サブ・バイトラ - 架空アニメキャラ用語辞典

概要 サブ・ミハイロヴィチ・バイトラ（Sub Mikhailovich Vaitra）は、『月とライカと吸血姫』に登場するツィルニトラ共和国連合の軍人であり、宇宙飛行士候補生である。 主人公であるレフ・レプスと同期であり、その卓越した技術知識と冷静な判断力から、初期の宇宙開発計画において重要な役割を担った。 表向きの「正」候補であるレフに対し、常に「副（サブ）」としての立場を運命づけられた人物であり、国家の威信と技術者としての倫理観、そしてライバルへの複雑な感情の間で葛藤する姿が描かれる。

生い立ち ***出自と家族背景 サブ・バイトラは、共和国東部の主要工業都市の一つであるヴォルスクの出身である。 父親のミハイル・バイトラは、共和国における航空宇宙工学の第一人者であり、新型ジェットエンジンや初期の弾道ミサイル開発において多大な功績を挙げた高名な技術者であった。 幼少期のサブは、この父親の影響を強く受け、工学と空への純粋な憧れを抱いて育った。書斎にあった父親の専門書を読みふけり、十代にして既に高度な数学と物理学の知識を身につけていたとされる。

父親の失脚と体制への宣誓 しかし、サブが少年期を迎えた頃、国内で大規模な政治的粛清（後の歴史家が「大整風」と呼ぶ運動）が発生する。 父親のミハイルもその対象となり、「西側のブルジョア的工学思想に染まっている」という告発を受け、中央の設計局から地方の工場へと左遷させられた。 この出来事は、サブの精神に深い影響を与えた。彼は、父親の技術が正当な評価を受けなかった理不尽さと、国家体制の非情さを痛感する。 この経験から、サブは二度と父親のような過ちを犯さまいと、自身の感情を抑制し、体制に対して絶対的な忠誠を誓うことを決意する。彼は、父親が「情熱」によって身を滅ぼしたと考え、自らは「冷静」と「論理」のみを信条とすることを誓った。

軍人への道 父親の失脚により、サブが中央の高等学術機関へ進む道は事実上閉ざされた。 彼に残された選択肢は、自らの能力を証明し、かつ体制への忠誠を示すことができる「軍」への入隊であった。 彼は空軍の飛行士官学校へ進学し、そこで類稀なる才能を発揮する。戦闘機の操縦技術はもちろん、航空力学や兵器システムの理解度においても他の生徒を圧倒した。 卒業後はエリートパイロットとして順調に出世を重ね、空軍中尉にまで昇進する。その冷静沈着な任務遂行能力は上層部からも高く評価され、国家の最重要機密プロジェクトである宇宙開発計画（メチタ計画）の飛行士候補として抜擢されることとなる。

作中での活躍 ***宇宙飛行士候補生時代 サブがラウラ44訓練施設に着任した当初、彼は最も有力な宇宙飛行士候補の一人と目されていた。 同時期に選抜された候補生の中でも、彼の工学知識と飛行技術は群を抜いており、教官陣からの信頼も厚かった。 特に、同期でありながら補欠合格とされたレフ・レプスに対し、彼は明確な優越感と、同時にある種の苛立ちを抱いていた。 訓練において、サブは常に完璧な成績を収めた。遠心力負荷装置（ツェントリフューガ）の耐性訓練、無重力状態を模擬した飛行訓練、そして宇宙船の複雑なマニュアルの暗記に至るまで、彼は一切のミスを犯さなかった。 対照的に、レフはしばしば感情的な判断ミスや、規定違反ギリギリの行動を見せることがあった。サブは、そのようなレフの「人間的な弱さ」を軽蔑し、なぜ彼が自分と同格、あるいはそれ以上の扱いを受けるのか理解に苦しんでいた。

ノスフェラトゥ計画との関わり 共和国が人類初の有人宇宙飛行を目指すにあたり、二つの計画が並行して進められていた。 一つは、レフたちが参加する表向きの「メチタ計画」。そしてもう一つが、吸血鬼を実験体として先に宇宙へ送る極秘の「ノスフェラトゥ計画」である。 当初、サブはこの計画の詳細を知らされていなかった。しかし、施設内に厳重な隔離区画が設けられ、「実験体V」ことイリナ・ルミネスクが連れてこられたことで、彼は計画の異常性に気づき始める。 ゲルギエフ中将から内々に計画の概要（吸血鬼を人間の身代わりとして使用すること）を知らされた際、サブは技術者としての観点から、その非合理性と倫理的な問題点を指摘したとされる。 しかし、上層部の決定は絶対であり、彼は口を閉ざすしかなかった。

「副（サブ）」としての秘密訓練 レフ・レプスがイリナの監視役として任命された後、サブは表向きの訓練プログラムから外されることが多くなった。 これは、彼が「正」候補であるレフのバックアップ、すなわち「副（サブ）」候補として、別の訓練ラインに移されたことを意味していた。 彼の役割は、万が一、イリナ・ルミネスクによる飛行が失敗、あるいは不可能となった場合、あるいはレフが任務遂行不能となった場合に、即座に代役を務められるよう準備することであった。 この訓練はレフたちのものよりさらに過酷であり、より政治的な機密事項（例えば、アーナック連合王国の妨害工作への対処や、緊急時の自爆シークエンスの学習など）も含まれていた。 この時期、サブは自身の立場――常に二番手であり、使い捨てられる可能性のある駒――であることに強い屈辱と焦燥感を覚えていた。

レフとイリナへの態度の変化 サブは当初、レフとイリナの交流を冷ややかな目で見ていた。 イリナを「実験動物」として割り切り、それに情を移すレフを「プロ意識に欠ける」と断じていた。 しかし、監視任務と称して二人の訓練データを分析するうち、彼はイリナが持つ驚異的な適応能力と、宇宙への純粋な憧れ、そしてレフが彼女を「人間」として扱おうと奮闘する姿を目の当たりにする。 特に、イリナが独学で宇宙船のマニュアルを読解し、技術的な質問を投げかけてくる様子は、サブの技術者魂を刺激した。 彼は、自分が失いかけていた「純粋な探究心」をイリナの中に見出し、次第にノスフェラトゥ計画そのものへの疑問を深めていく。

終盤の行動とサボタージュ イリナの宇宙飛行が目前に迫った頃、サブは施設内における国家保安省（チェーカー）のサガレヴィッチらの不審な動きを察知する。 彼は、イリナが成功裏に帰還した場合でも、機密保持のために「処理」される可能性が高いこと、そしてレフもそれに巻き込まれる危険性があることに気づく。 ここでサブは、人生最大の岐路に立たされる。体制に忠誠を誓い、ライバルの破滅を傍観するか。それとも、自らのキャリアと命を危険にさらし、かつて軽蔑していたレフたちを救うか。 彼は後者を選んだ。 打ち上げ直前、サブは自らの権限を利用し、保安省が監視していた通信システムの一部に意図的にノイズを混入させた。さらに、管制室の予備システムの起動シーケンスに微細な遅延プログラムを組み込み、保安省が万が一、遠隔操作で飛行を妨害しようとした際の対応を遅らせる工作を行った。 これらの行動は、表向きには「技術的な偶発的トラブル」として処理されたが、実際にはサブによる高度なサボタージュであった。 この「影」の支援がなければ、レフが管制室の通信を独占し、イリナの帰還を導くことは不可能だったと言われている。

対戦や因縁関係 ***レフ・レプス サブにとって、レフは最も強く意識するライバルである。 技術や知識では自分が上であると自負しつつも、レフが持つ「人を惹きつける力」や「土壇場での決断力」に対しては、嫉妬と同時に一種の畏敬の念を抱いていた。 サブはレフを「感情的な理想主義者」と評し、自身を「冷静な現実主義者」と定義することで均衡を保とうとした。 しかし物語の終盤、彼は自らの危険を顧みず、その「理想主義者」の勝利に賭けるという、彼自身にとって最大の「非合理的」な行動に出る。

イリナ・ルミネスク 当初は「実験体V」という記号としてしか認識していなかった。 しかし、彼女の知性と宇宙への情熱に触れる中で、彼女を一個の「存在」として認めるようになる。 レフとは異なり、彼がイリナに同情や友情を示すことは最後までなかった。だが、彼女という類稀なる「才能」が、政治的な都合で無意味に失われることに対し、技術者として強い抵抗を感じていた。 彼が終盤に取った行動は、イリナという「人間」を救うためというよりは、彼女によって成し遂げられるべき「偉業」を守るためであった側面が強い。

ゲルギエフ中将 サブの能力を高く評価し、彼を宇宙飛行士候補生に推薦した恩人である。 ゲルギエフはサブの冷静さと忠誠心を買っていたが、同時に彼が父親の件で体制に複雑な感情を抱いていることも見抜いていた。 ゲルギエフはサブを「鋭利すぎる刃」と評し、レフという「鈍だが頑丈な刃」と競わせることで、双方を鍛え上げようとした。 サブはゲルギエフの期待に応えようと努める一方で、彼がノスフェラトゥ計画のような非人道的な作戦を是とする点については、内心で反発していた。

性格と思想 ***リアリズムとコンプレックス サブ・バイトラの根幹を成すのは、徹底したリアリズム（現実主義）である。 彼は感情的な判断を極度に嫌い、常に論理的・合理的な最適解を導き出そうとする。これは、父親が「情熱」によって失脚したことへの反動でもある。 しかし、その冷静な仮面の下には、常に「二番手（サブ）」として扱われてきたことへの強いコンプレックスが渦巻いている。 彼は誰よりも努力し、誰よりも優秀であると自負しているにもかかわらず、最終的に「正」の座につくのはレフのような人間であるという現実に対し、深い葛藤を抱えている。

技術者としての矜持 彼は軍人である以前に、純粋な技術者である。 宇宙船の設計思想や、軌道計算の美しさに魅了される側面を持っており、非合理的な政治的介入が技術の進歩を妨げることを何よりも嫌う。 彼がノスフェラトゥ計画に疑問を抱いたのは、倫理的な側面もさることながら、「吸血鬼という不確定要素」を用いることが、工学的に見て「美しくない」と感じたからでもある。 物語の最後で彼がレフたちを助けたのも、国家への反逆というよりは、保安省による非合理的な介入から「人類初の宇宙飛行」という純粋な技術的偉業を守る、という技術者としての矜持が勝った結果であった。

物語への影響 ***レフ・レプスの対極存在 サブ・バイトラは、主人公レフ・レプスの「影」であり「対極」に位置するキャラクターとして設計されている。 レフが「人間性」「情熱」「理想」を象徴するのに対し、サブは「合理性」「冷静」「現実」を象徴する。 物語は、この二人の対照的な宇宙飛行士候補生が、イリナ・ルミネスクという存在を通して、それぞれに成長していく過程を描いている。 もしサブが存在しなければ、レフの行動は単なる「青臭い理想論」として映ったかもしれない。サブというリアリストの存在が、レフの行動の困難さと価値をより際立たせている。

「名もなき英雄」としての役割 『月とライカと吸血姫』の物語が、歴史の「表」で輝いたレフとイリナの功績を描くものであるならば、サブ・バイトラは歴史の「裏」で重要な役割を果たした「名もなき英雄」である。 彼の行ったサボタージュがなければ、イリナの生還は絶望的であり、その後のレフによる人類初の有人飛行も（少なくとも彼の手によっては）実現しなかった可能性が高い。 彼は自らの名誉や出世を捨て、ライバルであったレフと、自らが守るべきと感じた「技術の進歩」のために全てを捧げた。 彼の存在は、国家的な偉業の裏には、名も知れぬ多くの人々の犠牲と葛藤、そして「影」の功績があることを読者に強く印象付ける役割を担っている。

その後のサブ・バイトラ 作中では、イリナの飛行成功後、サブ・バイトラがどうなったかは明確には描かれていない。 保安省の監視を欺いた彼の行動が露見したのか、あるいは隠蔽されたのかは不明である。 しかし、彼がメチタ計画の主要メンバーから外されたことは確かであり、その後の宇宙開発史において彼の名が「正」候補として語られることはなかった。 一説には、彼は自らの素性を隠し、父親のかつての職場であった地方の設計局に移り、次世代宇宙船の基礎研究に生涯を捧げたとも言われている。