「モチカップ日記」38ページ

この村を訪ねるのは半月ぶりくらいだろうか。いままさに勃興せんとする場所なだけあって変化が激しく、初めて見る顔もいくらかあった。
聞くところによるとガラクタ蒐集家のエルフや妙に設定が細かいタビットなんかが来たらしい。是非とも遠巻きに話だけ聞いていたいところだ。

そろそろ宿を取りに行くかと立ち上がったところで見知った顔が入ってくる。一緒にいる変な語尾のミアキスと商談したいようだ。
どうやらミラージまでの護衛を受けようとしているらしい。頻繁に魔域が発生していて、魔神も多けりゃ野盗も多くなっている。
危険で誰も寄り付かない場所なんてぼったくり放題ということで護衛を付けてでも大量に輸送したいらしい。今回はポーションというからたぶん軍用だろう。仮にもお国を相手にアコギな話だ。
アタシとしては金をもらって旅ができるなら万々歳。ちょうどミラージのことも気になっていたところだ。

さて、これから依頼内容を聞いて準備に入ろうってところで不思議なことが起こる。
先方から提示された条件に対してシデンが待ったをかけたのだ。そのうえしっかりとした交渉で報酬増額を勝ち取っていた。今日は珍しく酔っ払ってないなと思っていたが、シラフだと存外ちゃんとしているのかもしれない。
もう一つ、増額の条件として向こうが小箱を出してきた。中身は随分いい香辛料で、こいつを運ぶなら増額を飲んでもいいとのこと。
当然、誰が持つかって話になる訳だが、エノテラお嬢さんがアタシを推薦してきた。グラスランナーには貴重品を預けるなって言葉を知らないらしい。信頼は光栄だが、いたいけな子どもに間違ったことを信じたままにはさせられないから訂正してやった。
ああでもないこうでもないと言い合った結果、シデンに持たせることになった。なんで?

まずはラージャハ。荷積みに来て出発までは少し時間がある。安全祈願の一献を捧げるため馬車を出るところでエノテラとユウに捕まった。ついてくるらしい。
そして酔っ払いはバカみたいにデカいいびきをかいて寝てやがった。声と脳のデカさは反比例するらしい。
流石のアタシも小箱が不安になり、盗られないか試してやろうとユウをけしかけようとしたが全然動かない。話が通じなかったのか戦士職同士の信頼関係でもあったのか。
仕方ないからアタシがやってやったら首元に槍を突き付けてきやがった。びっくりするからやめろよな。

見た目よりは大丈夫そうなシデンを置いて酒場に来たところで一つ問題が発生する。ガキとバカを連れてきたことだ。こいつらは妙にマジメというか、仕事中に酒を飲んではいけないという謎の信念のようなものが感じられる。
二人を説き伏せることもできなくはないが時間が足りない。とはいえここまで来て何も飲まないのは酒幸神の教えに反する。仕方がないので二人には酒を飲んだほうが仕事は捗るということを実際に見せてやることにした。
依頼人と、あとアタシは知らなかったが村にいちゃもんつけてきた役人の話を聞く。それなりに有名人だったようで店主が詳しく話してくれた。
まあこれくらいでいいだろう。二人も納得顔だしそろそろ時間もなくなってきた。今後はもっと気楽に飲みたいもんだ。

さあ護衛任務の始まりだ。
とはいえ発ってすぐ何か起こるわけもない。土砂降りに逢って体を冷やしたり翌日ぬかるみに足を取られたくらいだ。
アタシたちがマトモに仕事をしたのは三日目から。
悲しいことに蛮族の落とし穴に引っかかったところを襲われた。襲ってきたのがフーグルの連中だったから地力の差でどうにかなったが、これがもう少し知恵のある魔法使いだったら危なかったかもしれない。
返り討ちにした雑魚どもから使えそうな素材を剥ぎ取る際、エノテラが何に向かってか謝っていた。殺した蛮族に向かってのものだとすれば蛮族社会に馴染めないのも頷ける。なんなら冒険者だって向いてないだろう。その辺、お兄様はどう思っているんだろうね。
四日目。もうすぐミラージってところで賊に襲われた。アタシが気付いたのは二日目の夜だったが、どうやら最初から狙われていたらしい。
連中はもう賊々の賊って感じで、目と目が合って一言二言交わしたらバトルになってしまった。ただ少し知恵のある魔法使いが混じっていたらしく、前衛の二人が珍しく苦戦を強いられていた。
どうにか相手の前衛をぶちのめしたあたりで仕切り直しになり、猪口才な魔法使いどもが持久戦じみたことを仕掛けてきたのでアタシの歌でわからせてやった。言葉にマナを乗せる魔法と言葉そのものを力とする呪歌の違いってやつだ。

どうにか期限内にミラージに到着したアタシたち、しかし過酷な旅路を超えて関所をくぐれたのはアタシとユウだけだった。二人のことはきっと忘れないさ。
関所の憲兵がマクシリアからの伝言を預かっていたようでニャーニャー言っていた。見上げたプロ意識だ。どうやらアタシらは体よく利用されていたらしい。とはいえ村への干渉もなくなるって話をされてはこちらとしても強くは言えない。やり手の商人ってのは疎まれないギリギリを歩くのが上手いねえ。

しばらくはここを見て回ろう。統合の混乱と魔域の混沌、いまのブルライトだと随一の激動の土地だ。のめり込み過ぎないように注意しよう。

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最終更新:2024年11月22日 16:34