ワープにより辿り着いた民家の中、
出多方 秀才は己の手首に指を当てていた。
トクン、トクンと規則正しい鼓動が指先から伝わってくる。
出多方のデータ通り、平常の脈拍だ。
果たしてそれが「正常な」結果なのか、今の出多方にはわかりかねていたが。
そんな時、寝室の扉が開いた。
民家内から衣服が無いか探していた月乃が戻ってきたのだ。
「出多方さん、何をやってるんですか?」
「ああ、月乃君。今脈を測っていました。」
「脈?」
「大したことではありません。
それよりも見てください月乃君、火傷がだいぶ良くなりましたよ」
出多方は己の手を、月乃の目の前で開いた。
水膨れは多少あるが、先ほど火炎放射を浴びたとは思えぬ軽傷だ。
「わあ、凄い…!」
月乃は目を輝かせる。
「私の歌で世界を癒す」と公言している彼女だが、
まさかここまで物理的な効果が出るとは本人も思っていなかった。
「こんなに簡単に傷が治るなんて、まるでゲームみたいですね」
「月乃君」
「はっ」
出多方の目が咎めるような鋭い目つきに変わった。
月乃は出会った時に「これは遊びではない」「仮に遊びであったら危険な誘拐事件だ」と散々注意を受けていたのを思い出した。
「ごめんなさい。頭ではゲームじゃないってわかってるんですけど、つい」
「私のデータにもあれほどの火傷がこの短時間で治癒した事例はありません。
やむを得ないことですが、気を付けてください。」
「うう…仮想空間だと思ってつい…」
しょげる月乃を尻目に出多方は考える。
自分の推論が正しければ、彼女の詠唱スキルや自分の冷静スキルはこの殺し合いにとって重要な役割を担いうる。
何より、自分のこの考えを説明できるのはこの殺し合いに置いて月乃と太陽のみだ。
話した方がいい、そう考えた出多方は口を開いた。
「私は、いっそここが現実であって欲しいと思います。」
「え?」
「月乃君。よく聞いてください。今後の方針にも関わることだ。
この殺し合いが本物である証拠は、確かにあります。」
「ど、どこにですか?」
「それは…」
出多方は己のこめかみに人差し指を当てた。
「私の頭の中に、です。」
「頭の中に?」
月乃は首を傾げた。
「はい。考えて見てください。」
「――普通の高校生である私が、
火炎放射を浴びながら、あんなに冷静に指示を出せると思いますか?
叫び声も一つも上げずに?思わず逃げることもせずに?」
「た、確かに…」
月乃はそう聞くと、引っかかる点が一つあった。
(あっちゃちゃちゃアッツい!太陽!この熱さは通常のお茶の温度を大幅に超えてるぞ!)
「この前、兄さんが淹れたお茶を飲んだ時の出多方さん、凄い悲鳴を上げてましたもんね!」
「………覚えていてくれたようで何よりです。」
いや、調理実習で火傷をしたときとか他にもあっただろう。
出多方はそう考えたが月乃は納得してくれたので言わない事にした。
冷静スキルの恩恵である。
「まあともかく、通常なら私はもっと取り乱していたはず、とデータから導き出せますね。」
「でも、それがゲームじゃないって証拠になるんですか?
それはあくまで、出多方さんの冷静スキルの能力ですよ。」
「月乃君、考えて見てくれ。スキルでプレイヤーキャラの傷が治るゲームはあるでしょう。
しかし、スキルでプレーヤーそのものの意志判断を変更するゲームなんてものがあると思いますか?」
「あ……」
月乃は愕然とした。
仮に身体や感覚がバーチャルで再現できたとしても、
それを受け取る判断能力そのものを変えられるはずがない。
バーチャルリアリティでは説明がつかない現象が起こっているのだ。
「もっとも、まさか頭の中を弄られるとは思わず、
スキルを取得した私の迂闊さが無ければわかりませんでしたがね。」
出多型は気まずそうに、眼鏡の位置をクイと直した。
コンピュータゲームの類には疎い彼であったが、
精神状態異常と言っても本人の意思に関係なく体が動いてしまう。
そんな漠然としたイメージがあったことは否めなかった。
「身体がバーチャル、頭の中も本物とは限らないとなると、
いっそ現実である証拠が欲しい、とすら思えますね。」
「じゃあ今の私たちって、現実の私たちを再現した
あのシェリンっていう人みたいなAIだったりしません?」
「いや、その可能性は低いですね。
再現が目的なら容姿の変更が行えるのは妙です。
本当に再現できているのか検証できませんからね。」
出多方は月乃を見る。
そう、再現が目的なら出多方の当初の推論は間違っておらず、
その胸を変更できるはずがない。
「………出多方さん?」
「こほん、これからが今後に関わることですが、
この精神干渉能力が既に猛威を奮っている可能性があります。」
「みんなもスキルで頭の中が変わる、なんて思ってないですもんね」
「はい、他人のスキルで洗脳、或いは好戦的にされる可能性は高いです。
しかしこれはあくまで可能性、できれば検証を行いたいですね」
「検証って何をやるんですか?」
「月乃君が命令してその通りに動くか確認します。当然相手に同意を取った上で」
「わ、私!?いくら私がカリスマボーカリストだからってそこまでできるかな…」
「あくまで月乃君の支配能力ではなく、アイドルスキルの支配能力の確認です
確か月乃君が設定時に確認したところ、上位ランクになれば洗脳まがいのことができたはずですね。」
「でも、私のアイドルスキルってCランクですよ?そこまではできないですよ」
「逆に言えば最低ランクのアイドルスキルで何かしらの支配能力が認められれば
他のそれらしきスキルには当然支配能力があると確認できます。」
(なにより、この場にアイドルが多い理由に説明が付く。)
出多方は心の中で付け加えた。
HSFに加えて月乃と美空善子、この戦いにはアイドルが多い。
それが洗脳能力で戦いを掻きまわす事を期待しているのであればあまりにも危険だ。
指摘の通り月乃のCランクの能力ではデータとして不安があるが、それを差し置いても確認をしたい。
なにしろ、月乃の歌ならその類を無力化し、主催者の目論見を挫くことができるかもしれないのだ。
「しかしこの検証には互いに信頼関係が必要。
それをどうするか……」
「あ、それなら当てがあります!」
月乃が勢いよく手を挙げる。
「当て?」
「出多方さん、直感で行きたい方向に指を指してもらえますか?」
「直感?」
このワープしてきたばかりのところに参加者の当て?直感?
何を言っているんだ?
月乃の発言に出多方は困惑を隠せなかった。
「じゃあ……あっちです」
出多方は適当な方向に指を向ける。
「じゃあ、その逆方向に行きましょう。」
「月乃君、今指を指した意味は?」
「きっと、逆の方向なら兄さんがいます。」
「太陽が?理由を聞かせてくれませんか?」
「ふっふっふ、それは…」
月乃はビシッと指を指して言った。
「冷静スキルが働いているからです!」
「冷静スキル…デメリットの事ですか!」
出多方の持つ冷静スキル。
この場においては基本的に、精神攻撃を無効化するものであるが、
『同属性と適切な距離を保てるが、逆属性を持つモノを遠ざける』というデメリットが存在する。
確かにそれが正常に働いていれば、あの暑苦しい太陽を思わず遠ざけてしまいそうだ。
しかし
「月乃君、君のその理論には欠点がある!」
その理論にある穴を出多方は決して見逃さない。
「太陽が仮に冷静スキルを取っていたら、遠ざけてしまう可能性の方が高い!」
「兄さんが冷静スキルを取ると思います?むしろ熱血スキルの方が可能性があると思います。」
「それはもちろん…」
普通に考えたら冷静スキルを取る可能性はある。
自分は、元から冷静であることに自信がある。とは言えないから冷静スキルを取った。
元から熱血漢のあいつが、熱血スキルなんて取ってどうするんだ。
しかし相手は太陽。
そんな理屈が通用するだろうか。
それはもちろん…
「…熱血スキル、取ってそうですね。」
「ですよね」
「ふっ、まさかこの私がデータで敗北するとは。
どうやら私もここまでのようですね。」
「出多方さんの推測が悲観的なんですよ」
月乃の冷ややかな視線が出多方に突き刺さる。
確かに一定の理がある以上、自分の向かいたい逆に進み、太陽を探すことが得策だろう。
望み薄とは思うが、出多方とてデータの徒だ。
実践しなければ正誤の判断ができないことは誰よりも知っている。
「いいでしょう。他に案が無い以上、太陽を探しましょう。もっとも…」
「私の着替えが済んでから、ですが。」
火傷は治ったものの、ズタボロの半裸状態は直っていない出多方は、一つくしゃみをした。
[D-3/市街地の民家/1日目・深夜]
[出多方 秀才]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:B DEX:B LUK:B
[ステータス]:火傷(小)(月乃の歌唱で回復中)
[アイテム]:焔のブレスレット(E)、おもしろ写真セット
[GP]0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:人は殺したくない。
1.自分の向かいたい逆に進み、太陽を探す。
2.月乃の歌でこの殺し合いを止められるか…?
[大日輪 月乃]
[パラメータ]:STR:E VIT:B AGI:D DEX:D LUK:A
[ステータス]:健康
[アイテム]:海神の槍、ワープストーン(2/3)、不明支給品×2(確認済)
[GP]0→10pt(キャンペーンで+10pt)
[プロセス]
基本行動方針:歌で殺し合いを止める。
1.出多方さんを癒やしながら兄さんを探す。
2.金髪の人(エンジ君)には、次に会ったら負けない。
最終更新:2020年10月24日 22:24