== 概要 == ワスプ・デレッレ(Wasp Derle)は、『月とライカと吸血姫』の舞台となる時代において、アーナック連合王国(United Kingdom of Arnack)が推進する宇宙開発計画の最有力候補とされる飛行士である。
ツィルニトラ共和国連邦(Zirnitra Union)が極秘裏に進める「ノスフェラトゥ計画」および、その後の有人宇宙飛行計画における直接的な競合相手であり、主人公レフ・レプスにとっては国家の威信をかけたレースにおける最大のライバルとして立ちはだかる存在である。
アーナックの卓越した航空技術と、西側諸国の自由主義的な気風を象徴するエリートパイロットとして描かれており、その動向は常に連邦側の諜報機関によって注視されている。
== 生い立ち == アーナック連合王国の首都、アンスク市近郊の比較的裕福な中流家庭に生まれる。幼少期から空への強い憧れを持ち、特に第二次世界大戦で活躍した戦闘機乗りの英雄譚に影響を受けて育った。
大戦終結後、アーナックと連邦の間で冷戦構造が確立すると、両国は軍事的優位性を確保するため、弾道ミサイル技術と航空宇宙技術の開発にしのぎを削り始める。デレッレは、この新たな時代のフロンティアである空と宇宙に自らの未来を見出し、迷わずアーナック王国空軍士官学校への進学を選ぶ。
士官学校を首席で卒業後、空軍の戦闘機パイロットとして配属される。彼は極めて優秀な操縦技術と、いかなる状況でも冷静さを失わない精神力を発揮し、瞬く間に頭角を現した。特に、新型ジェット戦闘機の開発プログラムにおいてテストパイロットとして多大な貢献をし、音速の壁を突破した最初のアーナック軍人の一人として名を馳せる。
この実績が評価され、彼は大戦の英雄であり、アーナック宇宙開発局(ASA)の設立を主導したダグラス・カートライト将軍の目にとまる。連邦がスプートニクの打ち上げに成功し、アーナックが「宇宙開発競争」で後れを取った(いわゆる"スプートニク・ショック")直後、国家の威信を回復するための有人宇宙飛行計画「プロジェクト・スカイウォーカー」が発足。デレッレは、その最初の宇宙飛行士(アストロノート)候補として、軍のテストパイロット仲間と共に選抜されることとなった。
== 作中での活躍 == 物語序盤において、デレッレは直接登場せず、主に連邦側の諜報情報や、レフ・レプスら宇宙飛行士候補生が閲覧を許可されるアーナック側のニュース映像、雑誌記事などを通じてその存在が語られる。
彼は「プロジェクト・スカイウォーカー」の最有力候補であり、その訓練風景は「自由世界のヒーロー」としてアーナック国内で大々的に報じられている。この報道は、極秘裏に訓練を進める連邦の宇宙飛行士候補生たちにとって、強烈なプレッシャーとなった。特に、デレッレの訓練進捗度は常に連邦の計画担当者によって分析され、連邦の計画スケジュールを決定する上で重要な外部要因であり続けた。
物語中盤、連邦が「ノスフェラトゥ計画」によって吸血鬼であるイリナ・ルミネスクを人類(吸血鬼)初の宇宙飛行に成功させると、アーナック側は大きな衝撃を受ける。デレッレ自身も、この連邦の「奇襲」に対し、公の場では平静を装いつつも、強い対抗心と焦りを抱いたとされる。
彼は連邦が次に送り出す「本命」の人間飛行士(レフ・レプス)よりも先に宇宙へ到達すべく、訓練スケジュールを前倒しにするよう上層部に進言。これにより、両国の宇宙開発競争は一層激化し、一刻の猶予も許されない緊迫した状況が生まれる。
デレッレの搭乗する宇宙船「フリーダム・ワン」の打ち上げ予定日が迫る中、レフ・レプスもまた自らの打ち上げに向けて最終調整に入る。作中では、地球を挟んだ二人のエースパイロットによる、見えざるデッドヒートが克明に描かれる。
== 対戦や因縁関係 == === レフ・レプス === デレッレにとって、レフ・レプスはイデオロギーの壁を越えた宿命のライバルである。彼らは直接顔を合わせることはないものの、互いに相手国のエースパイロットとしてその存在を強く意識している。
デレッレは、連邦という抑圧的な体制下で選抜されたレフに対し、自由な環境で実力を発揮する自分の方がパイロットとして優れているという自負を持っていた。しかし、イリナの成功(およびその後のレフの飛行)を知るにつれ、彼は体制の違いに関わらず、純粋な飛行士としての技量と勇気を持つレフを、対等な「好敵手」として認識するようになる。
=== イリナ・ルミネスク === 当初、デレッレはイリナの存在を連邦の国家保安局が仕掛けた情報戦(プロパガンダ)の一環、あるいは信頼性の低い情報として軽視していた。アーナックの情報機関も、「吸血鬼を宇宙に送る」という計画の真偽を掴みかねており、デレッレにもその情報は正確には伝わっていなかった。
しかし、連邦がイリナの飛行成功を(一部の事実を隠蔽しつつ)発表した際、彼は宇宙への「先陣」を切られたことにプロとしての屈辱を覚える。彼にとってイリナは、競争相手であると同時に、連邦の非人道的な計画の犠牲者という側面も持つ、複雑な対象として認識されていく。
=== アーナック上層部 === デレッレはアーナックの国家的な英雄(ナショナル・ヒーロー)として扱われており、政府や軍上層部からの期待を一身に背負っている。彼はその重圧を自らの力に変える強靭な精神力を持つが、一方で連邦に対抗するため、しばしば危険なテスト飛行や無謀なスケジュール短縮を強いられる立場でもあった。彼は国家の「駒」としての役割を理解しつつも、純粋な飛行士として宇宙を目指す動機との間で葛藤する姿も見せる。
== 性格や思想 == 極めて沈着冷静であり、自己管理能力に長けたプロフェッショナルである。感情を表に出すことは少なく、常にミッションの成功を最優先に行動する。
彼はアーナックの自由主義的な体制に強い誇りを持っており、連邦の全体主義的な体制を「人間の可能性を奪うもの」として批判的に見ている。彼にとって宇宙開発競争は、単なる技術の優劣を決めるものではなく、「どちらの体制が優れているか」を証明するイデオロギーの代理戦争であった。
その一方で、彼は根っからの飛行士であり、政治的な駆け引きや軍事的な意図を超えて、「人類として初めて宇宙に到達する」という純粋な夢を追い求めている。宇宙という未知の領域への探求心こそが、彼の最大の動機となっている。
また、競争相手である連邦の飛行士に対しても、イデオロギーを超えた一定の敬意を払っている。彼は、危険な任務に挑む者を「敵」ではなく「ライバル」として捉え、フェアな競争を望む気質を持っていた。
== 物語への影響 == ワスプ・デレッレは、物語の直接的な「敵役」としてではなく、「外部からの最大の圧力」として機能する。彼の存在と「プロジェクト・スカイウォーカー」の進捗が、レフとイリナを追い詰めるタイムリミットそのものとなる。
もしデレッレの計画が順調に進んでいれば、連邦はイリナを実験体として使う「ノスフェラトゥ計画」を強行する必要がなかったかもしれず、物語の展開は大きく異なっていた可能性が高い。
彼は、冷戦時代の宇宙開発競争が、いかに二つの超大国の技術者や飛行士たちを極限状態に追い込んだかを象徴するキャラクターである。レフ・レプスが体制の矛盾に苦しみながらも人間性を失わずに宇宙を目指したのに対し、デレッレは体制の「理想」を体現するエリートとして描かれ、二人の対比が物語のテーマ性をより深くしている。
