呪いをかけられた天使 ◆z9JH9su20Q



 エンジェロイドは、夢を見ない。

 そもそも彼女達には、「眠る」という機能が搭載されていないのだから。

 故に衝撃により気絶したとはいえ、イカロスは夢によって惑わされ、前後不覚に陥るということはなかった。
 再生された意識は淀みなく、直前の状況認識と接続される。
 後一歩まで追い詰めたとはいえ、敵対者は未だ健在な状況での――まるで、初めて智樹(マスター)のところに落ちた時のように――落下という過負荷による、一時的な回路停止。
 だが危機的な状況に抱いていた焦燥は、伏せていた瞼を開くよりも前に霧散する。
 それは内蔵した時計機能で機能停止から既に二時間近くが経過していることを知ると同時に、気絶直前と比べても機体自体には何ら損傷が増えていないことを確認し、予測された脅威には現状、晒されていないと判断できたから――だけではなかった。

「――!!」

 我が身の危機など――遥かに優先すべき、何より大切な繋がりの消失を前にしては。イカロスにとって意に留める価値などない、あまりに瑣末な事項であったからだ。



「――――――――マスター?」



 覚醒と共に身を起こし、己が首元へと手を伸ばす。
 既にその事実を認識できているとしても。その知らせは、落下の衝撃で自らの機能が狂っただけなのだと縋るように。

 だが、そんな簡単に壊れることのできない外殻(カラダ)であることが、イカロスの不幸だった。

 伸ばした指先が、狙い通りのモノに触れた時――『空の女王(ウラヌス・クイーン)』は、それを知らしめられた。

 殺し合いに招かれる以前から、イカロスの身に着けていた首輪。
 それに備えられていた、彼女と彼の繋がり。
 例え、数メートルの距離で視覚には映らなくなるとしても。帰るべき場所への道標として……“鳥籠”に向けて、確かに引かれ伸びていたはずのその鎖が。
 ――だらん、と。片側(イカロス)とは接続されたままなのに、もう片方との結びつきを解除され、垂れ下がっていたのを確認できてしまったのだから。

「インプリティング……」

 言葉にできない、と。そう思ったのに。
 この胸の中に渦巻く感情は、この心では処理できるはずがないのに。

「……消失……」

 だけれどエンジェロイドタイプα「Ikaros」の機能は、イカロス自身の心の在り様とすら無関係に、その事実を宣言させた。

「……ッ!!」

 そんな言葉は、聞きたくもなかったのに――他ならぬこの唇で、紡いでしまうだなんて。
 それを口にすることで、それが真実なのだと――偽りの世界に残された、最後の希望を断ち切られたということを、自ら認めなければならないなんて。

「いや……」

 こんな――こんなのって、あんまりだ。

「いや……っ」

 インプリティングの消失。
 それが起きたのは、この殺し合いの最中。
 この符号が意味することに気づけないほど、イカロスの電算機能は低くない。



『私の鳥籠(マイ・マスター)』は――桜井智樹は。



「いや……ッ!」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――死んだ。



「いやぁああああぁああああああぁぁああああああああああぁああああああああああああああああぁああ!?」

 どことも知れぬ民家の中、イカロスの慟哭が夜を裂いた。
 感情機能が鈍化されていてなお、御しきれぬ想いが表出する。

 それを口にする二人の参加者との戦いを経て、やっとわかったのに。この胸に抱いていた感情が、“愛”と呼ばれる物だということに。

 自分は智樹(マスター)のことが、大好きなのだということに。好きで好きで、たまらないのだということに。

 もう一度、会いたかった。ただその傍に、静かに寄り添って居たかった。
 彼と一緒に、本当の居場所に帰還して――これまで通り、楽しむ彼に仕えられれば、それで良かったのに。
 イカロスの望みは、たったそれだけのささやかな物だったというのに――たったそれだけの欲望が満たされることはもう、永久にないのだ。
 生きていたって。もう二度と、彼に出会うことはできない。
 ダイダロスのように、他の誰かのように。夢の中で彼と逢瀬を重ねることさえも――エンジェロイドであるイカロスには、決して許されない。

「やだ……やだぁ……っ! どうしてっ、ますたぁあ……っ!!」

 その喪失感に。最愛の人を失ったという悲哀に、イカロスはただただ押し潰される。
 その泥沼から抜け出す術を、イカロスは持ち合わせていない。それほどまでに、彼女にとって桜井智樹は全てだったから。

 何より大切だった鳥籠(帰るべき場所)を奪われて、どうして一人だけで立ち直ることができようか。
 誰かが手を差し伸ばさなければ、哀切に重さを増すばかりの翼に引きずられ、彼女はいつまでも沈み続けるしかないのだ。

 建造から7000万年の永きを経て、未だ史上最強のエンジェロイドの名を欲しいがままとする『空の女王』。
 そんな高性能過ぎる外殻があっても、悲しみという重荷を一人だけでは支えられないほどに内側(ココロ)が脆弱であることが、イカロスという少女の悲劇だった。



 ――そして。彼女を見舞う悲劇は、まだ終わらない。



「目が覚めたんだ」

 人間なら目を腫らす程に泣いても、エンジェロイドであるイカロスにそんな変化は起きなかった。
 それでも延々と泣き続けていた彼女は、自分しか居なかった部屋に投げ込まれた声にも何ら関心を引き起こされなかった。
 最早生き残ることすらどうでも良い。今すぐ死んでしまったって構わない、もう意味などないのだから。

「……その様子だと、やっぱり桜井智樹は死んじゃったみたいだね」

 残酷な確認にちょっぴりだけ恨めしさを覚えながらも、イカロスは心の中でだけ肯定する。
 だから、もうイカロスは自分の命に価値を見出していなかった。
 だって智樹には、もう――

「じゃあさ……もう一回、彼に会うために頑張ってみたくない?」
「――!?」

 そこでイカロスはようやく、声の主へと顔を向けた。

 視界に収まったのは、軽佻浮薄が服を着て歩いているような姿形の青年。
 そんな印象にそぐわぬ少し思いつめたような表情だった彼は、イカロスの反応に気を良くしたのか、よく似合う軽薄な笑みをその顔に刻んだ。

「泣き止んでくれて嬉しいよ。おかげで話ができそうだ」



 ――重荷に沈んで行くしかできなかった天使でも、無理やりにでもその手を掴まれれば、そのままではいられない。

 たとえ伸ばされたのが善意による物ではなく、打算に満ちた欲望塗れの腕だったとしても。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 イカロスを回収し、萌郁との距離を離し過ぎず、かつ『APOLLON』の被害を受けていない龍騎の世界の民家の一つに上がり込んですぐの頃。
 介抱しようと横たわらせたイカロスの、その首輪。ランプの色が紫になっているのに気づいて、カザリは盛大に噴き出していた。
「あっはっはっは! 何これ、ちょっと傑作過ぎるんだけど……くぷぷっ」
 発見した時点ではイカロスは緑陣営だったのが、今では紫色が表す通り無所属へと変化している。
 それはつまり、緑陣営のリーダーであるウヴァの脱落を意味していた。
 大方イカロスを手中に収めたことで調子に乗り、そのまま慢心して見極めを誤り果てたのだろう。かつてカザリ達に対する数の不利を、ただメズール達を復活させただけで埋められたと勘違いし、そのまま下調べもせず紫のオーズに挑んで墓穴を掘った時のように。つい先程のカザリの予想よりもずっと早い自滅は、実にウヴァらしいと言える。
「何を笑っているのかな?」
 訝しむような海東に、カザリはそのことを教えてやった。
 最も優位に立っていた陣営の、余りに呆気ない消滅の報に驚いたような彼に、カザリはにんまりしながら告げてやる。
「言ったでしょ? 勝つ見込みはちゃんとあるんだって。バカみたいに最初から暴れてたって、ウヴァみたいに消耗したところを潰されるだけだよ」
 そういう意味じゃ、僕に負けられた君は運が良かったねと。カザリはこちらの指示に不満を溜め込んでいた海東へと、言外に仄めかす。
「この娘みたいな、そんなバカをリーダーにしちゃった可哀想な参加者も助けてあげなくちゃ……ね?」
 もちろん。助けてやるのは、そうすることがカザリにとって得な者であれば、だが。
 萌郁のような諜報戦にも運用でき、さらには敵の意表すらも突き得るというカザリ好みの人材とは異なるが――最強の兵器かつ、ある一点を突けば扱い易い精神構造であるイカロスは、自陣営に組み込む価値は充分にあるとカザリは判断していた。

 さて、とそこでカザリは思考を巡らせる。
 折角ウヴァが期待に応えてくれたのだ。篭絡前にセルメダルを補充して戦力を回復させるのは避けたいが、眠っている隙に陣営だけでも変更させておくべきだろうか。イカロスのことだから例えば桜井智樹との生還のためにウヴァに従っていたとしても、目覚めると既に黄陣営に組み込まれた後だったとなれば、諦念を抱かせて攻略し易くなるかもしれない。
 だが、迂闊な真似をして叛意を招くのも避けておきたい――と、カザリの中の慎重な部分が告げている。
 月見そはらやエンジェロイドと言った他の関係者の詳細名簿を熟読し掛け合わせれば、イカロスにとって最優先要素である桜井智樹がどんな人物であるのか、彼自身のプロフィールに直接記載されてはいないさらなる詳細についても、ある程度予想を組み立てることが可能だ。
 そこから読み取れる情報に従えば、勝手に黄陣営に組み込むというエンジェロイドの意志を無視するような行為は、彼女達の自立を願う智樹を否定することにも繋がりかねない。

 ――それは、実によろしくない。桜井智樹はエンジェロイド達にとって、唯一無二の聖域(鳥籠)なのだから。
 それを冒涜するとなれば、カザリはおそらくウヴァよりも情けない死に様を晒すことになる。
(――ちぇ。ムカっと来るなぁ)
 あの単細胞のことだから、どうせ無所属と化したイカロスを見て深く考えずに行動したら上手く行ったのだろう。だがこちらは逆に、冷静に考えを重ねる時間がある分、ウヴァが成功してみせたイカロスの引き抜きが意外に綱渡りであることに気づいてしまって、こうも考え込まされてしまっている。

 実際、もしもイカロスが自陣営のグリードを気に入らなければ、下克上という選択肢は自然と出てくるはずなのだ。大半の参加者とは違って、それを容易く成せるだけの力がイカロスにはある。また、グリードなどより自身が優勝陣営のリーダーとして決定権を持つ方が、よほど智樹の安全に繋がるということも、成り代われるということに気づければすぐに思いつくことだろう。安易にイカロスを引き込んだ時点で、どの道ウヴァの脱落は半ば約束されていたと言って良い。
 そう考えると、無防備に眠っているからといって、カザリでも彼女には安直に手出しできなかった。
 やはり自らより圧倒的に強い存在を配下に置くというのは、よくよく考えてみれば不安要素が出てくる物だ。
 いくら扱い易い要素があるとは言え、長期的な視線に立った場合。『空の女王』運用のリスクは、実は決して小さくない。

 だが、カザリはグリード。欲望の塊である。
 綱渡りだろうが、危険を理由に力への欲望を諦めるつもりも――ウヴァより優れているという自身のプライドを手放すつもりも、微塵も存在しなかった。
 チェスにおける最強の駒である女王も、己の矜持も、そして自らの優勝も――全て欲張り手に入れてこその、王である。

(まっ、しばらく目覚める様子はないし。もう少し考えさせて貰うとしようかな)

 このゲームはまだ、ようやく序盤から中盤へ差し掛かり始めた時期。イカロスの確保など、要所となる介入は当然必要なことだが、まだまだ慎重であるに越したことはない。
 桐生萌郁からのメールが届いたのは、そう考えたカザリが猫のように伸びをした時だった。
「――見つけたんだ」
 最初に飛び込んできた文面を見てほくそ笑んだカザリだったが、添付されていた同行者の写真を見て真顔に戻る。
 メズールと同行しているのは園咲冴子。元ミュージアム幹部の危険人物であり――カザリが率いる黄陣営の一人。

 少しばかり面倒だな、とカザリは感じた。

 おそらく冴子にはナスカメモリが支給されていることだろう。上位ドーパントに変身できる彼女と共同戦線を敷くことができれば、メズール打倒の実現にまた一歩近づける。
 だがここで問題となるのは、冴子が“黄陣営である”という点だ。
 もし冴子が同行者の正体に気づかないままでいるとすれば、萌郁を送り込んだところで共闘するのは難しいが……逆に気づいていて相互に利用し合っている関係であるのなら、青陣営が有利となるのを冴子が黙って見過ごすとは考え難い。
 そこに表面上青陣営である萌郁が合流した場合、冴子が萌郁を警戒、最悪の場合害することは容易に想像ができる。
 だからと言って萌郁が冴子と協力体制を作れるように工夫をしたとしても、露骨な真似をすればあのメズールが背後から糸を引く何者かの存在に勘付かないわけがない。最悪、黄陣営の間者であることが露呈して、カザリが萌郁に見出している一番の価値が消失する可能性すらある。
 そもそも冴子からして疑い深い性格なのだ。「私は黄陣営の協力者です。青のリーダーを倒すために力を合わせましょう」などと青陣営の萌郁に伝えさせたところで、信じて貰えるとは考え難い。
 総じて言えば、折角メズールの近くに黄陣営の参加者と萌郁を置けたというのに、合流させることに旨みはない。メズールの近くに黄陣営の参加者という毒を潜ませることには知らぬ間に成功したと言えるが、こちらの息がかかっていない上、元より扱い難い冴子では活躍に期待するのも難しい。
 故に、一旦合流は見送るようカザリは萌郁に伝える。引き続き監視を続け、もしも見つかってしまった時は怖くて様子見していたのだと素直に言えば良いと。

 返信してすぐ後に、また萌郁からメールが届いた。
 メズール達がライドベンダーに乗って移動を開始するようだが、周辺に他のライドベンダーがなく、どう追いかければ良いのかとのことだった。
 一瞬逡巡した後に、カザリはデッキを使って変身すれば徒歩でも問題なく追いつけるはずという答えを、引き続き何かあれば報告して欲しいという念押しとともに返す。

「それで? まだ待機なのかな?」
 メールでのやり取りが終わったのを見計らって、海東が確認を投げてくる。
 適当な布を盗んで翠色の宝玉を丁寧に磨いている彼に、肯定を返したカザリはまた思考に沈む。
 安全にイカロスを手にれるために。黄陣営を優勝させるために。そして真木達主催者を出し抜くために。



 暫らくの時間が過ぎた後、カザリはそういえばと再びイカロスの方に目を向けた。
 確認したかったのだ。真木が嵌めたのとはまた別の首輪と繋がった、途切れた鎖の伸びた方向を。
「こっちは好都合、だね」
 イカロスの鎖が向いた先。つまりはその鎖のもう片端を握る、桜井智樹の居所。
 それはここから見てちょうど北側――メズール達のいるのと同じ方向を指し示している。
 キングストーンとやらの入手で誤魔化せているとはいえ、そろそろ海東の機嫌もある程度とっておきたい。イカロスを引き込んだ後は、彼の欲望通り動き出すことも思慮に入れよう。
 その時は、智樹とイカロスが鉢合わせした時の対処法を考えておかなければならないが。

 二人が鉢合わせた時、について考えを巡らせて、はたと気づいた。
(そういえば……当人同士が違う時間から連れて来られてても、繋がってるんだね。それ)
 例えば自分と後藤慎太郎のように、同じ世界からでも違う時間から連れて来られている参加者達がいる。イカロスと桜井智樹もまた、その例に該当する組み合わせだ。
 それなのにインプリティングとやらは繋がっていることを少しばかり不思議に思ったカザリだったが、気に留めるような事柄ではないと、それで見切りをつけるはずだった。
 重力に逆らって伸びていた鎖が、その瞬間、だらんと垂れたのを目に収めていなければ。

「――!?」 

 慌てて手を伸ばす。イカロスの地肌から少し浮かせてみるが、その鎖が特定の方向に引っ張られている様子はない。
 その事実から導かれた解答に、カザリは小さく息を呑んだ。

「インプリティングが解除されている……!?」

 それは即ち、桜井智樹とイカロスの繋がりが消失したということ。
 さらに噛み砕けば――イカロスとそれで繋がっていた、もう片方が欠落したということ。
 つまり、桜井智樹が――死んだということ。

(……まずくない? これ)

 目覚めた時、イカロスはどう動くだろうか。
 八つ当たりに暴れ出すだけなら、まだ良い。セルメダルの尽きているらしい今の彼女など、カザリならば一瞬で制圧できる。
 危惧すべきなのは――智樹の死を知ったイカロスが、全ての欲望を消失してしまう場合だ。
 エンジェロイドの中でも、イカロスはもっとも桜井智樹に依存している。彼を失えば、生き残ろうという意志さえ喪失してしまう可能性がある。

 如何にカザリが知恵者を自負していようと――何の欲望も抱いていない、糸の切れた人形を舌先三寸で操ることは不可能だ。

 加頭順という、黄陣営のために使えた有力な駒と引換に手にしたはずの最強兵器が、物言わぬガラクタと化す。その可能性に気づいたカザリは、そんな最悪の事態を避けるために頭をフル回転させた。
 やがて何らかの糸口が掴めそうな、そんな引っかかりを思考の中で見つけた時。突然の電子音にカザリは身を縮こませた。
 慌て過ぎたのか、着信音を目覚ましにしてしまわないようになどとよくわからない考えでイカロスを横たえた部屋から退出してから、カザリは天王寺裕吾の携帯電話を取り出す。

 キャッスルドランに辿りついたという萌郁からのメールには、メズール達が他の参加者同士の戦いに乱入したということが記されていた。状況を撮影したという添付ファイルを見て、カザリはまたも思案すべき事項を抱えてしまったことを知る。
(ヤバいね……)
 写真で確認できたのは、いずれも強大な戦闘力を持つ者達だ。グリードであるメズールに、上級ドーパントであるRナスカ。
 さらにはそれらを歯牙にもかけないであろう、紫のオーズ。
 本来、少なくとも物理的には破壊不可能であるコアメダルを砕けるという特性を秘めた、紫のメダルで変身するコンボ。しかも火野映司が積極的にグリードの殲滅を狙って来ることも予想できる以上、カザリとしても保身のために最優先で処理したい難敵の一人だ。しかし、コアメダルがたった六枚の現状では太刀打ちすることも困難だろう。

 そして、そんなオーズすら霞むインパクトをカザリに与えたのは、眠り続けるイカロスと同じエンジェロイド――カオスだ。
 青陣営の一員でもあり、歪んだ愛を求める少女。カオスが仮に何の変哲もない人間の小娘であったとしても、メズールなら彼女を放ってはおかなかっただろう。
 しかも現実のカオスは、イカロスと並ぶ参加者最強の兵器だ。その力を利用できると考えたのなら、紫のオーズの前に身を晒すという一見無謀なメズールの行動も納得できる。

 そしてメズールは手に入れるつもりなのだ。その“愛”ごと、カオスという最強戦力(エンジェロイド)を。
 それが成功するかはわからない。電子メールというタイムラグの生じる指示で、人と接するのが不得手な萌郁に邪魔させるのは困難だ。どうやらメズールの正体を知った上で同行していたらしい冴子が、メズールの一方的に得する事態の進行を座して見ているとも考え難いとはいえ、楽観視するわけにはいかない。
 仮にカオスが、グリードとして潤沢なメダルを保有するだろうメズールの制御下に置かれたなら――カザリが今使える手札で、対抗できる望みは極めて薄い。

 ならばやはり。今、手に入れないという選択肢はない。
 カオスに勝るとも劣らぬ最強の鬼札――最悪の事態への対抗策となる、『空の女王』を。

「――――――――マスター?」

 そのための障害となる要素に関して巡らせていた思考を再度引っ張り出したタイミングで、そんな声が聞こえた。
 いやいやと、弱々しく紡がれていた否定の声が、やがては魂切る絶叫へと変化する。

「……うるさいなぁ」
「ちょっと君は黙っててよ」

 女の悲鳴が厭わしげな海東が、文句を言いに行ってやるとばかりに立ち上がろうとするのをカザリは慌てて制止する。彼が絡むとただでさえ頭を悩まされる話が一層ややこしくなる。
 延々と泣き続ける天使の声を壁越しに聞きながら、何かないのかとカザリは頭の中だけでなく改めて詳細名簿を引っ張り出し――
 偶然開いた参加者の項目が目に入ったことで、閃いた。

(――そっか。桜井智樹は死んだんだから……)

 イカロスもそれに気づいているというのなら。それを利用しないという手はない。
 そこまで思い至った時、カザリの中で目的を達成するためのロジックが、カッチリと組み上がった。
 後は、イカロスにそれが通じるか――即ち話を理解できる状態にあるか、否か。それで勝負が決まる。
 覚悟を固めたカザリは扉を開けて、悲嘆に打ち拉がれるイカロスへと言葉を投げ――そして勝利を確信した。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 バサリ、と天使の翼が展開される。
 それに伴った烈風が頬を打つのを感じながら、カザリは北西の方向を見据えていた。
「君の鎖が最後に示していた方向から考えると……今、戦いが起きていることからも、桜井智樹はキャッスルドランで命を落とした可能性が高いだろうね」
 あれから少し後――話を終え、小屋の外に出たカザリ達だったが。そんな言葉にも、棒のように立つイカロスは、表立った反応を見せなかった。
 だが……その胸の奥に、更なる憎悪を点火したという手応えを、カザリは確かに感じ取る。
「まぁ、推測でしかないけれど……僕も、彼を殺した犯人探しには協力するよ。君の大切な人の仇は、必ず討とう」
「マスターは……」
 そこでイカロスが、小屋から出て初めて口を開いた。
「きっと、復讐なんて望んでいない」
 躊躇を滲ませた語調に、カザリはもう一押しかなと判断する。
「……でも、君は?」
 からかいたいという気持ちを抑えて、努めて真摯にカザリは問いかけた。
 自分で考えて、自分で感じたことに従って、自分で決めること――それがエンジェロイドに、桜井智樹が常々口にし続けて来たことだった。
 それに即した誘導は、イカロスの迷いを呼ぶことはあっても、不興を買うという心配はまずありえない。
 後は――その迷いさえ、こちらにとって都合が良くなるよう晴らしてやるだけだ。
「どうせ、『やり直す』んだから。どうするのか、どうしたいのかは……君の、好きな方で良いんじゃないかな?」
 その言葉が、確かにイカロスを揺らがせたのを見て……カザリはほくそ笑みながら、いつもの台詞を口遊んだ。
「その欲望、解放しなよ」
 そしてそれが、決定打となった。

「……デュアル可変ウィングシステム、安全装置(セーフティ)解除」
 夜の闇の中でも、星空よりも眩く。地に堕ちた天使は輝きを漏らす。
「モード・『空の女王(ウラヌス・クイーン)』……バージョンⅡ、発動(オン)」
 束ねられていた長髪は量を増して解け、頭上に出現した光輪の下で靡く。
 黒く縁どられていた装束はデザインを一新し、薄桃の色素を帯びた純白の衣へと変貌する。
 そして輝かんばかりに美しい両翼は、二対四枚へとその数を増やす。
 そんなイカロスの変身に、カザリはようやくだとほくそ笑む。
「任務(ミッション)再確認。最終目標、本バトルロワイアルからの生還。その達成のための、現段階での設定目標――黄陣営の優勝」
 事務的に、電子的に読み上げるイカロス。その一節一節が耳朶を叩くたびに、カザリは勝利の手応えから歓喜に打ち震える。
「勝利条件。各敵対陣営リーダーの撃破、及びその間の自陣営リーダーの防衛」
 本来不要なはずの、淡々とした任務の確認は――己の欲望を満たすため、今一度、嫌悪した過去である『兵器』に戻ることを決意した彼女の、宣誓の言葉だった。
「今回の私の任務は、青陣営現リーダー、水棲系グリード・メズール。第二世代エンジェロイド・カオス……及び、仮面ライダーオーズ・火野映司。以上三名の参加者の……排除」
 現状では唯一、顔が判明している敵陣営リーダーであるメズール。イカロス以外ではまず対抗できない危険人物のカオス。そしてカザリの天敵であるオーズ。
 まずはこの三名を『空の女王』の圧倒的戦力で始末して貰えれば、それだけでもイカロスにセルメダルを300枚も分け与えた価値はあったと言えることだろう。
 無論――たったそれだけの利用で終わらせるつもりなど、毛頭ないのだが。
「それが終わるか、メダルが足りなくなったら一度戻ってきてね。その後の方針についても、また話し合いたいから」
 飛び立とうとするイカロスを呼び止め、カザリは更なるオーダーを追加する。
「君も嫌だろうし、積極的に他の参加者を攻撃する必要はないよ。ただ障害になるのなら、それも排除してくれて構わない」
 メズールやカオスを打倒するまでなら、例えばもしそこに正義に燃えるヒーロー達が居合わせたとしても、共闘することができるだろう。
 だがそのまま、暴走しているとはいえ火野映司を殺害しようとすれば妨害を受けることは必至。そこで諦められては、カザリとしては意味がない。
 しかし。そこで、自分の都合に付き合わせようとするよりも――
「――判断は、君に任せるよ」
 彼女の意思を尊重している、と――桜井智樹と同じであるという風に装う方が、よほど効果的だろう。 
「はい……リーダー」
 案の定――イカロスはそう答えた。
 はい、リーダー……と。カザリを自身を導く者であると、認める返事で。
「――出撃します」
 言葉を残し、その伝達する速度よりも速く飛翔したエンジェロイドは、瞬く間に見えなくなった。
 説得に多少の時間を要しはしたが、結局イカロスの機動性を鑑みれば大した遅れにはなりえないことだろう。最高速度の一割も出さずとも、目的地に到着するのに一分も掛かるまい。
「……僕らのリーダーは、とんだペテン師だね」
 イカロスの飛び去って行った空を見つめていると、背後から海東に悪態を吐かれた。
「泥棒の君に言われたくはないな」
 上機嫌なカザリは余裕綽々とした調子で、そんな口撃に応じることとした。
「それに僕は、彼女にはそんなに嘘を吐いたつもりはないよ」
 そんなにはね、と心の内だけで付け足しながら、カザリは彼を振り返る。

 実のところイカロスを口説き落とすこと自体は、直前の閃きのおかげであっさり成功した。
 予想の通り、桜井智樹を喪ったイカロスはあのままなら使い物にはならなかった。少なくとも、欲望のない者の扱い方などカザリは知らなかった。
 だが、それなら――こちらから餌となる欲望を、用意してやれば良かったのだ。
 もちろん、グリードであるカザリ自身は人間やエンジェロイドの心情を持っているわけでも、理解しているわけでもない。
 しかし、似た例を参考にすることはできる。

 詳細名簿で偶然カザリが開いた項目。それは暁美ほむらのページだった。
 同時に、カザリは海東から得た情報で、彼女の同行者であることが判明している岡部倫太郎についても思考を結びつけることができた――彼らの、共通点についても。

 この二人はそれぞれ、今のイカロスと同じように大切な人間を喪った。しかしそれでも、彼らの欲望は枯れてしまうことはなかった。
 何故なら――彼らには、時間遡行という『やり直し』の手段が存在したから。だから絶望に心が折れず、欲望を手放すことなく抱き続けることができた。

 カザリはそれを、イカロスにも応用したのだ。
 殺し合いの参加者だけでも、タイムリープを可能とする者達がいる。それを捕らえて来た真木達主催陣ならなおさら、それ以上に時間を支配する技術を持っているはずだ……と。

 であれば。生き残り、その技術を手にすれば……桜井智樹達と共にイカロスが過ごしていたあの日々へ戻ることが、やり直すことができるのだと、イカロスに伝えたのだ。
 事実――智樹とイカロスの連れて来られた時期がそれぞれ違うのだから、イカロスは自分が連れ去られた直後に戻るだけで、健在の仲間達の輪に戻れるのだとカザリは教えてやった。

 まだ、やり直せるということ。それはイカロスの、最後の希望となり――そして彼女の欲望を復活させた。

 そうなれば後は簡単だ。生きて帰るためにはいずれかの陣営に属する必要がある。だから黄陣営においでと、メダルを恵んであげれば良い。
 ――だが、そこで思考を止めてしまっては、どこぞの虫頭と同じだろう。いずれはイカロスの謀反を招く可能性が残ってしまう。
 だからカザリは、イカロスを陣営に組み込む前にリーダーにならずとも自身が生還できると思わせ、かつリーダーになることは不利益なことであると思わせるように注意した。
 ただ、そのために嘘を弄したわけではない――このことについてはむしろ、カザリが感じている疑惑をそのまま正直に、イカロスに伝えただけだ。

 ――ルールブックに示された事項だけでは、優勝したグリード以外にあまりにも得がない、ということを。

 そもそも真木の目的は世界の終末。そのための手段として、暴走するメダルの器を求めていたことをカザリは知っている。
 要するに、バトルロワイアルの優勝報酬というのはただの餌。それにまんまと誘き寄せられたグリードを、真木達が罠にはめようとしているのは明白。
 だからこのバトルロワイアルで勝利し生還したところで、実はカザリも他の参加者同様、真木の野望を退けるまで安全とは言えない立場にいるということをイカロスに伝えた。
 利用されているのは自分も同じ。それなら他の参加者とも手を組んで、可能な限りの人員を黄陣営に抱き込んで優勝し――そのまま真木達を打倒し生還する。それが自分の目的だと。
 そして――その時に、最強のエンジェロイドであるイカロスの力を頼りにしたいと、そう伝えたのだ。

 今の時点では、イカロスもそこまでは考えてはいなかったらしい。だが決して彼女は愚鈍なわけではない。カザリの言葉の信憑性を論理的に見極めることは、そうしようと思えば可能であった。
 優勝した後について生じる疑問や不安は妥当な物であり、それを解消するために戦力を提供できるイカロスを切り捨てることはまずないと――相互利益の関係になるとして、カザリを信じる根拠に据えても問題がないかどうかを判断する程度の電算能力は、イカロスにもあるのだ。

 ――そしてカザリは、イカロスの信を勝ち得た。

 共に、真木の使命とやらに振り回される被害者同士、手を取り合えるとして。

(ま。本当は僕は、別に迷惑だなんて思っていないんだけどね……このゲーム)

 そんなには、ということは。当然嘘を吐いていないというわけではない。
 真木との対決を予感していることも、その際にイカロスの力を欲していることも真実ではあるが――そもそもカザリも、真木とは最終的に道を違えることを承知の上で歩みを共にしていたのだ。
 その際に先手を打たれ、こんな首輪を嵌められてしまったというわけだが……それでも、一気に他のグリードのメダルを奪う機会に恵まれたのは好都合。
 そもそも最初からこのゲームを楽しんでいる身だ、自らを被害者だなどと憐れむつもりもない。
 このゲームに巻き込まれたがために最愛のマスターを喪ったイカロスに吐いた嘘の一つは、そんなカザリ自身の心境だった。
 だってそうだろう。智樹が死んで好都合なのだと、この事態を楽しんでいるのだなどと、そんなこと恐ろしくて言えるものか。
 ――今は、まだ。
 真木達を打倒し、全てのメダルの力を取り込み、イカロスを超える力を得るまでは――カザリは女王様のご機嫌取りに終始するつもりであった。

(――そういえば、あれは何だったんだろうね?)

 イカロスのご機嫌取り、の中で。奇妙な様子を見せた時があったなとカザリは振り返る。
『やり直し』の方法を提示した後に聞かれた、イカロスが最初に出会った、赤陣営だった『偽物』の桜井智樹のことについてだ。位置から考えると、もう一人のアンクが何らかの支給品を使い彼女を騙していたのだろうことが推測できた。カザリはそのことをイカロスに伝えて、他のグリード達は自分と違ってイカロスを騙そうとする者ばかりなのだと吹き込むのに利用させて貰ったが。
 その後、ニンフも違う時間から連れて来られていたということを確認して来たイカロスは、少し後に吹っ切るまで、智樹の死を受け入れた時とはまた別の消沈を見せていた。
 あの消沈の意味は、何だったのだろうか――?

「――それで? キャッスルドランでの戦いは、全部彼女に任せるのかい?」
 カザリは思考に沈んでいたところを、海東の問いかけで正気に戻される。

「大雑把には、そうだね。僕や、メダルの足りない君じゃ女王様には足手纏いだよ」
 それはカザリなりに、冷静に判断した結果だった。
 事実として、今のカザリがプトティラやエンジェロイドの戦いに巻き込まれては一溜りもない。特にカオスの性質を考えれば、中途半端な戦力を伴うことは危険だとすら言えるはず。
 だったら最初から、最強であるイカロス単機に向かわせる方がよほどつけ込まれる隙もなく、安全だと考えられる。
 既に萌郁にも、ミラーワールドに潜んでの事態の監視を行うようにと伝えてある。これでイカロスがどれほど暴れても、彼女が巻き込まれる可能性は少ないはずだ。
「やれやれ、結局はまた待機か……君が僕にもメダルをくれれば、あの子の足手纏いってことはないんだけどね」
「自惚れ過ぎじゃない? それに……そうしたら君、僕を狙うでしょ。乱戦の中ならなおさら……さ?」
 カザリがキャッスルドランの戦いをイカロスのみに任せた、もう一つの大きな理由。それはやはりこの男に、背後から撃たれる危険を避けたかったからだと言える。
 イカロスもディエンドも、その真価を発揮するには余りにメダル喰らい過ぎる。消耗を恐れ慎重を期しているために、余分なメダルを貯蓄できていないカザリの身体を構成するセルを提供できるとすれば、どちらか一人だけが限界となる。
 となれば、移動速度や、純粋な戦闘力――そして、弱体化した隙を衝いてくるか否かと言った危険性の有無から考えても、自然と選択肢は一人に絞られる。
 特にイカロスでも、エンジェロイドを相手にするなら出し惜しみは禁物だ。セルメダルは、与えられるだけ渡しておいた方が良い。
 しかし、女王の勝利を約束する代償として、300枚もこの身から喪失したことはカザリの力を確実に削いでいる。
 そこからさらに、我が身を削って海東に力を与えようものなら――間違いなく、この危険な男を御しきれなくなる。
 もしかすれば、海東の隠し札次第では今の時点でも危ういかもしれない。
「でも、安心しなよ。僕らもただぼけっと待っているわけじゃないからさ」
 だから、身体を構成するセルメダルを失くすほど弱体化するといった、グリードの性質について海東に勘付かれてはならない――と、カザリはその危機感を忘れず、しかし楽しむ心を持ち合わせて、彼と言葉を交わす。
「僕らは彼女から逃げ延びてきた参加者を狙うことにするから。それならメダルの少ない君でも大丈夫でしょ?」
 言いながら、カザリはライドベンダーからカンドロイドを購入する。監視用と受信用のペアとなるバッタ五セットと、その半分を戦場に向かわせるためタカを五つの計十五基。
 萌郁を含めれば、キャッスルドランから逃げ延びた者を監視するには十分。取り込むにせよ、討ち取るにせよ……この戦いで真の勝利を掴むのは間違いなく、この自分だ。
「……猫というより、ハイエナみたいだね、君」
「知らないの? ライオンも結構するんだよ、そういう賢い狩りの仕方」

 未だ弁えぬ海東に、そろそろ見せつけてやらなければならないかとカザリは考える。

 群れを指揮して獲物を屠る、獣王の狩りというものを。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○



 イカロスにとっては、カザリは偽りの世界の住人――そのはずだった。
『APOLLON』を向けたあのニンフも、記憶にない偽物のはずだった。
 イカロスの記憶にないここは、偽物の世界のはずだった。
「…………さ……い」
 だけど。イカロスに、生きた"本物の"マスターと再会できる方法を教えてくれた親切なカザリは、そうではないことまで――知りたくなかったことまで教えてくれた。
 最初に出会った赤陣営のマスターは、やはり偽物だった。そのことについては、そのために随分と悩まさせられたけど、良かったと心底想う。
 あれが、違う時間の"本物の"マスターではなくて。"本物の"マスターはイカロスの知っているままの、優しい彼であったことを知ることができて。

「ごめんな……さいっ」
 だけど。カザリの言葉は、イカロスの愚かさを知らしめてもいたのだ。

 カザリの言葉を――許可がなければシナプスにも近づけず、ましてエンジェロイドであるが故に石版(ルール)を起動させることもできない、『やり直し』のできないはずのイカロスの最後の希望を信じるのであれば。
 時間操作の技術が存在することを、認めるのであれば。

 ――ニンフについて導き出された答えも、認めなければならない。

 あのニンフは――イカロスを気遣ってくれた、自身の記憶と齟齬があるから『偽物』だと思っていたあのニンフは。
 イカロスが最終兵器で撃った、あのニンフは。

 少し先の未来から連れて来られた、だけれど同じ日々を過ごした――"本物の"ニンフだったのだ。

「ごめんなさい…………っ!」
 許しを請う言葉は、自然と口から溢れていた。
 ――何て我儘なんだろうと、自分でもそう思う。
 それでもイカロスは、自らの愚かさが傷つけてしまった友人に、この言葉が届いているはずもない彼女に謝らずにはいられなかった。

 きっと、もっとよく話を聴いていれば。そんな誤解も抱くことなく、ニンフを傷つけることもなかったかもしれない。
 だが、イカロスはそうしなかった。マスターにいつも怒られていたのに早合点して、思い込んだまま行動した。
 そして、見当違いなことを続けているうちに――マスターを守れず、喪ってしまった。

 謝罪の言葉を、ニンフだけでなく。無能なエンジェロイドがみすみす死なせてしまった、最愛のマスターにも捧げる。

 それだけでは何の意味もないことを、自覚しながら。

 イカロスが苦しむのは、当然の罰なのかもしれない。だけれど、イカロスの弱い心はそれに耐えられなかった。
 だから、虫のいい話だとわかっていても、全てをチャラにできるという怪物の誘惑には逆らえなかった。
 それを――都合の良い救いを、信じたいと思ってしまったから。

(ニンフと、仲直りして……それから、二人で……!)
 エンジェロイドを、特に自分を評価しているカザリのことだ。頼めばきっと、カザリはニンフを黄陣営に引き入れてくれるはず。
 そうすれば、"本物の"ニンフと二人で『やり直せる』。
 カザリ達、黄陣営の仲間と共に。マスターを死なせた、こんな事態を引き起こした真木清人達を……殺して。その技術を奪い取って。あの輝ける日々に帰還することができる。
 マスターも、そはらも。いつかの明日に仲間の輪に入ったのだろう、アストレアが死んだこともなかったことにできる。
 それが――既に一つの命を奪ったイカロスに許される、たった一つの贖罪の方法なのだ。

 欺瞞に満ちた救済を求めて、天使は飛翔する。

 やり直せる、まだ手が届く、と――諦めることができない欲望という、呪縛に囚われて。

 その純白の翼を、新たな血の色で染めるために。




【一日目 夜中】
【D-6 市街地】


【イカロス@そらのおとしもの】
【所属】黄
【状態】健康、飛行中、智樹の死に極めて強いショック
【首輪】295枚:0枚
【コア】エビ(放送後まで使用不可能) 、カニ(放送後まで使用不可能)
【装備】なし
【道具】アタックライド・テレビクン@仮面ライダーディケイド
【思考・状況】
 基本:生きて、"本物の"マスターに会う。(訳:優勝後、時間操作の技術を得て全部なかったことにする)
 0.――やり直すんだ。
 1.キャッスルドランに向かい、メズール、カオス、オーズを撃破する。
 2.ニンフと仲直りしたい。
 3.共に日々を過ごしたマスターに会うために黄陣営を優勝させねば。
 4.目的達成の障害となるものは、実力を以て排除する。
【備考】
※22話終了後から参加。
※“フェイリスから”、電王の世界及びディケイドの簡単な情報を得ました。
※このためイマジンおよび電王の能力について、ディケイドについてをほぼ丸っきり理解していません。
※最終兵器『APOLLON』は最高威力に非常に大幅な制限が課せられています。
※最終兵器『APOLLON』は100枚のセル消費で制限下での最高威力が出せます。それ以上のセルを消費しようと威力は上昇しません。
『aegis』で地上を保護することなく最高出力でぶっぱなせば半径五キロ四方、約4マス分は焦土になります(1マス一辺あたりの直径五キロ計算)。
※消費メダルの量を調節することで威力・破壊範囲を調節できます。最低50枚から最高100枚の消費で『APOLLON』発動が可能です
※『Pandora』の作動によりバージョンⅡに進化しました。
※桜井智樹の死で、インプリティングが解除されました。
※「『自身の記憶と食い違うもの』は存在しない偽物であり敵」という考えを改めました。
※カザリの言葉を信じたいと思っています。そのため、最終的に大体のことはやり直せるから気にしないつもりです。


【カザリ@仮面ライダーOOO】
【所属】黄
【状態】健康
【首輪】75枚:0枚
【コア】ライオン×1、トラ×2、チーター×2、トラ(10枚目)(放送後まで使用不可能)
【装備】ヴァイジャヤの猛毒入りカプセル(左腕)@魔人探偵脳噛ネウロ
【道具】基本支給品、詳細名簿@オリジナル、天王寺裕吾の携帯電話@Steins;Gate、ランダム支給品0~1、バッタカンドロイド×5
【思考・状況】
 基本:黄陣営の勝利、その過程で出来るだけゲームを面白くする。
 1.イカロスを利用し、キャッスルドランに集まったメズール達を始末する。
 2.キャッスルドランから逃げ延びて来た参加者を監視。場合によっては合流、もしくは撃破する。
 3.「FB」として萌郁に指令を与え、上手く利用する。
 4.笹塚に期待感。きっとゲームを面白くしてくれる。
 5.海東に興味を抱きながらも警戒は怠らず、上手く利用する。
 6.タイムマシンについて後で調べてみたい。
 7.ゲームを盛り上げながらも、真木を出し抜く方法を考える。
【備考】
※対メズール戦ではディエンドと萌郁を最大限に利用するつもりです。一応青陣営である萌郁は意外なところで切り札にもなり得ると考えています。
※10枚目のトラメダルを取り込みました。
※身体を構成するセルメダルから300枚をイカロスに渡しました。残数は200枚です。


【海東大樹@仮面ライダーディケイド】
【所属】黄
【状態】健康
【首輪】20枚:0枚
【コア】クワガタ
【装備】ディエンドライバー@仮面ライダーディケイド、ライドベンダー@仮面ライダーOOO
【道具】基本支給品一式、支給品一覧表@オリジナル、不明支給品("お宝"と呼べるもの)、キングストーン@仮面ライダーディケイド
【思考・状況】
 基本:この会場にある全てのお宝を手に入れて、殺し合いに勝利する。
 1.今はカザリに協力し、この状況を最大限に利用して黄色陣営を優勝へ導く。
 2.チャンスさえ巡ってくれば、カザリのメダルも全て奪い取る。
 3.他陣営の参加者を減らしつつ、お宝も入手する。
 4.天王寺裕吾の携帯電話(?)に興味。
 5.“王の財宝”は、何としてでも手に入れる。
 6.いずれ真木のお宝も奪う。
【備考】
※「555の世界」編終了後からの参戦。
※ディエンドライバーに付属されたカードは今の所不明。
※キングストーンは現在発光していません。



【全体備考】
※龍騎の世界からキャッスルドランへ向けて、カザリのタカカンドロイド×5がカザリのバッタカンドロイド×5を運んでいます。
※天王寺裕吾の携帯電話から桐生萌郁の携帯電話へ、戦いの最中はミラーワールドへ避難しておくようにという内容のメールが送られました。



117:UNSURE PROMISE 投下順 119:今俺にできること
117:UNSURE PROMISE 時系列順 119:今俺にできること
107:Lの楽園/骸なる月 カザリ 138:Bad luck often brings good luck.(人間万事塞翁が馬)
海東大樹
イカロス 123:欲望交錯-足掻き続ける祈り-



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最終更新:2015年07月29日 23:13