「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第21話「進路、懐かしき我が古巣へ」Bパート

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
 上空を、戦闘機の一団が通り過ぎる。それを直接視認してニコライ=K=ペトリャコフは自慢の白髭を指でなじりながら、にやりと笑った。
 「統一軍の腰抜け共め、ようやく動き出したか。戦力差十対一で罠を恐れる……その様な弱兵など、恐るるに足らんわ」
 ニコライは、ローゼンクロイツ最高の名将と言われる人物だ。本人は「何、儂だけが生き延びたというだけの事よ」とうそぶくのが常なのだが、実績がそれを裏打ちしている。かつては九十日革命と呼ばれた大動乱を最後まで闘い抜き、彼の率いたロッシーア方面軍は連戦連勝という美々しい記録を打ち立てている。とはいえ彼だけが勝ち抜いたとしても、戦争はそれだけで勝てるものでもないという見本となってしまった部分もあるのだが。
 ニコライの様に戦場暮らしが長いと、「敵も味方も知り合いだらけ」という事態になる事がある。戦場で生き残るのは、大抵決まってくる。どうでも、知り合いになってしまうのである。事実、今回の戦場では統一地球圏連合総司令官マルセイユ中将、更に東ユーラシア政府第一コーカサス方面軍司令官アレクサンドル=シェフチェンコ大将、その後背に居る東ユーラシア政府同第5打撃軍司令官イワン=ストラヴィンスキー中将はニコライが良く知る人物達であった。
 とはいえ、さすがに直接会って話した事が有るわけでもない。しかし、ニコライは戦場での癖を見れば大体どのような人物か解ると断言する。ニコライの持論なのだ。
 「さて、ヒヨッコ共。少しはマシになっていると良いのだがな」
 ニコライの自慢は、「生まれた時から戦争をしていた」である。普通に考えればそれは不幸な事の筈なのだが、ニコライに至っては「じゃあ、死ぬまで戦争をするか」と開き治るから凄まじい。
 いくさ馬鹿。まさにその言葉が相応しい男である。
 「ニコライ様、戦闘機隊は全てマサムネで構成されていました。マサムネが二十機――中隊規模。更にザムザザータイプのモビルアーマーを確認しました」
 年の頃はニコライの孫世代だろうか、まだ少年のあどけなさを残す青年兵が報告に来る。ニコライにしても見ていたから解っているのだが、それを口に出す様な事はしない。
 「……噂に聞く、ザムザザーⅡ“ドルズガー”か。要塞攻略用まで持ち出して来るとは、スレイプニール隊は大人気よな。見事囮の役目を果たした、か」
 白髭を弄びながら、ニコライ。それはまるで遊び相手を取られて拗ねる子供の様だ。
 「いかがなさいますか? スレイプニール隊の救援に向かいますか?」
 青年兵が血気盛んに問うてくる。それを流しながら、ニコライが言う。
 「いや、気遣いは無用じゃろう。こちらが余計な手出しをする事もあるまい」
 「しかし……」
 なおも青年兵は食い下がる。そんな彼に、ニコライはニヤリと笑いかけ、言った。
 「部隊を二手に分ける。一隊はメディクスへ進撃開始。もう一隊は敵本隊――攻撃目標、カスピ海はクロムフレアじゃ」
 「…………えっ!?」
 数秒経って、ようやく青年兵は命令の内容を理解した。理解はしたが――信じられない。こんな無茶苦茶な命令が有って良いのだろうか? 青年兵が考えられた事はそれだけだった。
 「よっこらしょ……っと。さあ、征くぞ。楽しくなるぞ!」
 ニコライの表情は、生き生きとしていた。まるで遠足に行くかの如き気楽さで、歩み始める。
 後に続いた青年兵は、呆れそうになりながら慌てて付いていった。年季とか、キャリアでは説明の付かないものを感じながら。


 今日は、良い天気だった。
 蒼穹をスレイプニール所属シホ小隊は飛行機雲を作りながら進んでいく。エゼキエルとのエンジン同期による高速飛行モードでリュシー機の背に揺られながら、シホは己のシグナスの中で呻いていた。
 「大尉の言う事は、いちいち一理あるのよね。うん、一理あるのよ。でも、でもね……」
 シホはぶつぶつと呻くように呟く。それは通信を切ってやっていたのだが、付き合いの長いリュシーやユーコには丸見えの事だ。とはいえ、彼女達にしても解決策は思いつかない。同じ様に悩んでいるからだ。で、まあ何に悩んでいるかというと――。
 『神(たぶん大尉)は俺を見捨てなかった! 美人と戦争だ、良い所を見せるチャンスだ! これを機に三人まとめてっ……!! ぐふっ、ぐふふふふっ……!』
 エゼキエル二号機の上に居るシグナスに誰が乗っているのか、説明不要だろう。完全にハイになっている少尉は、通信がだだ漏れになっているのにも全く構わず、己の妄想に勤しんでいた。
 『キモイよぉ、なんか上がキモイよぉ……』
 そういうユーコの悲痛な声が聞こえてきそうである。無理からぬ事かもしれない。
 少尉は、正直に言うと見た目は悪くない。腕っ節も強く、度胸もある。しかし、「コレさえなければ」の部分が大きすぎるのが少尉の欠点といえばそうだろう。有る意味、嘘の付けない誠実な人間である。
 大尉がわざわざリスクを冒して(?)少尉をシホ小隊に入れたのか――それは明白だ。
 「お前等を囮に使うが、決して捨て石にはしない」という意思表示だろう。
 そう、シホ小隊の任務――それは“囮”である。大尉の考えた策は、またしても並ならぬ作戦だったのである。


 話は出撃前に遡る。
 大尉の考えた作戦案に、真っ先に切れたのは誰であろう――コニールだった。
 「……納得出来ないわ、こんなの!」
 コニールの顔は真っ赤。そして、シンは――血がすっと引いていくのを感じる。作戦案を聞いた他の皆も、一様に真剣な面持ちである。
 大尉はコニールの怒りに燃える視線を真っ向から見据え、言い返す。
 「リスクを均等に分散なんて出来ん。……全員の負担を計算し、勝利する要因を見出すには、ここを外す事は不可能だ」
 「それにしたって……!」
 大尉の作戦案――それは、多段囮作戦とでも言おうか。複数の囮を用意、相手を分散させ、敵本隊をローエングリン基地に引きずり込み屠る。ただでさえ相手より少ない人数を更に分散させようというのだ。誰しもが“無茶”と思う作戦である。
 しかしコニールが怒っているのは、そこではない。
 「シン一機で、敵本隊に突撃させるって……正気なの!?」
 「シンのサバイバビリティは、計算の上だ。囮となるのはシホ小隊、シン、そしてスレイプニール。これらを使い、相手を罠に填める。これが骨子だ」 
 中尉の表情が硬い。何かを言おうとするが、大尉に目で制される。この場では黙れ――そういう意志疎通。長い付き合いだから出来るアイコンタクトだ。さすがの少尉も鼻白んでいるが、今は状況を見据えようと考えたらしく、何も言わずに座っている。シホ達は、さすがに戸惑いを隠せないらしく、あれこれとひそひそ話し合う。ロマは、事前に大尉から聞いていたのか腕を組んで黙しているだけだ。センセイも。
 ゆらりと、シンが立ち上がる。その瞳には、怒りの色が確かにあった。
 「大尉、アンタ……」
 ――俺に、死ねって言うのか? 言わずとも、解る。
 そんなシンに、大尉はこう言った。
 「死ぬのも生きるのも、自分で決めやがれ。こないだからの鬱陶しいお前となんざ、肩を並べて戦いたくねぇんだよ。好きに戦いたいなら、勝手にすりゃいい。舞台は整えてやったぜ、有り難く思えよ?」
 「…………っ!」
 痛い程、シンの拳が握られる。そしてその瞳には、悔しさがあった。
 (……俺は……!)
 その怒りは何に寄るものか、シン自身も完全には理解していなかった。だが、拗ねていた自分が引き起こした事だというのは何となく解った。だとしても許して貰えると、認めて貰えると思っていた自分が何処かに居たのだ。それが、悔しく、悲しかった。
 「俺はっ……!」
 それきり、言葉が続かない。居たたまれず、シンはその場から身を翻すと、格納庫へ向かった。ダストの中で、一人になりたかった。


 《――シン、聞いているか?》
 暗闇の中で、レイが囁く。
 「……聞いてる。何だよ」
 いつも以上にぶっきらぼうな言い様。シンの心の内を表すかのような、刺々しい言い方。
 《お前は、逃げろ。ここに居ても殺されるだけだ。……大尉達は、お前を消耗品にする気だぞ? そんな奴等に、これ以上義理立てする事もあるまい》
 「…………」
 無言の、シン。レイは続ける。
 《お前は、生きなきゃならない。違うか?》
 「……そうだな。その通りだ」
 生きなきゃならない。それは、その通りなのだ。何の為に、誰の為に……そう自問しながらも、それだけは揺るぎなく思い続けてきた。まるで、本能に刻まれたかの様に。
 “死んではならない”。それは、シンの魂の雄叫びなのだ。
 艦内アナウンスで、シホ小隊が発進した事を伝えている。シンは、何故か自分の番だと思えた。無言のまま、ダストを起動させる。聞き慣れた機動音が、鼓動が、シンを活性化させる。モニタを一瞥して増加装甲やバズーカまで装備されている事を確認すると、シンはスレイプニールの格納庫から飛び出していった。
 それは誰もが見ていたが、止めるものは誰も居なかった。


 「……操縦系統は理解したかい?」
 サイは、相変わらず忙しそうだった。何しろ、もう一機エゼキエルを発進させるのだ。しかも、今回が初のフライトとなる人間を送り出すのだ――慎重にもなる。
 「一応、基本訓練は受けてるわよ。あたしだって元ユーラシア軍に居た事もあるんだから」
 その女性は幾分緊張しているようだったが、努めて明るく振る舞っている。サイに余計な心配を掛けまいと、気を配っているのだ。……そんな女性だから、サイは託す事が出来る。
 「もしアイツが逃げるようなら、それでも良い。けれど、そうでなかったら……」
 「解ってるわよ。泣き出す前には連れて帰るわ」
 コニール=アルメタはぴっちりとしたパイロットスーツに身を包むと、エゼキエルの操縦席に入り、そして――。
 「コニール=アルメタ。エゼキエル発進します!」
 大空に飛び出す、赤いエゼキエル。それは、コニールが翼を得た瞬間だった。


 「パス・ファインダー(先導機)より各機へ。これより“啄木鳥”作戦を開始する。……付いて来いよ!」
 先導機――ニコライ麾下エゼキエル部隊の隊長機も兼ねるフッカー機からの通信に、続く各小隊長機からやる気のない返答が帰ってくる。
『スイカ小隊了解。さっさと行きやがれ』
『メロン小隊了解。へーへー、言われなくても解ってますよ』
 『イチゴ小隊了解。どーせ俺達捨て石だしね』
 これ以上無い位、志気が低そうな返信である。決して、そう言うわけでもないのだろうが。それを受けて隊長フッカーが檄を飛ばすのも当然の事だろう。しかし、彼が檄を飛ばしたのは“志気”に関する所ではなかった。
 「お前等、真面目に“小隊名”位考えやがれ! ロクデナシ共!」
 そんな檄も、彼の部下達には一ミリたりとも刺さらなかった。歴戦とは、こういう事かもしれない。
 『隊長様がお怒りだ。……やっぱ酒の名前が良かったんじゃねぇ?』
 『いや、やはりココは女だろ。台風だってそうじゃないか?』
 『だから言っただろ、博打の名前にすりゃ良かったんだ』
 「お前等なぁ……」
 フッカーは、一応二十機のエゼキエル隊を纏めるリーダーである。それ故、それなりに重圧を感じている部分もある。内心、薄氷を踏む気持ちであったのだ。
 とはいえ、彼の部下達は本当に“いつも通り”だった。良い意味でも、悪い意味でも。
 (コイツ等、本当に死ななきゃ治らないらしいな……)
 そんな思いがフッカーの脳裏に過ぎる。けれど、それは別に嫌な気持ちを伴うものでは無かった。
 彼等の“大将”ニコライから今回の作戦を言い渡された時、フッカーは内心の憤りを隠せなかった。
 <お前達エゼキエル隊は全隊を持って敵大将艦クロムフレアに攻撃を掛けよ>
 命令は、それだけだった。
 友軍の支援はなし、自分達以外の部隊は参加せず。どう贔屓目に見ても、囮部隊以外の何者でもない。あまりの命令にフッカーはニコライに何か言おうとしたが。
 <楽しんでこい、フッカー。儂もお前等より楽しい事に首を突っ込むでな>
 初老の軍人からこの様に言われては、フッカーとて黙らざるを得ない。
 (ニコライ卿は、既に死を覚悟しておられる)
 それは、そうかも知れない。十対一という圧倒的な戦力差を前に、死を覚悟出来ない方がおかしいのだ。ニコライ麾下の部隊は、そういう位置に立たされているのだ。その事を考えれば、ニコライの様に考える方が幾らかマシなのだ。
 「お前等、死んだらその部隊名で死んだって家族に伝えてやるから有り難く思え!」
 レーダーには敵部隊――恐らくはマサムネだろう――の光点が表示され始めた。それはすぐにこちらの数を超え、覆い尽くす様な勢いで増えていく。この中の何人が初回の撃ち合いで生き残れるのだろうかとフッカーは考えたが、途中で止めた。
 それよりは楽しむべきだと考えたのだ。それがニコライの教えであったから。


 一方、今回の台風の目となる地域であるメディクスでは――。
 「敵部隊、進撃してきます!」
 「何処からだ!」
 「……真正面、堂々と歩いてきます!」
 「何だとぉ!?」
 メディクス守備隊の会話が示す通り、ニコライ麾下のシグナス隊は堂々とメディクスに進撃していた。
 それはどう考えても戦術的にはおかしい戦法であり、自分達より多数の兵力を相手にする方法ではない。けれど、メディクス守備隊である第一東ユーラシア方面軍司令官アレクサンドル=シェフチェンコは動くに動けないでいた。
 「この戦法は、アリーの戦いで奴等が見せた戦術だ。その手に乗るか。我々の唯一にして最大の目的は、テロリストの殲滅ではない。この、地熱プラント防衛基地メディクスの堅守に他ならん! 総員、防衛攻撃以外は厳に慎め!」
 アレクサンドルは本来、勇猛で鳴る司令官である。それがニコライに煮え湯を飲まされた結果、こんな所に左遷された――当人はそう思っている――のだ。アレクサンドルの内心はどのようなものか、それは苦虫を噛みつぶすような顔に良く表れている。
 散発的に、メディクス防衛隊の砲撃がシグナス隊を襲う。それは殆ど命中打を生み出せず、尚更アレクサンドルを苛々させるものだった。


 スレイプニール攻撃隊はマサムネ一個中隊(二十機)、そしてモビルアーマー“ドルズガー”で編成されている。部隊を率いるリー=マーチスはドルズガーの機長席に腰掛け、悠然と進む自分の部隊を眺めながら考えていた。
 (田舎のテロリスト風情、しかも数は我らの半分以下の連中に我が部隊がどうこうなる事は考えづらいが……)
 それは出発前の事である。リーはダニエル=ハスキルから散々言われた事を思いだしていた。
 (『奴等は、お前達と同規模の戦力だと考えろ。特に、ガンダムタイプに注意を払え』か。……文官に、何が解るというのだ)
 リーは統一地球圏連合の元、各地を転戦した生粋の武人である。まだ三十路ではあるが、修羅場を潜り抜けた事は一度や二度ではない。そうした自負が、彼に堂々たる存在感を与えているのだ。その彼に対して『油断をするな』等という言い様は、当人にしてみれば侮蔑以外の何者でもなかった。
 (無論、油断を毛程もする気はない。言われるまでも無い事故に、な)
 リーはナチュラル出身としては珍しい現場叩き上げのパイロットだ。現場パイロットに元プラント軍人が混ざっているのを、苦々しく見る人物でもある。
 (あの様な“機械人形”共が、出しゃばるべきではない。未来を担うのは、“人間”であるべきなのだ)
 彼は、ブルーコスモス主義に賛同した訳では無い。だが、二度の大戦を潜り抜けて、いきなり“轡を並べて戦え”と言われてもすぐに納得出来る訳がない。
 ともあれ、これは手柄を立てる絶好のチャンスなのだ。ナチュラルとて実力がある事を示すチャンスなのだ。
リーは気を締め直すと、改めてレーダーに目を落とす。
 その時、レーダーに光点が映った。――敵に間違い無い。
 「三時方向、敵発見。全機、攻撃態勢!」
 矢継ぎ早に指示を出すリー。敵影は二つ、戦闘機の様だ。リーはほくそ笑むのを懸命に堪え、全機を鼓舞する様にこう言った。
 「戦力差は十対一だ! 安心して仕留めろ!」
 最大望遠でその二機を視認すると、上にモビルスーツも乗っているのが確認出来た。紫を基調としたものと、白を基調としたもの。計四機、と認識を改めはしたが。
 (空中戦で、搬送される側がなんの役に立つか!)
 リーはそう思う。そしてそれは決して間違いではない。だが、戦力比に拘わらず真っ直ぐにこちらに向かってくる敵機に、リーは不審なものを感じ始めていた。


 シホは、全員に檄を飛ばす。
 「やる事は解ってるわね、みんな!」
 『勿論、ですわ』
 『たぶん、だいじょぶだよー』
 『まーっかせて! 俺様、張り切っちゃうよ!』
 シホとて色々不安になる事もある。とはいえ、こうも楽天的に言われては緊張している方が馬鹿みたいにも思えるのだ。苦笑しつつ、シホは言う。
 「リュシー、ユーコ。ビームシールド全開! 攻撃は私と少尉が専任します!」
 『了解』
 『うん、わかったー』
 『まっかせてよぉ!』
 リュシー、ユーコが操縦するエゼキエルのキャノピー、その先端からビームが発振される。エゼキエル強襲突撃時に使用される防御兵装“ビームシールド”だ。戦闘機クラスでここまで装備する事例は、余り無い。エゼキエルが最新鋭機である証明だ。
 敵編隊から、ミサイルが発射される。その数二十。
 「構わず突っ込むわよ!」
 シホ機がビームシールドの傘を最大限活用する為に、エゼキエルに伏せるようにする。少尉機もそれに倣う。
 エゼキエル二機はスピードを落とすどころか、更に加速していく。シホ機、少尉機のシグナスも連動し、それは圧倒的な加速力を生み出す!
 ――すぐにミサイルの爆発が来た。
 『怯むなっ! 一発や二発ならどうってこた無い!』
 少尉が叫ぶ。それは気休めの類だろうが、無いよりはマシだ。その言葉に押されたのかは知らないが、リュシーとユーコは更にペダルを踏み込んでいく。
 爆圧の中を、ビームシールドの傘だけで突き進む。そんな空中戦が、かつてあっただろうか。
 下手に攻撃をしなかったのが幸いしたのか。二機のエゼキエルは爆圧の海を抜け、敵編隊の真っ正面に躍り出る!
 『正面、突っ込みます!』
 『行っちゃうよ! 落ちないでね!』
 二機のエゼキエルはそのままの速度と方向を維持、マサムネの中へ突撃を敢行する。狙いは正面突破だ。
 ここまで真っ正面から仕掛けてくるとは思わなかったのか、動きが緩慢な敵部隊の間を駆け抜ける二機のエゼキエル。その時シホと少尉、二機のシグナスが動いた。
 「ヘッジホッグ、展開!」
 『ハリネズミアタックだぜ!』
 二機のシグナスには、ヘッジホッグウィザードが搭載されていた。全身がミサイルランチャーという装甲と云うよりは火薬庫という武装で、用途は『特攻してミサイル散布』という派手な一発武装である。使い方は難しく、何より敵部隊に肉薄しないと使えないので今までお蔵入りしていた武装だが、こういう状況なら最高の使い方が出来る。
 敵部隊のど真ん中で、二機のシグナスから無数のミサイルが撃ち出される!
 エゼキエル二機はちゃんと同士討ちを恐れて、離れて飛行していた。その為、対象となるのはマサムネとドルズガーのみだ。
 あっという間に四機のマサムネが炎に包まれる。ついで二機のマサムネが翼を破壊され、コントロールアウトとなり墜落。ドルズガーにもミサイルが襲い掛かるが、こちらは自前のシールドで弾いた。
 「逃げるわよ!」
 結果を満足に確認もせず、シホが怒鳴る。この際、結果などは二の次だ。
 そのままシホ隊は真っ直ぐに離脱した。最初から最後まで、本当に真っ直ぐに駆け抜けたのだ。


 ドルズガーのコクピットでリーは半ば呆然となりながらも、オペレーターの報告ですぐに気持ちを取り戻した。
 『敵機二機、離脱していきます! 追いますか?』
 「無論だ! 半数を与える。副長、仕留めてこい!」
 こうもやられっぱなしで、引けるものか。そんな思いが、言葉に表れている。
『イエス・サー。あの特攻馬鹿に目にものを見せてやります!』
 半数、といっても未だ全隊で十四機のマサムネがある。その内七機――それでもテロリストメンバーよりも機体数が多いのだ。戦力比は圧倒的なのである。
 副長が部隊の半数を連れて離脱した後、更にリーは二機のマサムネを離脱させた。先程墜落した者達の確認に行かせたのである。そこまで手を打った後、リーはドルズガーのレーダーレンジを最大に設定した。こうした攻勢の場合、続けざまに攻撃を加えてくるのがセオリーだからだ。
 果たして、次の攻撃は――あった。そして、その敵軍の数を見て、リーは唖然とした。
 先程は四機。これはまだ良い。まだ、“軍隊”だったからだ。
 (一体、何を考えている? 今度はたった一機のモビルスーツで仕掛けてくると言うのか!?)
 レーダーに映った次の敵影――それは、たった一機のモビルスーツ。そしてそれはハスキルから、“注意をしろ”と言われていたガンダムタイプ。
 真っ直ぐにこちらに向かって地上を疾駆している機体は、“ダスト”と呼ばれる機体だった。


 《――何を考えている、シン?》
 「別に……」
 意外な程、レイは静かに聞いてきた。もっと怒るかな、とシンは思っていたので拍子抜けした位だ。
 (俺だって、馬鹿だと思うよ……)
 好い加減、自分が馬鹿だと思う。どこでも使い捨ての走狗として扱われ、そんな自分に嫌気が指して。それでも、そんな自分から逃げられなくて。
 (俺は、何がしたいんだ? 結局、どうしたかったって言うんだ……?)
 気付けば、武器を振るっていた。気付けば、人を殺していた。気付けば、戦場に居た。
 復讐をしたいのなら、すればいいのに。死にたいのなら、死ねばいいのに。
 逃げようとするのなら、いつでも出来たはずだ。けれど、けれども……こういう道を選んでいるのは誰でもない、自分自身なのだ。
 (俺の望んだ生き方、か……)
 戦場に居るのが、死をまき散らしながら死に近づくのが、自身が望んだ生き方では無いと、確信しているのに。――それでも。
 シンはダストを操作して、敵の方を向かせた。マサムネの編隊が、そしてその中央にいる巨大な敵影がこちらに向かってくるのが見て取れる。
 我知らず、シンの口元には綻んでいた。――よりにもよって、喜悦で。
 心が、体が、恐れ伏しているのにも拘わらず。誰かが、喜びを表して。
 《不器用な奴だな、全く……》
 レイがそう、呆れ果てて言う。シンは、ニヤニヤと笑いながらこう言った。
 「――さあ、始めようぜ!」
 ビームライフルを構え、ただ一人立ち向かうダストは、酷く滑稽に見えた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー