薫桜の鰻

―今年も、鰻の季節がやってきた。
 そもそもこの時期に鰻を食べるというのは、『夏バテには滋養の高い鰻が特効薬である』と誰かが言い出した事がきっかけと聞く。
 どれくらい効くのかは分からないが、薬という名目で美味いものを食べるのも悪くないだろう。

 鰻と言っても大別して二種類ある。
 一つは一般に鰻と言われる川鰻。北蛮では『ロブラヌアイール』という、舌を噛みそうな名前で呼ばれているらしい。
 もう一つはねじれ鰻。危機を察するととぐろのように体を巻き、飛び跳ねるように逃げるという珍妙な鰻だ。
 弾む為に体を鍛えているねじれ鰻の方が身が締っており味も良いのだが、これは捕らえるだけでも一苦労する。
 川鰻は捕まえるのは簡単だが、身の締りはねじれ鰻程ではない。但しこちらのほうが柔らかいといって好む者も少なくないが。

 鰻の捌き方は、ここ早河の街では腹から開くのが主である。
 但し城下都市では面倒を承知で背開きにするのが流儀と言われる。
 何でも、腹開きはの『切腹』につながり縁起が悪いから、らしい。

 捌いた後の調理も、城下都市とでは異なる。
 城下都市では一旦蒸してから焼くと言われるが、こちらでは時間をかけてそのままじっくり焼くものだ。
 ああ、もちろん骨は取り除いておく。特にねじれ鰻の場合、骨までしっかりしているので取らなければ食べられたものではない。
 鰻につけるタレは、豆醤油や味醂、酒などを合わせたもの(これは各々によって内容が異なるようだ)である。
 注意すべきは米麹を苗床に使った桜醤油ではなく、麦を苗床としたものを使わなければならない、と言う事だ。
 華やかな桜の香りとて万能ではない。川魚である鰻の臭いを打ち消すどころか、悪化させるのだ。
 癖の強いものには癖の強い麦醤油で抗わなければならない。

 炭火に焼かれたこの香りだけで、どれだけ飯が進むのだろうか。


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最終更新:2023年03月25日 15:54