何十年も前のこと。
かつて自分が『セルヴァイン』と呼ばれていた時のこと。
まだ父上が健在だった時のこと。
弟との関係に、まだ決定的な亀裂がなかった頃。
まだ若かった頃の自分と弟とで、ハルトナ国内を飛び回っていた事がある。
父である王の意向と、自分たちが将来政治的な地盤を得るために必要なことだった。
その日は地方の式典に出席していた。
真夏の太陽は痛いほどに照りつけ、自分と弟は汗だくになりながら国民たちと握手を交わしていた。
そんな時だった。
握手を求める民たちに紛れ刃物を持った男が現れ、弟のグランゼルに突進して来たのだ。
民衆がどよめく間も無くそのナイフはグランゼルの手のひらを刺し、血を吹き出させた。
男は二撃目を放つ直前に、SP達に取り押さえられた。
どよめく民衆。
その時の自分にも、大切な弟を傷つけられたという怒りがあった。
男はSPによって地に組み伏せられている。
あの時、その場にいたどの人間も、冷静な思考などできなかった。
ただ一人、刺された本人であるグランゼルを除いて。
弟のグランゼルは、己のハンカチで刺された手を押さえながら、血まみれになった服を厭わずそっと暴漢に歩み寄り、そっとしゃがみ手を差し伸べた。
『怪我はなかったですか』
そう言って。
何十年かぶりに記憶を取り戻した今、かつての弟のその姿がひどく脳裏に焼きついている。
穏やかな所作と声色。
敵意を感じさせない表情。
そして、ハルトナから遠く離れた地にある、海を映したような目。
その目クーデターの日、弟が死ぬ間際にも見せたものだ。
自分に殺される直前の弟は、その目を俺に向けていた。
死ぬことなど恐れていないようだった。
いや、恐れていたのかもしれない。
それでも。
あの目が。
弟が市井の人々に向けるあの目。
死の直前に見せたあの目。
俺自身がいくら努力しても手に入れられなかったもの。
時が経ち、監獄に囚われ、記憶のない日々を過ごしても、鏡を見るたびに微かにささくれだだったモノを感じた。
そして記憶を取り戻した今、ひどく脳裏に残ったあの記憶。
弟は本当に裏切っていたのかもしれない。
だが、それでも感じ、悟ってしまった。
自分が得られなかった王位を、弟が授かったその理由を。
◆
風が止む。
聖女たち三人と、鉄仮面の王の戦い。
最初に動いたのはバルダザールだった。
現れた無数の鎖が弾丸のように少女たちに放たれる。
「危ないっ!!」
三人の中で紗奈がすぐさま動き、鎖から逃すためりんかとジャンヌを弾き飛ばす。
「っ……!!」
紗奈によって弾き飛ばされる二人。
その直後、バルダザールと紗奈を閉じ込めるように彼の鎖が網のように張り巡らされ、金属で生み出されたドーム型の結界と化した。
紗奈とバルダザールは、逃がされたジャンヌとりんかを残し外と分断されたのだ。
「紗奈ちゃん!!」
りんかが結界を破壊しようと走り出す。
だが、助けようとした紗奈の後ろ姿を見た時。
その様子がおかしいことに気づいた。
紗奈は何も言わずリボンを出し、放つ。
それはバルダザールに向けてではなかった。
鎖の結界に巻き付けるようにリボンを展開する。
「紗奈、ちゃん……?」
紗奈は何も言わない。
結界は、鎖とリボンが交錯した強固なものとなった。
「バルダザール・デリージュ」
紗奈は顔を上げ、バルダザールを睨みつける。
「あんたの相手は、この私よ」
バルダザールは無言で紗奈と目を合わせる。
切れ長の瞳。
表情は読み取れなかった。
「紗奈ちゃん、何してるの! 逃げて!」
「紗奈さん……!!」
結界の外からりんかは呼びかける。
ジャンヌは炎の超力で結界を破壊しようとするが、紗奈のリボンはほぼ隙間なく張り巡らされびくともしなかった。
りんかはこれから起こる嫌な予感に、身を震わせる。
「紗奈、ちゃん……こんなの、やめようよ」
「りんか」
突然、静かな、それでいてよく通る声と共に、紗奈が長い髪を靡かせ、結界越しにりんかに振り向く。
その表情は今までのひりついていた表情ではなく、穏やかなものだった。
「聞いてほしいことがあるの」
「紗奈ちゃん……?」
「ずっと昔の話。 私がここに来る前に散々搾取されていた時。 私を買った男の人の所へ行く時、いつも身動きができない状態で車に乗っていたの」
紗奈は続ける。
「縛られた状態でも、外の景色は見れた。 それで街の景色を見ていて、小さい子を連れた親の姿を見て。 お母さんから子供への守り愛しむ目。 私を売ったやつらとは全然違うもので、憎らしいって感じてた」
「どうしたの、やめて……」
りんかとジャンヌは、動揺しながらも紗奈の話をじっと聞いていた。
「そんな時に、りんか。あなたと出会った」
紗奈は言う。
「あなたが私を助けて、守ってくれた。 前に見た、知らない親たちが子供に向けていた目を、あなたは私に向けてくれた。 私を見て、愛してくれた、夕日に照らされた海みたいな目」
「紗奈、ちゃん……」
りんかは、この続きを聞きたくなかった。
そんな彼女の思いとは関係なく、紗奈は続ける。
ジャンヌは、りんかの震える手を握る。
「りんか。 誰かを助けて死ぬことがあなたにかけられた呪いなら、私もあなたに呪いをかけるね」
紗奈は笑う。
「あなたは生きてこの監獄から出て、ずっと平和な場所で暮らしてーー大したことのないちょっとしたトラブルを解決したり、大好きなヒーローものを見ながら『今日も平和で退屈だな』ってあくびしながら過ごすの。 もちろん私よりも立派な友達に囲まれて」
「紗奈、ちゃん」
「そんな生活がずっと続いて、穏やかに生きて歳を取ってーーそうして平和なまま、みんなに看取られて死んでいく。 りんか。 それが私からあなたにかける呪い」
「やめてったら!!」
りんかは無意識に叫んでいた。
「私、こんなの聞きたくないよ……!私はどうなってもいい、紗奈ちゃんが心配なの……っ」
「りんか」
紗奈は静かに名を呼び、はにかむ。
「あなたのそのやさしい瞳を、どうか私以外にも向けて。 もちろん自分が傷つかないやり方で。私にはなくてあなたにはある、その優しい海の色をした目を」
「やだよっ……紗奈ちゃん……」
「紗奈さん。……いいんですね?」
りんかからジャンヌに視線を向けた紗奈は、ばつが悪そうな顔をする。
「ジャンヌ。 ブラックペンタゴンの人たちには、約束を果たせなくてごめんって伝えて。 ……りんかを悲しませるような真似したら、承知しないからね」
「ええ。心得ています」
自分がこの状態になってしまった今、もう後がない。
今のりんかを任せられるのは、ジャンヌしかいないと紗奈は悟っていた。
「ーーりんか、天国に行くのはいいよ。 だけどもし自分から死ぬような真似をして、私と同じ地獄に堕ちたら。 ずっと口聞いてやらないから」
紗奈は、りんかに向け意地悪そうに笑った。
ジャンヌとりんかから背を向け、涙が出るのを唇を噛んで堪える。
そして眼前に立つバルダザールを、殺意を帯びた目で睨みつけた。
紗奈と対面したバルダザールは、彼女の眼差しを見て妙な安心感を覚えた。
かつて散々鏡で対面し、鉄球の鏡面にも映した自分の目。
かつてこの刑務で対峙した、凶手の使い手と災害の持っていた目。
彼らと同じだと、バルダザールは思った。
ハイ・オールド(拡張型第一世代)。
バルダザールにとって、記憶を取り戻し、この力を覚醒させてからの初めての戦い。
この先の戦いで己の力がどこまで通用するか。
いくら強化された力があれど、思考が暴走することはハンデとなる。
恩赦のため囚人を狩ることを選んだ以上、どこまで行けるのか試したかった。
暴走の度合いによって身の振り方が違ってくる。
白銀の鎧を纏った紗奈は金色のリボンを生み出し、振り回し始める。
対するバルダザールも、鎖に繋がれた鉄球を精製する。
二人は己の武器をお互いへ飛ばす。
リボンと鉄球が交差し、ぶつかり合う。
◆
ぶつかり合うリボンと鉄球。
鉄球は鎖ごと紗奈のリボンに絡みとられ、力を失い破壊される。
いける。 手応えを得た紗奈はそのままリボンをバルダザールの腕に飛ばそうとする。
だがリボンがその身に達する直前、バルダザールは新しい鉄球をいくつも生み出し、紗奈の前方を塞ぐように投擲する。
「グオォォオオォッッ!!」
理性を失ったバルダザールには紗奈の超力など知る由もない。
暴走した理性に任せた圧倒的な物量で彼女を制圧しようとする。
「っ……!」
リボンを舞わせ防御しても、間髪入れず新たな鉄球が押し寄せてくる。
紗奈は素早く横に駆け、無数に襲ってくる鉄球を避けた。
「フンッッッ!!」
バルダザールは鎖を捩らせ、紗奈に避けられた鉄球をその逃げる方向へ追うように振る。
力任せの、その横に薙ぐ攻撃は疾風のように速く、地面を大きく抉るほどの物量を持っていた。
「くそッ!!」
紗奈は強化した身体能力でギリギリで反応。 鉄球に轢かれる直前に高くジャンプする。
その先には自らが作り上げたリボンの結界があった。
空中で回転し、結界をバネにし両足で思い切り踏む。
その勢いでバルダザールに向け、空中から自らを射出するように突進した。
飛び蹴りの体制になった紗奈の身体が白い光を放つ。
「シャイニングーーーキックッ!!」
バルダザールは彼女の進行を阻むように鉄球を配置し、飛ばす。
だが蹴りの前方にリボンを展開させた紗奈は鉄球を壊し、突破し、バルダザールのもとへ一直線に接近した。
紗奈の脚がバルダザールの顔面へと迫る。
だが、バルダザールは攻撃を喰らう直前、その足を咄嗟に掴み取り、
「フンッーーーーッッ!!」
回転を加え、強引に地面に叩き落とした。
「がッ……!!」
地面に背を打ちつけ、胃液を吐き出す紗奈。
バルダザールは太い右足でその華奢な身を踏み潰そうとする。
紗奈は身を転がし避けようとした。
だが、一瞬の間にいくつもの細い鎖でその身を縛られ、バルダザールの攻撃を避ける事ができなかった。
バルダザールの太い脚が、紗奈の腹に直撃する。
◆
「シャイニング・キック!!」
紗奈とバルダザールが戦う間、りんかは超力を駆使し何度も鎖の結界を壊そうとした。
だが、ハイ・オールドの力を目覚めさせた彼による鎖はあまりにも強固で、りんかがいくら攻撃してもその結界はびくともしなかった。
「紗奈ちゃん、紗奈、ちゃん……!!」
鎖の結界を壊そうとするため必殺技を何度も使うりんか。
その度に彼女は疲労し、消耗していった。
原因はバルダザールの鎖だけではなかった。
鎖に合わせ覆われた紗奈のリボンの網が、りんかの結界突破を阻んでいるのだ。
結界の向こうの紗奈はバルダザールにダメージを受けている。
それなのに、助けられない自分が辛い。
本来、紗奈の第二形態『シャイニング・コネクト・スタイル』のリボンは彼女に対して加害性を持った敵のみの超力を封じるものだ。
本来は紗奈への敵意のないりんかに効くはずはない。
その頃、被験体Oが吹き飛んだことによるブラックペンタゴンの外壁の破壊で、『システムC』の影響は外にも及ぶ不安定なモノになっていた。
それでも破壊された外壁とはほぼ反対側にいる紗奈たちにこの効果が及ぶ可能性は低いはず。
紗奈の超力が変質した原因。
それは交尾紗奈の『何がなんでもりんかを護る』という意地。
紗奈の執念がシステムCのほんの些細なぶれと噛み合い、本来の紗奈の超力に影響を及ぼした可能性。
その結果、『敵意のない相手の超力を封じる』効果がこの場所で新たに生まれたのかもしれない。
正解はわからない。
だが、今紗奈はりんかのために戦い、りんかは紗奈を助けようとしても鎖とリボンの結界に阻まれている。
「紗奈……ちゃん……」
りんかはいくら消耗しても止まらない。
繰り返し身体を光らせ、必殺技を出そうとする。
無意味だとわかっていても、やらずにはいられなかった。
「ーーりんかさん」
それを見ていたジャンヌが、りんかをそっと呼び止める。
だが、りんかは止まらず、繰り返し結界を攻撃しようとする。
「りんかさん」
ジャンヌの声も聞かずりんかは光る拳を放とうとし、
「りんかさんッ!!」
そんなりんかの頬を、ジャンヌは平手打ちした。
一瞬、沈黙があった。
りんかは行動をやめ、頬に手を押さえたまま、呆然としたままジャンヌを見る。
そんなりんかの肩をジャンヌは掴み、まっすぐとその目を見る。
「りんかさん。 この結界は、私にもあなたにも解けないでしょう。 この中で行われている戦いの決着がつかない限り」
ジャンヌは言う。
「あなたに取れる選択は限られています。 ここで結界の破壊を続けるか、ディビットさんたちのもとへ急ぐか、紗奈さんの戦いを見届けるか。その中で、今あなたは何をしたいですか?」
何も言えずに涙で顔を歪めるりんかに、ジャンヌははっきりした語気で言う。
「あなたがどういう選択を取ろうと、私はあなたについていきます」
無意識のうちにりんかの肩を強く握っていたことに気づき、ジャンヌは謝り、手を離す。
りんかは手のひらで涙を拭う。
「紗奈、ちゃんの……戦いを、ちゃんと、見届けたい……っっ、この刑務で私をヒーローだって、認めてくれたのは……紗奈ちゃん、だから」
ジャンヌは微笑み、りんかの頬に流れた涙を、柔らかい指先でそっと拭う。
その手にはやさしい熱を纏った炎が帯び、りんかの涙を穏やかに蒸発させた。
「なら、一緒に見ましょう。 彼女の戦いを」
ジャンヌは言った。
◆
「あ……ッ、ぐッ……!!」
血と吐瀉物を吐き悶える紗奈。
バルダザールは二撃を加えようと脚を振り下ろす。
だが、その脚は紗奈の両腕によって塞がれた。
すぐさまリボンを放出させ、自らを拘束していた鎖を解いたのだ。
「……全っ然、ぬるいッ」
紗奈は敵を睨みつけながら、シャイニング・コネクト・スタイルの怪力でその太い脚を強く握る。
「ぬるいん、だからァッ!!」
そのまま脚を捻り、バルダザールを転倒させるべく大きく投げ飛ばした。
「おらァッ!!」
「ぐ……!!」
バルダザールの身が大きく傾く。
すぐさま出した鎖を支えにするで転倒は免れた。
だが、立ち上がって体制を整えた紗奈と距離を取られてしまう。
バルダザールを睨みつけながら、紗奈は再びリボンを生み出し、ゆらめかせる。
彼女の敵意を向けられながら、バルダザールもまた紗奈を見据える。
次に動いたのはバルダザールだった。
その身から無数に現れる大小様々な鎖。
「ハァァァアァァァツッ!!!!」
力任せに鎖を振り回す。
その鎖が結界の中を縦横無尽に舞い、立体的に駆け巡る。
紗奈もまた、リボンを手に舞わせながら鎖に対抗する。
縦。横。斜め。
無尽蔵に現れる鎖たちをリボンで絡め取り、無力化させる。
破壊され、地に落ちる鎖たち。
だが、紗奈の対応力以上に際限なく鎖は現れ、動き、リボンを振るう紗奈を疲弊させていく。
「ぐっ……!!」
りんかの持つ希望の力をよすがに、紗奈は奮闘する。
そんな中、鎖の猛攻の中で今まで現れなかった鉄球が、唐突に紗奈の至近距離に迫る。
「ッ!!」
ギリギリのところで鉄球をリボンで防ぎ、破壊する。
鎖に加え、様々な場所から襲い来る鉄球。
必死で対応する紗奈の一瞬の隙を狙い、足元から現れた鎖が紗奈の右足に巻きつく。
そして、勢いを付けその脚を捩じ切った。
「あがァ……ッ!!」
激痛による絶叫を堪える紗奈。
その間にも鎖はどんどん押し寄せる。
「まだまだァッ!!」
紗奈は歯を食い縛り、リボンを密集させ即席の義足を精製。
回し蹴りで襲い来る鎖を破壊した。
かつて敵として出会ったジルドレは己の超力で義肢を作っていた。
技師を生み出した直後、紗奈は両腕にリボンを巻き付ける。
その後は体術、殴る蹴るで迫る鉄球や鎖の波を破壊していく。
轟音を立て、無数の鉄球や鎖が破壊されてゆく。
「はァァァァァアァァッ……!!」
地面に拳を思い切り打ちつけ、そこから無数のリボンを展開。
周囲に放たれたリボンは鎖の包囲網を突破し、すべてを塵とした。
紗奈は息を荒げる。
鉄屑となって落ちた鎖たち。
それを目眩しとし、いつの間にかバルダザールが紗奈の正面に突進するように走り込んでいた。
「ーーーっ!?」
咄嗟に紗奈はリボンを前方に広げ、襲い来る敵めがけ放つ。
だが、バルダザールは鉄球も何も持っていなかった。
ただ唯一残っていた右拳を握り締め、紗奈の至近距離に駆ける。
その拳はリボンを破り、紗奈の顔面に激突する。
「ーーーーーッッ!!」
不意を突かれた紗奈は、血反吐を吐きながら吹き飛んだ。
紗奈の華奢な体が地に落ちる。
星が飛ぶ視界の中、敵のバルダザールの巨体が、眼前に迫る。
紗奈は殴られ血の滲んだ頬を抑え、起き上がる。
超力を封じるリボン。
ならばそのリボンの力が及ばぬよう、拳で戦えばいい。
理屈としては理解できる。
だが今のバルダザールからは理性が飛んでいる。
本能的な直感でその選択を選び取ったのだ。
「ーーただのケダモノじゃないようね」
「……フンッッ」
開闢の日以降、全人類は運動機能を強化された。
だが、それであってもバルダザールには本来、この島に放たれた呼延光や大金卸樹魂などの体術巧者たちのようなフィジカルも腕力もない。
彼が今強い拳の一撃を放ったのは、人体改造により超力と身体能力を底上げされたハイ・オールドとしての力が目覚めたためである。
「グォオォオォッ!!」
バルダザールの巨体が、拳が、紗奈に二撃目を与えんと迫る。
「ーーッ!!」
紗奈は身を逸らし敵の拳を避ける。
二撃目。 三撃。 さらに避ける。
理性を失っているとはいえ、男の猛攻は激しかった。
紗奈はバックステップで距離を取る。すぐ後ろは自分の強化した結界だった。
避けられてもなお拳を振るい、接近するバルダザール。
その足元は紗奈のリボンが設置されていた。
「ふんッ!!」
紗奈はリボンを思い切り引っ張り、こちらに近づくバルダザールを躓かせる。
よろめく敵。
紗奈はすかさず敵の懐に飛び込み、その勢いで左足の蹴りを振るう。
蹴りがバルダザールの横顔に直撃する。 ヒーローとして強化された、光の超力を纏った蹴り。
だが、バルダザールは蹴りを受けても倒れなかった。
即席の鎖帷子で顔を保護していた。
「……っ!?」
紗奈が脚を引っ込めた時にはすでに遅い。
バルダザールは紗奈の胸ぐらを掴み、頬を、胸を、何度も殴りつける。
リボンでは防ぎきれない素手での攻撃。
紗奈の白銀の鎧がひび割れ、骨が折れる嫌な音がする。
バルダザールがアッパーで紗奈の顎を殴りつける。
「がァァっ……!!」
紗奈の歯が飛ぶ。
バルダザールはさらに一撃を加えようとし、止まる。
いつのまにかその身体には、紗奈の放った大量のリボンが巻き付き、全身を拘束していた。
リボンはバルダザールの首に達していた。
「りんか、の、ため」
その腕に捕まったままの紗奈は、敵の首を拘束するリボンに力を込める。
「おまえは、邪魔、だーー!!」
刹那、真横から飛び込んできた鉄球が紗奈の身体にぶつかる。
「ぐ……!!」
吹き飛び、地面に落ちる紗奈。
痛みと衝撃でバルダザールのリボンの拘束が解除される。
◆
「紗奈、ちゃん……!!」
堪えようとしても、りんかの身体の震えは止まらなかった。
結界越しに見える戦いは、バルダザールが終始圧倒していた。
敵に攻撃される紗奈の煌びやかな騎士の装備が、身体が傷ついていく。
今までこの刑務を共に生き抜いてきた親友は、もはや己の半身に等しい存在となっていた。
そんな彼女がなす術もなく敵の攻撃を喰らい、それを何もできない事。
それがりんかには耐えられなかった。
「紗奈ちゃん……」
ふいに、ジャンヌが傍に寄り添い、りんかの肩を抱いた。
「……!?」
りんかが驚く間も無く、ジャンヌはりんかの震える拳を、空いた左手で優しく握る。
その柔らかい手は、暖かかった。
「ジャンヌさん……」
ジャンヌは何も言わない。
ただりんかの肩を、手を優しく包み、横顔でそっとりんかの頬を撫でた。
「ごめん、なさい……」
ほんの少しの勇気を得たりんかは、結界の向こうの戦いに向き直る。
「……紗奈、ちゃん」
りんかは、知らぬ間に自身の拳を強く握っていた。
全身に流れる汗が、夕方の風を受け冷える。
それは義肢となった手足も例外でははなかった。
「紗奈ちゃん、」
紗奈ちゃん。
この刑務で出会って、ずっと一緒にいてくれた友達。
私をヒーローだと応援してくれた子。
私の、ヒーローになると言ってくれた子。
「紗奈、ちゃんーー紗奈ちゃん……!!」
あなたが私を想ってくれたように。
私もあなたのことを想いたい。
「紗奈ちゃん!!負けるなっ!!がんばれ……!!」
りんかは、結界の向こうにいる紗奈に向け叫んでいた。
隣でその様を見ていたジャンヌは目を見開き、驚いた。
だがりんかの意思を察し、彼女と同じ方向を見た。
紗奈が傷だらけになりながらも、戦っている。
他でもない、りんかのために。
ジャンヌは大きく息を吸い、
「ーー紗奈さん!!!どうか頑張ってッッ!!」
そうして、りんかとともに叫んだ。
◆
全身が痛い。
右腕が動かない。折ったのだろう。
内臓のどこかが潰れている。
己のリボンで無理やり右腕を支え、内臓を一時的に補修する。
眼前の敵であるバルダザールを睨む。
その姿から大したダメージを与えられていないことが痛いほどわかり、口の中が痛むのも構わず歯軋りした。
バルダザールが、再び鉄球を生み出した。
際限なく生み出されていく鉄球を、バルダザールは健在の右腕で振り回す。
紗奈は、痛む身体で敵の攻撃に備える。
『ーー紗奈ちゃん』
『ーー紗奈さん』
ふいに、聞き慣れた声が耳に入り、紗奈の戦闘体制が一瞬緩まる。
『負けるな』
『頑張れ』
『どうか頑張って』
紗奈は呆気に取られる。
この結界に入ってから、ずっと一人で戦っていると思っていた。
もう、自分はダメだと思っていた。
「へへ、こんなのーー」
紗奈はへにゃりと笑う。
「頑張るしかないじゃん」
紗奈は、眼前で鉄球を振り回すバルダザールを見据える。
そして、最後の仕上げとばかりに、全身を金色のリボンで覆う。
バルダザールによる鉄球の猛攻が始まる。
その鉄球は地を這い、空を飛ぶだけでなく、アメリカンクラッカーのようにぶつかり合い、軌道を何度も変える。
鉄とリボンの結界一面が、鉄球の暴風雨と化す。
リボンを身に纏った紗奈は再び高く飛び上がる。
その先にあるのは結界と化したリボンの網。
リボンをバネにして飛ぶ。 反射して飛ぶ。
金色の弾丸と化した紗奈が、軌道を変えた鋼鉄の球をいくつも突破する。
だがそれだけではない。
紗奈はさらに結界の別の場所に飛び乗り、跳ね、飛び乗り、跳ね、を繰り返す。
紗奈が化した金色の弾丸はスピードを増し結界中を縦横無尽に飛び回る。
鉄球の暴風雨に風穴を開けていく。
「シャイニング・コネクトーーーーーー」
音速を超えたその身体が、最後にバルダザール本体に迫る。
「バーニングッッッーーー!!!!!」
バルダザールが放つ鉄球も、弾丸と化し突進する紗奈により貫通し、破壊される。
その眼前に、閃光を放つ紗奈の脚が迫る。
束の間、その場が静寂に包まれた。
バルダザールは、ハイ・オールドの極限まで強化された肉体で、強引に紗奈の脚を抱くように掴み、急所を逸らしていた。
だが、その脇腹には、無視できない裂傷ができていた。
鉄球で抉り飛ばした岩の破片が、紗奈の腹を貫いていた。
紗奈はもうボロボロだった。
右腕と左足を失い、内臓の至る所は潰れ、顔面は歯が折れ、原型のないほどひしゃげていた。
その目は、じっとバルダザールを睨んでいた。
この戦いが始まった時、この少女が自分に向けた敵意の目。
凶暴で、悪辣で、臆病な、兎のそれのような目。
バルダザールは紗奈を下ろす。
力無く地に倒れる少女を見下ろし、ただ一言、呟く。
「おまえは美しい」
ただ一言、紗奈に対しそう呟いた。
それを聞いた紗奈はボロボロの歯で意地悪く笑い、言う。
「ばーか」
紗奈の姿はボロボロのまま、いたいけな少女の姿に戻っていた。
倒れ、かすむ目で空を見た。
夕方の空の向こうに、夜の気配と一番星が見える。
この刑務の最初に見た星空を思い出し、りんかと一緒に見たかったなと思いながら、紗奈はゆっくり目を閉じた。
【交尾 紗奈 死亡】
◆
黄色いリボンが解けるように消え、結界が崩れ落ちる。
その中には、傷を負いながらも立つバルダザールと、すでに事切れた紗奈がいた。
バルダザールは跪いて紗奈の恩赦ptを回収し、小声で何語か言葉を呟く。
それはハルトナ王国の国教の死者を悼む言葉だったが、その様を見ていた者たちには知る由もない。
「あ、……あ」
りんかの目が見開かれる。
「ーーあ」
幽霊のようにジャンヌの腕から離れ、よろめき一歩二歩と、紗奈に歩み寄る。
だが、紗奈は目覚めない。
「紗奈、ちゃ」
りんかはつまずき、地面に崩れ落ちる。
もはや動かない紗奈をじっと見る。
義眼でない方の緋色の眼から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「うああ゛あァァあァアァ……!!」
りんかは天を仰ぎ、叫んだ。
【D-5/草原/一日目・夕方】
【ジャンヌ・ストラスブール】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(中)、超力成長中
[道具]:流れ星のアクセサリー
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.正義を貫く。
0.ブラックペンタゴン正門前の調査を行い報告する。
1.ブラックペンタゴン内部の人間と結託し、ルーサー・キングを討つ。
2.日月やりんかを次代のホープとして守りたい。
3.刑務の是非、受刑者達の意志と向き合いたい。
※ジャンヌが対立していた『欧州一帯に根を張る巨大犯罪組織』の総元締めがルーサー・キングです。
※ジャンヌの刑罰は『終身刑』ですが、アビスでは『無期懲役』と同等の扱いです。
※流れ星のアクセサリーには他人の超力を吸収して保存する機能があるようです。
吸収条件や吸収した後の用途は不明です。
※流れ星のアクセサリーに保存されていた『フレゼア・フランベルジェ』の超力を取り込みました。
フレゼアの超力が上乗せされ、ジャンヌの超力が強化されています。
完全に肉体に馴染んだ時、更なる進化を遂げる可能性があります。
【葉月 りんか】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(大)、強い絶望
[道具]:治療キット
[恩赦P]:20pt (ジルドレイの首輪から取得、治療キット -50pt 通信機 -20pt 食料 -10pt)
[方針]
基本.――――姉のように、救って、護って、死にたい。その為に、償い続ける。
0.紗奈ちゃん……!?
1.紗奈のような子や、救いを必要とする者を探したい。
2. 自分を救い、命を奪われたハヤトとセレナの分まで戦い抜く覚悟。
3.紗奈やジャンヌと協力してルーサーを討つ。
4.この刑務の真相も見極めたい。
※羽間美火と面識がありました。
※超力が進化し、新たな能力を得ました。
現状確認出来る力は『身体能力強化』、『回復能力』、『毒への完全耐性』です。その他にも力を得たかもしれません。
※超力の効力により新たに『精神強化』が追加されました。
【バルタザール・デリージュ】
[状態]:記憶復活(断片的な喪失あり)、鉄仮面に破損(右頭部)、左腕喪失、頭部にダメージ(中)、腹部にダメージ(中)、右脇腹にダメージ(大)
[道具]:なし
[恩赦P]:145pt(紗奈の首輪から取得 +45pt)
[方針]
基本.恩赦ポイントを手にして自由を得て、逆臣どもに報いを
1.ジャンヌたちを狩る。
2.エネリットを探す
※記憶を取り戻しましたが、断片的な喪失があります
最終更新:2026年01月07日 20:32