第554話:《正義による処刑執行、だが失敗》みたいなっ! 作:◆E1UswHhuQc
 懐中電灯の光ひとつを頼りに暗闇を進む。足元に注意して歩いていくだけの、単調な作業。
しかしそれが安全な行動であるかといえば答えは否、危険である。なぜなら今、この島では物騒なゲームが行われている。
最後まで生き残った者一人が勝者という、単純明快なルールのゲームである。要するに殺し合いゲームだが。
クリーオウ・エバーラスティンもその参加者の一人であって、他の参加者に狙われる立場にある。ましてやクリーオウの装備は拳銃一丁で、しかもクリーオウは決してカタギの一市民とはいえないヤクザな人生を送っているとはいえ、まともに拳銃を使ったことなど一度しかなく、無力に近い状態であるということは否定できない。要するに殺人上等な戦闘狂だとか自分が生き残るために皆殺しを覚悟した一般市民だとかに狙われた場合、その生存確率は非常に低いといえる。不安だ。
例えば今。クリーオウは懐中電灯の光を正面と足元を交互に向けて照らしている。懐中電灯の光というのは少ない電力で照度を得るために光束を集中しているから、向けている方向は明るいがそれ以外は暗い。容赦なく暗い。何しろここは明りのない地下道で、ついでにいえば地上もそろそろ太陽の沈む時間である。周囲は闇。ひたすらに暗闇が広がっている。
そんな真っ暗闇の中に、誰かが潜んでいないと誰が保証できる? ましてやその「暗闇に潜んでいる誰か」がクリーオウに敵意を持っていないんてことは誰にも保証できない。そしてその「暗闇に潜んでいるクリーオウに敵意を持った誰か」が、ちょいと気まぐれを起こしてクリーオウに襲い掛かったとすれば、クリーオウ・エバーラスティンの人生はそこで終わりだ。死ねば暗闇に怯える恐怖も絶望もないが、ついでに未来の夢と希望もない。
そういうわけで、クリーオウ・エバーラスティンは最大限に警戒しながら目的地へと進んでいる。目的地はG-4、何の酔狂で作られたのか判らないが、とにかく地図上には存在する城の、地下である。そこにピロテースがいる。地下である以上、彼女に会っても周囲は暗闇で、「暗闇に潜んでいるクリーオウに敵意を持った誰か」の襲撃を警戒する必要はあるだろうが、一人ではなく仲間がいるというのは安心できることだ。それに、仲間はピロテースだけではない。少し遅れてクエロとせつらも来るはずだ。クリーオウも含めて合計四人のパーティ。サラと空目が欠けて、四人。あの学校に集った皆も、たったそれだけになってしまった。
そして、これからもまた欠けていくのだろう。
次は自分かもしれない。いや、その可能性が一番高い――と、クリーオウはどこか冷静に考えた。何しろ四人の中で最弱なのは自分だ。というより、自分だけが弱い。無力だ。例えば今、「先行している仲間と合流する」というたったそれだけのおつかいにすら怯えている。
と、そこでふと、クリーオウは気付いた。気付いて、しまった。
決してカタギの一市民とはいえないヤクザな人生を送っているとはいえ、まともに拳銃を使ったことなど一度しかなく、無力に近い状態であるということは否定できないクリーオウを、
クエロ・ラディーンと秋せつらは、
何故、
一人で送り出したのか――
考えてはいけないと思いつつもクリーオウは考えてしまう。大した距離じゃないから自分を信頼してくれた、なんて美談はない。何しろここは今、問答無用容赦無用情け無用の殺人ゲームの真っ最中だ。クエロとせつらの二人が絶対にクリーオウを護ってくれるなどと盲信しているわけではないが、それでも今さら切り捨てるぐらいならまず前提として無力なクリーオウを仲間にする理由がない。安全確実を狙うならクエロとせつらはクリーオウと行動を共にするのが最善策で、そんなことはあの二人だって判っているだろう。ピロテースとの合流が遅れるというのは建前にしかならない。
何しろピロテースも放送を聴いて、こちらに何かがあったことぐらいは気付いているはずだ。死体実験の現場を見られたくない、というのも建前以上の理由にはならない。そんなことは今さらである。
さて。
ここで思い出すのは、第二回放送前に不幸にも欠けてしまった仲間、ゼルガディス・グレイワーズである。
彼もまた、今のせつらと同じようにクエロと二人で行動し、クリーオウからは何が起こっても判らない場所へと出かけて行って、そして、帰って来なかった。
「――そっか」
クリーオウは気付いた。気付いて、しまった。
今さらだが蛇足を描こう。
音というのは大気の振動、波である。波は物に当たれば反射する。つまり音というのはそういう理屈で反響して、意外に遠い場所までうっかり届いたりする。地下道みたいな閉鎖空間ならなおさらだ。例えば暗闇に怯えてちんたら進んでいた金髪小娘の耳に、半キロほど離れた場所の戦闘音が届いたりすることもある。偶然だが。その戦闘音というのが例えば細いワイヤーが風を切る音だったり、男女の諍いの声だったり、拳銃の撃鉄音だったり、あとはなにやらプラズマ的な音だったりする、こともあるだろう。ちなみにクエロの武器である魔杖剣というのは、拳銃と似た機構を持っていて、クエロはそれで強力な防御障壁を発動できるそうだ。
これ以上ないほど、蛇足である。
しかしそれが安全な行動であるかといえば答えは否、危険である。なぜなら今、この島では物騒なゲームが行われている。
最後まで生き残った者一人が勝者という、単純明快なルールのゲームである。要するに殺し合いゲームだが。
クリーオウ・エバーラスティンもその参加者の一人であって、他の参加者に狙われる立場にある。ましてやクリーオウの装備は拳銃一丁で、しかもクリーオウは決してカタギの一市民とはいえないヤクザな人生を送っているとはいえ、まともに拳銃を使ったことなど一度しかなく、無力に近い状態であるということは否定できない。要するに殺人上等な戦闘狂だとか自分が生き残るために皆殺しを覚悟した一般市民だとかに狙われた場合、その生存確率は非常に低いといえる。不安だ。
例えば今。クリーオウは懐中電灯の光を正面と足元を交互に向けて照らしている。懐中電灯の光というのは少ない電力で照度を得るために光束を集中しているから、向けている方向は明るいがそれ以外は暗い。容赦なく暗い。何しろここは明りのない地下道で、ついでにいえば地上もそろそろ太陽の沈む時間である。周囲は闇。ひたすらに暗闇が広がっている。
そんな真っ暗闇の中に、誰かが潜んでいないと誰が保証できる? ましてやその「暗闇に潜んでいる誰か」がクリーオウに敵意を持っていないんてことは誰にも保証できない。そしてその「暗闇に潜んでいるクリーオウに敵意を持った誰か」が、ちょいと気まぐれを起こしてクリーオウに襲い掛かったとすれば、クリーオウ・エバーラスティンの人生はそこで終わりだ。死ねば暗闇に怯える恐怖も絶望もないが、ついでに未来の夢と希望もない。
そういうわけで、クリーオウ・エバーラスティンは最大限に警戒しながら目的地へと進んでいる。目的地はG-4、何の酔狂で作られたのか判らないが、とにかく地図上には存在する城の、地下である。そこにピロテースがいる。地下である以上、彼女に会っても周囲は暗闇で、「暗闇に潜んでいるクリーオウに敵意を持った誰か」の襲撃を警戒する必要はあるだろうが、一人ではなく仲間がいるというのは安心できることだ。それに、仲間はピロテースだけではない。少し遅れてクエロとせつらも来るはずだ。クリーオウも含めて合計四人のパーティ。サラと空目が欠けて、四人。あの学校に集った皆も、たったそれだけになってしまった。
そして、これからもまた欠けていくのだろう。
次は自分かもしれない。いや、その可能性が一番高い――と、クリーオウはどこか冷静に考えた。何しろ四人の中で最弱なのは自分だ。というより、自分だけが弱い。無力だ。例えば今、「先行している仲間と合流する」というたったそれだけのおつかいにすら怯えている。
と、そこでふと、クリーオウは気付いた。気付いて、しまった。
決してカタギの一市民とはいえないヤクザな人生を送っているとはいえ、まともに拳銃を使ったことなど一度しかなく、無力に近い状態であるということは否定できないクリーオウを、
クエロ・ラディーンと秋せつらは、
何故、
一人で送り出したのか――
考えてはいけないと思いつつもクリーオウは考えてしまう。大した距離じゃないから自分を信頼してくれた、なんて美談はない。何しろここは今、問答無用容赦無用情け無用の殺人ゲームの真っ最中だ。クエロとせつらの二人が絶対にクリーオウを護ってくれるなどと盲信しているわけではないが、それでも今さら切り捨てるぐらいならまず前提として無力なクリーオウを仲間にする理由がない。安全確実を狙うならクエロとせつらはクリーオウと行動を共にするのが最善策で、そんなことはあの二人だって判っているだろう。ピロテースとの合流が遅れるというのは建前にしかならない。
何しろピロテースも放送を聴いて、こちらに何かがあったことぐらいは気付いているはずだ。死体実験の現場を見られたくない、というのも建前以上の理由にはならない。そんなことは今さらである。
さて。
ここで思い出すのは、第二回放送前に不幸にも欠けてしまった仲間、ゼルガディス・グレイワーズである。
彼もまた、今のせつらと同じようにクエロと二人で行動し、クリーオウからは何が起こっても判らない場所へと出かけて行って、そして、帰って来なかった。
「――そっか」
クリーオウは気付いた。気付いて、しまった。
今さらだが蛇足を描こう。
音というのは大気の振動、波である。波は物に当たれば反射する。つまり音というのはそういう理屈で反響して、意外に遠い場所までうっかり届いたりする。地下道みたいな閉鎖空間ならなおさらだ。例えば暗闇に怯えてちんたら進んでいた金髪小娘の耳に、半キロほど離れた場所の戦闘音が届いたりすることもある。偶然だが。その戦闘音というのが例えば細いワイヤーが風を切る音だったり、男女の諍いの声だったり、拳銃の撃鉄音だったり、あとはなにやらプラズマ的な音だったりする、こともあるだろう。ちなみにクエロの武器である魔杖剣というのは、拳銃と似た機構を持っていて、クエロはそれで強力な防御障壁を発動できるそうだ。
これ以上ないほど、蛇足である。
○
 ドクロちゃんはふと、『桜くん』と刻み込んだ巨木相手のバッティング練習をやめた。もちろんフルスイングだ。
しばし虚空を見上げ、おもむろに<くんくんくん!>と匂いを嗅いで、
「焼肉……!!」
と叫ぶ。そう、ドクロちゃんの天使的嗅覚はお肉の焼けるジューシースメルを嗅ぎつけてしまったのです……!
「早く行かないとボクのお肉が売り切れちゃう! ああもうダメだよ桜くん! 桜くんにはボクのお肉をあげるから……!」
そして釘バットを片手にムーンウォークで全力ダッシュ。
と、おもむろに急ブレーキをかけて立ち止まり(急ブレーキは事故の元です。注意しましょう)、
「このビリっとした感じ……ダメッ!」
<ぶうんっ!>と振られた愚神礼賛の先端が音速超過の水蒸気を引いて、
「そんな電撃で桜くんを幼女趣味に引き込んだりしたらダメなんだからッ……!!」
そのまま上天へと大跳躍。
見よ――その姿。
どこかのお医者さんを見に来た月さえ<おおっ>と月光を強めてしまうそのボディ。愛らしい顔立ちの口元からは涎が一筋。
それはまさに天使の降誕ともいえる一枚絵。大上段に振り被った釘バット『愚神礼賛』が、月光を反射してキラリと光ります。
そして天使は重力の鎖に引かれ、大地に……!
「――地球割り」
しばし虚空を見上げ、おもむろに<くんくんくん!>と匂いを嗅いで、
「焼肉……!!」
と叫ぶ。そう、ドクロちゃんの天使的嗅覚はお肉の焼けるジューシースメルを嗅ぎつけてしまったのです……!
「早く行かないとボクのお肉が売り切れちゃう! ああもうダメだよ桜くん! 桜くんにはボクのお肉をあげるから……!」
そして釘バットを片手にムーンウォークで全力ダッシュ。
と、おもむろに急ブレーキをかけて立ち止まり(急ブレーキは事故の元です。注意しましょう)、
「このビリっとした感じ……ダメッ!」
<ぶうんっ!>と振られた愚神礼賛の先端が音速超過の水蒸気を引いて、
「そんな電撃で桜くんを幼女趣味に引き込んだりしたらダメなんだからッ……!!」
そのまま上天へと大跳躍。
見よ――その姿。
どこかのお医者さんを見に来た月さえ<おおっ>と月光を強めてしまうそのボディ。愛らしい顔立ちの口元からは涎が一筋。
それはまさに天使の降誕ともいえる一枚絵。大上段に振り被った釘バット『愚神礼賛』が、月光を反射してキラリと光ります。
そして天使は重力の鎖に引かれ、大地に……!
「――地球割り」
○
 死体は禁止エリアへ。不法投棄業者の気分で炭化した人間の残骸を投げ込んだ。刻印が発動し、彼の魂を貪欲に略奪する。
これで証拠隠滅は充分だ。禁止エリアに踏み込む生者はいないし、死者に口はない。
クエロ・ラディーンはそこまでやってようやく、一息をついた。
(これでいい。証拠が無ければ追求もされない)
もっとも、追求されたとしても大した問題ではない。サラも空目も死に、ゼルガディスとせつらも殺した今、
クエロを追求してくるとすればピロテースのみだ――クリーオウは誤魔化せる。
ピロテースをどう誤魔化すか、というのは難問だった。何しろ前提として、疑われているのだから。
彼女を納得させられるだけの嘘を幾通りか考え、一番勝算のある案はどれかと考える。
第七階位咒式の使用で負荷のかかった頭で、採用した案は単純なものだった――クリーオウを使う。
クリーオウ・エバーラスティンは無力で純真な少女だ。自分のような、薄汚れた咒式士――処刑人とは違う。
クエロの言葉は信じられずとも、クリーオウの言葉は信じられる。今までもそうだった。ならばこれからもそうするまでだ。
彼女を騙すのは簡単だ。今の自分の惨状を見せて――『襲撃され、せつらが殺された。反撃したが、逃げられた』。
クリーオウがこれをどうやって疑える? 身体の傷は戦闘の証拠――咒弾が減っているのは反撃したから――せつらの死体は襲撃者の手で禁止エリアに投げ込まれた――
クリーオウへの説明はこれで充分だろう。何しろ、クエロはこのゲームが始まった当初からクリーオウと行動を共にしている。
一番縁の深い仲間。あの少女がこちらを疑う理由は、ない。
(本当に役に立ってくれるわ、クリーオウ)
胸中で、感謝する。言葉に出せるほどの余裕はない。
と、足がもつれた。
「っ!」
無様に倒れる。
どうにか受身は取ったものの、少し擦り傷が出来た。とはいえ傷の一つや二つは今さらでしかないが。
身体中にある無数の傷。そこから滴り落ちる血液は体力そのものであり、負傷から来る熱がじりじりと残った体力を蝕んでいく。
痛覚などは随分前から忘却の彼方にある。アドレナリンの過剰分泌という問題だけではない。脳にそれを処理するだけのキャパシティが不足している。咒式。演算。頭痛。電子が磁場へ電荷との積を――
「う――」
意識が危うい。身体が休息を欲している。筋肉がアデノシン三リン酸を食い尽くしている。あとどれだけ動ける? 2-ヒドロキシプロパン酸すなわち乳酸に漬かった気分。
刻印さえなければ。この身体が正常で、咒弾があり、〈内なるナリシア〉があれば。咒式が好きなように使えればどいつもこいつも大した敵ではない。管理者も。ギギナも。そして臨也も。アマワも。
「……臨也。折原臨也。ガユスを殺した折原臨也」
名を口ずさむたびに、身体に憎悪が充填されていく。
「……アマワ。未来精霊アマワ。この下らないゲームを仕組んだ未来精霊アマワ」
名を口ずさむたびに、身体に憎悪が充填されていく。
「私は負けない。私は処刑人。私は殺す。幾ら奪われても尽きない憎悪で私は殺す――」
呟きの果てに――
クエロはようやく身体を起こした。
まだ動ける。いや、動かねばならない。
(まずは……クリーオウ、ね)
贖罪者マグナスを抱き、縋るように足を進める。右、左、右、左、右左左右右右左――歩き方とはどうだったか?
そんな些細なことすら考えなければ判らなくなった自分を、クエロは嘲笑した。
まずは右、と一歩を踏み出して、暗闇の中から光が来たのを感じた。懐中電灯の照明。
光に目を細め、光源に向かって言葉を投げる。
「クリー、オウ?」
返答は一拍置いてから。
「……クエロ」
感情を押し殺した声音で、クリーオウ・エバーラスティンが近付いてきていた。
これで証拠隠滅は充分だ。禁止エリアに踏み込む生者はいないし、死者に口はない。
クエロ・ラディーンはそこまでやってようやく、一息をついた。
(これでいい。証拠が無ければ追求もされない)
もっとも、追求されたとしても大した問題ではない。サラも空目も死に、ゼルガディスとせつらも殺した今、
クエロを追求してくるとすればピロテースのみだ――クリーオウは誤魔化せる。
ピロテースをどう誤魔化すか、というのは難問だった。何しろ前提として、疑われているのだから。
彼女を納得させられるだけの嘘を幾通りか考え、一番勝算のある案はどれかと考える。
第七階位咒式の使用で負荷のかかった頭で、採用した案は単純なものだった――クリーオウを使う。
クリーオウ・エバーラスティンは無力で純真な少女だ。自分のような、薄汚れた咒式士――処刑人とは違う。
クエロの言葉は信じられずとも、クリーオウの言葉は信じられる。今までもそうだった。ならばこれからもそうするまでだ。
彼女を騙すのは簡単だ。今の自分の惨状を見せて――『襲撃され、せつらが殺された。反撃したが、逃げられた』。
クリーオウがこれをどうやって疑える? 身体の傷は戦闘の証拠――咒弾が減っているのは反撃したから――せつらの死体は襲撃者の手で禁止エリアに投げ込まれた――
クリーオウへの説明はこれで充分だろう。何しろ、クエロはこのゲームが始まった当初からクリーオウと行動を共にしている。
一番縁の深い仲間。あの少女がこちらを疑う理由は、ない。
(本当に役に立ってくれるわ、クリーオウ)
胸中で、感謝する。言葉に出せるほどの余裕はない。
と、足がもつれた。
「っ!」
無様に倒れる。
どうにか受身は取ったものの、少し擦り傷が出来た。とはいえ傷の一つや二つは今さらでしかないが。
身体中にある無数の傷。そこから滴り落ちる血液は体力そのものであり、負傷から来る熱がじりじりと残った体力を蝕んでいく。
痛覚などは随分前から忘却の彼方にある。アドレナリンの過剰分泌という問題だけではない。脳にそれを処理するだけのキャパシティが不足している。咒式。演算。頭痛。電子が磁場へ電荷との積を――
「う――」
意識が危うい。身体が休息を欲している。筋肉がアデノシン三リン酸を食い尽くしている。あとどれだけ動ける? 2-ヒドロキシプロパン酸すなわち乳酸に漬かった気分。
刻印さえなければ。この身体が正常で、咒弾があり、〈内なるナリシア〉があれば。咒式が好きなように使えればどいつもこいつも大した敵ではない。管理者も。ギギナも。そして臨也も。アマワも。
「……臨也。折原臨也。ガユスを殺した折原臨也」
名を口ずさむたびに、身体に憎悪が充填されていく。
「……アマワ。未来精霊アマワ。この下らないゲームを仕組んだ未来精霊アマワ」
名を口ずさむたびに、身体に憎悪が充填されていく。
「私は負けない。私は処刑人。私は殺す。幾ら奪われても尽きない憎悪で私は殺す――」
呟きの果てに――
クエロはようやく身体を起こした。
まだ動ける。いや、動かねばならない。
(まずは……クリーオウ、ね)
贖罪者マグナスを抱き、縋るように足を進める。右、左、右、左、右左左右右右左――歩き方とはどうだったか?
そんな些細なことすら考えなければ判らなくなった自分を、クエロは嘲笑した。
まずは右、と一歩を踏み出して、暗闇の中から光が来たのを感じた。懐中電灯の照明。
光に目を細め、光源に向かって言葉を投げる。
「クリー、オウ?」
返答は一拍置いてから。
「……クエロ」
感情を押し殺した声音で、クリーオウ・エバーラスティンが近付いてきていた。
○
「クエロ、……せつら、は?」
「……ごめんなさい、クリーオウ。さっき、誰かに襲われて。せつらは……」
クエロ・ラディーンが何か言っている。だが違う。
(わたしが聞きたいのはそれじゃない)
クリーオウ・エバーラスティンは言葉を無視して、クエロに近付いた。
その時には、クエロも気付いていたのだろう――こちらの手に握られているものを。
強臓式拳銃“魔弾の射手”。
クリーオウは両手でそれをしっかりとホールドし、銃口をクエロに向けた。照準は胴体――無理に頭に当てる必要はない。今のクエロ・ラディーンにとっては、一発の銃弾が致命傷になるだろう。
せつらとの戦闘でついたのだろう負傷。そのお陰で自分が優位に立てる。クリーオウは彼に感謝して、トリガーに指をかけた。
そして銃弾ではなく、言葉を撃ち放つ。
「……せつらを殺したんでしょう」
その言葉は。
表面上は、何の変化も及ぼさなかった――あくまで表面上は、だが。
表情に変化はない。体勢に変化はない。呼吸にも変化はなく、心臓の脈動すら一定のままで。
だが――皮一枚隔てた裏側、骨肉と体液の逆位置で、蠢いているものを感じる。いや、蠢いているのだとクリーオウは想像した。
あるいはそれはただの妄想かもしれないが、少なくとも、目に見えず耳に聞こえぬレベルで、クエロの何かが変化した。
彼女は明日の天気でも聞くように、静かに言ってくる。
「ええ、そうね。それで――」
と、視線で拳銃を示し、
「――それであなたは何をするの? まさかそれで私を殺せると? あなたにそれが、」
「わたしができるかできないかは関係ないの」
クエロの言葉を遮って、クリーオウは言った。
「前に使ったことがあるから分かるの。わたしがどう思っていようがおかまいなしに、指を少し動かせば弾が出てクエロに当たる」
言って、改めてその重さを実感する。
拳銃。この鉄の塊は人を殺すための重さだ。
「答えて、クエロ――なんでせつらを殺したの?」
「その理由があなたの意に沿わないものなら、私を殺すというわけね」
その言葉には懐柔が、その視線には嘲笑が含まれている。
クエロ・ラディーンはこういう状況で、何の絶望もしていない。そのことにクリーオウは少し驚いた。
驚いて、しかし考えを変えた――彼女は単に、絶望し続けていただけではないか?
「……違う。わたしは撃つつもりなんてない――でも、クエロはこうしないと本当のことを言ってくれないでしょう?」
「あなたに撃つつもりがなくても、指が動けば私は撃たれるんでしょう?」
その言葉には嘲笑が、その視線には懐柔が含まれている。
放たれるたびに、こちらの何かが剥ぎ落とされていく。それは決意か覚悟か憎悪か、あるいは哀れみか。
「自分を騙したって無駄よ、クリーオウ。あなたは、せつらを殺した私なんて死んでもいいと思っている」
その言葉には弾劾が、その視線には憐憫が含まれている。
これではまるで、尋問されているのは自分の方だ――ふと、クリーオウは苦笑した。
事実、そうなのだろう。クリーオウ・エバーラスティンは裏切りの事実から感情を制御できていない。
そしてクエロ・ラディーンは、殺人の事実から感情を完全に制御できている。
ならば、そのもみくちゃになった感情をそのままぶつければいい。
クリーオウはそう思い、クエロが言葉を――言葉に似せた茨の檻を――放つ前に、自分から言葉を放った。
「約束する。わたしはクエロを撃たない。だから答えて」
「なら、武器を下ろしなさい。武器を持ったままの約束が、信用に値すると思っているの?」
言われて、クリーオウは銃口を下げた。そのまま、デイパックに仕舞った。
その――無防備になった瞬間に。
クエロが動くのは分かっていた。分かっていたが、クリーオウにはそうすることしかできなかった。
短剣が動く。刃が懐中電灯の灯りで煌き、銀光がクリーオウへと迫る――
刹那。
豪音と共に、クエロの背後に何かが落下してきた。
「……ごめんなさい、クリーオウ。さっき、誰かに襲われて。せつらは……」
クエロ・ラディーンが何か言っている。だが違う。
(わたしが聞きたいのはそれじゃない)
クリーオウ・エバーラスティンは言葉を無視して、クエロに近付いた。
その時には、クエロも気付いていたのだろう――こちらの手に握られているものを。
強臓式拳銃“魔弾の射手”。
クリーオウは両手でそれをしっかりとホールドし、銃口をクエロに向けた。照準は胴体――無理に頭に当てる必要はない。今のクエロ・ラディーンにとっては、一発の銃弾が致命傷になるだろう。
せつらとの戦闘でついたのだろう負傷。そのお陰で自分が優位に立てる。クリーオウは彼に感謝して、トリガーに指をかけた。
そして銃弾ではなく、言葉を撃ち放つ。
「……せつらを殺したんでしょう」
その言葉は。
表面上は、何の変化も及ぼさなかった――あくまで表面上は、だが。
表情に変化はない。体勢に変化はない。呼吸にも変化はなく、心臓の脈動すら一定のままで。
だが――皮一枚隔てた裏側、骨肉と体液の逆位置で、蠢いているものを感じる。いや、蠢いているのだとクリーオウは想像した。
あるいはそれはただの妄想かもしれないが、少なくとも、目に見えず耳に聞こえぬレベルで、クエロの何かが変化した。
彼女は明日の天気でも聞くように、静かに言ってくる。
「ええ、そうね。それで――」
と、視線で拳銃を示し、
「――それであなたは何をするの? まさかそれで私を殺せると? あなたにそれが、」
「わたしができるかできないかは関係ないの」
クエロの言葉を遮って、クリーオウは言った。
「前に使ったことがあるから分かるの。わたしがどう思っていようがおかまいなしに、指を少し動かせば弾が出てクエロに当たる」
言って、改めてその重さを実感する。
拳銃。この鉄の塊は人を殺すための重さだ。
「答えて、クエロ――なんでせつらを殺したの?」
「その理由があなたの意に沿わないものなら、私を殺すというわけね」
その言葉には懐柔が、その視線には嘲笑が含まれている。
クエロ・ラディーンはこういう状況で、何の絶望もしていない。そのことにクリーオウは少し驚いた。
驚いて、しかし考えを変えた――彼女は単に、絶望し続けていただけではないか?
「……違う。わたしは撃つつもりなんてない――でも、クエロはこうしないと本当のことを言ってくれないでしょう?」
「あなたに撃つつもりがなくても、指が動けば私は撃たれるんでしょう?」
その言葉には嘲笑が、その視線には懐柔が含まれている。
放たれるたびに、こちらの何かが剥ぎ落とされていく。それは決意か覚悟か憎悪か、あるいは哀れみか。
「自分を騙したって無駄よ、クリーオウ。あなたは、せつらを殺した私なんて死んでもいいと思っている」
その言葉には弾劾が、その視線には憐憫が含まれている。
これではまるで、尋問されているのは自分の方だ――ふと、クリーオウは苦笑した。
事実、そうなのだろう。クリーオウ・エバーラスティンは裏切りの事実から感情を制御できていない。
そしてクエロ・ラディーンは、殺人の事実から感情を完全に制御できている。
ならば、そのもみくちゃになった感情をそのままぶつければいい。
クリーオウはそう思い、クエロが言葉を――言葉に似せた茨の檻を――放つ前に、自分から言葉を放った。
「約束する。わたしはクエロを撃たない。だから答えて」
「なら、武器を下ろしなさい。武器を持ったままの約束が、信用に値すると思っているの?」
言われて、クリーオウは銃口を下げた。そのまま、デイパックに仕舞った。
その――無防備になった瞬間に。
クエロが動くのは分かっていた。分かっていたが、クリーオウにはそうすることしかできなかった。
短剣が動く。刃が懐中電灯の灯りで煌き、銀光がクリーオウへと迫る――
刹那。
豪音と共に、クエロの背後に何かが落下してきた。
○
 落ちてきた少女は土埃にケホケホと咳をして、釘バットを手にクルリと一回転した。
その回転速度で大気が動き、ゴウッと豪風になって土埃を吹き飛ばす。
と、そこで見知らぬ人影二人から注視されていることに気付き、釘バットを振り上げてポージング。にっこりと笑う。
その回転速度で大気が動き、ゴウッと豪風になって土埃を吹き飛ばす。
と、そこで見知らぬ人影二人から注視されていることに気付き、釘バットを振り上げてポージング。にっこりと笑う。
 撲殺天使ドクロちゃん、堂々の登場である。
「こんにちはー!」
もう夜だというのに『こんにちは』と挨拶をするドクロちゃん。うっかりニューヨーク出身かと思ってしまうが単なる時差ボケである。
その天然ボケっぷりには誰もが微笑んでしまうだろう。撲殺天使ドクロちゃんは魔性の女である。
とはいえそんなことは全く知らないのがクリーオウ・エバーラスティンとクエロ・ラディーンのコンビ。
クリーオウは呆然としたまま、クエロはなんとか魔杖短剣をドクロちゃんに向けたが、咒式をトリガーするかどうかは決めかねている。
と、挨拶に返事が無いことに怒ったドクロちゃん。プンプンと頬を膨らませ、ブンブンと愚神礼賛を振り回して、
「もうっ。誰かに挨拶されたらちゃんと返さないと、ちゃんとした大人になれない――」
そこでハッ、と何かに気付いたかのように後ずさり、
「まさか――もう桜くんにイケナイ手術を……!?」
呟いて、イヤイヤと首を、ブンブンと愚神礼賛を振って、
「そんなの――フキョカッ!!」
<カッ!!>と目を見開いて愚神礼賛を投げつけるドクロちゃん。
投げられた愚神礼賛は――ああ、なんということだろう。
猛烈なスピンのかけられた鉄バットはその空力特性を存分に活かし、土埃を纏っていくではありませんか。
土色に染まり、地面スレスレで飛来するその鉄バットはそう――大リーグバット2号!
大地の保護色に彩られたバットに、クリーオウは反応できない。
反応できたのはクエロ。地面スレスレで飛来する愚神礼賛にあわせるように魔杖短剣〈贖罪者マグナス〉を構え――
しかし!
大リーグバット2号はその対応をあざ笑うかのように<グワァ――――ン!!>とホップした!
その動きにクエロは対応できなかった。
愚神礼賛が右の胸に突き刺さる。
鉄バットに生えた鉄の棘がマグナスを弾き飛ばす。
そして愚神礼賛の運動ベクトルを受け取ったクエロの身体が、ねじ回りながら吹っ飛んだ。
「クエロ――!」
クリーオウの叫びに、クエロは残る左肺の空気の全てを使って、
「――逃げなさい!」
叫んだ瞬間、血を吐いた。もはや声は出ない。出せない。
「っ、クエロ……」
クリーオウは迷い、しかし、クエロの言葉に従って踵を返した。
「待ってて――ピロテースを呼んで来るから、待ってて――」
地下道の暗闇に向かって走り出すクリーオウ。
少女の身体が、はためく金髪が、すぐに暗闇へと呑まれた。
「逃げるのは――フキョカッ!」
そしてそれを追いかけるドクロちゃん。軽やかなステップで走り出し、まずクエロに突き刺さった愚神礼賛を引っこ抜いた。
鮮血が吹き出る。
「後で治すから――!」
だけどそれを無視してドクロちゃんはクリーオウを追いかける。愚神礼賛じゃちゃんと治せないことなど、既にキレイサッパリ消えている。見たまえこの真っ白なショーツを……!
血まみれ致命傷のクエロを一人残して、クリーオウとドクロちゃんは去った。
ピロテースが来てもどうにもならないと、クエロ・ラディーンは判っていた。何しろ血まみれ致命傷である。
あるいは咒式が使えればどうにかなるかもしれない――だが、魔杖短剣は弾き飛ばされて、手元にない。そしてそこまで這って行く体力も、クエロ・ラディーンには残っていない。
暗闇の中、一人の時間が訪れた。
そこにガユスが現れた。
もう夜だというのに『こんにちは』と挨拶をするドクロちゃん。うっかりニューヨーク出身かと思ってしまうが単なる時差ボケである。
その天然ボケっぷりには誰もが微笑んでしまうだろう。撲殺天使ドクロちゃんは魔性の女である。
とはいえそんなことは全く知らないのがクリーオウ・エバーラスティンとクエロ・ラディーンのコンビ。
クリーオウは呆然としたまま、クエロはなんとか魔杖短剣をドクロちゃんに向けたが、咒式をトリガーするかどうかは決めかねている。
と、挨拶に返事が無いことに怒ったドクロちゃん。プンプンと頬を膨らませ、ブンブンと愚神礼賛を振り回して、
「もうっ。誰かに挨拶されたらちゃんと返さないと、ちゃんとした大人になれない――」
そこでハッ、と何かに気付いたかのように後ずさり、
「まさか――もう桜くんにイケナイ手術を……!?」
呟いて、イヤイヤと首を、ブンブンと愚神礼賛を振って、
「そんなの――フキョカッ!!」
<カッ!!>と目を見開いて愚神礼賛を投げつけるドクロちゃん。
投げられた愚神礼賛は――ああ、なんということだろう。
猛烈なスピンのかけられた鉄バットはその空力特性を存分に活かし、土埃を纏っていくではありませんか。
土色に染まり、地面スレスレで飛来するその鉄バットはそう――大リーグバット2号!
大地の保護色に彩られたバットに、クリーオウは反応できない。
反応できたのはクエロ。地面スレスレで飛来する愚神礼賛にあわせるように魔杖短剣〈贖罪者マグナス〉を構え――
しかし!
大リーグバット2号はその対応をあざ笑うかのように<グワァ――――ン!!>とホップした!
その動きにクエロは対応できなかった。
愚神礼賛が右の胸に突き刺さる。
鉄バットに生えた鉄の棘がマグナスを弾き飛ばす。
そして愚神礼賛の運動ベクトルを受け取ったクエロの身体が、ねじ回りながら吹っ飛んだ。
「クエロ――!」
クリーオウの叫びに、クエロは残る左肺の空気の全てを使って、
「――逃げなさい!」
叫んだ瞬間、血を吐いた。もはや声は出ない。出せない。
「っ、クエロ……」
クリーオウは迷い、しかし、クエロの言葉に従って踵を返した。
「待ってて――ピロテースを呼んで来るから、待ってて――」
地下道の暗闇に向かって走り出すクリーオウ。
少女の身体が、はためく金髪が、すぐに暗闇へと呑まれた。
「逃げるのは――フキョカッ!」
そしてそれを追いかけるドクロちゃん。軽やかなステップで走り出し、まずクエロに突き刺さった愚神礼賛を引っこ抜いた。
鮮血が吹き出る。
「後で治すから――!」
だけどそれを無視してドクロちゃんはクリーオウを追いかける。愚神礼賛じゃちゃんと治せないことなど、既にキレイサッパリ消えている。見たまえこの真っ白なショーツを……!
血まみれ致命傷のクエロを一人残して、クリーオウとドクロちゃんは去った。
ピロテースが来てもどうにもならないと、クエロ・ラディーンは判っていた。何しろ血まみれ致命傷である。
あるいは咒式が使えればどうにかなるかもしれない――だが、魔杖短剣は弾き飛ばされて、手元にない。そしてそこまで這って行く体力も、クエロ・ラディーンには残っていない。
暗闇の中、一人の時間が訪れた。
そこにガユスが現れた。
○
 そのガユス・レヴィナ・ソレルの姿を見て、クエロ・ラディーンは自分の死を再確認した。
ガユスは死んだ――折原臨也に殺されて。精霊アマワに弄ばれて。だから臨也とアマワを憎悪する。
(死の寸前に見る幻覚――)
声が響いた。
「クエロ・ラディーン」
その声は、記憶にあるガユスのものと同じだった。
(死の寸前に聞く幻聴――)
その思考を、クエロは打ち切った。
目の前にいるガユスの――ガユスのようなものの姿を良く見る。
それは確かにガユスだった。記憶の全てに適合する。間違いなくガユス・レヴィナ・ソレルで、誤謬なくガユス・レヴィナ・ソレルだった。
しかしそれは違うのだ。それはガユスではないのだ。咒式士としておかしい感覚だが、理屈ではなくそれが判る。
それはガユスの姿を真似ているだけだ。それはガユスの姿を模倣しているだけだ。それはガユスの姿をした贋作でしかないものだ。
生体変化系咒式士の〈変幻士〉――否。これは違う。咒式士としておかしい感覚だが、理屈ではなくそれが判る。
これは万物に対する挑戦だ。これは生命に対する罵倒だ。これは人間に対する愚弄だ。これは――悪だ!
思考が戻る。〈処刑人〉ではない正義の咒式士のそれに。
「――アマワ」
出ないはずの声が、出た。
「不思議なことだ……なぜお前たちはすぐに分かる? どういう思考から確信を得ている?」
ガユスの声で、ガユスの姿で、アマワは言う。憎悪が沸く。底無しに底抜けに、憎悪が湧き出る。
これこそが、目の前にいるそれがガユスではないという確信だった。
この感情は違う。
ガユスに対する殺意ではなく、ガユスに対する憎悪ではなく、ガユスに対する悲哀ではなく、ガユスに対する愛情ではない。
「答えないのか」
アマワが言う。クエロは答えない。
「ならばそちらが問うといい。わたしは出会った者に、たったひとつだけ質問を許している。その質問でわたしを理解せよ。理解して――証明せよ」
アマワの言葉をクエロは聞いていない。
ただ、這った。四肢に力を入れる。断裂した筋肉を気合で動かして、前に進む。
「……クエロ・ラディーン。問わないのか。問わないのであれば……お前には答える意思もないと判断するが」
ガユスの姿をしたアマワがガユスの声で何か言っている――そんなものは雑音に過ぎない。
なぜならあれはガユスではない。ガユスではなく、何物でも何者でもない。あれは存在しない。
存在しないものが何かを言うはずもない。クエロに聞こえている言葉の全てはただの空耳に過ぎない――
クエロは手を伸ばした。マグナスの柄を掴み、引き寄せる。咒弾は装填済み。
咒式を紡ぐ。
「答えぬのであれば――もはや用もない――」
「答えろ、ですって?」
呟いた一言は、虫の羽音のような小声だったが。
アマワの言葉を遮るには充分だった。どうせ誰も聞いていないような言葉だ、遮られて困る聴衆はいない。
「たかが悪ごときが、何を言うかっ!!」
その言葉には怒気が、その視線には憎悪が含まれている。
「私が一人になってから現れたのは何故だ? 私が死に掛けてから現れたのは何故だ? おまえたちはいつもそうだ――」
紡いだ咒式は電磁雷撃系第七階位<電乖天極輝光輪斬>――
放つ瞬間。アマワが言った。
「それが――質問か? クエロ・ラディーン」
「質問? 違うわ。これは――」
位相空間で加熱加速した高温高速のプラズマジェットにアルカリ金属粒子が添加され、電気抵抗が低下。
プラズマに放電。導体中を電流が流れることで導体周囲に発生した磁場が、プラズマの流れを誘導・安定・収束。
「――これは〈処刑〉だっ!!」
横薙ぎに放たれた死の光輪が、アマワの胴体を貫いた。
「それでは駄目だ、クエロ・ラディーン――お前には失望した」
胴体をプラズマで薙ぎ焼かれても、アマワは滅びない。
そして――クエロ・ラディーンは、終わった。
ガユスは死んだ――折原臨也に殺されて。精霊アマワに弄ばれて。だから臨也とアマワを憎悪する。
(死の寸前に見る幻覚――)
声が響いた。
「クエロ・ラディーン」
その声は、記憶にあるガユスのものと同じだった。
(死の寸前に聞く幻聴――)
その思考を、クエロは打ち切った。
目の前にいるガユスの――ガユスのようなものの姿を良く見る。
それは確かにガユスだった。記憶の全てに適合する。間違いなくガユス・レヴィナ・ソレルで、誤謬なくガユス・レヴィナ・ソレルだった。
しかしそれは違うのだ。それはガユスではないのだ。咒式士としておかしい感覚だが、理屈ではなくそれが判る。
それはガユスの姿を真似ているだけだ。それはガユスの姿を模倣しているだけだ。それはガユスの姿をした贋作でしかないものだ。
生体変化系咒式士の〈変幻士〉――否。これは違う。咒式士としておかしい感覚だが、理屈ではなくそれが判る。
これは万物に対する挑戦だ。これは生命に対する罵倒だ。これは人間に対する愚弄だ。これは――悪だ!
思考が戻る。〈処刑人〉ではない正義の咒式士のそれに。
「――アマワ」
出ないはずの声が、出た。
「不思議なことだ……なぜお前たちはすぐに分かる? どういう思考から確信を得ている?」
ガユスの声で、ガユスの姿で、アマワは言う。憎悪が沸く。底無しに底抜けに、憎悪が湧き出る。
これこそが、目の前にいるそれがガユスではないという確信だった。
この感情は違う。
ガユスに対する殺意ではなく、ガユスに対する憎悪ではなく、ガユスに対する悲哀ではなく、ガユスに対する愛情ではない。
「答えないのか」
アマワが言う。クエロは答えない。
「ならばそちらが問うといい。わたしは出会った者に、たったひとつだけ質問を許している。その質問でわたしを理解せよ。理解して――証明せよ」
アマワの言葉をクエロは聞いていない。
ただ、這った。四肢に力を入れる。断裂した筋肉を気合で動かして、前に進む。
「……クエロ・ラディーン。問わないのか。問わないのであれば……お前には答える意思もないと判断するが」
ガユスの姿をしたアマワがガユスの声で何か言っている――そんなものは雑音に過ぎない。
なぜならあれはガユスではない。ガユスではなく、何物でも何者でもない。あれは存在しない。
存在しないものが何かを言うはずもない。クエロに聞こえている言葉の全てはただの空耳に過ぎない――
クエロは手を伸ばした。マグナスの柄を掴み、引き寄せる。咒弾は装填済み。
咒式を紡ぐ。
「答えぬのであれば――もはや用もない――」
「答えろ、ですって?」
呟いた一言は、虫の羽音のような小声だったが。
アマワの言葉を遮るには充分だった。どうせ誰も聞いていないような言葉だ、遮られて困る聴衆はいない。
「たかが悪ごときが、何を言うかっ!!」
その言葉には怒気が、その視線には憎悪が含まれている。
「私が一人になってから現れたのは何故だ? 私が死に掛けてから現れたのは何故だ? おまえたちはいつもそうだ――」
紡いだ咒式は電磁雷撃系第七階位<電乖天極輝光輪斬>――
放つ瞬間。アマワが言った。
「それが――質問か? クエロ・ラディーン」
「質問? 違うわ。これは――」
位相空間で加熱加速した高温高速のプラズマジェットにアルカリ金属粒子が添加され、電気抵抗が低下。
プラズマに放電。導体中を電流が流れることで導体周囲に発生した磁場が、プラズマの流れを誘導・安定・収束。
「――これは〈処刑〉だっ!!」
横薙ぎに放たれた死の光輪が、アマワの胴体を貫いた。
「それでは駄目だ、クエロ・ラディーン――お前には失望した」
胴体をプラズマで薙ぎ焼かれても、アマワは滅びない。
そして――クエロ・ラディーンは、終わった。
○
 その瞬間、ドクロちゃんは石に躓いて転んだ。
こんなところでもドジっ子っぷりを見せ付けるドクロちゃんに、誰もが魅了されてやまない。ドクロちゃんは正しく魔性の女である。
それはそうとドクロちゃんが転んで地面に倒れた瞬間、その真上をプラズマジェットの光刃が貫いた。
それはクエロ・ラディーンがアマワに放ったもので、ドクロちゃんはうっかり射程範囲だったのだ。
それは倒れたドクロちゃんの真上を貫いた瞬間、消えた。ドクロちゃんはちょっと膝をすりむいただけである。
それはまあ、どうでもいいことだが。
こんなところでもドジっ子っぷりを見せ付けるドクロちゃんに、誰もが魅了されてやまない。ドクロちゃんは正しく魔性の女である。
それはそうとドクロちゃんが転んで地面に倒れた瞬間、その真上をプラズマジェットの光刃が貫いた。
それはクエロ・ラディーンがアマワに放ったもので、ドクロちゃんはうっかり射程範囲だったのだ。
それは倒れたドクロちゃんの真上を貫いた瞬間、消えた。ドクロちゃんはちょっと膝をすりむいただけである。
それはまあ、どうでもいいことだが。
【009 クエロ・ラディーン 死亡】
【残り40人】
【残り40人】
【E-4/地下通路/1日目・19:00頃】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。
[装備]:強臓式拳銃“魔弾の射手” 
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:ピロテースを呼んで来る。
みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[備考]:アマワと神野の存在を知る
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。
[装備]:強臓式拳銃
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:ピロテースを呼んで来る。
みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[備考]:アマワと神野の存在を知る
【E-4/地下通路/1日目・19:00頃】
【ドクロちゃん】
[状態]:健康。足は大体完治。
[装備]:愚神礼賛 
[道具]:無し
[思考]:クリーオウを追いかける。クエロは後で治そう。
[備考]:まともに治療できないことは忘れました。
【ドクロちゃん】
[状態]:健康。足は大体完治。
[装備]:
[道具]:無し
[思考]:クリーオウを追いかける。クエロは後で治そう。
[備考]:まともに治療できないことは忘れました。
※せつらの死体は禁止エリアに投げ込まれました。
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