男――ルーサー・キングは己の勝利を疑っていなかった。
心底、本当に。彼の眼中にあの四人はいない。それは純然たる力量の差、そしてコンディションも含めている。
五体満足かつ栄養も取り、健康である自身と満身創痍でボロボロの四人。
客観的に見て、彼らは見どころはある。若者らしい、青臭い理想を抱いた超新星ではある。
だが、其処までだ。視界にいれる程度の興味こそあれど、脅威ではない。
一見の範疇では、彼らはキングの“敵”にはなり得ない。
此方が上で、向こうは下だ。

「先に言っておくが、お前達の過ちを咎めるつもりはない。確かに、俺の指示が悪かった。
 ネタバラシをすると、野暮用を頼んでる取引相手は別口だ。お前が説明したあいつらは無関係で、偶然かつ初対面――意図的な出会いではないことも理解している」

 眼前に立つ少年と少女に対して、特に感慨はない。
焦りと覚悟が入り混じったご高説を聞かされたが、大体は想定の範疇に収まっている。
まあ、やるだろうなと思っていたことではあるし、実害を被っている訳でもなし。
叶苗達のような恐怖と代価で動く駒と違って、制御できるとは思っていなかった為、特に失望とも違う。

「無関係な奴等に対しての指示がなかった、だから……自分達の判断を優先する。ああ、何も悪いことじゃねえ。
 もう一度言おう。今回の行き違いは、俺の指示が雑だったことが起因だ。坊主、お前に責はねぇよ」

 キングは軽く指を鳴らすだけでビクリと震えるハヤトを、やはり青いとしか評価できない。
敬語も使えないマナーは知らない腹芸はできないと言った典型的な三下の少年だが、面白みはある。
嘗ての自分を見ているのか。それとも、どう足掻いても得ることはできない――できなかったモノへの憧憬か。
できない子供程、可愛いと言う言葉はあるが、彼がそれに当てはまるのはもう自分でも理解できていた。

「それを踏まえて、俺達に筋を通す為に此処に来た。一貫してるねぇ。最初も言った通り、坊主――――お前の覚悟とやら、俺は割と好きだったんだがなぁ」

 口元を緩ませて、笑うキングの表情は心底楽しげであった。
手を軽く叩き、最初に出逢った頃のように機嫌の良い声色だ。
故に、彼らは一瞬だけ気が緩む。背後に隠れている少女達も含めて決意を再確認してしまった。
自分達は立ち向かえるだなんて、無謀を抱いてしまった。

「けれど、その好感を差し引いても、解せねえよ。俺をよく知っておきながら、お前達が俺を軽んじているのが驚きだ。
 組織の頂点にいる奴にその傲岸不遜、到底無視できるものじゃねぇ」
「………………ぁ」

 笑みが消える。声の抑揚に温度はない。
高みから、それら総てを見下ろしている視線に漸く気づいたのか。
裏の世界で君臨し続ける帝王を相手取ることの意味。
それは、世界を敵に回すのと同意義だということに。

 坊主、てめえにアメを与えすぎたか? だとしたら、俺の失策だな。四の五の言わずに最初に出会った時に殺しておくべきだったか。
 この程度の目利きもできねぇ、無茶と無謀の判別もつかねえ奴等なんざ、生かす価値がねぇ。
 なぁ、今生の際だ。最期に聞かせてくれよ。てめえらの軽率な振る舞いは一体、誰に責があるんだろうなぁ」
「そんなことは……っ!」
「あるだろうが。男を気取って、正義を掲げて、さも自分達は負けねえって顔をしてるが、相手は選べよ。
 子供の喧嘩じゃねえんだ。悪党とのやり取りでそれが許されるのは、強者だけなんだが――――」

 先程までのにこやかな笑顔も、浮ついた声色もない、正真正銘――本気の苛立ちと殺意。
ルーサー・キングという男が、殺意という刃を見せる。
囁くように、キングは告げた。
よく、噛みしめろ。飲み込んで、消化しろ。お前達が選んだ道はこういうものだ。

「てめえらは違うだろ」

 死刑宣告。帝王に目をつけられた以上、もはやこの悪蔓延る世界にて、生きる術などない。

 ――――俺を、誰だと思ってやがる。

 嘗てジャンヌへと放った言葉を再度使うことになろうとは。
帝王を前にして不遜なる態度を貫くには、まだお前達は足りないものが多すぎる。
それらの事実はキングが不合格を与えるには十分過ぎる失点だった。

「俺との対峙でてめえが矢面に立って。そんで何かあった時は、てめえが殿になって。時間を稼いで、後ろにいる奴等を逃がす。
 かっこいいねぇ、ドラマの主人公か? ハヤト=ミナセ――それは、てめえの過信が過ぎるんじゃあねぇのか?
 考えるだけだったら無料だがよ。まさか、そんな甘い物語《プランニング》を本気で実行する気なら、拍手は取り消そう」
「やるさ……! やらなきゃ、いけな――――!」
「五月蝿えよ、がなるな。もういい、てめえら二人の物語は見定めた」

 所詮、ちっぽけなチンピラだった。後ろの南米の英雄様も逃げ足だけの少女だ。
両者共に、弁えなきゃいけない領域をわかっていないのなら、価値はない。

「マルティーニ坊やなら、もっと練るぜ? あの永遠馬鹿なら、事前に俺の舞台を潰していたぜ?
 あの剣客だったら、言葉なんて抜きに斬り掛かっていたぜ?」

 策謀か、暴力か。意志だけではない、確固とした力と余裕。
疲弊しきった青臭い子供達には持ち得なかったモノを悪は悪故に準備している。
何をしてでも絶対殺すという覚悟が、ハヤト達には足りない。

「それで、後ろで隠れてる極東の田舎娘はパーティに出たことすらねぇのか。
 挨拶ってのは大事なんだぜ。礼儀を間違えると、力関係はずっと拗れたままだ」

 ゆっくりと詰めていく。数十分前に抱いた決意の刃も、キングにとっては秒で潰せる鈍らだ。
キングは淡々と問うている。不足を補うモノがないなら、死ぬしかないぞ、と。

「田舎娘に扇動されちまったか? それとも、色香に負けてハーレムでも気取ったか?
 皆で戦おう、皆一緒なら大丈夫って――――は、ははっ、自分で言ってておかしくてたまんねぇな
 こんな力も経験も足りねぇガキに、お遊戯会みてえな理由で喧嘩を売られたのは子供の時以来だ」

 キングの乾いた笑いが辺りに虚しく響く。失笑、と。彼は心底、眼前の子供達へ失望している。
何故、ハヤト達は彼を相手に勝てると思ったのだろう。
こんなにも深く、こんなにも広く、こんなにも濃く。
常世に君臨する帝王の恐怖と覚悟。それはどう頑張っても、三下には届かない。

「てめえらも笑えよ、坊主、嬢ちゃん。ラブ&ピースが好きだってことは、笑いは必要だ。
 気兼ねすることはねぇ、てめえら四人で話していた時みたいに、俺のことも笑い飛ばしてくれよ」

 凄絶に。顔を歪めて、キングは嘲笑う。
希望など、此処にはない。

「笑えって言ってんだよ。皆一緒だから大丈夫、なんだろ? 早く笑えよ、なあ?」

 これは、だめだ。
ハヤト達は何もわかっていなかった。
体の震えが止まらない。思えば、最初の出会いではまだセーブしていたのだろう。
キングの中でハヤト達への目利きはとっくに終わっている。
その意味と価値は、この場における最適解を導き出すことだ。キングの中にある意味と価値――ハヤト達を生かす理由を創出する。

「俺にここまで言わせてくれるなよ。“ルーサー・キング”を、てめえらは舐めてんだろ」

 キングからすると、秒で殺せるのだぞ、と。
正面から戦いに来れる程、ハヤト達は強者なのか。

「出てこい。今すぐに。俺はさっきの言葉は後ろのてめえらにも言ってるんだぜ?」

 結局の所、キングのことを彼らは何も理解していなかった。
青臭いガキ二人で自分を足止めできるなど、些か軽く視過ぎではないか。
鋼鉄操作の異能で、彼らの首は既にギロチンへと懸けられているようなものだ。
互いをかばい合う? 関係ない、“四人”まとめて斬首してしまえばいい。
キングはもう彼らに、猶予は与えない。彼らが何かをする前に、自分が皆殺しにする方が数手早い。
そして、彼女達がこの状況にて雲隠れすることは絶対に有り得ない事も知っている。
数秒後、物陰から二人の少女が姿を表した。
名前や素性を問いかける無駄はしない。キングの頭には彼女達の情報も入っている。

「臨戦態勢だな。初めましての挨拶時くらいは、仲良くやろうや。近頃の子供は物騒で怖いなぁ」
「さっきの言葉を顧みて、よく言えますね」

 へらりと笑うキングを前に、りんか達の表情は緊張を隠せない。
これが、欧州を牛耳った帝王。あのジャンヌですら倒せなかった、本物の悪。
この島で出会ってきた誰よりも、その悪は輝きを放っている。
先程までの脅しも踏まえて、彼を前に正気を保てるだけでも十分過ぎるくらいなのだから。

「ブラックペンダゴンを避けてきたようだが……その焦燥と疲弊を見る限り、意味があるかどうかは今後次第だ。
 同じ考えの悪どいハイエナはいるもんだ、この島に安全地帯なんざねぇよ」
「そうですね。逃げた先に、貴方のような人がいたら……そう思います」
「酷い言われようだ。まあ、いい。おい、坊主、礼儀もねぇ子供に付き合う程、俺も暇じゃねぇ。こいつらをさっさと追い返してきな」
「案内しろだったり、追い返せだったり、随分と自分勝手じゃないか……? それに、オレ達は戦う覚悟できたっていうのに」
「戦わねぇよ。その無鉄砲さで問答無用に喧嘩をふっかけてくるかと態勢は整えていたが、さっきの説教が効いたのか、揺らいだな」
「…………揺らいでなんか、いねぇ」
「いいや、わかったはずだ。健康体の俺と満身創痍のてめえら。数を揃えた所で天秤は変わらん。
 コンディションが逆ならまだしも、無茶と無謀を履き違えた選択を希望で塗り潰すのは愚策だ」

 キングはどこまでも理性と客観性で不毛さを説く。
勝つのは自分だ、それは揺らがない。
理の観点で見て、自分に益がないとわかった以上、キングの中にある熱は冷め切っている。

「ったく、今までの奴等がバトルジャンキーばっかりで感染ったか? 俺はてめえらに対して、命を懸ける理由がねぇ。
 悪・即・滅を掲げてるどっかの正義の味方ならともかく、お守りで手一杯なそっちの嬢ちゃんは、悪を滅するより、誰かを守って救う方を選ぶと思っているんだが」
「知った口を聞いてきますね」
「目利きはいい方でな。少なくとも、てめえらよりは人を多く見ている」

 バルタザールのように心神喪失者でもなく。ブラッドストークのような怪人でもない。
はたまたルクレツィアのような嗜虐者でも、ジルドレイのような狂人でもない。
大金卸樹魂の求道者の生き方などキングには当てはまらない。
理性で衝動を捻じ伏せ、益だけを追求する合理性の“人間”。
それが、ルーサー・キングである。


「なぁ、悲劇のヒロイン――葉月りんか。いや、ヒーローの方が呼び名はいいのかい?
 涙を誘う裁判で全世界のトレンドになって、今も人権団体に喚かれている張本人。
 無辜の虐殺者。第二のジャンヌ・ストラスブール。
 どれが良い、呼び名はまだあるぜ?」
「私はまだ、名乗ってなんか……! …………なんで、そこまで」
「極東の島国で起こったことなんて、俺が知らねえとでも思ったか? 深堀りする程調べちゃいねぇが、最近アビスに堕ちた奴の中でも目玉だぜ、嬢ちゃんは。
 生憎とつい最近まで世間を賑わせた裁判だったらしいからな。色々と伝手があるのさ」

  初対面だというのに嫌に此方の手の内を見透かしてくる。キングが言っていたことに加え、ジャンヌと似たような触れ合いで世間を騒がせていた少女だ。
今後のネタになるかも知れないと思い、軽く調べたのが、こんなところで活きるとは思わなかったが、利用できるなら利用する。
故に、この場でカードは切るべきだった。

「俺からすると一番しっくり来るのは、この呼び名だがな――“自殺志願者”。俺からすると、そんな後先もねぇ奴と生命の奪い合いを付き合うのは何の益にもならん」

 そして、何の気なしに放たれたその言葉は、ハヤト達を酷く動揺させた。
確かに彼女の過去は知っている。だが、所詮それは言葉の連なりだ。知識として得れるが、その内実までは至らない。
少女が抱いたサバイバーズギルドも、メサイアコンプレックスも、眠っている思いとして伝わることもない。
りんかは黙したままキングの言葉を表情一つ変えず聞いている。
全部、彼女自身はわかっていて、それを意図的に伏せているのも自覚していて。

「………………………………なんだその顔は。坊主達はともかく、小娘。お前、何もわかってなかったのか」

 キングの言葉は心底虚を突かれたものであり、表情も驚きが混じっている。
そしてくつくつと嗤い声を上げて、小さく嘲った。
傑作だ。しかし、それも当然か。身の上話を話して、姉妹ごっこをしているが、その奥底にある願いまでは告げてはいないだろう。
話した所で止められるのが関の山だ。根付いた虚無はどれだけ絆を紡ごうとも、消えることはない。

「山程視てきたよ、てめえのようなガキは。正義の味方、誰かを救いたい。どうか、其の生命を投げ出さないで。
 近似値でいうと、ジャンヌ・ストラスブールか。まあ、造りとしちゃあ違うが、参考程度にはなるだろう」

 ジャンヌは先天的な正義の味方だ。
例え、何があろうともジャンヌは正義の味方になっていた。
それは環境がそうさせたのではなく、彼女自身が生粋の正義の味方であるからだ。
魂、そういった曖昧な言い方ではあるが、彼女の運命は最初から決まっていた。
生き方の始まりが何処であろうとも、彼女はこの道を進むし、この破滅を迎えることになる。

「だが、てめえはアレよりもよっぽど壊れてるな」

 それと比較したら、りんかは後天的な正義の味方だ。
環境が彼女を正義の味方へと貶めた。災害によるたった一人の生存者。
地獄を見た。助けを求める声に応えられなかった後悔は、彼女の自己肯定感を地の底まで落とすには十分過ぎるものだった。

「葉月りんか。人を救いたい。己の命は助けを求める人を救う為にある。
 確かに、その思いに偽りはねぇだろう。隣りにいる妹分を大事に思っているのは、紛れもなく本物だ」

 そして、地獄は再びやってきた。眼前にて嬲られ死んでいった家族達。
己も含めて蹂躙された精神と身体。そして、その果てで、言われるがままに虐殺した無辜の人々。
悪に翻弄され、壊れた少女が寄る辺としたのは正義の味方という概念だった。
それしか意味と価値はない、と。希望を抱けた唯一の夢を抱えて直走る。

「だが、てめえは行動の先にある根源をひた隠しにしている」

 咀嚼し、飲み込め。それら全てが積み重なって、出来上がった正義の味方は何を望んでいるか。
僅かな希望しかない、少女の物語はエンドロールまで決まっていた。

「誰かを救いたいという願いに、己を入れていない。命の掛け金なんざ、てめえにとって、ストリートの倫理くらい軽いだろ?」
「違う」
「違わねぇよ。己が生き抜くことを欠片も考えていない、誰かの為に躊躇なく命を投げ捨てられる。
 例え、自分が死んでも、善行ができたなら満足……そうだろ? そんな理屈が根付いている奴なんざ、自殺志願者以外の何者でもねぇだろう」

 瞬間、拳と鋼鉄が交差する。
拳は無意識的な振るいであり、鋼鉄は意識的な振るいである。
その言葉が偽りであるならば、何の感慨もなく否定できるはずだ。
しかし、彼女は拳を振り上げてしまった。衝動的な否定? 無表情、言葉の抑揚も消して抑えていたのに?
それらを完全に抑え切るにはりんかの経験が足りなかった。
そして、その振り上げた拳は、キングが話す言葉が正しいものだとハヤト達にも認識させてしまった。

「だから、てめえが描ける最良は、この島なんだろうな」
「――――」
「どうせ死ぬのなら、無辜の犠牲者を救って死にたい。
 無為に刑務所の中で生きていくよりは、よっぽど値打ちがつく。良かったな、絶好の相手がいて。葉月りんかという悪に、意味と価値が出来上がったぜ」

 死ぬべきではなく、死にたい。穢され続けた人生だけど、最期くらいは綺麗なモノを救って終わりたい。
地獄が創り出した正義は、葉月りんかの総てを侵食し、剥がれ落ちることはない。

「もっとも、その後ろにいる小娘一人救えた所で、帳尻は合わねえがな」
「何も知らない人が、よく言えますね」
「ああ、張本人じゃねぇんだ。詳細な内情までは知らないさ。さっきも言ったんだがなぁ。
 お前と似たような奴はたくさん知っている。
 なら、話は早いだろうが。情報がある、経験がある。そこからプロファイリングしたら、すぐに推論は出せる」

 ルーサー・キングという男は何も武力だけの阿呆ではない。
策謀も回る、折衝もできる、どの分野においても、ハイエンドの領域にいるからこそ、帝王なのだ。
彼は眼前の少年少女の数倍も生きていて。善も悪も中立も見尽くした。
そして、愛も憎悪も信頼も知り尽くして、縁を結んだ経験があるキングからすると、りんかはわかりやすい。
よくある不幸話だ。それが幾つも積み重なって、ここまで狂ってしまった人間も稀に現れる。
とはいえ、彼女を形成しているものが正義の味方というのは珍しいけれど。

「没落した貴族。正義の味方。堕ちた英雄。偽物の救世主。奪われ続けた王子様。
 どれがいい? どれを語ったらお前に行き着く?」
「どれでもありません。私は、私です。他の誰であっても、行き着かない」

 りんかの表情と声色に変化はなかった。
息を荒らすことなく、落ち着いた返しだ。当然、嘘偽りなどりんかの言葉に在りはしない。

「手を差し伸べた人達がお前を許さないのか?」

 自殺は許されない。それは己を救ってくれた人達への裏切りだから。
りんかは知っていた。反吐が出るような悪党がいるのと同時に、自分を案じてくれた人達がいるということも。
世界が憎い、人々が憎い。そう思ってもおかしくない経歴であっても、彼女が善性を捨てなかった理由が其処にある。

「見捨てた犠牲がお前を誘ってるのか?」

 見捨てて、奪って。その果てに救われただけの自分がいた。
そんな自分がどうして世界と人々を憎む価値があろうか。
徹底的なまでの自己肯定感の低さは、憎悪で狂う人間へと落とさない奇跡で在り続けたのだ。

「護って、救って。その繋がりで死にたいんだろ、お嬢様。そうしたら、見捨てて、奪った犠牲に報いる形で終われるからなぁ。
 その相手は極論誰だっていい。其処の小娘を救ってお姉ちゃんをやっていたのも、今まで振るってきた拳も。
 てめえの物語に運命と必然は欠片も見当たらねぇ」

 最初から、りんかには生きて地の底から帰る気はなかった。
この島で誰か一人でも救えて、護った事実があればよかった。
否、それだけでよかった。その果てで死ねるなら――大好きだった家族にも会えるかもしれないと思っているから。

「別を当たりな、お嬢様。てめえの自殺《英雄譚》に組み込まれるのはゴメンだ」

 拳と鋼鉄はもうぶつかっていなかった。
キングはそもそも生存が優先で、戦いに明け暮れるジャンキーではない。
りんかについても、己に巣食うものを再認識させられた。この心身の状態で超力を満足に使えることはないだろうし、キング相手にそんな腑抜けは許されない。
ハヤト達の動揺もある、これ以上の続行は無理だ。

「キングさん。貴方の言うことは正しい。私がとっくに壊れてることも、命の使い道を決めていることも。……………………死にたいと願っていることも」

 曲げられぬ生き方。
キングの言葉と圧であっても、りんかの壊れきった精神は治らない。

「私は護って救って償い続けて、この島で、死ぬと思います。それでも、誰かを救えるなら、私が此処にいる意味と価値は残せる。
 なら、それでいい。私はこの超力に誓って――――救った意味と護る価値を絶対に諦めない」
「成程。自分をその対象に入れてないことを抜かせば、正義のヒーローだが……。隣のお嬢ちゃんからすると、悪党だな。
 置き去りにされるってのは、辛いぜ?」

 嘗て、りんかの姉がしたように。その気持ちを味合わせるというのか。
それはりんかが覚悟していたことであり、刑期という意味でも、自分は紗奈と違う。
ずっと一緒という言葉はありえない。いつか、この手は離さないといけない、と。
葉月りんかは別れは必然だという事を理解できている。

「…………私はこの子の手をずっと握っていられない。それでも、握れる時間がある限り、私は護り続ける。
 キングさん、もしも、この子に危害を加えたら――――私は命を懸けて貴方を…………殺します」
「いいね、綺麗事じゃ済まねえって理解してる顔だ。だが、安心しな。俺に幼女趣味はねぇんだ。お前達の“姉妹ごっこ”に首を突っ込む野暮もするつもりはねぇ」

 救済と贖罪。りんかがやりたいことは結局、其処に行き着くのだ。
葉月りんかの意味と価値は、誰かを救うことでしか生み出せない。
見捨てて、奪った分――それ以上を生み出す為に償うのだ。
ずっと、永遠に。例え、一人きりになろうとも。否――――そうでなくてはならないのだ。
己が救われたい、と。護られたい、と。願っては、思っては、いけない。

「勝手に死んでくれる奴等に手を出す手間はかけたくないんでな。
 俺が手を下さなくとも、お前は死ぬだろう。嘗て死んだ、自分の姉のようにそこの妹もどきを守って」

 その言葉にりんかは背を向けて、外へと駆け出した。
少し、気持ちを落ち着かせてきますと言葉を残して。
それは余裕のない、今の自分が何を口走ってしまうかわからない、不安の現れだった。
足早に建物を出ていったりんかを追うように紗奈が追いかけようとするが、キングの言葉に立ち止まる。

「追っても、救えねえぞ。どうやら、嬢ちゃんは何もかもが足りていねえってまだ理解ができてねぇらしい。
 頭も、経験も、力も、見通しも。足りねえモノがフルコースで揃っている。
 そんな嬢ちゃんが動いて、良い結果を出せると思っているのか?」
「うるさい! 今のりんかを一人にできる訳ないでしょ!」
「そうだな。葉月りんかなら、そう返す。流石、劣化コピーは言うことも似通ってるな」
「……ッ!」
「そんなに苛立つことか? 大好きなお姉ちゃんと一緒のモノなんだ、喜べよ。
 お前が抱く正義は葉月りんかのコピーだ。誰が見ても一目瞭然じゃねぇか」

 交尾紗奈。彼女に対して説くことは、キングはしない。
りんかの正義をそのまま己へと移した、中身のない空っぽな正義。
りんかが崩れたら連動して崩れ落ちる程度の脆さだ、其処に手を加える必要はない。

「底が浅いのは、コピーだから。意味も価値も、全部あの嬢ちゃんの受け売り。そもそも後天的に出来上がった正義だ、本物じゃねえ。
 コピーを更にコピーして、解像度も劣化しているんだから、脆い。
 それを嬢ちゃんがわからねぇ以上、また焼き直しだ。今まで言われてこなかったか? お前が一番、意味も価値もねぇってことに」

 利用するにしても、始末するにしても。
犠牲に囚われ、正義を貫くしかなくなったりんかも、そしてそれを模倣している紗奈も。
この二人は最低限――取引をする段階にすら辿り着いていない。
キングの言葉を振り切るように出ていった紗奈が此処に戻ってくることはないだろう。
キングの目的は生き残ることだ。
この刑務の先を見据えている故に、これ以上、子供達の無茶に突っ込むつもりはない。
数分、場に沈黙が続く。立ち去った少女達は遠くで姉妹ごっこの続きをしているだろう。

「それで、残ったのはお前達だが……」
「あの、キングさんは正義が嫌いなんですか?」
「おい……!」
「唐突だな。嬢ちゃん、どうしてそう思った?」
「いえ……先程までしたやり取りよりも……感情が籠もっていたといいますか」

 紗奈に釣られて、立ち去らないと思ったら、セレナが言葉を投げかけてきた。
いきなり何を言い出すんだ、と。
ハヤトの表情も気が気でないと言わんばかりだ。

「そもそも、俺という人物を知った上で、その質問を投げかけているのはどうかと思うが……。
 他にも色々と言いたいことはあるが、不問にしてやる。
 今回は俺の曖昧な指示でお前達を振り回してしまったからな。最期だし、サービスだ」

 キングからすると、セレナの疑問については、別に答えなくてもいい質問だ。
この質問に答えた所で彼らからの印象が変わる訳でもないし、この四人に対しての印象はもう覆らない。
あくまでも、彼の気が向いたという偶然が産み出した成果に過ぎない。

「嫌い、というには語弊がある。俺は正義に対して、そういった情動を抱いてはいない。
 恐らく、嬢ちゃんは勘違いしているな。訂正だけはさせてくれ」
「勘違い、とは?」
「正義―そりゃあ、それが世界と大衆にとって正しいことで、皆が守るべきもの。
 そう在れと人々が相互に望み合っているものだ。まあ、その理屈は頷こう」
「正義について否定はしないんですね?」
「否定する要素がないからな。俺は薬でイカれた阿呆でも、人を虐げる事に総てを捧げた狂人でもねぇからな。
 ただ、俺からすると、その正義は何の益にならなかった」
「……キングさんの過去が、そう思わせてるんですか?」
「悪いかい? 皆が守るべきもの、望み合っているもの・それらの中に俺という存在は最初から入ってなかったからな」

 とっくに割り切った、過去の己。りんかと同じように理不尽に奪われ、死んだ兄弟。
正義は此方に在り。それを掲げていたモノ達に線引きされた自分達は、それでも信じようとはならなかった。
ジャンヌのような心意気があれば、義憤に駆られたか。否、そんなものは願うことすら憚れていた。

「さっきの質問の答だったな。俺は正義という概念を嫌悪していない。だが、事実としてあるだけだ。
 正義が俺達に与えてくれたのは、不平等だけだった。益は何一つなかった。
 そんなものに対して、信を置くのは……それこそ、底抜けの阿呆だけだ」

 何の利益も与えてくれないものに、何を思う必要がある。
渇き切った、夢も希望もなかったあの日々。
何処にでも転がっている、ふざけた世界だ。ましてや、超力が発現した今の世界なら尚のこと。
故に、己の手で、貪欲に、手段を選ばずに、勝ち取らなければならない。
正義は人を選別すると理解しているからこそ、キングはその生き方を選ばなかった。
ルーサー・キングは必要故に悪を犯す。益がある、欲がある。キングを帝王足らしめる要素がある。

「そもそも、正義を信じた同類の阿呆は皆死んじまったからな」
「その、すみませんでした……」
「いいさ、気にするな」

 キングは鷹揚に嗤って。その無礼さもまた、少女の美徳だと答えを返して。
会話は打ち切られ、キングは指を鳴らした。

「最期なんだ、許してやるさ」

 鉄塊が、降り注ぐ。肉の潰れる音が、儚く響いた。












 最後に見た彼女の顔は、今にも泣き出してしまいそうな、笑顔だった。













 キングは確かに言った。
自分達の物語は見定めた、と。故に、その時点でこの結末は約束されていたのだろう。
そして、自分はそんな破滅に気づかず、此処まで来てしまった。
その言葉の意味を真に理解できていたならば、自分達は助かったのだろうか。

「危険の察知は随一だな。流石、南米の英雄。だからこそ、真っ先に落としたかったんだが。
 坊主、お前がいてくれて助かったよ。お陰様で、楽に殺せた」

 どうして。今のハヤトには疑問符しか流れてない。
気がついたら、身体を押されて、ハヤトはどすんと尻餅をついていた。
どうして、自分は五体満足で生きている。その理由はセレナが咄嗟に自分を押してくれたからだ。
どうして、足元には血が流れ着いている。その理由はセレナが鉄塊に押し潰されたからだ。
どうして、セレナ・ラグルスは鉄塊に押し潰されているのだろう。
その理由は――――言わずともわかるはずだ。
ハヤト達はキングへと逆らった。仁義や矜持を抜きに、その事実が彼らの破滅を確定させてしまった。

「何を狼狽えてるんだ、坊主。俺は言っただろうが、相手は選べよって」

 セレナは最期までハヤトのことを護ろうとしていた。
絶叫をあげる間もなく、ハヤトは首を掴まれてゆっくりと宙へと持ち上げられる。
キングの瞳には侮蔑の色がありありと混じっている。
数時間前、スプリング・ローズに対して言葉を投げかけていた時と同じものだ。

「ほんの少し希望を与えただけで翻る奴なんざ、いらねぇよ。はぁ、多少は使えると思った俺の手落ちだな。
 てめえが日和ったせいで、ドンの調査も俺がやらざるをえねぇ」

 キングに立ち向かえる。そう思ってしまったことが間違いだった。
ギリギリの合格点で生存を勝ち取った自分達が、キングの意に背いてどうして意味と価値が残ると思っていたのだろうか。
彼の中で、ハヤト達はとっくに生かす意味も、価値もなかったのだ。

  ――――“牧師”には絶対に逆らうな。

 その言葉を希望で塗り潰してしまった、致命的な過ちだ。
ああ、そうだ。いつだって、ハヤトは手遅れになってから物事に気づいてしまう。
希望があったとて、それがいい結末に繋がるとは限らない。

「坊主。これが選択だ。てめえの甘さが、セレナ・ラグルスを殺した。
 てめぇが間違えなきゃ、生きて戻れた可能性もあったのになぁ」

だから、これはハヤト=ミナセの罪であり、罰である。
友人になるはずだった女の子も死んで、兄貴分の復讐も成し遂げることができない。
半端に翻り続けた結果がこれだ。奪われ尽くしたまま、自分も、セレナも死ぬことになる。


「強くねぇのに、仁義と矜持を緩ませやがって。今のてめえに相応しい幕切れだ」

 弱者は生き方を選べない。そして、自分達は弱者だ。そうである以上、生き方を間違えてはなかった。
正義に日和って、超えてはいけないラインを踏み越えてしまった。もう、遅い。セレナは死んで、自分もまもなく死ぬ。
いつだって、ハヤトは手遅れになってから物事に気づくのだ。
兄貴分が裏切った時も、セレナが自分を助けてくれた時も。
ハヤト=ミナセは所詮、ちっぽけなチンピラに過ぎなかった。
その自己認識を見失ってしまったのが、死因に結実している。

「オレは、ま、だ…………!」
「死ねよ、三下」

 ハヤトは自分で抱え込める限界を見誤った。
セレナだけを護り続けるか。それとも、復讐に身を焦がし、その一念を貫くか。やり直せるなら、りんか達のように正しく在りたい。
全部選びたくて、どれも捨てられなくて。最終的に総てを失うことになってしまった。
消えていく、未来が消えていく。
ごきりと首が折れる音と共に、三下の少年は、意味も価値もなくして死んでいった。



【セレナ・ラグルス 死亡】
【ハヤト=ミナセ 死亡】



【B-2/港湾(管理棟)/一日目・午前】
【ルーサー・キング】
[状態]:健康
[道具]:漆黒のスーツ、私物の葉巻×1(あと一本)、タバコ(1箱)、セレナ・ラグルスの首輪(未使用)、ハヤト=ミナセの首輪(未使用)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
1.生き残る。手段は選ばない。
2.使える者は利用する。邪魔者もこの機に始末したい。
3.ドン・エルグランドを殺ったのは誰だ?
4.りんかの自殺願望がある以上、彼女と正面から戦うつもりはない。相手の土俵に立つのは、自分の利益がなさすぎる。
5.ルーサー・キングを軽んじた以上、りんか達もこれから潰す。手段手法は問わない。
※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
 多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
※ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、エンダ・Y・カクレヤマは出来れば排除したいと考えています。
※他の受刑者にも相手次第で何かしらの取引を持ちかけるかもしれません。
※沙姫の事を下部組織から聞いていました
※ギャル・ギュネス・ギョローレンが購入した物資を譲渡されました(好きな衣服、煙草一箱、食料)

【葉月 りんか】
[状態]:食糧と水をもらい乾きを回復、疲労(中)、腹部に打撲痕と背中に刺し傷(治療キットにより中程度まで回復)、ダメージ回復中、紗奈に対する信頼、ルクレツィアに対する怒りと嫌悪
[道具]:なし
[方針]
基本.可能な限り受刑者を救う。その過程を経て、死にたい。
0.ハヤトとセレナを気に掛けつつも、戦いの覚悟。
1.紗奈のような子や、救いを必要とする者を探したい。
2.この刑務の真相も見極めたい。
3.ソフィアさん…
4.ジャンヌさんそっくりの人には警戒しなきゃ
5.――――姉のように、救って、護って、死にたい。その為に、償い続ける。

※羽間美火と面識がありました。
※超力が進化し、新たな能力を得ました。
 現状確認出来る力は『身体能力強化』、『回復能力』、『毒への完全耐性』です。その他にも力を得たかもしれません。

【交尾 紗奈】
[状態]:食糧と水で乾きを回復、気疲れ(中)、目が腫れている、強い決意、りんかへの依存、ヒーローへの迷い、ルクレツィアに対する恐怖と嫌悪
[道具]:手錠×2、手錠の鍵×2
[方針]
基本.りんかを支える。りんかを信じたい。
0.りんかのために戦う。でも、それだけでよくなかった、何もかもが足りなかった。
1.新たに得た力でりんかを守りたい
2.バケモノ女(ルクレツィア)とは二度と会いたく無い
3.青髪の氷女(ジルドレイ)には注意する。

※手錠×2とその鍵を密かに持ち込んでいます。
※葉月りんかの超力、 『希望は永遠に不滅(エターナル・ホープ)』の効果で肉体面、精神面に大幅な強化を受けています。
※葉月りんかの過去を知りました。
※新たな超力『繋いで結ぶ希望の光(シャイニング・コネクト・スタイル)』を会得しました。
現在、紗奈の判明してる技は光のリボンを用いた拘束です。
紗奈へ向ける加害性が強いほど拘束力が増し、拘束された箇所は超力が封じられるデバフを受けます。
紗奈との距離が離れるほど拘束力は下がります。
変身時の肉体年齢は17歳で身長は167cmです。

※『支配と性愛の代償(クィルズ・オブ・ヴィクティム)』の超力は使用不能となりました。


101.愛にすべてを 投下順で読む 103.名前のない怪物(A)
時系列順で読む
灯火、それぞれに ハヤト=ミナセ 懲罰執行
セレナ・ラグルス 懲罰執行
ルーサー・キング [[]]
葉月 りんか [[]]
交尾 紗奈 [[]]

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最終更新:2025年07月27日 00:39