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そんなあなたじゃないでしょう(後編)◆z9JH9su20Q

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 先制はイカロスだった。

 この距離はマミではなく彼女の間合い――それを充分に予想していたからこそ、盾代わりの魔法陣の展開は超音速の拳の着弾に先んじる。

 しかしその盾も、イカロスの前では薄氷ほどの心強さもない――ことも、マミは最初から織り込み済みだ。
「――ッ!?」
「……!」
 刹那、魔法盾は容易く砕かれる。その以前から実行に移っていた咄嗟のバックステップは、マミに許された反応時間を置き去りにする打撃を前に、上手く勢いを殺すまでとは至らなかった。
 それでも――拳が肉体そのものを捉える前に、障壁の砕けた反動でマミの体はシュテルンビルトの広い街路を吹っ飛んで、直撃だけは免れた。

 本来ならあり得ないその回避は、マミが予め、不可視化してイカロスの四肢に巻きつけていた魔法のリボンによるものだ。
 街の一地区という、巨大に過ぎる質量を支えるための強靭な柱にまで伸びた黄色の帯は幾重にも合わさり、更に瞬間的に縮小することでイカロスの動作を阻害し、絡めとった手元を微かに狂わせていたのだ。

 後退できるような隙はなく。また初撃となる単なる殴打が、自身の魔法陣だけでは防げる代物でもなく、そのままでは回避できる速度でもないことを、火蓋が切って落とされる前から理解していたからこそ。マミはイカロスが戦闘態勢となる前から、初撃を凌ぐための用意ができていたのだ。

 そしてマミ自身も、路面へと激しく打ち付けられる前に自身の体をリボンで近傍の家屋に繋ぎ、体勢を立て直す。

 距離が、開けた。
 しかし、マミには反撃どころか、息を吐く暇すらも存在しない。

「――『ArtemisⅡ』、発射」

 初撃の動作だけで、帯の半分以上を裂いていたリボンを今更、振り解こうとすらせず――距離の離れた敵手に向けて、イカロスは淡々と追撃を開始する。
 対しマミも、いつものように技名を叫ぶ余裕はないながらも、既に次の魔法を発動していた。

 一つは再びのリボン操作。それによって可能な限り最速で自身の体を横に逸らしながら、もう一つの魔法によって引き起こされた現象を目撃する。

 それは文字通り、驟雨の如き密度で降り注ぐ魔弾の群れ。
 パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ――マミの眼前全てを遮る壁を作る勢いで、地を穿たんとする無限の魔弾。
 弾頭は、その全てが炸裂弾。

 シルバーステージの宙に浮かんだ大地に突き立つ寸前、一斉に炸裂した魔弾の欠片は、その圧倒的な範囲と密度によって超々音速で迫っていた二基の小型ミサイルを捉える弾幕と化した。
 目の前の空間を完全に制圧した爆発は、マミを永久に追いかけるはずだったそれを誘爆の中に呑み込む。これで、脅威的な破壊力を秘めた超極音速の追尾弾は防いだ。
 しかし――ここでもまだ、息は継げない。

 案の定。打ち砕かれた氷輪の牙に代わって、今度はイカロス自身が爆炎を突っ切り、飛び出して来た。
 天使の拳が、黄色い魔法少女の太腿の前から後ろへ抜けるのを――マミはリボンに引っ張られた上空から、確かに目撃していた。

 一方。イカロスの拳を受けた方のマミは、厳密に言えば天使の一撃で穴が空いたのではなく――自ら解けて、その隙間に拳を通しただけだった。
 イカロスの拳が捉えたのはデコイの分身。それを構成していたリボンの群れは最初のパンチを減殺した際よりも遥かに本数を増してイカロスの姿を繭に包むように飲み込むが、一秒と持たずに純粋な馬力だけで引きちぎられる。
 それからほとんど停滞せず、リボンで更なる遠方へ身を運ぼうとするマミを追い、飛行したイカロスが――見えない壁にぶつかったかのように、急に宙空で減速した。

「――かかったっ!」

 それを成した正体はリボンではなく、糸。織り合わせた布ではなく、一本きりでより鋭く強靭なイメージを具現化し易い無数のそれは殺傷力すら発揮するトラップとなって、天使を空に捕まえる。
 硬度を上げた糸は、先程までのリボンほどに脆くはなかった。イカロスに接触した程度で千切れることはなく、その肌や羽に潜り込んでいく。
 しかし、柔らかな皮膚の表面を切り裂くだけ。それ以上は抵抗するイカロス本人ではなく、それぞれが結び付けられた街の支柱に食い込んで、寸断して行く。やがては糸自体が先に破断し始める。
 だが、それも途中で止まり。驚異的な出力を持つイカロスでも糸の結界による多重の拘束を完全には脱しきれず、遂に動きが縫い止められた。

「ティロ・ボレー!」
 瞬間、身を翻したマミの生成した無数のマスケット銃が一斉に火を噴いて――天使の姿を、硝煙の中に覆い隠した。

 先制したのはイカロス――しかし先手を取ったのは、マミとなった。

 もちろん、数時間前に圧倒、否、蹂躙されたカオス以上のスペックを誇るイカロスを相手に、こうもマミが立ち回れているのには理由があった。

 一つは、情報のアドバンテージ。
 方や、最初の情報交換の時点で来るべき共闘に備え、イカロス達の能力を智樹から詳しく聞き出していた上、実際にエンジェロイドであるカオスとの交戦まで経ているマミ。
 方や、マミに関する何の事前知識も、他の魔法少女との戦闘経験も持たないイカロス。
 この条件の差が、戦闘を組み立てる出発点について、両者の間に著しい水を開けさせていたのだ。

 続いては、シュテルンビルトの構造が、先程披露したトラップが使うにあたって打ってつけなロケーションであるということ。また、立体的な超音速飛行を誇るイカロスが本来握っている優位性を逆手に取ることのできるこの絡め手を、先に仕掛けられるだけの精神状態の差も――それを可能とする制限の助けもあると言えるだろう。

 そしてマミ自身はまだ気づいていないが、彼女の善戦を支えている要因はもう二つある。

 ――その一つは、桜井智樹の不在。
 気にかけまいとして、しかし気にかけずにはいられなかった相手。
 他の事柄に注目しようという無意識の気持ちばかりを強め、結果として逆に実践を遠のかせてしまった要因。
 優れた洞察力と戦術眼を強みとする彼女が――それで何が変わったわけではなくとも、昼の戦いでディケイドから完全に手を抜かれていることにまるで気づけなかったのも、それが少なからず影響していた。

 何より単純に、素人であったり、常人であったりした彼のフォローに足を止められることがもうないことは、彼女本来の機動力を完全に解き放っていた。

 故に、皮肉にも。桜井智樹がもういないがために、巴マミはベテランの魔法少女としての、真のパフォーマンスを発揮できていたのだ。



 ……しかし、それでも相手は進化を遂げた『空の女王(ウラヌス・クイーン)』。
 明確な断絶が存在する地力の差は、五つの有利を与えられたマミが全力を尽くしても、到底埋め切れるものではなかった。

 ――続々と生成し、全方位からの斉射を続けていたマスケット銃の群れが突如、同時に爆散する。

 それがイカロスの展開したバリアによって魔弾が反射されたためであることを、マミは天使を拘束していた魔法の糸が焼き切られる様を見て理解する。
 光の殻越しに見る天使は微かな煤汚れがあるだけで、装甲どころか皮膚すらもロクに傷んでいるようには見えなかった。

 臍を噛んだ直後。バリアを解いたイカロスは、それが完全に消え去る前に、逆しまの流星のようにしてマミの立つ屋根の上へと飛来した。
 超音速の突進を避けられるわけもないマミは、咄嗟にリボンでの減速を図るも、しかし。何度も同じ手を使い過ぎたせいか――イカロスはその発生源を見切り、超音速の曲芸染みた機動で道中の大部分を回避してみせた。
「うぁ……っ!?」
 微かに接触し得たリボンも、ほとんど動きを減殺させることができないまま引き千切られ――気づけば天使は、マミの真ん前に出現していた。

 構えたマスケット銃も、攻撃のためにその場で旋回するついでに弾かれて。
 瞬きほどの間も置かずに繰り出された迅雷のような回し蹴りが、最後の守りである魔法陣を突破して、マミの左足をへし折った。
「――っ!!」
 灼熱する痛覚に、声にならない悲鳴が漏れる。
 しかしセルメダルを撒き散らし、蹴りの勢いに弾き飛ばされながらも、接触の瞬間にマミは新たなリボンをイカロスの身体に巻きつかせていた。

 ……拘束するには、咄嗟に用意できる量のリボンだけでは力不足だということは既に、重々承知している。
 だから、今度の目的は動きを止めることではなかった。

 自らの動きを戒めるのに足りないと、しかし吹き飛ばされていくマミを追撃もせずにイカロスが油断したその瞬間――一部の解けたリボンが、今度は彼女の背後で大砲の形を取る。
「ティロ・リチュルカーレ――!」
 直接手に取らずとも発砲できる魔砲の、単発に限った代わりの変則使用。
 この距離なら、バリアは張れない。
 敢えて敵の自由を許したことで生まれた余剰分で編んだ砲身は、イカロス自身に担がれることで回避を許さず、天使の背中をまともに捉えた。

 至近距離からの砲撃。反動に耐え切れず、イカロスに巻き付いていたリボンが裂けて、砲身が天使から脱落する。
 そしてそれだけの運動エネルギーを無防備に受けたイカロスの痩身は、彼女の蹴りを受けたマミ以上の勢いで吹っ飛んでいった。
 その隙に、新しく用意したリボンをギプス代わりにすることで、治癒魔法と合わせて骨折部位を固定。魔法少女としての特性で痛覚を遮断し、マミは何とか自力で立つ能力を取り戻す。

(あの子……)
 四つ目の要素には気づけぬまま、ではあるが――自らを有利に導く五つ目の要因に、リボンによる移動で機動力を補ったマミの考えが及びかけた時には。既に投げ出されていた機体を立て直したイカロスは――セルメダルを零していなかったことから予想できた通り、ティロ・リチュルカーレの直撃もまるで堪えた様子のないまま、その翼を発光させていた。

(――まずいっ!)
 アルテミスが発射されてしまう前に、こちらも弾幕を展開して何とか迎撃を間に合わせる。
 押し寄せる颶風を堪えて移動し、立ち込める塵芥が煙幕と化した隙に路地裏へと転げ落ちながら、マミは戦況を分析する。

 ……おそらく、純粋な戦闘センスならばマミの方が上だろう。
 しかし、基礎となる能力値が違い過ぎる。
 単なる一挙手一投足に対しても全力の防御を強いられた上で受け止めるには及ばず、かと言ってこちらの攻撃の大半は牽制にもならず、そもそも認識してからではもう目で追えないほどに速度差が存在する。
 事前に行動を予測し、戦闘開始前から準備していた、地形を利用したトラップも駆使した上で……相手から手心を加えられてようやく、瞬殺されずに戦えるといった有様だ。純粋な燃費ならばマミの方が勝るだろうが、こうも手数を強いられていてはその唯一の利点すら失せる。既に追い込まれているが、仮に持ち堪えられても先にメダルが枯渇して、持久戦に持ち込むことすら困難となるだろう。

 充分、予測できていたことだ。それでも理不尽な戦力差に、思わず意識が遠くなる瞬間が訪れる。

 ――駄目だ。
 そんなことを言い訳にしては、駄目だ。

 智樹は……何の力もなくったって、あの時マミの前に立ち塞がってくれたじゃないか。
 マミはまだ戦えて、大切な友達を殺す為じゃ無く、守る為に戦えるのに――諦めてどうする。
 諦めたくないから、イカロスと戦うなんて無謀、承知の上で行っているのではなかったか。
 諦める理由を探すよりも、活路を見出すために思考を巡らせるべきだ。

 折れかけた決意を改めて固めようとした、その次の瞬間。骨折箇所の治癒を続けつつ、息を潜めたまま街路を見張るマミの背にしていた家屋が、内側からその外壁を弾けさせる。
「――ッ!」
 新しいマスケット銃を錬成するより早く、マミは粉塵から躍り出た人影に捕まり、そのままの勢いで組み敷かれた。
「制圧――完了」
 機械的な輝きをその目から放ちながら、マミの両肩を押さえ込んだイカロスが告げる。
 そういえば、彼女達にはレーダーがあるらしいことを聞いていたが……成程、石造建築の家屋程度、そのパワーと索敵能力の前では、まともな障害物としても機能しなかったということか。

 何にしても、この状況はまずい。一瞬の脳震盪から回復したマミはそう歯噛みする。
 足を折られた程度なら、まだ誤魔化せた。だが両腕を潰されてしまっては銃も撃てなくなるし、リボンの操作も覚束なくなる。
 拘束を脱しようと藻掻くマミに対し――しかしイカロスはそれ以上、何もして来なかった。

「……降伏して」
 唯一示されたアクションは、その勧告だった。
「あなたじゃ、私には勝てない。もう、わかっているでしょう……?」
 脅す風でもなく、あくまでも淡々と。
 故に、それが事実であるという絶対の圧力を伴って。
 マミが全力を込めて抗ったところでびくともしない、文字通り覆しようのない詰みの状況に追い込んだイカロスは、悠然と――諦めることを求めてきた。

「……確かにね。とても勝てる気がしないわ。ずるいぐらいに強いもの、あなた」
 対してマミは、抵抗のために込めていた力を抜いて――弛緩した勢いのまま顔を傾けて、イカロスから視線を逸らした。
「本当に……ずるいぐらい」

 それを……果たして、単に戦いのことだけを指して口にしたのかは、マミ自身にもわからない。
 ただ、先に思った通り――そして宣言され、受け入れた通り。まともにぶつかっても到底勝ち目なんかないのだということを、マミはよくよく思い知らされた。
 最初から、イカロスはマミの命までは奪いに来ていなかった。対してマミは加減せず、全力で挑んでいたが――結果はこのザマだ。
 殺そうとする者と、守ろうとする者の、どこか皮肉なやり取りに。そして己の情けなさに、マミは声なき失笑を零す。

「私は……兵器、だから」

 そんなマミの様子を見て、どこか物悲しそうに、イカロスは呟いた。
 哀れんだにしては、慰めにもなっていない慰め。責句を逃れるには、言い訳にもなっていない言い訳。
 けれど、確かな一つの真実を。

 戦う力を得ただけの少女では、戦うためだけに造られた少女には敵わなかった。
 言われるまでも、試すまでもなく、勝てないことはわかっていた。その上で、何かに強制されるでもなく、自分が望んだことだったのだから。
 そして。

(確かに……何だかイヤね。こんなの)
 自らを兵器だと謳うイカロスが、それでもマミを殺そうとしないのなら――まだ、この胸に感じる欲望を手放すのは早いと、マミは気持ちを切り替える。

「そんなに凄い力があるのなら……きっと、私なんかよりも沢山の人を守れるんでしょうね」
 並居る魔女など相手にもならないだろう。殺し合いに乗った危険人物達も、物の数とするまい。
 あのカオスやワルプルギスにだって、イカロスなら遅れをとることなく、多くの人々を守れるに違いない。
「なのに」
 背けていた視線を戻す。
「あなたがその力を、誰かを殺すために使うつもりなら――」
 滲んだ視界の先に捉えた、双つの紅い光を見据えながら、マミは言う。
 かつて自分が、彼に貰った勇気を、伝えるために。
「まずはここで、私を殺して行きなさい……っ!」
「……っ!」
 息を呑む天使がその美貌を歪ませるのを、マミは確かに目撃して。
 それから項垂れ、何もできず小さく震えるイカロスに……マミは安堵を覚えながら語りかけた。
「今のはね……最初に会った時に、桜井くんが私に言ってくれたことなの」
 イカロスの長い髪が、身動ぎに合わせて微かに揺れる。
「きっと……今のあなたを見たら、彼は同じことを言ったと思うわ」

 だから、今――マミの言葉を受けて感じた気持ちを、見て見ぬふりで終わらせないで欲しい。
 そんな願いを込めて、マミはイカロスを睨み返す。

「……でも」
 やがて。躊躇から、視線を背けたままだったイカロスが、ぽつりと言葉を漏らす。
「あなたは……マスターじゃ、ない」
 マミを直視できないまま震えていたイカロスが、それだけを痛切に吐き出した。
「……わかっているわ。だとしても――」
 同じやり取りは、もう幾度と繰り返している。
 それでも、互いの信じる、二人の知っている桜井智樹に差異がないこともまた、そのおかげで理解できている。
 そして、自分で決めたことに対し改めて躊躇を覚えた今なら……これまで重ねて来た以上に言葉が届くと、マミは手応えを確信する。

「それに……私は、もう……っ」
 ……そんな希望が崩れたのは、イカロスの告白に滲んだ感情のせいだった。

 そこに込められた恐怖の声音は、智樹との別離という、耐え難い罰に対してだけではなく。
 まるで……償いきれぬ罪に怯えているような、脆い響きをしていたから。
 まだ、自分は――決定的な何かを読み違えていたのだと悟ったマミの背筋を、悪寒が駆け抜ける。

「フェイリス……フェイリスを……っ!」
 懺悔のような、嗚咽とともに。
 マミを組み伏せたままだった天使は、ようやく――澎湃と涙を湛えた紅瞳を、マミへと向ける。
「私には……もう。やり直すしか……ない、から」
 ……固めた右の拳を、振り上げながら。
「あなたを……殺してでも――っ!」
「イカロス――っ!!」
 恐怖からか、悲哀からか。それが何に向けられている物なのかも、わからないまま。
 自らの視界もまた、涙によって滲むのを認識しながら――マミは彼女の名前を呼ぶ。

「……ッ!!!」
 結局――――――イカロスの拳は、途中で止まった。

 マミの防御や妨害は間に合っていない。引きつった顔をしたイカロスが、自分の意志で止めたのだ。

 戸惑うマミが見上げているうちにイカロスは身体を起こし、それから耐え切れなくなったように反転し、飛翔する。
「……っ、待って――!」
 状況を理解し切る間もないまま、マミは声を張り上げた。
 今、どこかに行かせては駄目だ。
 しかし、超音速の飛行能力を全開にされていれば、呼び止める声も届かない。
 果たして――マミの声が届いたかのように、イカロスは半キロも離れていない宙で前進を止め、その場に浮かんでいた。

 思い直してくれたのかと考えたが、違った。
 逃げ出したのかと思ったが、それも違うとわかった。

 何故ならマミには――イカロスの悲壮な覚悟が、未だ見て取れたから。

「……さよなら」
 この距離では直接聞き取れたはずのない、小さく紡がれた別れの挨拶をマミが認識したと同時。
 夜空に浮かぶ、背景の月とイカロスとの間に――二門の巨大な砲身が顕現し始める。

 ――先程拳を振り下ろさなかった、否、下ろせなかった理由は定かではない。
 しかし、イカロスはなおも……罪を重ねる道を選び続けている。
 おそらくは、その先にしか救いも、贖う術も残されていないのだと考えて。
 一対の砲火で、立ち塞がり続けるマミを灼き払ってでも……その道を踏破するつもりなのだ。

 そのために、他の何もかもを諦めて。

 それを悟ったマミは、砲口に怖気立つほどのエネルギーが充填されて生じる威圧を無視して、折れた足のまま立ち上がった。

「……良いわ。殺して行きなさいと言ったのは、私だもの。あなたは、それで良い」
 そうだ、全力で殺しに来い。
「だけど、意地でも殺されてなんかあげないわ……っ!」
 それを止めることにこそ意味がある。
「だって……っ」
 そうでもしないと、この思い込みの激しい女の子の心に、これ以上踏み込むことができないから。

 コア二枚を使ったのだ。セルメダルにはまだ、多少の余裕がある。
 そのありったけを魔力へと変換しながら、マミは先んじて出現させた砲門を背負うイカロスを見据える。

「桜井くんが、傍にいて欲しいって言ったのは……っ」
 先程まで感じられていた覚悟の色すら鳴りを潜めた、冷徹な機械のような紅い輝きを。
 目に収めた瞬間、その分もとばかりに勢いを増して、何色かも判別できない激情が込み上げた。

「そんなあなたじゃないでしょう――っ!?」

 声の限りに絶叫したマミは、果たして。その時イカロスに生じた停滞に気づいたか否か。
 ただ、我武者羅なまでに全力で――頭上にあったモノレールの軌条に合わせて、許される全ての魔力を収束し収斂させる。
 次の瞬間顕現したのは、トナカイの頭付きの牽引車に繋がれた、パフェ状の車体から生え出た超弩級のカノン砲――

 ――即ち、列車砲だ。

 これこそカオスとの戦いでは発動できなかった、巴マミが誇る最大最強の魔砲。
 そして、そこに込められた己の最大の力を解き放つために、マミは幾度と無く口遊んだ――守るために放ち続けて来た、あの呪文を詠唱する。
「ティロ……」
 マミが狙いを定めたのに一刹那だけ遅れて、イカロスも動く標的に合わせて照準を設定し直す。
「『HephaistosⅡ』――」
 対してマミは一刹那早く、力の限りに号令した。

「――フィナーレ!!」
「発射……っ!」

 劈く轟音が。真白き閃光が。瞬きも許さず、夜の世界を塗り潰す。

 砲撃の反動で、滑走していたモノレールを砕き、崩落させながら。
 マミのありったけの魔力を込めた最大の魔弾が、夜空を裂いて飛翔して――
 天使が放った光の束に呑み込まれて、呆気なく掻き消えた。



「――っ!」
 衝突で弾けた魔力の奔流が、爆発となって三層都市(シュテルンビルト)を蹂躙する前に。
 そのまま薙ぎ払われた双柱の光は、直線にあるの全てを貫き――マミのもとへと、落下途中にあったお菓子の列車の上をなぞって。

 迸る殲滅の爆光は、シュテルンビルトの中央通り――三層あるその端から端まで。破滅の刃のように吠え猛ったまま、あっという間に駆け抜けた。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 ……失意に足取りを重くしたまま、バーナビー・ブルックスJr.は宛もなく彷徨っていた。
「すみません……皆。ごめんなさい……」
 壊れたラジオのように、その口からは謝罪の言葉が繰り返し吐き出され続けていた。
 グリードであるカザリに屈服したという事実は、犠牲者を一向に減らせていない無様さにも劣らぬ傷となって、彼に自責の念を抱かせた。
 その傷は未だ癒えることなく、バーナビーの心を苛み続けていたのだ。

 ……所詮は、紛い物だったからだろうか。不意にそんな疑念が疼く。

 バーナビーはワイルドタイガーのバディヒーローとして、この事態の解決のために戦おうとした。
 しかしそれは正義感などではなく、この空虚な胸の内を埋める手段を求めただけのことであるのは、他ならぬバーナビー自身が最初から理解していたつもりだった。
 つもりだったのに、そんな依存心を脅かす伊達へと子供みたいに反発し……結果として、散漫となった注意で彼らを死なせた。

 もしも、ワイルドタイガーのように。何の迷いもなく、何の不純物もなく、ヒーローとして戦っていられたのなら……きっと、なかったはずの犠牲。
 自分のような半端者だから、この手で繋ぎ止めることができなかった命。
 その名はどうしようもなく、バーナビーの胸の内で深く爪を突き立て続ける。
 そんな痛みを抱え続けても、だからと言って今更……心を入れ替えて奮起しようという発想には、至れなかった。

 結局……今のバーナビーにはないからだ。迷いなく戦うための、寄辺となる信念が。
 マーベリックに弄ばれた人生――その大部分を占めていた、ヒーローとしての生き様への疑念を拭えるほどの、芯となるものが。

 報いるべき恩人達は既に亡く。虎徹を支えるという唯一見出せた道も、それに縋る資格を自らの手でズタズタに傷つけてしまった。

 挙句あんな悪の甘言にまで乗ってしまった自分は……このまま、生き続けたところで。いったい、何を為せるのだろう――?

 そんな――堆積し続けた自己嫌悪が極大の諦念となりかけた、直後のことだった。

 最早意志ではなく惰性で歩み続けていたその足が、目指していた先――故郷であるシュテルンビルトの方から、眩い光が届いてきたのは。
「――っ!?」
 反射的に顔を上げたバーナビーの視線の先で、街の中心に線を引くかのように、褪紅色の奔流がシュテルンビルトを割って行った。
 街(ブロンズステージ)の上に造られた街(シルバーステージ)、そのまた上に造られた最上層(ゴールドステージ)まで、別け隔てなく貫いた光が街を駆け抜けたのと――同じく三層ある街並みのいずれにもその牙をかけ、輻射熱の転じた烈風で打ち据える大火球が爆ぜたのは、ほぼ時を同じくする出来事だった。

 そうして、崩れて行く。
 人っ子一人いないのだろう今こそ暗闇に隠れていようとも、本来ならば地上の宝石とばかりに、夜空を圧して輝いていたシュテルンビルトの――バーナビーの記憶が詰まった風景が、その形を失くしていく。
 そこから届いた、減衰した風に煽られるのにも耐えられる気力がなく、バーナビーは情けなくも尻餅を着いていた。

 呆気にとられたままの彼の前で、火球の膨張に晒された西端は、伝播された衝撃に耐え切れずに脱落する。砕けた街並みは、その基盤ごと倒れ込み、無数の瓦礫を大地へと撒き散らす。
 かつてシュテルンビルトであったものが崩れ落ちて来るたびに、途方も無い衝撃が臀部から昇って来て、バーナビーの骨格を揺らす。
 それが収まった後。バーナビーの視線の先には、南西の十分の一が失われた二つのステージと、その分が降り積もった瓦礫の山と、端まで二分割された街の痛ましい姿が残されていた。

 紛うことなき大災害。これがもしも本来のシュテルンビルトで発生していれば、どれほどの犠牲が生まれていたのか……想像することも恐ろしい光景に、バーナビーは暫し呆けたように硬直していた。
 ただ……半ば現実感を喪失させるほどの衝撃の大きさであったことが、逆に功をなした。

「あれは……あの時の……!」
 街を襲った二つの猛威の、その片割れ。覚えのある褪紅色をした二条の閃光に、立ち上がったバーナビーは声を漏らした。
 それはあの時、キャッスルドランを射殺した天使の一撃――あの場所には、イカロスが居るのだ。
 何故彼女は、またもあんな兵器を行使したのか?
 もしやあの場には……カザリから生存を伝えられた、あの悪魔が居たのだろうか?

 いや、それより――誰も、巻き込まれてはいないのだろうか?

 ――そんなことに思考を巡らせる余裕が、バーナビーの中に帰って来た。
 余りに大きな衝撃は、凝り固まった諦念すら崩してしまい……一時とはいえバーナビーに、重過ぎた自責の念を忘却させたのだ。

 そして、気がつけば。
 半壊したスーツに残されていた蛍光パーツが、紅い輝きを漏らしていた――考えた結果ではなく、無意識の内に能力を発動していたのだ。

「……クソッ」

 何に対してでもなく、毒吐いてから――バーナビーは、その両足で地を蹴って、飛び出した。

 ……もう、こんな自分に、ヒーローの資格なんてあるはずがないのに。
 ディケイドに対する復讐心も、今は微かに燻っている程度に過ぎないのに。

 それでも何故か、居ても立っても居られず――何もかもを失ったはずの心の奥底に残っていた、何かに衝き動かされるまま。

 バーナビー・ブルックスJr.は、火の手が上がり始めた故郷に向けて駆け出した。






 ――……あなたのことは、私たちがずーっと…………からね

 ――……だからお前も、人を…………げる、優しい……



 そんな、懐かしい声の断片だけでも聞こえたのかは、定かではないまま。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 炎上し、崩れ行くかつて大都会の一角だった廃墟を目に収めながら……イカロスはゆっくりと、その身を置く高度を下げていた。
 視線の先、街の上に備え付けられていた街を載せた二重の台座は、突き抜けた果てまで裂けている。手元に狂いの生じたヘパイストスの照射に巻き込まれた結果生まれた、シュテルンビルトの断面だ。
 こんな無用な破壊を齎すつもりは、イカロスにもなかった。あくまで手元が狂ったがための、非合理的な大破壊だ。

 では何故、そんな巨大な誤差が生じたのかというと――ちょうど今、修復を終えた右肩の傷がその主要な犯人だ。

 巴マミが最後に放った砲弾――彼女自身の背丈を越える直径のその一部は、イカロスの下まで届いていた。
 蒸発させきることのできなかった破片が、イカロスの右肩を切り裂き、続く爆風と合わせて発射姿勢を狂わせたのだ。

 あくまで断片が肩口を掠めただけで、腕が取れたわけでもなく。当たりどころに恵まれたから、修復にはさしたるメダルも時間も必要なかった。
 なかったが……もしも迎撃に失敗し、あの砲弾そのものが直撃していれば、今のイカロスと言えど無事ではなかっただろう。

 無論、実際にはこちらも砲撃の体勢に入ってでもいない限り、自身より遅い弾丸が『aegisⅡ』を掻い潜って直撃することなどあり得ないとしても――それはイカロスに限った話で。
 少なくともカザリにとって、巴マミという魔法少女は間違いなく多大な脅威であったと、イカロスは改めて評価を下す。

 地上に降りてしまうことなく、中央の断面から微かに右へ逸れ、先程まで踏み締めていた部分の削れたシルバーステージすれすれを浮遊しながら……生体反応レーダーに導かれたイカロスは、瓦礫に抱かれた標的を間もなく視認した。

 ぐったりと倒れ込んだ人影――ところどころが黒焦げ、穴の空いた制服を着込んだ、巴マミの姿を。
 苦悶に満ちた表情で固まったまま、その瞼は閉じられている。しかし、その胸が小さく上下しているのは呼気の証明――レーダーの反応からもわかっていた通り、彼女は未だ生きていたのだ。

 砲撃を迎え撃つ都合上、そしてあの弾丸が掠めたために。イカロスの狙いは本来の的を外れ、そして爆風に飛ばされた彼女を捉えることが叶わなかった。



 己の罪を再認識し、償いのための拳を固めたあの時――マミの流した涙を見て、イカロスは思い出してしまった。
 この手で貫いた……こんな自分を、それでも友達と呼んでくれたらしい少女の、感触を。
 夕方、イカロスを止めようとしたフェイリスの流したそれと、マミの涙はよく似ていたように感じたから。

 そうして蘇った怖気は、イカロスの手を止めてしまって。
 けれど、その忌むべき罪の手応えが、拭いようもなく染み付いてしまっているからこそ――イカロスは、立ち止まることが許されない。やり直しを果たすその瞬間まで、突き進むしか無い。
 それでも拳は振り下ろせなかった。だったらせめて、防ぎようのないヘパイストスの一撃で――痕跡すら視覚に残ることがないよう、排除しようと試みたのに。
 ……結局は、失敗に終わってしまった。



 ――――おまえ、そんなんじゃねぇだろ……っ!!

 マミが叫んだ言葉が、今度は、メモリープロテクトを施されたままだったあの頃――初めて兵器としての顔を垣間見せた時に、智樹の漏らしたそれとよく似ていたから。

 ……ニンフを救うために戦った時は、兵器で良かったと言われたけれど。
 きっと、今の自分は……彼の嫌いな、兵器そのものなのだということを、改めて痛感する。

 だけど、それでも…………彼と会うには、そうであることが必要なのだ。

 自らにそう言い聞かせたイカロスは生存反応を頼りにマミを探し、せめて成果を確認することとした。
 レーダーの反応を見比べる限り、目の前で無防備を晒すマミはデコイということもなさそうだ。

 ゆっくりと、漂うにように接近していたイカロスは、不意に足元に転がる円環を発見する。色の抜けた二枚のコアメダルが、そこに取り残されていた。
 回収した後、その出処を察したイカロスは状況を評価する。
 更に多量のコアメダルを有しているのならともかく、あれだけの大規模火力の行使に加え、余波でコアメダルが排出されるほどのダメージを受けた今のマミに残されたメダルは、極めて乏しいはずだ。
 となれば、既にほぼ無力化できているだろうが、戦利品に期待はできないとも見られるだろう。
 ヘパイストスを一度撃つのにも、五十枚前後のメダル消費が要求される。どれだけ威力を抑えたところで、行動不能の人間相手にこれ以上何らかの兵装を用いるのは非効率的過ぎる。
 そもそも先程の一撃も、振り返ってみれば愚かでしかなかった――こうもメダルを無駄遣いしていては、肝心な時に足りなくなってしまうかもしれないのに。

(カザリのところに……帰っていたら、間に合わなくなる……かも……)
 カザリから与えられた抹殺指令の対象。そして、イカロス自身が何より排除したいと切に願う相手の、その手がかり。
 そこに至るまで、もう、寄り道していられる猶予はないかもしれないと、焦燥がイカロスの胸を炙る。

 だから……無駄遣いは、もうやめて。
 余計な声を上げる心には、蓋をして。
 ――今度こそ。

 ……姿は元に戻っている。
 彼女の衣替えが、自分のそれと同じ戦闘モードのオンオフを示しているのなら……今のマミは、無力だ。
 なら、素手で充分。ちゃんとやり遂げなければ――そう自らに囁いて、瓦礫に身を預けているマミの上に馬乗りとなった。

 そっと、首に手を伸ばす。
 意識が朦朧とした様子のマミは、首筋への圧迫に表情に刻む苦悶を一層深くした。

 その、辛そうな顔に。彼女に寄せていた感情がふと、イカロスの脳裏を過ぎる。

 智樹(マスター)の傍に居たのだと言う彼女なら――智樹のために、望まず命を奪ってしまったという彼女なら。
 もしかしたら、この苦しみを受け入れてくれるかもしれないと……淡い期待に縋っていたことが。

 結果、受け入れてくれなかったわけではなかった。けれど、道を同じくはしてくれなかった。
 そのことを恨むわけではない。それは彼女なりに、心底イカロスを想っての行動だったことが理解できているから。
 しかし、それでもこの道を邪魔をされるわけにはいかない。

 だから、障害となるのなら――言葉で解決できなかった以上。自らの意志で、敵として、排除を……

(……敵?)

 あと一息といったところでイカロスの思考に引っかかったのは、そんな短い単語だった。

 ……そもそも、敵とはなんだろう。
 イカロスの敵は鳥籠(マスター)にとっての敵だった。
 自分達を脅かすものが敵だった。

 けれど、マミは…………少なくとも、智樹を脅かす存在ではなくて。
 ただイカロスが、既に失われた鳥籠に還ろうとする上での障害でしかない。

 それも、ただ、やり方に反対しているだけで――反対しているのも、彼女が優しいからで。
 そしてイカロスにこれ以上、罪を重ねさせまいとするからで。



 ……確かに脅威であれば、敵として排除するしかないかもしれない。
 しかし、既に戦闘不能となったマミの、どこに恐るべき要素がある。

 なのに、思い通りにならないから……言葉で心を変えられないから、殺すというのか?

 目指す方向は違っても。シナプスすら震撼させた『空の女王』に立ち向かってまで、イカロスの心に踏み込もうとしてくれた女の子を――?

 ……智樹の面影からは目を逸らせた。
 フェイリスの面影のことも、無視しようと心に決めた。

 けれど……巴マミという少女自身は、今も変わらず、イカロスの目の前に存在していた。

 ……全ての目的を達成すれば、ここでその命を断ったって。マミとはまたいつか、会うことができる。
 でも、それはここで起こった全てをなかったことにした時間軸での出来事で――イカロスをこんなにも想ってくれた、彼女ではない。

「……できない」
 そんなことに、今更目を向けた時――イカロスはそれ以上、指に力を込めることができなくなった。
「……殺せ、ない」
 嗚咽しながら、イカロスはそんなワガママを吐き出した。

 お互い、進むべき道を譲れないことは理解している。
 だから言葉では解決せず、こうして武力交渉に移って制圧したのだから。

 だが……それなら例え、この胸に刻まれた罪を抉られたのだとしても。
 あんな売り言葉を真に受けて……殺す必要なんか、ないはずだ。
 だって私は……本当は。彼女を、殺したくなんかないのだから。

 消してしまおうとして超々高熱体圧縮対艦砲なんてものを射ったことを考えれば、どんなに都合の良いことを言っているのかはイカロスにだって理解できる。
 それでも……そんな自己中心的な欲望が、今この時イカロスの持つ本心だったから。

 自らの胸の内と、向き合って。自身の迷いとの決着をつけたイカロスはやがて、ゆっくりとマミの首から手を離した。

「――っ!?」
 電撃のような衝撃に打たれて立ち上がることになったのは、ちょうどその次の瞬間だった。

 原因は、レーダーが新たに捕捉した反応。制限の影響により、高速接近するその人影には、もう随分と距離を詰められてしまっていた。
 もっとも、その反応は既知のもので――本来ならば脅威としての度合いは低い相手であった。
 しかし、それを再び捉えることがないと思っていたが故に。急遽対象への警戒値を引き上げたイカロスは先んじてアルテミスの照準を設定しつつ、その人物が迫り来る方角へと視線を向ける。
 直後――宙に支えられた街に跳んで現れたのは、赤と白を貴重とした、鎧のようなスーツを着込んだ人物だった。

「――っ、何を!?」
 満身創痍のマミを跨ぐイカロスに声を掛けたのは、キャッスルドランで一度接触した青年だった。
 同陣営の参加者を守るため一方的に攻撃を加え、更にはディケイドを倒すための最終兵器の攻撃に巻き込んで死亡させたものと思っていたが……何がどうなったのか、彼は五体満足でイカロスの前に再び姿を現した。
 その背景を踏まえれば、青年がイカロスに対する警戒と、恐怖の感情を隠し切れないまま身構えているのも無理からぬ話ではある。
 だから、そのまま交戦に流れ込む可能性を考慮してイカロスも備えていたが……首輪のランプに灯った色を目にしたことで、考えを改める。

「あなた……黄陣営、に?」
 数時間前とは異なるその色は、彼がイカロスの友軍と相成ったことを示していた。
 無所属の参加者を他の陣営に取り込むことができるのは、各陣営のリーダーだけ。
 そして自分達の首輪の色が変化していないことは、これまでにリーダー変更が起こっていないことを示していた。

 ならばこの青年は……カザリと遭遇し、かつ、最終的には抗うことなく軍門に下ったこととなるはずだ。
 つまり……必要最低限の犠牲で生還を願う、黄陣営の仲間に。

 仮面越しに表情は伺えないながらも、果たして彼はイカロスの問いに、ぎこちないながらも首肯した。

 ……それなら、ちょうど良い。

 アルテミスの捕捉を解除しながら、イカロスは瓦礫の上から身動きする様子のないマミを抱え上げ、改めて青年と向き合った。
「この人を……お願い、できますか?」
 イカロスの申し出が余程意外だったのか、青年は一瞬大きく身動ぎして……マミの首輪に目を配った後、イカロスに尋ねてきた。
「彼女も黄陣営……ですね」
 頷くと、彼は恐る恐るといった様子ながらも、イカロスに詰め入る一歩手前と言った様子になった。
「あなたの役割には……黄陣営の参加者の保護があったはずだ。何故?」
「この人は……リーダーへの反抗を考えていたから……制圧、しました」
 当然の疑問に答えてから、イカロスは絶好のタイミングで現れた彼へと逆に問いかける。
「カザリはあなたに……何か?」
「……いえ、何も」
 即答ではなかったが、確認は済んだ。これなら心置きなく頼めると――『空の女王』を解除したイカロスは、改めて口を開く。
「彼女の無力化は……既に、完了しています。だから、後のことは……あなたから、カザリに」

 イカロスだけでは、マミの考えを改めさせることはできなかった。しかし実際のカザリと会えば、もしかすれば。
 仮に、上手く行かずとも……今のマミが相手なら、カザリも大丈夫だろう。
 そしてマミのことも……イカロスが無力化に留めたという事実を踏まえれば、カザリはわかってくれるだろうと。

 だったら、もう……マミを殺す必要も、ここに留まり続ける必要もないはずだと。
 そんな風に考えて、イカロスはまだ舗装の残っていた、整った道の上にマミを横たえた。

「それと……このメダル、も」
 続いて先程回収しておいた、トラのコアメダルをイカロスは首輪から取り出し、投げ渡して譲渡する。
 他のコアメダルについては、この後の使用のためにまだ、手元に残させて貰うつもりだが……黄色のコアメダルはカザリが欲しがっていたから、このまま渡して貰った方が良いと判断したのだ。
 青年は戸惑った様子ながらも、異議を挟むことなくメダルを受け取り……イカロスと立ち代わりに、マミの傍へと膝をついた。

「私は……引き続き、任務の……遂行、を」
 その様子を見て、少しだけ安心しながら。必要なことを言い残したイカロスは、それ以上、誰と言葉を交わすこともなく。
 二枚に戻った翼を広げ――救いを求めて、夜天へと飛び立った。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 天使が飛び去って行くのを、バーナビーは黙って見送っていた。
 カザリから聞かされたイカロスの使命の内容が、『ディケイドと他リーダーの抹殺』であった以上……ラウラ・ボーデヴィッヒが緑陣営のリーダーであることを知らず、また火野映司の命が狙われていることなど、知る由もなかったから。
 それでも普段の彼であれば、カザリとオーズの関係性から、少なくとも後者の可能性については――今のカザリの思惑がどうであれ、思い至れていたはずだった。
 しかし、度重なる精神的摩耗と、負傷した少女の近くで万が一にも事を荒らげてしまうことのないようにという配慮に意識を割いた結果、そこまで頭を回せなかった。

 故に、カザリの思惑通り野放しにし続けることへの忌避感を覚えながらも、積極的に止める理由を見つけ出せず。イカロスを素通りさせてしまったバーナビーは、まだ自らの失態に気づくことはないまま……路面の上に横たわった金髪の少女の下へと足を運んだ。
 カザリに反抗して、あのイカロスに立ち向かったというこの少女が、虎徹が寂しい思いをさせないという約束を交わし、後藤から保護を託された――そして己とよく似た境遇に生きた、巴マミその人であるということを、知らぬまま。

 知らぬまま、近づいてみれば……彼女は、静かに泣いていた。
「――大丈夫ですか!?」
 切迫した声を上げて駆け寄ったバーナビーは、急いで彼女の様子を伺う。見れば左の脛が、内出血と打撲で酷い色合いとなっていた。
 開放骨折し易い箇所であるが、不幸中の幸いと言うべきか。少なくとも外部に折れた骨が飛び出るほどの重傷にはなってはいない様子であった。
「……止められなかった」
 しかし……そんなバーナビーの呼びかけが、聞こえていないかのように。
「ほんとにダメね、私」
 天使の去っていった夜空を見て涙を流していた少女は、一人呟いた後、そんな自責に耐えられないとばかりに再び目を閉じていた。
「……でも」






「あの子は私を…………殺さなかった」






 だから――絶望するのはまだ、早い。

 結局、この手で止めることはできなかったけれど。智樹の言っていた優しさがまだ残っていることは、それがイカロスを躊躇わせていることは、今のマミにはよく理解できたから。
 まだ、一筋の希望は……絶えず、残っているはずだと。

(タイガー、火野さん……どうか無事で……あの子のことを、お願いします……)

 未だ、爆風による惑乱の残った、判然としない意識の中で。
 辛うじて、イカロスが自分を置いて飛んで行ったということを認識したマミは、これ以上の血が流されることのないように。
 ただ、それだけを祈り続けていた。






【二日目 深夜】
【C-6 シュテルンビルト シュテルメダイユ地区シルバーステージ】


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
【所属】黄
【状態】ダメージ(大)、疲労(大)、若干意識混濁中(直に回復します)、左下腿骨骨折(魔法で応急処置済み)、深い悲しみ、カオスへの憎しみ
【首輪】10枚:0枚
【装備】ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
【道具】基本支給品、ランダム支給品0~1(確認済み)
【思考・状況】
 基本:自分の信じる”魔法少女”として、極力多くの参加者を保護する。
 0.イカロス……
 1. 他の魔法少女とも共存し、今は主催を倒す為に戦う。
 2.カオスを警戒する。
 3.真木清人は神をも冒涜する十二番目の理論に手を出している……!
 4. 人を殺してしまった……
【備考】
※参戦時期は第十話三週目で、魔女化したさやかが爆殺されるのを見た直後です。
※ディケイドは死んだとイカロスから聞かされました(門矢士の名前を知りません)。


【バーナビー・ブルックスJr.@TIGER&BUNNY】
【所属】黄
【状態】ダメージ(中)、疲労(中)、無力感、ディケイドへの憎しみ、ラウラへの罪悪感、自分への不甲斐なさ、NEXT能力一時間使用不可
【首輪】15枚:0枚
【コア】スーパートラ
【装備】バーナビー専用ヒーロースーツ(前面装甲脱落、後背部装甲中破)@TIGER&BUNNY
【道具】基本支給品、篠ノ之束のウサミミカチューシャ@インフィニット・ストラトス、 プロトバースドライバー@仮面ライダーオーズ(破損中)、バースバスター@仮面ライダーオーズ
【思考・状況】
基本:虎徹さんのパートナーとして、殺し合いを止めたかった。
 0. 目の前の少女(マミ)を保護する。
 1.園咲冴子の保護、巴マミとの合流……をしたかったが……。
 2.今はまだ、虎徹さんに会いたくない。
 3.伊達さんは、本当によく虎徹さんに似ているけど少しだけ違った。
 4.ディケイド、Rナスカ(冴子)を警戒。特にディケイドは許さない。
 5.僕は……、カザリのいいなりになってしまった……。
【備考】
※本編最終話 ヒーロー引退後からの参戦です。
※仮面ライダーOOOの世界、インフィニット・ストラトスの世界からの参加者の情報を得ました。ただし別世界であるとは考えていません。
※時間軸のズレについて、その可能性を感じ取っています。
※カザリの策略に嵌められたことに対して、自身の不甲斐なさ、情けなさを感じています。
※まだ目の前にいる人物の名前こそが巴マミだということを知りません。






      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○       ○○○






 マミと、紅いスーツの青年と。みるみる遠ざかる同じ陣営の仲間をもう、振り返ることもないまま。地上の光源が遠ざかり、相対的に強まる月の光に照らされながら、イカロスは西を見据える。

「……ニンフ」
 おそらくはこの先で、永遠の眠りに就いてしまった彼女自身とは、もう――二度と、仲直りすることはできないのだろう。
 やり直しを果たせば、ニンフとはまた会える――でもそれは、イカロスが謝りたいと想っていた、あの羽の生えたニンフではなくて。
 智樹とも、フェイリスともまた会える――けれどそれは、ここでイカロスが守れなかった智樹でも、ここで出会ったイカロスを知るフェイリスでもなくて。

 ……鳥籠(マスター)を亡くしては、盲目の天使(イカロス)は生きられない。
 時間を越えることで、彼に迫る危機を退けられるのなら……その結果、また彼の傍に居られるのなら。それを看過するなど、イカロスにはできない。
 そこには再会という確かな救いがあって、フェイリス達の死を無意味にしないという償いがあって……だったらイカロスが選ぶ未来はやはりこの、『やり直し』の道しかない。

 ……でも。

 だけれど。

 ここで感じた痛みは、そのままで。
 彼らの死と苦しみを、自らの罪をイカロスが知っているのは、そのままで。

 この身にかけられた呪いを解くたった一つの救済は――なんて、欺瞞に満ちているのだろう。



 ……それを認識してしまっても、呪いをかけられた天使は止まれない。

 なら、せめて――あのニンフの亡骸に、本当は生きている彼女に伝えたかった気持ちを告げたい。
 無意味だとは、知っていても……そうでもしないと、もうこれ以上、この胸の重みを無視できそうになかったから。

 このままでは来るべき時に、迷いを抱いてしまいそうだったから。
(……ああ、でも)
 そうなりそうなのは……マミを傷つけてしまう一人だけか。

 あの”敵”のことは……自分と同じで、マミだって憎んでいたのだから。

 真木清人達と同じ――自分にこんな呪いをかけてくれた、張本人。
 カザリを脅かし、マミ達生還を願う者達を傷つける堕天使(エンジェロイド)――

 桜井智樹(マスター)を食い殺した、仇(カオス)。

 オーズはともかく、彼女になら……何の躊躇いもありはしない。
 カザリに与えられた指示すらも、関係ない。

 ただ、イカロス自身の純粋な意志で――カオスの存在をこの世から消し去ってしまいたいと、そう切に願っているのだから。



 ――あるいは彼女を更なる罪へと導くそれを、憎しみと呼ぶのなら。

 天使が人間らしくなることを望んでいた”彼”にとって――それは、とてつもない皮肉であったに違いない。



 そんなことは、露と思い浮かべることもなく。
 数多の感情を、負の方向に束ねながら――『空の女王』と呼ばれる少女は一人孤独に、夜天を飛んだ。






【二日目 深夜】
【C-6 キバの世界 跡地】

【イカロス@そらのおとしもの】
【所属】黄
【状態】疲労(中)、智樹の死に極めて強いショック、フェイリスを殺してしまったことへのショックと罪悪感、カオスへの憎悪、マミへの負い目、飛行中
【首輪】90枚:0枚
【コア】ウナギ、タコ、サイ、ゴリラ(放送まで使用不可)、ゾウ(放送まで使用不可)
【装備】なし
【道具】T2オーシャンメモリ@仮面ライダーW
【思考・状況】
 基本:生きて、"本物の"マスターに会う。(訳:優勝後、時間操作の技術を得て全部なかったことにする)
 0.――やり直、さなきゃ……
 1.ニンフが居たというD-4に向かう。
 2.カオスとオーズを探し出し、殲滅する。特にカオスは命令など関係なく、この手で殺してみせる。
 3.フェイリス、ごめんなさい……
 4.共に日々を過ごしたマスターに会うために黄陣営を優勝させねば。
 5.目的達成の障害となるものは、実力を以て排除する。
【備考】
※22話終了後から参加。
※“フェイリスから”、電王の世界及びディケイドの簡単な情報を得ました。このためイマジン及び電王の能力についてほぼ丸っきり理解していませんでしたが、ディケイドについては本人を目にした限りの情報を得ました。
※最終兵器『APOLLON』は最高威力に非常に大幅な制限が課せられています。
※最終兵器『APOLLON』は100枚のセル消費で制限下での最高威力が出せます。それ以上のセルを消費しようと威力は上昇しません。
『aegis』で地上を保護することなく最高出力でぶっぱなせば半径五キロ四方、約4マス分は焦土になります(1マス一辺あたりの直径五キロ計算)。
※消費メダルの量を調節することで威力・破壊範囲を調節できます。最低50枚から最高100枚の消費で『APOLLON』発動が可能です
※『Pandora』の作動によりバージョンⅡに進化しました。
※桜井智樹の死で、インプリティングが解除されました。
※参戦時期の違いを知ったことで、「『自身の記憶と食い違うもの』は存在しない偽物であり敵」という考えを改めました。
※カザリの言葉を信じたいと思っています。そのため、最終的に大体のことはやり直せるから気にしないようにするつもりです……が、実践できていません。
※バーナビー(名前は知らない)が生存していたこと、及び黄陣営となったことを知りました。
※ディケイド(門矢士の名前を知らない)、後藤(名前は知らない)は死んだものと思っています。



【全体備考】
※マミとイカロスの戦闘の余波により、C-6 タイインインダストリー社ビル周辺のゴールドステージ、及び下層のシルバーステージの一部が崩落、ブロンズステージ部分も半壊しました。
※また、B-6、C-6、C-7にかけて、シュテルンメダイユ地区のゴールドステージ、シルバーステージ、ブロンズステージに直線上の穴が開いており、上二層については周辺も崩落の危険性が存在します。また一部で火災が発生中です。






141:Just keep on walking 投下順 143:理解者はN/二人のケミストリー
時系列順
133:遭遇!! イカロス
巴マミ
138:Bad luck often brings good luck.(人間万事塞翁が馬) バーナビー・ブルックスJr.


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最終更新:2015年08月30日 17:26