デビューまでの経緯

自伝『「自分ルール」で行こう!』(角川書店、2008年11月30日発行)より要約

  • 父親の替え玉受験により保育士の専門学校に入学するも、勉強についていけないので授業を受けるのをやめる
  • 清純な女の子を見つけることに集中し、合格ラインの女の子を発見(後の妻・洋子さん)。彼女が絵本が好きだと知り、彼女と話すために絵本を描き始める。
  • 告白すると「絵本で賞を取ったら付き合ってもいい」と言われる。彼女と一緒に絵本制作に取り組み、5つほどの絵本大賞に応募。合作「バラの花」で受賞(さく・のぶみ、え・洋子さん)
  • 受賞したがプロとして絵本を出版できないまま100冊の絵本を自作。図書館で6000冊の絵本を読み、絵本作家になろうと心に決める
  • 出版社への持ち込みを開始。編集部に電話をする。初回は5分で帰され、その後も5社に断られる。自作絵本は200冊に。編集者の談では「持ち込みに来る人は1ヶ月に200人くらい」
  • 持ち込みを続けるうちに編集者に見てもらえる時間が徐々に伸びる。20社に断られ、持ち込み開始から1年が経過。持ち込む出版社がなくなる
  • 最後の大勝負として、知っている出版社で一番大きい講談社と小学館に持ち込む。自作絵本300作中のベスト版50作を持参し、雑誌の編集長に見せる(講談社か小学館か不明)
  • 2時間経過後、「出版はできないが、NHKで『おかあさんといっしょ』のオーディションをやっているのでそちらに行かないか?」と言われ、NHKにタクシーで連れて行かれる
  • NHKではお偉いさんが集まってきて、会話もないまま約50分作品を読む。「また後日連絡します」と言われて帰宅
  • 帰宅後すぐ電話が鳴り「NHKの中村だけどオマエに決まったよ。来年から毎日やってくれるかな?」と言われる
  • その後、講談社から絵本「ぼくとなべお」の出版が決定しシリーズ化
  • NHKではアニメ「ぼくのともだち」放送開始。日本中ですいはんきくんやれいぞーこくんを知らない子供がいなくなる
  • キャラクターグッズは250種類。連載誌は9誌。他にCMや広告も

実際の年表

出来事 備考
1997 4 上旬 日本児童教育専門学校に入学
4〜8月の間に後の妻・洋子さんと出会い絵本共同制作を開始。5つほどの絵本大賞に応募
8 10 第1回花のまち可児手作り絵本大賞応募期限
9 中旬 可児手作り絵本大賞に入賞
受賞後、絵本の持ち込みを開始(本人談ではデビューまで「1年」説と「2年」説あり) *次行の雑誌連載開始まで1年未満
1998 8 (主婦と生活社の絵本雑誌「ねーねー」で連載開始) *現物確認中
1999 2 25 初の絵本『ぼくとなべお』が講談社より発行
4 上旬 NHK「おかあさんといっしょ」内でアニメ「ぼくのともだち」放送開始