「名誉も称賛も要らない、ただ君だけに認めてもらえればそれでいい。さあ、何でも言ってくれ、君が望むなら何に代えてでも叶えるから」
「え、いや、いいですよ別に。というか急にどうしたんですか? 気持ち悪い……っていうか重いですよ」
「き、気持ち悪い? 泣くよ? 今の私はちょっとしたことで泣くからね? 発言には気を付けなよ」
「だいたい、君のせいで私はこんなに弱くなったんだから、ちゃんと責任とってもらわないと」
「だから重いんですって。しかも何ですか責任って、私何もしてませんよ?」
「君が私を救ったんだ。救った側には恩返しを受ける義務があるだろう?」
「何でも私に頼ること。そしてちゃんと私を褒めること。まずはこのふたつだね」
「何ですかその新手の当たり屋みたいな理論。今までとは別ベクトルでめんどくさいですね」
「あ、でも、そういえばひとつだけやってほしいことがありました」
「何でもするよ」
「あれやってくださいよ、3回まわってワンと鳴くやつ。まあプライドの高いあなたにはでき――」
「ワン」
「うわ、本当にやるんですね……。とても滑稽ですけど、プライドとかないんですか?」
「君こそが私の誇りだ。君を守り、君に仕え、君と――」
「もう1回やってください」
「ワン」
「本当に従順ですね。じゃあ次はお座り」
「はい」
「お手」
「はい」
「伏せ」
「はい」
「もういいですよ、思ったより面白くないですしね」
「…………」
「な、何ですかその眼は? やっぱり怒りました?」
「違う」
「……じゃあ何ですか、黙ってても私は察したりしませんよ」
「褒めてほしいって言ったじゃないか、そこはちゃんとしてほしい」
「はあ、本当にめんどくさいですね。ほーらよしよし、偉いですねー。これでいいですか?」
「ふ、ふふっ、ありがとうベル。こんなに嬉しいのは初めてだよ」
「ああ、どうしようベル、好きだ。大好き。君のためならなんだってする。だからこれからも傍に置いてほしい」
「……どうしたんですか、本当に。変わりすぎですよ。つらいことでもありましたか?」
「もう忘れた。前の私がいいならそうするよ。君の好きなようにしたい」
「いいですよどうでも。それに私はあなたに英雄なんて望んでません。あと小間使いみたいなあなたは見ていて楽しくないのでやめてください」
「君が言うならそうしよう。でも君の為なら何でもすると言ったことは撤回しないよ。いつでも頼ってくれていいし、私も拒まないから」
「はあ、何も分かってないようなのでこれからちょっと説教しますね。神官として、流石に今のあなたを見過ごすわけにはいきませんから」
「誰かの為にあろうとする志は素晴らしいものですが、今のあなたはまるで逆で、誰かにすがり付こうとしているだけです。まあこれでも私はザイア神官なので弱者を救う義務がありますから、望むのなら今のあなたを保護するくらいはします。でもそれは神官としての義務感です。もし本当にあなたが私を好きだとして、私がその想いに応えることはないでしょうね。前のあなたの方がまだ魅力的でした」
「それに私が言うのもなんですが、つらいことがあったからって自棄になるのはみっともないですよ。自分でもケイさんに言ってたじゃないですか“真面目に生きろ”って。医者の不養生は笑われますよ? だからほら、えーっと“誇りは力を強くする”です。まっとうな誇りを取り戻して、強いあなたになってください。それなら考えてあげないこともないです」
「ちなみに私の理想は高いですよ。強くてかっこよくて可愛くて綺麗な英雄を近くで見てますからね。流石にそこまでは無理でも、せめて目指し続けるくらいはしてもらわないと妥協できませんね」
「う、結構言うね。……でも、分かった、もう少し頑張ってみるよ。少し頑張って、君の理想を超える。まあすぐだと思うから今に見てなよ、妥協なんて言えなくなるから」
「でも君のほうこそいいのかな? せっかくこの私が選んであげるって言ったのに。まあ私も多少の妥協はしてあげるけどね」
「はいはい、そうですね。そんな感じでした」
「私の適当な説教で持ち直すくらいなら最初から教会に行ってくださいよめんどくさい。まったく……、説教料として今度スウィーツおごってもらいますからね?」
「君の言うことを何でも聞く私は嫌なんだろう?」
「戻ったら戻ったでめんどくさいですね。じゃあいいですよ、ひとりで行きますから」
「あ、待って!」
「……あー、ほら、ひとりじゃ可哀想だから一緒に行ってあげるよ。それに私はいま機嫌がいいからおごってあげてもいい。特別だよ?」
ベルさんだってちゃんと神官なんだぞというお話。
本当なら
ニャングオウの語尾に“ニャン”をつけさせたり、食事の時に“待て”を覚えさせたりしたかったけど、なんかベルさんのストレスが大変なことになりそうだからやめておいた。
このあと、
ニャングオウがやたらベルにかっこつけたり、ちょっと褒められると脱力するようになったり、機嫌の悪いベルを見るとそわそわするようになるお話がある。当然、面倒だから書く気はないし、本編には何の関係もない。
ほかにこのルートに進めそうなのはスカーフィ、ミラ、ヨナあたり。
スカーフィやミラならこの
ニャングオウを受け入れてふたり静かに暮らすエンド。
ヨナも受け入れるけど、繰り返し“
ニャングオウはそれでいいの?”とか聞いて、時間をかけてこっちのエンドにたどり着く。
リンゼとユキは声を掛けない気がする。ケイは励ますけど受け入れずに放置してより悪化させそう。リーゼは励まそうとするけど当たり障りないことしか言わないから多分ムリ。ロキリは論外。
あの一件以降、私は大きく変わってしまった。
何もかもあの不良神官のせいだ、私を救い上げたと思えば突き放して、そうかと思えばまた甘やかす。
大体、何が“自棄に走るのはかっこ悪い“だ、聞けば彼女こそまさにその典型じゃないか。よくもまあ他人に大きな口が利けたものだ。
本当にふざけた話だと思う。どうしてあんな薄っぺらい言葉に心動かされてしまったのだろう、いくら弱り切っていたとはいえ、自分が情けなくなる。
そう、何より許しがたいのは自分自身だ。あのときのことは百歩譲ってよしとしよう。弱みに付け込まれただけ、そう思える。
しかし今のこの体たらくは何だろう? 普段から何か欲しいものはないか聞いては贈り、外出すると聞けば偶然を装って同行する。極め付きにこの前なんか手を繋いでほしいとねだってしまった。
これではまるで、私が、彼女のことを好きみたいじゃないか。しかもあっちは全然そんな感じじゃないし! この私がここまでしているのに! もうこんなことやめようと何度思ったことか。
それでも私が変われないのは彼女に責任がある。
何か渡すとちょっと申し訳なさそうにしながらも受け取ってくれるし、嫌なら断ればいいのに「別にいいですけど」とか言って受け入れる。そして毎回、ぽん ぽん と頭を撫でてくる。
実は、それこそあの一件以降、彼女に頭を撫でられると幸福感で満たされるようになってしまった。別にそれ自体は悪いことでもないと思うけど、あの性悪にそれを知られたのがよくなかった。
ことあるごとに頭を撫でてくるのだ、まるでよくできたペットにご褒美を与えるかのように。私も私で、まんまとその手管に乗せられて今では自分から頭を差し出すようにまでなってしまった。
たまに彼女の機嫌が悪いときは撫でてくれなかったりして、そんなときは悲しみで涙が出てくるし上手く息ができなくなる。
だから私はいつだって彼女の顔色を窺っているし、それが曇ることのないよう気を配っている。
たった1本の腕だけで彼女は私をここまで支配しているのだ。
安いやつだと思われているかもしれない。正直、自分でもそう思う。でももう本音のところでは、戻れないとも、戻らなくていいとも思ってしまう。
それくらいの扱いでいいから傍にいさせてほしい。私の気持ちに応えてほしいなんて贅沢は言わないから、私の知った腕1本分の幸せを取り上げないでほしい。
じゃないと私は、今みたいに強がることもできなくなるから。
あのとき彼女が私に言った”強い私”なんてもうどこにもいない。ここにいるのは相変わらず弱い私で、彼女に見限られたくないがために強がっているに過ぎない。
ごめんねベル、きっと気づいていると思うけど、どうか見逃してほしい。あなたのその甘さにすがらせてほしい。そして願わくば、いつの日か妥協して私を選んでくれないだろうか。
俺、実は退廃的依存物萌えなんだ。
ニャングオウさんは潜在的に誰かに仕えたいって意識を持ってる設定があるんだよね。
こっそり前編もすこし改変した。ベルさんのイメージが定まらないんじゃ……。
最終更新:2021年08月20日 02:58