Fに誓いを/ダイヤモンドは砕けない ◆YkrJsFGU2A


 セイバーは思い出していた。
 改めて記憶を掘り起こそうとするまでもなく、その光景は残酷なほど鮮明に思い出すことができた。
 高潔な騎士である彼女にとって、それはおよそ考えられる限り最大級の激情を催すに相応しい外道の行いであり、忘れることなど出来るはずもない忌まわしい所業であったからだ。
 目を輝かせて自分との決闘を楽しんでいた気高き騎士との戦に、この男は卑劣な策略でもって、その幕を強引に下ろしてのけたのだ。
 それだけならばまだいい。決して許せる行為だとはいえないが、その後彼が及んだ行為に比べればまだまだ生易しいとさえいえる。
 自分が散々利用し苦しめた二人の人間を用済みになった瞬間に殺害し、悪びれる様子の一つも見せなかったその時に――――セイバーは漸く、自らのマスターが外道であることを理解した。決して相容れることのできない、騎士である己とは決定的に異なった道を歩む者であると、とうとう心より感じたのだ。
 ……だから彼女は、主君を拒んだ。
 どうせ言葉も交わさない傀儡になんと思われようが、彼にとっては知ったことではなかったのだろうが。
 正義を志しているとはいっても、彼の正義はあまりにも非道だった。
 徹底した合理的思考のもとで成り立つ、少数を切り捨てることで多数を救う正義。
 彼にとって命の重さは不変のもので、誰の命だろうと無謬の天秤の前では所詮同じ、多数の前には切り捨てられるものなのだ。
 より多くを救うためであれば、それ以下の犠牲がどれほど出ようとも惜しまない彼の正義の在り方に、セイバーはどうしても共感することができなかった。それゆえに、彼女が自らのマスターへ抱いていた悪印象で彼を危険人物扱いしてしまったのも、決して責められることではない。
 マスター……衛宮切嗣の変わり果てた姿と、その不可解な様子に一番当惑しているのは、彼の傀儡であった彼女なのだから。
 「……じゃあ、危険なヤツなんだよね?」
 セイバーから切嗣に対しての評を既に耳にしていた鈴羽は、彼女へ思わずいぶかしむような声色を発してしまう。
 鈴羽はまだ少女と呼んでいい年齢だが、未来から来たという特殊極まる経験上、年不相応に他人を見る目は発達しているつもりだった。
 軍隊や要人護衛のSPレベルといっては大袈裟が過ぎるにしても、とりあえず一般人レベルではないと自負している。
 そこまででなくともある程度察しが良ければ気付くことは出来たろう。セイバーが自身のマスター『らしくない』負傷の仕方をしていることに違和感を覚えたように、鈴羽もまたセイバーと全く同じ点についての違和感を感じていた。

 「あたしには、どうも実感が湧かないんだけど……」
 「……申し訳ありません、スズハ。私も、正直困惑しているのです」

 セイバーは彼について散々知った風に語っておきながら確証を持てない自分の不甲斐なさに小さく詫びて、改めて考える。
 自分の知る衛宮切嗣ならば、負傷をしたとしても少なくとも行動不能に陥るほどの重傷を負うことなどとてもじゃないが考えられない。
 彼はとにかく、英霊のセイバーがある種の戦慄を覚える程まで徹底した合理主義者なのだ。仮にどれだけ危うい場面に立たされようとも、その時は速やかに離脱することで事なきを得るだろう。
 それでこその衛宮切嗣。卑劣な策謀で敵を屠る猟犬の爪牙のような冷たい意志を宿した魔術師は、戦いへの真っ直ぐな姿勢など持たない。
 そんな彼しか知らないセイバーは、結局のところ衛宮切嗣という人間について何も理解することは出来ずにいた。
 分かっているのは彼がとにかく冷徹で非情な、機械的に人を殺すことの出来る外道であるとの自分主観の事実だけだ。
 これまでただの一度も、そして恐らくはこれからも。
 切嗣と信頼を築き合ったり、互いに解り合える未来は訪れないと、あの惨劇の晩からずっと確信していた。
 ……こうしている今だってそう思っている。
 あまりにも存在の仕方が異なっている自分たちは、相容れられない。
 彼の理想の正確な形も、彼が如何にしてこうも冷たい男になってしまったのかも、彼の真意も、よくよく考えれば自分は何一つ知らないのだ。

 ” ――――王は、人の気持ちが分からない ”

 そう言って自分の下を去った騎士は誰だったろうか。
 ああ、そうだ。自分(わたし)には結局人の気持ちが分からない。
 不肖に仕えてくれた信ずるべき騎士たちの心さえ理解するに至らなかった悪徳の王に、たかだか三画の刻印以外の繋がりを持たぬ男を理解することがどうして叶おうか。叶う道理が何処にあるというのだろうか。

 「……うぅん、こうしていても手詰まりみたいだね」

 鈴羽がどこかその表情に物憂げな色を帯びさせてきたセイバーの心情を察したのか、不自然なくらいに明るげな声色で沈黙の流れを断った。
 セイバーとは間違っても敵対しないように、彼女に対しては一定の警戒を払っている鈴羽であったが、それなりの長い時間を共に過ごし、仲間の死を分かち合った関係である。その間柄はとうに、『仲間』と呼んでいいほど近付いたといってもいいだろう。
 彼女に対しての警戒や万一の場合への危惧は、既にかなり薄れていた。
 少なくとも、彼女を気遣うことが出来るくらいには。
 鈴羽はセイバーの知る”衛宮切嗣”を言葉伝にしか知らない。
 だから適切な評を下すことが出来る訳もない。
 そんな軽率で無責任な言動をしては切嗣に……何より、こうして悩んでいるセイバーに失礼だ。
 それならばと、鈴羽はしばしの逡巡の後に、ある話を切り出すことを力強い意思を瞳に浮かべながら決意した。
 世迷い言と断じられても何もおかしくない、突拍子もない可能性の話だ。しかしこれ以上に噛み合わない現状を説明する為の理屈もない。何よりも、セイバーの負担を少しでも和らげられるならそれもいいかと思い、手持ちの知識を使って始めた。
 ……それに、実際に使用したこともあるし、そういう意味ではちゃんと根拠はある。あくまで突拍子がないのはセイバーや大方の参加者達の常識に基づいた場合であり、鈴羽にとっては当に立派な常識の一つだ。

 「――セイバーはさ、タイムマシンって知ってるかな?」

 そんな語り口で話の口火を切りつつ、鈴羽は再び切嗣の首輪へと自分のメダルを供給する。彼が危険人物であるかどうかは彼が眠り続けている現状、確かめる術はないが、たとえどんな理由付けがあったとしても、間違えて誰かを死なせてしまうなんてことだけはしたくなかった。
 それが彼女なりの、父親の死への向き合い方だった。


  ■  ■


 衛宮切嗣を苛み続ける悪夢はまだ終わりを告げては居なかった。
 悪夢とは人の心理に起因するものであるらしいが、だとすれば彼が意識を失う前に感じた絶望の程は想像も出来ないものだったに違いない。
 ――今彼が再度体験しているのは、あの呪われた杯の内部での問答の記憶であった。300人が乗った船と200人が乗った船があり、この総勢500名のみが人類最後の生き残りである。片方の船に穴が開き、助けることの出来るのは片方の船だけだ。
 切嗣はかつて躊躇うことなく200人の船を見捨てた。そこにある理屈は、彼が長年布いてきた”少数を切り捨てて多くを救う”正義。
 だがそれも、今となってはそう簡単に下せる決断ではなかった。
 衛宮切嗣の犯した最大の罪悪から月日が経ち、息子を得て、穏やかな日々を過ごし、誰も自分の前から居なくならない世界を知った男。
 単なる敵対者でしかなかった間桐雁夜の願いを背負い、正義の味方として今度こそやるべきことを全うすると決意した彼に、前と同じ機械じみた決断が下せるわけがなかった。切嗣は最早、『天秤の測り手』にはそぐわないほどにその研ぎ澄ました猟犬の牙を欠けさせていたのだ。
 しかしこれはあくまで、彼の見ている悪夢(ユメ)に過ぎない。
 所詮はただの陽炎。
 どんなに頑張っても、深層心理の再現映像にその手が届くことは決してない。
 ただ記憶の在り方のままに、自身の罪を再度体験させられる、自らの正義で大勢を犠牲にしてきた男へ科せられる最大の罰。
 切嗣にとっては紛れもない生き地獄、拷問にも等しい苦痛であった。
 敗北の報い。大層な理想を掲げて打ちのめされ、あわや再起不能寸前にまで陥る羽目になった男へと下される、『敗者の刑』がそこにはあった。 

 ――止めろと叫ぶ。
 こんなことは、何にもならない。
 こんなものは、正義なんかじゃない。
 それを知ってしまった彼は、必死にこれを終わらせてくれと懇願する。
 しかし彼の腕は過去に逆らうことを許さない。

 200人の乗客をキャレコの暴風が鏖殺した。
 なおも問答は続く。
 天秤は既にあべこべだ。
 結末を知っているからこそ、衛宮切嗣は絶叫する。
 (僕は……もうこんなことは、望んでいない……ッ!!)
 どれほど泣き叫んでも悪夢が終わりの兆しを見せることはない。
 本来であればこの後に最愛の娘を自らの手で抹殺し、妻の形を模した悪魔をその怨嗟を浴びながらも殺害する筈だったが――世界はここで、再度の暗転をする。

 次に再現されるのは、夜明けの海。
 一機の飛行機が飛んでいる。
 (あれは……、まさか…………)
 忘れられるものか、この光景を。
 これは『魔術師殺し』の衛宮切嗣が真に始まった瞬間ともいうべき、母親であった人物を失う瞬間だ。
 手にはミサイルがある。
 切嗣の意思に反して動いた手は、静かにミサイルの引き金を弾いた。
 挽き潰さればらばらと落ちていく機械の鳥の残骸はまるで紙吹雪のようで、曙光の一筋が、失意の切嗣を照らす。
 切嗣は――咆哮をあげた。
 奇しくもあの時と全く同じように、心からの絶叫をあげた。
 ジェイク・マルチネスによる暴行で味わった地獄のような絶望と激痛なんてもの、この責め苦に比べればどれほど生易しいものだったことか分からない。
 それほどまでに衛宮切嗣という男にとってこの『刑』はただひたすらに過酷を極めるものであった。

 次に投影される光景は、凡ての始まりの地だった。
 白蝋のような肌に静脈を浮き上がらせて、殺せと懇願する少女。
 変わり果てたその姿を、見間違えることなどあるわけがない。
 ……いや、そんなコト、絶対にあってはならない。
 切嗣はかつて彼女に恋をしていた。
 思えばそれが初恋だった。
 初恋の少女は死んでいる。
 死んでいるのに、まだ生きている。
 そんな矛盾を抱えながら、少女は咽び泣いている。
 彼女は普段の元気で腕白な、向日葵のように華やかな、衛宮切嗣が子供心に恋慕の情を抱かずにはいられなかった笑顔からは想像もつかない泣き顔で、切嗣にどうか殺してくれと希う。
 自分の手では出来ないから、君が殺してくれと。
 君ならいいと、泣いている。

 ――――ああ、そうか。君は…………

 切嗣は度重なる報いを受けてきた。
 或いは見せられてきた。
 勝手な理想で大勢を地獄へ叩き落とし、なお偉そうに正義を語る傲慢な男に相応しい罰であったと、彼は理解できるまでに心身共に磨耗した。
 だからだろうか、この光景だけは、これまでと違っていた。

 過去の、まだ『魔術師殺し』などという大層な通り名で呼ばれていない頃の切嗣には、彼女を殺すことは遂にできなかった。
 実力の差があったわけではない。
 殺してくれと願う彼女を殺すのは、赤子の手を捻ることよりもずっと容易いことだった。
 何しろ殺人の手段という手段を仕込んだ彼の義母(はは)でさえも畏怖の感情を抱かずにはいられない、指先だけを機械のように動かして他人を殺す技能を、彼は生まれながらの才覚として会得していたのだから。
 ならば、それが出来なかった理由は決まっている。

 ……ただ、衛宮切嗣(ぼく)がそれを拒んだのだ。

 人外の身に落ちさらばえてもなお、自死を選べない少女の最後の懇願を裏切って、切嗣(ぼく)は手前勝手な善意を働かせ、彼女を救うという独りよがりな善意を盾にして、彼女から逃げた。
 それが取り返しの付かない過ちであることも、彼女にとってどれほど残酷なコトであったかも知らないままに、始まりの罪を犯していた。

 「……解ったよ」

 身体が動く。
 これはあくまでただの夢だ。
 聖杯の呪いなどいっさい関与しない、幻想の世界だ。
 それなら、今度こそ遂げよう。
 長らく待たせてしまったね。
 でも、もう泣かないでくれ。
 笑っていてくれ。
 僕が君の最期の願いを、叶えるから。

 「ごめんよ、シャーレイ」

 足下に放り寄越されたナイフを拾い上げると、確かな足取りで震える彼女――シャーレイへと近付いて、切嗣は一筋の涙をその右目から流した。

 「……僕は君を、助けられなかった」

 ひゅん、と風を切る音が一つ鳴る。
 シャーレイの首筋をナイフが容易く切り裂き、切り裂かれた頸動脈から鮮血が噴き出す。頸動脈を裂かれての失血死ならば意識は朦朧としたままで、死の苦痛を幾ばくか和らげることも可能だろう。
 初恋の少女の血を浴びながら、切嗣は倒れ伏す彼女をじっと見つめる。
 虚ろな瞳と白蝋の肌で、見る影も無いほどに変わり果てた幽鬼のような姿でこそあったが、シャーレイは最期に微笑んだように見えた。
 切嗣がかつて恋した笑顔で、微笑みかけてくれたように見えた。
 それが見間違いだったのかどうか、遂に切嗣には解らなかった。


 …………衛宮切嗣はこうして、たとえそれが仮初めの幻想(ユメ)の中であったとしても、かつて救えなかった少女を、確かに救った。


  ■  ■


 景色はまたも暗転する。
 切嗣が居たのは、見慣れた銀世界の中だった。
 この景色を再び目にすることに、深い感慨を抱かずにはいられない。
 何度戻ろうとしても戻れなかった、あのアインツベルンの城であった。

 聖杯戦争が始まるよりも前、間違いなく完成されていた魔術師殺しという怜悧な刃を錆び付かせるほどに、幸せだった時間がここにはある。
 これまで見てきた全ての光景が凄惨な血と虐に塗れたものであったからこそ、最も尊く幸せだったこの場所がひどく愛おしく思えた。
 くどいようだが、これはただの夢でしかない。
 しかしたとえ夢であるとしても、絶望を前に崩壊しかけた切嗣にとっては、どんな宝具の効力よりも心強い癒しであった。
 幼少期特有の甲高い声が聞こえて、直後に身体に僅かな衝撃が走る。
 ――そこには当たり前のように、白い白い愛娘の姿があった。
 何度も救おうとして救えなかった愛しい彼女の姿が、そこにはあった。
 いったいどうして、この再会を喜ばずにいられるだろう。
 助走をつけて抱きついてきたのにその体重は悲しいほど軽い……皮肉にもその事実が、衛宮切嗣にとある現実を思い出させた。
 (――――そうだ)
 何を忘れていたんだと、自分を思い切り殴り飛ばしてやりたい暴力的な衝動に駆られる。
 正義の味方を今度こそ貫こうと誓って、打ちのめされて。
 正義の味方にはなれないのかとまた諦めめいた感情を抱いていた。
 だが、それ以前の話だった。
 衛宮切嗣は――”父親”だったのだ。
 (僕が帰らなければ、イリヤは………ッ!!)
 『始まりの御三家』が一角、アインツベルンのホムンクルスである、切嗣の娘イリヤスフィールの価値は連中……魔術師どもにとってはとてつもなく高い。何しろ魔術回路の塊のような、幾重の魔術処置の末に完成した生命なのだ、まず間違いなく、このまま切嗣が帰らなければ彼女は、ユーブスタクハイトの思うがままに使われることだろう。
 切嗣は何度も彼女を救い出す為に森へ赴き、その度に失敗してきたが、この全盛期の肉体でならば彼女を救い出すことが出来るはずだ。
 何せそれを叶えられなかった最大の理由が、聖杯の呪いに蝕まれ、弱体化を余儀なくされたこの肉体であったのだから。
 ユーブスタクハイトがどれほど強大な魔術師だとしても、魔術師を殺すことに関してなら連中すら凌駕する自信がある。
 魔術師殺しとしての技能や力の全てを取り戻した今ならば、かつてこの肉体であの聖杯戦争を馳せていた時さながらに、自分の魔術に驕ったアインツベルンの連中の喉元を喰い敗れる。断言したっていい。
 ああ、殺そう。
 正義の味方を再度志したその時に、無益な殺生を是とする自分は捨て去ったが、イリヤを救うことを阻もうとするならば誰一人として生かしはしない。
 あの夢のように道を塞ぐ者全てを鏖殺して、姫を救い出そう。
 そこから始めよう。衛宮切嗣の贖罪を。

 「イリヤ、少しだけ待っていてくれ」
 とはいっても、仮にこの忌まわしい殺し合いを打破したとして、全盛期へ戻った自分が帰るのはきっと、あの第四次聖杯戦争であろう。
 だがそれでいい。あの何もかもを失う前の時間に戻ることこそが、過去に成せなかった救済を遂げるための大前提なのだから。
 そうでなくては囚われの間桐桜を救い出せない。雁夜との約束もまた、切嗣の中では決して違えることの出来ない誓いと化していた。
 自分の力でこのふざけた運命を書き換える。
 イリヤを好き勝手になんてさせてはやらないし、桜が壊され続けなければならない、そんな不条理な未来も許すものか。
 それが道理だというのならば、その運命を完膚なき迄に破壊しよう。

 冬木の大火は起こさせない。
 衛宮切嗣(ぼく)が全てを救い出す。

 だから――と。
 衛宮切嗣はイリヤの細い身体を抱き締めて、はっきりと誓う。
 やはり、その身体は羽毛のように軽くて、そして暖かかった。

 「父さんは、必ず君のところに帰る」

 ――こんなところで、砕けてなんかいられない。


 その時、世界は崩壊した。
 彼の精神(こころ)は、確かに絶望を乗り越えた。
 『シャーレイを救うこと』と『イリヤと再会すること』は彼の心に確かに存在していたふたつの後悔である。
 死者達の怨念を幻影であるとはいえ浴びたことでその心は憔悴し、誰かを救いたいという欲望が無意識下に生まれていった。
 そしてそれは、衛宮切嗣の最初の間違いである、シャーレイを殺せなかった――彼女を救えなかったことと結びつき、彼の欲望が曲がりなりにも満たされることで、彼の首輪にはメダルが注がれた。
 むろん、愛娘との再会はあの日、聖杯を破壊した日からずっと切嗣が願い続けてきたコトである。
 まるで地獄のような悪夢を乗り越えた報酬と言わんばかりに、彼の命を癒す糧は首輪へ貯蔵され、彼を癒すために消費されていった。
 吹けば消えてしまうように儚いユメ、されどそこに切嗣は欲望を見出し、紛れもなく確かにそれを満たしたのだ。

 そして一度は尽きた彼の運は、まだ終わってはいない。
 鈴羽は未だ意識を取り戻さないだけでなく、全身各所に相当の重傷を負っている切嗣の回復を願って、メダルをなおも注ぎ続けている。
 悪鬼より負わされた手傷は徐々にではあるが確実に修復しつつあった。
 やがて来たる覚醒の時を今はじっと待って、切嗣は眠り続ける――


  ■  ■


 「……成程。確かに、それならば辻褄も合いますね」
 セイバーは鈴羽の話を聞き終えると、やがて静かに頷いた。
 鈴羽は彼女が少々激情家のきらいがあることを見抜いていたのでひょっとすると反発されるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたものだから、彼女がこうもあっさり納得してくれたのは少々意外だった。
 鈴羽の話を大まかに纏めるならばこうだ。
 タイムマシンの大まかな概要を説明した上で、鈴主催者・真木がそれを改良し、更に汎用性の効くようにしたものを使い、何らかの力と組み合わせて用いたのではないかと打ち出した一つの仮説。
 セイバーは生まれが鈴羽や他の大半の参加者と比べて相当に前であり、その為に現代の機械については疎い。
 『時空を越えられる機械』なんてものがあると聞いたときには驚いたが、彼女は鈴羽がつまらない嘘を吐いているのではないとその目を見て理解した。それにこれまでの道中を共にしてきた仲間だ、セイバーはそれを疑おうということはしなかったろう。
 「つまり、衛宮切嗣はセイバーの知っている時間軸とは違う時間軸から来ているんじゃないかってコト。……まあ、まだ彼が危険でないとは限らないわけだけどさ。頭から疑って掛かっても仕方ないし、ね」
 鈴羽の言葉にセイバーは複雑な面持ちで沈黙する。
 やはり彼女としては、些か複雑な心境でもあった。
 時間が違うとはいっても、切嗣への悪印象は決して消えたわけではない。

 こうしている今もセイバーの脳裏には、彼が非道な手段で好敵手とその主君たちを抹殺した忌まわしき光景が鮮明に残っている。
 (切嗣が目を覚ました時……私は、この男を受け入れることができるのだろうか……?)
 決してこれからの道のりは易しくない。
 セイバーがどれほど彼に譲歩したとしても、切嗣はセイバーに対して半ば憎悪にも等しい拒絶を示していたのだ。
 分かりあえるとは、思えなかった。
 (それよりも、切嗣が私を受け入れることなんて……)
 ぎり、と音が聞こえるほど強く歯噛みする。
 鈴羽は今度こそ口を挟むことが出来なかった。
 それほどまでに、彼女の表情は真剣そのものだったのだ。
 (……私達はこれから、どうなるのだろうか……)
 高潔な騎士にそぐわない苦悩を抱えながら、セイバーはただ、令呪という手綱を握る主君の覚醒を待つ。
 理想に破れ、それでも正義を信じる男が目覚める時、彼女たちの未来に待ち受けるのは果たして、如何なものなのだろうか。




【一日目-夜】
【B-4/言峰教会周辺】


【衛宮切嗣@Fate/Zero】
【所属】青
【状態】ダメージ(大)、貧血、全身打撲(軽度)、右腕・左腕複雑骨折(現在治癒中)、肋骨・背骨・顎部・鼻骨の骨折、片目失明、牧瀬紅莉栖への罪悪感、強い決意
【首輪】0枚:0枚
【コア】サイ(一定時間使用不可)
【装備】アヴァロン@Fate/zero、軍用警棒@現実、スタンガン@現実
【道具】なし
【思考・状況】
基本:士郎が誓ってくれた約束に答えるため、今度こそ本当に正義の味方として人々を助ける。
 0.――――――――。
 1.偽物の冬木市を調査する。 それに併行して“仲間”となる人物を探す。
 2.何かあったら、衛宮邸に情報を残す。
 3.無意味に戦うつもりはないが、危険人物は容赦しない。
 4.『ワイルドタイガー』のような、真木に反抗しようとしている者達の力となる。
 5.バーナビー・ブルックスJr.、謎の少年(織斑一夏に変身中のX)、雨生龍之介キャスター、グリード達を警戒する。
 6.セイバーと出会ったら……? 少なくとも今でも会話が出来るとは思っていない。
【備考】
※本編死亡後からの参戦です。
※『この世全ての悪』の影響による呪いは完治しており、聖杯戦争当時に纏っていた格好をしています。
※セイバー用の令呪:残り二画
※この殺し合いに聖堂教会やシナプスが関わっており、その技術が使用させている可能性を考えました。
※かろうじて生命の危機からは脱しました。
※顎部の骨折により話せません。生命維持に必要な部分から回復するため、顎部の回復はとくに最後の方になるかと思われます。
 四肢をはじめとした大まかな骨折部分、大まかな出血部の回復・止血→血液の精製→片目の視力回復→顎部 という十番が妥当かと。
 また、骨折はその殆どが複雑骨折で、骨折部から血液を浪費し続けているため、回復にはかなりの時間とメダルを消費します。


【セイバー@Fate/zero】
【所属】無
【状態】疲労(小)、今後の未来への不安
【首輪】60枚:0枚
【コア】ライオン×1、タコ×1
【装備】無し
【道具】基本支給品一式、スパイダーショック@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:殺し合いの打破し、騎士として力無き者を保護する。
 1.私達は、これから……
 2.切嗣に一体何が?
 3.悪人と出会えば斬り伏せ、味方と出会えば保護する。
 4.衛宮切嗣、バーサーカー、ラウラ、緑色の怪人(サイクロンドーパント)を警戒。
 5.ラウラと再び戦う事があれば、全力で相手をする。
【備考】
※ACT12以降からの参加です。
※アヴァロンの真名解放ができるかは不明です。
※鈴羽からタイムマシンについての大まかな概要を聞きました。深く理解はしていませんが、切嗣が自分の知る切嗣でない可能性には気付いています。


阿万音鈴羽@Steins;Gate】
【所属】緑
【状態】健康、深い哀しみ、決意
【首輪】70枚:0枚
【装備】タウルスPT24/7M(7/15)@魔法少女まどか☆マギカ
【道具】基本支給品一式、大量のナイフ@魔人探偵脳噛ネウロ、9mmパラベラム弾×400発/8箱、中鉢論文@Steins;Gate
【思考・状況】
基本:真木清人を倒して殺し合いを破綻させる。みんなで脱出する。
 0.この人が衛宮切嗣……。
 1.セイバーの手助けをしたい。
 2.罪のない人が死ぬのはもう嫌だ。
 3.知り合いと合流(岡部倫太郎優先)。
 4.桜井智樹、イカロス、ニンフと合流したい。見月そはらの最期を彼らに伝える。
 5.セイバーを警戒。敵対して欲しくない。
 6.サーヴァントおよび衛宮切嗣に注意する。
 7.余裕があれば使い慣れた自分の自転車も回収しておきたいが……。
【備考】
※ラボメンに見送られ過去に跳んだ直後からの参加です。


098:敗者の刑 投下順 100:儚き憎しみに彩られた悲痛の幕開け~獅子身中の虫~
098:敗者の刑 時系列順 100:儚き憎しみに彩られた悲痛の幕開け~獅子身中の虫~
098:敗者の刑 衛宮切嗣 104:燃ゆる剣―騎士とクウガと
セイバー
阿万音鈴羽


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最終更新:2013年06月27日 14:24