編集者より

  • 朝比奈隆は1949年に関西オペラグループ(現関西歌劇団)を結成し、以来、「椿姫」(1949)、「カルメン」(1950)、「お蝶夫人」(1951)、「ラ・ボエーム」(1952)、「カヴァレリア・ルスチカーナ」「パリアッチ(道化師)」(共に1953)と、毎年次から次へとオペラを上演しています。「コシ・ファン・トゥッテ」は1966年の第20回公演で演奏会形式で行われ、オペラとしては1969年の第28回公演で上演されています。
  • 朝比奈隆訳で参考にしたのが、大フィルに保管されている、ヴォーカルスコアです。EDITION PETERS(出版年不明) に全訳が書き込まれています。そこでWEBでダウンロードしたイタリア語のテキストと朝比奈訳を、できるだけ楽譜に合わせて並べました。
  • 「コシ ファン トゥッテ」はノーカットで上演すると結構時間がかかるので、レチタティーヴォを部分的にカットすることはよくあります。そこでダウウンロードしたテキストにはあるけれど、朝比奈隆が訳していない箇所は空白にしました。
  • 朝比奈隆は基本的にはイタリア語のテキストに忠実に訳しています。ただ、音楽に合わせるために訳語を変えているところもあります。
  • 対訳で難しいのは、繰り返しの場面です。繰り返しが同じ訳の場合は、省略してありますが、同じテキストで訳語が異なるときは、訳をつけておきました。
  • 例えば第1幕の冒頭、ドン・アルフォンソがフェルランドとグリエルモに、女性の貞節を試してみようと持ち掛けて、二人が賭けに応じる場面はこんな風です。

フェルナンド、グリエルモ、ドン・アルフォンソ
わが恋のために
杯(はい)を重ねよう。
愛の女神を
讃えていざ乾杯、
わが恋のために
杯(はい)を重ねよう。
わが恋のために
杯(さかずき)を上げ、
愛の女神に
感謝を捧げよう。
FERRANDO, GUGLIELMO E DON ALFONSO
E che brindisi replicati
Far vogliamo al Dio d'amor,
E che brindisi replicati
Far vogliamo al Dio d'amor,
E che brindisi replicati
Far vogliamo al Dio d'amor,
E che brindisi replicati
Far vogliamo al Dio d'amor,
E che brindisi replicati
Far vogliamo al Dio d'amor!

  • もともとは以下のような意味ですが、それを繰り返しの度に訳語を変えているわけです。

乾杯をしよう、
愛の女神のために。
E che brindisi replicati
Far vogliamo al Dio d'amor,

  • また重唱で、同じイタリア語なのに役によって訳語が違うという箇所もよくあります。そういう場面は、役ごとに訳をつけておきました。
  • 「コシ ファン トゥッテ」では、フィオルディリージとドラベルラの姉妹を試すために、ドン・アルフォンソは、二人の侍女のデスピーナを買収します。その場面でドン・アルフォンソは金貨をちらつかせながらこう言います。

デスピーナ
私にくれるの?

ドン・アルフォンソ
そうさ、もし私に良くしてくれるなら。
DESPINA
Me la dona?

DON ALFONSO
Sì, se meco sei buona.

  • このドン・アルフォンソの台詞を朝比奈隆は「魚心あれば」と訳しています。「魚心あれば」とくれば当然「水心」と続き、デスピーナが敢えて「水心」と言わなくても話は通じるという訳です。
  • こんな深窓の令嬢のいた時代を感じさせるためでしょうか、朝比奈はちょっと古風な日本語を使ったりもしています。例えば第2幕でフィオルディリージがフェルランドに心惹かれ始める場面で nuovo amante(新しい恋人)のことを「あだし男」と訳しています。
  • また、第3幕で四人の結婚式の場面で、合唱のもともとの意味はこうです。

二組の花婿に祝福あれ
Benedetti i doppi coniugi

  • それを朝比奈は「三国一の殿御」と訳しています。その後、こういう内容が続きます。

同じような美しい子供を
たくさん生みますように。
Sien di figli ognor prolifiche,
Che le agguaglino in beltà,

  • この Che le agguaglino in beltà が何度も繰り返されるのですが、朝比奈はこう訳しています。

楽しい毎日、
共白髪まで、
Che le agguaglino in beltà,
Che le agguaglino in beltà,

  • ここでは「共白髪」というちょっと古風な美しい日本語が使われています。歌舞伎にも造詣の深かった朝比奈 隆のことですから、「じいさんばあさん」を思い描いていたのかもしれません。


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@ Aiko Oshio
最終更新:2022年06月24日 19:52