『――――定時放送の時間だ』
ブラックペンタゴンの外壁を背に、征十郎は袋詰めされた糧食をそっと脇に置き、放送に耳を傾けた。
淡々と命を落とした受刑者たちの名が読み上げられていく。
その中には当然のことながら、舞古 沙姫の名が含まれていた。
征十郎自身が死の間際に居合わせ、最期を見届けられた"数少ない"人間だ。
今さら取り乱すようなことではない。
静かに佇み、黙祷を捧げてその死を深く悼んだ。
だが、その次に読み上げられた名前には征十郎も思わず目を見開いた。
テキサスの大人たちは、やんちゃ坊主に対して、『悪い子は嵐の夜にエルグランド海賊団に攫われてしまうぞ』と戒める。
カリブ海を拠点にしていたかの大海賊は、テキサスではハリケーンに例えられていた。
思い出したようにメキシコ湾方面に遠征し、沿岸都市に甚大な被害をもたらしていったからだ。
征十郎はアビスに収監されてはじめてその威容を目にしたが、災害に例えられるのも頷ける、暴の体現のような男であった。
続くように読み上げられたのはフレゼアの名だった。
"炎帝"の名は北米においてはドンをも凌ぐ恐怖の代名詞だ。
限界が存在することが信じられないほどの出力と、恐るべき執念深さ。
世の人々に二つ名を付けられた悪党の業を、征十郎はこの刑務で思い知った。
あの炎の化身に正面から打ち勝った者がいるのなら、それこそ脅威が新たな脅威であろう。
されど先ほど邂逅した、ルーサー・キングなる巨漢のすさまじい実力を思えば、炎帝を殺しうる受刑者の存在も納得できる。
一つ歯車が狂えば、そこに征十郎の名が連なっていたのだろう。
その後、読み上げられた中にギャルの名はなく。
征十郎は残りの糧食を口に詰め込み、水で胃まで押し流して食事を終える。
そしていざブラックペンタゴンに参入しようとしたそのとき。
建物の中から、身をすくませるような凄まじい轟音が耳をつんざくように響き渡った。
征十郎は急ぎ、門を潜ってブラックペンタゴンへと侵入した。
■
ブラックペンタゴンは既に喧騒の中にあった。
壁や扉の向こうから、何かが崩れたりぶつかったりする音が散発的に聞こえてくる。
既に受刑者同士の戦闘が発生しているのだろう。
しかし、大爆発の音は先の一回以降、音沙汰がない。
ギャルが戦っているのなら、もっと派手に爆発が響いているはずだ。
ならばギャルではなく、別の受刑者だったのか?
アテが外れたのかもしれない。
ブラックペンタゴンを引き続き探索するか、それとも港湾方面へ引き返すか。
二つの選択肢を視野に、再度後方の門に視線を移したその時。
入り口に人影を見た。
「あっ、あーっ!」
数カ月ぶりの友人に話しかけるような気軽さで、身体全体を大きく使って手を振る。
「見ぃつけたっ! 征タンおひさっ!」
褐色肌に金髪碧眼、ブレザーに袖を通した華の女子高生。
アビスには到底似つかわしくない華やかなる姿。
装いこそ変わっているが、あのようなふざけた格好の人間など一人しかいない。
「ギャル・ギュネス・ギョローレン……!」
「およ? なんかオカンムリな感じ? こっわ~☆」
きょとんとするギャルに対して、征十郎は刀を抜き。
「――――ふッ……!」
八柳新陰流『抜き風』。
風のように疾走し、鋭い一撃を加える速攻の剣技。
ギャルの超力はすでに見た。時間を与えるたびにこちらは不利になる。
仇敵相手に言葉は不要とばかりに、征十郎が選んだのは速攻だ。
「あーしを見るなり飛び掛かってくるとか……征タンさぁ、がっつきすぎじゃね? 欲しがりすぎっしょ~」
ギャルは何かに弾き飛ばされるように飛び上がり、舞うように辻風の一撃を回避する。
わずかに鼓膜を打った破裂音から、何かが極小の爆発を起こしてギャルの肉体を弾いたのだと理解する。
「早漏男は嫌われるゾ☆」
飛び上がったギャルはそのまま集荷エリアに置かれている巨大コンテナに腰かけ、足をぶらぶらと遊ばせ始めた。
「あーし、今ちょっとだけナイーブモードなんだよね~。
ダチが放送で呼ばれてさ~」
「お前のような悪鬼にも、心を痛めるほどの友がいるのか」
「いや征タンよりは友達多いと思うよ?
ってか征タン絶対ソロ活タイプっしょ」
「友人くらいいる。それに必要なのは数より質だ。
私にもかつて、腕を競い合った宿敵がいた。
濃い関係が築けているなら、数の多募など問題ではあるまい」
「数より質アピするやつって、大体友達いないんだよね~。
っていうか宿敵って敵じゃん、それゼロだかんね?」
ギャルは指を指して一通り笑った後。
何がおかしいのか、小馬鹿にするような挑発的な笑みを浮かべて。
「あーしのダチの沙姫っちは、剣術マニアだったし? 絶対征タンとウマが合ったと思うな~?」
瞬間的に手が出そうになった。
ギャルの右手がブレザーの内側に入っているのに気付かなければ。
ギャルの目が猛禽類のように鋭さを増した瞬間を目撃しなければ。
沙姫の二の舞を演じていただろう。
「あっは、メンゴメンゴ☆
やっぱそうだったんだ~、は~あ……」
ギャルはがくんとうなだれ、視認できるほどに大げさにため息をつく。
ヴァイスマンの読み上げ順が刑罰執行の順番であることには早々に勘付いた。
あのとき爆殺した人間が誰だったか。
沙姫である可能性は1/3だったが、当時同行していた征十郎の反応からおおよそは察せられた。
今再び、征十郎のリアクションであれが沙姫であったことが確定し、さらに気分がサガ↓っているのだ。
だが、それは決して友人を殺したことへの後悔ではない。
「ダチ大事にするタイプだからってイキった挙句、秒で爆(や)ったのダブスタすぎて冷めるわ~」
出されたご飯は全部おいしく食べたい。
奇縁因縁、消化不良のまま終わるのはイケてない。
そんな独りよがりな美学を自分で台無しにしてしまったことによる気の滅入りである。
「それで? 知らなかったから許せとでも?」
「あ~、別にそこは求めてないし?
これはあーしのこだわり。征タンにはまた別件ね」
ギャルは気を取り直したように顔をあげると、髪をくるくるといじりだした。
「……うーん、なんっていえばいいんだろ。
えとね、アンちゃんとはバッチリお別れできたし、アーくんともグッバイ済み、ルーさんとも久しぶりに話せたし。
沙姫っちの件はあーしの大チョンボだったわけだけど、じゃあ征タンはなんなんかなーって」
裏事情を知らない征十郎には、彼女の言葉に疑問符を浮かべる以上のリアクションは取れないが。
ギャルはこの刑務がとある目的のためにおこなわれていることを知っている。
看守長の意図どおりに初期位置や周辺人員が配置されていることも知っている。
縁深い相手や因縁のある相手が意図的に近くに配置されうることを知っている。
「ガチる前にさー、ちょいお喋りしない?」
「今になって怖気付いたか?」
征十郎は刀を構え直し、すり足で円を描くようにギャルへと近づいていく。
征十郎の殺気をすり抜けるかのようにギャルはひらひらと手を振る。
「いやー、 沙姫っちと会話ゼロで終わっちゃったのびみょーに後悔してんだよね。
それに始まっちゃったら駄弁ってるヒマなくない?
秒でどかーん☆で終わっちゃうし? そんなのもったいないっしょ」
秒殺を高らかに謳う。
無自覚な挑発に応えるかのように、征十郎が動く。
「およ?」
向かう先は内壁。
八柳新陰流『猿八艘』。
屋内にて壁面を蹴って飛び、射撃を回避しながら敵を仕留める技である。
訝しむギャルを余所に、征十郎は三角跳びの要領で壁を蹴り、コンテナを蹴り、さらに二段三段と蹴り上げて、飛び上がっていく。
人類総超人化した現代においても、空中で動きを変えることはできないという弱点は変わらない。
だからこそ、それを見抜いたギャルは自身と征十郎を結ぶ直線ラインにぶちまけるべく、小瓶を手に取り。
だが征十郎はそこからさらに大きく飛び上がった。
それは弧のような軌道を描き、ギャルの頭上にまで達して。
「八柳新陰流――――『漁獲』」
天井まで達したのち、天井を強く蹴ることで頭上から繰り出す鋭い突き。
上空から水中の魚を貫く猛禽の嘴のごとき剣技。
『雀打ち』が地上から宙空の敵を仕留める対空の一撃であるならば、
『漁獲』は上空から地上の敵を仕留める対地の一撃。
開闢後に編み出された、新人類の身体能力ではじめて実践可能となった技である。
瓶詰した液体をぶちまける間も与えない、ギャルに向ける必殺の一撃だ。
この速度はかわせまい。その確信を持った一撃だった。
だが、不意にぶわりと強い風が征十郎に吹きつけ、僅かに速度が落ちる。
ギャルは勢いを削がれた上空からの突きを、紙一重でかわしきった。
「あっぶねあぶね」
見えない守りのタネは単純。
屋内において、ギャルの呼気は起爆する。
屋外では風で散らされてしまうが、閉鎖空間では水蒸気が充満する。
それだけで人を傷つけることはなくとも、爆風は生じる。
敵の勢いを削ぎ、自分の勢いを増すには十分だ。
呼気と汗。
目に見えない幾重もの守り。
これを突破できないなら、彼女に剣を届かせることはできない。
「征タンがせっかちなのは分かったけど、あーしはさ、タイパのいい下準備はしっかりやるタイプのギャルなんだよね」
必殺の一撃を外した征十郎だが、闘志冷めやらずとばかりに射抜く様な視線を外さない。
割れた鉄床の上に立ち、ギャルの言葉の続きを促す。
「お互いにさ、因縁みたいな関係があるとテンションアガ↑らない?」
「私とお前の間に、既にそういったものはあるだろう?」
「沙姫っちの件はそうだね~。けどさ、そんだけじゃ不公平というか? バランス悪いっつーか?」
征十郎に再び疑問符が浮かぶ。
不公平とはなんだ、と。
この女は何を言おうとしているのだ、と。
「あーしからぶっとい"矢印"が伸びてないって感じ?
やっぱさー、そういうのって両方からニョキって伸びてバチバチするほうがシックリくるし?
矢印認識しておいてほしいなーって」
要するに、ギャルは征十郎を殺すに値する動機があればいいと言っているのだ。
従来の刑務に加えて、征十郎はこの島で何度かギャルに剣を向けている。
それだけでも十分な殺害動機にはなるのは承知の上で、彼女が言うのはそういうことではないのだろう。
「分からん。私とお前は今日初めて会った。
他にどんな因縁があるというのだ」
所詮は狂人の戯言だ。
そう考えつつも、ふとした興味が生まれ、征十郎は会話のボールを投げ返す。
ボールをキャッチしたギャルは、待ってましたとばかりに三日月を描くように口の端を吊り上げ。
「"山折村発、中津川行き最終バス"」
「……………………」
冷たい風が吹きつけるような錯覚を覚えた。
征十郎の手が僅かに震えた。
それは、もう存在しない路線だ。
27年前に山折村の滅亡と共に廃止された路線だ。
「ぷっ、めっちゃ心当たりあんじゃん。
"八柳の名に誓って、必ず助けに来る"だっけ?」
征十郎の動揺をめざとく察したギャルは、けらけらと、心の底から楽しげに笑う。
「さて、あらためてご挨拶しとこっか」
繋がりを再確認したをギャルは、いたずらな笑みを浮かべて、名を呼んだ。
「おひさー、"八柳"クン?
27年ぶり? 元気してた?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
征十郎が10歳を迎えた夏休み。
アメリカでは夏休みは6月に始まるのだが、その長期休暇を使って母の故郷、山折村に里帰りしていた。
その帰路にて起きた、大地震。
山折村と外界を繋ぐ唯一の道――新山南トンネルを襲った崩落事故。
直前にすれ違った山折村に向かうバスも、
征十郎が乗っていた山折村から出ていくバスも直撃し、多くの死傷者を出す。
運転席のすぐ後ろに乗っていた征十郎は、隣にいた母に手を引かれて命からがら脱出に成功した。
その一方で、何人かの顔馴染みが土砂に押しつぶされ、還らぬ人となった。
暗闇の中、崩落した土砂の向こうから聞こえてきた声は今も覚えている。
『誰か……誰か、いませんか!?』
『お願い助けて! 友達が、岩に挟まれているんです!』
『意識はある……!
けれど私の力じゃ、どうやっても持ち上げられない……。動かせない……!』
『彼女は私の恩人なんです!
間違いだらけだった私の手を取って、私はこの世界で生き続けていいんだって教えてくれた、恩人なんです!』
『彼女を失うなんて、考えられない……。私は、この命をかけてでも彼女を救いたい!
だから、お願いです! 手を貸してください!』
暗闇の中、たとえ大人であっても、素手でどれだけあるかも分からない土砂を取り除けるわけがない。
ましてや十歳の子供に何ができるようか。
それなのに。
――絶対に助ける!
――八柳の名に誓って、必ず助ける!
助けを求める人たちに寄り添い、彼らの力となる。
ヒーローになるのだと。
そうあるべきだと、昂揚のままに、言ってしまった。
『ありがとう……!』
暗闇の瓦礫の向こうから届く声。
絶望の中、一筋の希望を掴んだような声。
山折村を襲った惨劇。
大地震に端を発した、未曽有の生物災害。
記録において、その生存者はゼロ。
生物災害に巻き込まれる直前にトンネルから脱出した征十郎たちが、最後の生存者だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「めっちゃビビってんじゃん。ウケる」
ギャルは征十郎の動揺を目の当たりにして、けらけらとせせら笑う。
27年前に交わした無責任な約束は、楔のように征十郎の心の奥底に刺さっていた。
もはや色褪せた出来事ながら、それはときおり顔を覗かせ、罪悪感を刺激する。
征十郎は山折村の生物災害を逃れ、村の全滅を知り、失意のままアメリカへと戻った。
親しい村人の全滅と、助けを求める誰かを自分が見捨てたという無力感に苛まれるだけの日々を過ごした。
見かねた母親に持たされたのは一振りの棒切れ。
棒を振ることに集中していれば、その間だけ雑念から逃れられるような気がした。
一連の出来事は、征十郎が剣士の道を進むターニングポイントだった。
英雄崩れとなり、人斬りにまで落ちる確かな分岐点だった。
「ルーさんが征タンの使ってる剣術のことを知っててさ。八柳新陰流だっけ?」
八柳新陰流。今や血に塗れた呪われた剣技。時代錯誤の殺人剣。
世界で最も有名な流派だ。
八柳新陰流の名は世界中に轟いている。
「あーしさ~、名前は聞いたことあったけど、中身は全ッ然知らなくて~」
だが、それは名高さではなく、悪名に基づくものだ。
山折村の惨劇の後、どこからともなく動画が流れ出た。
それは山折村の惨状を大衆に知らしめるため、後のGPA関係者たちによって意図的に流されたものだが、
八柳新陰流の剣士たちの蛮行がその日、意図せずして全世界に広まった。
開祖は校舎に侵入して同年代の子供たちを親もろとも鏖殺し。
狂気の笑みを浮かべた極道が嬉々として身内を斬り殺し。
流派一の実力者が村人の百人斬りを達成する。
八柳という家名の誇りと、八柳新陰流の威信を地の底まで堕とすには十分だった。
いつしか、八柳新陰流は禁忌の剣技となり。
その開祖の姓である『八柳』も、忌み名とされて日本のあらゆる家系図から消されていった。
「征タンが"八柳"だったとか、さっきまでマジで知らんかったし。
何も気付かずに爆(や)るところだったわ。ゴメンねっ?」
今や八柳新陰流を受け継ぐものはごくわずか。
主だった使い手は27年前、山折村の悲劇で死に絶えた。
わずかな生き残りは、ある者は門派が引き起こした惨状を忌むように刀を折り、
またある者は新興のカルト宗教に攫われて消息を絶つ。
現代において、八柳流の剣士というのは片手で数えられるほどしか存在していない。
しかし、ギャルは征十郎が八柳新陰流の使い手だと知ったとき、あのときトンネルの向こうで声をかけた本人だと、そう悟った。
それはひどく曖昧で、勘に基づく根拠のないものだったが、確信があった。
なぜなら。
「あーし八柳サンの顔知っててさ、関係者って知って、面影とかでなんとなーく分かったんだよね。
なんせ、7年くらいあそこにいたんだから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱ助け、来ないよね……」
ギャル友の親友、その弱弱しい言葉がタチアナの耳にかろうじて届く。
暗闇の中、刻一刻とその命は失われていく。
「目、めっちゃぼやけてきた……。ま、暗いし見えんしおんなじか……」
新山南トンネル。
山折村と外界を繋ぐ唯一の出入り口。
一切の光が遮断され、黒く塗りつぶされた世界。
僅かに聞こえていたうめき声は一つまた一つ消えていき、今や生きているのは自分と隣の友人だけだ。
土砂をかきわける手からは、夥しい量の血が流れだし、外界と坑内を塞いでいる土砂へと染みこんでいく。
"キャプテン"のあだ名で親しまれていたクラスの中心人物。
先日のテロで衆目をすべてしょい込み、今は山折村で療養している学友だ。
タチアナは"国外追放・再入国禁止"の処分が確定する前に、別れのために親友と共に彼を訪ねた。
その帰り際、日本の中部地方を中心に起きた大地震は、タチアナたちも容赦なく巻き込んだ。
「あーしさ、学校がテロられてからさ。
いつ死んでも後悔しないように生きよう……って、決めたのよ」
日本の平和な学校を襲撃し、救いを求める信徒たちの存在を神へと知らしめる聖戦。
とあるテロ組織の尖兵――コードネーム"ギャル"。
爆発物の扱いに秀でた彼女は、日本の交換留学制度を悪用し、本来の学生の替え玉となって日本に入国した。
一年間学生生活を送り、その締めとして聖戦の手引きをするために、"内通者"として送り込まれた"毒"であった。
隣に倒れているのは、そうとは知らずに彼女を学友として迎え入れてくれた一人だ。
日本の"文化"をタチアナに叩き込んでくれた、かけがえのない親友だ。
「後悔はないけど、未練は山ほどあるんだよね……。
やりたいことって山ほど出てくるからさ……。
これで終わりだなんて、悔しいなあ」
タチアナには未練と後悔しかない。
"交換留学生"として偽りの学生生活を送る日々。
そこには、"人"の生活があった。
血に塗れた兵士としての日常ではなく、切望していた平和な日常があった。
組織から与えられた"ギャル"というコードネームは、若い女性という意味しかない。
替えの利く、使い捨ての戦士の女という意味しか持たない。
組織にとって、末端の戦士などそれ以上でも以下でもない。
そんな彼女に差し込まれた日本国の"ギャル"という概念。
――えっ? ギャルって何かって? んー、自由と可愛さと自分らしさの最先端?
――てかアンタさあ、そんなに気になるなら自分もやってみりゃいいじゃん!
――ガチガチに気張ってたら人生つらいっしょ。チルしようぜ~?
――よっしゃ決めた、今度の休み、予定空いてる? 空いてるよね絶対!
――あーしたちが日本のカルチャーがっつり叩き込んで、日本離れたくない~って言わせてやるから!
――おっ、キャプテン! 来週の休み明け、マジ楽しみにしてて。この子がついに日本デビューしちゃうからさ!
その生き方はタチアナの価値観を根本からひっくり返した。
娯楽に飢え、神に祈り、死をもたらし、制裁に怯える日々。
顔も知らない誰かと、景色も知らない"故郷"のために自分を押し殺してきた彼女にとって、その日々は"劇毒"だった。
アルヴドをはじめとする同志にはいくらか違和感を持たれていただろう。
信じるべき神がありながら、異教徒の文化に嫌悪も見せずに接触できる変わり者と見られていただろう。
そんな奇異の目を知りながら、憧憬は止まらなかった。
価値観が塗り替えられていく。
組織の尖兵は日に日に平和へと染まっていく。
そして、夢の醒める日が迫っていることに怯えた。
ああ、聖戦の日が来なかったらよかったのに。
永遠にこの毎日が続いたらよかったのに。
そして、魔が差した。
聖戦の日、タチアナはクラスメイトに計画のすべてを打ち明けた。
日本に来る前には考えもしなかった未来に、目がくらんだ。
見知らぬ子供たちの未来よりも、彼女は自分の未来を選んだのだ。
組織の仲間を彼女は捨てた。
裏切りが露見しないように、"キャプテン"たち学友に手を汚させた。
生き残って連行されていくアルヴドを物陰から覗いたとき、言い知れない寂寥を感じ、彼を直視できなかった。
その魂が抜けたような呆然とした姿を目に映すことはできなかった。
「なあ、アンタはあーしの分まで生きなよ。
生きてりゃ絶対、楽しいことがいっぱい待ってるから、な。
それでさ、向こうで教えてよ。聞くの楽しみにしてるからさ」
今しがた、親友が"天井の崩落から自分を庇って"、命を落とそうとしている。
タチアナは仲間を裏切り、他人の人生を奪い、彼らの青春を啜って生き永らえる罪人だ。
「ね、返事くらいしてよ……」
弱弱しくなる声に対して、タチアナは声をかけられなかった。
彼女に何を言えばいいのかは分からなかったから。
自分は神を棄てた裏切者で、相手は神に縛られない自由の最先端を行く人間で。
そんな人間の死を前にして、何と言葉をかければいいのか。
しょうがないやつだな、と呆れるような力無い笑い声が耳に届く。
それきりだった。
坑内に沈黙の帳が降りた。
そのあと、自分が何を考えたのか。
もう覚えてはいない。
その後に襲い掛かってきた、ただならぬ異変にすべて思考を押し流されたのだ。
それは、白い澄み切った光だった。
美しく、神聖で、神の恩寵を思わせるような白い光だった。
容赦なく悪を浄化する、清廉潔白で底冷えのする光だった。
光は世界を侵食するようにゆっくりと迫りくる。
やがてそれがタチアナをも呑みこもうとしたその時、不意に彼女の眼前で光が止まった。
冷たい輝きは噓のように消え去り、入れ替わるように現れてあたりを吞み込んだのは白く濁った光だった。
この世のものとは思えない光の中で、事切れていたはずの親友が立ち上がった。
笑顔を浮かべて、困惑するタチアナの手を引いて、いつの間にか通じていたトンネルの外へと駆けだしていく。
そこは呪われた聖地。
子供たちの永遠の楽園。
決して朽ちず、決して老いず、決して死なず。
来る日も来る日も同じ毎日が繰り返される、刻の止まった村。
山折村にて生じた生物災害。
その生き残りが願いを叶える聖杯に、永遠を願った。
聖杯から溢れ出た冷たい光は、願った本人の命をも糧にし、その願いを聞き入れた。
聖杯からあふれ出した白く濁った領域は、無限の強度を持った空間領域だ。
永遠なる神の空間、その生誕の瞬間に、タチアナは立ち会ったのだ。
ようこそ、山折村へ。
タチアナは、永遠に組み込まれた。
タチアナはもう、歳をとらない。
■
風は温かく、空に雲がうっすらと流れていた。
どこからか焼きトウモロコシの香ばしい匂いが漂い、太鼓の音がどん、どん、どん、と響いてくる。
「タチアナっち! まだ準備してないの?」
聞きなれた声が飛び込んでくる。
「もうお祭り始まっちゃうよ!」
親友が迎えに来たのだ。
赤い模様で彩られた白い着物が、彼女の茶色い地肌に映えている。
「今日は年に一回のお祭りなんだから」
タチアナは慌てて履物に足を通す。
そうして急いであばら家を出た。
村一番の大屋敷を通り過ぎると、徐々に人が増えて明かりが灯り。
村の中央通りから神社に向かう大通りの両脇には様々な屋台が立ち並ぶ。
すれ違う村人たちはみんな笑顔だ。
あちらの屋台には御守りが吊り下げられ。
そちらの屋台は射的だろう、お面がずらりと飾られている。
向こうの屋台は金魚すくいか、ぴちぴちと跳ねるそれを必死に掬おうと女の子が悪戦苦闘している。
神社では、紅白の衣装を纏った巫女が美しい舞を繰り広げ。
親子三人が楽しげに歌い踊り。
大人たちが笑顔で若者たちを祝福する。
日は落ちて、夜空に星が煌めき。
提灯が夜空を美しく照らし。
桔梗と沈丁花が咲き乱れる長い神社坂を、親友と共に下っていく。
また明日も楽しもうねと約束して、一日を終える。
■
風は温かく、白い空に雲がうっすらと流れていた。
どこからか焼きトウモロコシの香ばしい匂いが漂い、太鼓の音がどん、どん、どん、と響いてくる。
「タチアナっち! まだ準備してないの?」
聞きなれた言葉が飛び込んでくる。
「もうお祭り始まっちゃうよ!」
親友が迎えに来たのだ。
赤い模様で彩られた白い装束が、彼女の茶色い肌に映えている。
「今日は年に一回のお祭りなんだから」
タチアナは慌てて履物に足を通すが、紐が切れて慌てて別の靴に履き直す。
そうして急いであばら家を出た。
薄暗い村一番の大屋敷を通り過ぎると、徐々に人が増えて明かりが灯り。
村の中央通りから神社に向かう大通りの両脇には様々な屋台が立ち並ぶ。
すれ違う村人たちはみんな一様に笑顔だ。
あちらの屋台には何やらよく分からない御守りが吊り下げられ。
そちらの屋台は射的だろうか、顔のお面がずらりと飾られている。
向こうの屋台は金魚すくいか、ぴちぴちと跳ねるそれを必死に掬おうと女の子が悪戦苦闘している。
神社では、紅白の衣装を纏った巫女が美しい舞を繰り広げ。
男と女と幼い女の子一人が楽しげに歌い踊り。
大人たちが笑顔で若者たちを祝福する。
日は落ちて、夜空に作り物のように美しい星が煌めき。
緑の提灯が白い夜空を美しく照らし。
山折村の象徴花である桔梗と沈丁花が咲き乱れる長い神社坂を、親友と共に下っていく。
また明日も楽しもうねと約束して、一日を終える。
■
風は生温かく、白く濁った空に雲がうっすらと流れていた。
どこからか焼きトウモロコシの香ばしい匂いが漂い、太鼓の音がどん、どん、どん、と響いてくる。
「タチアナっち! まだ準備してないの?」
聞きなれた台詞が飛び込んでくる。
「もうお祭り始まっちゃうよ!」
親友が"お迎え"に来たのだ。
赤い模様で彩られた白い装束が、彼女の土色の肌を彩る。
タチアナは慌てて下駄に足を通すが、鼻緒が切れて慌てて別の靴に履き直す。
そうして急かされるようにあばら家を出た。
薄暗く朽ち果てた村一番の大屋敷を通り過ぎると、徐々に人影が増えてぼんやりと淡い光が灯り。
村の中央通りから神社に向かう大通りの両脇には様々な屋台が立ち並ぶ。
すれ違う村人たちはみんな一様に笑顔を貼り付けている。
あちらの屋台には村人の名前が書かれた"御守り"が吊り下げられ。
そちらの屋台は射的だろうか、人間の"笑顔"だけがずらりと飾られている。
向こうの屋台は、ぴちぴちと跳ねる赤くてぬるぬるした何かを必死に掬おうと、胸に穴の開いた女の子が悪戦苦闘している。
神社では、血染めの衣装を纏った巫女が剣舞を繰り広げ。
男と女が首のない少女と楽しげに歌い踊り。
大人たちが生気のない笑顔で祝福を演じる。
作り物の太陽は落ちて、作り物の夜空に作り物の星が煌めき。
永遠をあらわす緑の提灯が白い夜空を美しく照らし。
枯れ果てた夾竹桃の上に継ぎ足された桔梗と沈丁花が咲き乱れる長い神社坂を、親友と共に下っていく。
また明日も楽しもうねと約束して、一日を終えようとして。
地面が揺れた。
あの大地震のように、大地が再び揺れた。
世界が変わるのだと直感的に理解した。
立っていられないほどの揺れが二人を襲い、石壁が崩れて友の頭を砕いた。
■
「タチ■ナっち! まだ準備してないの?」
聞くはずのない台詞が飛び込んでくる。
「もうお■■始まっちゃうよ!」
親友だったものが迎えに来たのだ。
赤い模様で彩られた白い装束。土色の肌。にこやかな笑顔。
そして、繋ぎ合わされた肉片で象られた顔。
それはじゅくじゅくと絡み合い、少しずつ元の端正な姿を取り戻すように再生していた。
タチアナは恐怖に追い立てられる。
足を取られて尻もちをついた。
それに連動するように、親友だったものの首ががくんと下に傾いた。
笑顔の仮面を着けた操り人形のようなその様態は、楽しい夢から覚めるには十分だった。
「はやくしようよ~。お■■、終わっちゃうよ?
楽しいこと、きっといっぱい待ってるよ?」
村の景色に違和感を覚えたのは、一体いつからだったのだろう。
耳に馴染んでいた親友の言葉が不気味に思えたのは、何がきっかけだったのだろう。
タチアナは無我夢中であばら家を飛び出した。
通りには、いつもと同じく"村人"がいた。
知っているとおりに歩き、知っているとおりに笑い、知っているとおりに同じ屋台を覗き込む。
いつも通り、彼らは皆刃物で切り裂かれたかのように首や胴が繋がっておらず、それを白い糸のようなもので強引につなぎ合わせていた。
そして、昨晩の地震で倒壊していた家屋や倒木は、意志を持っているように再生していく。
村一番の大屋敷だけが、倒壊したまま放置されていた。
どこからか焼きトウモロコシの香ばしい匂いが血の臭いと共に漂う。
どこからともなく太鼓の音がドン、ドン、ドンと響いてくる。
誰も死なず、何も変わらない。
ここは永遠。
永遠を装った無間の地獄。
風がざあっと吹いた。
緑の提灯が揺らめき、村全体がざわめいた。
突然、周囲の村人たちが、一斉にぐるんと振り向いた。
虚ろな目がくにゃりと歪んで、笑顔でタチアナを見つめていた。
それを見ると。
ずっとこの村にいたいと思った。
――逃げなきゃ。
――今すぐ逃げなきゃ。
そうしなければ、きっとまた永遠に組み込まれる。
民家を抜け、バス停を抜け、新山南トンネルへと走り抜ける。
塞がっていたはずのトンネルは通じていた。
トンネルの周囲には夾竹桃が咲き乱れ、逃げ出す彼女を裏切り者だと非難しているようだった。
友人の幻影が引き留めてくる。
楽しげに笑う自分の幻影が手を引いてくる。
それを振り切って、タチアナはトンネルに飛び込み、白い光のアーチをくぐり抜けていった。
■
月の光がタチアナを照らしていた。
そこは、月明かりに照らされた山道だった。
太鼓の音も聞こえず、焼きとうもろこしの甘い匂いもない。
虫の鳴き声と、落ち葉の匂いがした。
村の"空気"はどこにもなかった。
あの"白い空"ではない、本当の空だった。
小さな町でささやかな幸せに満ちた暮らしを送った。
戦士として神に祈り戦い続ける過酷な日々を送った。
学生としての仲間達に囲まれた楽しい毎日を送った。
罪人となり犠牲者への贖罪の日々を送るはずだった。
村人となり永遠の歯車に組み込まれた日々を送った。
そのどれも続かずに、今また独りで彷徨っている。
結局、人間は容易く移ろい変わっていくワガママな生き物だ。
あれほど望んだ穏やかな日々が、今は耐えがたくなっていた。
「……永遠に囚われるくらいなら」
――短くても自由でスリルに満ちた毎日のほうがいい。
迎え入れてくれた世界は血と暴力の臭いに満ちていた。
けれど、それすらも懐かしい。
"聖戦"も"交換留学生"も、もう何十年も遠い昔の話に思える。
絶対のものだと思っていた価値観は、決して不変ではなかった。
取り巻く環境が一昼夜で反転することなんて珍しくもなんともなかった。
暴力で覆ることもあれば、平和で覆ることもある。
人為的な理由で覆ることもあれば、自然的な災害によって覆ることもある。
超自然的な現象によって打ち破られることだってある。
だから、一つのものに固執する意味なんてない。
人は変わる。
価値観は変わる。
変わっていい、うつろっていい。
過去に囚われるよりも今を生きよう。
未来を見るより今を見よう。
太く楽しくせいいっぱい、それで死ぬならそれまでだ。
この考えとて、明日になれば変わっているかもしれないが。
自分はあの大地震の日、トンネルの中で死んでいたはずの人間。
それがもう一度生を得られただけのこと。
だったら、もう後悔しないように全力で生きよう。
もしかしたら、タチアナは既に暗いトンネルの中で死んでいて、村に囚われていて。
ここにいるのはタチアナの記憶だけを持ったナニカなのかもしれないという考えが浮かんだ。
けれど、それは答えの出しようがないことだ。
それなら、自分をどう定義するかのほうが大切である。
■
バチっとアイライナーを引き、リップスティックをひねり上げて。
金髪に染めた髪をまとめあげて、小物をさりげなくアピールし。
ショート丈に仕立て直したブレザーに袖を通してタイトなスカートに身を包み。
その仕上がりは、7年前よりちょっと大人。
「久しぶりだけど、キマってる」
それは、誰よりもこの世界を楽しむためのファッションだ。
自由で、自分らしく、世界の最先端で線香花火のように輝こう。
「うんうん、アガ↑ってきたね☆」
横浜ドーム。
ヤマオリ・カルト欧州本部。
東欧の紛争地帯。
開闢を迎えた直後から、ギャルの装いをした爆弾魔が、世界中で目撃されるようになる。
山折村から現れたその女は直ちに手配され、治安組織やヤマオリ・カルト、裏社会の殺し屋たちと戦いを繰り広げていく。
名はギャル・ギュネス・ギョローレン。
その名の通り、"ギャル"である彼女は。
誰にも知られていない山折村最初の探索隊であり、表には知られていない最初の探索隊生還者である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「一つ聞くが、お前と一緒にいた友人も生きているのか?」
「いんや? あの子はあのまま死んだよ。
ほかの子も、み~んな村で征タンの同門にバッサリいかれたっぽい。
身体も魂も、今もどこかをさまよってるんじゃないかな。永遠にさ」
その目は笑っていなかった。
その含みのある言葉には、普段の軽薄な調子とは一線を画す、怖気の走る凄みがあった。
「私とお前の間には確かに因縁が横たわっていたらしい。
幼い時分の過ちとはいえ、恨まれるに足る理由はあるということか。
だが、だからと言って手加減などせんぞ?」
「ん~? あのとき征タンが助けてくれてたら、永遠の十七歳は生まれなかったかもしれないのに~?」
「ほざくな。仮に因果関係があるとして、外道を選んだのはお前だろう?」
過去の過ちは消せなくとも、ギャルの所業すべてが征十郎に起因するわけではない。
殺戮に明け暮れてきたのはギャルだ。沙姫を殺したのはギャルだ。
征十郎は幼少のころ、ほぼ同年代の友人から噂を聞いたことがある。
曰く、山折村には人を恨み、災厄を外へと広げようとする悪神がいるのだと。
目の前にいる不老の怪人は、山折村が吐き出した災厄なのではないかとすら思えた。
「仮にもし、私の未熟さがお前を作り上げたというのなら、
私がこの手で責任をもって始末を付けねばならん」
剣を取った先に何があるのか。
征十郎は思い返す。
八柳新陰流の門下生たち。
"強きを挫き弱きを助ける"を体現するような、村のヒーローが、世間から罵倒されるような悪党だとは思えなかった。
けれども彼らが多くの村人たちを斬り殺したのは事実で。
ただただ、あのときの皆が何を考えていたのかを知っておきたかった。
彼らのように剣を極めていけば、その境地に至れるんじゃないかと思った。
八柳新陰流の極限に至ることを至上命題とし、道をひた走り。
宿敵を斬り殺し、アビスに堕ちるほどの悪党に成り下がっても、征十郎は未だ答えにたどり着かない。
――――違ったのか?
――――この剣は、過去を追いかけるためではなく、過去を清算し、決別するためのものだったのか?
自分一人でも、あの日の八柳の物語を理解する。
それが使命だと言い聞かせていたが。
そうではなかったのだとしたら。
「おっ、なんかいい感じの顔してんじゃん征タン♪」
眼光の鋭さを増す征十郎に対して、ギャルはその笑みを深めていく。
「あーしだって、別に年がら年中恨んでないっての。なんならほぼ忘れかけてたし?
でも、楽しむチャンスは見逃さない。
溜まってたモノ全部ぶちまけて、最後にドカーーーン☆って吹っ飛ばすの。あれマジ快感よ☆
アンちゃんともそうやってスッキリ終われたんだよね~♪」
自分の怨恨や因縁を、スリルを楽しむための起爆剤にする。
過去を乗り越えるためでも、未来への礎にするためでもない。
ただ、今を楽しむためだけに過去の関係性を焚き木にくべる。
自分の過去も未来も投げ打った、刹那的で破滅的な行動原理だ。
けれど、ギャルは恩赦を求めない。
死刑囚として、今日死ぬことを決めている。
だから、躊躇せず全部燃え上がらせる。
旧きも新しきも全部焚き木にくべて、盛大に命を燃やすのだ。
それは、アビスの底でおこなわれる彼女しかできない終活なのである。
「さて、そろそろ昔話は終わりにしよっか」
ギャルが指をピンと弾く。
その瞬間、ブラックペンタゴンの通用門が爆発した。
門の外側の庇が爆発で崩れ落ち、両開きの扉を歪ませる。
すでに仕掛けてあった血瓶で、入り口を一つ塞いだのだ。
征十郎をここから逃がさないという表明であり、これからブラックペンタゴンにいる受刑者を全員狩るという意思表示である。
入り口が塞がれた、暗く黒く冷たい空間は、どこかあの時の坑内を思わせる気がした。
「こういうとき、お互いに名乗り合うらしいよ?
征タン、名乗りをあげてみてよ」
「――――八柳流皆伝。征十郎・ハチヤナギ・クラーク」
「――――あっは、そうそう、そんな感じ。あーしは……」
ふと、言葉に迷う。
気分がアガってきた。それなら、色褪せていた名前をあげてみてもいいか、と。
「タチアナ。タチアナって言うんだよ。
さっ、爆(や)り合おっ♪」
記憶の隅で色褪せていた話の続きが数十年ぶりに紡がれる。
あの日あの場所にいた二人が、アビスの底で再会する。
結実しなかった青春の燃え残りが黒い煙をあげてもう一度燃え始める。
ああ、今日は。
とてもいい日だ。
【D–4/ブラックペンタゴン北西ブロック外側・集荷エリア/一日目・朝】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(小)、キラキラ
[道具]:学生服(ブレザー)、注射器、血液入りの小瓶×12
[恩赦P]:114pt
[方針]
基本.どかーんと、やっちゃおっ☆
1.悔いなく死ねるくらいに、思いっきり暴れる。
2.もうちょい小瓶足しといたほうがいいかもねー。
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※小瓶1セット - 5P
ほかに何か購入しているかはお任せします
【征十郎・H・クラーク】
[状態]:健康
[道具]:日本刀
[恩赦P]:80pt
[方針]
基本.強者との戦いの為この剣を振るう。
1.ギャルを討つ
2.ルーサーは二度と会いたく無い
※食料(1食) - 10P
ほかに何か購入しているかはお任せします
最終更新:2025年06月22日 17:33