ソミレット・バルゴは、メルロマルク王国に仕える貴族であり、バルゴ家の現当主を務める女性である。 女王ミレリアの治世下において、国内の諜報網の再編および経済政策の実務を担う重要人物の一人として知られる。 表舞台での華々しい活躍こそ少ないものの、その冷静な判断力と卓越した情報収集能力は、王国の安定と発展に不可欠な役割を果たしている。
生い立ち
バルゴ家の歴史と弾圧 ソミレットが当主を務めるバルゴ家は、メルロマルク王国の中でも特異な歴史を持つ貴族家である。 元々、バルゴ家は国境地帯の領地を基盤とし、亜人との交易によって莫大な富を築いてきた。彼らは亜人に対する差別意識が薄く、実利的な関係を重視する家風であった。
しかし、数十年前から三勇教が国教としての影響力を強め、亜人を敵視する教義が広まると、バルゴ家の立場は一変する。 特に当時の国王オルトクレイ＝メルロマルク32世が実権を握ると、亜人融和派と見なされたバルゴ家は公然とした弾圧の対象となった。 交易は厳しく制限され、家財は不当な名目で没収、領地も大幅に削減された。
ソミレットの幼少期と覚醒 ソミレットは、バルゴ家が最も困窮していた時期に生を受けた。 彼女が物心ついた頃には、かつての繁栄は見る影もなく、周囲の貴族からは侮蔑の視線を向けられ、三勇教の信徒からは「亜人に魂を売った裏切り者」と罵られる日々であった。 父である先代当主は、失われた栄光を取り戻そうと奔走したが、オルトクレイ王と三勇教の張り巡らせた包囲網の中で心労が祟り、若くして病没した。
幼くして家督を継ぐことになったソミレットは、この過酷な経験を通じて、理想論や感情論が現実の前ではいかに無力であるかを痛感する。 彼女は、父が信じた「正義」や「家の誇り」ではなく、目に見える「力」、すなわち富（金銭）と情報こそが、自身と家を守る唯一の盾であると確信するに至った。
この時から、ソミレットは貴族としての表向きの振る舞いを完璧にこなしつつ、水面下で独自の諜報網の構築を開始する。 弾圧されてなおバルゴ家に恩義を感じる旧知の商人や、三勇教の支配を快く思わない地方役人、さらには亜人の隠れ里とも連絡を取り、僅かな資金を元手に、確実に情報を集積していった。 彼女の目的はただ一つ、バルゴ家を再興し、家を没落させたオルトクレイ王と三勇教に報復することであった。
作中での活躍
盾の勇者の召喚と静観 四聖勇者が召喚された当初、ソミレットはこの動きを冷静に分析していた。 特に「盾の勇者」岩谷尚文が悪魔の勇者として糾弾され、王都を追放された事件については、その背後にオルトクレイ王と第一王女マルティ（マイン）の意図があることを、彼女の諜報網は早々に掴んでいた。
しかし、ソミレットはこの時点で尚文に接触することはなかった。 当時の尚文はあまりにも無力であり、彼に関わることはバルゴ家に更なる弾圧をもたらす危険性が高かったためである。彼女は尚文が王国の駒としてどう動くか、あるいはどう排除されるかを静観する姿勢を取った。
接触と取引 ソミレットの転機となったのは、尚文が波に対処し、独自の才覚で名声を集め始めた頃である。 特に尚文が亜人の少女（ラフタリア）を奴隷から解放し、さらにルロロナ村の復興に乗り出したという情報は、彼女にとって重大な意味を持った。 それは、尚文が三勇教の教義に染まっておらず、かつ亜人との間に強力なパイプを築きつつある証左であったからだ。
ソミレットは、尚文が「金になる」存在であり、かつ「三勇教を覆す駒」になり得ると判断。 側近を通じて尚文に接触し、最初の取引を持ちかける。 彼女は尚文に対し、王都の貴族社会の内部情報、特に尚文に敵対的な貴族の動向や三勇教の資金源に関する情報を提供した。
その見返りとして、彼女は尚文が復興させたルロロナ村や、彼が築きつつあった亜人との交易ルートにおける独占的な仲介権を要求した。 これは、かつてバルゴ家が失った亜人交易の利権を取り戻すための、ソミレットにとっての第一歩であった。尚文もまた、信頼できる情報源と王国内の協力者を必要としており、この取引は成立した。
教皇庁との対立 尚文と他の三勇者、そして王国の対立が深まり、教皇がその本性を現した際、ソミレットは決定的な役割を果たす。 彼女の諜報網は、教皇庁内部の不満分子や、狂信的ではない一般信徒の中にも張り巡らされていた。 ソミレットは、教皇が切り札として準備していた「大規模儀式魔法」の詳細や、王都地下に隠された転移網の情報を入手。 これを即座に尚文と、当時すでに暗躍していた女王ミレリアの勢力にリークした。
この情報がなければ、尚文たちは教皇の策略に気づけず、王都での決戦はより困難なものになっていた可能性が高い。 ソミレットは直接戦闘には一切参加しなかったが、情報戦において三勇教の崩壊に大きく貢献した。
新体制下の暗躍 教皇の討伐と、オルトクレイ王およびマインの断罪を経て、女王ミレリアがメルロマルクの実権を握ると、ソミレットの立場は大きく向上する。 ミレリアは、三勇教によって弾圧されていたバルゴ家の経緯と、ソミレットが水面下で築いた功績（特に教皇庁への情報リーク）を正当に評価した。
ソミレットは、女王直属の実務官僚（後に内務卿補佐官に相当する地位）に抜擢される。 彼女の任務は、旧三勇教派の貴族の監視、国内の治安維持のための諜報網の再編、そして尚文が推し進める亜人政策の経済的な調整であった。 霊亀の騒動や、その後の他国との交渉においても、ソミレットは表舞台に立つミレリアや尚文の影となり、裏交渉や情報操作を担当。 王国の「影の実力者」として、その地位を確固たるものにしていった。
対戦や因縁関係
岩谷尚文 ソミレットにとって、尚文は当初「利用価値のある駒」であった。 しかし、尚文が想像を超えた行動力とカリスマで亜人の信頼を勝ち取り、さらには国家間の問題を次々と解決していく様を見て、その評価を改めていく。 彼女は尚文の理想論（亜人の完全な解放や他国との共存）に対しては、「現実的ではない」と冷ややかに見ている部分もある。 だが、尚文がその理想を「実現させる力」を持つ稀有な存在であることは認めており、現在は最も信頼できるビジネスパートナー、かつ利害の一致する協力者と見なしている。 尚文もまた、ソミレットの金銭感覚と情報収集能力を高く評価しており、政治的な駆け引きや経済問題については彼女の助言を求めることが多い。
ミレリア＝Q＝メルロマルク ソミレットが心から忠誠を誓う主君。 ミレリアの現実的な政治手腕と、国益のためなら冷徹な判断も辞さない姿勢は、ソミレットの信条と一致する部分が多い。 ソミレットは、ミレリアこそがバルゴ家が長年虐げられてきたメルロマルク王国を正常化できる唯一の王であると信じている。 ミレリアもまた、ソミレットの暗い過去と、それ故の強固な意志を理解しており、彼女に王国の「影」の部分、すなわち諜報、暗殺、裏交渉といった汚れ仕事を一任している。二人の間には、主従を超えた強い信頼関係が築かれている。
オルトクレイ＝メルロマルク32世（元国王） バルゴ家を没落させ、父を死に追いやった張本人であり、ソミレットにとって最大の仇敵であった。 彼が断罪され、全ての権力を失ったことは、ソミレットの長年の悲願の達成を意味した。 彼女は彼の断罪後も、彼が二度と政治の表舞台に戻れぬよう、その動向を厳しく監視し続けている。
性格や思想
徹底した実利主義 ソミレットの行動原理は、一貫して「利益になるか、ならないか」である。 彼女は正義、友情、誇りといった抽象的な概念を信用しない。それらが家の再興や自身の安全に寄与しない限り、価値を見出さない。 この冷徹とも言える性格は、彼女の過酷な生い立ちに起因するものであり、彼女なりの生存戦略である。 他人に対しても情で動くことは少なく、あくまで利害関係に基づいた契約を重んじる。
現実主義と情報至上主義 「情報こそが力である」というのが彼女の揺るぎない信念である。 戦闘能力や魔法の才能を持たない彼女が、貴族社会と王国の動乱を生き抜くために磨き上げた唯一の武器が情報収集と分析能力であった。 彼女は常に複数の情報源を持ち、情報の真偽を慎重に見極め、最適な行動を選択する。 理想論や希望的観測を何よりも嫌い、常に最悪の事態を想定して手を打つ慎重さを持つ。
亜人に対するスタンス 彼女は亜人を差別しない。しかし、それは尚文のように「守るべき弱者」として見ているからではなく、幼少期から「利益を生む交易相手」として認識していたためである。 彼女にとって亜人は、有用な労働力であり、信頼できるビジネスパートナーであり、時には優秀な諜報員でもある。 そのため、ミレリアが進める亜人地位向上政策にも賛成しているが、その動機はあくまで「亜人の能力を活用することが国益に繋がる」という合理的な判断に基づいている。
物語への影響
ソミレット・バルゴは、盾の勇者である尚文が、メルロマルク王国という異世界の「政治」と「経済」の現実に直面する上で、極めて重要な役割を担う人物である。
彼女の存在は、尚文が波と戦う勇者であるだけでなく、一国の内政や経済活動に関わる「領主」として成長していく過程において、裏側から支える水先案内人となった。 もし彼女の情報提供がなければ、尚文は教皇の陰謀や旧貴族の妨害によって、早い段階で失脚していた可能性もある。
また、女王ミレリアの治世において、ソミレットが国内の諜報と経済を掌握したことは、王国の急速な安定化に寄与した。 彼女は、理想を掲げるミレリアと、実力で道を切り開く尚文の間を繋ぎ、その理想を「現実」の政策として実行に移すための調整役として機能している。 ソミレット・バルゴは、メルロマルク王国の影の立役者であり、その後の歴史の転換点において、情報という武器で国を支え続けた重要な人物と言えるだろう。
