「……それは、本当の事なのか!?」
その一報を聞くや否や、今や押しも押されぬ統一地球圏連合の主席たるカガリ=ユラ=アスハは、血相を変えてマホガニーのデスクから立ち上がった。
「確かな筋からの情報で同行を願い出た所、本人が自供しました。今回の御身を狙った一連のテロ――その首謀者の一人と見て間違い無いでしょう」
血相を上げて今にも飛び出しそうなカガリとは全く対照的に、体の温度すら感じさせない様な冷徹さでカガリの前に立つ男――ゲルハルト=ライヒは声音を全く変えずに淡々と言う。
正に“報告”といった感じだ。
正に“報告”といった感じだ。
「仮にもオーブ五大氏族に席を連ねていた男がテロリストと結託など……!」
そんな事があるはずがない――そう言おうとした。
しかしライヒの一言が全てを遮る。
しかしライヒの一言が全てを遮る。
「残念ながら、全て事実です」
たまらず反論しようとしたカガリだったが、直ぐに気が付く。
有り得ないことでも無い、と。
冷静に考えれば確かに恨まれる筋合いはあるのだ。
有り得ないことでも無い、と。
冷静に考えれば確かに恨まれる筋合いはあるのだ。
セイラン家出身のティモール=ロア=セイランは、前大戦でのザフトによるオーブ侵攻の際に死亡したウナト=エマ=セイランの後を継ぎ、セイラン家の取り纏めた重鎮である。
現在では娘婿に家督を譲り、平穏な隠居生活を楽しんでいたと聞いていた。
たまにカガリの元に来る便りは相変わらずの説教口調で「キサカといい、ティモールといい、私の周りには“爺”ばっかりだな」とカガリ自身辟易しつつも、どことなく安心していた節もあった。
経緯はどうあれ、自身のことをきちんと心配して貰えるのは嫌なことではなかった。
だが。
現在では娘婿に家督を譲り、平穏な隠居生活を楽しんでいたと聞いていた。
たまにカガリの元に来る便りは相変わらずの説教口調で「キサカといい、ティモールといい、私の周りには“爺”ばっかりだな」とカガリ自身辟易しつつも、どことなく安心していた節もあった。
経緯はどうあれ、自身のことをきちんと心配して貰えるのは嫌なことではなかった。
だが。
(……ユウナの事か)
あの戦争の最中カガリが行ったセイラン家への、特にユウナ=ロマ=セイランへの対応は類例を見ない程酷い物であった。
首長権限で一方的に国家反逆罪の汚名を着せ、一切の権限の剥奪、拘束。
あまつさえ兵達によるリンチまで平然と座視してしまった。
結果として戦火のさなかにウナトは死亡、ユウナは行方不明――恐らく彼も死亡したのだろうとカガリは考えてる――となる。
……彼等に心酔し、セイラン家の行く末を期待していたティモールの心はいかばかりか。
首長権限で一方的に国家反逆罪の汚名を着せ、一切の権限の剥奪、拘束。
あまつさえ兵達によるリンチまで平然と座視してしまった。
結果として戦火のさなかにウナトは死亡、ユウナは行方不明――恐らく彼も死亡したのだろうとカガリは考えてる――となる。
……彼等に心酔し、セイラン家の行く末を期待していたティモールの心はいかばかりか。
今になって振り返れば、キラ達に言われるままに国を逃げ出してきた自分にも責任があったのだ。
国を導くものがいなければ、代わりに他の誰かが務めるしかない。
それがたまたまセイラン家だったというだけで。
セイランの失政はまぎれもない事実だったが、その時不在だった自分に彼らを責める資格はあったのだろうか?
一刻も早く国に戻っていれば、もしかしたらジブリールのオーブへの受け入れも、それに伴うザフトのオーブ侵攻も防げたかもしれなかったのだ。
なのにそれを棚上げして一方的にユウナに罪を負わせ、そして死なせた。
若かりし頃の過ちとはいえ悔いが残る。
カガリは5年という歳月と統一連合という新しい世界が、全てのやり直しをさせてくれたと思っていた。
多くの苦労はあったものの、ティモールも過去を水に流して、共に世界を作る手助けをしてくれたと考えていた。
しかしそこへ飛び込んできたのが今回の逮捕劇である。
国を導くものがいなければ、代わりに他の誰かが務めるしかない。
それがたまたまセイラン家だったというだけで。
セイランの失政はまぎれもない事実だったが、その時不在だった自分に彼らを責める資格はあったのだろうか?
一刻も早く国に戻っていれば、もしかしたらジブリールのオーブへの受け入れも、それに伴うザフトのオーブ侵攻も防げたかもしれなかったのだ。
なのにそれを棚上げして一方的にユウナに罪を負わせ、そして死なせた。
若かりし頃の過ちとはいえ悔いが残る。
カガリは5年という歳月と統一連合という新しい世界が、全てのやり直しをさせてくれたと思っていた。
多くの苦労はあったものの、ティモールも過去を水に流して、共に世界を作る手助けをしてくれたと考えていた。
しかしそこへ飛び込んできたのが今回の逮捕劇である。
(なんて事だ……)
崩れる様に椅子に座り込み、大きくため息をつく。
(結局、私は――許されていなかったのか?)
今のカガリの心境は『見たくもない闇を見せつけられた気分』そのものだった。
しかしそんなカガリをライヒは冷ややかに見下ろしている。
前大戦でのセイラン家とカガリの衝突も、彼から見れば所詮は権力闘争による結末のひとつに過ぎない。
ただ勝者があり、敗者があっただけの事だ。
だから今こうしてカガリが抱えている苦悩も実に取るに足らないものだと考える。
しかしそんなカガリをライヒは冷ややかに見下ろしている。
前大戦でのセイラン家とカガリの衝突も、彼から見れば所詮は権力闘争による結末のひとつに過ぎない。
ただ勝者があり、敗者があっただけの事だ。
だから今こうしてカガリが抱えている苦悩も実に取るに足らないものだと考える。
(これが世界の頂点に君臨する者とはな)
カガリの感情の揺らぎがライヒには、手に取るように予測できた。
幼い頃から周囲に恵まれ、愛されてきたカガリはそれが当たり前だと思い、必然的に周囲に愛される事を望んでしまう。
愛される為に周囲に接し、愛される為に行動してしまう。
それが時として短絡的な思考しか生み出さない事を、未だ気が付かずに。
情におぼれやすい、と言ってもいいだろう。
しかしそんな感情を制御できず、振り回される為政者は人民にとっては迷惑な存在でしかない。
目の前の状況に一喜一憂し、大局を見失うからだ。
だが逆に側近にとってそういう存在は格好の上司になる。
――御し易いが故に。
幼い頃から周囲に恵まれ、愛されてきたカガリはそれが当たり前だと思い、必然的に周囲に愛される事を望んでしまう。
愛される為に周囲に接し、愛される為に行動してしまう。
それが時として短絡的な思考しか生み出さない事を、未だ気が付かずに。
情におぼれやすい、と言ってもいいだろう。
しかしそんな感情を制御できず、振り回される為政者は人民にとっては迷惑な存在でしかない。
目の前の状況に一喜一憂し、大局を見失うからだ。
だが逆に側近にとってそういう存在は格好の上司になる。
――御し易いが故に。
「ご安心下さい、主席。既に手は打ってあります。我々治安警察の名に賭けて、二度と御身に危害の及ぶ様な不手際は致しません事を確約致します」
あくまで冷徹に、しかし力を込めてライヒは告げた。
忠臣の見本であるがごとく。
ひどく落胆し声を落としたままのカガリは、特に考慮することも無く後事を任せる。
忠臣の見本であるがごとく。
ひどく落胆し声を落としたままのカガリは、特に考慮することも無く後事を任せる。
「……解った。宜しく頼む、ライヒ長官」
「拝命します、我らが主席」
「拝命します、我らが主席」
我が意を得たり――そういう風に。
しかしライヒは笑みすら見せない。
為政者として、カガリはまだ未成熟だった。
しかしライヒは笑みすら見せない。
為政者として、カガリはまだ未成熟だった。
――ソラがリヴァイブのアジトで日々を過ごす様になって、既に五日。ようやく事態は動きつつあった。
「……確かにここなんでしょーね、リーダー」
ソラの帰還手続きが完了した――その報を受けてコニールはソラを搬送する為の運転主を買って出た。
コニールとて仕事はあったのだが、ソラの問題は出来る限り自身でやっておきたかったのだ。
コニールとて仕事はあったのだが、ソラの問題は出来る限り自身でやっておきたかったのだ。
「手紙によると、ここだよ。……まあ見事に荒野のど真ん中だけどね」
手紙に記された地図を見ながらロマは色々と考えている風であったが、どうにも仮面のせいで表情が読み辛い。コニールは上司の顔色を伺うのを止め、ジープの中で大人しくしているソラに話しかける。
「ソラ、大丈夫?大分強行軍だったから疲れたでしょ」
「……うん、大丈夫」
「……うん、大丈夫」
ソラはリヴァイブのアジトに滞在――軟禁とも言うが――している間、コニールの部屋で寝泊まりすることになった。
それは荒くれ揃いのリヴァイブメンバーからのソラへの干渉をコニールが恐れたからであり、また出来るだけ一緒に居る事により、せめてもソラの心労を和らげようという心積もりから出た事であった。
コニールはこれで世話女房な所がある。
幼い頃から厳つい男達の中で育ったコニールは雑ではあったが、周囲に愛されて育ったタイプの人間だ。
そういう人間は周囲の空気を読む事に関して、天才的な冴えを見せる。
そういう気質が、荒くれ揃いのレジスタンスをして彼女に従わせて居るのだ。
決して、コニールという人間の家柄だけで人が付いて来ている訳でもないのである。
そうした心遣いはソラに対しての完全なる癒しにはならなかったが、せめてもの慰めにはなっていた。
だから、ソラはコニールのそうした気遣いに少しばかりの笑顔を出すことが出来ていた。
……とはいえかなりの強行軍だったので、ソラが気分を悪くしていたのは間違い無かっただろう。
慣れない生活で弱っていた体に、軍用ジープによる五時間もの強行軍がソラへ与えていた負担はかなりのものだった。
それでも、ソラの心には一筋の光明があった。
それは荒くれ揃いのリヴァイブメンバーからのソラへの干渉をコニールが恐れたからであり、また出来るだけ一緒に居る事により、せめてもソラの心労を和らげようという心積もりから出た事であった。
コニールはこれで世話女房な所がある。
幼い頃から厳つい男達の中で育ったコニールは雑ではあったが、周囲に愛されて育ったタイプの人間だ。
そういう人間は周囲の空気を読む事に関して、天才的な冴えを見せる。
そういう気質が、荒くれ揃いのレジスタンスをして彼女に従わせて居るのだ。
決して、コニールという人間の家柄だけで人が付いて来ている訳でもないのである。
そうした心遣いはソラに対しての完全なる癒しにはならなかったが、せめてもの慰めにはなっていた。
だから、ソラはコニールのそうした気遣いに少しばかりの笑顔を出すことが出来ていた。
……とはいえかなりの強行軍だったので、ソラが気分を悪くしていたのは間違い無かっただろう。
慣れない生活で弱っていた体に、軍用ジープによる五時間もの強行軍がソラへ与えていた負担はかなりのものだった。
それでも、ソラの心には一筋の光明があった。
(――私、帰れるのかな……オーブに……?)
疑問が、次から次へと浮かんでくる。疑念にもならない猜疑。
だが同時にもしかしたら――という思いもが浮かんでくる。
アジトを出てからずっと続くその心の揺れ動きの方が、車酔いよりもソラの心を捉えていた。
だが同時にもしかしたら――という思いもが浮かんでくる。
アジトを出てからずっと続くその心の揺れ動きの方が、車酔いよりもソラの心を捉えていた。
(それにしても――)
なんて、広いんだろう。ソラはそう思う。
(世界は、こんなにも広いんだ……。昔、読んだ本で『何処までも続く広い平野』っていう記述が有ったけれど
……そんな記述が嘘じゃないって事が良く解る……)
コーカサス州は、樹木の殆ど無い平野と、苔むした岩山が地形の殆どと言って良い。
大きな川が荒野を横切る様に存在しているが、後はひたすらに荒野だけだ。
“ブレイク=ザ=ワールド”のせいで地形が変わり、険しい地域が増え、また昔の地図が全く意味を成さなくなっている――そういう話はジープでの旅の慰めにコニールから聞いたが、それでも自分の眼で見た“世界の広さ”はソラに感動を与えるには十分なものだった。
風が吹く――それは何物にも遮られず、荒野を駆け抜けていく。
乾いた泥土が巻き上げられ、その度に砂埃が眼に入らぬ様に瞳を閉じねばならない。
だが、それらが吹き抜けた後の地平線――それが何処を向いても一繋ぎに続いていく様は、見る者に荘厳さすら与えるものだった。
コーカサス州は、樹木の殆ど無い平野と、苔むした岩山が地形の殆どと言って良い。
大きな川が荒野を横切る様に存在しているが、後はひたすらに荒野だけだ。
“ブレイク=ザ=ワールド”のせいで地形が変わり、険しい地域が増え、また昔の地図が全く意味を成さなくなっている――そういう話はジープでの旅の慰めにコニールから聞いたが、それでも自分の眼で見た“世界の広さ”はソラに感動を与えるには十分なものだった。
風が吹く――それは何物にも遮られず、荒野を駆け抜けていく。
乾いた泥土が巻き上げられ、その度に砂埃が眼に入らぬ様に瞳を閉じねばならない。
だが、それらが吹き抜けた後の地平線――それが何処を向いても一繋ぎに続いていく様は、見る者に荘厳さすら与えるものだった。
(人は、ちっぽけなんだ。私は、本当に小さいんだ……)
世界の片隅――本当に、自分の今まで居たオーブというのはその程度の規模でしかない。
あんなに広いと感じていたオロファトの街並みが、こんなにも小さく感じる。
あんなに広いと感じていたオロファトの街並みが、こんなにも小さく感じる。
(けれど、その大きな世界で、人は争って。馬鹿みたい、こんなに世界は広いのに……)
それは、自然に思えることだった。
ソラという人間の、素のままの感性だった。
そんなソラの揺れ動きは、コニールには容易に想像出来ていた。
伊達に数日一緒に暮らしていない、という自負もそれを支える。
ソラという人間の、素のままの感性だった。
そんなソラの揺れ動きは、コニールには容易に想像出来ていた。
伊達に数日一緒に暮らしていない、という自負もそれを支える。
「まだ約束の時間までもう少し有るわ。もう少しドライブしてみる?」
「……遠慮します」
「……遠慮します」
茶目っ気たっぷりにコニール。もう暫くドライブはこりごりのソラ。
お互いに笑い合う二人を見ながら、ロマ=ギリアムは東の虚空から目を離さないで居た。
お互いに笑い合う二人を見ながら、ロマ=ギリアムは東の虚空から目を離さないで居た。
(……叔父上。嫌な予感が当たらなければ良いが……)
仮面の下の表情を崩さず、ロマは一人苦悩していた。
《……どうやらあちらは和やかにやっているらしいな。ところでどうしたシン?先程から不機嫌な様だが》
「この状況下でどうやればご機嫌になれるのか、俺は知りたいね。サイの奴、『間に合わなかった』だって?それで許されるのかよ!?」
「この状況下でどうやればご機嫌になれるのか、俺は知りたいね。サイの奴、『間に合わなかった』だって?それで許されるのかよ!?」
モビルスーツのコクピット――だろう、それは。シンはその座席の様な所に腰を掛けて、何時でも機体を動かせる様にしていた。ダイバースーツとアクアラングを付けて。
《軟弱だな。多少水没した位で愚痴るなど、男らしくもない》
「普通コクピットは“水没”しねぇよ!」
「普通コクピットは“水没”しねぇよ!」
現在、シンはソラ達から多少離れた箇所にある河口にモビルスーツごと身を潜めていた。この様な荒野では身を隠す様な場所は、この様な所しかない。……その場合、コクピットはこの様な状況になるのである。
「何処の世界に“浸水する”コクピット機能を有する新型モビルスーツが有るんだ!?」
《新型、と言ってもレストアが殆どだからな。流石はサイ=アーガイル、パーツ同士の齟齬が殆ど無いのは正に
《新型、と言ってもレストアが殆どだからな。流石はサイ=アーガイル、パーツ同士の齟齬が殆ど無いのは正に
職人芸だな。機体のことを心から愛するエンジニアの魂を見た気分だ》
「……その愛情を一筋だけでもコクピット機能に向けて欲しかったよ」
《パイロットには向けたんだろう?その為に詫びの手紙とダイバースーツ一式を座席に隠す様にセットしてくれてたんじゃないか?》
「……心遣いに感謝すりゃ良いんだろ?あーあー、解ったよ、感謝しますよ!」
《パイロットには向けたんだろう?その為に詫びの手紙とダイバースーツ一式を座席に隠す様にセットしてくれてたんじゃないか?》
「……心遣いに感謝すりゃ良いんだろ?あーあー、解ったよ、感謝しますよ!」
まあ、色々愚痴りまくってはいるがシンとてサイには感謝している。あれだけの強行日程で良くもこのモビルスーツを組み上げてくれたものだと思う。それも、自分の要望を完璧に叶える形で。それを考えれば、この位は――と思う。が、愚痴の聞き役が居るのではどうにも口から出てくる呪詛を止めようとは思えなかった。
《それにしても――リーダーの考えが読めん。危険だと判断したのなら、ソラはおろか自分で出てくる必要性は無いんだがな……》
「……俺にも、解らん。だが、『一縷の望みは持っていたい』って言うんならそうだろうさ。結局甘ちゃんなんだよ、奴は」
「……俺にも、解らん。だが、『一縷の望みは持っていたい』って言うんならそうだろうさ。結局甘ちゃんなんだよ、奴は」
今回の件で、シンとコニールはロマに別個に呼ばれていた。
『今回のソラ君の“迎え”に若干不審な点があるんだ。君達を呼んだのは、予想される危機に際して備えて欲しいからだよ』
『今回のソラ君の“迎え”に若干不審な点があるんだ。君達を呼んだのは、予想される危機に際して備えて欲しいからだよ』
随分と歯切れの悪い言い方だった。
そんなに不安なら今回の件は流したら?というコニールにしかし、頑として反対したのも不自然だった。
そんなに不安なら今回の件は流したら?というコニールにしかし、頑として反対したのも不自然だった。
《――その取引の相手が、リーダーの信頼出来る者で、裏切りなど考えられない様な者だとすれば、一応の辻褄は合うな》
「だが、“疑った”からこそ俺達がここに居るんだぞ?」
「だが、“疑った”からこそ俺達がここに居るんだぞ?」
それはその通りなのだ。行動が矛盾しすぎている。だが、レイはこう言った。
《もしも、の事を考えて居るんだろう。リーダーとはかくあるべし、か》
「……面倒なこった」
「……面倒なこった」
シンには微妙に納得出来る様な、出来ない様な真理である。
もっとも、今はそんなことより思い悩む事柄がシンにはあった。だから、早々にそっちの考えは打ち捨てた。
もっとも、今はそんなことより思い悩む事柄がシンにはあった。だから、早々にそっちの考えは打ち捨てた。
「それにしてもさすがに水温が低いんだが……何とかならないか?レイ」
《情けない。それでも元ザフトレッドのエースか。俺はこんな事気にもならんぞ》
「……そりゃ、AIはそうだろうよ!」
《情けない。それでも元ザフトレッドのエースか。俺はこんな事気にもならんぞ》
「……そりゃ、AIはそうだろうよ!」
結局、シンは我慢することにした。それ以外の選択肢は無いからである。
しかし、そんな我慢はそう長く続くことはなかった。レーダーに敵影が捉えられたのである。
しかし、そんな我慢はそう長く続くことはなかった。レーダーに敵影が捉えられたのである。
《機体照合……東ユーラシア軍サムクァイエット基地所属マサムネだな。機数は二機。随行にピースアストレイ四機か。ソラの迎え、というには仰々しい集団だな》
何処か、レイの声は残念そうな感じだった。
敵影接近――その報がソラの腕時計から伝えられると、コニールとロマは直ぐに動き出した。
「ここじゃ目立ちすぎる。移動するよ!」
コニールはそう言うと、直ぐにジープのエンジンを始動する。飛び乗る様にロマが助手席に乗り込むのを確認すると、コニールはジープをスタートさせた。
「……ど、どうしたんですか!?」
今だ、状況を理解出来ていない――否、状況を理解したくないソラ。
そんなソラに、コニールは早口に言う。
そんなソラに、コニールは早口に言う。
「取引が、政府の連中にバレたのよ!アイツ等、アンタが居ても見境無いわよ!」
「そんな!私が狙われる理由なんて無いでしょ!?ちゃんと話せば……!」
「そんな!私が狙われる理由なんて無いでしょ!?ちゃんと話せば……!」
ソラにとって、今だ自身は平和の世界に居る感触が会った。
平和ボケ、と言えばそうなのだろう。
銃を持ってさえ居なければ、ただ話しかけさえすれば――そういう発想がソラにはあり、そうした発想はコニール達には無かった。
……そういう発想が出来る者は、優先的に鬼籍に行く。そうしたことをコニール達は痛い程知っていたのだ。
だから――敢えて怒鳴った。
平和ボケ、と言えばそうなのだろう。
銃を持ってさえ居なければ、ただ話しかけさえすれば――そういう発想がソラにはあり、そうした発想はコニール達には無かった。
……そういう発想が出来る者は、優先的に鬼籍に行く。そうしたことをコニール達は痛い程知っていたのだ。
だから――敢えて怒鳴った。
「少し黙ってな!舌噛むよ!」
まるでロデオの様に、ジープが荒野を駆け巡る。
荒野と言っても、細かな丘陵はある。
そうしたものを避けながら、コニールはジープを走らせていく。
……そして、助手席ではロマが苦悩していた。
それは、悩みという程のものでは無かったが、ロマを落ち込ませる類のものだった。
荒野と言っても、細かな丘陵はある。
そうしたものを避けながら、コニールはジープを走らせていく。
……そして、助手席ではロマが苦悩していた。
それは、悩みという程のものでは無かったが、ロマを落ち込ませる類のものだった。
(『親愛なる友へ』などという結びの言葉など、叔父上は使わない。やはり……)
最悪の想像が、ロマの脳裏に浮かぶ。――だが、今はそれに構っている余裕も無い。
「コニール!例の地点に向かって下さい!」
「やってるわよ!」
「やってるわよ!」
怒鳴るロマ、怒鳴り返すコニール。
ロマはジープから身を乗り出し、敵機を視認すると――もう一度怒鳴った。
ロマはジープから身を乗り出し、敵機を視認すると――もう一度怒鳴った。
「……射撃体勢!ソラ君、伏せろ!」
「え?えええ!?」
「え?えええ!?」
ソラには、対応出来ない事ばかりだった。
だから、座席を越えてロマがソラを押し倒してきたことにも反応出来なかったし、その後ジープの近くで起こった爆発で目が眩んだことも、暫く経ってからしか理解出来なかった。
ただ、『爆音が凄まじかった』という結果だけが体全体で理解出来た。
だから、座席を越えてロマがソラを押し倒してきたことにも反応出来なかったし、その後ジープの近くで起こった爆発で目が眩んだことも、暫く経ってからしか理解出来なかった。
ただ、『爆音が凄まじかった』という結果だけが体全体で理解出来た。
「くそ、あのジープちょろちょろと!」
上空を飛ぶマサムネ一番機パイロットであるレイルズは軽く毒づく。モビルスーツのビームライフルは精密射撃も出来るが、あれ程の小さな目標ではそうそうクリーンヒット、という訳にもいかない。
『何をやってんだよ、たかがジープ相手に。ピースアストレイを向かわせるからもう止めろ。……弾が勿体ない』
「ゲイツ、うるせぇよ!」
「ゲイツ、うるせぇよ!」
マサムネ二番機パイロットのゲイツに、レイルズ。
とはいえ、このまま射撃をしても当たりそうもないというのは自分でも解る。ゲイツ貴下の二機のピースアストレイがジープの方に移動していくのを見て、レイルズは溜飲を下げる事にした。
いくらAI機動のピースアストレイとはいえ、ジープ一両にどうこうされる事はないというのは明らかなことだったからだ。
とはいえ、このまま射撃をしても当たりそうもないというのは自分でも解る。ゲイツ貴下の二機のピースアストレイがジープの方に移動していくのを見て、レイルズは溜飲を下げる事にした。
いくらAI機動のピースアストレイとはいえ、ジープ一両にどうこうされる事はないというのは明らかなことだったからだ。
……爆音の衝撃が、骨に伝わる。
「ソラ君、ソラ君!大丈夫ですか!?」
「リーダー、何やってんの!ちゃんとソラを守ってよ!」
「やってますよ!」
「リーダー、何やってんの!ちゃんとソラを守ってよ!」
「やってますよ!」
衝撃が、地鳴りが、爆音が――世界を掻き消していく。ソラが信じた世界が、優しい風の調べが、人々の笑顔が――容赦なく打ち砕かれていく。
(戦争――これが、これが……!)
もしも先程の爆発に巻き込まれていたら。もしも、先程の炎に巻かれていたら。……恐らくは何も思うことすらなく、ただこの世から居なくなっていただろう。
ソラは本能的に理解していた。アレは、驚異なのだ。自分のことなど何の意にも介さず、全てを破壊してしまうモノ――兵器。人が何代もの世代を重ねて積み上げてきた技術の結晶。誇るべき、恐るべき機動兵器――それが今正に自分に牙を向けている。
だから、ソラは恐れていた。子猫の様に、子供の様に。
ただ、助けを求めて居た。
ソラは本能的に理解していた。アレは、驚異なのだ。自分のことなど何の意にも介さず、全てを破壊してしまうモノ――兵器。人が何代もの世代を重ねて積み上げてきた技術の結晶。誇るべき、恐るべき機動兵器――それが今正に自分に牙を向けている。
だから、ソラは恐れていた。子猫の様に、子供の様に。
ただ、助けを求めて居た。
(――助けて、助けてよ。誰か、誰か……!)
物言わぬピースアストレイのメインカメラが、疾走するジープを捉えていた。ロックオンをマニュアル通り行い、手持ち火器のバズーカを選択。攻撃対象がジープなどの場合、爆発系武器の方が都合良いからだ。
攻撃態勢を整える二機のピースアストレイ。だが、不意にピースアストレイのレーダーに一機の機影が映った。通常のモビルスーツにしては相当な速度を持って、ここに進撃して来ている。――戦闘機動となれば、敵機と判断しなければならない。だが、取り敢えずピースアストレイは当面の攻撃目標に攻撃を与えてから対応することにした。
それで十分だという、判断が働いたのだ。……そこが、AIの悲しさだった。
攻撃態勢を整える二機のピースアストレイ。だが、不意にピースアストレイのレーダーに一機の機影が映った。通常のモビルスーツにしては相当な速度を持って、ここに進撃して来ている。――戦闘機動となれば、敵機と判断しなければならない。だが、取り敢えずピースアストレイは当面の攻撃目標に攻撃を与えてから対応することにした。
それで十分だという、判断が働いたのだ。……そこが、AIの悲しさだった。
《奴等、先にジープを狙う腹だな。――急げよ、シン》
「解ってる!」
「解ってる!」
シンの駆るモビルスーツは、シグナスと呼ばれるもの……それに近い姿だった。無骨なヘルメットを思わせる頭部は重々しく、また各部の装甲も分厚いらしく“ごつく、固い”というイメージを持つシルエットだった。
今、シンはその機体に内蔵された機能の一つである“ローラーダッシュモード”で懸命に疾駆している。……何としても、ジープに乗る人達を守る為に。
今、シンはその機体に内蔵された機能の一つである“ローラーダッシュモード”で懸命に疾駆している。……何としても、ジープに乗る人達を守る為に。
《この速度では、満足な射撃は出来ん。バズーカの砲弾を撃ち落とす様な事も出来んだろう。――腹を決めろ、シン。成功率は50%はある》
「やれやれ、“性能”に全てを賭けろってか!?とんだデビュー戦だ!」
《気にするな、俺は気にしない》
「やれやれ、“性能”に全てを賭けろってか!?とんだデビュー戦だ!」
《気にするな、俺は気にしない》
シンは言葉とは裏腹に、迷わずにフットペダルを踏み込んでいく。信じているのだ――この機体に込められた人々の思いを。そして、今この時が自分が命を賭ける時なのだと。
――バズーカの砲弾が二発、発射される。
(……避けきれない!)
そう、コニールは思った。
だが、その瞬間目の前に現れた影――それがコニールに希望を与えた。出現した巨大な人影の股下を走らせる形で、人影とジープはすれ違う。
バズーカの砲弾を、その人影は全身で受け止める。対モビルスーツ用の砲弾の爆発が、周辺にもの凄い轟音と衝撃を振りまいた。
だが、その瞬間目の前に現れた影――それがコニールに希望を与えた。出現した巨大な人影の股下を走らせる形で、人影とジープはすれ違う。
バズーカの砲弾を、その人影は全身で受け止める。対モビルスーツ用の砲弾の爆発が、周辺にもの凄い轟音と衝撃を振りまいた。
――急に出現したモビルスーツ。何処から現れたのか、レーダーに突然出現した。おそらくは、何処かに伏せていたのだろうが……。
「しかしまあ、イキナリ出てきてイキナリ殺されてくれるなら世話が無くて良いぜ、なあ?」
『同感だ。バズーカ二発直撃では並の機体ではどうにもならんだろうな』
『同感だ。バズーカ二発直撃では並の機体ではどうにもならんだろうな』
その場にいた誰もが、そう思っていた筈だ。……ただ一人と、AI一機を除いて。
だから、爆発の中から発せられたビームが一機のピースアストレイを貫いた時、その場の全員が反応出来なかった。
墜落していくピースアストレイ――爆発、炎上。
爆発の中で、何かが蠢いている。……それは、確かに人の形をした“何か”だった。
だから、爆発の中から発せられたビームが一機のピースアストレイを貫いた時、その場の全員が反応出来なかった。
墜落していくピースアストレイ――爆発、炎上。
爆発の中で、何かが蠢いている。……それは、確かに人の形をした“何か”だった。
《損害報告――上腕部及びアクチュエーター、クリア。脚部バイパス、問題無し。メインカメラ及びサブカメラ、外部音声集音装置、クリア。システムオールグリーン、いけるぞ、シン》
「了解。第一次リアクティブアーマー剥離。……さすがに装甲二枚重ねだから頑丈なモンだ」
「了解。第一次リアクティブアーマー剥離。……さすがに装甲二枚重ねだから頑丈なモンだ」
冷静に計器のチェックをしながら、シン。改めて確かな仕事をしてくれていたサイに感謝の言葉を心の中で述べる。
機体の各部から、装甲が外されていく。バズーカの直撃の余波を堪えきったシールドと装甲が、大地に突き刺さる様に落ちていく。――まるで一皮脱ぐかの様に。そして、そこに居たモビルスーツは“シグナス”等という名前ではなかった。
頭部に燦然と輝くV字型アンテナ。機体の各部がスリムにシェイプされた、機動性を極限まで追求されたフォルム。腰には巨大な対鑑刀シュベルトゲベールを装備し、インファイトを主としたモビルスーツであることが伺い知れる。
手には、先程ピースアストレイを撃墜して見せたビームライフル。それを弄ぶかの様にくるくると回し、腰のハードポイントに格納する。
シンの指先が操縦用のキーボードを走る。それと共にモビルスーツが本格的に動き始めた。腰の対鑑刀の安全弁が外され、抜刀状態に移る。シンはそれをそろそろと抜かせると、最初はゆっくりと――段々と激しく、それを振り回させる。
機体の各部から、装甲が外されていく。バズーカの直撃の余波を堪えきったシールドと装甲が、大地に突き刺さる様に落ちていく。――まるで一皮脱ぐかの様に。そして、そこに居たモビルスーツは“シグナス”等という名前ではなかった。
頭部に燦然と輝くV字型アンテナ。機体の各部がスリムにシェイプされた、機動性を極限まで追求されたフォルム。腰には巨大な対鑑刀シュベルトゲベールを装備し、インファイトを主としたモビルスーツであることが伺い知れる。
手には、先程ピースアストレイを撃墜して見せたビームライフル。それを弄ぶかの様にくるくると回し、腰のハードポイントに格納する。
シンの指先が操縦用のキーボードを走る。それと共にモビルスーツが本格的に動き始めた。腰の対鑑刀の安全弁が外され、抜刀状態に移る。シンはそれをそろそろと抜かせると、最初はゆっくりと――段々と激しく、それを振り回させる。
(良いぞ、この感じ――まるで、俺の体の様に動く!コイツとなら……!)
対鑑刀の生み出す風圧が、今までその機体を取り巻いていた粉塵を振り払っていく。煙の中で蠢いていた何かが、遂に陽光の下に姿を現した。
最後に――正眼に対鑑刀を構え、その双眸は真正面を射抜く様に構える。
ダストガンダムと命名されたモビルスーツの、それが初陣だった。
最後に――正眼に対鑑刀を構え、その双眸は真正面を射抜く様に構える。
ダストガンダムと命名されたモビルスーツの、それが初陣だった。
「な、何だアイツは!?」
『敵の新型か!行け、ピースアストレイ共!』
『敵の新型か!行け、ピースアストレイ共!』
ゲイツの言葉に従い、残り三機のピースアストレイがダストに向かっていく。
しかして一方のシンは――その様にせせら笑っていた。
しかして一方のシンは――その様にせせら笑っていた。
「AI機動のモビルスーツ三十機持ってきて貰ったって……足らない!」
まずは、近い距離に居る奴から――狙いを定め、シンはダストを奔らせる!
最初の被害者に選ばれたピースアストレイは、懸命にビームライフルを乱射する。だが、それはシンに完全に予想された攻撃であり、シンはそれをほんの少し機体を捻るだけで避けていく。その内一発などは、小首を傾げる様な仕草だけで避けて見せた。如何に相手がAIとはいえ、並の度胸で出来ることではなかった。
ダストは走りざま、頭部バルカン“イーゲルシュテルン”を乱射する。そうすることでAIは自立防御動作をどうしてもしてしまう。シールドをしっかりと構え、相手の攻撃に備えてしまうのだ。――シンの思った通りに。
「そんなモノで!」
対鑑刀が、まして自分の斬撃が止められる筈もない。その自負はあるし、それは事実だった。
腰を捻り、打ち出された対鑑刀が横薙ぎにシールドにぶち当たり、シールドごとピースアストレイを切り裂いていく。スラスターのパワーも追加したその斬撃は、正に“通り抜ける様に”ピースアストレイを両断していた。あまりの早さに、幾分送れてから爆散するピースアストレイ。
《次、二機来るぞ》
レイが冷静にシンに伝える。シンとて、一機倒した位で油断はしない。
「ああ……幾らでも来い!」
次のピースアストレイは二機ともビームサーベルを抜きはなって襲い掛かってきた。相打ち狙いでダメージを与えに来るつもりの様だ。
最初の被害者に選ばれたピースアストレイは、懸命にビームライフルを乱射する。だが、それはシンに完全に予想された攻撃であり、シンはそれをほんの少し機体を捻るだけで避けていく。その内一発などは、小首を傾げる様な仕草だけで避けて見せた。如何に相手がAIとはいえ、並の度胸で出来ることではなかった。
ダストは走りざま、頭部バルカン“イーゲルシュテルン”を乱射する。そうすることでAIは自立防御動作をどうしてもしてしまう。シールドをしっかりと構え、相手の攻撃に備えてしまうのだ。――シンの思った通りに。
「そんなモノで!」
対鑑刀が、まして自分の斬撃が止められる筈もない。その自負はあるし、それは事実だった。
腰を捻り、打ち出された対鑑刀が横薙ぎにシールドにぶち当たり、シールドごとピースアストレイを切り裂いていく。スラスターのパワーも追加したその斬撃は、正に“通り抜ける様に”ピースアストレイを両断していた。あまりの早さに、幾分送れてから爆散するピースアストレイ。
《次、二機来るぞ》
レイが冷静にシンに伝える。シンとて、一機倒した位で油断はしない。
「ああ……幾らでも来い!」
次のピースアストレイは二機ともビームサーベルを抜きはなって襲い掛かってきた。相打ち狙いでダメージを与えに来るつもりの様だ。
(AI連中は忠義深いぜ、全く……)
ニヤリと、シンが笑う。哀れなAI連中を笑ったのではない。その後ろにいる“そんな事しか考えられない”小虫共を、嘲笑ったのだ。
一機目のピースアストレイの斬撃――それをシンはこれまた横に一歩踏み出すだけで避けて見せる。そして片手で相手の腕を取り、片足で相手の足を払う。ピースアストレイのスラスターが変な応力を呼び、見事に一転して転倒するピースアストレイ。
もう一機のピースアストレイがダストの背後から斬撃を浴びせる。とはいえそれもシンの掌上の話――ほんの少し首を竦めるだけで、ダストはそれを回避して見せた。
そして、ダストが対鑑刀を振るう。まるで竜巻の様に。
斜めに切り上げられた対鑑刀が、脇腹からピースアストレイを切り裂いていく。そしてダストはその斬撃をそのまま生かし――今だ転倒していたピースアストレイをも切り裂く!
二機は物も言わず、爆散した。これが人間だったら悔し涙の一つも流したかも知れない死に様だった。
一機目のピースアストレイの斬撃――それをシンはこれまた横に一歩踏み出すだけで避けて見せる。そして片手で相手の腕を取り、片足で相手の足を払う。ピースアストレイのスラスターが変な応力を呼び、見事に一転して転倒するピースアストレイ。
もう一機のピースアストレイがダストの背後から斬撃を浴びせる。とはいえそれもシンの掌上の話――ほんの少し首を竦めるだけで、ダストはそれを回避して見せた。
そして、ダストが対鑑刀を振るう。まるで竜巻の様に。
斜めに切り上げられた対鑑刀が、脇腹からピースアストレイを切り裂いていく。そしてダストはその斬撃をそのまま生かし――今だ転倒していたピースアストレイをも切り裂く!
二機は物も言わず、爆散した。これが人間だったら悔し涙の一つも流したかも知れない死に様だった。
「……凄い……」
少し離れた場所で、ソラはそうした戦いぶりを見ていた。同じようにコニールも、ロマも。誰もが、そのシンの戦いぶりを瞠目していたのだ。
(まるで、踊っているみたい……)
モビルスーツは人の動きを全て出来る、と言われている。それは俗説ではあるのだが――今、それは真実にしか見えないとコニールにも思える。
凄惨な戦いの筈なのに。血で血を洗う戦場の筈なのに。
なのに、あのモビルスーツの戦いぶりは正しく“芸術”だった。
どうすればあんな事が出来るのか。どうすれば、あんな風になれるのか――人はそうした事に憧れを覚え、追い求める。例えそれが畑違いだとしても。
凄惨な戦いの筈なのに。血で血を洗う戦場の筈なのに。
なのに、あのモビルスーツの戦いぶりは正しく“芸術”だった。
どうすればあんな事が出来るのか。どうすれば、あんな風になれるのか――人はそうした事に憧れを覚え、追い求める。例えそれが畑違いだとしても。
「凄いね、これは……。僕はシンの能力を過小評価していたようだ。まさか、これ程とは……」
曰く、たった一人で一軍を壊滅せしめたエースパイロット。
曰く、あの“軍神”に土を付けた男。
眉唾物の伝説。為し得ない伝説への憧れ。多少は真実だとしても、尾ひれがあるモノだと思うのが人だ。……まさか、全部が真実なのだとは誰も思わないだろう。
人は、何処まで強くなれるのか。コーディネイターの願ったテーマの一つの形が、今目の前に居る。それは、ロマにとって良いことなのか悪いことなのか……。
ただ、ソラにもコニールにも、ましてやロマにもこのことだけは解っていた。
――シンは勝つ。この程度の連中に、手こずる事すらなく。
曰く、あの“軍神”に土を付けた男。
眉唾物の伝説。為し得ない伝説への憧れ。多少は真実だとしても、尾ひれがあるモノだと思うのが人だ。……まさか、全部が真実なのだとは誰も思わないだろう。
人は、何処まで強くなれるのか。コーディネイターの願ったテーマの一つの形が、今目の前に居る。それは、ロマにとって良いことなのか悪いことなのか……。
ただ、ソラにもコニールにも、ましてやロマにもこのことだけは解っていた。
――シンは勝つ。この程度の連中に、手こずる事すらなく。
それは、相手側からみても良く解る事だった。如何にAI機動のモビルスーツとはいえ、如何に単純な戦闘しか出来ないとはいえ――ああも容易く屠れる様な代物では無い筈なのだ。何度かのテストでその事を痛切に知っているレイルズとゲイツは、同時にこうしたことを考えていた。
(……あんな化け物、勝てる気がしねぇ……)
相手としてみれば、それが尚更解る。パイロットの本能が全力で囁いているのが解るのだ――“逃げろ”と。
だから、一人がこう言えば、こうなるのは明らかだった。
だから、一人がこう言えば、こうなるのは明らかだった。
「ひ、引くぞ!……報告しなければ!」
『そ、そうだな!奴を何とかする対策を考えなければ!』
『そ、そうだな!奴を何とかする対策を考えなければ!』
大人はこうした理屈を作るのが上手い物である。それなりに生きれば身に付く知恵であろうか。
正に蜘蛛の子を散らす様に、マサムネ二機は引いていった。
正に蜘蛛の子を散らす様に、マサムネ二機は引いていった。
「……良いのか?追わなくて」
操縦桿から手を離しつつ、シン。
《ああ、構わんだろう。あっちの方角には合流予定だった大尉達が居るはずだ。行きがけの駄賃にどうにかするだろう》
レイの声には抑揚がない。これから起こることを淡々と語っている――そういう風情だ。
シンにも、この後の事は容易に想像出来たので、取り敢えずコニール達と合流することにした。
シンにも、この後の事は容易に想像出来たので、取り敢えずコニール達と合流することにした。
――上空のマサムネを、狙い澄ました一撃が撃ち落とす。長距離用のスナイパーライフルが、遠慮無く一機のマサムネを叩き落としていた。
『俺達のシマで、随分とデカイ面さらしてくれたじゃねぇか、ああん?』
一般回線で、マサムネのコクピットにそんな声が響いた瞬間――ゲイツ機が叩き落とされたのだ。レイルズがパニックになるのも、仕方の無いことであった。
相手が何処にいるのか、真っ先にそれをしてしまった。とにかく逃げれば良かったのだ――レイルズの運命はそれで決まっていた。もっとも、そうしたミスリードを誘う為の先程の通信だったのかも知れない。ともかく、攻撃の届く範囲にレイルズ機が入った瞬間、それは襲い掛かってきた。
相手が何処にいるのか、真っ先にそれをしてしまった。とにかく逃げれば良かったのだ――レイルズの運命はそれで決まっていた。もっとも、そうしたミスリードを誘う為の先程の通信だったのかも知れない。ともかく、攻撃の届く範囲にレイルズ機が入った瞬間、それは襲い掛かってきた。
『んじゃ、美味しい所は俺がいただきだ!』
そんな緊張感の欠片も無い掛け声と共に、レイルズ機は爆散した。死角から一気にジャンプし、サーベルで切り落とされた――そんな事すら悟る暇がなかった。
ソラには、全てが信じられなかった。
目の前で戦闘が行われた事。そして、その中で人が死んでいる、という事。……そして、オーブには帰れなくなった、という事。
目の前で戦闘が行われた事。そして、その中で人が死んでいる、という事。……そして、オーブには帰れなくなった、という事。
「済まない、ソラ君。私の不手際だ」
そんな風にロマに謝られても、ソラは何と言って良いのか解らなかった。
――全てが、現実感が無かった。何もかも、何もかも。
何処までも広がる地平が、今この場所が幻想であるという錯覚すら覚えさせる。ソラは、何か考えようとして、視界が暗転したのを感じた。……気絶したのだ。
夕日の中、ソラは誰かに抱きかかえられる夢を見ていた。せめてそれが、夢であれば良いと願いながら。
――全てが、現実感が無かった。何もかも、何もかも。
何処までも広がる地平が、今この場所が幻想であるという錯覚すら覚えさせる。ソラは、何か考えようとして、視界が暗転したのを感じた。……気絶したのだ。
夕日の中、ソラは誰かに抱きかかえられる夢を見ていた。せめてそれが、夢であれば良いと願いながら。