港湾にある管理棟の一室。
つい先ほどまで重苦しい沈黙と緊張が支配していた空間に、不釣り合いなほど静かな音が響いていた。

カチャリ。カチャリ。
金属と金属が、丁寧に触れ合う音。
それは、ルーサー・キングが食事を摂っている音だった。

彼の手には、鋼鉄製のナイフとフォーク。
同じく無骨な鉄の皿には、軍用の濃縮保存食が盛られている。
過剰な塩気と無味乾燥な食感。ただ栄養価だけを追求した、肉の塊。

それらの食器はすべて、彼自身の超力によって創出されたもの。
装飾も華美もない。だが、精緻な重厚感と威厳が宿る、まさに帝王の器だった。

キングはその無骨な食器を、まるで五つ星レストランの貴族客のような所作で扱っていた。
缶詰の肉片をナイフの背で静かに切り分け、音一つ立てずに口へ運ぶ。
一挙手一投足が儀礼のように洗練されており、まるで一流の晩餐の舞台を見るかのようだった。
背筋は直立したまま微動だにせず、ナプキンの代わりに鋼糸で編んだ布を口元にあてがう動作に至るまで、全てが完璧に研ぎ澄まされていた。

相応の立場にある人間でなければ、この男と会食できる機会などそうある物ではない。
立場によっては、彼に取り入るために喉から手が出るほど欲しいと願う貴重な機会だろう。
だが今、その帝王と同じ卓を囲んでいるのは、吐き捨てるほどいるようなチンピラと獣人の少女だった。

同じ卓で食事をとるハヤト=ミナセは、その姿を呆然と見つめていた。
一瞬、見惚れそうになる自分に気づき、舌打ち混じりに視線を逸らす。

テーブルの上には、ハヤトが恩赦ポイントを使って用意した二人分の食料が無造作に並んでいた。
クラッカーに缶スープ、チーズの缶詰、栄養バー、レトルト飯。
決して不味くはないが、それを食す所作はあまりにも雑だった。

ハヤトは、元より礼儀作法など知らぬチンピラだ。
プルタブ式の缶を素手で開け、クラッカーを皿代わりにし、スープの上にチーズを無造作に落とす。
盛りつけも、食べ方も粗野そのもので、フォークもスプーンも使わず手掴みで口に運んでいた。
租借音が空気を震わせ、砕けたクラッカーがテーブルに散らばる。

ハヤトに比べればいくらかましだが、その隣に座るセレナもまた決して行儀が良いとは言えなかった。
ベネズエラの貧しい家に生まれ、獣人売買のシンジケートに捕らわれてからは食うに困ることはなかったが、礼儀や作法とは縁遠い生活をしてきた。
彼女の視線の先で、帝王が静謐な動きで缶詰肉を切り分ける光景が、否応なく目に入る。

キングはそんな二人の様子を、ちらりと横目に捉える。
鉄製のコップで水を一口含みながら、ハヤトたちの食卓を一瞥し、眉を僅かに顰めた。
次の瞬間、場の空気を凍らせるような声が響いた。

「――咀嚼するときは、口を閉じろ」

ピタリと、場の空気が静止した。

「お前らが何者で、どんな育ちだろうが構わん。だがな――」

フォークを皿に置き、ナイフの柄を軽く指で弾く。
刃が鉄皿を叩き、乾いた音が部屋に響いた。

「食い方一つで、人の値打ちは測られる。どれほどの教養を得たか、どんな背中を見て育ったか――すべてがな」

ハヤトは、思わず手を止めた。
セレナもまた、静かにキングを見つめていた。

「……意外だな。アンタがそんなことを言うなんて」

思わず漏れたハヤトの呟きに、キングは嘲笑とも微笑ともつかぬ表情を浮かべた。

「マフィアがマナーを説くのが滑稽に映るか?
 だがマナーってのは、舐められないための『武装』だ。無法者ほど、それを知らねえ」

言葉の後、キングは皿にフォークを戻す。
その目元には、かすかな追憶の色がにじんでいた。

「なあ、坊主。お前がガキの頃、どんな飯を食ってた?」

先ほどまでの尋問じみた問いかけとは違う。
本当に食事の雑談のような何気ない問い。

ハヤトの脳裏に、かすかな記憶が蘇る。
雨が吹き込むスラムの裏路地。
火の通っていないスープ、泥水混じりのパン。
兄貴分が黙って差し出してくれた、冷たい缶詰。

「……クソみてぇな飯ばっかだったよ」
「だろうな。だが、それをどう食うかで、そいつの生き様が見えるもんだ」

粗末な缶詰を前にしてもなお、品格を崩さない帝王の姿。
その所作のひとつひとつが、この男の歩んできた業を滲ませていた。

「じゃあアンタは、よっぽど育ちが良かったんだな」

ハヤトの言葉にキングは、ゆるやかに首を振った。

「違うさ。俺もお前と同じ、礼儀知らずのガキだったよ」

鉄のナイフを皿に戻すと、キングは背もたれにもたれることなく、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、静かに動きを止めた。

「黙って食うのも味気ねぇ。少しばかり昔話でもしようか」

そう言って、鉄布で口元を拭う。

「――――ジム・クロウ法って法律を、聞いたことあるか?」

無学なハヤトには、そんな法律の名を知る由もない。
セレナもまた、首を横に振る。

「そうかい。歴史は学んでおいた方がいいぞ。
 とは言え、俺がガキの頃には撤廃された法だ。知らなくとも無理はないか」

その言葉の端には、どこか懐かしさと静謐さが混ざっていた。

「奴隷解放宣言後も黒人を差別してもいい、そう言う法だった――――」

キングの声が静かに空間を満たしていく。
それはまるで、食事と共に行われる何気ない雑談のようであり、過去を召喚するかのような語りだった。
少女と青年は、その声にただ耳を傾けるしかなかった。


ルーサー・キング。
その名は、父が敬愛していた黒人解放運動の指導者――マーティン・ルーサー・キング・ジュニアにあやかって名付けられた。
だが、彼の歩んだ道は、あのキング牧師とは正反対のものだった。

キングは、アメリカ南部の鉄道沿いに広がる黒人居住区で生まれ育った。
父は第二次大戦を生き延びた退役兵であり、復員後は鉄工所の溶接工として働いていた。
赤錆の舞う工場で、燃え上がる鋼材を叩く音が日々の生活のリズムだった。
母は地元のバプティスト教会で讃美歌を歌う、穏やかな信仰の人だった。
家族は神を信じ、正義を信じていた。だが、生活は貧しかった。
吐く息さえ凍る台所で、パンの耳を兄弟と分け合いながら、少年は育った。

父はたびたび言った。
「鉄は叩かれて強くなる。人間も同じだ」
その言葉を、幼き日のキングは理解できなかった。だが、鋼鉄の火花と油の匂いは、確かに彼の原風景となった。

彼がジュニアスクールに通い始める頃には、公民権法によりジム・クロウ法は廃止されていた。
だが、それですぐに市民たちの意識が変わるはずもなく、彼を取り巻く現実が変わることもなかった。
黒人が「市民」として扱われることはなく、法の撤廃はただの張り紙にすぎなかった。

警官は守る者ではなく、監視し、殴る者。
通りを歩けば、理由もなく職質され、背中に拳銃の影を感じる毎日。
そんな日常の中で、ある日、兄がやってもいない窃盗の罪で警官に撃たれた。
それは誤認でも、事故でもなかった。明確な差別と殺意による殺人だった。
あの瞬間、少年の心の中で国家への信頼は完全に死んだ。

公民権運動の余波で学校は表向きには統合されたが、教室の空気は変わらなかった。
白人教師たちが教室で教えてくるのは教科書の内容ではなく世界の残酷な『線引き』だった。
どれだけ優れた回答を出しても、白人の生徒の方が褒められる。
どれだけ成績が優秀でも、大学から推薦状が届くことはなかった。

進学を諦めたキングは、拳に活路を見出した。
リングの上なら、誰も肌の色も背景も問わなかったからだ。
それは当時、黒人がスターダムにのし上がる数少ない手段だった。

ボクシングジムの地下で、彼は街の裏側を生きる者たちと出会う。
興行と賭博、麻薬と暴力が交錯するその場所を取り仕切るのは街の『顔役』たちだ。
彼らの間で、キングは初めて「力」と「金」の動き方を知った。

同時期、彼はブラック・パンサー党の文書にも触れていた。
理想が言葉になることを学び、知性が覚醒していった。
だが、理想では空腹は満たされず、言葉では銃弾を止められない。
鉄のように冷えた現実が、青年を押し潰そうとしていた。

貧困の中で育ち、暴力の中で鍛えられた青年は、やがて犯罪という現実に順応していく。
麻薬の取引、銃器の流通、密輸された兵器の売買。
数度の逮捕と服役。常にFBIの監視網が背後に貼りついていた。
だが、彼は決して壊されなかった。
叩かれながら、鍛えられていった。まるで鉄のように。

そして1980年代後半。
「再出発」を名目に、彼はアメリカを離れ、欧州へと渡った。
最初の拠点は、リヨンにあるアフリカ系移民街。
文化も言語も異なる地で、彼は英語、フランス語、アラビア語、バントゥー語を独学で身に付け、交渉と支配の術を洗練させていった。

アメリカン・ギャングスタとしてのカリスマと実戦経験。
それは貧困と差別に喘ぐ移民街の人間にとって、英雄そのものであり、多くの若者が彼の元に集った。

当時の欧州裏社会には、覇権の空白地帯が存在していた。
北アフリカからスペイン、フランスを経由する麻薬ルートでは、アルジェリア系やイタリア系、コルシカ系が覇権を争っていたが、どの組織も統合には至らなかった。

その空白に、彼は割って入った。
派手な殺しは避け、裏交渉を重ね、時には敵とも不可侵協定を結ぶ。
旧ユーゴの崩壊、EU統合のひずみすら利用して、組織を拡大。
そして、パリ・ロッテルダム・ベルリンを結ぶ巨大ネットワーク。
現在の『キングス・デイ』の前身となる組織『T.A.B.L.E(The American Black Lion Empire)』を築き上げた。

その過程で、彼は「マナー」という武器を身につけていく。
それは社交のための嗜みではない。多くの交渉の場で『舐められない』ための実戦的な武装だった。

スーツを着た白人の警察署長。元KGBの武器商人。ローマ教会の枢機卿。
そうした裏の貴族たちと同じテーブルに座るとき、真に効くのは銃ではなく、礼節という精密な鋼だった。

ナイフとフォークの扱い、ワイングラスの持ち方、背筋の伸ばし方。
それらは決して嗜みではない。
生き残るための、形式化された暴力だった。

礼を知らない無法者は軽んじられる。
教養のなさは、交渉の場において価値のなさに直結する。
そして彼は、そうした価値を身にまとうために、鉄のように自分を鍛え直し、誰よりも洗練された武装を身に着けた。

己の黒い肌を、鉄粉にまみれた出自を、どこまでも優雅に塗り替える術を。
ルーサー・キングは、徹底して学びきったのだ。


鉄のように重たく、静かに語り終えたルーサー・キングは、ナイフを皿の右側に、フォークは刃を内に向けて添えた。
それは食事の終了を示す礼儀であり、交渉と支配を行使するための鋼鉄の鎧である。

鉄布のナプキンで口元を一度だけ拭い、最後に鉄製のコップから水を丁寧に飲み干す。
その一連の動作に、無駄は一切なかった。磨き抜かれた儀礼。
ただの所作でさえ、彼にとっては一振りの刃に等しい。

ハヤトとセレナもまた、食事を終えていた。
キングは、使い終えた鉄の食器を指先ひとつで解体すると、代わりに灰皿を形成する。
その指先から器が生まれるたび、場の空気が微かに軋んだ。

次いで、一本の煙草をくわえ、鉄の火花で火を灯す。
紫煙がゆっくりと立ち上り、空気の密度が鈍く、濃く変わっていく。
吐き出された煙が無礼講めいた食事は、そこで終わったとそう告げていた。

ひとつの儀式を終えたように、キングは再び支配者の顔へと戻る。
灰を落とすと鉄の器の底が、わずかにテーブルを擦る音が鳴った。
それだけで、ハヤトの胸奥に冷たい刃を押し当てられたような感覚が走る。
この男の所作のすべてが、暴力の予兆を孕んでいた。

「……さて。今度は、君らの話を聞かせてもらおうか」

静かに、しかし決して逆らえぬ明瞭さをもって、彼は告げた。
その声音は穏やかで怒気はない。だが、有無を言わせぬ圧が、空気を掌握していく。
まるで審問官の宣告のように重くのしかかる重圧が、ハヤトの肺から空気を押し出した。

唾を飲む音すら、耳に刺さる。
隣のセレナもまた、無意識に背筋を伸ばし、肩を強張らせていた。

「その恩赦Pは、どこで手に入れた?」

問いは簡潔だったが、核心を突く問いだった。
食事に伴い、ハヤトはキングの目の前で食料を購入してみせた。
その時点で、ポイントを保有していることは明白だった。
て恩赦Pの取得とは、誰かの『死』と結びついている。
誰を、どこで、どのように、その真意を、キングは問うている。

ハヤト=ミナセは、無意識にセレナの前へ一歩出た。
庇うように立ち、深く息を整える。

「…………これは、フレゼア・フランベルジェの首輪から得たポイントだ」

ハヤトは慎重に言葉を選びながら、ボスに報告する部下のように現在に至るまでの経緯の説明を始めた。

氷の怪物、ジルドレイ・モントランシー。
炎の魔女、フレゼア・フランベルジェ。
危険度A級の受刑者同士が交戦する只中に巻き込まれたこと。

さらに、神父、夜上神一郎と元テロリスト、アルヴド・グーラボーンとの接触と一時的共闘。
享楽の爆弾魔、ギャル・ギュネス・ギョローレンの乱入による戦局の悪化。
三つ巴、あるいは四つ巴の混沌の中で、セレナが重傷を負ったこと。
その避難のため、そして最低限の休息を得るため、ここ管理棟に一時的に退避したこと。

「……その戦況の最後に目の前でフレゼアが死んだ。俺が得たのは、その首輪からのポイントだ」

そう説明を締めくくる。
報告の中でセレナのアクセサリーがフレゼアの何かを宿した件には触れなかった。
話の経緯として語る必要はないし、セレナの為にも語るべきではないとそう判断した。

報告に耳を傾けていたキングはしばし無言のまま煙草をくゆらせ、やがて一言、呟いた。

「なるほど。つまり君の持つポイントは、フレゼアから得たものということか」

キングは目を細める。
その表情に驚きや猜疑の色はない。

既にギャル・ギュネス・ギョローレンから、同様の報告を受けていたのだ。
視点や語調の違いはあれど、事実関係には整合がある。

結果としては、混沌の戦場における幸運。
棚ぼたとまでは言わずとも、特筆すべき功績や狙いのあった取得ではない。

「じゃあ、次の質問だ、」

キングが次なる問いを口にしようとする、その寸前――セレナは唇を噛み、ちらりとハヤトの横顔を見た。
一瞬の逡巡。けれど、その目には、怯えと覚悟がないまぜになっていた。

「――あ、あの!」

椅子が軋み、少女の声が響く。
声はかすかに震えていたが、それでも明確に届く強さを持っていた。

「なんだい? お嬢ちゃん」

キングの低い声が応じる。
その瞬間、空気が一変する。
静まり返った室内。視線が一点に集中する。
ハヤトは思わず顔を上げ、息を呑む。

「そっちの質問ばっかり続けるのは、その……ずるい、です。そちらから訊くばっかりじゃ、フェアじゃありません……」

少女は怯えながらも、真っ直ぐにキングを見据えていた。
そこには逃げ出さない覚悟と、間違いを間違いと言える子供らしい正義感が宿っていた。

だが、それは悪手だ。
これは情報交換の場などではない。
これは一方的な情報の搾取の場である。

裏社会の頂点と、名もなき端くれ。
支配と従属が織りなす非対称な場で、まともな交渉など成立するはずもない。
最初から互いの立場は対等などではないのだ。

ハヤトはその構造を嫌と言うほどよく理解していた。
だが、そんな裏社会の構造やルールなどセレナには関係がない。
恐れ知らずにもセレナはその欺瞞を暴く。

「……つぎは、わたしたちが聞く順番、じゃ、ないでしょうか…………?」

紫煙の向こうで、漆黒の瞳が長耳をした獣人の少女をじっと見据える。
時間にして数秒、しかしその沈黙は、銃口を向けられたかのように長く、重かった。

「こいつは……裏の事情も、アンタのこともよく知らねぇんだ。許してやってくれ……ッ」

その空気に耐えきれず、ハヤトが身を乗り出して取り成す。
だが――その言葉を遮るように、キングは静かに応じた。

「……いいや。嬢ちゃんの言い分も、もっともだ」

だが、意外にもキングはその申し出を無下にはしなかった。
ようやく発せられた声は、低く落ち着いていた。

「情報とは、武器であり、贈り物でもある。差し出すのが当然と考える者には俺は与えない。
 だが、交渉のテーブルに座る覚悟を示した者には、多少の礼儀は通そう」

静かに椅子の背にもたれ、指を鳴らす。
場の空気が、再び切り替わった。

「――ならば、ルールを決めよう」

紫煙の向こう、帝王の声が穏やかに響く。
その声に、一瞬で場が支配される。

「この場にいる者は、これからそれぞれ一問ずつ質問をする権利を持つ。
 どのような問いの内容であれ虚偽も黙秘もなしで必ず答えることを保証しよう」

ハヤトは、驚きに眉を上げた。
それはまるで、少女の勇気に報いるかのような譲歩だった。

2対1の構図であるが、ルーサー側は先ほどの問いと合わせて2回。
2対2の平等な情報交換のステージを用意する言葉。
互いの立場を考えればあまりにも不気味な譲歩だった。

紫煙の奥で、ルーサー・キングはゆるやかに微笑んでいた。
その笑みの底にどんな打算があるのか。
あるいは、先ほどのような試しなのか。
誰も、それを見極めることはできなかった。

「――さあ、どうする? この条件で手を打つかい?」

試すような問い。
その問いかけに、最初に反応したのはセレナだった。

「はい。わたしは構わないです。ハヤトさんは……」

自分の意志を示し、伺うようにハヤトに視線を向ける。

「……分かった。俺もそれで構わない」

その返答に、キングは軽く片手を掲げ、口角を上げた。

「よろしい。では、お嬢さんから」

いつの間にか場を取り仕切るキングに促されて、セレナは小さく息を吸い込み、問いを紡ぐ。

「……キングさんは、どうしてここにいるんですか?」

ここにやってきた目的を問う。
人気のない港湾。何の目的もなしにやってくるような場所ではない。
ましてやルーサー・キングが何の目的もなく動くはずもない。
その目的を確認しておくのはセレナたちにとっても必要な事だろう。

問としてはありきたりだが、要点は外していない。
キングは笑みを崩さぬまま、ゆっくりと煙を吐く。

「待ち合わせのためさ。正午にちょっとした取引相手がここに来る手筈になっている。
 港湾(ここ)を選んだのは君たちと同じでね。邪魔が入らない場所をと思って選んだのだが、当てが外れたようだ」

冗談めかした口調の裏に、キングとしてもハヤトたちの存在は計算外だったという事実が垣間見える。
少なくとも彼らを狙った行動ではないと言う事が分かっただけでも十分だろう。

「取引相手というのは誰なんですか?」
「おっと質問は一つまで、そう言うルールだろう?」

キングの牽制にセレナが押し黙る。
続いて、質問のバトンがハヤトへ渡った。

何を問うべきか、ハヤトは考える。
セレナの質問を引き継ぐが、それとも別の問いか。
しばし考えて、結局大したものも浮かばず最初に浮かんだ疑問を口にする。

「…………その服と、さっきの食料。それはどうやって手に入れたんだ?」

これは、キングから投げられたのと同じ問いだった。
服も食料も、恩赦ポイントがなければ得られない。
その意味を知っているからこそ、ハヤトは同じ角度で返した。

「知り合いに譲ってもらったのさ。君らも出会ってるはずだ。
 ギャル・ギュネス・ギョローレン。アレとはちょっとした古い知り合いでね」
「……あいつか」

思わず口にしたハヤトのつぶやきは、やや呆れ混じりだった。
貴重な恩赦Pを使って他人に施すなど、普通に考えればありえないことだ。
だが、あの爆弾魔は行動原理のよくわからない奴だった。
あいつなら、と、納得してしまう自分がいるのもまた事実だった。

「さて、俺の番か」

そして、最後にルーサー・キングの手番が巡ってくる。
紫煙の奥から伸びる黒い視線が、まっすぐにハヤトを射抜いた。
緊張が、空気に濃く染みわたる。

「この俺に――――隠していることはあるかい?」

あまりにも反則的な、ワイルドカードめいた一手。
その問いが、紫煙の向こうから鋭く放たれた。

やられた。
ハヤトは、反射的にそう悟った。

周囲に紫煙が揺れる中、心臓が早鐘のように鳴る。
この質問交換のルールを、ルーサー・キングはこれまで忠実に守っていた。
その事実が、ハヤトたちの逃げ道を塞ぐ。
彼が律儀であるほど、こちらもまた誠実を求められるのだ。

キングは最初からすべてを正直に話すなどと相手を信用していない。
相手に正直に話させるには『ひと手間』が必要になる。
ルール一つでその面倒が省けるのなら楽なものだ。

一瞬、喉が詰まりそうになる。
その反応を示した時点で、隠し事があると言っているようなものだ。
誤魔化しは死を意味する。自分だけではなく自分とセレナ2人の死だ。
ハヤトは、震える息を押し込み、乾いた声で答えた。

「…………ある。だが、言えなかった事情も、察して欲しい」

言い訳めいて聞こえることは自覚していた。
だが、それでも弁明せねば、ただ処分されるだけだ。
そしてハヤトはセレナのアクセサリーについてではなく、あくまで自分に与えられていた秘密――看守からの取引について語り始めた。

刑務作業内で発生した死体を確認するハイエナ役。
その為にハヤトのデジタルウォッチには死体の場所が分かる機能を持たされている事。
その代価としてシステムAの使用権を与えられている事。

すべてを包み隠さず、語った。
ここで情報を誤魔化せば、今度こそ命はないだろう。
手遅れであろうとも誠実を見せるしかなかった。

「明確な口止めはされていない……けど、おいそれと口にしていい内容じゃない事はアンタにも分かるだろう?」

必死の弁明だった。
だが紫煙の奥で揺れるキングの表情は、鉄仮面のごとく読めなかった。
やがて、沈み込むような声でキングが問い直す。

「……システムAの使用権ってのはどういう物だ?」
「……この枷を、合計で10分だけ解除できる権利だ。操作は俺のデジタルウォッチからしかできないようになってる」

刑務作業中のデジタルウォッチの取り外しが許されていない以上、この権利は他人に譲れるようなものではない。
そこはヴァイスマンたち看守側が設定した動かしようがないルールである。

それはある意味で絶対不可侵の聖域。
相手がどれほどの大物であろうと、受刑者である以上、刑務官の極めたルールには逆らいようがない。
そうでなければ、キングはこの権利を献上しろと言いかねなかっただろう。

長い、鋭い沈黙が場を支配する。
紫煙が揺れるたびに、空気が軋む。
何かを考えこむような沈黙のあと、やがてキングが低く呟いた。

「……もう一度、確認するぞ」

その声は、冗長を許さぬ拷問官のそれだった。

「お前は――死体の場所が分かるんだな?」
「……あ、ああ。間違いない」

その返答を受け、しばしの沈黙のあとルーサー・キングは小さく頷く。
何かを計算するような瞳に、暗い光が宿る。
そして――静かに沙汰が下された。

「……事情は理解した。黙っていた理由も、まあ察しよう」

一拍の間。

「――だがな」

その声が、一段階だけ冷えた。
それで周囲を凍てつかせるには十分だった。

「この俺に隠し事をしていたという事実は――どうあがいても消せはしない」

空気が、沈む。
その言葉には、明確な断罪が込められていた。
声を荒げる必要などない。ただ言われただけで、背筋が凍る。

ハヤトは、思わず喉を鳴らした。
セレナも息を呑む。
一瞬先の死、いやそれ以上に惨たらしい結末が嫌でも脳裏をよぎる。

「……だから、一つだけ、落とし前をつけてもらおう」

キングの瞳が、鋼のように冷たく光る。

「その機能を使ってドン・エルグランド――誰があいつを殺したのか、それを調べて欲しい」

言葉は端的で、容赦がなかった。
死体の場所が分かるという機能は、情報収集のための道具として他に代えがたい特異性を持っていた。

「死体の場所が分かるのなら、その死体を調べてある程度は調べがつくはずだ。
 あのドンを殺せる奴がいるとすれば、それはこの刑務における最大の脅威だろう。
 どのような手段で、どのような状況で、誰が、なぜ――その事情を可能な限り洗い出してくれ」

安全な刑務作業の終了を望むキングとしてはその動向は調べておきたい
キングはそこに目を付け、ハヤトを使える駒と見做したのだ。

相性の悪い相手にあたったか、あるいは何らかの偶然が重なったのだったとしても。
それが自分のみに起こりうることなのかは把握しておかなければならない。
キングが生き残るために。

そして――キングは、ふっと笑った。
まるで何事もなかったかのように。

「この仕事を引き受けるというのなら――この俺に隠し事をしていた件については、水に流してやろう」

それは慈悲ではない。
取引として成立させることで、キングはハヤトに生き残るための余地を与えたのだ。
理不尽の中に見せかけの平等を与えることで、支配をより徹底するやり方だった。

選択肢など、初めから存在しない。
だが、形式として選ばせる。
そこに、ルーサー・キングという男の恐ろしさがあった。

ハヤトは目を閉じ、一度だけ深く息を吸った。
掌には汗がにじみ、喉の奥が張りつく。
拒絶の選択肢など、初めからなかった――それでも言葉を絞り出すには時間が要った。

「……わかった。やるよ」

声は震えてはいなかった。
それが、唯一許された返答だった。

そうして、取引は形式上『成立』した。
ハヤトに課された依頼『ドン・エルグランドの死の真相調査』を引き受けることで、ルーサー・キングに対して犯した隠し事の咎は、水に流された。
――表向きは、だが。

この部屋に充満していた圧迫感と沈黙。
それが一時的にでも解除されたことで、ハヤトの背筋にようやく重力が戻ってきた。
それでも、その場に居続ける気にはなれなかった。

負傷から回復しきっていないセレナの休息には、本来ならもっと時間が必要だった。
だがこの空間――闇の帝王と同じ屋根の下にいること――それ自体が精神をすり減らしていた。
彼女のためを思うのなら一刻も早くこの場を離れた方がいいだろう。

「……じゃあ、とっととその依頼を果たしてくるよ。行こうセレナ」

そう呟きながら、ハヤトは立ち上がる。
セレナもそれに合わせて身体を起こす。
彼女は無言で頷いたが、その表情はどこか張りつめていた。

2人は連れだち、管理棟の扉を開いた、その時だった。
ピクリと、セレナの長い耳が小さく跳ねた。
次いで、外の音を拾うようにぴんと立つ。

「……誰か、近づいてきてる、かもです」

ウサギ系獣人特有の鋭敏な聴覚。
セレナのその耳が察知した気配は、ハヤトにはまだ届いていない。
だが、彼女の感性が信用できるという事をハヤトはよく知っている。

「キングさんの待ち合わせ相手の人でしょうか……?」

この港湾地区は、そもそも人が寄りつく場所ではない。
そこにわざわざ訪れる者がいるとしたなら、そう考えるのが自然な結論である。

その疑問を受け、キングはデジタルウォッチで時刻を確認する。
時刻は8時になろうとか言う所。まだ約束の正午には程遠い。

キングが指定したターゲットの中で、放送で呼ばれたのは恵波流都のみ。
恵波流都を殺害したのが叶苗たちでその報告のために早々に港湾を訪れた、と言う可能性もないわけではない。
いずれにせよ、その来訪者が何者であるかは確認しておく必要があるだろう。

「――出ていくついでに、一つ。野暮用を頼まれてくれないか?」

ルーサー・キングが、何気ない口調でそう言った。
だがその一言は、二人の足を止めるのに十分な重さを持っていた。

「そのこの港湾に近づいている奴の様子を見てきてほしい」

その声に、命じるような圧はない。
だが、命令と請願の境界線が、限りなく曖昧だった。

「もしそれが『二人組の少女』だったら。ここへ案内してやってくれ。俺の待ち人だ。
 それ以外の連中なら、無視して出て行ってくれて構わない」
「……了解した」

何の報酬もなく偵察役をやらされようとしている。
応じる理由もないが、ここで断って事を荒立てたくない。
その一言を返しながら、ハヤトは胸中で警戒心を強めていた。

セレナはすでに気配のする方向を見据えている。
長い耳が風のような震えを感知していた。

「行こう。さっさと確認して、さっさとここから離れよう」

その言葉に、セレナも頷いた。
二人は再び、鉄の重圧が支配する空間を背に、管理棟の外へと歩みを進めた。

外にはすっかり朝の気配が漂っていた。
だが、そこに待っているのが何者なのか。
それはまだ、誰にも分からなかった。

【B-2/港湾(管理棟)/一日目・午前】
【ハヤト=ミナセ】
[状態]:多大な精神的疲弊、疲労(小)、全身に軽い火傷
[道具]:「システムA」機能付きの枷、治療キット
[恩赦P]:30pt(-食料10pt×2)
[方針]
基本:生存を最優先に、看守側の指示に従う?
0.ドン・エルグランドの死について調査する
1.セレナと共に行く。自分の納得を貫きたい。
2.『アイアン』のリーダーにはオトシマエをつける?
※放送を待たず、会場内の死体の位置情報がリアルタイムでデジタルウォッチに入ります。
 積極的に刑務作業を行う「ジョーカー」の役割ではなく、会場内での死体の状態を確認する「ハイエナ」の役割です。
※自身が付けていた枷の「システムA」を起動する権利があります。
 起動時間は10分間です。

【セレナ・ラグルス】
[状態]:背中と太腿に刺し傷(治療キットによりほぼ完治)
[道具]:流れ星のアクササリー、タオル、フレゼアの首輪(P取得済み)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:死ぬのも殺されるのも嫌。刑期は我慢。
1.ハヤトに同行する。
2.生きて帰れたら、ハヤトと友人になる。

※ハヤトに与えられている刑務作業での役割について、ある程度理解しました。
※流れ星のアクセサリーには、高周波音と共に音楽を流す機能があります。
 獣人や、小さい子供には高周波音が聴こえるかもしれません。
 他にも製作者が付けた変な機能があるかもしれません。

※流れ星のアクセサリーには他人の超力を吸収して保存する機能があるようです。
 吸収条件や吸収した後の用途は不明です。
 現在のところ、下記のキャラクターの超力が保存されています。
 『フレゼア・フランベルジェ』

【ルーサー・キング】
[状態]:健康
[道具]:漆黒のスーツ、私物の葉巻×1、タバコ(1箱)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
1.生き残る。手段は選ばない。
2.使える者は利用する。邪魔者もこの機に始末したい。
3.ドン・エルグランドを殺ったのは誰だ?
※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
 多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
※ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、エンダ・Y・カクレヤマは出来れば排除したいと考えています。
※他の受刑者にも相手次第で何かしらの取引を持ちかけるかもしれません。
※沙姫の事を下部組織から聞いていました
※ギャル・ギュネス・ギョローレンが購入した物資を譲渡されました(好きな衣服、煙草一箱、食料)


大金卸が森の奥へと姿を消してから、しばらくの間、りんかと紗奈の二人は一言も発さなかった。

圧倒的な存在が去った後の静寂は、むしろ重たかった。
ようやく戻ってきた風が、そっと頬を撫でる。
それに導かれるように、りんかと紗奈のふたりは、小さく息を吐いた。

互いの顔を確かめる。
その瞳の奥に浮かぶ微かな光が、まだ生きていることを証明していた。

「はぁ……」

どちらからともなく漏れた息。
ほんの数時間の間に彼女たちは、数々の強敵と死力を尽くす戦いを重ねてきた。
バルタザール、ブラッドストーク、ルクレツィア、ジルドレイ、そして先ほどまで対峙していた大金卸樹魂。

あまりにも密度の濃い時間だった。
身体だけでなく、心の軸すら擦り切れそうだった。
一人ならとっくに折れている激戦の数々。

「……少し、休もうか……」
「うん、そうだね……」

りんかが、限界を滲ませた声で呟き。
紗奈もまた、同じ疲れをその声に乗せた。

二人は倒木のそばへ歩み寄り、苔むした幹の影に腰を下ろそうとした。
だが、その直前にぴたりと動きを止める。

そこで二人の目が合う。
互いの中で、同じ懸念が脳裏をかすめたのを、感じ取っていた。

「……でも、また……来るかも」
「うん……そうだね」

声は小さく、うんざりとした響きが込められていた。
肌に染みついた負の経験が、警鐘を鳴らしていた。

――そう。
これまでも、少し休んだところで、次の試練がやってきた。
一度や二度ではない。まるでこの地に留まること自体が、何かを呼び寄せる呪いのようだった。

「……もしかして、この場所が……悪いのかな」

りんかの呟きは、独り言のようでいて、どこか確信を含んでいた。
運が悪い、というどうしようもない結論を排除して考えれば、後は場所が悪いという結論になるのは当然の事。
実際の所、りんかたちはこの刑務作業が始まって、この周辺から殆ど移動出来ていない。

目立つ地形や施設は周囲にない。
けれど、この一帯に戦いを誘う何かが潜んでいる可能性は否定できなかった。
実際、先ほどの大金卸もその戦いの匂いに惹かれてやって来ていた。

戦いが戦いを呼ぶ因果に搦め手取られている。
この因果を断ち切るのは、場所を変えるのが一番手っ取り早い解決策だろう。

言葉にはせずとも、ふたりは自然と同じ結論にたどり着いたように頷き合う。
迷っている時間がもったいない。
休むよりもまず、移動しなければ。

りんかがデジタルウォッチを操作する。
薄いホログラムが地図を投影し、島の全体像を映し出した。

「……中央のブラックペンタゴンは……避けよう。絶対、人が集まりやすい場所だし、目立ちすぎる」
「うん。この近くだと……北西に港湾と灯台があるみたい」
「島の端に人が集まるとも思えないし、いいと思う」

恩赦狙いの危険人物は人の集まる場所に向かうはずだ。
人の集まりそうにない島の端に誰かがいたとしても、それは自分たちと同じく戦いから避難しに来た人間である可能性の方が高いだろう。

「灯台と港湾…………どっちの方がいいかな?」
「港湾の方がまだ安全だと思う。灯台は万が一追い詰められたら逃げ場がないけど、港湾なら物陰も多そうだし隠れる場所もありそう」
「りんかが、そう思うなら……行こう。少しでも、落ち着ける場所へ……」

本当は、今すぐにでも休みたい。
だが、ここに留まり続けることの方が危険だ。
この場所は休息の場所ではない。
痛みを癒す余裕を、決して与えてくれない。

ふたりは互いに支え合うように寄り添って歩き出した。
傷ついた身体を引きずるようにして、森の奥へと足を進める。

その背に朝の光が差し込み、長く影を落とした。
けれどその影は、もはや孤独ではなかった。
ふたりの影は重なるように一つになる。

重なり合うふたつの影が、ゆっくりと森の中を進んでいった。
戦闘の最中は、張り詰めた神経とアドレナリンが痛みや疲労を麻痺させていた。
だが、緊張が解けた今、その代償が一気に襲いかかる。
特に、これまで何度も矢面に立ち続けてきたりんかの身体は、すでに限界に近かった。

足の筋肉は鉛のように重く、もはや痛みすら感覚が鈍くなっている。
身体の芯には冷えが染み込み、焼けるようにじんじんとした熱が頭の奥を離れない。
目の奥も重く、光すら煩わしい。

足元がふらつくたび、隣を歩く紗奈がすかさずりんかの肩を抱えて支える。
その細い腕に力を込めて、決して倒れさせまいとする気持ちが伝わってくる。

りんかは黙ってその体重を預けた。
彼女に情けない姿を見せたくないという思いはある。
だが、互いに支え合っていこうと決めたのだ。
今は、紗奈の温もりがただただありがたかった。

疲労だけではない。
喉の奥には、ひどく乾いた痛みがあった。
戦闘の最中は気づかなかったが、今はその渇きが鋭い苦痛として意識を蝕んでくる。

「……水、欲しいね」
「うん……お腹は、まだ平気だけど……喉は、限界かも……」

ぽつりと、りんかが呟き、紗奈もまた喉を押さえながら応じた。
口にしてもどうしようもないことだが、どちらかが呟くともう一人も同じように答えてくれる。
それが、唯一の救いだった。

これから向かう港湾には、海が広がっているが海水は飲めない。
目の前に水があるのに飲めないという事実は実に恨めしい。

それでも、ふたりは歩く。
足を止めれば、そこに安全があると信じて。
励まし合うように、ふたりはそっと手を握り合う。
互いの体温を感じることで、ほんの少しだけ心が落ち着いた。

「……りんか」
「……なに?」
「ちゃんと……手、つないでてね」
「うん……はなさないよ。ぜったいに」

ふたりの手は強く、熱くつながっていた。

光も、祈りも、理想も、今は持っていない。
けれど、互いの手の中には、確かに命があった。

だから歩ける。
それだけで、今は充分だった。

森を抜けた瞬間、視界が大きく開けた。
淡く広がる空の下に、ひらけた地形と、人工的な構造物が見える。
錆びついたクレーン。崩れかけた倉庫。風に揺れる掲示板の残骸。
そこは確かに、人の手によって築かれた港湾だった。

どこか寂れた雰囲気があったが、逆に言えばそれだけ人の気配が薄いということだ。
ようやく、ひと息つけるかもしれない場所にたどり着けた。

だが、完全に安心はまだ早い。
この場所が本当に安全かどうかは、まだわからないのだ。
それでも、ふたりの少女は、重い足を引きずりながら、港湾へ向かって歩みを進めていった。

【C-2/港湾近く/一日目 午前】
【葉月 りんか】
[状態]:渇き、全身にダメージ(極大)、疲労(中)、腹部に打撲痕、背中に刺し傷、ダメージ回復中、紗奈に対する信頼、ルクレツィアに対する怒りと嫌悪
[道具]:なし
[方針]
基本.可能な限り受刑者を救う。
0.港湾で休息
1.紗奈のような子や、救いを必要とする者を探したい。
2.この刑務の真相も見極めたい。
3.ソフィアさん…
4.ジャンヌさんそっくりの人には警戒しなきゃ

※羽間美火と面識がありました。
※超力が進化し、新たな能力を得ました。
 現状確認出来る力は『身体能力強化』、『回復能力』、『毒への完全耐性』です。その他にも力を得たかもしれません。

【交尾 紗奈】
[状態]:渇き、気疲れ(中)、目が腫れている、強い決意、りんかに対する依存、ルクレツィアに対する恐怖と嫌悪
[道具]:手錠×2、手錠の鍵×2
[方針]
基本.りんかを支える。りんかを信じたい。
0.港湾でりんかを休ませる
1.新たに得た力でりんかを守りたい
2.バケモノ女(ルクレツィア)とは二度と会いたく無い
3.青髪の氷女(ジルドレイ)には注意する。

※手錠×2とその鍵を密かに持ち込んでいます。
※葉月りんかの超力、 『希望は永遠に不滅(エターナル・ホープ)』の効果で肉体面、精神面に大幅な強化を受けています。
※葉月りんかの過去を知りました。
※新たな超力『繋いで結ぶ希望の光(シャイニング・コネクト・スタイル)』を会得しました。
現在、紗奈の判明してる技は光のリボンを用いた拘束です。
紗奈へ向ける加害性が強いほど拘束力が増し、拘束された箇所は超力が封じられるデバフを受けます。
紗奈との距離が離れるほど拘束力は下がります。
変身時の肉体年齢は17歳で身長は167cmです。

※『支配と性愛の代償(クィルズ・オブ・ヴィクティム)』の超力は使用不能となりました。

088.氷の偶像 投下順で読む 090.色褪せた昔話
092.永遠 時系列順で読む 091.宣戦布告
狼たちの午前 ハヤト=ミナセ 灯火、それぞれに
セレナ・ラグルス
ルーサー・キング
絆の力 葉月 りんか
交尾 紗奈

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最終更新:2025年06月25日 22:26