大森荘蔵

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大森荘蔵 - (2012/09/15 (土) 13:31:21) の編集履歴(バックアップ)



大森荘蔵(おおもり しょうぞう、1921年8月1日 - 1997年2月17日)は日本の哲学者。独自の現象主義的な思考方法によって、独我論的な「立ち現れ一元論」を主張した。

大森の哲学は時期によって変遷している。野矢啓一によると、初期は現象主義的であり、中期にその現象主義を乗り越えた「立ち現れ一元論」を主張する。後期には「立ち現れ」という言葉を用いなくなるが、それを否定したわけではない。最後の著作となった『時は流れず』では、時間の実在性を否定し、アウグスティヌスなどが主張した独今論の立場に接近している。

二元論の否定

大森は二元論に対しては一貫して否定的な主張をしていた。たとえば机の上にカップがある場合、「カップはどこにあるか?」と問われたなら普通は机の上を指して「そこ」と答えるだろう。しかし二元論者がそう答えるのは間違いになるという。彼が見ているのはカップの知覚像であり、その知覚像を生み出した物質(物自体)ではないからだ。これをテレビにたとえれば、テレビに山が映っていた場合、この山はどこにあるのかと聞かれて、テレビ画面を指して「そこ」と言うようなものである。このことが示すのは、自分の内界と外界との位置関係を問うことの無意味さである。私が理解している空間的位置とは、私の内界における位置なのである。その内界を生み出す原因である外界はどこにあるかと問われても、私の内界と外界との位置関係というものは不可知というのでなく無意味に過ぎないのである。また大森は、二元論の立場では、私の内界と外界の時間的関係を問うことも無意味だとみなしていた。たとえば知覚は脳の作用によって生じると考えられているが、百年前や千年前の脳の作用によって今の知覚が生じていると考えても、何の不思議もないし、自然科学も何の影響も受けないのだ。(これらの問題は『心身問題と時空』で詳細に論じられている)

立ち現れ一元論

二元論を否定した上で大森が主張したのが、現象主義を独自に拡張した立ち現れ一元論である。「立ち現れ」という語は1973年の論文「ことだま論」に登場する。(著書『物と心』に収録)

二元論者によれば、知覚は物理的対象の表象である。「表象」という語は表象するものと表象されるものが区別されることを前提している。このような考えに対し、大森は「立ち現れ」が何ものかの表象であることを否定する。二元論者が想定する物理的対象といった私の外界――経験を超越したものは、立ち現れの「外」でなく、立ち現れの「中」で捉えられなければならない。立ち現れは「背後をもたない」とされる。

立ち現れは無主体論に近い思考形式である。大森はカントのような「主体」を想定する思考形式を「加工主義」と呼んで批判する。たとえば「私が見る」という場合、「私」という主体が客観世界を、時空という感性の形式と因果のような悟性の形式によって加工されて認識が成立すると考える。しかし、加工するという場合、加工される前の素材が想定されなければならないが、そのような想定は無意味である。例えば「赤いボールがある」という場合の「赤」については、既に人間に知覚されたものであり、知覚されない「赤」はないといえる。加工される前の素材を人間は云々することはナンセンスである。人間には加工済みのものだけが与えられているのだから、「加工」というプロセスは不要のものであり、主観や主体の働きは必要でない。したがって赤いボールがある場合、それを端的に表現するなら「赤いボールという知覚像がある」というのみである。このような主観の働きの否定からさらに進んで、大森は「心の働き」や「心の作用」を否定する。(以下、論文「科学の地形と、哲学」より引用)
或ること「を知っている」とは、知覚とは違う様式ではあるがやはり一つの風景があるということである。痛みを痛むのでなく、端的に痛みがあるのである。
これは「知っているという思いが立ち表れる」「痛みが立ち現れる」と言い換えることができる。知覚作用や思考作用などなく、端的に知覚的なものや思い的なものが立ち現れるだけなのである。単なる知覚と能動的な思考は違うという主張もあるだろうが、大森はそれらを峻別していない。(以下、論文「日常言語と科学言語」より引用)
「知覚されている」とはかならず「思いをこめて知覚されている」ことなのである。
この考えは、われわれが事物の断面を見た時の意識を考えればわかるかもしれない。たとえば家や車、机や椅子を見るとき、われわれは必ず一定の視点からそれらの一面のみを見ているに過ぎないが、一面の映像を見ると同時にそれらの全貌――「家」「椅子」という概念が立ち現れている。つまり一定の視点からは隠された背面への思いも同時に立ち現れているのである。またその背面には限りがない。家の一面を見て「家」の概念が立ち上がるのだが、その家は土地に立っているはずである。またその土地は日本列島にあり、日本列島は地球にあり、地球は銀河系にあり、銀河系は宇宙にある。大森の考えでは、それら限りない背面への「了解」も同時に立ち現れているのである。コーヒーを飲むときはコーヒーの味が立ち現われ、またコーヒーカップの映像が立ち現われ、茶褐色のコーヒーの色彩が立ち現れるのだが、それら全てに限りない「背面」である時空全体が立ち現れている。個別の立ち現われの変化や違いについては、「四次元宇宙のある部分にスポットライトがあたる」と大森は表現している。個別の立ち現われとは、宇宙の多様な貌である。

また「思いをこめて知覚されている」という考えは、マッハの現象主義やヒュームやブントに代表される原子論的な感覚に関する要素主義(原子論)とは異なっている。フッサールはマッハの現象主義に志向性の概念が欠けていると批判した。大森の「立ち現われ」は、初期の原子論的な現象主義にフッサールの「ノエシス」の概念を含ませたものといえる。

立ち現れには「背後」がないと強調される。私が他者と会話する場合、他者の言葉は私にイメージを立ち現すが、大森はそのイメージとは他者の言葉の意味了解であるとは考えない。つまり他者の言葉の意味を経由してイメージが現れるのではなく、イメージは端的に立ち現れているとされる。これは既述した「加工主義」に対する批判を継続させた認識論である。例えば富士山という語の意味を理解しているとは、その語によって立ち現れたものが富士山の立ち現われであるか否かを判別できること、それ以上でもそれ以下でもない。従って富士山として分類された立ち現われは富士山以外の何ものでもなく、そこに富士山の「表象」などが介入する余地もない。富士山の立ち現われは「富士山そのもの」なのである。

従って、立ち現われには虚実がないということになる。この説明に大森は「錯覚論法(argument from illusion)」と呼ばれるものを逆用している。例えば、私が道で蛇を見て足を止める。その時私は本当に蛇を見たと思っている。しかし後でよく見れば実は縄だったという場合もあるし、やはり本物の蛇だったという場合もある。仮に縄だった場合、最初私が見たのは単なる蛇の表象だったということになる。しかし本物の蛇だった場合でも、最初見たのが蛇の表象・イメージだったという点では同じである。従って最初に「蛇のイメージを見た」という直接経験は同じ体験なのであり、直接経験は間違いようがないというのが「錯覚論法」である。大森は直接経験――立ち現われは間違えようがないという所までは同じ考えである。しかし「だから同じ心的イメージである」とは考えず、本当に蛇だった場合は単なる心的イメージではないのだから、縄だった場合でも心的イメージではない、と考える。つまり蛇という存在が蛇というイメージの背後に独立してあるような実体とは考えないものであり、これはカントの認識論における「物自体」の否定である。最初に見た蛇が本当の蛇だった場合と、実は縄だった場合の違いとは、ある立ち現われを真実と分類し、別の立ち現われを虚偽と分類するような、分類の仕方の違いに過ぎないのである。大森は次のように述べる。(以下「ことだま論」より引用)
すべての立ち現われはひとしく「存在」する。夢も幻も思いも違いも空想も、その立ち現われは現実と同等の資格で「存在」する。そのもろもろの立ち現われが同一体制、さまざまな同一体制の下に慣習的に組織される。その組織に参入した立ち現われが「実在する」立ち現われであり、その組織にあぶれて孤立する立ち現われが「実在しない」虚妄の立ち現われと、呼ばれるのである。
そしてこの組織は固定したものではなく、絶えず再編成され絶えず揺動するものである。この組織は「真理」や「実在」の観点から組織された組織ではなく、生きるために賭けられた実践的組織であり、この生きんがための組織が「真理」とか「実在」とか呼ばれるのである。真理や実在によって生きるのではなく、生き方の中で真理や実在が選別的に定義されるのである。

上述のような大森の立ち現われ論は、「過去」にも適用される。大森は「過去は想起という様式で経験される」という。もちろん、想起とは立ち現われの様式である。想起は過去の表象ではなく、過去世界を構成する構成要素である。想起とは過去世界そのものの立ち現われとなる。(ただし、この段階の大森は過去世界そのものの実在性を否定しているわけではない)

立ち現われと自然科学

知覚をもたらす物理的な現象、特に脳の作用と立ち現われの関係を、大森は「重ね描き」の概念で解釈しようとする。「言語・知覚・世界」(1971)では、人間の世界とは五感によって捉えられる風景であり、世界の科学的描写はこれと独立に存在するわけではなく、ましてや知覚風景がみえることの原因を発見するわけでもない。科学的描写とは知覚風景の上に時空的に重ねて描かれた像なのである。科学理論による説明とは、知覚風景が科学理論という手法によっても描写できるということなのである。

(私見であるが、上の大森の立場からすれば意識のハードプロブレムの問題のいくつかは存在しないことになるだろう。科学理論による説明とは、知覚風景が科学理論という手法によっても描写できるということであるとすれば、随伴現象説などはその「描写されたも」のが原因で知覚風景が生じているということになり、これは本末転倒の考えになとなる)

知覚風景は必ず特定の視点や、場合によっては感情的なフィルターを持つ。それに対し、物理学の描写には特定の視点や感情がない。日常言語で「青い箱」と呼ばれるものを、科学では分子構造などが描写される。そこには色の言葉は不要である。つまり科学描写とは、日常言語で描写されたものを特有の言葉で改めて語り直すものなのである。つまり日常描写(または知覚)と科学描写の関係は「因果」ではなく「即ち」の関係として捉えなければならない。物から光が反射して視神経がそれを捉え、脳が興奮するということが、即ち物が「見える」ということであると考える。これは一種の心脳同一説の立場であるが、大森はこの考えに満足していたわけではなく、後の「無脳論の可能性」(1988年)では、「脳がなくてもものが見えることは可能」(無脳論)、「メガネをかけている人がメガネごしにもの見ているように、われわれは脳ごしにものを見ている」(脳透論)と主張している。たとえば、脳に異常が生じれば視覚にも異常が生じる。これはサングラスをかけると世界が暗く見えるようなものである。サングラスは世界を暗く見せるだけであり、サングラスが世界の知覚を生じさせているわけではない。同様に脳とは知覚を変形させたり遮蔽したりするだけだということである。

無限集合と立ち現れ

「普遍」がそれ自体で実在するという考えを「実念論」といい、普遍とは名詞としてしか存在しないという考えを「唯名論」という。実念論の代表的な人物はプラトンであるが、現代でこの立場を取る哲学者は少ない。例えば「猫」という語があるが、実在しているのはタマやミケや名もなき野良猫など、個別の猫たちだけであり、「猫一般」なるものが存在しているわけではない。しかし、にも関わらず我々は「猫」とその他の動物を区別できるのであり、その区別は何によってなされるのか、個別の猫たちは何によって「猫」という概念の枠組みに入れられるのかという問題がある。その問題を解決するために経験主義的な立場から可能世界論を援用して主張されるのが、「猫」とは猫の「様相」の無限集合であるとするものである。つまりこの世界で存在することが論理的に可能な、ありとあらゆる猫の全ての集合が「猫」の意味だとするものである。

大森は「机の上にカップがある」というような文を「物言語」と呼び、実際に机の上のカップを見た時のような映像の知覚を「知覚像語」と呼ぶ。そして大森は、物言語とは知覚像の無限集合を生成する言葉であると考える。また、例えば部屋にいて「富士山」という語を見た時、私は富士山のイメージを思い浮かべる。富士山という語は「知覚的立ち現われ」に加えて、「思い的立ち現われ」の無限集合を生成する言葉なのである。なお門脇俊介によると、フッサールの「射映(Abschattung)」という概念も大森と類似の考え方であるという。

時間論

大森のいう立ち現われに対しては、誰しも素朴な疑問を抱くと思われる。立ち現れが全てだというなら、立ち現れる以前はどうなっていたのか、という問題であり、これは時間論の問題である。大森もその問題は自覚しており、後期の大森は時間論に取り組むことになる。

大森は、まず過去を知覚的に描写することは不可能であるとする。われわれはやむなく現代風景を代用して過去を図解するほかはない。そして、過去性とは動詞の過去形の了解によってなされる。「過去」ということの意味は、人間の言語実践の過程において与えられるのであり、過去の想起の内省によってではない。大森は単に過去の「概念」だけでなく、過去という「世界」もまた言語実践により人為的に制作されると考える。蛇を見た時の直接経験に誤りがないことを例に、大森は立ち現れには虚実がないと論じていた。過去や幻や現実なるものも、立ち現われという総体を分類したものに他ならない。立ち現われと独立した世界があってそれが立ち現われの真偽を決定するのではない。真偽は立ち現われの中で分類される。大森はカントの「物自体」に習って過去を「過去自体」という。昔のことを想起した場合、過去自体がその想起の真偽を決定するのでなく、立ち現われの中で真と分類された想起が真の過去世界であるとされる。(参考論文「殺人の制作」)

大森は想起を夢にたとえ、「色即是空の実在論」という論文で以下のように書いたこともある。
すべての想起は夢なのである。人生夢の如しなどという感傷的比喩ではなくて、われわれの過去は夢以外のものではない。それに対応する現実は実在しないのだから。

大森はゼノンのパラドックスに対し、生涯の課題として取り組んでいた。そしてゼノンは線形時間が矛盾を導くことを明らかにしたという。また、現在・過去・未来と直線で表現できる時間を、人為的に制作され矛盾を含んだ「線型時間」と呼ぶ。ゼノンが提起した「飛ぶ矢のパラドックス」の場合、矢は「瞬間」であるどの点をとっても静止している。直線が点の無限集合であるとするならば、飛ぶ矢とは静止状態の無限集合ということになる。しかし静止状態を無限に集めても運動にはならない。即ち線形時間と点時刻が用いられられていることがパラドックスを生じさせている。「アキレスと亀のパラドックス」も同様に点時刻を用いることが問題の原因である。「最初に亀がいた地点に到達する」「次に亀がいた地点に到達する」と、アキレスは亀に追いつくまでに無限の異なる状態を実現しなければならない。これは最初の状態を「1」、次の状態を「2」と番号付けてみれば明白で、アキレスは自然数全てを数え尽くして状態「∞」を実現しなければならないが、それは不可能である。これまで多くの学者がこのパラドックスの間違いを見出そうとしてきたが、大森はゼノンの方が正しいと主張する。

しかし大森は運動の不可能性をも同時に主張するのではなく、ゼノンのパラドックスは人為的に制作された線形時間に依拠しており、その線形時間という道具に矛盾が見出されたのであり、運動じたいに矛盾はないという。なぜなら、線形時間は点時刻の無限集合であるが、その点時刻においては、人間はいかなる知覚体験も経験もすることができないからである。視覚においても聴覚においても、「今現在」と感じることのできる経験においては明確に計測できないものの、必ず時間的な幅があり、これは点時刻ではありえない。われわれが「今現在」として経験できる運動を「体験運動」、またその経験を「現在経験」と呼び、「線型時間」は自然科学のための便利な道具なのだとし、以下のように述べる。(『時は流れず』p88より引用)
運動はただ現在経験にのみ所属するものであって、時間軸とは何の関係もない

大森は線型時間の否定によって、「時間の流れ」を否定する。「今」の時刻は常に変動している。これは線型時間で表現できる時間軸の上を「今」が移動していくというイメージである。しかし線型時間は運動そのものでなく、運動の軌跡を既述する自然科学の道具である。したがって「今」が時間軸上を移動するというイメージはナンセンスなものとされる。そして、時間の流れという錯誤が生まれる原因は、現在経験に時間の動きだと見誤ってしまいがちな多くの体験があるからであり、この現在経験の「運動まがい」によって、運動と無縁な静態的時間軸(線形時間)の運動の欠落を埋めようとするからであるという。またこの洞察は、マクタガートの時間否定の論拠と同根であるともいう。

大森は時間軸上で過去と未来の境界にあるとされる現在の概念を「境界現在」と呼んで「現在経験」と峻別し、現在経験は時間順序の過去や未来とは全く異質なものとして考えるべきだとし、以下のように述べる。(『時は流れず』p100~p101より引用)
具体的には以下の図Aのように過去現在未来を時間軸上に並べるのをやめて、図Bのように現在経験の中に過去と未来の時間軸を考えるという、これまでも多くの人がきづいた見方に移ることである。
上で大森がいう「多くの人」というのは時間の実在性を否定したパルメニデスやゼノン、アウグスティヌスやマクタガートの時間論である。アウグスティヌスは、過去そのものの現在、現在そのものの現在、未来そのものの現在が心のうちの三つの様態として存在するとし、過去のものの現在は記憶であり、現在そのものの現在は直感であり、未来そのものの現在は期待である、という。つまり一切の過去と未来を包摂する現在は、時間を超越しているゆえに、時間の内部を流れることはないのである。これは全ての存在を内包した「宇宙」というものが、どの座標にも位置づけられないのと同じことである。アウグスティヌスらのように、「今」に全てが一挙に現れているとみなす時間論を永井均は「独今論」と呼んでいる。

『時は流れず』は、大森の最後の著作であり、立ち現われ一元論が紆余曲折を経て時間の実在性の否定という極限に至ったと思える。立ち現われには過去も未来も含められているとされていた。しかし「立ち現われる」という言葉は動詞であり、時制の概念を含んでいる。それゆえ、晩年の大森は「立ち現われ」という言葉を用いなくなったのかもしれない。

なお野矢茂樹の解釈では、全てが「今」に立ち現われるという意味で、立ち現われには「今」が刻印されており、なおかつ全ての立ち現われは「私」に立ち現れているという意味で、「私」を刻印していることと対になっており、つまりあらゆる立ち現われには「今」と「私」が刻印されていると解釈している。

自我と他我

大森は他我問題についての自分の考えを「アニミズムと呼んでいい」という。他人の知覚は私には立ち現われることがないので、他我問題は立ち現れ論で掬い取れないと考え、なおかつ他我問題は過去の多くの哲学者が解決を試みてきたが、全て失敗であるという。そして他我問題とは解決が必要な問題ではなく、人間の理解の基となる「事実」であるべきだという。そして、人間であろうとロボットであろうと石であろうと、私がそれらといかに交わりいかに暮らすかによってそれらは心あるものにも心なきものにもなり、それに応じて私もまた「人間」になり、また文明人にも未開人にもなるのだと考える。(参考論文「ロボットが人間になるとき」)

われわれは、しばしば他者が痛がっていると想像することがある。しかし、それは自分の痛みを他者という場所に移し変えているだけであり、それはあくまで「私の痛み」なのである。そのような他者に対する想像を、大森は「虚想」という。結局、立ち現われは全て私への立ち現われとする一元論の立場では、「私」とはそのような虚想も含めて、全ての立ち現われの総称ということになる。

野矢茂樹は、このような大森の考えをデイヴィッド・ヒュームが知覚一元論的な立場から自我を知覚の束とみなしたことの類比と見て、大森の考える自我は立ち現われの束だと理解している。

二元論的な世界観を否定する大森は、一元的な立ち現われ経験が生活上の観点から「心」と、その外部にあるとされる「世界」に分類されたと考える。これが心身問題という錯覚である。そして「心」に分類されたものを、さらに「見る」や「悲しむ」と細かい分類がなされ、それらに対応して「私」という主語が要請されたと考える。それが心的主体としての自我や「私」の制作のプロセスである。

他我の概念は、上のような自我の制作プロセスから必然的に導かれる。「歩いている」という動詞に「私」という主語が要請されたならば、歩く者が私でなければ「彼が歩いている」というように他我が要請されるのである。自我と他我は同時に制作されているのである。

しかし素朴心理学的な前提では、特に知覚は私と他者とは端的に異なっているように思える。私が風景を見ていて、隣の人がテレビを見ていた場合、両者の視覚は異なっているはずである。この点について、大森は知覚的な立ち現われ論から、「どこから」見ているかが問題であり、誰が見ているかは問題ではないとする。もし私がテレビの方に視点を移せば、隣の人と同じものが見えるはずである。つまり視点を移動すれば誰であっても同じものが見えるということになる。「私には……が見える」という言葉における「私」とは、特定のパースペクティブを現すものでしかない。つまりその「私」は立ち現れているものに含まれているのである。知覚主体や動作主体とは立ち現われの分類によってなされたもの、人為的に「制作」されたものということになる。

批判

野矢茂樹は大森の過去論を批判する。まず記憶には思い出すことである「想起」と、技術として身に付けたような「習慣記憶」があるとし、ベルクソンやラッセル、そして大森が想起を真の記憶とみなしたことを間違いだとして、習慣記憶は想起においても本質的なものであるという。つまり習慣記憶は「過去」についての記憶ではなく、過去の経験が原因となって、いまの私の反応を引き起こすものであり、過去の出来事は私に因果的に働きかけていると考える。参考までに、野矢は大森が「過去自体」としたもの、またカントの「物自体」も受け入れたいと述べている。

また野矢は大森の時間論を批判し、そもそも自然科学は運動を成り立たせるために線型時間を用いたわけではなく、われわれの経験する運動を回顧的に既述するための道具として用いたのだという。すなわち無限分割とは、既述の仕方が無限にあるということであり、運動の矛盾を示すものではないという。


  • 参考文献
大森荘蔵『時間と存在』青土社 1994年
大森荘蔵『時は流れず』青土社 1996年
野矢茂樹『大森荘蔵――哲学の見本』 講談社 2007年

  • 参考サイト