私の記憶はもっとも古い時点までさかのぼってもFHの施設から始まる。無機質な施設ではあったけどそもそもそれ以外の暮らしを知らなかったし、同じくらいの年齢の子達と一緒に過ごす日々はそれなりに充実していたように思う。
施設では日頃から
ニャングオウさんについての伝説を聞かされていた。たぶん私たちの誰もがその英雄譚に憧れ、無垢な心はそれを唯一絶対の正義と思い込んでいた。
私たちが十歳になるころ、施設には10人の適合者がいた。適合者というのは私たちのことで、英雄になれる可能性をもつ選ばれた子どもたちなんだと教えられていた。今となっては賢者の石を埋め込まれて拒否反応を示さなかった適合者だったのだと思う。
このころから私たちには戦闘訓練が課された。ある程度の身体的成長を待っていたのだろう。日本の一般的な子どもから見たら狂った環境だったけど、それでもみんなと一緒に何かに取り組む日常は楽しかった。
ある日、私たちの日常は突然に崩された。崩されたというよりは満ちた水が溢れたというほうが正確だったかもしれない。
施設の大人から剣を渡され、ともに育ってきた家族たちと殺し合えと命令された。
最初は何を言っているのかわからなかった。大人たちは理由とか根拠とかをペラペラ喋っていたけど何も頭に入ってこない。
私たちの殺し合いは大人たちによって監督され、まるでそれ自体を見世物とするように勝ち抜き戦で行われた。対面してすぐに「そんなことできない」とか「自分が死んだほうがマシ」とか言う子も結構いたけど、勝つたびに口数は減って表情も消えていった。
私は……私は酷い奴だから、ためらいながらも結局は彼女たちの命を消費していった。「そうしないと終わらないから」とか「相手に自分の命を背負わせられない」とか自分に言い聞かせながらも、最後には苦痛と恐怖の悲鳴を上げる家族を我が身可愛さに殺した。
「ごめんね紫、あなたに全部、背負わせちゃって……」
最後の家族と最後の挨拶を終えて、涙と一緒に何もかも手遅れな後悔を叫んでいたとき、私に声がかけられた。
『大丈夫? 私の力が必要かな?』
あまりにも軽薄な声、あまりにも無神経な言葉、あまりにも遅い救い。もしかしたらこれが私の人生で初めての怒りだったかもしれない。周囲を見渡しても誰もいない。物言わぬ骸が残るだけだ。
『そ、そんなに怒らないでよ……私だっていきなりで、何が何だかわからないんだって』
ふざけるな、わからないなら黙っていろ。怒りでどうにかなりそうだった。――しかしその感情をぶつける対象もない。
『まあ、ほら、まずは落ち着きなよ、落ち着いて話をしよう』
きっと私はおかしくなっていたのだろう。家族を殺して、心を殺し続けて、おかしくなって当然だ。これまでは家族に情けない姿を見せないように気を張っていたけど、最後の家族もいなくなってついに限界が来たんだ。
『君はまだ正気だよ。……あれ? 君が私を望んだんじゃないの?』
私が望んだ? 私の望みなんて、もう叶わない。しいていうなら、これまでの全部が嘘であってほしいくらいだ。あるいは、それこそ物語の英雄でも現れてくれれば何もかもを救ってくれるのだろうか。
『――ああ、それならやっぱり私の力が必要だね』
『私は
ニャングオウ、君の物語の英雄だよ』
あれからいくらかの時間が過ぎた。私の絶望と狂気の結晶と思っていた
ニャングオウさんはどうやら本物らしく、大人たちは諸手を挙げて喜んでいた。しかし私が実戦に投入されるとすぐに彼らは手のひらを返す。
私は弱かった。彼らの期待した水準に達してはいなかった。「人格まで完全に染まればよかったのに」とか「せっかくの素質が台無しだ」とかいろいろ言われた。
ニャングオウさんは心の中で言い返したり怒ったりしていたけど、私はそこまで思うこともなかった。ダメなことくらいわかっていたし、怒るのも大変だったから。
でも、「10人も使ってこれか」と言われたときだけは、どうしようもない悲しみと怒りと無力感が心を満たした。息を吸って吐く、両足でバランスをとって立つ、そんな簡単なことをどうしていいかわからなくなる。視界が歪んで意識が朦朧とする。そして――
「君たちは思慮が足りないよね、確かに私は英雄だよ、私は英雄だけどこの子の体は平凡じゃん。戦いの基本は変わらなくても、自分の能力によって役割とかやり方が違うのは当然だろう?」
「あん? ……ああ、急にどうしたかと思えば、英雄の振りをして自分の無能をごまかそうとでもしているのか? いいことを教えてやろう、英雄
ニャングオウはそんなくだらない言い訳はしない」
「は? ……はあ、君は違うみたいだね」
私の口が勝手に言葉を発する。ダメだ、そんなこと言ったらきっと怒られる。
「思い上がるな、お前は選ばれただけだ、決して選ぶ側になったわけじゃない」
「思い上がっているのは君たちだよ、これまでも思っていたけど君たちは私にも、この子にもふさわしくないね」
そう言って立ち去ろうとする私、いや
ニャングオウさん。自分以外が動かす私の体はまるで現実感がなく、ドラマでも見ている気分だった。
「おい、どこへ行くつもりだ? 逃げられるとでも思っているのか?」
とても思えない。この場にはいま話しているリーダーさんのほかにも4人の大人たちがいる。彼らは何を言うでもなく動き、気味の悪いにやけ顔で私たちをゆるく取り囲んでいる。
「いまならまだ冗談だったで済むぞ、我々も一人娘の成長として笑って流そう」
「5、4、3――」
圧倒的優位を確信しているカウントダウンも
ニャングオウさんは意に介さない。私は恐怖と焦燥に炙られながらも「一人娘」という言葉だけ飲み込めずにいた。
「2、1、ゼロ。仕方ない、教育の時間だ。なるべく早く素直になってくれよ? 殴る拳も、痛いんだぜ!」
「あのさ――」
周囲の大人たちが一斉にエフェクトを発動する。
ニャングオウさんはなにかつぶやきかけて止め、まるで虫を払うかのごとく無造作に剣を一閃する。
「あっ、いたっ! 締まらないなあ……」
手品かなにかにしか見えなかった。別人とはいえ、いや別人にもかかわらず私の体で襲い来る超常の力を斬り払い、すれすれで回避する。
「本当は全部避けるつもりだったんだけどね、やっぱり勝手が違って上手くいかなかったよ」
失敗したような口ぶりが逆説となって
ニャングオウさんの力量を物語る。さっきまで嘲りと哀れみで口角を上げていた大人たちも警戒心から顔をしかめた。
「それでさ、君に言いたいことがあるんだけどいいかな、いいよね?」
「なんだ?」
「まず、君は君が思っているよりずっと強い」
そう言って
ニャングオウさんは銃弾のように飛び出し、すれ違いざまに二人斬り伏せる。
「は?」
「次に、君の置かれている環境は劣悪もいいところだ」
すぐに反撃してきた一人を丁寧にいなして斬り捨てる。
「おい! 何を言っている!」
「そして目の前の敵を倒せば逃げ出せる……絶好の機会とは思わないかな?」
ニャングオウさんは私に戦い方を教えるように鮮やかな身のこなしで更にもう一人を正面から斬って下す。
いや、教えるようにではない、まさしく教えてくれたのだろう。私には力があって機会も与えられているということを。
「お、おいおい、まさか、本当に……」
「そうですよね……苦しくても、怖くても、進まないと……私は、みんなに誇れるように、生きないと!」
聖剣を大上段に構える。できるだけ堂々と、できるだけカッコよく。どうしようもない私でも、いまだけは英雄に見えるように!
「お、おい! 待て! 話をしよう、お前を認める、みとめ――」
「問答無用!」
剣を振り下ろす刹那、みんなが手を添えてくれたように感じた。私がそう思い込みたいだけの都合のいい幻想かもしれないけど、しばらくはそのまま思い込んでいよう。だって私は前を見なければいけないから。置いてきたみんなを振り返るのは誇れる自分になってから、答え合わせはそのときでいい。
こうして私は地獄を脱した。空っぽの勇気の器に借り物の火を灯し、かろうじて見える未来への第一歩を踏み出したのだ。
部隊を壊滅させた後、私たちは行くあてもなく彷徨っていた。確かに
ニャングオウさんはあの地獄から私を開放してくれたけど、私の居場所は地獄にしかなかったのだ。
『……ごめんって』
別にやつあたりのつもりはなかった。
ニャングオウさんの行動が原因ではあるけど、私が施設の外を知らないことは
ニャングオウさんの責任じゃない。でも、現実としてどうしようもなく困り果てているとほかにやり方があったんじゃないかと思ってしまう。
『だからごめんって、というかほら、誰かに助けてって言ってみようよ』
言うとおりだ、言うとおりだけど……。
『君が声かけるの難しいっていうならまた私が代わってあげようか? ほら、私のせいでこうなっちゃったわけだし』
ありがたい提案だが、なんでもかんでも
ニャングオウさんに頼りきりになるわけにはいかない。
そもそもこんな場所に人がいるはずが――
『あれ? …………え?』
どうしたのだろうか。私……ではなく
ニャングオウさんが視線を動かす。
この時、私は初めて見惚れるという感覚を理解した。
首筋あたりで切りそろえられた髪は施設で見たことがないほど艶やかで、露出が少ないながらもすらりと長い手足がスタイルの良さを主張する。
ひとけの無いこんな場所に一人佇むその女性は、まるで荒れ果てた地に降り立った天使のようだった。
ほぼ同時にこちらに気づいたのか、天使と目が合う。大きな瞳が少し驚いたように開かれ、柔らかな唇がそっと言葉を紡ぐ。
「……なんでいるんですか」
驚いた表情はほんの一瞬で消え、どこか蔑むような冷たい表情に変化していた。天使とはほど遠いような……いや、時に天使とは冷酷なものなのだろうか。
「いや、なんでと言われても……」
『ベル! ベルじゃないか! 迎えに来るなんてベルにしては気が効いてるね! もっと早かったらもっと良かったけど……まあそこは許してあげるよ、ベルと違って私は寛大だからね。おっとそうだった、彼女はベル。私の……従者みたいなものだからとりあえず泊めて貰おう!』
なんとか言葉を搾り出すや否や、
ニャングオウさんが私を急かす。
「ええ…………あの、ベルさん、ですか? その……お家に泊めてもらえませんか?」
ベルさんは驚いたような、疑うような、何やら複雑な表情をする。私だって逆の立場ならそうなるだろうけど。
「……え、ほんとに
ニャングオウさんなんです? 他人のそら似ではなく?」
ニャングオウさんの言うとおり知り合いなのだろうか? 心の声は漏れていない……はずだし。
「えっと、その……私は
ニャングオウさんではないです」
「では何故私の名を?」
「…………」
疑いの色がより一層強くなる。ここはまだ施設の近くと言って差し支えない範囲だろうし、FHの一員だと思われているのかもしれない。実際否定もできない。
ニャングオウさんの知り合いだというのなら、ベルさんがオーヴァードである可能性も高い。警戒されて当然だろう。
「……お姉さんは
ニャングオウさんを知っているんですか?」
おそるおそるベルさんに尋ねる。美人の冷たい表情は圧があって怖い。
「残念ながらそうなりますね、"知っている"という表現が正しいかは少々怪しいところですが」
何やら含みのある表現。
『ああもうじれったいな! 私が話したほうが早いでしょ、代わりなよ!』
「そ、それなら、ちょっと代わるので、変な人とか思わないで、ちゃんと話してくださいね」
意識が揺らぐ。この感覚には未だ慣れない。どこか他人事のように
ニャングオウさんとベルさんの会話が聞こえる。
「ベル! 私、私だよ! 難しいことはあとで話すから、家に連れてってくれないかな」
「うっわ……ほんとに
ニャングオウさんじゃないですか」
「照れ隠しはいいからさ、ほら早く」
「はぁ……」
汚物を見るような顔でベルさんが大きくため息をつく。
「わかりましたからもう引っ込んでてください」
疲れ果てたかのようなベルさんの声を無視して
ニャングオウさんは話し続ける。
「え? 嫌だよ、久しぶりに会えたのに」
『
ニャングオウさん、話はついたんですよね? ベルさんも代わってって言ってますしそろそろ……』
「いや、もうちょっとくらい話してもいいじゃん、君はベルのこと知らないだろ?」
ニャングオウさんが私の胸元を見つめて言う。つまりベルさんからすれば私が私の胸元を見て何やらぶつぶつ言っているようにしか見えないわけで、初対面でこんな奇怪な行動を目撃されては気が変わって泊めてくれる話もなかったことになるかもしれない。
『さっきからひとり言やめてくれませんか……変なやつだと思われるじゃないですか……』
「ひとり言やめろって……ああ、あはは、まあベルしか聞いてないからいいじゃん」
何もよくない。
ニャングオウさん越しにみるベルさんはついに頭がおかしくなったか、と書いてあるような表情をしている。
ああ、このままではせっかくの救いの天使に見捨てられてしまう――
「ねえベル、ベルも私ともっといたいだろう?」
そんな私とベルさんをよそに
ニャングオウさんはすっとぼけたことを言う。また一つベルさんの大きなため息。
「
ニャングオウさん、ハウス」
意識が揺らぐ。じんわりと染み渡るように身体の主導権が戻る感覚――
「……あ、ご、ごめんなさい。
ニャングオウさんがこんな人だと思ってなくて……」
"私"の言葉だとわかったのか、ベルさんは先程までとは違い微笑むような柔らかい表情を浮かべる。
「たぶんあなたが謝ることではないですよ」
軽く身体を伸ばした後、ベルさんは続ける。
「さて、本題に入りますけど家は遠いんで今日すぐは無理です。ひとまずホテルを手配しましょう、それでいいですか?」
「……なるほど、概ね状況は把握しました」
用意してくれたらしいホテルの一室――一室というより1フロアと言ったほうが近いが――での事情聴取が終わり、すっかり冷えた紅茶で喉を潤す。
「おや、全然手をつけないのでてっきり口に合わなかったのかと。淹れ直させましょうか?」
どうやらこの妙に豪華な部屋と同じく相応に高級な紅茶のようだけれど、残念な私の味覚では何をもって良しとするのか理解できない。そういう意味では口に合っていないというのは正しいか。
「だ、大丈夫です、冷たいほうが丁度いいくらいというか……」
「そうですか、飲みたいものがあれば好きに言ってくださいね。まあ未成年でしょうしお酒はだめですが」
そう言うとベルさんは何やら飲み物の名前が羅列された表のようなものを渡してきた。大半のものはどんなものか全く想像がつかない。
「……お水で」
「遠慮はいりませんよ? まあいいですけど」
数分後部屋がノックされ、これまた大げさな包装がされた水が運ばれてきた。
「さて、今度は私の話をしましょう。察しはついているかもしれませんが私はUGNのちょっと偉い人ってとこです」
UGN……確か私のいた施設と敵対関係にある組織がそんな名前だったはずだ。
「あんな辺鄙なところにいた理由はお仕事というわけです、あなたがいた施設の調査だったのですが……手遅れというべきか間に合ったというべきか、調査どころではなくなりましたね」
「今はあなたの話通り施設が崩壊したのか部下に裏取りをさせてるってとこです。……ああ、誤解のないよう言っておきますけどあなたの話を疑ってるわけではないですよ? 信用してないのはあなたの中の駄犬のほうです、詰めが甘そうというかなんというか」
「駄犬って……」
私の中の
ニャングオウさんが猛烈に抗議をしてくる。油断すると意識を持って行かれかねないくらい。
「まあ私の話もあほ犬の話もどうでもいいです、重要なのはこれからどうするかってことですから」
「これから……?」
「ええ、単刀直入に言いましょう、UGNに保護される気はありませんか?」
「保護……」
「そうです、まあ急にUGNを信用しろとはいいませんしできないとも思います。でも残念ながらFH……あなたがいた施設の大本が追手を差し向ける可能性は極めて高いでしょうね」
ベルさんが言っていることはたぶん正しい。正しいけれどこれではまるで――
「脅しのように聞こえるでしょうね。死にたくなければ私たちに協力しろ、と」
選択肢は恐らく無い。どのみちFHに戻る気なんてあるはずもないけれど。
「……覚悟はできてるつもりです、今更何もなかったことにはできないって」
「まあ悪いようにはしませんよ、能力検査のようなものは受けてもらうことにはなるでしょうけど……面倒なことにならないよういくらでも改竄はできますから」
気づかないうちに私の表情がこわばっていたのか、少し優しい雰囲気でベルさんが言う。
「無理に任務に就いて貰おうってつもりもありませんよ、力を扱う訓練くらいは受けるべきでしょうけど。暴走のあげく"処分"なんて結末は嫌でしょう?」
「それは……まあ……」
「……話を整理しましょうか、保護を受けるなら能力検査と定期的な訓練は受けてもらう、任務に関しては無理強いはしない、ただし扱いは私の部下として私の支部に所属してもらうことになる、こんなところですね。もちろん私の部下を辞めることは可能ですが暫くは無理でしょうし、扱いが変わる可能性は大いにあります、そこは我慢してください」
静かに紅茶を飲んだあと、ベルさんは続ける。
「さて、ここまでで何か質問は? ……そうそう、この場で即決できないというならそれはそれで構いません、少しの間くらいは面倒をみてあげます」
「その……検査と訓練というのは……」
「適性検査、と言い換えてもいいかもしれませんね。ざっくり言うとあなたの力がどういうものなのか確認するんです。UGNチルドレン……UGNに保護された子供たちは必ず受けるものですから、散々研究されて気は進まないでしょうけど……そこは諦めてください」
「……」
「訓練もひょっとすると嫌な印象があるかもしれませんね。私の言う訓練というのは能力を正しく制御するのが主な目的です、メンタルコントロール……と言ってわかるでしょうか? レネゲイドの活動は精神状態に大きく左右されると言われていますから。もちろん、あなたが望むなら戦闘訓練も手配できますよ、ゆるめのものから厳しいものまで」
「戦闘訓練……けっきょくどこに居ても私の力は何かを傷つけるもの……なんですね」
「それは今後のあなた次第です、少なくとも私があなたに戦い方を教えるとすれば、それはあなた自身を護るためのものですから」
護るための力。自分が生き残るために家族の命を奪って手に入れたこの力。それでももし、誰かを護れるというのなら――
「……わかりました、これからお世話になってもいいですか……?」
「ええ、私にできる限りのことはしましょう、神に誓って」
そう言った彼女の姿は、やはり天使のように思えた。
「そうそう、まだ名前を聞いていませんでしたね」
「私ですか? 紫です」
「ああ……なるほど」
顔をしかめてすこし考えた後、ベルさんが続ける。
「……そうですね、紫と呼ばれることに抵抗はありませんか? 嫌な質問だったらすみませんね」
「はい、名付けは施設の大人ですけど……みんなと呼び合った大切な名前ですから」
「だったらそうですね……犬飼。犬飼 紫、なんてどうです? 苗字がないと何かと不便なので」
「いぬかい?」
「ええ、日本語で犬を飼うと書いて犬飼です。しばらくは日本に滞在するでしょうし日本風の名前で」
『は? いや待ってよ!? どういう意味!?』
私の中の
ニャングオウさんがうるさい。またまた意識を持って行かれそうなくらいの抗議の念。
「す、すみません、その……
ニャングオウさんがなんか怒ってるんですが……」
「おや、我ながらなかなかいいと思ったんですが……」
流石に
ニャングオウさんに失礼じゃないだろうか。
ニャングオウさんもそうだそうだと私の心の声に応えてくる。
「レッスン1です、あなたはあなた。
ニャングオウさんの器でもなければ生まれ変わりでもない。まずはそれを忘れないでください、犬飼さん」
最終更新:2023年10月16日 00:06