西園寺 モレナ (さいおんじ もれな / Morena Saionji)'' は、『月とライカと吸血姫』に登場するアーナック連合王国 (UK) の航空宇宙局「CASA (Cosmic Aeronautical and Space Administration)」の技術主任、後に計画副長官を務めた人物である。
概要 アーナック連合王国の宇宙開発計画、通称「アポカリプス計画」を技術面、戦略面から支えた中心人物。 ツィルニトラ共和国連邦 (UCN) が威信をかけて進める「ミェチタ(夢)計画」、特にその裏で進行していた「ノスフェラトゥ計画」に対抗し、水面下で熾烈な情報戦と技術開発競争を繰り広げた、アーナック側のキーパーソンである。
物語の主人公であるレフ・レプスやイリナ・ルミネスクが連邦の「表」の英雄(あるいは犠牲)として描かれるのに対し、モレナはアーナックの「裏」で冷徹に実務を遂行する、対極的な存在として位置づけられている。 彼女の功績がCASAの公式記録で語られることは少ないが、その現実主義的な戦略がなければ、アーナックの宇宙開発は連邦に数年単位で遅れを取っていたとされる。
生い立ち 出自と歴史的背景 西園寺モレナは、旧日本帝国(作中では「極東の島国」と言及)からアーナック連合王国へ渡った移民の三世として生を受けた。 彼女の祖父母の世代は、前大戦(第二次世界大戦に相当)以前に新天地を求めてアーナックへ移住したが、大戦勃発と共に「敵性国民」としてのレッテルを貼られ、資産の凍結や強制収容といった厳しい生活を余儀なくされた。
この歴史的経緯は、モレナの人格形成に決定的な影響を与えている。彼女は自らのルーツである「サイオンジ」という姓に対し、誇りと同時に強い拒否感を抱いており、公の場ではミドルネームや愛称を用いず、常に「モレナ」または「M・サイオンジ」と名乗ることを好んだ。 彼女にとって、出自や人種は「非合理的」な差別の根源であり、自らの能力のみが評価される世界を渇望する動機となっている。
CASAへの道 幼少期から数学と物理学において規格外の才能を示し、飛び級で名門大学の工学部に入学、首席で卒業する。 当時のアーナック社会は、彼女のような出自の人間、ましてや女性が要職に就くことは極めて困難な時代であった。 しかし、連邦がスプートニク(作中では「大陸間弾道弾を転用した人工衛星」)の打ち上げに成功し、アーナック国内が「スプートニク・ショック」と呼ばれる国家的危機感に包まれると、状況は一変する。
国家の威信をかけた宇宙開発競争が本格化する中、政府は出自を問わず優秀な頭脳をかき集める必要に迫られた。モレナはその卓越した能力を軍部高官に見出され、新設されたCASA(宇宙航空局)の技術開発部門にスカウトされる。 彼女はこれを、自らの能力を国家に証明し、かつて家族を虐げた社会の価値観を覆す最大の好機と捉えていた。
作中での活躍 「ノスフェラトゥ計画」への対抗 モレナがCASAで頭角を現したのは、有人宇宙飛行計画「アポカリプス計画」においてである。 彼女は、連邦が秘密裏に進める「ノスフェラトゥ計画」――すなわち吸血鬼を実験体として宇宙へ送る計画――の情報を、諜報部門を通じて早期に掴んでいた数少ない人物の一人だった。
連邦が「呪われた種族」という国内のタブーを犯してまで開発を急ぐ一方、アーナック国内でも「高貴な宇宙に汚れた血を送るのか」といった非人道的な議論や、莫大な予算に対する議会の抵抗が根強く残っていた。 モレナはこうした国内の反対派に対し、「倫理は勝利の後に語られるべきものである」と一蹴する。
彼女は、連邦の計画が成功すれば、それは「人類初の宇宙飛行」ではなく「非人類初の宇宙飛行」になると定義し、アーナックこそが「真の人類初」を達成しなければならないというプロパガンダを巧妙に構築。これにより、保守的な議会や軍上層部を説得し、計画の主導権を握っていった。
「月下の競争(ルナティック・レース)」 物語中盤、連邦がイリナ・ルミネスクによる有人飛行(とされるもの)を成功させ、アーナックは「人類初」の称号を奪われる形となる。 CASA内部が混乱し、計画の中止や見直しが検討される中、モレナは即座に目標を「月面着陸」へと切り替えるよう進言する。
「犬が吠えても、月は欠けぬ。彼らが星(スプートニク)に吠えたなら、我々は月(ルナ)に牙を剥けばよい」
この言葉に象徴されるように、彼女は連邦の成功を冷静に分析し、むしろそれを逆利用して議会から追加予算を引き出すことに成功する。 彼女の指揮下で、CASAは連邦の傍受データを(それが不完全なものであっても)徹底的に分析し、より強力なサターンV型ロケット(作中では「タイタンIV型」)と、月着陸船の生命維持技術の開発を急ピッチで進めていった。
対戦や因縁関係 レフ・レプスとイリナ・ルミネスク モレナが直接レフやイリナと対面するシーンは、作中では描かれていない。 しかし、彼女は諜報部門から上がってくる二人の訓練データ、バイタル、交わされる通信記録を、常に冷徹な目で監視・分析していた。 特に、実験体であるはずのイリナと、監視役であるはずのレフとの間に芽生えつつある人間的な「情」を、彼女は「最も排除すべき非合理的なノイズ」であり、「連邦の最大のアキレス腱」と看破していた。
彼女は、アーナックの宇宙飛行士候補生であるバート・ファイフィールドやカイエ・スカーレットに対しても、徹底した精神管理と非情なまでの効率化を要求。 候補生同士の過度な信頼関係すら「リスク要因」とみなし、イリナとレフの関係性を反面教師として、CASAのチーム内から一切の「感傷」を排除しようと努めた。
サガレヴィッチ副長官 連邦側で「ノスフェラトゥ計画」を政治的に主導するサガレヴィッチとは、互いの存在を強く意識するライバル関係にあった。 サガレヴィッチが政治的な手腕とプロパガンダで計画を強引に推進する「動」の人物であるならば、モレナは技術と情報の裏付けをもって計画を着実に遂行する「静」の人物として、対比的に描かれている。 互いに国家の非情な側面を背負う存在として、鏡合わせの関係とも言える。
性格や思想 徹底した合理主義と結果至上主義 西園寺モレナの行動原理は、一貫して「合理性」と「結果」である。 彼女にとって宇宙開発とは、夢やロマンではなく、国家の優位性を確立するための「技術的戦場」に他ならない。 そのためなら、政治的駆け引き、諜報活動、さらには(それが公にならない限り)非人道的な実験すらも許容する冷徹さを持つ。彼女のチーム選定基準は「使えるか、使えないか」のみであった。
出自へのコンプレックスと渇望 一方で、彼女の強すぎる合理主義は、自らの出自に対する根深いコンプレックスの裏返しでもあった。 アーナックという国家に絶対的な忠誠を誓っているわけではなく、むしろ「能力のみが評価される世界」を自ら作り出すために、国家というシステムを利用している側面が強い。 彼女が「サイオンジ」の姓を嫌うのは、それが「移民」「敗戦国の末裔」といった、合理的な評価を妨げる「ノイズ」であると考えているためである。 彼女が目指すのは、血や人種ではなく、純粋な「結果」だけが支配する世界であり、宇宙はその最たる「実験場」であった。
物語への影響 西園寺モレナの存在は、「月とライカと吸血姫」という物語が、ボーイ・ミーツ・ガールや宇宙への純粋な憧れを描くだけでなく、東西冷戦というシビアな歴史的背景に基づいた「国家間の競争」の物語であることを、読者(視聴者)に強く印象付ける役割を果たしている。
彼女は、イリナやレフが直面する「国家の壁」や「体制の非情さ」を、敵側であるアーナック連合王国の側から体現する鏡像のような存在である。 モレナが推進する「アポカリプス計画」の冷徹なまでの効率性と進捗が、連邦側の「ノスフェラトゥ計画」を焦らせ、結果としてレフとイリナの運命を大きく左右していくこととなる。彼女の存在なくして、物語後半の緊迫した展開は生まれ得なかったと言える。
