「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第4話「今ここにいる現実」Bパート(アリス氏原版

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―――サムクァイエットからコルダミアまで東ユーラシア軍の補給部隊が通過する――。そういう情報がリヴァイヴの元に届けられた瞬間、リヴァイヴは動き出した。敵の補給線を断つ事は戦略的に有意義な事であり、何よりリヴァイヴにとってもメリットのある事だからだ。
無論、囮作戦ではないかという意見もあったがユウナは戦闘を決断。直ちに大尉達MS部隊が発信する事となった。


 ズシン、ズシン………
 MSが歩く度に響く重低音。シンと大尉達はそれぞれのMSを駆り、予定移動ポイントに急いでいた。先に出発したコニール達ゲリラ部隊が補給部隊の移動ルートを特定し、罠を仕掛けてくれる手筈になっている。補給部隊のルートが特定出来ない以上、MSは無闇に動くべきでは無い。それ故に、シン達は敵部隊に関知されない位のポイントで隠れ、歩兵部隊の指示を待つのだ。
 ダストを殆どオートで走らせるシン。シンはモニタに映る様々なデータを確認しながら、あれこれと考えを巡らせていた。
 不意に、レイがシンに話しかける。
 『シン、分かっていると思うが………』
 「ピースガーディアンが出てきてるって事だろう?―――この間も来てたしな」
 シンの声に怯えはない。どうせ、何時かは殺し合う相手だ―――シンにとっては、それだけの事だ。
 『ならいい。後は油断するな。………お前はそれだけで良い。』
 「何だよ、戦術的なアドバイスは無しか?」
 ―――そんな会話に、突然大尉が割り込んでくる。
 『俺が戦術考えるんじゃ不満か?ええおい。』
 『戦争慣れ、という意味でなら我々は君よりも年上だよ。シン君。』
 『前の時はあっちからの襲撃だったからな。………こっちから売る喧嘩なら任せとけ。テメーに喧嘩の売り方を教えてやるよ。』
 中尉、少尉も次々に会話に参加する。シンは呆れたように呟いた。
 「どいつもこいつも戦争大好き連中だな………」
 不意に―――滑り込むようにマユの事を思い出す。マユは今の俺を見て、どう思うのだろうか、と。
 (軽蔑されるに決まってるじゃないか………。)
 ………どう考えてもそうだろう。
 マユは、戦争などと無縁な存在だった。そういう存在が戦争で死ぬのは間違いなのだ―――そうシンは思う。
 (俺みたいな奴は、戦争やってるしかないんだろうが………。)
 初めて人を殺した時は、何時だったろう。………あまり、覚えていない。覚えていないほど人を殺したのか―――それは自分でも嫌になる考えだ。
 (俺は、いつまで人を―――殺すんだろうな………。)
 シンは、その考えを何時もしてしまう。何時まで続くのか―――こんな事が。誰も助けてくれはしない、それなのに何時の間にか選んでしまった地獄の道。今では笑って人殺しが出来る程、自分は染まってしまっている。………光の中に居るはずのマユが、今の暗闇にいる―――血塗れの自分を許すわけが無い―――そう思う。
 「許して貰える訳、無いよな………」
 ついつい口をついて、泣き言が出る。―――次の瞬間、シンは直ぐに後悔した。その呟きをレイはおろか、他の3人も聞いていたのだ。
 『許して貰うためには、責任を取る。それが唯一の方法だぞ、シン。』
 『なんだなんだオイ、ソラちゃんに嫌われたのが答えてるのか?』
 『女性に嫌われるのは応える事ですが、ね。………戦場では考えない事です。』
 『イヤちょっと待て。つまりは色気づいたって事だろ?』
 ………好き勝手に言う。完全に魚を見つけた漁師状態である。
 「好きに言っててくれ………」
 もう、シンは投げやりだった。
 大尉が茶化し、中尉がまとめ、少尉が混ぜっ返す―――何時終わるともしれない会話。シンはそんな言葉をBGMとして聞き流しながら、不意に思えた。
 (マユが大きくなってたら………ソラみたいになってたのかな………。)
 意外と口うるさくて、直ぐ泣いて。その癖、突然怒り出して、今度は落ち込んで。その度にシンはマユの扱いに困っていた事を思い出す。―――ここ最近ソラでも同じように困ったからだろうか。
 『―――もうすぐポイントに到着するぞ。』
 一人会話に参加しなかったレイが、冷静に伝える。全MSは足を止め、その場に駐機させた。後はコニール達の指示待ちだ。


 その頃、コニール達は。
 「居た居た………」
 双眼鏡を眺めながら、コニール。獲物を見つけた獣のように舌舐めずりをする。
 「ポイントB-15、WM。そう通信して」
 WMとは西南方向の略である。
 「はっ!」
 ゲリラの一人がジープに積んである通信機に走る。その様を見ていたソラは、センセイに問いかける。
 「………また、戦争になるんですか?」
 「そうね。………しかも、こちらから仕掛けるわ」
 そう言って、センセイはソラに向き直る。
 「………軽蔑する?」
 「戦争する人達は、おかしいんですよ。………しかも好きこのんで。あの人だって、何時も喜んで戦ってて………」
 何でだろう。どうして戦わなきゃならないんだろう。―――そして、私は何でここに居るんだろう。どうしてこんなとこで………。
 「誰も、望んだように生きるのは難しいのよ。………ディスティニープランに縛られなくても、私達は生まれた時から縛られている。どんな自由な人でも、ね。………私達に出来るのは、『今自分に出来る事を知る』事よ。それを実行するかどうかは、人それぞれの判断」
 「………だからって、戦争なんかしなくても良いじゃないですか」
 ―――リヴァイヴという所にも、『人』は居る。それは、ソラも解った。
 「戦争する事で、少しでも世の中を良くしたい―――だから、戦争は起こるのよ」
 「詭弁です!戦争なんかしたら皆困るって………!」
 ソラは、きっとセンセイを睨む。それを見て、突然にこやかに微笑むセンセイ。
 「やっと上を向いたわね」
 「………!」
 「ソラちゃん。私から貴方に教える事はしません。貴方が疑問に思い、質問してきた時に教えてあげます。………でも、これだけは覚えておいて。『正義なんてものは、人の数だけ有る』」
 「私が、間違っているっていうんですか!?」
 ソラは怒鳴る。何事かと、周りのゲリラ連中がこちらに来る。しかしそれをセンセイは制し、ソラに続ける。
 「………間違っていないのよ、本当は誰もが。でもね、結果として『間違い』と言われるのが世の中なのよ。ソラちゃん―――貴方は、もっと世の中を知りなさい。私達が貴方の思っている『正義』では無いとしても。………何時か貴方がオーブに帰った時に、きっと解る時が来る。―――人は、正しい事だけでは生きれないという事が」
 「………悪い事をしろっていうんですか?」
 「違うわ。『どんな状況でも生きる努力をしなさい。』という事よ。………そのためには、貴方は俯いていては駄目。辛くても、見上げなさい。人は、そうしないと周りを見る事の出来ない生き物なのだから―――」

 ―――ソラ。どんな時でも、空を見上げてごらん。辛い時、悲しい時……どんな時でも。きっと空は、ソラの味方。何時もソラを助けてくれるから―――

 ………何故だろう。何故、孤児院の時に教わった言葉が頭に浮かぶのだろう。
 それきり、ソラは黙り込んだ。今度はセンセイも話しかけなかった。


 『B―15、WMか。………ちっとばかり面倒な事になるな。』
 コニールからの通信を受けると、早速シン達は動き出した。走るシグナスの中で大尉は戦術を提案する。
 『予想算出襲撃ポイントでは、遮蔽物がありませんね。相手からも丸見えです』
 中尉が直ぐに大尉のフォローを開始する。
 『部隊を分散させるしかないか。………よし、シンは先行して敵前面に出ろ。ダストはこの中で一番早い。少尉と俺は、後背から攻める。まずは俺達が攻め込んで、敵を引きつける。その間にシンが輸送部隊を仕留めろ。』
 『私はどうします?』
 『お前に指示は必要ねぇだろうが。適当にぶっ放してろ』
 『了解しました』
 『やーれやれ、またシンがいいとこ取りかよ………。』
 少尉が愚痴る。
………まあいつもの事だ。つくづくこの三人はチームワークが良いな、と感心する。
 (俺達も、こうだったら―――少しは違ってたかもな。)
 シン、レイ、ルナマリアの三人―――自分達はチームワークが取れていたと思っていた。
………だが、今のこの3人を見ていれば自分達が如何にバラバラだったか良く解る。
 (―――若かった、て事か………。)
 しかしシンは首を振って考えを振り払った。………今は思い出に浸っている時ではない。
 「コルダミアの政府軍はどうする?」
 シンは大尉に聞いてみた。返事は直ぐに帰ってきた。
 『とっくの昔にお嬢の別働隊が向かってる。足止めぐらいはしてくれるだろう。………なんだお前、俺の指揮にケチ付けるなんて百年早いぞ』
 ―――慣れない事は言うものでは無い。
 『シンは戦略は赤点だった。許してやって欲しい』
 ………レイにまで言われる始末である。
 ともあれ、シン達は動き出した。―――シンの心には不安は無い。それは、確かにこの三人が居る事の安心感も手伝っていた。


 遠くに砂塵が見える。大型のトレーラー群がダストのモニタにも視認出来る。
 「………居た!」
 思わず声を上げるシン。
 『概ね予定通りだな。………シン、手筈は覚えているな?』
 興奮するシンにすさかず冷水を浴びせるレイ。シンは渋面になりながら、
 「大尉達が攻撃を開始したら、前面に展開すりゃ良いんだろ?」
 『まあ、そうだ。どの道順序はこの場合あまり関係ないが………恐らく大尉達はシンへの負担を少しでも軽減してやろうという腹積もりなのだろうな。』
 「………お優しい事で」
 そうは言っても、シンの顔は嬉しそうだ。信頼出来る仲間――ーそれがどれ程心強い事か。まして、この様な戦場という特殊な環境の中で。
 『シン、もう少しスピードを上げろ。このまま併走しても意味は無い。………この距離なら発見されても有効打はどちらも打てん。発見される危険性を憂慮するより、相手方の援軍に寄る挟撃こそ避けるべきものだ。』
 「…了解」
 子供のように命令ばかりではシンとて良い気はしない。………かといって、間違った事を言われている訳でも無い。シンはダストのコンソールを操作して脚部ホバーエンジン及びローラーユニットを起動、ダストの地上最速形態である“ローラーダッシュモード”に移行する。
 砂塵を上げて疾駆するダスト。恐らくは、補給部隊はこちらを補足したはずだ。………とはいえ、シンの心に恐れは無い。ぺろりと乾いた唇を拭い、シンは凄絶に微笑む。―――シンの中の『暗い炎』が今、ちりちりと火花を上げつつあった。


 『―――左舷十時方向、敵MS補足!』
 補給部隊レーダー担当の士官が声を上げると、トレーラー群の中程に乗っていた補給部隊隊長ガドルは静かに言った。
 「やはり、来たか。………根回しはしておくものだな」
 ガドルは、レジスタンス“リヴァイヴ”が来る事はおおよそ熟知していた。そのために、高い金を払って他のレジスタンス経由で情報を流したのだから。
 「今、最も売り出し中のテログループ“リヴァイヴ”。叩き潰すのならば、早い方が良い。………そのための今作戦だ」
 そう―――ユウナが危惧した通り、この『補給部隊の大移動』はリヴァイヴを誘き出して一網打尽にする作戦である。例え全滅させられなくても、リヴァイヴの虎の子と云って良いMS部隊に大打撃を与える事が出来る。
 「治安警察の連中は?」
 ガドルは隣に座る副官に尋ねる。
「既に配置に着いております。後は合図を待つばかりです」
 「良かろう。ベストな答えだ」
 ガドルは満足そうに頷くと、トレーラー内に据え付けられた通信マイクを取り部隊全員にこう告げた。
 「―――これより本隊は作戦通りテログループと交戦を開始する。各員は作戦通りの行動を行え。繰り返す、各員は………」
 アナウンスをしながら、ガドルはしかしこうも思っていた。
 (治安警察軍、か。中央政府直属だか何だか知らんが………良くもまあ我が東ユーラシア軍を引っかき回してくれたものだ。………部下達を人身御供にしてまで採用する作戦ではない。所詮は余所者、か。)
 砂塵が舞う砂漠をトレーラー群は疾駆する。それとは距離を置き、更に速度を上げていくダスト。―――様々な思いを余所に、熱砂は更に熱くなりつつあった。


 トレーラー群、後方のトレーラーに据え付けてあったMS“ルタンド”が次々に起動する。―――その数、およそ4体。
 「ひいふうみい………補給部隊の護衛にしちゃ多いモンだ」
 大尉は呆れたように呟く。
 『予想通り、我々を誘き出す算段だという事でしょうね。』
 中尉は既に狙撃ポイントに着座していた。スコープの調整に細心の注意を払いながらも、大尉にはしっかり返答する。
 『にしても、順序が逆だろ?シンの奴。アイツが先に見つかってどーすんだよ。』
 少尉は相変わらずの口調でぼやく。それは、大尉も言いたいが………それとなく少尉を諭す。
 「アイツは、なんだかんだで俺達に気を使ってるのさ」
 『そりゃ、解らなくも無いッスけどね。あんなガキに気を使われるいわれは無いッスよ?』
 『………彼は、良い青年だという事ですよ。』
 中尉がまとめる。だが、―――その言い分は何処か哀愁がある。シンという青年が時折見せる、悲しみを超えた激情―――それを何となく感じるからだろうか。
 ともあれ―――
 「先陣をアイツに取られるわけにもいかん。少尉、派手に行くぞ!!」
 『アイサー!!………派手にってんなら、任せとけ!!』
 『了解。せいぜいこちらにも注意を引きつけます。』
 ―――中尉のシグナスが持つスナイパーライフルが火を噴き、それに併せるように大尉、少尉がビーム突撃銃を乱射しながらルタンド部隊に肉薄していく。あっという間に砂塵は嵐となり、戦局は乱戦に突入しつつあった。


 『―――後方よりMS部隊展開!ルタンド部隊が迎撃開始!』
 『前方に移動中のMS、更に加速!!………前面に回り込まれます!!』
 悲鳴のような士官の声を聞きながら、ガドルは悠然としていた。
 (………今は、何も手を打つ時では無い。)
 ガドルは腕組みをしながら、待っていた。ルタンド部隊は二手に分けさせた―――前衛に一機、後衛に三機。
 ガドルの見たところ、相手のMS部隊は相当な訓練を積んだ者達だ。とても一筋縄でいく相手では無い。
 (結局、あの者達に頼らざるを得んという事か………。)
 それは、ガドルの望んだ結末ではない。だが、指揮官が私情を挟む事以上の愚策は無い。
 ガドルは静かに待っていた―――前面のMS、ダストガンダムがこの補給部隊を止める瞬間を。


 『シン、大尉達が敵の殆どを引きつけてくれている。―――お前が相手をするのは一機だけで良さそうだな。』
 「そんなもの、一瞬で終わらせてやるよ!!」
 シンはいきなりダストの方向を転換させる―――補給部隊の方向へ。一気にルタンドとの交戦範囲までダストを移動させる。
 「オオオ!」
 シンが吠える―――ダストも又。
 ルタンドのビームライフルが連射され、火線が閃く。だがシンはダストのスピードにものを言わせて回避し―――肉薄!
 「撃つまでも―――ない!!」
 シンはダストを跳躍させ―――ルタンドの頭部を蹴り砕く!ルタンドはそのまま転倒し、動かなくなる。
 そのままシンはトレーラー部隊を追い抜き、前面に陣取る。―――さすがにMSには逆立ちしても叶わないトレーラー部隊は、あっさりと停止した。
 『命までは取らない。さっさと積み荷を置いていけ!』
 外部マイクで、そう叫ぶシン。右手にビームライフル、左手に対鑑刀シュベルトゲベールを構え、威嚇する。
 トレーラーから士官達が慌てて降りて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それを見て、シンは張りつめた気が少し溶けてきていた。―――それすら作戦の内と気付かずに。


 「ガンダム、か………」
 ガドルは苦々しく呟く。
 (―――テロリストが、小賢しい真似をするものだ。)
 ガンダム。その名は、このCE世界でも特別な名前と成りつつあった。
 ―――平和の守護者、戦争を終結させうる者。………英雄を呼ぶMS。どれもこれも、マスメディアの作り上げた与太話。だが―――やはり軍人の間でもその存在感は無視出来ないのだ。
 (時代が変わる時、ガンダムは現れる。………このMSもそうだというのか?)
 子供の好みそうな話。そんな話に大人が付き合う謂われは無い。―――それなのにガドルは、動揺してしまう。
 「下らん………」
 ガドルは吐き捨てる。ガドルは、隣でおろおろしている副官にこう告げた。
 「どうした、貴官も逃げろ。―――そういう命令だったはずだ」
 「しかし、隊長!隊長はどうするのですか!?」
 「私の事は良い。………行け」
 なおも食い下がる副官を、ガドルは無理矢理トレーラーから降ろす。副官は暫く迷ったが、歩み寄るガンダムを見て慌てて逃げ出した。
 悠然と歩いてくるガンダム。それに、ガドルは失笑を禁じ得ない。
 「………おかしなものだ。世界を救うのがガンダムで、世界を変えるのもガンダム。貴様達は何様のつもりなのだ………?」
 ガンダムは尚も近づいてくる。………ガドルの望み通り。
 「貴様がガンダムだと言うのなら―――証明して見せろ!!」
 ガドルがトレーラーのコンソールに、何事か操作を走らせる。その瞬間―――砂塵ではない、白い煙が辺りの視界を一気に遮った!!


 ―――その白い煙は、歩兵部隊を率いていたコニールからも確認出来た。
 「スモーク………?」
 そのようなものだとコニールは判断する。………しかし、スモークの範囲が異常に広い。
 「―――対MS用スモークディスチャージャー!」
 慌ててコニールは双眼鏡を取る。そして、コニールはそこで信じられない光景を目撃した。
 ―――ダストに、ビームサーベルが突き立っていたのだ。
 「………シン!!」


 何とか第一撃は、避ける事が出来た。………しかし、第二撃は避けきれなかった。
 「くそったれ………」
 今、シンはダストのパワーを全開にして、今正にダストを切り裂こうとしているビームサーベルから逃れようとしていた。
 トレーラーからスモークが発生して数秒後、その中からMSが飛び出してきたのだ。
 『マサムネを変形させて格納させていたのか。………近づいてくる瞬間を狙っての奇襲、良くもやる。』
 「………感心してる場合か!」
 今、ダストの手には武器は無い。マサムネの初太刀はダストのビームライフルを破壊し、続く一撃を避けるためにシュベルトゲベールを手放さざるを得なかった。………それでも尚、ダストの肩口にサーベルを突き立てられ、更にそこから押し込まれようとしているのだ。
 「クッ………!」
 『シン、後ろだ!』
 レイが珍しく叫ぶ。―――シンがそちらを見ると、もう一機のマサムネ!
 「罠か!?」
 後から来たマサムネは、悠然とビームライフルの銃口をダストに向ける。―――この体制で、避けられるものではない。
 (………迷ってる暇はない!)
 考えるよりも先に、体が動いた。シンはダストのリアクティブアーマーを強制剥離し、その爆風で目の前のマサムネを怯ませ―――フライトユニットの展開を待つ暇も無くブーストを最大出力!
 「くぁっ!」
 滅茶苦茶なGがかかる。ダストは体制を後ろに傾けたままブーストをしたので、思い切り仰け反りながら後ろ側にすっ飛んでいく。目の前をビームの火線が通り過ぎてぞっとするが、すぐさまシンは機体を立て直そうとして―――最初のマサムネがもう肉薄してくる!
 「………しつこいっ!」
 シンは、未だ傾いた体制のダストをブースト全開のまま横に回転させる。間一髪、ビームサーベルの一太刀を避けつつのダストの回し蹴りがヒット。それを支点として、ダストは方向を変えたブーストで相手の攻撃範囲から逃れる。どうにかダストは着地するが、更にそこにもビームライフルが撃ち込まれる。………何とか横っ飛びに避け、ダストは気休めの様な遮蔽物に隠れた。
 『正確な狙撃だ。ブースト光などを見て射撃しているのだろうが、見事なものだ。』
 「言ってる場合か!」
 冷静なレイも、こうなると鬱陶しいだけである。
 今更ながらシンは実感していた。ピースガーディアン………言ってみれば、シンが在籍していたザフト軍の精鋭部隊。こうして敵に回れば圧倒的だという事を。
 唇が乾く。―――今更ながら震えが来る。シンは、短い間でも必死に考えを巡らせていた。
 (………どうする?どうすれば良い!?)


 白煙の中でビームの残光が閃く。その様は大尉達にも目撃されていた。
 今、大尉達は何とか一体のルタンドを倒した所だった。他の二機も時間の問題だろうが………。しかし。
 『くそぉ!これじゃあシンの支援に行けねぇ!!』
 少尉の怒声が耳に付く。
 「落ち着け!一体ずつ倒さなきゃ、何時まで経っても終わらん!」
 大尉も怒鳴り返す。焦っているのは誰もが同じだ。
 中尉の射撃は正確だ。だが、こういった乱戦に於いて狙撃の難易度は跳ね上がる。如何に中尉といえど、一撃必殺はそうそう取れはしない。ましてやスモークの中に支援砲撃など出来るわけが無い。
 『ちいっくしょー!!』
 少尉が怒声と共にビームサーベルを振り下ろす。それは本日何回目かの鍔迫り合いだった。


 シンも又、鍔迫り合いを演じていた。
 なにせ、遮蔽物など殆ど無い。予め地形を知っていれば、どこに隠れても直ぐに発見されてしまう。挙げ句の果て、シンの手持ち武器は今やビームサーベル一本、頭部バルカン、両腕に仕込まれたスレイヤーウィップのみ。射撃戦に対応出来るような武器は存在しないのだ。となれば、
 『いささか乱暴だが、とにかく乱戦にして相手の射撃を封じなければならんだろう。』
 という訳で、シンはひたすら前衛のマサムネと切り結ぶ。
 「おおおっ!」
 シンの裂帛の気合い。………が、相手だって気合いだけで倒せるような相手では無い。あっさりと受けられ、距離を取られる。そこに、シンは追いすがり更に切り結ぶ。何せ相手と離れてしまえば、またビームライフルの斉射が来る。………しかし、そんな状況も直ぐに終わってしまうだろう。
 『シン、急げ。スモークが消えたらこちらはじり貧だ。』
 「………解ってる!!」
 そう。今ビームライフルが来ないのは単に同士討ちを恐れての事だ。………だが、正確な射撃の出来るものが正確に射撃出来れば、こんな状況に意味は無い。皮肉な事に、今はスモークがシンを守っていた。
 ―――そして、状況は更にシンを追いつめる。
 『シン、ダストの残存エネルギー低下。後数分しか持たんぞ。』
 ………踏んだり蹴ったりとは正にこの事だ。さっきから踏んだり蹴ったりしていたのはダストなのだが。
 「こいつは………駄目か?」
 何度目かの鍔迫り合い。―――さすがのシンも弱気にもなる。
 『何を言っている。こんな所で死ぬのが、お前の目的だったのか?』
 「まさか。でもな………」
 今度は、相手が斬りかかってくる。踏ん張り、受けるダスト。
 『弱気は、諦めるという意味か?………ならば、今すぐ武器を置いて降伏しろ。お前は何としても生き延びなければならない。違うか?』
 レイは、強気だ。………こいつは、何時も何時も。
 (俺は………何で、いつも………。)
 ―――こうなってしまうのだろう。
 何時も自分は、自分の置かれた状況を何とかしようと思っていた。
 マユを失い、怒りと共に『世界を守るために』ザフトに入隊した。だがその結果、ザフトは世界の敵となり、シンは迷走の末に更なる地獄に行き着いた。
 (………何時も俺は、誰かを、何かを守ろうとしているのに!)
 ―――悲痛なまでの決意。シンという青年は、何時もそればかり考えていた。しかし、その結果は何時も最悪の形で裏切られてきた。しかも、それは『守ろうとしていた人達が、何時も自分の身代わりの様に死んでいった』という形だった。
 ―――俺は、死ぬべきだったのか………?
 それは、何時も思う。思うだけ、悔恨のみが残る。
 怒りの炎。それは、己への悔恨。罪業を背負い、尚も許せぬ自分を鍛え、燃やし尽くす黒き炎。………憎しみと、怒り―――何よりも、優しく悲しい炎。
 (マユ―――ステラ―――ルナ………。俺は、君達を殺してしまっても………死なせてしまっても、生きる価値がある程の人間だっていうのか?)
 それは、決して尽きぬ疑問。―――それこそが、今のシンを生かしている原動力だと知りもせずに。
 何時か、それは解る時が来るのだろうか。………自分が何故生まれ、生きていくのか。―――それは決して解き明かせる日の来ない、永遠の問いかけだと気付きつつも。
 だが―――今は、今はまだ。
 「諦める―――諦めるだって!?俺が!?」
 その言葉が―――思いが炎を燃え上がらせる。
 何かが、シンの中で蠢く。心にぽっかりと開いた穴が呼び寄せた魔獣。それが今正にシンを突き動かしていく―――生きるために。
 炎の魔獣―――そう言えば良いのだろうか。
 「良いだろう………諦めてやるさ!」
 『シン!?』
 シンは自ら鍔迫り合いを止め、ダストを引かせる。
 『何を考えている!?狙撃されるぞ!?』
 「諦めてやる………諦めてやるさ!ただし、俺が諦めるのは、『生きる事』じゃない!!『死ぬ事』を諦めてやる!!」
 こんな地獄の様な世界で、怨嗟を常に聞き続け、それでも憎しみを捨てないで。
 己を厭い、嫌い、恨み。その果てにある世界に幸せなど有るものか。………有る訳が無いと知りながら。
 今、シンの体は熱く燃え上がっていた。―――しかし、心は凍てつく様に冷たい。
 その境地は、かつてシンも体験していた。狂える戦士が辿り着く、怨嗟の果ての境地。その名は―――


 次の瞬間、その場に居た誰もが目を疑った。
 ダストが己の持つビームサーベルを天空に向かって放り投げたのだ。今正にビームライフルを撃とうとした者も、ついさっきまでダストと切り結んでいた者も、天空に舞うビームサーベルから目が離せなかった。
 ―――何故………?
 それは、当然の質問。唯一の武器を捨てる戦士など、居るわけはないからだ。
 だが、ダストは―――シンは捨てた。何故か?………答えは単純だ。そんなもの無くても、相手を倒す事が出来ると考えたからだ。
 誰もが天空のサーベルに見入った瞬間―――その隙をシンは、ダストは逃さなかった。ブーストなど使わないダッシュだったが、意表を突かれたビームサーベル所持のマサムネは一気に懐に飛び込まれる。
 「―――なっ!?」
 マサムネのパイロットが驚く。………とはいえ、まだマサムネは有利だ。素手と剣、負ける方がおかしい。だが―――シンの動きは相手の予想を超えていた。
 ダストの左腕が動き―――そこから何かが伸びる。………スレイヤーウィップ!
 ビームサーベルより早く、長く、そして―――それは見事サーベルを持った手を絡め取る。そして、一瞬のスパーク!
 「こいつっ!これを狙って………!?」
 電気系がショートさせられ、ビームサーベルが只の棒に変わる。しかし、そんな事が―――今のシンの狙いでは無い。
 「な………何ぃ!?」
 ―――飛び上がった。フルブーストで。
 (正気か!?)
 ブーストなど使えば、もう一人のマサムネが完璧に狙撃する。それは、確実な事のはずだ。だが………何かが違っていた。
 ビームの光条が走る。だが、それはダストなど存在しない明後日の空間。………次の瞬間になって、マサムネのパイロットはようやく気が付いた。ダストが―――シンが何をしたのか。
 右腕に絡み付いたスレイヤーウィップ。それを支点とし、ダストは異常な旋回を見せていた。狙撃手が予測する空間を超える軌道―――それをシンはスレイヤーウィップを使って生み出していた。マサムネはダストより重いが、ダストのフルブーストの勢いに抗しきれず引きずり倒される。………そして、その瞬間さらにダストが動く!
 左腕のスレイヤーウィップを切断し、地面に向かってフルブースト!そしてそのまま、地面に背中を向けて、仰向けのまま狙撃してきたマサムネに接近する!
 ………もう、ここまで来ると本当に有り得ない。ダストは弧を描いた軌道のまま突き進み、地面すれすれをフルブーストするために仰向けのまますっ飛んで行っているのだ。あまりの予想外の動きに、狙撃も想定していた精度では撃てない。
 そして―――ダストの両手にはいつの間にかアーマーシュナイダーが握られていた。最後のビームライフルをまたも横旋回して避け、ダストはマサムネに肉薄する。狙い違わず、一方のナイフはビームライフルごと腕を破壊し、もう一方は―――頭ごと胴体部を切り裂く!そして―――止め!
 ダストは宙返りの要領で回転し、その動きのまま蹴りを相手の胴体に見舞う。胴体部に残されたアーマーシュナイダーが更にマサムネの胴体部に押し込まれ、それはコクピットにも達した。
 後方にすっ飛ばされながら、マサムネは爆散する。―――ダストは一回転し、無事に着地した。
 「ば………化け物めっ!」
 もう一機―――先刻までダストと切り結んでいたマサムネのパイロットは戦慄する。有り得ない。何もかもが有り得ない。こいつは、一体何なのか。
 『化け物…か………。』
 突然、相手の声が聞こえた。―――いや、聞こえる訳は無い。なのに、何故………。
 『そうだな、そう呼ばれるのが俺には似合いだ。………化け物は、化け物じゃなきゃ倒せない。お前達が、俺に教えてくれたのはそれだけだ。』
 マサムネのパイロットは、恐慌はしなかった―――戦闘中に良くある幻聴か何かだと無理矢理自分を納得させる。
 「………死ねぇ!」
 ダストは、未だ着地の姿勢から動いては居ない。駆動系が故障したのかもしれない。とにかく、マサムネにとっては最大のチャンスである。
 だが―――目の前の化け物はそれすら許そうとはしない。
 何も見ていない。そうとしか思えない。しかし、ダストの右腕はゆるりと動き、スレイヤーウィップが射出された。………戻ってきた時、ダストの右腕には―――対鑑刀、シュベルトゲベール!
 ダストの相貌が輝く。全てを解き放たれた獣が、その咆哮を内に秘め、研ぎ澄まされた牙を相手に叩き込む!
 マサムネは、まるで紙屑のように切り裂かれた。対鑑刀に己から突っ込んでいった様にも見えた。切り裂かれた己の姿を、彼は最後まで認められず―――それ故に爆散しなければならなかった。


 大尉達が、ようやくルタンド部隊を屠った時―――スモークが晴れた時。
 全てはもう、終わっていた。
 力尽きたダストが、その場の惨状を物語っていた。


 「………」
 ガドルは驚いたり、怯えたりはしなかった。
 (―――全ては、こうなる運命だったか………。)
 諦め。それだけだった。
 ガドルは、そもそも治安警察から今回の作戦を持ちかけられた時、断固反対した。あたら部下をそのような囮に使うべきでは無い―――そう思って。しかし、ガドルの思いとは裏腹に上はあっさりとその申し出を引き受けた。
 (………癒着、か。今までは必要悪だと思っていた。だが、それこそが世界を歪めていくものだと思えてならん………。)
 ガドルは嘆息した。………軍人として、上からの命令は絶対だった。だが、彼はせめて彼の権限で部下の命だけは救いたかった。意味もなく死ぬ事など無いと、思っていたからだ。―――だが。
 「なんと情けない事だ………。私は、私自身が軍規を乱した事が、許せずにおるとは………」
 それは、言葉の通りの意味では無いのかもしれない。だが彼は、自らの意志で死を選ぶ事を良しとしていた。
 ホルスターから銃を抜く。取り立てて何の変哲も無い―――無骨な官給品。しかし、長年生死を共にしてきた相棒だ。
 「エリナ、アリーゼ………済まん。私は、軍人として―――」
 ………家族を大事に出来なかった。そう言おうとしたのだろうか。
 トレーラーの中で血飛沫が広がる。一人の男の命が、失われた瞬間だった。


 ………ソラは、許せそうに無かった。
 (―――これが、『生きるために必要な事』だって言うの?)
 ガドルの思いも空しく、生き残りの政府軍はコニール率いるゲリラ部隊に全員拘束されていた。部隊の規律は意外な程高く、即リンチとかそういう事は無かったが………剣呑な雰囲気はソラには到底馴染めるものでは無い。
 「おらっ!立て!!」
 「………このテロリスト共が………!」
 「うるせえ!テメエ等が今まで何してきたか、ちったあ考えやがれ!!」
 「ぶっ殺せ!殺しちまえ!!」
 体が、震える。―――人が人で無いものに見える時。己の考えが、全く通じないと感じた時。人は、本能的なものを感じる。―――すなわち、恐怖。
 ソラは恐れていた。どうしようもなく。
 ソラがこの場に居るのは、センセイが連れてきたからだ。センセイは負傷兵の看護があるから来なければならなかったが、ソラを連れてくる必要性は無い。………しかし、あえてセンセイはソラを連れてきた。―――世界を見せるために。
 (………間違っていないのよ、本当は誰もが。でもね、結果として『間違い』と言われるのが世の中なのよ。ソラちゃん―――貴方は、もっと世の中を知りなさい。私達が貴方の思っている『正義』では無いとしても。)
 センセイに言われた言葉―――それが響く。………しかし。
 (これが―――世の中―――。)
 殺したいほど憎み合う―――憎み合わなければならない現実。
 オーブでは、隣家で殺人事件が有っただけで非常線が張られる。小さな犯罪でも人々は怯え、震え、恐怖する。―――なのに、眼前の光景は何なのか。
 ソラに解るのはこれだけだ。―――今、目の前に居るのは人殺しの集団。
 ソラは、恐れていた。―――同時に悲しかった。
 何も出来ない無力さが、彼女を何一つ守りはしなかった。


 「ほれ、持ってけよ」
 少尉がシンに渡したものは、綺麗な貴金属で出来たペンダントだった。
 「………なんだ?これは」
 シンは変わらずのぶっきらぼうな受け答えで、それを受け取る。………特におかしな所も無い首飾りだ。発信器でも付いているのかと、シンは訝しむが。
 「………いい加減、鈍いねおたくも。ソラちゃんにプレゼントしてこいって言ってるんだよ」
 「は?」
 シンにとっては思考の外である。
 「レディに謝るんでしょう?それなら、それなりの事をした方が良いという事ですよ」
 中尉は微笑みながら言う。
 「ま、がんばんな。青春なんざ、直ぐに終わっちまうぞ」
 ………とうに二十歳を超えた青年に青春も何もあったものでは無いが。
 とはいえ、シンにとっても断るべき話でもない。
 (―――俺はアイツを良かれと思って助けた。が………そのあげくがこのザマだ………。)
 人が人を助けるのは道理だ。だが―――それが何時も良い結果になるとは限らない。ことにシンの場合はそれが顕著だった。だから、結局の所シンは恐れている。
 (俺は―――アイツを、ソラを守れるのか………?)
 シンは『守る』と誓った。口をついて出た言葉。………未だ果たされた事の無い口約束。未だ得るものの無い、空しい契約。
 ―――だが、だからこそ守りたい。一度も、一人も守る事の出来なかった自分だからこそ思う、拙い思い。………せめて、一人だけはと。
 シンは手に持ったペンダントを弄んでみる。それは、シンの手の中でちゃらちゃらと音を立てて存在をアピールしていた。………シンにとっては全くといって良いほど必要性のないアイテムなのだが。
 (女の子って奴は………こういうモンを喜ぶのか…な?)
 ………シンという青年が、今までどのような世界で生きてきたのか解ろうというものである。
 とはいえ、シンはそれをソラの元へ持って行こうと思った。自分では判断が付きそうもないし、取りあえず欲しければ貰うだろうという判断からだ。
 シンという男は、とことん朴念仁であった。


 ソラは、悩んでいた。
 今、自分がいる場所。今、自分がしている事。今、自分がさせられている事。
 全てが納得出来ず、嫌な事だった。
 センセイがソラを心配そうに見るが―――ソラの反応は薄い。
 (やはり、早かったのかしら。………いいえ、彼女は知らねばならなかった。この世界の本当の姿を。世界が、何によって支えられているのか―――搾取する者と、搾取される者の姿を。人が人として生きるために、何が犠牲になっているのかを。)
 それは、厳しい事だ。そして、きつい事だ。………だが、センセイはソラのような子にこそ、知っておいて欲しいと思う。
 (優しさだけでは、甘さだけでは………何も、世界は動きはしない。)
 センセイは、ソラに何をして欲しい、と思っている訳でもない。だが、誰もが何も知らずに生きていく―――それはしてはならないとも思う。
 そんなセンセイの思いを余所に、ソラといえばぼんやりとしているだけだ。………パニック状態に、限りなく近い小康状態。ソラの現在の状況はそれだった。
 (………今は、そっとしておくしか無いわね………。)
 センセイはそう判断し、ソラに話しかけようとして―――その前にセンセイにとっては限りなく意外な男がソラに話しかけてきた。
 「おい………ソラ」
 ―――シンである。
 「………?」
 ぼんやりと、ソラ。―――焦点の合わない瞳。
 とはいえ、シンもそんなソラの状態に気が付かない。………根本的に人とのコミュニケーション能力に乏しい男なのである。尤もそれは、長い戦いの中で好まざると身に染みてしまったものなのだが。
 暫く迷った末―――シンはソラにペンダントを差し出した。
 「やるよ。………貰い物だ」
 シンとしては、最大限ソラの事を思いやったつもりだった。―――その様を見ていたセンセイが頭を抱える程の、子供のような思いやりで。
 だから―――次のソラの反応はシンの予想外だった。
 「………いりません、そんな物」
 見たくない―――それは全てへの拒絶。一種のヒステリーに近いものである。とはいえ、シンはそんな症状にはまるで気が付かない。
 「何だよ、ほら。………別に構わないだろ?」
 シンは、遠慮しているのだと思った。………そういうものだと思った。
 慌ててセンセイが間に入ろうとして―――手遅れだった。
 「いらないって………言ってるのに!」
 ソラは、思い切りシンの手を引っぱたいた。ペンダントも地面に飛ばされる。
 何をする―――そう、シンは言おうとして。 
「そんな………そんな、人殺しをして得た物を、私は欲しくなんか有りません!!」
 ―――その時、ようやくシンは悟った。ソラという女の子に、自分がどんな目で見られていたのか。
 (………そりゃ、そうだよな………。)
 自嘲の思い。………そして、諦め。もはや自分にこの子に好かれる要因など無いというのに。
 「何で………何でそんな事が出来るんですか!?どうして………!!」
 絶叫し、泣きじゃくるソラ。そんな様子に、ゲリラ達が集まってくる。
 「どんな事があったって、やってる事はただの人殺しじゃないですか!?」
 ソラの絶叫―――それが心に刺さる人達がどれ程居るだろうか?果たして、その場に居た殆どの者がソラに対する怒りを感じた。
 ―――何も知らない餓鬼が。
 「………ちょっと、アンタ!」
 その者達を代表してコニールがソラに詰め寄る。感情に任せ、コニールはソラを張り飛ばそうとして―――しかし、それを制したのはシンだった。
 「シン!?何で………!」
 「止めろ、コニール。………ソラの言う通りだ」
 「………?」
 ソラも、コニールも解らない。ただ、シンは微かに微笑むだけで。そして、ソラにも、コニールにも全く解らない事をシンは言った。
 「ソラ―――あんたはそのままで居てくれ。そのままで―――」
 ………その言葉に、どれ程の思いが込められていたのだろう。
 ソラも、コニールも―――その場に居た者達は誰も解らなかった。
 ただ一人、センセイだけがそれを察したが、あえてそれを誰かに教えようとはしなかった。


 ソラは、立ち去っていくシンの後ろ姿から目を剃らせなかった。
 (―――解らない。私には、あの人の事が―――。)
 初めて会った時から、謎だらけの人。………だけれども、何処か―――悲しくて、優しい人。
 その時、確かにソラの心は―――シンの方を向き始めていた。

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