヴァ・コローヴィンらが目指す純粋な宇宙への憧れとは対照的に、国家の威信と軍事的優位性を宇宙に見出す「もう一つの宇宙開発」を象徴する人物である。
生い立ちと経緯
大戦の影響と技術への傾倒 ウイズ・ドルギズは、連合王国の中でも特に工業化が進んだ北部の都市で、兵器工廠を営む一族の次男として生まれた。幼少期に世界大戦を経験し、共和国の進軍によって故郷の工場が壊滅的な被害を受けた過去を持つ。この経験が、彼の強烈な愛国心と、共和国に対する深い対抗意識の源泉となっている。
彼は、戦争の勝敗を決したのは兵器の「量」ではなく「技術的革新性」であると早くから看破しており、戦後は連合王国の復興と技術的優位の確立こそが国家の安全保障に直結すると信じて疑わなかった。
若くして連合王国中央大学の工学部を首席で卒業。軍の技術研究所に入所後は、新型ジェットエンジンや誘導兵器の開発で目覚ましい成果を上げ、その才能を王国軍上層部に見出される。
「アーナック・ワン計画」への抜擢 連合王国は、大戦後の復興において共和国にやや遅れをとり、特に宇宙開発の分野では、共和国のスプートニク・ショックによって一方的に先行を許す形となっていた。
連合王国上層部は、この状況を覆し、技術大国の威信を取り戻すための国家プロジェクト「アーナック・ワン計画」を始動させる。ドルギズは、その冷徹なまでの合理性と卓越した技術力、そして何よりも共和国への強烈な対抗心を買われ、30代の若さでロケット開発部門の次席設計者に抜擢された。
表向きは純粋な技術者として振る舞いつつも、裏では軍の情報部門と連携し、共和国の宇宙開発計画、特に「ノスフェラトゥ計画」に関する技術情報を収集する特務を帯びていた。
作中での活躍
「亡命技術者」としての暗躍 物語中盤、連合王国編において本格的に登場。彼は、共和国の宇宙開発の中枢である「ゾンビグラード」周辺に、連合王国の諜報網を張り巡らせる。
特に注目すべきは、彼が仕掛けた「偽装亡命」作戦である。共和国の技術水準を正確に測るため、彼はあえて連合王国のロケット技術に関する「価値の低い」情報を共和国側にリークさせ、共和国に潜入させたスパイ(亡命技術者を装っている)の信用を獲得させるという高度な情報戦を展開した。
「ノスフェラトゥ計画」への干渉 ドルギズが最も警戒し、同時に最も関心を寄せたのが、共和国の「ノスフェラトゥ計画」であった。彼は吸血鬼という種族が持つ、人間を超えた身体的・感覚的特性が、宇宙空間という極限環境において絶大なアドバンテージになると分析。イリナ・ルミネスクの存在を「生物兵器」に等しい脅威とみなし、そのデータの奪取、あるいは計画そのものの妨害を画策する。
彼は、レフ・レプスらがイリナの訓練で得たデータを、共和国の諜報機関から盗み出すために様々な工作を行う。時には、共和国側の二重スパイを利用して意図的に誤った技術情報を流し、共和国の有人飛行計画を遅延させようと試みるなど、その手段は冷徹かつ非情である。
対戦や因縁関係
スラヴァ・コローヴィンとの技術者対決 共和国のロケット開発を率いるスラヴァ・コローヴィンとは、直接顔を合わせる場面こそ少ないものの、技術開発において最大のライバル関係にある。
コローヴィンが「実現可能性」と「安全性」を重視し、堅実ながらも着実なステップを踏む設計思想を持つのに対し、ドルギズは「革新性」と「効率」を最優先する。彼は、コローヴィンの設計を「臆病者の石橋」と酷評し、より大出力で、より先進的な(しかし、より危険な)ロケットエンジンの開発を強行する。
この二人の設計思想の違いは、そのまま共和国と連合王国の宇宙開発に対するアプローチの違いとなって表れており、作中では両国のロケット開発の成否を分ける大きな要因となっていく。
リュドミラ・ハルロヴァとの諜報戦 共和国の諜報員であるリュドミラ・ハルロヴァとは、水面下で激しい情報戦を繰り広げる。ドルギズは、リュドミラが「ノスフェラトゥ計画」の監視役であることを突き止め、彼女の動向を探ることでイリナに関する情報を得ようとする。
互いに相手の裏をかこうとする心理戦は、連合王国編におけるサスペンス要素の中核を担っている。
性格や思想
徹底した国家主義者 ドルギズの行動原理は、徹頭徹尾「連合王国の勝利」である。彼にとって宇宙開発とは、人類の夢や未知への挑戦ではなく、共和国との体制間競争に勝利するための「戦場」に他ならない。
彼は、レフ・レプスがイリナ・ルミネスクに対して抱く人間的な感情や、宇宙飛行士候補生たちの抱く純粋な夢を「感傷的な弱さ」と断じ、切り捨てるべきものと考えている。
合理主義とマキャベリズム 彼は極めて合理的な思考の持ち主であり、目的のためなら手段を選ばないマキャベリストとしての一面を持つ。スパイ活動や妨害工作はもちろんのこと、自国の宇宙飛行士候補生に対しても、共和国のデータを上回るための過酷な訓練を平然と要求する。
彼が「ノスフェラトゥ計画」を非人道的と批判することがあるが、それは倫理的な観点からではなく、共和国が「吸血鬼というカード」を切ったことに対する技術的な焦りと、自国がそのカードを持たないことへの嫉妬に起因している。彼自身、もし連合王国に吸血鬼がいれば、同様の実験を躊躇なく行ったであろうと作中で示唆されている。
物語への影響
ウイズ・ドルギズは、「月とライカと吸血姫」の物語が、単なる宇宙への夢物語ではなく、冷戦というイデオロギー対立の最前線であったことを読者に強く意識させる存在である。
彼の暗躍と連合王国の猛追が、レフやイリナ、そして共和国の宇宙開発チームに多大なプレッシャーを与え、結果として彼らの計画を加速させる(あるいは、危険な方向へと歪ませる)要因となっている。
もし彼が存在しなければ、共和国の宇宙開発は、より穏やかで人道的な道を歩めたかもしれない。しかし、ドルギズという強烈な「外的脅威」が存在することによって、レフとイリナは自らの夢と国家の非情な現実との間で、より過酷な選択を迫られることになるのである。
